女性は40代になると高血圧に注意が必要だという健康雑誌の記事を見て、久しぶりに血圧を測ってみたところ、想像以上に数値が高かったので早速病院に行きました。もともと私は血圧が低めだったので、まさかこんな数値になっているとは思ってもいませんでした。医師から「食生活を今のうちに見直さないと薬を飲むようになりますよ」と注意を受けたことをきっかけに、今までの食生活を思い切って見直し、血圧を下げることに成功した体験談を紹介します。★関連記事:うそ!今まで低かったのに血圧が高くなった!更年期になって突然「高血圧」になる理由とは【医師解説】気付いたら血圧高めになっていた!私は20代のころから普段の血圧は、だいたい最高血圧が90、最低血圧が60ぐらい。献血でも血圧が低めのため断られてばかりという状態だったので、40代になったら高血圧に注意が必要だという記事を読んでも、自分は高くなってちょうど良いぐらいだろうと思っていました。ところが、久々に自宅で血圧を計ったところ最高血圧が135、最低血圧が90と、私にとっては目を疑うような数値が出てしまったのです。驚いて早速行った病院では注意が必要だと言われました。そこで今まで自分には無縁だと思っていた「高血圧」というキーワードが急に重くのしかかってきたのです。私の場合、飲酒も喫煙もしないので、意識して食生活を見直せば、もう少し数値を下げることができるだろうと医師に言われたこともあり、本気で食生活の見直しを考えました。塩分摂取量を減らすため濃い味から薄味へ私は高血圧予防のため、塩分のとり過ぎを意識しましたが、食品それぞれの塩分量を計るほどストイックなことはせず、普段から慣れてしまった濃い味付けを薄味にするようにしました。食事は毎日のことなので、薄味にすることで塩分のとり過ぎがだいぶ抑えられると考えたのです。煮物などもできるだけ薄味にし、豆腐などに掛ける醤油は減塩タイプのポン酢に替え、専用スプレーで少量吹きかけるようにするなど工夫をしました。そしてもう1つ、塩分を1/2 にしても2倍の量を食べてしまえば摂取塩分量は同じことだと気付き、食べ過ぎにも注意しました。このようなことをしっかりと意識し続けた結果、約1年後には血圧の数値は最高血圧が120、最低血圧が80になりました。あれから2年近くたっていますが、今でも下がった数値はそのまま変わっていません。そして、濃い味が大好きだった私ですが、今では薄味でないと口に合わなくなってしまいました。健康を意識した食事の工夫も血圧を下げるために食生活を見直したことをきっかけに、健康のためにも食生活を見直そうと考えました。私は身長155㎝、体重50kgと中肉中背、おなかが少し出てきたことも気になっていたので食べ過ぎに注意しました。また、肉好きな私は肉を使ったメニューが多かったので、バランスを取るために魚介類を多めに摂取。鶏肉は胸肉にし、豚肉や牛肉は赤身にし、魚介類はDHAを豊富に含んでいるといわれている青魚を中心に食べるようにしました。そして、できるだけたくさんの野菜を食べようと考えましたが、生野菜サラダはドレッシングなどを使い過ぎる傾向があるため、温野菜サラダを多くメニューに取り入れました。温野菜は、看護師さんからドレッシングの掛け過ぎよりおすすめと教えていただいた少量のマヨネーズをポン酢と混ぜ、それを少し付けて食べることに。このような食生活を続けたかいがあってか、現在は体重を2kgほど減らすことができました。まとめ私の場合、高血圧と診断される前から食生活を見直すことで予防ができたこともあり、無事薬を飲まずに血圧を下げることができました。血圧高めの人対象のサプリもたくさんありますが、サプリに頼ってしまうと基本である食生活の見直しが甘くなりそうだったので、あえて食生活だけで頑張ってみたのです。食生活の他に運動も心がけることが大切だと考えましたが、あまり運動が好きでなかった私は、3階にある自宅にはエレベーターを使わず階段を使うようにし、近くのスーパーなどには車や自転車を使わず、できるだけ歩いて行くように心がけ、それは現在も続けています。50代になる前にこのようにしっかり食生活を見直すことができたことは本当によかったと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/粒来 拓先生(よしかた産婦人科分院綱島女性クリニック院長)日本産科婦人科学会 専門医・指導医。日本女性医学学会 女性ヘルスケア認定医・指導医。日本女性心身医学会 認定医。患者一人ひとりの症状と考え方に寄り添い、サポートしている。著者/Sakura(49歳)子どもは独立し今は夫と2人暮らし。大好きなアクセサリー作りを仕事に。収入は少ないけど好きなことなので意外と気に入っている。
2023年01月25日イラストレーター&漫画家のフカザワナオコさんは、アラフィフ女子の日常についてマンガにされています。髪に元気がないと感じていたフカザワさん。そこで、頭皮をマッサージしてくれるヘッドスパに行ってみたエピソードをお届けします。★前の話前から気になっていたヘッドスパを訪れたフカザワさん。初めてということもあり、マッサージの強さは「スタンダード」を選んだのですが……。ずっと気になっていたヘッドスパへ先日ヘッドスパに初めて行ってきました!ヘッドスパというと頭皮をマッサージすることで血行が良くなったりして、髪や頭皮に良いっていうイメージ。加齢もあってか髪に元気ないし、ヘッドスパでケアしたいなぁってずっと気になっていたんですよね。私が行ったのはヘッドスパの専門店だったんですけど、美容院とかでしているようなお湯を使ったヘッドスパではなく、ドライヘッドスパというもので、ハンドマッサージで頭皮をもみほぐすものなのでした。スタッフから「強め」の提案が…ヘッドスパをするに当たって強さを選べるとのことで、私は初めてということもありスタンダードを選んでみたのですが、しばらくマッサージしてたスタッフさんから強めにしてもいいかとの提案が……。何でも私の頭皮がめちゃめちゃ凝り固まっていたようで、強めにしないとなかなかほぐれないのだとか。私が選んだコースが、足のもみほぐしやデコルテや肩のマッサージも込みの盛りだくさんコースだったので、余計に全身の凝りみたいなものをスタッフの方も感じ取ってくださったのかな……???スタッフの方いわく「疲れが蓄積されていてすごいです!」とのことで、疲れに侵食された体には強めのマッサージもなかなか気持ち良く、60分のコースが体感30分ぐらいであっという間に終わってしまった~。頭が軽くなった!でも通うのは…ほとんどマッサージとか行かないので、誰かにもみほぐされるってこんなに体がリラックスするのかと驚いたし、ヘッドスパ後は頭もなんだか軽くて!スタッフの方にも「かなり凝っているようなので2週間から1カ月に一度通うのがおすすめです!」と言われたのですが、そうなのか~!そりゃ、たしかにこんなにも気持ち良いなら通いたいのは山々だけど、これ1時間で5000円弱のコースだったのですよね。このとき支払いに使えるポイントがたくさんあったので、実質払ったのは3000円弱なのでした。だから行けたともいう……。50歳目前だし、体のメンテだと思えばこういうのもありかなぁと思いつつ、毎月5000円って考えるとなかなか悩ましい!体に良いことって、お金がかかるんだわ。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/フカザワ ナオコ(49歳)イラストレーター&漫画家。コミックエッセイを主に描いている。2021年9月8日に新刊『40代が、こんなにしんどいなんて聞いてなかった』(1430円/幻冬舎)が発売。絵日記ブログ「ひとこま作者」を日々更新中。 Instagram:@fukazawanaoko1973
2023年01月23日アラフィフになった私は、年齢とともにだんだんまぶたが垂れるようになり、鏡を見るたびに老けたと感じるように。そんなとき、中高年対象につけまつげの付け方を紹介していたYouTube動画を見て、自分も試してみようと思ったのです。つけまつげは華やかな目をつくるためだけでなく、年齢による変化をカバーすることができると知り、人生初のつけまつげを体験。今では外出時の欠かせないアイテムになっています。つけまつげでどう変わったのか紹介します。★関連記事:何げないあの行動が原因に…まぶたがぼてっと下がってしまう「眼瞼下垂」って?【医師監修】年齢によるまぶたの変化をなんとかしたい40歳になるころから、だんだん肌のハリが減少し小ジワが目立つようになってきました。そして、アラフィフと言われる48歳になるころには、幅の広い二重だったはずのまぶたが、まるで奥二重のように。これはまぶたが垂れてきたことが原因でした。そのためアイテープを使って二重を修正してみましたが、よく見ると不自然さが悪目立ち。まぶたの美容整形手術も考えてみましたが、ネットなどで調べると加齢による垂れたまぶたの場合、プチ整形ではほとんど無理だと知り、メスを入れるのはやはり不安だったので諦めました。そこで、つけまつげ専用のりを二重ライン全体に付けてまぶたの垂れを修正してみると、これもまた悪目立ちするばかり。いろいろ工夫しましたが、目じりの一部に1~2mmのりを付けて気休め程度に二重ラインの修正をするだけで精一杯でした。加齢による変化を受け入れることも大切ですが、その前になんとかカバーすることができればと思っていた私は、良い方法を模索していたのです。アラフィフの私がつけまつげ!?つけまつげ専用のりを利用して、年齢による変化に対して小さな抵抗をしていた私ですが、そんなとき、中高年女性を対象につけまつげの付け方を解説しているYouTube動画を見つけました。加齢によって目の華やかさがなくなってくる中高年こそ、つけまつげを付けてみませんかという内容でした。それを見たとき、これなら私が気になっている垂れてきたまぶたも、うまくカバーできるのではないかと感じ、早速付け方のコツを頭にたたき込み、ドラッグストアで左右5セット入り、1,000円程度のつけまつげを購入しました。しかし、いざ試してみると思ったようにうまく付けることができず、何度も付け直したので、まぶたがかゆくなってしまうなど、数日間は悪戦苦闘。その後、つけまつげを半分にカットし、中央から目じり側にかけて付けることで、垂れた二重をうまくカバーできることを発見したのです。今では外出に不可欠なアイテムにつけまつげをさり気なく付けることで、気になっていたまぶたをカバーできると知った私は、その後ドラッグストアの美容部員さんなどにも相談し、つけまつげが取れにくい専用のりを教えてもらったり、ナチュラルなつけまつげを見つけるために、いろいろなタイプを試したりしてみました。また、自分のまつげとの一体感を出すには、ビューラーでつけまつげをしっかりカールさせると良いことも自分なりに発見しました。その結果、友人や夫もまったくつけまつげを付けていることに気付きませんでした。そのため今では、外出時の欠かせないおしゃれアイテムとなっています。価格的にもつけまつげ左右1セットで、だいたい200円程度。それに1セットで5~6回は使用できるので、1回使用するにあたっての価格は約40円程度とコスパも抜群。これなら当分、つけまつげで気になっているまぶたをじょうずにカバーすることができそうです。まとめ私の人生の中で、一度も体験したことのなかったつけまつげ。まさかアラフィフになって付けることになるとは思いもしませんでした。しかし、これからいろいろな部分に変化が出やすい年齢になるため、その時々に合わせてじょうずにカバーしていくことが必要であり、柔軟な考えでチャレンジすることがとても大切なのではないかと、今回のことを通してつくづく感じました。今回、YouTubeを見なければ中高年とつけまつげは結び付かず、きっと若い女性が付けるものだと思い込んだままだったはず。やはりこれから楽しく人生を送るために、そしていつまでも若々しい自分でいるために「柔軟な頭+勇気+ちょっぴりの努力」がとても大切だと感じました。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/Sakura(49歳)子どもは独立し今は夫と2人暮らし。大好きなアクセサリー作りを仕事に。収入は少ないけど好きなことなので意外と気に入っている。
2023年01月23日妊婦健診を受けていた20代前半、私の血圧は上が80台後半から90台前半でした。低めではありましたが、安定していたため問題ないと言われていた記憶があります。それが年齢を重ねるにつれて、だんだん上昇して来たな……とは自覚していました。そして1年前、通い始めた病院で、急に高血圧が判明。自覚症状もなく信じがたかったのですが、何度測っても数字はさほど変わりませんでした。これは私が、ある日突然「高血圧の危機」に直面したときのお話です。★関連記事:うそ!今まで低かったのに血圧が高くなった!更年期になって突然「高血圧」になる理由とは【医師解説】あれ?もしかして私も高血圧の仲間入り!?健康診断で貧血に引っかかった45歳の冬から、経過観察のために婦人科へ通院しています。病院へ到着するとまず自分で血圧を測るのですが、その血圧に異変が起きました。40代の私の血圧は、上が100を超えることが多々ありました。でもそれは正常値だと聞いていたので、あまり気にはしていませんでした。ところがある日、いつものように計測すると145という数字が目に飛び込んできたのです。最高血圧が140以上は高血圧ラインの数値です。びっくりしてもう一度測り直しましたが、やっぱり上が143とあまり変化はなく、そのまま医師に提出しました。「いつもより高いね」と言われましたが、さほど気に留める様子もなく、診察後にもう一度計るよう指示されました。計り直してはみたものの、やはり上は143。再度提出したところ「継続してこの数値なら心配だけど、たまたまってこともあるから」と言われ、そのまま帰宅しました。衝撃の血圧…いつの間に?大丈夫とは言われたものの、衝撃的な数字だったことと両親共に高血圧だったことが重なり、急に降って湧いた「自分も高血圧」という事態に大きな心配が押し寄せてきました。そして何がいけなかったのか?を考え、まずは食生活を変えてみました。水分不足からではないかと、どこへ行くにも水筒を持参して水分補給に努めました。また、食事でも思い切って塩分を控え、ソースや醤油もなるべく使わないよう心掛けました。そんな生活を続けて1カ月、通院の日がやってきました。「これだけやったし、改善されてるだろう」と思って疑わなかったのですが……血圧は上が143を示していました。今回は改善を試みての結果だったこともあり、本当にこのままで大丈夫なのか?と医師に相談しましたが、「そんなにすぐに結果が表れるものでもないし、もう少し様子見で」と言われ、なんだかモヤモヤしながら帰宅しました。高血圧は自覚症状がない!?自身の健康について介護施設で働く友だちに相談したところ、「高血圧は自覚症状がないから無理してしまうことが多く、突然倒れることもあるから気を付けて」と言われました。その言葉が心に引っかかり、「なんとかしなくては」という思いがどんどん大きくなります。自身の健康を考え、水分補給と塩分の調整はそのまま継続し、運動を取り入れるため30分程度の散歩も始めました。ただこのころ、少しだけ疑問に感じることがありました。それは「あの病院の血圧計は正しく計測できているのか……」ということ。同じ血圧計でしか測ったことがなかったのです。気にして周りを見渡すと岩盤浴施設や公共施設にも無料の血圧計が置いてありました。そこで他の機器でも測ってみようと思ったのです。するとその血圧計では上が100しかありません! いつもの見慣れた数字に戻ったことで、ホッとするやら驚くやら。でも、この機器がおかしいのかもしれないとも思い、しばらくはいろいろなところで測ってみましたが、どこで測っても140になることはなく、100前後をキープしていました。血圧を測るときの服装が原因?その後、何度か病院に通いましたが、いつ測っても血圧は上が140前後でした。先生に伝えても「ストレスが原因」というだけで取り合ってはもらえません。でも今思えば、病院の血圧計は少し低めの台に置いてあり、私が計測するとき変な体勢になっていた気も……。また、仕事終わりに通うため、制服のベストの締め付けがきつかったことも原因ではないかと思っています。それが証拠に、夏に衣替えをしてポロシャツになってから測ったときには正常値に戻っていました。血圧を測るときは、ゆったりと着られる洋服を選ぶことが大切だと思いました。まとめ勘違いだったとはいえ、自分の健康に真剣に向き合い、改善策を講じるきっかけになったことは私にとって大きなプラスになりました。水分補給を意識し、塩分を調整しながら、これからもできるだけ散歩も続けていこうと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。イラスト/サトウユカ著者/くらげ(46歳)23歳社会人、専門2年、高2の娘を持つシングルマザー。本業の他に収入を増やそうと始めたWEBライターだが、時間の使い方がつかめず悪戦苦闘している。【自由と安定】を求めて絶賛精進中。
