43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!? 腸閉塞で緊急手術!子宮体がんになってしまい、約6時間におよぶ大手術を受けた、はなうたねこさん。子宮体がんのステージがⅢCだと判明し、抗がん剤治療を受けることになりました。その後、3回目の抗がん剤治療を受けてから4日目の深夜、はなうたねこさんの体に異変が! なんと、激しい胃痛とともに便意や吐き気、冷や汗に襲われたのです! 深夜の2時に救急車を要請し、病院で検査を受けた結果、今度は腸閉塞になったことが判明。急きょ、緊急手術を受けることになり……。 深夜に強烈な胃痛と吐き気に襲われ、救急車で搬送されたはなうたねこさん。明け方ごろに検査結果が出て腸閉塞だとわかり、激痛が始まってから約半日後のお昼ごろに緊急手術がおこなわれました。 手術では小腸を40cmほど切除。この時点で術後の病室は未確保でしたが、手術しないと手遅れになるとのことで、手術が最優先でおこなわれたそうです。「一刻も早くこの激痛をなんとかしてくれ」と痛みに悶えていたはなうたねこさんでしたが、手術が終わると今までの激痛が嘘のように消え去りました。 その後、正式な病名が判明。『絞扼(こうやく)性腸閉塞』、いわゆる腸捻転で、聞くところによると小腸がねじれていたそうです。小腸がねじれるなんて想像しただけで痛そうですね……。 手術後はおなかの激痛もなくなり、手術した傷口部分もそこまで痛くありません。ただ、タイミングが悪く、このときのはなうたねこさんは抗がん剤の副作用の1つ、『骨髄抑制』がちょうど起こっている時期でした。 骨髄抑制とは、抗がん剤によって骨髄の働きが低下した状態のこと。骨髄の血液細胞をつくる働きが低下した結果、動悸や息切れ、めまい、貧血、だるさ、出血しやすい、感染症にかかりやすいなどの症状が体に現れます。 骨髄抑制によって体がフラフラし、うまく歩けないはなうたねこさん。看護師さんに協力してもらい、手術後は車椅子で運んでもらったり、歩くときに手を貸してもらったりして、レントゲン検査などを受けました。 入院中のある日のこと。はなうたねこさんが病院のロビーで食事をしていた際、目の前にいた女性と会話をする機会があったそうなのですが、実はこの女性も腸閉塞で入院したとのこと。 その女性に話を聞いてみると…… 彼女は、はなうたねこさんとは違う方法で腸閉塞の治療を受けたのだとか。はなうたねこさんは開腹して小腸を切除する手術を受けました。開腹手術の場合は体の負担が重い代わりに、すぐに治すことができます。 一方で、彼女は開腹手術を受けず、鼻から管を入れて小腸の詰まっている部分まで管を伸ばし、小腸の詰まっている部分より手前にある空気やガス、体液を抜く治療を受けたそうです。治療後、小腸がしぼんで均一になったら食事を始めることができますが、うまくいかなかったら再度やり直します。この方法は開腹手術と比べて体の負担が軽いのですが、うまくいかなければ何度もやり直す必要があり、治療期間が長引いて医療費がかさむ可能性もあるそうです。 どっちの治療法がいいのか比較した結果、「どっちもどっちだよね」という結論に至った2人でした。 今回も、医療費がいくらになるのか気がかりだったはなうたねこさん。 手術・入院することがあらかじめわかっていて、限度額認定証を前もって申請していれば、病院の窓口で払う費用は安くなります。しかし、今回は緊急手術を経て入院したため、限度額認定証は申請していません。そのため、はなうたねこさんは今回、病院の窓口で一旦、医療費の全額を自己負担しなければならないのです。その後、高額療養費制度を申請すれば、一定の金額(自己負担限度額)を越えた分が、あとで払い戻されます。 でも、その『一旦払う金額』はいくらになるのか……? 不安になったはなうたねこさんは、看護師さんに相談して概算を出してもらいました。 すると…… 今回の医療費は、だいたい13万円くらいになるとのこと。 ーー100万円とか言われたらどうしようかと思ったけど……13万円くらいならなんとかなるな。よかった。 と、安心したのでした。 監修/助産師 松田玲子 はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2023年01月10日3児の母でブロガーのマメ子さんによる、43歳で腎がんになった体験を描いたマンガを紹介します。突然、血尿が出て脇腹の痛みもあったため、泌尿器科を受診すると腎がんと判明したマメ子さん。無事に腎臓の摘出手術が終わり……。★前の話医師からがん検診はしっかりしたほうが良いと言われて、子宮がん検診に行ったときのこと。マメ子さんは久しぶりの内診台に緊張していたのですが……。-------------------以前、腎がんのことを書いたときに「体に違和感があったらぜひ受診してください」と、偉そうなことを言ったくせに(ごめんなさい)43歳まで子宮がん検診を一度も受けたことがありませんでした。胃、肺、乳、大腸のがん検診は市のほうで1日でまとめてできるのに、子宮がんは別で婦人科で予約取って……っていうのが面倒なのと、そもそも婦人科って気が進まないんですよね。でも、腎がんの手術にあたり、ちゃんとがんの有無を調べたのは転移の可能性のある部位(肺と骨)だけ。だから、今年のがん検診も肺以外はちゃんとしたほうが良いと先生には言われていたし、今回のことでさすがに私も心を入れ替えて、復職前に婦人科に行ってきました。手術のため、しばらく会社をお休みしていました。私の住む田舎はどんどん産婦人科が減っているなか、1件だけ、感じの良い先生が月曜日の午前中だけいると評判の婦人科へ。内診はなるべく痛くないほうがうれしいですが、そこの先生は知り合いいわく「やさしくしてくれるから痛くないよ!」とのことで……、早速、月曜日の午前中にロックオンです!子宮がん検診といえば普通は頸がんだそうですが、せっかくなので体がんも一緒におこなってもらうことに。診察室に入ると、なるほど当たりのやわらかい、やさしそうな先生です!そして、検診ですが何しろ10年ぶりの内診台、緊張する…!ああ思い出す、この無力感!大げさじゃなく、本当にこれぐらいに感じるのよ!そして、いよいよあの冷たい器具のなんとも言えない鈍痛、嫌だな……と身構えるも痛くない!そういえば、頸がんの細胞を取るのは痛くないって聞いた気が。問題はこのあとの体がん。やさしいと評判のこの先生、申し訳なさそうに「ごめんなさい」を連発してくれる。そんなに痛いのか……!?深呼吸して構える!が、無でした!強いて言えば、体がんの組織を取る前に器具が入るとき、一瞬「ウッ」って痛かったくらいで組織を取ってるであろうときは、無感覚……。とってもじょうずにやってくださったに違いない!思えば、初めて妊娠検査で内診台に上がった20代のときは、不安と緊張もあってすごく痛く感じたけれど……。あれから20年、心も体も緩んでしまったのでしょう。まったく痛みを感じないのも、なんだか切ないと思ってしまう43歳の乙女心でした……!!(伝われ)----------------子宮がんにはできる部位によって、子宮頸がん、子宮体がんに分かれます。多くの場合、子宮がん検診では、子宮頸がんを検査します。ただ特に40代・50代の女性に注意が必要なのは、子宮体がんといわれています。不正出血が一度でもあれば、婦人科を受診すると安心です。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/窪田徹矢先生(くぼたクリニック松戸五香院長)獨協医科大学医学部卒業。千葉医療センター、成田赤十字病院で研修を積み、国保松戸市立病院泌尿器科に勤務。その後千葉西総合病院泌尿器科にて医長、部長を歴任。2017年、くぼたクリニック松戸五香を開業。日本泌尿器科学会専門医・指導医。専門医である泌尿器科および皮膚のトラブル、生活習慣病を含めた内科まで幅広く診察。メディア出演も多数あり、医者YouYuberとしての情報発信もおこなっている。著者/マメ子(43歳)2021年3月血尿と疼痛から腎がんとの診断を受け、4月21日に右腎摘出、経過観察中。3児の母。ブログ「そらマメ絵日記(腎がん経過観察中)」を日々更新中。Instagram:@sora_mameko.628
2023年01月09日43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!? 深夜2時の救急搬送子宮体がんになってしまい、約6時間におよぶ大手術を受けた、はなうたねこさん。子宮体がんのステージがⅢCだと判明し、抗がん剤治療を受けることになりました。 その後、1〜2回目の抗がん剤治療はなんなく終了。しかし、3回目の抗がん剤治療を受けてから4日目の深夜、はなうたねこさんの体に異変が! なんと、激しい胃痛とともに便意や吐き気、冷や汗に襲われたのです! 「もう耐えられない」と感じたはなうたねこさんは、深夜の2時に救急車を要請し……。 3回目の抗がん剤投与をして4日目の深夜、激しい胃痛や吐き気、冷や汗などに襲われたはなうたねこさんは、「これは絶対におかしい。抗がん剤の副作用ではないのかも」と思い、深夜の2時に救急車を要請。このとき、救急隊員からは「もし今飲んでいる薬があったら出しておいてください」と言われたそうです。 「このまま入院するかも」と冷静に考えたはなうたねこさんは、腐りそうな食材を冷蔵庫にしまい、携帯電話の充電器と下着とバンダナをかばんに詰めて、家を出る準備を済ませました。しかし、救急車を待っている間も吐き気はおさまらず、準備をしては吐いて……を繰り返していたそうです。 