2023年01月22日眉間のシワが気になり始めたアラフィフ主婦のへそさんのマンガを紹介します。長らく放置していた卵巣の腫れについて不安になったへそさんは、婦人科を受診しました。そこで血液検査を受けたところ更年期だと診断され、医師からとある治療をおすすめされて……。★前の話婦人科で女性ホルモン値をチェックするために血液検査をしてもらった結果、へそさんは更年期だと診断されました。更年期のような症状を感じていたへそさんは、ショックを受けるよりも清々しい気持ちになったのだとか。へそさんは更年期になって以来、右手の手指痛に悩まされていることも医師に相談していました。医師はその手指痛も改善するかもということで、へそさんにホルモン補充療法を提案しました。こんにちは。アラフィフ主婦のへそと申します。私は血液検査の結果、しっかりと更年期だと診断されました! 閉経もしていたし、ホットフラッシュやめまい、肩凝りなど更年期に見られる症状もあったので、検査の結果はたしかにと納得できるものでした。更年期になって以来右手の手指痛に悩んでいたのですが、整形外科で関節リウマチではないと言われていたので、漢方やテーピングで痛みを抑えることしかできませんでした。もしかしたら手指痛も更年期症状の一つかもしれないとのことで、医師からはホルモン補充療法の提案を受けました。卵胞ホルモンと黄体ホルモンを含むメノエイドコンビパッチという貼り薬を用いて治療をおこなうことに。値段は5週間分で1500円程度でした。今後も治療を続けるのであれば、3カ月に1回通院し、年に1回子宮体がんの検査を受けることを勧められました。そして、私が受診した整形外科はこの婦人科と同じ病院にあったのですが、医師との相性も微妙だったので整形外科への通院はやめることにしました。ー--------------へそさんは血液検査や医師と話をした結果、メノエイドコンビパッチという貼り薬を用いてホルモン補充療法をおこなうことになりました。不正出血などの副作用もあるそうなので、まずは1カ月分の貼り薬を処方してもらえたそうです。その一方であまり信用できなかった整形外科への通院はやめることに。信頼できる医師を見つけることって難しいですよね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック院長)日本医科大学産婦人科入局後、派遣病院を経て、米国ローレンスリバモア国立研究所留学。その後、日本医科大学付属病院講師となり、平成7年5月から三楽病院勤務。日本医科大学付属病院客員講師、三楽病院産婦人科科長を務めた後、退職。2004年2月2日より、三鷹レディースクリニックを開業。★関連記事:「わからない!」費用13万円に不法投棄!? 業者の発言に混乱 #預金資産ゼロの父が倒れた話 33★関連記事:「こんな面積いらないよ!」乳がん検査でやるせない気持ちになる理由は #43歳で腎がんになった話 31★関連記事:「なんか臭い!」夫の背中から異臭が!? その正体は… #アラフィフ主婦ちゃんねる 1著者/へそ(52歳)バツイチ再婚同士の夫と2人暮らし。最近の悩みは眉間のしわ。ブログ「おそがいチャンネル」にて日々の気付きを絵日記にしてつづっている。
2023年01月22日幼稚園の4年間をインターナショナルスクールで過ごした息子。小学校に上がってから、英検に挑戦しています。5級、4級と合格し、3級を受験することになりましたが、3級からは面接や作文も試験範囲に。ライティングや文法を中心に四苦八苦している息子を見ているうちに、自分も何かに挑戦して一緒に頑張りたいと思うようになりました。そこで思い付いたのが漢字検定。ライターという仕事柄興味はあったのですが、なくてはならない資格ではないため、つい後回しに。やろうと思ったときが最善のときと思い、子どもと一緒に検定試験に挑戦することにした体験談を紹介します。★関連記事:「推し歴史人物を深堀!」歴史小説に挑戦、40代の理解力を補うべく用意したアイテムとは【体験談】初めての漢字検定は何級からスタート?学生時代も挑戦したことがなかった漢字検定。何級を受験するべきか、受験の目安問題を解くサイトを見つけて挑戦することにしました。なんとなく気になっていた2級の目安問題を解いてみたところ、10問中9問正解したので、正直なんだこのレベルかと思い、もう1つ上の準一級を受験することにしました。準一級のレベルは、大卒程度。過去に挑戦した人の口コミを読むと、かなり難しそうです。合格率も6.3~22.6%ですし、平均勉強時間は100時間、類似問題や過去問などを3冊はしておいたほうが良いとのこと。それでも2級の問題は余裕があったので、まあ大丈夫だろうと思っていました。息子と一緒に毎晩検定合格に向け勉強を開始ところが実際に過去問を解いてみたところ、ほとんどの漢字が初見のものばかり。「虚仮」「恢」「憾む」など、まったくお手上げの字がごろごろあって、とてもではないけれど受かる気がしません。息子からも「ママ、全然わからないの? そっかあ。でも、大丈夫だよ。ちょっとずつやればいいんだよ」と逆に励まされてしまい、親としてはふがいない気持ちになりましたが、子どもの手前絶対にやめるわけにはいきません。小学校低学年で3級に挑戦しようとしている息子の頑張りに恥じぬ母の健闘ぶりをぜひ見せたい。まずはわからないながらも、全ページ2回はおこなってみることにしました。実行したページには日にちと正答数を明記して、2回目にどれだけ正答数が増えるかをチェックします。こういう試験勉強は大学受験以来なのでおよそ30年ぶり。そう考えたら、できなくても当たり前だと気持ちがラクになりました。2回目もわからなかった問題を繰り返しおこなえば、覚えられるはず。電車での移動時間や就寝前のテレビの時間は、漢字検定の勉強時間に切り替えるように。私が勉強を始めたことで子どもたちもテレビを消して勉強をするようになりました。覚えられない!記憶力の低下と戦う日々最大の問題は記憶力。問題集を進めていくと、前に出題されていた漢字が度々登場するのですが、何度おこなってもわからないのです。前におこなったことは思い出せても、正解はまったく浮かんできません。回答を見てピンとくるということもあまりなく、常に初見のような状態。もとから忘れっぽい性格ではありますが、ここまでひどくはなかったはず。もしかして老化? このペースではとても受からない。勉強するという作業自体は嫌いではないのですが、できない自分を直視することによる不安との戦いがしんどいのです。結婚をして子どもができ生活するなかで、諦めること、我慢することが癖になってしまったのかもしれません。現実的に考えて無理なのかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎると、隣でウンウン言いながら問題を解いている息子の姿が励みになりました。励ますつもりが、励まされて。折れそうになっている場合じゃないと、記憶力に良いと言われているアーモンド、コーヒー、ココア、アボカド、バナナ、さば、チョコレート、しじみなどを積極的にとりつつ、トイレやお風呂の中まで問題集を持って入るようにして、勉強時間を捻出しています。まとめ試験まであと2カ月。相変わらず正答率は低空飛行を続けていますが、1冊目の問題集がもうすぐ解き終わるので、次の問題集をAmazonで購入し、到着を待っているところです。解いた日にちの入ったページをぱらぱらとめくると、なんとか1冊、諦めないで続けられたという達成感を感じます。もしダメだったとしても頑張ったことには変わりない。そうか。まだちゃんとできるんだ。そう自分のことを思えるようになったことが、一番の収穫なのかもしれません。老化のせいにしてラクな道に逃げそうになる自分と戦いながら、試験日まで走り抜けようと強く思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/みうママ(50歳)昨年閉経を迎えた更年期ママ。泣く、怒る、時々笑う。喜怒哀楽の激しさに拍車がかかる日々。思春期の娘VS更年期の母という戦いに明け暮れている。パパと息子の男性陣は戦々恐々。地雷があちこちに埋まっているファミリー。家族は夫、1男1女の4人家族。
2023年01月20日出産後、私の顔にもじわりじわりと現れたシミ。右の目じり付近には、特に大きく濃いものがあります。友人たちがすすめてくれたコンシーラーをいくつ試してみても、なぜだかほとんどカバーできない私。使い方が悪い? 塗り方が下手?そんなとき、別の用件で行ったデパートのカウンターでBA(ビューティーアドバイザー)さんにアドバイスしてもらって、悩みが解決しました。その方法とは。★関連記事:「感激!シミや頬の赤みをなかったことに」色の魔法で年齢肌も若見えに【体験談】コンシーラーを使っても効果が得られない29歳と33歳で出産。育児に追われる日々、気が付いたら顔に大きめのシミができていました。特に気になるのが、右目の横あたり。色も濃く、夫から「俺、殴ったっけ?」とブラックジョークを言われる始末です。そんなことを言われれば、シミは気になるばかり。まずは同じ年ごろの友人たちに相談しました。プチプラなものから、それなりにお値段のするものまで、いろいろなコンシーラーを教えてもらいました。ところが、いくつ挑戦してもうまくカバーできないのです。効果が全然感じられない……。「使い方がいけないのかな?」と思い、またまた友人たちに塗り方のコツを聞いたり、美容雑誌を買い込んだり、いろいろ試してみてもやっぱりあまり変わらない……。気付けばコンシーラーだけで1万円近くお金を使っていました。化粧品コーナーでBAさんから絶妙アシストある日、別の用事でデパートのカウンターへ行きました。実は私には「尋常性白斑(じんじょうせいはくはん)」という皮膚疾患があります。症状は軽度なのですが、上下のまぶたの色素が抜けてしまっているため、ピンポイントで練りタイプのファンデーションを使っています。とても久しぶりのカウンターだったのですが、その日は運よく前にも見てくださったBAさんでした。「久しぶりだし、もし時間があるならメイク落としてみる?」と言われ、その日は夫に子どもをお願いしていたので時間を心配することなく、私はカウンセリングを受けることに。メイクを拭き取ると、BAさんは「白斑が、うっすらだけど広範囲になっていますね」と言ったのです。聞くと、久々に会った直後からシミはもちろん、顔の色味が気になっていたと言います。恥ずかしながら、私自身はまったく気付いていませんでした。たしかに目の周りや額がうっすらと白くなっていました。シミの周囲も同様だったのです。実は愛用品だけで解決できたBAさんが教えてくれたシミカバー方法は、使っている練りタイプのファンデーションをコンシーラー代わりに使うというもの。この練りファンデ、退色してしまった肌の色を補うため通常より赤みの強いものでした。「これを少量シミにたたき込むように……」。するとあら不思議! シミがナチュラルに目立たなくなりました。「もっとしっかりカバーしたいときには、赤色を乗せてからコンシーラーを塗ってみてね」とBAさんが塗ってくれたら、きれいにシミが隠れたのです。教えてもらった方法は、今も実践しています。普段は赤系の練りファンデだけでまったく問題ありません。冠婚葬祭のときなどは、コンシーラーも使います。家族からシミについてチクリと言われることも、このところありません。まとめ尋常性白斑になったとき、「目の周りのレーザー治療は傷が残る可能性もあるから」と積極的治療をしなかった経緯があり、白斑とシミが混在する現状ではレーザー治療には気が引けてしまいます。とにかく今は、薬用のシミ対策クリームを気長に塗り込む毎日です。そして、やはりBAさんの知識はすごいと感動しました。メイクで困ったら、BAさんに相談するのが良いと実感しました。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/とろママ(47歳)2女の母。45歳のときに会社勤めを辞め、現在はフリーランスで活動。家族は夫と年ごろの娘2人と愛犬。子どもたちの送迎も大切な業務。加齢という現実に直面し、認めたくない気持ちと認めなければいけない気持ちの間で揺れるお年ごろ。犬にはモテる。
2023年01月19日イラストレーター&漫画家のフカザワナオコさんは、アラフィフ女子の日常についてマンガにされています。今回は夫のあることへの思いの強さに驚いてしまったお話をお届けします。★前の話ある日、突然「しまった!」と叫んだ夫。妻は何ごとが起こったのかと驚き……。夫はきれい好きなので、こういうところが結構あって。私も昔はスッキリ捨てたいほうだったけど、夫のほうがそういうことがすごくて、そこまで思わなくなってきたような……。まぁ腐っちゃうようなごみなら一刻も早く出したいですが、プラごみとか別に腐らないしなぁ。さっさと捨てたほうが気持ち良いのはわかるんですけど、ごみへの思いも本当に人それぞれだわ!著者/フカザワ ナオコ(49歳)イラストレーター&漫画家。コミックエッセイを主に描いている。2021年9月8日に新刊『40代が、こんなにしんどいなんて聞いてなかった』(1430円/幻冬舎)が発売。絵日記ブログ「ひとこま作者」を日々更新中。 Instagram:@fukazawanaoko1973