そして、119番通報をしてから約5分後に救急車が到着。 車椅子を持って駆けつけた救急隊員2人に「歩けますか?」と聞かれたものの、激痛でもはや喋ることすらできず、呼吸するので精一杯だったはなうたねこさんは、「はい」とも「いいえ」とも答えられません。「大丈夫そうですね」と救急隊員に言われ、そのまま車椅子に乗せられることなく、どうにか自力で歩いて救急車へ乗り込みました。 その後、救急隊員から「何を食べました? なまものは? 下痢は? 今飲んでいる薬は?」と質問され、「お薬手帳と保険証を見せてください」と言われました。しかし、「うぅぅ」と唸るばかりで、なかなか答えられないはなうたねこさん。お薬手帳と保険証、大学病院の診察券を渡すことで、救急隊員に「この大学病院で抗がん剤治療を受けているからここに搬送してほしい」と、自分の意思を伝えました。 その後、救急隊員が大学病院に連絡し、無事に大学病院で受け入れてもらえることに。 大学病院に到着すると、救急隊員が代わりに受付を済ませてくれ、まずは抗がん剤の副作用かどうかを確かめるため、婦人科の医師に診てもらうことに。しかし原因は突き止められず、次に内科の医師に診てもらいましたが、やはり原因は不明。さらに、痛み止めの点滴を打ってもらい、坐薬を挿入してもらっても、まったく効き目がありません。そんな中、吐いているときだけ胃の激痛がなくなることに気づきました。 結局、激痛や吐き気に耐えながら、血液、尿、エコー、レントゲン、CTなど、数々の検査を受けて、原因を突き止めることに。 検査結果を待つ間もじっとしていられず、ベッドの上で何度ものたうち回っていた、はなうたねこさん。のちに、「『悶絶』とか『七転八倒』って言葉って、こういうときに使うんだろうな」と、このときのつらさを語っています。 それからしばらく経ち、朝の9時過ぎ。主治医の先生がきてくれ、「もしかしたら腸炎かもしれません」とのこと。その後、2回目の坐薬が効いたのか少しだけ痛みが和らいだので、とりあえず職場とお姉さんに連絡を入れました。 すると、最後に外科の医師がやってきて…… 「腸閉塞ですね」と言うのです! ーーえっ? 腸閉塞? 胃が痛いのに腸が原因だったの? まだ疑問が残るはなうたねこさん。しかし…… 「残念ですが、開腹手術が必要です」と、外科医に言われ、 ーーえっ。また手術をしなきゃいけないのか…… と、疑問よりも大きなショックに打ちのめされた、はなうたねこさん。 このあと、緊急手術を受けることになったのでした。 監修/助産師 松田玲子 はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2023年01月08日43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!?【前回のあらすじ】子宮体がんになってしまい、約6時間におよぶ大手術を受けた、はなうたねこさん。手術時には細胞を切り取り、医師が病理検査(細胞を顕微鏡で調べる検査)へ。その結果、がん細胞がリンパ節にも転移していて、子宮体がんのステージはⅢCだと判明。その後、抗がん剤治療が始まると、副作用である脱毛や手足のしびれなどの症状が出現。それからしばらくして、2回目の抗がん剤治療に臨んだのですが……。 2〜3回目の抗がん剤治療とまさかの急展開! この日は、2回目となる抗がん剤治療。1回目は入院が必要でしたが、2回目からは日帰りでの治療となるそうです。途中、前回もお世話になった看護師さんが「どうですか?」と様子を見にきてくれて、少しだけホッとした、はたうたねこさんでした。 11時に病院を訪れ、病室のベッドの上で昼食を食べつつ治療を受けて、16時過ぎには帰宅。お昼過ぎになると、抗がん剤の影響もあってか眠気に襲われたはなうたねこさんでしたが、看護師さんがこまめに血圧を測りにくるので、眠れはしなかったそうです。 驚いたのは、吐き気止めの薬が1錠で473円もしたこと。その金額を見て、一気に眠気が覚めたはなうたねこさんでした。 抗がん剤投与後の副作用はというと、前回同様におなかにしびれがあり、おへそのあたりがぽっこりと尖り、手術時の傷口からは膿のような液体が出てきました。さらに手足にもしびれがあり、特に足の付け根にはビリビリと強いしびれを感じたそうです。 2回目の抗がん剤治療後も、前回と同じく、吐き気はなく、食欲はあって、お通じも正常でした。 しかし、日常生活に戻ると、食の好みに多少の変化が。サラダ、豆腐、野菜スープ、ミネラルウォーターなど、今まで好きだった『味が薄い物』があまりおいしいと感じなくなり、逆にいつもは食べないようなカレー、チョコ、あんぱんなど、『味が濃いの物』がおいしいと感じるようになったのです。 その後は、お姉さんが所属している笛のサークルの演奏会に行って感動したり、職場の人たちと女子会ランチをしたり、姪っ子が成人式の前撮りで晴れ着を着るというので、そのあと姪っ子と一緒に写真を撮ったり……。 同じ日に、晴れ着を着た姪っ子をはじめ、家族全員で集まって食事をしたり。 平和な日々がこのまま続くと思っていた、はなうたねこさん。 しかし…… 3回目の抗がん剤投与をおこなって4日目の深夜、はなうたねこさんの体に突如異変が! 「なんだかおなかが空いたなあ」などと考えているうちに胃がチクチクし始め、そのうちギリギリとした激痛に変わったのです! 激痛のさなかに便意をもよおし、トイレに駆け込んだはなうたねこさん。そのあと、どうにか胃痛を和らげるべく胃薬を飲みましたが、あまり効果は得られず、吐き気が出てきてしまいました。また、病院からもらったパンフレットに、「抗がん剤による吐き気の副作用には胃を冷やすといい」と書かれていたので、冷凍庫にあった保冷剤で胃を冷やしてみたものの、まったく効果がありません。 ーー痛いよ、気持ち悪いよ、誰か助けて。 時間とともに吐き気がひどくなり、先ほど食べた夕食も胃薬も、すべて戻してしまいました。 ーーこれは絶対におかしい。胃痛や吐き気だけでなく冷や汗も出てきたし、抗がん剤の副作用でこんなに体調が悪くなるはずがない。誰か……助けて。 ひとり暮らしのはなうたねこさん。すぐ助けにきてくれる人は残念ながらいません。 ーーもうダメだ。耐えられない。救急車を呼ぼう。 そうして、深夜の2時ごろ、人生で初めて119番をしたはなうたねこさんでした。 監修/助産師 松田玲子 はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2023年01月05日43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!?子宮体がんになってしまい、約6時間におよぶ大手術を受けた、はなうたねこさん。子宮と卵巣を全摘し、周囲のリンパ節も44個切除しました。手術時には細胞を切り取り、医師が病理検査(細胞を顕微鏡で調べる検査)へ。その結果、がん細胞がリンパ節にも転移していて、子宮体がんのステージはⅢCだと判明。その後、抗がん剤治療が始まると、副作用である脱毛症状が出現し……。 抗がん剤治療中の生活(成功と失敗) 抗がん剤治療を始めたことを、会社の同僚や上司に報告したはなうたねこさん。 すると、みんなが「無理しないでね。具合が悪かったら休んでもいいんだよ」とやさしい言葉をかけてくれました。はなうたねこさんとしては、気をつかってくれてとてもありがたいという気持ちもあったのですが……。 すでに、入院で有給休暇は使ってしまいました。さらに、医療保険に未加入だったので今後の医療費も高額になる見込み。その上、通院日は必然的に仕事を休まざるを得ないため、欠勤扱いになって給料も減ってしまいます。となると、多少つらくても働ける日は頑張って働くしかありません。 「現実はキビシイなあ……」とため息をつく、はなうたねこさんでした。 話は変わり、抗がん剤の副作用によって、髪が松葉のようにパラパラと抜け落ちるようになったはなうたねこさんは、被り物にいろいろと工夫を施すようになりました。 ーーバンダナや帽子だけだと、隙間から髪がパラパラと落ちてしまう……。何かいいアイディアはないかしら? そんなときに見つけたのが、履き古した黒のパンストでした。 足の付け根の部分をチョキチョキとハサミで切って縫えば……頭にぴったりフィットする帽子の完成! これをバンダナや帽子の下に被ることに。すると、隙間から髪の毛が抜け落ちることが見事に減ったそうです。大成功ですね! 「我ながらいいアイディアだった」と語る、はなうたねこさんでした。 はなうたねこさん自身が体験した髪の脱毛過程はというと、まずは頭頂部から毛が抜けてゆき、落武者のようになるそう。さらに髪が抜け落ちていくと、頭部全体がうっすらと髪が生えているだけになり、やがてはほとんど髪のない状態になるとのことです。 さらに、髪の毛だけでなく全身のあらゆる毛が抜け落ちていきました。まずは脇毛やすね毛、アンダーヘアなど、毛根が太いところから。次にまつ毛や眉毛、鼻毛。しかし、なぜか腕と太ももの毛は抜けなかったそうです。 眉毛が薄くなってしまったはなうたねこさんは、「元々の形ってどうだったっけ?」と思いながらも、アイブロウメイクに挑戦。さらに、インターネットに「まつ毛が抜けてしまった場合は、アイラインを引くことで目元の印象を引き立てることができます」と書かれていたのを見て、普段はしないアイラインにもトライすることに! すると…… はなうたねこさんいわく、「ただのホラーメイクになった」そうです。 後日、周りの人たちに聞いたところ、はなうたねこさんの眉毛やまつ毛が抜けてしまったことには、誰も気づいていなかったとのこと。 「じゃあもうアイラインなんていらないな。