2023年01月15日20代、30代は元気に動けていたので体の不調を特に意識していませんでしたが、40歳を過ぎたころから疲れやすいと感じるようになりました。自分では「更年期の始まりかな?」と思っていたのですが、実際は病気だったのです。診断される前後の体験をお話ししたいと思います。★関連記事:「体調不良は更年期のせいだと思っていた…」ある日救急搬送され、急性心不全の診断が!【体験談】大学病院で指定難病の診断を受けて私は元気、健康だと思っていたら…20代、30代のころは、飲み過ぎや寝不足など多少の無理をしても全然大丈夫だと思っていました。仕事も夜勤が多くあり、昼夜が逆転した生活になってもどこかに「睡眠を取れば大丈夫」という思いがあって、生活リズムなど気にもしていませんでした。本当に私は元気だなと思っていたのです。しかし、40歳を過ぎたころから寝ても疲れが取れない、1日中体がだるいなどの症状が続くように。突然来た体の変化に私は「更年期の始まりかな?」と思っていました。そして、42歳のときに風邪だと思い受診したら肺炎と診断され、そのまま入院となってしまいました。予想もしていなかった現実…肺炎と診断され入院はしたものの、治ればすぐにでも退院できると思っていました。しかし、1週間以上たっても40度近くまで上がった熱は下がらず、体も動かなくなり、焦りと不安でいっぱいに。そして、原因がわからないまま大学病院へ転院となり、検査の結果、膠原病(こうげんびょう)と診断されました。膠原病は厚生労働省によって指定難病とされていて、治りにくいといわれます。主治医から、これからは病気とうまく付き合っていかなければいけない、生活も変えていかなければいけないと言われました。予想もしていなかった現実に、私は驚がく。ステロイド治療をおこないながら2カ月間入院しましたが、ステロイドの影響でムーンフェイス(顔面が満月のように丸くパンパンに腫れ上がってしまう症状)になり、肩は脂肪が付いて盛り上がり、髪は抜け、体にも力が入らず歩行さえ困難に。家に戻ったころにはまったく別の体に変わっていました。まっ、頑張るか!からの最高の出会い家での療養が始まると、免疫抑制剤やステロイド服薬のため、感染症にかかりやすくなりました。外出もしばらくは避けるようにと主治医から言われ、ぼう然……。しかし、悩んでいても仕方がない、現実を受け止めるしかないと思い始めたら、少し楽しくもなってきました。「まっ、頑張るか」という気持ちで前向きにやっていこうと思ったのです。すると、したいことがいろいろと生まれてきました。例えば、もともと保護犬や馬に関心があったので、犬の保護活動団体や、引退馬の余生を大切にしている協会などを調べ、体調が落ち着いたら触れ合いに行ってみようと思うようになりました。そして自宅療養から1年過ぎたころ、体調も落ち着いてきたので実際に行ってみました。そのとき出会ったのが、多頭飼育崩壊からレスキューされた少し大きめのチワワ2匹です。最初はとてもおびえていたのですが、触れ合っていくうちに懐いてくれるようになりました。そして私の中で「この子たちと一緒にいたい」という気持ちが強くなり、ついに家に迎え入れることに。犬たちは私の心の支えとなり、ひきこもりがちな日々から楽しい日々に変えてくれました。最高の出会いでした。まとめ健康が当たり前と思っていました。でも、病気を経験したことで、更年期と思い込んでいないで病院に行って検査をおこなうことの大切さを知り、以前なら考えもしなかったことを考えられるようになりました。元気でいられることに感謝しながら、諦めず、日々を楽しみながら前向きにチャレンジしていきたいと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。【駒形先生からのアドバイス】更年期はあくまで症状一つひとつを精査して、何もなかったときに初めて更年期障害という診断になります。更年期の症状と決めつけずに一つひとつを除外していくようにしないと大きな病気を見逃してしまうため注意が必要です。マンガ/山口がたこ著者/ちんみ(47歳)人生予期せぬことは起こるが、支えてくれる人たちに感謝をしながら、最愛なる愛犬と日々を楽しく過ごしている。
2023年01月15日50歳を過ぎたころから、更年期により落ち込むことが増え、何ごとにもやる気や気力が薄れていきました。「私はおばさんだから」と自分に壁を作り、新しいことへの挑戦やおしゃれをすることを諦めていた時期がありました。そんな私が、海外の格好良い60歳過ぎのマダムを特集した写真集に出合い、人生観が変わった体験談をお伝えします。★関連記事:52歳でリストラされ、都会育ちの53歳のおばさんが田舎移住に挑戦!田舎暮らしを成功させた心得とは他人軸のおばさんからの脱却年齢を重ねるごとにどうしても避けられないことは、見た目の老化。皮膚のシワ、シミ、たるみ、肌のくすみ……など、気になる点を挙げたら数えきれないほど。しかも、化粧品でのごまかしは年齢とともに限界を感じ、アラフィフに到達したときには、鏡を見るたびに「おばさんだからしょうがない」と諦めることが多くなりました。外出時の服装も周囲の目を気にして、なるべく無難な色やデザインを選ぶようになり、どんどんあか抜けけないおばさんになる一方。そんなとき、出合った本が60歳以上のマダムを撮り下ろした写真集「Advanced Style」。ニューヨークのおしゃれ上級者のマダムたちの街角スナップショットと人生観のひと言が添えられている写真集で、年齢に関係なくおしゃれと人生を楽しむ知恵が詰まったパワーあふれる一冊です。この本と出合えたことで、自分がどれだけ他人軸で生活しているのかを痛感。すてきなマダムになるためには、年齢に振り回されない自分のスタイルを持つことが大切だと気付かされました。年齢を重ねて得た経験と知識を活かす写真集「Advanced Style」のサブタイトルは「長く生きるほど、賢くなっていく」です。その言葉に勇気付けられ、アラフィフの私自身にも何か始められると思えたのが自分の大きな変化です。まずは自分自身の経験と知識を紙に書き出してみました。そうすることで、自分の強みと弱みを客観視でき、強みを伸ばすきっかけになりました。そこで挑戦したことが2つあります。1つ目は、ボランティアで地域の小学生に英会話を教えること。初めての経験でしたが、子どもと接することにより職場では学べない新しい発見があり視野が広がりました。2つ目は、副業で始めたWEBライター。最初は不安だらけでしたが、やってみないと何事も始まらないので、初めの一歩を踏み出してから約1年4カ月がたち、日々経験を積み重ね中です。改めて、仕事や人生で培った知識と経験は自分の財産であり、年齢に関係なく自分次第で輝けるものだと思えました。イケてるおばさんになるための実践イケてるおばさんになるためには、日々の心がけが大切だと痛感させられます。そのために、日常で実践していることがあります。1つ目は、毎日のワクワクを見つけること。例えば、好きな本を読んだり、好きな映画を見たり、友人と楽しくおしゃべりしたり、自分がポジティブになれる環境を作っています。2つ目は、「日々の生活を丁寧に過ごす」こと。仕事に忙殺されて部屋の片づけや食事が雑になっていたころは、周囲に対しても雑な対応をしていた気がします。まさに自己中心的なおばさんでした。今は、規則正しい食事と睡眠を大事にして、周囲に常に感謝する心を忘れずにしています。どれも簡単に続けられることなので、毎日の自分の内面磨きに役立てています。まとめ周囲の60過ぎのすてきなおばさんに共通していることは、日々の生活や対人関係を丁寧に過ごしているように思えることです。自分のライフスタイルをしっかり持ち、いくつになっても自分磨きを怠らない姿勢を持っています。それは、一朝一夕で簡単に習得できるものではありません。しかし私自身、60歳、70歳まではまだ長い道のりがあるとポジティブに捉えています。何よりも「年を重ねることが楽しい」と思える日常を送ることに、日々努力をして行きたいと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/村澤綾香著者/いずみ(53歳)独身。コロナ禍を機に、人生における健康の大事さを実感し、里山に移住し田舎暮らしを楽しんでいる。
2023年01月14日運動は得意だったはずの私ですが、運動から遠ざかって早20年。昔からあまり好きでなかったウォーキングこそ、50歳を前にした今の自分にとってベストな運動だと気付き、やっと重い腰を上げてアラフィフウォーキングをスタートしました。数年前もチャレンジしましたが長続きせず大失敗! でも、今回は意識を変えるという工夫をしながら挫折もなく半年近く続いている理由をお話しします。★関連記事:「汗が滝のように流れて最高!」運動が苦手な私でも長続きして体調が良くなった運動は【体験談】過去のウォーキングの挫折原因を見つける27歳までは運動不足になりがちな主婦向けにエアロビクスを用いた健康体操のトレーナーをしていた私ですが、出産を機にやめてからもう20年以上たちます。その間、忙しい毎日に追われ運動からはずっと離れていました。ところがアラフィフになり、体力の低下を感じるようになってきたことから毎日の運動が大切だと実感。今の自分の状態に合っている運動は何かと考えたとき、思い浮かんだのはウォーキングでした。ウォーキングは特にレッスンを受けることもなく、ジムに通うこともなく、いつでもすぐにスタートできます。それに体への負担が少なく、お財布にもやさしい。そんなことを考えるとウォーキング以外の運動は思いつきませんでした。そんなことからアラフィフウォーキングを始めようと思ったのです。しかし、数年前も同じようにウォーキングを始めたことがあったのですが、もともと歩くことが好きでない私にとってウォーキングは苦痛でしかなく、三日坊主で終わってしまいました。そのため、そのときの失敗の原因を考えて、今度こそ失敗しないように工夫をしようと考えたのです。 ちょっぴり意識を変えたらラクになった以前ウォーキングに挫折したときのことを考えると、ウォーキングを1日30分からスタートしたものの、玄関を出た瞬間から気持ちが重く、心の中ではきっと拒否反応が出ていたのだと思います。スタートして少し歩くと早く帰りたくて仕方なくなり、30分間がとても長くつらい時間に感じました。それが続かなかった原因だと考え、気楽におこなうにはどうしたらいいかを考えました。そこでまず30分間のウォーキングではなく、「15分間、自宅から歩けばいいんだ」と思うように。「15分間ならまあいいか」という思うと気楽な気分で歩くことができました。つまり私にとって30分間のウォーキングは気分が重く、15分間のウォーキングなら気楽にできる範囲内だったのです。時計を見ながらとにかく15分間歩き、そこを折り返し点に、あとは何も考えずに自宅を目指して帰るだけ。結局30分間歩くわけですが、「15分間ウォーキングをし、あとは自宅に帰るだけ」という意識に変えるだけで気持ちがすごくラクになりました。「ものは考えよう」ではありませんが、意識をちょっぴり変えるだけでウォーキングに対する気持ちを軽くすることに成功したのです。 15分間のウォーキングに慣れたら…意識のコントロールで気持ちが軽くなると、自然と続けることができるようになりました。1カ月ほどたつと、体もだんだん慣れてきたので、もう少し時間を延ばしてもいいかもしれないと思えるように。ですが、私はすぐに挫折しやすいので、調子に乗って時間を増やすとまた気持ちが重くなってしまうと思い、慎重に少しずつ延長するようにしました。そのため15分間のウォーキングから17分30秒間のウォーキングに変更。これならさほど変わらないので気分的にも重くならず、気楽にできるだろうと思ったのです。この調子でどんどん時間を延長しようと思いましたが、無理をするといけないと思い、そのまま3カ月続けました。そして、もう少し時間を延長しても大丈夫だと感じ、片道20分間のウォーキングに延長することに成功したのです。もちろん意識は「20分間ウォーキングをして、あとは帰るだけ」ですが、実際は40分間のウォーキングです。これは今もずっと続いていており、体力も以前より付いたように感じています。まとめ30分間のウォーキングでも、15分間であとは帰るだけウォーキングでも、実際は同じことだと頭ではもちろん理解しています。しかし意識が違うと、玄関を出たときの気持ちの重さはぜんぜん違います。ばかばかしいような意識コントロールですが、自分では実に良いアイデアだったと思っているのです。その証拠に現実に今まで続かなかったウォーキングが無理なく挫折せずに続いています。そして「ああ、今日もまた行かなくちゃ~」という思いより「ちょっとだけ歩くだけで健康になれるんだわ」という気持ちのほうが強くなり、苦手なウォーキングを楽しみながらおこなえるようになりました。自分でもちょっぴり意識を変えるだけで、こんなに違うものかと驚いています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/Sakura(49歳)子どもは独立し今は夫と2人暮らし。大好きなアクセサリー作りを仕事に。収入は少ないけど好きなことなので意外と気に入っている。
2023年01月12日イラストレーター&漫画家のフカザワナオコさんは、アラフィフ女子の日常についてマンガにされています。今回は夫とのエピソードについてお届けします。★前の話残業して会社から帰宅した夫。フカザワさんはそんな夫にびっくりすることがあり……。夫は疲れてたりすると、途端に存在感がなくなってしまうほうで。家の中で姿が見当たらなくて「トイレかな?」って思ってると、しばらくすると背後にいたりして心臓に悪い!!!いつの間にいたの???存在感がなさ過ぎ!!!疲れているからしょうがないのだけれど、私の寿命が縮まるのでできればもうちょっと気配出してほしいわ。著者/フカザワ ナオコ(49歳)イラストレーター&漫画家。コミックエッセイを主に描いている。2021年9月8日に新刊『40代が、こんなにしんどいなんて聞いてなかった』(1430円/幻冬舎)が発売。絵日記ブログ「ひとこま作者」を日々更新中。 Instagram:@fukazawanaoko1973
2023年01月10日40代になった私は、お気に入りブランドの洋服が似合わないことに気付きました。アパレル勤務の友人に相談したところ、40代のファッションは「気品」がポイントだと言うのです。小物や素材選びに着目し、ファッションの楽しさに気付いたというオトナ女子の体験談です。★関連記事:「若作りは見苦しい!?」気合を入れ過ぎて失敗!ママ友からの意外だったファッションの助言とは…いつものお店の服に違和感を覚えた40歳私は長年、お手ごろ価格のファストファッションブランドの洋服を愛用していました。シンプルで機能性も抜群。1枚990円のTシャツは、3着ほど色違いでそろえたほどです。アイテムによっては「若い女の子がターゲット層なのかな?」と思うものがあっても、気にせずに着続けていました。違和感を覚えたのは、40歳の秋のことです。その日は秋冬物の新作を購入しようといつものお店に入りました。店内のおすすめは、オーバーサイズのパンツやスカート。体形カバーになるかと思いきや、私が着るとかえって太く見えてしまいます。それならばと細身のワンピースを試着してみたのですが、老け見えしてなんだかしっくりきません。「最近急に太ったわけでもないのに……」と思いながら、結局その日は何も買わずに帰宅してしまいました。私の長年の友人は、アパレルに勤務するオシャレ上級者です。その日のうちにLINEで相談すると、返ってきたのは友人ならではのストレートな回答。「そりゃもう40歳なんだから、若いころと同じじゃダメ。体形も顔色も変化してるのよ。ファッションには気品がないと」というものでした。「気品なんて、私と一番縁遠いことを言うなんて無理にもほどがある」と思ったものの、今度ゆっくり話そうという友人につられ、数分後には「来週の水曜日ね」とランチの約束をしていました。オトナ女子のファッションは気品が大切約束したランチに訪れた同世代の友人は、白シャツにネイビーのワイドパンツという着こなし。文字にするとシンプルなのに、いつもながらおしゃれな雰囲気が漂います。私はといえば、去年着ていたボーダーカットソーに黒い膝丈スカートという組み合わせ。もちろん、お気に入りのファストファッションブランドで購入したものです。「やっぱり今日の洋服は勤め先のブランドのもの? それなりにお値段するんでしょう?」と聞いた私は彼女の答えにビックリ。なんと、私と同じファストファッションブランドの洋服だというのです。友人いわく「お手ごろ価格の洋服が悪いわけじゃなくて、どう選んでどう着こなすかがポイントよ」とのこと。白シャツは高見えする光沢感のある素材。ワイドパンツはセンタープレスされたものを選ぶと、オトナ女子にぴったりの気品あるコーディネートになるということでした。袖をさりげなくまくった手首には、重ね付けしたブレスレット。耳に揺れるピアスと合わせても、1,000円未満だというから驚きです。ランチのパスタをいただきつつ、友人は私のファッションにもアドバイス。私の着ていたボーダーカットソーはネイビーと白でしたが、オトナ女子には黒と白の組み合わせがおすすめとのこと。カジュアル度が高いアイテムほど、パールやゴールドのアクセサリーやヒール靴を合わせると品が出るそうです。パールのアクセサリーなら、ファストファッションブランドでもよく見かけます。私は友人にお礼を言うと、ランチを終えたその足でいつものお店に向かいました。小物と素材選びで老け見え脱却!今回は、カジュアルに見え過ぎないセンタープレスされたパンツをチョイス。カラーは友人もはいていたネイビーです。ウエストには、金具部分がゴールドのベルトを合わせました。前回は太って見えましたが、今日はスッキリと大人っぽい印象です。前回老け見えしたワンピースには、500円台のパールネックレスも一緒に購入。若い女の子が着るシンプルなブラウンのワンピースも、パールネックレスを合わせると大人仕様になるから驚きです。友人からのアドバイスを参考にお店の棚を見ると、ファッション選びがさらに楽しく感じられました。「これは自分の年齢には似合わない」と諦めるのではなく、「より大人っぽく見せるなら何を合わせる?」「似合うとしたらどんな素材?」と考えるようになったのです。友人は「自分を魅力的に見せるのは大切だけど、ファッションは年齢に縛られる必要はないのよ」ともアドバイスしてくれました。40歳だからとファッションに尻込みするのではなく、好きだと思うものにはどんどんチャレンジしてほしいそうです。オトナ女子だからできるコツを身に付け、自信を持てるファッションをまとって笑顔で過ごすことが、周りの人もハッピーにするという話でした。まとめこれまで好んでいた洋服が似合わないと感じられたときには、何をどう着れば良いのか戸惑ってしまいました。しかし、友人のアドバイスを参考にコーディネートしたところ、そこにはいつも以上に似合う洋服に身を包んだ自分がいました。今はカジュアルすぎないデザインを選んだり、シンプルで高見えする小物を合わせたりと、気品を感じさせるためのポイントを心がけています。「年齢に縛られる必要はない」という友人の言葉も、とても印象に残っています。真っ赤なルージュを引いて、フレアスカートや花柄のシャツを着こなす80歳が今の私の目標です。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/サトウユカ著者/SH(42歳)大学2年生と高校2年生の息子の母。お酒と猫をこよなく愛するフリーライター。最近、ストロング系のお酒はキツくなり、元気においしく飲むために、そろそろ健康に気をつかわねばと思う日々。
2023年01月09日年齢を重ねていくと、知り合いは増えていきますが、何でも話せる友人は少なくなっていく気がします。同窓会に行けば、一瞬で学生時代に戻ることはできますが、その時間もそう長くは続きません。それぞれの生活があり、子どもができるとママ友ができますが、子ども同士が離れてしまえば、会う機会も減ってくるもの……。そんな私が久しぶりに社会人のときの同期に再会し、大人になってからの友人関係について考えさせられることになった体験談を紹介します。★関連記事:「友人から怒りのメール!?」加齢で変化した友人関係!私がたどり着いた結論は社会人のときの同期4人と30年ぶりに再会先日、ある友人のひと声で久しぶりに社会人時代の同期4人が、京都に集合しました。それぞれ個別に会ったりしたこともありましたが、4人で集まったのは本当に30年ぶりぐらいです。私たちにとって、京都は一緒に仕事をしていた場所なので、とても懐かしい場所になります。私以外の3人は関西人なので、京都はそれほど珍しい場所ではありませんが、1泊することはなかなかないので、私たちはとても楽しみにしていました。行きたい場所がなかなか決まらない!?京都駅に10時に集合し、時間がもったいないとばかりに、とりあえず動き出しました。私が宿を探したのですが、荷物を京都駅そばの、宿のデスクに預けられて、荷物は宿まで運んでくれるシステムです。手数料は500円かかりますが、観光が終われば、宿に直行できるのでラクちんでした。彼女たちとは懐かしい話や、大好きな京都旅行をしたいと思っていました。しかし、私の行きたい場所が彼女たちと違い、なかなか決まりません。私は歴女なので、お寺や仏像などが好きですし、枯山水の庭園などで半日座っていたいのが本音です。とりあえず、京都駅からバスに乗り、仕事では行ったことがない晴明神社に行ったり、夜は平安神宮へプロジェクションマッピングを見に行きました。夜の平安神宮は幻想的で美しかったなどと、感想を言いながら宿へ着いたのですが、歩き過ぎて、私の足の裏には水膨れができてしまい、いかに私が運動不足なのか、思い知らされた日でもありました。宿は町家の一棟貸しなので、のびのびと過ごすことができました。夜は久しぶりに女子トークするも…大人になるとそれぞれ過ごして来た時間が違い、経験も違ってくると「その気持ちわかる」などと軽々しく言えません。4人のうち2人は離婚しています。4人とも子育ても一段落なのですが、1人は息子も離婚して、孫にも会えないのだとか……。話を聞くと切ない気持ちになりました。離婚していたことも知りませんでした。しばらく会わなかった間に、彼女たちの人生にはいろんなことがあったようで、私は家族仲も良く、恵まれているほうなのでは? と思い、その後から自然に言葉を選ぶようになりました。また、京都で仕事をしていたころの記憶を呼び起こし私が話しても「そんなん忘れたわ」という返事が多く、少し寂しい気分になりました。私の希望する場所は他の3人には興味がなく…次の日は前日の夜に、どこに行こうか? との話し合いで、希望の定期観光バスも満席のため予約できなかったので、結局は竹林を見に行こうということになり、嵐山方面へ行くことに。嵐山方面だと、私は広隆寺や映画村に行きたかったのですが、他3人にはまるで興味のない場所なので、そこは我慢して野々宮神社から少し散策しました。朱印帳を持ってきておいて正解でした。紅葉シーズンが過ぎたころなのですが、観光客が多く、びっくりです。嵐山は相変わらずの景色だなぁ〜という点は共通した感想でした。まとめ久しぶりの同期との再会は楽しくはあったのですが、趣向の違いや過ごしてきた日々の違いを実感するものでした。友人とのお出かけの場合、行きたいところに行けなかったり、気をつかう場面も多いので、ひとりでどこにでも行くという選択肢を考えなければと思う出来事でした。子どものころは、何も考えずに誰とでも遊べた記憶なのですが、大人になってからの友だち関係は難しいと、考えさせられた体験でした。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/takaramomo(52歳)2021年に歯科助手を退職し、現在はWebライターとして活動中。夫と生まれる前から反抗期の25歳の娘、宝物わんこの桃太郎くんが唯一の癒やし。好奇心旺盛なアラフィフゆえ寺・国内地理・城郭・日本茶・救急救命指導員・アマチュア無線など多数の資格を保持。
2023年01月09日私がまだアラフォーのころでした。職場のアラフィフの先輩が、「イボにはハトムギがいいのよ」と言っているのを耳にしました。当時の私は特にイボはなく、「イボか~」と気にも留めていなかったのですが、アラフィフに近づきあれれ? ある日、太ももにぶよぶよっとした水イボのようなものが現われたのです。その謎のできものを診てもらうため皮膚科を受診した体験談を紹介します。★関連記事:首に小さなポツポツが大量発生! おまたにできることもある「軟性線維腫」の正体は…【医師監修】日に日に心配になり、皮膚科へ大きさが5mmくらいの水イボのようなものが太ももにできてから、「このぶよぶよさんは何だろう?」と疑問に思っていましたが、だんだんと心配になってきました。そして、病院は苦手ですが一念発起して、受診してみることにしました。場所が太ももの上のほうで恥ずかしさもあったため、女性の医師がいて口コミが良い皮膚科を選び、ネットで予約しました。診察当日。順番が来て、ドキドキしながら水イボらしいものを先生に見せると、「あぁ、これは軟性線維腫(なんせいせんいしゅ)ですね。良性の皮膚腫瘍の一種で、うつることもないのであまり心配はいりません。まあ、気になるようでしたら今日の午後、レーザーで取ることもできますよ」とのこと。レーザーで取る!? 心の準備が、先生……(心の声)。「そうですか。取らなくても大丈夫なんですか?」とビビリの私はすかさず質問。「ええ、取らなくでも大丈夫ですよ」と先生。よかったー!(心の声)「では、ちょっと様子を見てみます」と伝え、その日はホッとしながら退散しました。セカンドオピニオンを聞いてみると…そのまま半年ほど様子を見ていましたが、その間も軟性線維腫はぶよぶよ度が増し、大きさは7mmほどに成長していました。あまり気にしないようにしていたのですが、やっぱり気になります。もしかしたらレーザーの他にも治療法があるかもしれない! わらをもつかむ思いで、セカンドオピニオンを聞きに別の皮膚科に行ってみました。しかし、現実はそう甘くありませんでした。その先生も「あー、軟性線維腫ね。これくらい大きいとレーザーより、手術かしら。その場合、こちらではできないので外科を紹介するけど」と。えっ!? 外科!? なんか余計、大ごとになっていない?(心の声)またしても、ビビリの私は急いで退散。炭酸ガスレーザー治療を初体験!さらに半年が経過し、太もものぶよぶよさんはとうとう1cmほどに成長してしまいました。「レーザーは怖いけど外科で手術するよりマシかも」と勇気を振り絞って、最初に診てもらった先生のところに行きました。先生からは炭酸ガスレーザーという治療法を提案されました。炭酸ガスレーザーとは、波長が10.6µmのレーザー光線で、主に水分に吸収され、照射により瞬間的に腫瘍などの表面を蒸散させ、皮膚の良性隆起性病変を除去するというものらしいです。局所麻酔はしますが、出血や痛みもなく、術後は抗生物質のクリームを塗り、テープを1週間ほど貼るだけで良いとのこと。諸々の説明のあと、早速、隣の部屋に通され、手術椅子へ。看護師さんが「(ぶよぶよさんの)写真撮りますね」と言うので、つられて私もスマホでパチリ。そんなリラックスモードの中、先生がやって来ていよいよレーザー治療の開始です。「では麻酔を打ちますね」という言葉のあと少しだけチクリとしましたが、麻酔が効けば痛みは感じないので、とりあえず安心でした。そして5分くらいのレーザー照射後、先生から「きれいに取れましたよ、見てください」と言われたので見てみると、1年以上、私の太ももにいたぶよぶよさんが取れていました!まとめその後、傷口も1週間くらいで回復し、特に問題なく治療を終えることができました。初めてのレーザー治療は緊張しましたし、初診料・施術費などすべて含め、約14,000円かかりましたが、なんとも言えない爽快感がありました。気になることが1つ消えると、それに使っていたエネルギーを他の分野に向けることができる! 思い切って挑戦してみてよかったー!※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/窪田徹矢先生(くぼたクリニック松戸五香院長)獨協医科大学医学部卒業。千葉医療センター、成田赤十字病院で研修を積み、国保松戸市立病院泌尿器科に勤務。その後千葉西総合病院泌尿器科にて医長、部長を歴任。2017年、くぼたクリニック松戸五香を開業。日本泌尿器科学会専門医・指導医。専門医である泌尿器科および皮膚のトラブル、生活習慣病を含めた内科まで幅広く診察。メディア出演も多数あり、医者YouYuberとしての情報発信もおこなっている。著者/K子(47歳)アラフィフ黄金時代を満喫中♪
2023年01月06日好きなキャラクターや芸能人を「推し」と呼び、応援する活動=推し活。アラフィフの私の周りにも、昔からジャニーズや宝塚に無償の愛を捧げる友だちがいました。彼女たちが潤んだ瞳で熱く推しについて語る姿は、まぶしくて楽しそうだと思っていましたが、本当の意味で推しのいる生活の魅力を理解してはいませんでした。私の目の前に突然推しが現われるまでは……。★関連記事:「私には推しがいるもん!」生活が一変、推し活は心の潤い沼にハマったら世界が輝き出した!?推しとの出会いは2018年5月15日。SNSで偶然見つけた動画が私の推し・ミュージシャンの崎山蒼志さんとの出会いでした。崎山蒼志さんは、静岡県浜松市在住の高校生(当時)シンガーソングライター。人生何回目?と思わせる俯瞰した目線で描く文学的な詞の世界と超絶ギターテクニックで奏でる音楽、眼鏡を外すと長いまつげが現れる隠れ美形なところに魅了されました。その日、気付くと同じ動画を20回以上視聴し、YouTubeに上がっているそのほかのライブ動画をひたすら掘っていました。すっかり沼にハマっていたのです。その日から彼の動画を時間があれば見続けていて、家事をしているときも映像を脳内再生できるほどになっていました。推しのことを考えるだけで幸せ。推しのいる生活を始めたことで、世界が輝き出し、予想外のうれしいこともたくさん起きました。SNSで全国に友だちができた推しを応援するために身に着いたのがSNSの社交術。同じ推しを応援している方にファボ(「いいね!」を押すこと)やリプ(投稿されたメッセージに返信すること)をし、相互フォローになりました。そして、推しを称え合ううちに絆も深まり、ライブ会場ではアカウント名で呼び合う仲に。こうして出会った仲間は10名以上、日本の各地や海外にも仲間ができました。そのうち3名とは、人生の悩みも相談するほど親密な間柄になりました。北海道のライブでは、地元のフォロワーさんにジンギスカンのおいしい店を教えてもらいました。地元のライブに仲間が来たときは、私がアテンドをしました。おいしい物を食べながら推しへの愛を語り合う時間もまた楽しいのです。コロナ禍では推し活も活発ではありませんでしたが、SNSでの交流は続いていて、寂しい期間を支え合いました。推し活をしても家族は大切にわが家は共稼ぎで、推し活にかかるお金は自分の収入から出しています。休日も夫を置いてライブに行ってしまうし、節約のために夫との外食は控えていました。そして、推し活を続けて半年ぐらいたったころ、「ライブに行き過ぎじゃないの」と夫に叱られてしまいました。「私のお金を使っているんだから、いいじゃない」と言い返したのですが、よく考えると夫のことをなおざりにしていたと反省しました。家庭が平和でないと、推し活も楽しくできません。推し活と家庭生活との両立に関しては推し仲間も苦い経験があるようで、よその子ばかり大事にして!と子どもから叱られた話や、推しの話ばかりするので夫が焼きもちを焼くという話も聞きました。今は、推し活で家庭を壊したらきっと推しが悲しむ、そう思って夫も大事にしながら活動するようにしています。まとめ年を取ると友だちを作るのが難しいと言いますが、推し活をしたら自然に友だちができました。私の推し活について書きつづりましたが、推し活の方法に決まりはありません。皆さんそれぞれのスタイルで推しを応援しています。けれども、推しのことを思うだけで幸せな気分になれる、励まされるといった気持ちは同じだと思います。推しのいる暮らしは毎日が楽しいので、これからも推し活を楽しんでいきたいです。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/hi-san(52歳)音楽と手作りが大好きなアラフィフ。30代のころの体型を目指してダイエットをしている。