私の自由に、好きなようにやろう!」と開き直ったはなうたねこさんでした。 監修/助産師 松田玲子 はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2023年01月01日43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!?【前回のあらすじ】子宮体がんになってしまい、約6時間におよぶ大手術を受けた、はなうたねこさん。子宮と卵巣を全摘し、周囲のリンパ節も44個切除しました。手術時には細胞を切り取り、医師が病理検査(細胞を顕微鏡で調べる検査)へ。その結果、がん細胞がリンパ節にも転移していて、子宮体がんのステージはⅢCだと判明。一旦退院し、約2週間の自宅療養と職場復帰を経たのち、抗がん剤治療を始めることになりました。 抗がん剤治療の始まり ついに始まった抗がん剤治療。治療は1日で終わるものの、投与後のショック症状などを考慮して、2泊3日で病院に入院することになりました。 当日は、午前中に1種類目の抗がん剤を投与され、血圧、血中酸素飽和度、心電図のチェックも受けました。そして午後に、別の抗がん剤を投与。 ※イラストに書かれているのは、実際に使用された抗がん剤の名前ではありません。 この時点では普段と同じように食欲があり、ショック症状は特になし。抗がん剤の影響なのか、眠気に襲われ、病室のベッドでウトウトしていると…… 看護師さんが入院費の概算を持ってきて、一気に目が覚めたはなうたねこさん。2泊3日で費用は7万超えだったそうです。 そして、退院当日は迎えにきてくれたお姉さんとともに帰宅。このとき、お姉さんが「髪が抜けたときのために」と帽子を買ってくれたのだとか。 退院後のはなうたねこさんは、食欲はあって吐き気はなし、お通じも正常。しかし、手足や足の付け根、おへそまわりにジンジンとしたしびれが感じられました。しびれを緩和するためにロキソニンを服用しましたが、効果はありません。手術時にできたおなかの傷口から膿のような汁が出るのは、以前と変わらずでした。 ちなみに、体のしびれで一番困ったことは、 「鼻の穴がうまくほじれない! いつもとなんか違う!」だったそうです。 手術後はずっと時短勤務にしていたはなうたねこさんでしたが、幸いにも、抗がん剤の副作用でひどかった症状はしびれだけだったため、このタイミングで通常勤務に変更。手術直後に比べると、重い物も持てるようになり、通勤時もラクに歩けるようになりました。 そんな中、抗がん剤を投与してから11日が経過したときのことです。はなうたねこさんがお風呂に入っていると……。 ついにきました。抗がん剤の副作用である、脱毛です。 排水口に大量の髪の毛が流れていくそのさまは、まるでホラー映画のようでした。お風呂からあがったはなうたねこさんは、「ついにきたか……」と大量の脱毛にショックを受けながらも、「ハゲたらどうしよう……ウィッグのカタログは取り寄せたけど、あとでいいやと思ってまだ頼んでないし、今手元にあるのはバンダナと帽子だけだ」と、この先さらに薄くなるであろう頭部をどう隠すか悩みました。 結局ウィッグは買わず、会社ではバンダナを巻き、仕事以外の外出では帽子をかぶることにした、はなうたねこさん。朝の通勤電車内では、「周りの人たちに、なんであの人バンダナを巻いているんだろう?ってジロジロ見られたらどうしよう」と、ドキドキだったそうです。 そして、会社に到着。さすがに会社でバンダナを巻いているのは目立つので、親しい人たちにだけ事情を説明することに。すると、「うちの親戚も今がんの治療中でバンダナ巻いてるよ」「うちのお義父さんもだよ」と話してくれた、同僚や上司たち。 ーーなんだ、案外みんなの周りにもがんの人っているんだ。抗がん剤治療で毛が抜けてしまった人がバンダナを巻いたり帽子をかぶったりしている姿って、がんじゃない人からしても、けっこうフツーのことなんだ。 と、ホッとしたはなうたねこさんでした。 その後、大判のハンカチをバンダナ代わりにしたりして、洋服のトーンを合わせて毎日コーディネートを工夫するようになった、はなうたねこさん。 誰も気づいていないだろうと自己満足で終わっていたのですが、ある日、会社でお掃除を担当してくれているおばちゃんが「あら! 今日は赤なのね。いつも服に合わせてオシャレだね〜」と声をかけてくれました。いきなり褒められたはなうたねこさんは、うれしくもあったけれど、ちょっぴり恥ずかしかったそうです。 それからは、かぶりものの種類を増やすため、古いTシャツを筒状にしてバンダナを作ったり、100均で購入したランチョンマットで帽子を作ったり、後ろ髪がないのを隠せるような帽子を新調したり。 『がんサバイバー』として毎日をポジティブに生きるための工夫を始めた、はなうたねこさんでした。 