2023年01月04日40代を過ぎてから、月に2~3回ほど月経前症候群(PMS)や、肩凝り、疲れなどからひどい頭痛に悩まされるようになった私。頭痛のたびに、ごく一般的な市販薬を服用していたところ、だんだんと効かなくなってしまったのです。次第に、医師の処方箋が必要な薬を頼るようになっていました。ダイエットの食事法を勉強していたところ、腸内環境を整えれば薬の効きも良くなるという話を聞き、実践してみてわかったことをお伝えします。★関連記事:アンチエイジングにも!更年期に食べておきたい腸内環境を整える「腸活フード」とは【美容専門医監修】若いころは薬が効き過ぎる体質だったのに頭痛のとき、20代までは薬剤師がいなくても購入できる市販薬(アスピリン配合の鎮痛剤)を1回2錠のところ、1錠だけ服用すればスッキリしていたのです。30代になると、1回2錠服用しないと鎮静効果が得られなくなっていました。40代になると、2錠服用しても効果が得られず、薬のパッケージに記載されている服用間隔の6時間たつのを待って次の2錠を飲み、ようやく痛みから開放されるようになっていたのです。さらに40代も半ばになると、もうこの鎮静薬では効かなくなっていました。月に2~3回ひどい頭痛に悩まされ、寝込んでしまうことさえあったのです。限界を感じた私は、なじみの産婦人科に駆け込み、医師の処方箋が必要なロキソプロフェン配合の鎮静剤を服用するようになりました。その薬でさえ効果を感じられないときがあり、近い将来もっと強い薬を頼るようになるのか、もしかしたら頼れる薬がなくなってしまうのではないかと不安に襲われるようになったのです。そんな不安の中、メタボ予備軍でもあった私は、オンライン講座でダイエットのための食事法について勉強していたところ、腸内環境を整えれば、薬の効果も良くなるという話を聞いたのです。これは実践してみるしかないと思い、食事の改善に取り組むことにしました。腸内環境を整えるために実践したこと私が腸内環境を整えるためにしたことは、大きくわけて3つです。1つ目は排便を促すこと、2つ目は善玉菌を増やすこと、3つ目は生活習慣を整えることでした。これら3つを達成するために実践したことは次の通りです。朝、寝起きに1杯の水を飲み、胃腸を目覚めさせます。朝食後にトイレに行く習慣もつけました。朝は7時、昼は12時、夜は19時というように毎日3食同じ時間帯に食事をとるようにし、20時以降は何も食べないようにしました。就寝までに3時間以上空けることで、腸内の食べ物が消化されてから眠りに入ることができ、質の良い睡眠を確保できたのです。食べる量よりも質にこだわり、善玉菌を増やし、排便を促すために食物繊維を積極的にとるようにしました。努めて取り入れたのは、ひじきや切り干し大根、高野豆腐といった乾物や、わかめや昆布といった海藻類、しいたけ、えのきだけ、しめじといったきのこ類でした。主食も、白米から玄米に替えました。学んだダイエットの食事法によると、水分も毎日2.5リットル必要と聞いたため、努めて飲むようにしました。ちなみに、普段の食事から1リットルほどはとれているそうなので、1.5リットルを目安にしました。本当に薬の効きが良くなっていた!無理な食事量の制限をおこなわずに質だけを見直し、生活を改めたところ、ダイエットにありがちな便秘に見舞われず、むしろ排便が促されて、おなかはスッキリしていきました。3カ月で10kg減り、体脂肪率も4%落ちたのです。ダイエットを始めて半年ほどたったある日、頭痛を感じ、いつも通り病院で処方された薬を服用しようと思ったものの、切らしていることに気付きました。仕方なく、家にあったアスピリン配合の鎮静薬を2錠飲んでみたところ、しっかり効いているではありませんか。かなりの驚きでした。小学校の理科でも習いますが、人は食べ物を口にすると、胃で消化され、小腸に送られて栄養分と水分のみが吸収され、残りカスはすべて大腸を通って排出されます。この無駄のない流れこそ、ダイエットの最重要ポイントなのだそうです。ただこの一連の行程は、腸内環境が整っていればこそです。薬もまた同じだそうです。腸内環境が整っていればこそ、成分がきちんと吸収され、効果を発揮してくれます。腸内が乱れていると、いくら薬を飲んでも効果を得られないのは当たり前なのです。まとめダイエットの食事法を勉強するまで、腸内環境に興味を持ったことすらありませんでした。いかに、栄養バランスに欠けた食事内容や、悪い生活習慣が体に悪影響を与えていたことか。肥満になるということだけではなく、薬の効きまで悪くしていたのです。食事を整え、生活習慣を見直したことで、腸内環境は整いました。腸内環境の改善は、ダイエットにつながり、飲んだ薬の効果も適正に発揮されるということが身をもってわかったのです。どんどん強い薬へ移行し、いつか効く薬がなくなってしまうのではという不安からも解放してくれました。これからも良い腸内環境を保っていけるよう、気を付けて生活していこうと思います。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/竹みか(46歳)小4男子と高1女子の母。食べるのも作るのも大好きぽっちゃりオバチャンでしたが、半年前に一念発起。ダイエットに目覚め、体重15kg、体脂肪率7%落とすのに成功。今も絶賛継続中!
2023年01月04日40代も後半に差し掛かり、崩れていく体形の変化によって次第に似合わなくなってくるクローゼットの中の服たち。久しぶりの外出で「何を着て行こう!」と鏡の前で手持ちの服を合わせてみるものの、何一つしっくりこない。若いときは、洋服が似合わな過ぎて出掛けるのをためらいたくなる日が来るなんて思ってもみませんでした。今回は何を着ても似合わないと感じるようになった私が、試行錯誤の上にようやく見つけた最強の体形カバー服についてお話しします。★関連記事:昔のベストコーデが似合わないように!自分に似合う色を探してパーソナルカラー診断を受けてみた!アラフィフだからこそ似合う最強服! ここ数年、私がダイエットにチャレンジしたり、体形を変えたりするために筋トレしていた理由の一つが「洋服をおしゃれに着るため」でした。20代、30代に比べると格段におしゃれが縁遠くなってしまった40代。雑誌に出ているモデルさんがすてきなのはスタイルが良いからで、それならと一念発起していろいろなトレーニングを試してみるものの、素人が中年体形をモデル体形にするのは至難の技。結局体のラインがまったく出ないゆったりワンピースやチュニックなどでごまかすものの、年齢の割にかわい過ぎて何だかしっくりこない。そのような悩みを持ち続けた私がようやく見つけた最強服、それが「着物」です。日本人なら誰でも似合うと言っても過言ではない着物。私にとって着物との出合いは、今目の前にあるものを大切にするという当たり前のことに気付かせてくれた出合いでもありました。どのような体形も「着物」でカバーご存じの通り着物は直線に裁断された布を合わせたもの。洋服のように体に合わせた立体裁断ではないのでちょっとしたコツは必要ですが、慣れれば10分から15分ほどで着られます。着物の良いところは年齢や体形によって着方を変えられるところだと思います。顔周りであれば、フェイスラインがすっきりと見えるように襟元を鋭角に着るとか、首を長く見せるように襟を抜くなどの工夫ができます。また、気になる腰周りやおしり周りのでっぷり感をカバーするためには、帯を少し上の位置で巻いたり帯の幅を調節したりします。できるだけほっそりと着たい場合は、裾を閉じ気味に着ると体が逆三角形に見えて身長が高く見える効果も。洋服であれば服に体を合わせるため体形の変化によって買い替えたり補正が必要になりますが、着物は布を体に合わせて着るので、どのような体形でもしっくり着られるのです。「着物」はSDGsの最先端私が着物に関心を持ったきっかけは長女の成人式でした。初めは次女の成人式に向けて着せることを目標にしていましたが、自分が着ることも教えてもらい、少しずつ着物の魅力に気付いていくこと数年。平日はほとんど仕事着ですが、週末は必ず着物を着るようになりました。私が着る着物は母や親戚が着ていた着物を譲り受けたもの。半世紀以上前に仕立てた着物でも十分に着られますし、帯や小物を変えることで雰囲気がガラッと変わるので飽きることもありません。また、畳んでしまえるので収納場所を取ることがなく、部屋もスッキリ。「いつかは着られるかも」と無駄にスペースを取っていた洋服は、すべて人に譲ったり、フリーマーケットに出品したりしました。着物は長く着られますし、着なくなっても小物作りやインテリアに生かせるので無駄がありません。まとめ着物は洋服と違って着るのに多少のコツは必要ですが、慣れれば最強の体形カバー服になります。また、場所を取らずに収納できます。長く使えるので環境にもやさしくまるで無駄がありません。日本人の体形にピッタリフィットする着物を着て鏡の前に立てば、アラフィフの私も自然と笑顔になりますし、以前よりも出掛けるのが楽しみになりました。じょうずに着れば、着物で車の運転などをしても着崩れることはありません。今はまだ週末だけの着物生活ですが、さらに着物を普段使いできるようにしていきたいと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/サトウユカ著者/陽(48歳)20代で出産した娘が成人式を迎えた矢先、46歳で妊娠。現在、2歳女児の子育てに奮闘中の鍼灸師。太極拳と書道が趣味で、着物を愛するレトロ母。20年前と今の子育ての違いに驚きと新鮮さを感じる毎日。
2022年12月31日イラストレーター&漫画家のフカザワナオコさんは、アラフィフ女子の日常についてマンガにされています。今回はダイエットについてお届けします。★前の話万年ダイエッターなフカザワさん。ダイエット記事を読むと、いつも思うことがあるそうで……。こんにちは、フカザワナオコです。わかってはいるんですけどね……。健康的にダイエットをするには、バランスの良い食生活と規則正しい生活、あとは定期的な運動しかないって。でも、それをダイエットの記事で改めて読むと「そんなの知っているよ〜! もっと聞いたことない体験談が聞きたいのに〜!」ってなってしまうという……。われながら、なんて勝手なんだろう~。私の場合は、まずお菓子を食べ過ぎないなど、とりあえずできることをするしかないですね。著者/フカザワ ナオコ(49歳)イラストレーター&漫画家。コミックエッセイを主に描いている。2021年9月8日に新刊『40代が、こんなにしんどいなんて聞いてなかった』(1430円/幻冬舎)が発売。絵日記ブログ「ひとこま作者」を日々更新中。 Instagram:@fukazawanaoko1973
2022年12月29日仕事も家族のサポートも忙しいアラフィフ女子です。そんな毎日を劇的に変えてくれたのが、家事をタスク管理するというもの。頭の中で家事を並べることで、より合理的に日常生活を送ることができるようになりました。その方法を紹介します。★関連記事:「週3回鍋を焦がしたことも…」要領が悪い家事を効率アップできた理由は40歳を過ぎてから時々電池切れ私は周りの友だちから「鉄の女」と呼ばれています。負けず嫌いでポジティブ。あまり人に相談はせず、基本自分で判断していく性格です。そんな私も、40歳ごろから突然の電池切れに襲われるように。会社勤めをしていたころは、仕事の日はものすごい勢いで動き回り、休みの日はダラダラと布団の中で過ごすなんてこともしばしば。年齢と共に体力が気持ちに追いつかなくなってきて、電池切れを起こしていると自己分析しています。「あーあ、またやっちゃった」。一応自己嫌悪で反省するものの、次の仕事の日にはスイッチが入ります。だから「子どもたちが帰ってくるまでに気持ちがリセットできればそれで良し」としていました。長女が高校進学、母親業がますます多忙に母親になる以前の子育てのイメージは「赤ちゃんが一番大変、高校生になるころにはすっかりラクになる」というものでした。たしかに育児という意味ではそうかもしれません。でも娘が高校生になって、親の物理的負担の大きさに驚きました。毎朝のお弁当作り、最寄り駅や塾への送迎、部活動のサポート……。さらに年齢を重ね、疲れやすくなった私は、家族に頼まれたことを忘れるという「ミス」が多くなったのです。「この前頼んでおいたよね?」「明日締め切りなのに……」。そんなことをよく言われるようになってしまいました。しなければいけないことを頭の中で整理していたつもりだったのが、いよいよ追いつかなくなったのです。「何か良い解決方法はないのか?」とスマホ片手に検索する毎日。そんなとき、ネットで見かけたのが「家事をタスク管理する」というものでした。タスク管理で家事が効率化会社員時代、私は始業前にその日の「To Doリスト」を作り、するべきことを「見える化」していました。フリーランスになった今でも、同様にタスクを立てて仕事をしています。ですから合理的なタスク管理には、まったく抵抗がありませんでした。調べてみると、家事をタスク管理できるスマホアプリもあることがわかり、すぐにダウンロードしました。私が使っているのは「魔法の家事ノート」です。ポイントは、タスクを立てるタイミングと優先順位。仕事だと緊急でない限り、その日の仕事を始めるときに確認するのですが、家事は昼夜を問いません。そのため、気付いたときにアプリに入力しています。タスクは「しなければいけないこと」「できれば済ませてしまいたいこと」「急がないけれど、できたらいいこと」に分類するため、期限を決めます。そうすることで、ちょっと体がしんどい日も「これだけは済ませよう」「これは明日でいいな」という判断が容易になりました。どうしても難しいときには、夫に助けを求めるのもあり。私自身に気持ちの余裕があることでお願いもスムーズにできるようになり、夫も快諾してくれるようになりました。あとは、どんな小さなことでもタスク化すること。「古着をまとめる」「おすそ分けを届ける」といった小タスクも管理することで、隙間時間をじょうずに使えるようになりました。まとめ私はもともと合理主義なので、タスク管理という方法にはとても満足しています。紙にメモ書きする方法だと、ズボラな私はそのメモを紛失してしまうため、アプリの活用がしっくりきます。先輩ママたちには「忙しいうちが華」とよく言われますが、ドタバタはできるだけ避けたいもの。アプリでのタスク管理は、私にぴったりの方法でした。副産物としては、するべきことをきちんと管理できるようになり、夫にお願いすることも以前よりじょうずになったこと。疲れてしまったときには、最低限のタスクに対応し、できる限り体を休めることでますます頑張ることができるようになりました。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/とろママ(47歳)2女の母。45歳のときに会社勤めを辞め、現在はフリーランスで活動。家族は夫と年ごろの娘2人と愛犬。子どもたちの送迎も大切な業務。加齢という現実に直面し、認めたくない気持ちと認めなければいけない気持ちの間で揺れるお年ごろ。犬にはモテる。
2022年12月29日イラストレーター&漫画家のフカザワナオコさんは、アラフィフ女子の日常についてマンガにされています。最近、薄毛を気にし始めたフカザワさんの夫。2枚の鏡を駆使して髪をチェックし「薄くなったー」と騒いでいたのですが……。★前の話こんにちは、フカザワナオコです。鏡を2枚駆使して、見えにくい頭頂部などの髪の毛の状態をチェックするの、私もよくやってしまいます。意外と「あれ!? てっぺんの地肌が目立つな!?」って、驚いてしまいますよね。夫も同じように、鏡を駆使して自分の髪の毛を見たようで、しきりに「薄くなった!薄くなった!」と。夫は坊主ヘアなので、一見すると薄くなっているとかよくわからないのだけれど、髪の毛が生えてる密集率がどんどん少なくなってるそうで……。けれど変なところで前向きな夫は、「ハゲない頭はないしな!」と、「やまない雨はない」みたいに言い、自分を納得させているようでした(笑)。たしかに、年齢は誰でも重ねていくものだしなー。私も薄毛が日々気になってきていて、てっぺんもだけれど、体質(?)なのか前方左サイドがどんどん薄くなっていて!なかなかこれ!という対策は見つからないけれど、髪に余計な負担かけないようにしたり、自分でできるヘアケアを取り入れたりしていけたらいいなぁ〜。著者/フカザワ ナオコ(49歳)イラストレーター&漫画家。コミックエッセイを主に描いている。2021年9月8日に新刊『40代が、こんなにしんどいなんて聞いてなかった』(1430円/幻冬舎)が発売。絵日記ブログ「ひとこま作者」を日々更新中。 Instagram:@fukazawanaoko1973
2022年12月26日料理を作ることは、私のストレス発散方法の一つです。急いで食事を作るのは苦手ですが、時間があるときに少し手の込んだものを作ることを楽しく感じます。調味料をたくさん持っている……というような本格的なものではありませんが、食材の良さを生かして作ることを心掛けています。そんな料理好きの私が、ひょんなことから習い始めた「薬膳教室」。最近はそのおもしろさに気付いてすっかりハマり、日常的に取り入れています。今回はこの「薬膳」のおもしろさについてお話ししたいと思います。★関連記事:【業務スーパー】むくみケアや腸内環境改善に!漢方食材の「実」がおやつサイズで登場!「薬膳」で中国四千年の歴史を感じる同僚の誘いでオンラインの薬膳を習い始めました。最初から興味があったわけではなく、なんとなく話の流れから「月2回ならやります!」と言ってしまった感じのスタート。薬膳とは何かも知らず、高麗人参やしょうが、桂皮など独特な味の生薬を使った料理を作るのだと勘違いしていました。薬膳とは、体の調子に耳を傾け、感じる不調に合わせて日常の食事をバランス良くとること。薬膳の知識を深めるため、先生の話を聞きながら約2時間過ごします。体を温める食材や冷やす食材、胃に良い食べ物、肝臓に良い食べ物、さまざまな食材を知り、自身の体調に合わせてバランス良くとることを意識するのが大切だと教わったのです。中医学の考え方にも触れることができ、数値で表すことのできない中国四千年の歴史をひしひしと感じます。旬の物を食べるのは理にかなっていたまず、今ではあまり意識されない食材の「旬」について学びました。冬に旬のかぼちゃやみかんは体を温める食材、夏が旬のトマトやきゅうりは体を冷やす食材に分類されます。だからこそ、その季節に食べることに意味があるという話も聞きました。昔から日常で何げなくしていることが、実は体にとても良いことだと再認識する部分が多々あります。夏にきゅうりやトマトを食べることも、冬に白菜を温めて食べることも、季節を乗り切るため理にかなっているのです。さまざまな話を聞く中で、なんとなく耳にした話が出てくるな……と感じます。よく考えてみると昔、祖母が言っていたことがよく出てくることに気付きました。梨が大好きな私が妊娠中に「妊婦は梨を食べたらダメ」と言われたこと、風邪を引き、喉が痛いといえば長ねぎを喉に巻かれたこと、発熱すれば焼いた梅干しを熱いお湯に入れて飲まされたことなどを思い出したのです。例えば梨は体を冷やす食べ物で、特に妊婦は食べ過ぎに注意が必要な食材です。長ねぎは喉を、梅干しは体を温める食材でした。薬膳は昔の人が自然と身につけて、多くの人により語り継がれてきた知識なのでしょう。更年期世代に良いナツメ、クコの実自分の体に目を向けることで、不調にもいち早く気付くことも学びました。学んだだけでまだ実践できてはいませんが、例えば痛いと感じたとき、痛みを取り除こうとするだけではなく、痛みの原因を探す癖が身につきました。痛みの大本から改善することで本当に良くなったと感じられるようになるようです。また、自分のように更年期に突入したアラフィフ世代に良いとされる食材も教えてもらいました。「ナツメ」と「クコの実」です。聞いたことはありましたが、実際に見たことはない食材でした。私にはとりわけおいしいものではありませんが、更年期症状の予防になればと1日1粒食べています。薬膳には栄養価などといったエビデンスがないそうです。つまりは太古の昔から語り継がれた歴史。だから、「ナツメ」と「クコの実」を食べると更年期症状が良くなるという保証はないのです。でも、大昔の人がそれを食べて良くなったと感じたことが語り継がれて今日まで残っているのですから、信じて試してみる価値はあると私は思いました。まとめ食べたいものを食べたいときに食べたいだけ食べることができる現代には、薬膳はあまりなじまない考え方かもしれませんが、食べ物に旬があることや季節、気温の変化を含め、できたものを旬の時期に食べる大切さなどを勉強しています。また、自分の体に目を向けたり、体と対話したりすることで自分の健康を守るという、大切なことに気付かされました。まだまだ薬膳を習いだしたばかりですが、その魅力に取りつかれて楽しく学んでいます。そして、せっかく得た知識を活かすことができるまでに成長したいと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※妊娠中、授乳中の場合、クコの実の摂取は主治医に相談しましょう。監修/久野多恵さん(管理栄養士)行政において、離乳食・幼児食相談、妊娠期相談、成人期・高齢期の栄養相談・講話をおこない、幅広い層への栄養知識を深める活動をしている。現在は乳幼児の食育活動を中心とし、献立作成等にも携わる。また、フリーランスの活動として記事監修・栄養相談・レシピ作成等もおこなう。著者/くらげ(46歳)23歳社会人、専門2年、高2の娘を持つシングルマザー。本業の他に収入を増やそうと始めたWEBライターだが、時間の使い方がつかめず悪戦苦闘している。【自由と安定】を求めて絶賛精進中。
2022年12月26日20代前半で社会人になってから、ずっとフルタイムで働いてきました。結婚してからは2人分の家事をこなし、子どもが生まれてからは育児も加わり、寝不足の毎日。それでも30代は体力もあり、残業で21時過ぎに帰ってきても家事をしたり育児に時間を割いたりしても翌日に影響することはありませんでした。それが、いつの間にか帰宅して座り込んだらもう終わり。疲れを引きずるようになった私の改善策をお話しします。★関連記事:「夕方前にはスタミナ切れ…」疲れが取れない40代が始めた体力UPの新習慣とは【体験談】帰宅は20時過ぎ、でも頑張れた40歳を過ぎ、朝早く出る代わりに帰りの時間も早い仕事に転職。それまでは帰宅も遅かったので、洗濯や食器洗いくらいはやってくれていた夫がほぼ家事をしなくなりました。帰宅時間が私と同じくらいになって家事をしてくれる人が現れたからなのか、冷蔵庫の氷すら出さない人になりました。そうなると、ほぼすべての家事が私の担当となり、子どもの塾や習い事の送り迎えも加わって、いっぱいいっぱいです。夫に頼めば良いと思われるでしょうが、頼んだときに不機嫌になったり面倒くさそうにする人には何も頼みたくないわけです。なので、できる限り家事は自分でこなしていました。食べ盛りの息子たち、シンクにてんこ盛りの食器、フライパン、鍋。それを片付けたら洗濯物を干して翌日の弁当の仕込みをしたら、もう23時とかになってしまう日々を送っているうちに限界は近づいてきました。頻繁な体調不良に見舞われる元来ロングスリーパーで8時間、9時間は眠りたい私。それが家事のすべてを引き受け、フルタイムで働いているうちに不可能になりました。4時間寝て夜明け前に起きて、夫の弁当を作って少し寝て起きて、仕事に行く。夜も少し眠って翌日の用意してまた寝てというようなおかしな寝方をしばらく続けました。まず、頭痛と吐き気が頻繁に起きるようになりました。ゲームのやり過ぎで頭痛と吐き気が起きたときに似ています。仕事の休憩中にも睡魔に襲われ、居眠りする毎日。家に帰れば風呂に入るのも面倒なほど疲れ、ご飯を食べるのも面倒くさい。何もかも面倒になり、家事が終わると家族と話すこともなく転がって寝る始末。子どもの相手もろくにできなくなり、休みの日は疲れて寝るだけの生活に危機感を抱き、状況を改善することを考えました。お総菜の活用、家事の手抜きで元気に家族に協力してもらえることはしてもらわないともう無理だ。自分が限界と気付いた私は、夫と子どもたちにもできることをしてもらうようにお願いしました。洗濯物を干す、学校から帰ったら掃除機をかける、自分の弁当箱と水筒を洗い、洗濯物を取り込む。取り込んだ洗濯物は各自でしまう。これが夫と子どもたちにお願いした仕事です。これだけでも私の負担は減りました。意地を張ってひとりで頑張っても良いことは何もありません。あとは、時間のないときは半額になったお総菜を買って家ではきゅうりとトマトを切るだけの日を自分に許しました。鍋のフル活用で洗い物と料理の手間を減らしました。洗濯も面倒なときは近所のコインランドリーに放り込んでしまうなど、宅配のお弁当もフル活用! お金はかかるのですが疲れたら休むということを最優先に考えて実行したところ、体調も良くなり、居眠りすることも減り、元気になりました。まとめドラム式洗濯機、ルンバ、食洗器があればもっとラクになるのでしょうが、そんな余裕のないわが家。今置かれている状況でなんとかやっていかないとならないので、家族の協力が必要不可欠でした。自分が苦しくならないよう、適度に手を抜き、工夫して家事と育児と仕事の両立をこれからもできるように模索していきます。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。イラスト/きびのあやとら著者/まさみ(45歳)中学生と小学生の男の子を持ちフルタイムで働いている。昨年化粧品メーカーを辞め、別の業種に。慣れない仕事と化粧品業界のときと変わらない「女同士の上辺の関係」を生暖かく苦しみながら見つめる日々。帰れば子どもの送り迎えと家事に追われ、趣味だったスキンケアもできずカサカサな肌となる。
2022年12月25日閉経して生理がなくなれば、更年期症状も治まるのでしょうか? 更年期症状は治まっても、閉経すると一気に老け込んでしまうのでしょうか? 気になる閉経後の体の変化を産婦人科医の駒形依子先生に聞きました。教えてくれたのは監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。★関連記事:【更年期】閉経までのつらい更年期症状には低用量ピル、ホルモン補充療法のどっちを使う?いつになったら更年期症状は落ち着くの?更年期とは、閉経の前後5年間を指し、日本人女性の平均的な平均年齢は50.5歳といわれています。閉経を迎えても、その後5年間は更年期症状が続きます。それでも50代後半にはエストロゲンがない状態に体が慣れ、落ち着くといわれています。女性ホルモンであるエストロゲンの急激な分泌低下に体が慣れるからです。ただし、ストレスや環境などよっても違い、個人差があります。そのため、50代後半になっても症状が治まらないものは更年期によるものではなかった、ということです。日常生活に支障を来すほどのつらさがあれば、一度検査をしてみると良いでしょう。検査で問題がない場合は、自律神経失調症ということになります。自律神経失調症になる原因の多くは、上質な睡眠が足りないことにあります。生活リズムを整え、適度な運動習慣を持つなど、まずはしっかり眠れる生活を習慣にしてみましょう。エストロゲンがなくなると一気に老け込む?エストロゲンがなくなると一気に老け込みそう……と心配になりますが、必ずしもそうとは限りません。60代、70代でも肌ツヤの良い女性はたくさんいます。たしかにエストロゲンは髪のコシや肌のハリ・ツヤを保ったり、肌のターンオーバーを促したりする作用があります。閉経後はエストロゲンの効果には頼れなくなりますが、なくなるのなら自分で補えばいいのです。それならば高級コスメやサプリで!という選択肢もありますが、せっかくの良い成分も、体内に吸収できないのではもったいないもの。閉経後は血流、筋肉量が落ちて栄養成分を運ぶ力が落ち、加齢とともに細胞も衰えていきます。そこで必要な成分を体内に吸収するためには、「胃腸を健康に保つこと」がとても大切です。閉経後もきれいでいるために必要なこととは?胃腸を健康に保つためには①下痢・便秘をしない、②冷やさない、③もたれさせないの3つに注意が必要です。中でも「もたれさせない」については、何を食べると胃がもたれるかは、個人差があるもの。世間一般で健康に良いとされるものが、必ずしもすべての人の胃腸に合うとは限りません。自分は何を食べるともたれるか、それまでの経験を思い出しつつ、知っておくと良いでしょう。そして、胃腸のケアと一緒におこなうといいのが、水分補給と保湿です。閉経後は血流が減りますが、水分が少ないと血流は増えません。こまめな水分補給とともに、肌への水分保湿もできるだけたくさん、こまめにおこなうと血流改善に効果的です。まとめアラフィフ世代は、「しっかり眠ること」「胃腸をケアすること」「水分をたっぷりとること」が健康で快適に過ごすためには大切ということでした。50代は若かったときよりも努力が必要なんだなと改めて実感しました!取材・文/岩崎みどり(48歳)ライター歴25年。35歳で第1子、38歳で第2子出産。最近、たるみが加速して二重あごが悪化。身長153㎝なのにLサイズの服が少しきつくなってきて……人生最後のダイエットを計画中。著者/監修/駒形 依子 先生東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。著書に『子宮内膜症は自分で治せる(マキノ出版)』『膣の女子力~女医が教える「人には聞けない不調」の治し方(KADOKAWA)』。