監修/助産師 松田玲子 はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2022年12月30日43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!?【前回のあらすじ】子宮体がんになってしまい、約6時間におよぶ大手術を受けた、はなうたねこさん。子宮と卵巣を全摘し、周囲のリンパ節も44個切除しました。手術時には細胞を切り取り、医師が病理検査(細胞を顕微鏡で調べる検査)に出したそうです。その結果、がん細胞がリンパ節にも転移していて、子宮体がんのステージはⅢCだと判明。これから抗がん剤治療を始めることになりました。その後、一旦退院してしばらく自宅療養となった、はなうたねこさん。2週間の自宅療養を終え、いよいよ職場復帰となったのですが……。 2週間の自宅療養を終えてようやく仕事に復帰! 翌日に職場復帰を控えた、はなうたねこさん。手術後から続いていた排尿痛はだいぶマシになったものの、リンパ節を切除したせいか足の付け根にしびれを感じ、手術で切ったおなか周辺からは膿のような汁が滲み出ていました。病院からは「手術した傷跡のところは経過を見ましょう」と言われていたのですが、翌日に出社を控えていたため、今回は一時的におなかにガーゼを当てて応急処置することに。 ※創部(手術でできた傷の部位)から出血や膿のようなものが出る場合は病院に相談しましょう。 加えて、手術後からずっとおなかがポッコリと膨らんだままで、ズボンのチャックも閉まらない状況……。自宅療養中に少しずつ歩く距離を伸ばして歩く練習もしましたが、こんな状態で仕事に行けるのでしょうか。 翌朝、目覚めたはなうたねこさんは「気力で乗り切るしかない!」と自分に喝を入れ、自宅をあとにしました。しかし、「駅ってこんなに遠かったっけ?」「鞄ってこんなに重かったっけ?」と、会社に着くまでの道のりがとにかく長く、つらく感じたそうです。 ちなみに、どれくらいつらかったかというと、駅のエスカレーターで誰かがはなうたねこさんの横を追い越していくたびに、歩く振動で、手術痕がズキズキと痛むほど。 それでも、ゆっくりと時間をかけてなんとか職場にたどり着きました。 これまで、会社の人たちには病気のことを何も話していなかった、はなうたねこさん。 今後は抗がん剤治療も始まることから、会社に迷惑をかけないためにも、上司と人事の人たちには「子宮体がんになってしまって」と、事情を説明したそうです。 その際、会社の人たちには「前向きでよかった」と言われたそうですが……。 はなうたねこさん自身は、「前を向いているというか……他に向く方向がないだけで、今自分が向いている方向が前なのかよくわからない」と考えていました。 これは、病院からもらった、抗がん剤治療に関するしおりです。 そこには、一般的によく知られている抗がん剤の副作用(吐き気・しびれ・脱毛など)が書かれていたほか…… 「免疫力が下がるので、他にもいろいろ気をつけましょうね」と、細かい注意事項も書かれていました。 抗がん剤治療開始が目前に迫ってきたころ。 自分が置かれた状況を把握しようと、ネットで子宮体がんについて検索してみた、はなうたねこさん。すると、そこには「子宮体がんのステージⅢCの5年生存率は……」と、かなりショッキングな情報が。 しかし、「暗い情報なんていちいち気にしてられるか! 今は目の前の生活や治療のことだけ考えよう」 と、あくまで前向きの姿勢を貫くことにした、はなうたねこさんでした。 監修/助産師 松田玲子 はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2022年12月26日子供と一緒に参加できる、キッズパークを会場にした「ママのためのがん検診体験イベント」を企画・運営する「ママのがん検診応援プロジェクト」(事務局:一般社団法人シュフレ協会/所在地:神奈川県横浜市/代表理事:武次 直美)は、2021年6月にスタートした「乳がんエコー検診無料体験会」に続いて、2022年11月25日「子宮頸がんHPV検査無料体験会」をスタートしました。「子宮頸がんHPV検査無料体験会」は、子宮頸がんについての正しい知識の啓発を目的にしたイベントで、子宮頸がんに関する無料セミナーに加えて、自宅で好きな時に受けられる子宮頸がんHPV検査キットを配布。検査キットの使い方の説明や検査後のアフターフォローまで無料で行うことで、子宮頸がんHPV検査に対する不安や疑問を解消し、定期的な検査習慣をつけていただくことを目指しています。■子育て中のママの「子宮頸がん」に対する意識子育て中のママたちに「子宮頸がん検診」の受診状況についてアンケートを実施したところ、出産前は7割以上のママが検診を受診していたにも関わらず、出産後は76.7%のママが検診を受診できずにいるという結果となりました。