2022年12月25日事務に転職した5年前。最初は緊張していたからか勤務中に寝ることはなかったものの、いつのころからかパソコン触りながらうつらうつら……。会議に出席してもかくんかくん。どんなに偉い方が話をしていても所構わず居眠りがひどく、運転中も中央線を越えるなどヒヤッと体験も数回経験しました。このままではいけないと耳鼻咽喉科の門をたたき、「睡眠時無呼吸症候群」の診断を受けました。そんな私が、睡眠時無呼吸症候群を改善させるまでの体験記です。★関連記事:「検査結果に驚き!」常に襲う眠気とだるさ、てっきり更年期だと思ったけど…【体験談】居眠り事務員の烙印を押されて…止められない激しい眠気に襲われる仕事中、たまに睡魔に襲われることはあっても、ただの睡眠不足だと思っていた30代。40歳を過ぎてからはとにかく眠く、さらに以下のような症状に悩まされていました。寝ても寝ても疲れが取れない体が重くてだる過ぎるネガティブになる出かけるのが面倒臭いそんな日々が何年か続き、いよいよ会議中に支社長が目の前にいても、怖い課長から叱られても、所構わず寝てしまうようになりました。ただ、そうなるよりも少し前に、仲良しの同僚が指摘してくれていました。「寝てるよね?」その言葉に私は軽く「ごめんごめん、気を付ける」「今日は早く寝るよ」と、相手にしませんでした。あのときにちゃんと聞いて病院に行っていれば、会議中に居眠りをする、できそこないの事務員の烙印は押されずに済んだのかもしれません。その後、どこへ異動しても居眠り事務員の烙印を押され、もちろん異動先でも仕事中にこっくりこっくり舟をこぎ……。常に睡眠不足状態のため、仕事も身に入りません。「あの人は仕事もできないのによく寝るね」と後ろ指を指され、同僚からの冷たい視線に冷たい態度、居心地が悪くなり……。居場所をどんどんと失っていくのでした。渋々病院へ、診断の結果わかった驚きの事実症状をネットで検索し、「睡眠時無呼吸症候群」かもしれないとは思っていました。でも、当時子どもたちはお金がかかる中高生。自分の通院にお金なんて使えません。クビになるわけじゃないし、と後回し。仲良しの同僚と離れ、異動先では笑顔で毒を吐く気分屋先輩と、長いものに巻かれる伝書鳩先輩に挟まれます。もちろん寝てしまう私が悪いのですが、この先輩がタッグを組むことで、私の立場は一層悪い方向へ。居眠りはただのサボりや睡眠不足としか思えない先輩。追い詰められた私は、大きな失敗を繰り返してしまい、その業務から外され、雑用だけの毎日。悲しくて涙が止まりませんでした。ちょうど同じ時期に、似た体形の営業の方が睡眠時無呼吸症候群で自損事故を起こしました。それを知った先輩たちから、「あなたも病気なら病院行ってきたら」と言われ、それで証明できるのならと、初めて病院に行くことを決意しました。選んだ病院はホームページを読みあさって選んだ睡眠時無呼吸症候群に明るい耳鼻咽喉科。初診は診察と血液検査とレントゲン。顔全体の画像を撮影しわかったのは、肥満ゆえに気道の周りに肉が付き狭くなっていること、もともと顎の骨格が小さいこと、人よりも舌の付け根が奥にあることでした。寝ている間の気道を塞ぎ呼吸ができなくなる、睡眠時無呼吸症候群の要素が盛りだくさんであるという驚きの事実が判明しました。1時間に27回も呼吸が止まっていた!初診の結果から1カ月後、簡易検査を自宅で実施した後、1泊の検査入院をすることになりました。夕飯後シャワーを浴び、20時前には検査技師と看護師2人がかりで電極のついた線を頭からつま先まで貼りつけます。手の指には酸素濃度を測る機械を装着しました。20時には携帯の電源を切り、消灯し就寝。普段から睡眠不足なので気を失うかのように眠りにつきました。たまに目が覚めましたが、朝6時に起床。その後電極を外し、帰宅しました。3週間後に病院へ検査結果を聞きにいったのですが、結果は予想通り「睡眠時無呼吸症候群」。なんと1時間に27回も呼吸が止まっていたのです。限りなく重症に近い中等症で、治療方法として2つあるとのことでした。中等症までなら効果が期待できるマウスピースか、重症でも効果が現れるCPAP(シーパップ)です。私は悩んだ末、マウスピースを選択しました。保険適用で1万円と安い買い物ではありませんでした。かかりつけの歯科医に相談し、マウスピースを作れる技工士を紹介していただきました。私の歯形にぴったりはまり、下顎を前へずらして寝ている間の気道を広げるマウスピースは、1年ほどはいびきも小さくなり、眠れているからか気分も少し軽くなった気がしました。そんなふうに効果が感じられ2年ほど使用しました。その後、もう一度異動し環境は変わりましたが、結局転職しました。転職してしばらくは気も張っていましたが、やはり寝てしまいます。虫歯の治療のせいか歯形がずれ、経年劣化も手伝ってか、装着しても顎が前に出ている実感が湧きません。マウスピースの役目が終わりを告げるときがやってきたのです。CPAPで症状が改善マウスピースの効果が薄れていると実感し、考えました。また1万円かけて作り直すか、月々5000円払ってCPAPをレンタルするか……。歯に装着するだけのマウスピースと違って、鼻から圧力で空気を送り込み、気道を広げることで無呼吸を改善するCPAPは、頭をゴムベルトで固定して、鼻にマスクをかぶせます。なんだかみっともない気がして恥ずかしくて、子どもたちに見られたくなくて、ずっと避けていました。でも、同じ失敗はしたくない。新しい職場での自分の居場所を守るべく、私はCPAPのレンタルを決意。なんと検査入院以降行かなくなっていた耳鼻咽喉科に、相談に行ったその日にレンタルしてもらえました。検査してからだと思っていたので、驚きました。しばらく自宅で使用してみると私には合っていて、使ってすぐに効果を実感できました。何より起きてすぐに疲れていた体が軽くなり、なんだか気分がスッキリと感じたのです。勤務中に居眠りする回数も激減しました。それから3週間後に検査入院することになりました。前回と違うのはCPAPをつけての検査だということ。結果は歴然としていました。1時間に呼吸が止まっていたのはたったの3回。正常値へ変化していたのです。個人面談で居眠りをしていると指摘を受けて、すぐに耳鼻咽喉科へ行き、CPAPを選択するという行動に移したことで、上司の見る目が変わったこともうれしいことでした。今まで言い訳をしてはのらりくらりと問題を後回しにしていましたが、行動を起こすことで良い方向へと進めることができると実感しました。まとめ転職で環境が変わったこと、ちゃんとした睡眠が取れることで、仕事の効率は上がり、周りの目を気にする必要がなくなりました。事情を知らない同僚には、ただの居眠りで、給料泥棒にしか見えていなかったはずです。今でこそ病気として認知度が上がっていますが、まだまだ理解が得られない病気です。できることはやってみて、良くならなければ次を考える。病気に限らず柔軟な対応と行動力はこれからも意識していきたいと思います。そして、今はCPAPで睡眠を改善できていますが、これからは肥満を解消し、CPAPがなくても十分な睡眠が得られるように努力したいと思います。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/高島雅之先生(たかしま耳鼻咽喉科院長)日本耳鼻咽喉科学会専門医、日本睡眠学会専門医。金沢医科大学医学部卒業。金沢医科大学耳鼻咽喉科で講師を務めたのち、2007年に開院。「病気の状態や経過について可能な範囲でわかりやすく説明する」ことをモットーに地域医療に従事。「宇都宮スリープセンター」を併設し睡眠医療にも携わる。テレビやラジオなどメディアでも、いろいろなジャンルにおいて医療情報を発信。著書に『専門医が教える鼻と睡眠の深い関係鼻スッキリで夜ぐっすり』(クロスメディア・パブリッシング)があり、Amazonのカテゴリー7つで1位を獲得。マンガ/へそ著者/えっか(45歳)22歳専門学生の長男、19歳専門学生の次男、18歳高校3年の長女の3人を育てるシングルマザー。末っ子が大学進学となり収入を増やすべく副業ライターを始める。おいしいものを食べるのが特に大好き。 お出かけ好きで体形の割にフットワークは軽い。ジャニーズアイドルに日々目がハート。若く見せたいちっさいおばはんである。
2022年12月25日いびきなんて、年配のふくよかな人がガーガーとかくものと思い込んでいた10代。または、バスでぐっすりと眠るおじさんから聞こえるものというイメージがありました。自分では眠りが深くてしっかり寝ていると思っていたのです。自分とはまったく無関係だと思っていたのですが、どうも知らないだけでいびきをかいているようだと気付いたのは大学生のときでした。それ以来、いびきを止める方法も知らず、ただただ人と一緒の部屋で寝るのが嫌で嫌で仕方がなかった私のいびきを改善するまでの体験談です。★関連記事:突然起こった喉の異常はストレスや更年期が原因!?謎だらけの症状はどう治療する?【専門医監修】いびきかいてた?と気付いた学生時代自分のいびきで恥ずかしい思いをしたのは大学生のときです。飲みなれない焼酎を友人宅で飲み、つぶれて爆睡し記憶なし。翌朝具合の悪い私に向ける友人たちの目が冷ややかなこと。聞けば飲みつぶれて大いびきで寝ていたそうで、聞いたときは恥ずかしさのあまり消えてなくなりたくなりました。女子大生だったので、恥じらいもあり、格好も付けたい時期、今でもトラウマになっています。就職して慰安旅行に行くときの鉄則は、誰よりも遅く寝て誰よりも早く起きることです。会社の先輩同期に大いびきを聞かれるなんて絶対に嫌! 慰安旅行といえば宴会、散々飲んでいる分いびきをかく可能性が大だからです。飲んで騒いで眠くなっても、必死でこらえて皆が寝静まってから眠り、ほぼ寝てないまま朝起きる。当然体調不良で翌日のバスで車酔いをするという最悪の展開を数年続けました。出産してひどくなるいびき数年たつと慰安旅行でも無理して飲まなくてよくなりました。旅行中でもストレッチして寝る前にゆっくりお風呂につかるという、自分のルーティンをおこなう図々しさを身に付けてからは、いびきもそんなにひどくなかったようです。それでもいびきを心配しながら寝るのは苦痛。出張でも先輩や同期とツインルームを取ることは絶対に避け、経費に追加料金を払ってでもシングルルームを取っていました。その後結婚、妊娠。妊娠するといびきがひどくなると聞いたことがあったのですが、どうやら本当だったらしく夫から苦情が出ました。夫もいびきかいてるのでお互い様なのですが言われたら良い気分はせず、一度耳鼻咽喉科へ相談しました。しかし妊娠中なので、出産してから改めて診察してみましょうと言われて終わりました。育児と仕事に追われ、ストレスで食べ過ぎて太り、家族以外と宿泊することもなくなり緊張感もなくなったある日。子どもから「お母さん、先に寝ないで」と。「先に寝たら寂しいの?かわいい」とか思ったら全然違いました。「お母さんいびきうるさくて寝られないから先に寝ないで」とぐさっと刺さる言葉をいただきました。家族で泊っても、夫同様うるさかったらしく困っていたようです。これにはさすがに申し訳なくなり改善しようと本気で思いました。いびき改善のためにまずはダイエットを開始本来は耳鼻咽喉科に行くのが一番ですが、通う時間もないので自分でできる対処法を調べて勉強しました。いびき対策で一番に上がるのが「肥満解消」だったので、まずダイエットを開始。いびきとは、空気の通り道である気道が狭くなることで、呼吸するときにいびきの音が発生するもののようです。太ってしまい食道の周囲にも肉がつくと圧迫され気道が狭くなり、いびきにつながるということなので、ダイエットはまず最初に取り掛かる問題でした。ダイエットは特別なものではなく、間食を止めて夜18時以降は食べないようにしたことに加え、水泳とストレッチを取り入れました。首周りの凝りやむくみをほぐすストレッチと適度な運動となる水泳を取り入れることで、10kgのダイエットに成功しました。私に合ういびき対策を見つけた!さらに周囲の話や自分なりの分析結果、眠りが浅いときに限ってひどくいびきをかいているようなので、ぐっすり眠れるように足裏マッサージを実行することに。前職の化粧品メーカー美容部員時代に学んでいたツボも活用しました。さらに鼻の脇にあるツボ「迎香」と、喉仏の外側にある「人迎」を寝る前に刺激して睡眠に入るようにしました。サプリメントも取り入れようと思い、コエンザイムQ10をとることにしました。調べてみると、体の中のコエンザイムQ10は年齢と共に減少していき、減少すると舌や喉の周りの筋肉が衰え、気道が狭くなりいびきにつながっていくようでした。減少したコエンザイムQ10を補うと気道の狭まりが改善され、いびきの改善につながるようです。私が選んだものはリラックス効果も含まれていて、とても体質に合っていたようで、初めて飲んだ日は、数年ぶりのぐっすり寝た! という実感が持てました。ダイエットに加え、サプリメントとツボ、マッサージの効果でいびきが改善され、日中眠くなることも減ってきました。まとめいびき対策をする前は、運転していても睡魔に襲われたり、書き物をしていると眠くて耐えられないこともあったりしました。サプリメントとダイエットを中心とした対策をしてからはぐっすり眠れるようになり体調も回復。子どもからも「お母さん、死んだかと思うくらい静かに寝てた」と言われるようになりました。疲れにくくなり体調も良いので対策してよかったと思っています。いびきが一番ひどいときと比べると体重も10kgほど減り体も軽くなり良いことだらけです。ただ、飲み過ぎたり疲れたりするといびきをかいているようなので、油断せずにケアし続けようと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/高島雅之先生(たかしま耳鼻咽喉科院長)日本耳鼻咽喉科学会専門医、日本睡眠学会専門医。金沢医科大学医学部卒業。金沢医科大学耳鼻咽喉科で講師を務めたのち、2006年に開院。「病気の状態や経過について可能な範囲でわかりやすく説明する」ことをモットーに地域医療に従事。『宇都宮睡眠呼吸センター』を併設し睡眠医療にも携わる。イラスト/村澤綾香著者/まさみ(45歳)中学生と小学生の男の子を持ちフルタイムで働いている。昨年化粧品メーカーを辞め、別の業種に。慣れない仕事と化粧品業界のときと変わらない「女同士の上辺の関係」を生暖かく苦しみながら見つめる日々。帰れば子どもの送り迎えと家事に追われ、趣味だったスキンケアもできずカサカサな肌となる。
2022年12月24日美容師さんからもびっくりされるのですが、アラフィフの私には白髪がありません。母からは「苦労が足りないのね」と笑われます。たしかにそうかもしれません。でも、薄毛は気になるのです。「今なら薄毛対策がまだ間に合うかも」と、私が実践していることをご紹介します。★関連記事:「ついやりがちなNGケアって?」40代・50代女性が知っておきたい薄毛&抜け毛対策【医師監修】自粛生活がきっかけで薄毛に気付く私の髪の毛はいわゆる猫っ毛です。細くてやわらかくて、プラス天然パーマ。パーマをかける必要はないので、その意味では非常にコスパの良い髪質かなと思います。しかしこの髪質、亡き父にそっくりなのです。わが家は祖父も父も薄毛でした。物心ついたときからそうだったので、正直男性の薄毛はまったく気にならない私。でも、自分のことは別。薄毛が気になって仕方がないように。とはいえ、なかなか行動に移せずにいた私に、長引く自粛生活が警鐘を鳴らしたのです。美容院に行くのもおっくうだったため、伸び切った髪の毛をギュッとひとつ結びにしていた私。が、ひとつ結びにしたことで気が付いたのです。「生え際が薄くなっている!」。こうして私の薄毛との闘いが始まりました。髪形とシャンプーを変更!ネットで薄毛対策を検索すると、髪と頭皮に負担がかかるひとつ結びヘアは好ましくないとのこと。わかってはいたのですが……。半年ぶりに美容院に行き、バッサリとボブにしてもらいました。以来、ここ数カ月は1カ月に1回ペースで美容院に通っています。1カ月だと長さはそれほど変わらないかもしれません。しかし、髪の毛のプロである美容師さんであれば、自分では気付かない変化もチェックしてもらえます。そして、プロにシャンプーしてもらうのはとにかく気持ち良いですし、気心知れた美容師さんとのおしゃべりは気分転換になります。自宅では、スカルプケア系のシャンプーとコンディショナーを使うようになりました。今使っているのは、スカルプDボーテ ORGANICシリーズです。シャンプーとコンディショナーがそれぞれ2,000円弱。すすぎ残しが原因と思われる頭皮トラブルに悩んでいた私ですが、髪の毛を切りシャンプーとコンディショナーを変えたことで症状は気にならなくなりました。女性向けのスカルプケアシャンプーは種類も豊富なので、これからいろいろ試してみたいと思っています。食事と睡眠を見直しました!髪の毛を構成する主成分は、たんぱく質。そのため、良質で十分なたんぱく質を摂取することがとても重要らしいのです。そのことを知り、今まで野菜だけだった煮物に鶏のささみや高野豆腐を加えたり、魚メニューを増やしたりして今まで以上に毎日の献立に気を配るようになりました。また、睡眠時間にも気を付けるようになりました。フリーランスで仕事をしていると、就寝時間が遅くなることもしばしば。調べてみると髪の成長に不可欠な成長ホルモンは、一般的には就寝後3時間で最大量になると言われているようでした。成長ホルモンに髪の毛を育ててもらえるように、今は23時には就寝するのがマイルール。そのためにも仕事は昼間にすることを心がけるようになり、生活にもメリハリが出てきました。そんなこんなの努力の成果か、私の生え際には新しい産毛が出てきたのです!まとめ髪の毛のことを見つめ直して気が付いたことは、どれも当たり前のことなのかもしれません。「ケアを怠らない」「ストレスフリーな暮らしを実践する」「体に良いものをチョイスする」「食生活を整える」「十分な睡眠時間を確保する」。改めて母として妻として、家族と自分の暮らしを整えていこうと決意しました。50歳になったら、ベリーショートが似合う女性になるのが目標です。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/とろママ(47歳)2女の母。45歳のときに会社勤めを辞め、現在はフリーランスで活動。家族は夫と年ごろの娘2人と愛犬。子どもたちの送迎も大切な業務。加齢という現実に直面し、認めたくない気持ちと認めなければいけない気持ちの間で揺れるお年ごろ。犬にはモテる。
2022年12月23日更年期に起こるという症状で「ホットフラッシュ」というものをよく聞いていました。ホットフラッシュは「のぼせ」「ほてり」だと思っていましたが、私は「汗が止まらなくなる」という症状が出ます。カーッと暑くなるような「のぼせ」「ほてり」はほとんどありませんが、ひたすら汗が出て止まらなくなるのです。冬でもハンカチではなくハンドタオルを2枚持ち歩くくらいずっと汗が止まらない症状に悩まされている私の体験談を紹介します。★関連記事:更年期だからと我慢しないで!ホットフラッシュは改善できる【医師監修】私だけが大汗かいていて恥ずかしい外出時に電車に乗るのに階段を駆け上がって、汗が出始めると止まらず、いつまでも汗を拭き拭き電車に乗りとても恥ずかしい思いをしています。本を読んでいると本に汗がたれたり、本を持っている手が汗で湿ったりしているので本がしなしなになってしまうという状態です。家にいるときは首からタオルをかけて生活をしています。肌寒い季節になっても、仕事の仲間はみんな平気なのに私ひとりが「暑い暑い」と言っています。夏のような暑さを感じているのではなくて、ただ汗が出るのです。汗が出て、止まらなくて、汗を拭いてばかりいるので、言葉としては「暑い」としか言いようがないのです。しばらくじっとして、冷たいものを飲んだりしていると、落ち着いてきますが、時間はかなりかかります。またすぐ動くと汗が出るので長い間じっとしていなければ汗はひきません。婦人科などにも行ってみたけれど…夜、寝ているときも汗をかいていることもあります。夏は冷房を入れて寝ているのに汗をかいていました。でもそれ以上冷房の温度を下げると、今度は体が冷えてしまうので、設定温度は下げられません。昔は汗をあまりかかない体質だったので、間違いなく更年期だからだろうと思いました。婦人科にも行ってみましたが「まあ更年期でしょうね」という診断でした。漢方を処方されましたが私にはまったく効果がなく、結局やめました。甲状腺の病気でも多くの汗をかく症状が出る場合があると言われたので、甲状腺も調べてもらいましたが異常は見つかりませんでした。その他の体調不良もあり、あちこち検査もしたのですが、どこにも異常は見つからないため、どの科でも「更年期ですかね」「そういう年齢なのでしょう」と言われました。何か漢方以外に効く薬などがあればいいのですが、漢方しかすすめられませんでした。対処法が見つからず、今も困っているのですが、この大汗は更年期を過ぎれば治ると信じたいです。また婦人科で相談してこようとは思っていますが、とにかく外でずっと汗を拭いているのが恥ずかしいのです。化粧は流れ落ち、入浴後も汗が止まらず今年の夏は特に暑かったので、普通の人でも汗をかいていたと思うのですが、私は服の色が変わるほど汗をかいていました。半袖で満員電車に乗ると、他の人に触れてしまうので、汗をかいた腕に接触するのは相手にも不快な思いをさせてしまうので、長袖を羽織っていました。そうするとさらに暑いため、また汗をかくという、悪循環。ひどいときは着替えを持って行って、デパートのトイレで着替えました。しかし、顔はどうにもできないので、汗をただ拭くしかありません。全部汗で落ちるので、お化粧なんてしていられません。片手にタオルを握りしめてしょっちゅう汗を拭いていました。秋〜冬の時期はタオル2枚で大丈夫ですが、夏場はもっと持ち歩いていました。しかも今はマスクをしなければならないので、汗を拭くのも大変です。お風呂に入った後も大変です。汗を流して、すっきりしたのに、出たあとにまた汗をかくのです。またタオルで汗を拭き拭き……。本当にタオルが何枚あっても足りません。汗が目立たない色の服、吸湿速乾素材の服などを着て、できるだけ、汗臭そうな人に見えないように工夫はしています。まとめ年齢は自然のことですので、過ぎるのをただ待つしかないのかもしれません。いろいろ調べてみると、更年期の症状は「閉経後1年くらいで治まってくる人が多い」とのことでした。ということはまだ閉経までしばらくかかりそうなので、この大汗もしばらく続くのでしょう。そう思うと嫌になります。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。イラスト/サトウユカ著者/大森美樹(50歳)独身ひとり暮らし。本業が新型コロナで大打撃を受け、さらに回復が見込めないため、Webライターを始めた。元々精神障害を抱えており、不安定な毎日を送っている。最近は年齢的に「難しいお年ごろ」(更年期的な意味で)である。親の介護もそろそろ始まるため、なんとか自立した生活を送るべく、日々勉強中。
2022年12月22日40歳を過ぎてから、皮膚トラブルを感じることが多くなりました。比較的肌は丈夫だった私にとって、あまりにひどい状態に「もしかして何か病気なのでは?」と心配になったことがあります。病院嫌いの私が皮膚科を受診し、その後どうなったのかについてお話しします。★関連記事:突然の頑固な肌荒れ!40代に起こる体の変化はこう乗り切った【体験談】カサカサしてゴワゴワ、これは私の肌?45歳のときです。肌荒れが日に日に悪化し、私は弱り果てていました。カサカサして、ゴワゴワもしている感じとでも言えば良いのでしょうか? そんな症状が顔から首にかけて広がっていました。ちょうど愛犬を飼い始めて数カ月たったころ。「恐れていたことが起こってしまったかも……」。実は犬アレルギーがある私は、慌てて皮膚科を受診したのです。医師の診断は意外なものでした。犯人は加齢だというのです。「年齢を重ねているのに、若いころと同じスキンケアをしていない? 洗い過ぎもトラブルの原因ですよ」と先生に言われ、がっくりとしたことを今でも鮮明に覚えています。病院からの帰りに洗顔料を購入先生のおっしゃることは図星でした。というのも、当時私は節約と称して中高生の娘たちと洗顔料を兼用していたのです。指摘された「若いころと同じスキンケア」どころではありませんでした。40代半ばの母が、10代のピチピチ肌の娘たちと同じものを使っていてOKなはずがありません。帰り道、そのままドラッグストアに立ち寄りました。「洗顔料ってこんなにあったのね……」。ズラっと陳列された商品棚を見ていたら、悔しくて情けなくて涙がにじんできました。そのとき私が選んだのは、乳液タイプの洗顔料です。成分表示もしっかりチェックし、パラベン・アルコール・シリコン・タルクなどが無添加である、できるだけナチュラルなものをセレクト。価格は1,500円くらいだったと思います。洗顔=さっぱりと思い込んでいたその日の夜から、早速新しい洗顔料を使い始めました。私の場合、肌荒れが首まであったので、顔だけでなく、デコルテ辺りまで洗顔料を使用。そして、まず、洗い上がりにびっくり。「さっぱりしなければ洗顔ではない」とさえ思っていた私にとって、乳液タイプの「しっとりモチモチ」な使用感はある意味衝撃でした。洗顔後のツッパリ感は皆無。洗顔に続くスキンケアも、それまでは大急ぎで化粧水を肌にたたき入れる感じでしたが、丁寧にパッティングしました。デコルテ辺りまでしっかり保湿。しっとりした肌にローションをつけると、気持ちも優雅になるから不思議。鏡の前でパッティングすれば、肌のチェックにもなり、自然とスキンケアにも力が入るようになりました。するとガサガサでゴワゴワの肌荒れは、程なくして消失したのです。まとめ皮膚トラブルの原因が加齢と聞いて涙が出るほどショックでしたが、先生に一喝されてよかったと思っています。やはり、何かあったら病院です。あの日以来、洗顔料は乳液タイプかオイルタイプとしています。残念ながら、高級化粧品というわけにはいきませんが、成分もきちんとチェックして、品質の良いものを購入するよう心がけています。シミやたるみといった年齢肌の悩みはまだまだ解消されませんが、肌荒れがないだけで気分も上々。今も犬アレルギーが出ることもなく、毎日愛犬とじゃれ合っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。イラスト/サトウユカ著者/とろママ(47歳)2女の母。45歳のときに会社勤めを辞め、現在はフリーランスで活動。家族は夫と年ごろの娘2人と愛犬。子どもたちの送迎も大切な業務。加齢という現実に直面し、認めたくない気持ちと認めなければいけない気持ちの間で揺れるお年ごろ。犬にはモテる。
2022年12月22日一人息子が独立したことで喪失感を覚えるようになっていたとき、友人からあるアルバイトを紹介されました。そのアルバイトは私の生きがいに。仕事の依頼も増え、ますます私はやりがいを感じるようになり、以前のように元気を取り戻していった体験談を紹介します。★関連記事:「子どもが家を出たのがきっかけで…」母としての役目が終わった瞬間始まった不安感。私の解決法はぽっかり空いた心の穴がうまく埋まらない一人息子が地方の大学に通うため独立し、今は夫と2人だけの生活。今になって考えると、仕事が遅いため食事をすることが少ない夫より、毎日食べる息子のためにおいしく栄養のあるものを作ることが私の生きがいの1つだったのかもしれません。そのため、夫と2人だけの生活で喪失感のようなものを覚えるようになりました。また、毎日おこなっていた洗濯も今では1日おきで十分。このような変化の中、私はぽっかり空いた心の穴をうまく埋めることができませんでした。余った時間で友人と毎週映画を見に行くなど、今まででは考えられないようなことも楽しんでいますが、それでも喪失感はなかなか埋まりません。そのうち夫の食事さえも作る気力がなくなってしまい、今まで利用したこともない冷凍食品やデパ地下で総菜を購入することも。このような状態ではいけないとわかっていても、立ち直れない自分がいました。料理記事のアルバイトが心の穴を埋めたぽっかりと空いた心の穴が埋まらずに悩んでいたときに、友人が始めた料理記事を投稿するアルバイトを紹介されることに。もともと料理は大好きでしたが、そのときは気力をなくしていたのでできるか不安でしたがおこなってみることにしました。仕事の内容はアイデア料理を考えて月に4記事、でき上がった料理の写真と作り方の説明文を会社に送るだけ。パソコンにあまり強くない私でも簡単にできる仕事でした。最初の1カ月はとにかく必死で取り組み、あっという間に時間が過ぎていきました。その上、コロナ禍だからなのか自宅で料理を作る人が増えたこともあり、月に4記事の投稿は6記事に増え、他にも簡単に作れるアイデアデザートも新たに3記事頼まれることに。そうなると、いろいろアイデアを考えることが必要となり、気力がなくなったなどと言っていられないような状況となり、毎日頭の中は新しい料理を考えることでいっぱいでした。そして、多くの人が私の料理記事を見てくれていると思うと、やけに熱くなってしまったのです。結局、私の料理記事をたくさんの人に見てもらえるという喜びと、おいしいものを伝えようという使命感を持つようになり、あんなに悩んでいた埋まらない喪失感は、すぐに埋まったのです。料理記事のアルバイトは夫もにっこり私が料理記事のアルバイトをするようになってから今までの明るさが戻ったと、後になって夫から言われました。夫も落ち込んでいる私の暗い顔を毎日見ていると、心配しながらも少しまいっていたとのこと。たしかにイライラすることも多く、夫に当たっていたことも結構ありました。でも、この料理記事のアルバイトを始めてからは、とにかく元の明るい私に戻ったので安心したと夫からひと言。そして、次々と投稿するアイデア料理を作るため、新鮮なメニューがたくさん出てくる土日の夕食は夫にとってうれしい結果となりました。その上、デザートもいろいろ作るようになり、甘い物が大好きな夫にとってメリットの非常に多いアルバイトです。ただし、たまには予想に反した大失敗の料理もあり、結局お茶漬けを食べたなんてこともありました。それでも「こんなに楽しみながら心も立ち直れたんだから本当によかったじゃないか」と、夫は満面の笑みで言ってくれています。まとめこのように私が元気になれたのも、好きな料理で人が喜んでくれるという前提があったからこそではないかと思っています。やはり息子が独立したことによる喪失感を埋めるには、誰かに自分がまた必要とされている実感を持つことがとても大切なのだと感じました。アルバイト代のほとんどは料理の材料費として使ってしまいますが、お金には変えられないもっと大切なものを得ることができたこのアルバイトに感謝しています。これからもたくさんの人が笑顔になるようなおいしい料理やデザートをどんどん提案していきたいです。また、ローカロリー料理を作りたいと思っている人も多いと思うので、最近は真剣にそのメニューを考えているところです。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。イラスト/山口がたこ著者/Sakura(49歳)子どもは独立し今は夫と2人暮らし。大好きなアクセサリー作りを仕事に。収入は少ないけど好きなことなので意外と気に入っている。
2022年12月22日