また、子宮頸がんに関する基本的な知識を問うクイズを出題したところ、3問全てに正解したママはわずか13.7%でした。乳がんについての同様のクイズの正答率が44.2%であったことと比較しても、子宮頸がんについての関心の低さがわかります。これは子宮頸がんについての正しい知識を学ぶ機会が少ないこと、子育てや家事・仕事に追われて自分の健康について意識を向ける余裕が少ないこと、子どもの預け先の確保など受診に至るまでのハードルが高いことなどが原因として考えられます。第一回「子宮頸がんHPV検査無料体験会」に参加した子育て中のママたちからは、「子供のことも大切だが自分の時間もとるようにしなくては、ゆくゆくは家族に迷惑がかかると感じた」「子宮頸がんのリスクがこんなにも高いことを知らなかった。検査を定期的に受診することで早期発見ので今後も継続して受診したい」などの感想が届いています。グラフ■「ママのためのがん検診体験イベント」について子育て世代のママたちのがん検診の受診率を向上し、早期発見・早期治療につなげ、家族の笑顔と未来を守ることを目的としたプロジェクトです。屋内型キッズパークを会場にし、子どもと一緒に参加できる「がん検診体験イベント」を開催するなど、ママのがん検診が子どもにとっても楽しい思い出となるような企画を運営しています。2021年6月から2022年9月までに「乳がんエコー検診無料体験会」を横浜市内で計17回開催し、述べ445名のママが参加しています。参加者のうち3割の138名に何かしらの所見が出ていることからも、定期的な検診の重要性がわかります。また2022年11月の第一回「子宮頸がんHPV検査無料体験会」では定員となる30名のママが参加。ヒトパピローマウイルス(HPV)の検査キットを使った自己検査を行い、現在専門機関によって結果の分析が行われています。<イベントの様子>ママがイベントに参加しているあいだ、子どもたちはキッズパーク内で遊んで待ちます。見守りスタッフを配置しているので安心して遊べます。ママがイベント参加中の子どもたち子宮頸がんセミナー風景乳がん検診モデルキットによる自己触診指導■ママのがん検診応援プロジェクト OFFICIALサポーターの募集についてがん検診の重要性を啓発し、ママたちのがん検診受診率の向上を目指す「ママのがん検診応援プロジェクト」の趣旨に賛同し、応援してくださる企業および各種団体の皆様からのご協賛を募集しています。詳しくは、ホームページをご確認ください。 ■ママのがん検診応援プロジェクト 事務局・事務局 : 一般社団法人シュフレ協会(代表理事 武次 直美)・所在地 : 〒224-0066 神奈川県横浜市都筑区見花山1-30 見花山3階・電話 : 0120-72-1010・ホームページ: 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2022年12月26日東京オリンピックが開催された2021年の5月、私は子宮頸がんであることが判明しました。誕生日前だったので、私は43歳でした。がんが判明したきっかけは、同年4月に生理の血が止まらなかったことでした。病院に行くと「がんじゃないけど、また来月も来て」という話でひと安心していたのですが、5月に行くと「大きい病院を紹介するからそこで検査をしてみて」とのこと。検査をした結果、子宮頸がんだと告知されました。さらに大学病院を紹介されて、私の闘病生活が始まりました。★関連記事:「がんかも」えっ!? 下腹部の膨らみは子宮筋腫だろうと思っていたのに #子宮頸がんゆる闘病記 143歳、子宮頸がんが判明がんは子宮だけじゃなかった!4月に受診した婦人科で受けた検査の結果を元に、先生からがんの進み具合と治療計画の説明がありました。がんの大きさは5cm、ステージⅠBという進行具合で、放射線治療を約2カ月おこなうということでした。そこまで深刻な状態ではないとのことで、不安な気持ちはあったもののひと安心していました。ところが、大学病院でも検査をするように言われて検査をしてみると、肺に転移していることが判明! 転移について判明が遅れたのは、前の病院でなぜか肺から下しかCT撮影していなかったからだそうです。さらに詳しく見てみるとリンパにも転移していることが判明しました。抗ガン剤治療で髪が抜け…がんが転移している箇所の治療もするため、放射線治療から抗がん剤治療に変更になりました。3週間から4週間に一度、2泊3日の入院をして治療しました。髪の毛が抜けるとのことで嫌で仕方がなかったのですが、先生の「長い人生の中でたった2年間ほどなので、我慢して頑張りましょう」という言葉が支えになり、治療を受けました。2021年7月1日から治療を開始して、それから2週間後にはだんだんと髪の毛が抜けてきてきました。数カ月して気が付くと、全身のありとあらゆる毛が抜けてつるっぱげになっていました。髪の毛が抜けていることが周りにバレないよう、私は10万円以上するウィッグを購入しました。子宮のがんへの放射線治療を開始10カ月後の2022年5月、肺とリンパに転移していたがんが消えたので抗がん剤治療は終了しました。同年6月から、子宮のがんを治すため放射線治療を始めました。28日間、子宮の外側から放射線を当てるために土日以外は毎日通院しました。週に1回は入院して子宮の中から放射線を当てる治療を4回おこなっていました。子宮の中の治療の際は麻酔をしますが、それでも痛くて地獄でした。治療の4回目が終わったときは、担当してくださった看護師さんたちに「よく頑張りましたね」と声をかけられて涙が出ました。治療の効果は3カ月後ぐらいに出るとのことで、同年10月の検査でがん細胞がなくなったという報告を受けました。これからは数カ月に1度病院で検査をして、がんが再発しないように様子を見ることになりました。まとめ病院で診察を受けてから治療を始めるまで、すべての先生の話が二転三転してかなり戸惑いました。最初から大きめの病院に行くべきだったかな、と思ってます。治療期間は私の場合ちょうど1年間で、3カ月後にがん細胞がなくなったという結果を聞きました。髪の毛は抗ガン剤治療が終わってからだいぶ生えてきてますが、まだまだウイッグは必需品です。もう少し髪が伸びておしゃれなショートヘアになるまでウィッグは手放せません。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。著者/井上 あき慣れ親しんだ環境で平凡に生きていたが、病気をきっかけにこれまでの人生をリセット。病気が治ってからは、第2の人生を自分らしく自由に生きていくためにライター業にチャレンジ中。
2022年12月26日2012年に子宮頸がんが判明した、はたの有咲さんの闘病後の夫婦生活を描いたマンガを紹介します。約5カ月ぶりの夫婦生活で出血してしまったはたの有咲さん。婦人科で内診してもらった結果、問題はないとのことでしたががんの再発にはたの有咲さんはおびえていて……。★前の話私たち夫婦はこれまでレスとは無縁で、それなりに夫婦生活もありました。しかし、私が子宮頸がんになったことをきっかけに、夫婦生活は変化しました。子宮頸がんの治療後、初めておこなった夫婦生活で私はあまり濡れず、挿入時には痛みを感じ、出血までしてしまいました。出血したので婦人科で内診してもらったところ、特に問題はないとのことでした。しかし、私はがんが再発するのではないかと不安に……。それなのに夫のケンジから「よかったやん、なんともなくて」と言われてしまい、私のことを考えてくれていないんだと不満爆発!その翌年、ケンジからまた夫婦生活の誘いがありました。ケンジにはたくさん支えてもらったし、少しは気持ちに応えてあげたいと思いました。出血はなかったものの、なかなか濡れないし挿入されると痛い! ケンジとの夫婦生活は、私にとって苦痛になってしまいました……。ケンジは私に気をつかっているのか、夫婦生活は1年に1回と決めているようでした。それについて私は申し訳ないと思うものの、がんの再発が怖いという気持ちが強くありました。そういった気持ちのすれ違いから、私たち夫婦の関係は冷え込んでいくことになりました。ー--------------夫婦にとって夫婦生活は避けては通れない道。はたの有咲さん夫婦がお互いの気持ちを尊重しながら、自分たちに合う夫婦生活のスタイルを見つけられるといいですよね。■コミックス情報「子宮頸がんとセックスレス」著者:はたの有咲定価:150円(税抜)出版社:秋水社ORIGINAL★関連リンク:「子宮頸がんとセックスレス(1)」(WEB)秋水社公式ページ(外部サイト)©︎はたの有咲/秋水社著者/はたの 有咲(52歳)マンガ家で3姉妹の母。子宮頸が(IB1期)の治療から11年が経過。治療経験を描いたマンガを描いている。「mini SUGAR」にて4コママンガを連載中。
2022年12月24日43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!?【前回のあらすじ】子宮体がんになってしまい、約6時間におよぶ大手術を受けた、はなうたねこさん。子宮と卵巣を全摘し、周囲のリンパ節も44個切除しました。手術の際には細胞を切り取り、医師が病理検査(細胞を顕微鏡で調べる検査)に出したそうです。その結果、がん細胞がリンパ節にも転移していて、子宮体がんのステージがⅢCだということが判明。一旦、退院とはなったものの、今後は抗がん剤治療を始めることになり……。 自宅療養中の出来事 退院後は医師から「2週間は自宅療養するように」との指示を受けた、はなうたねこさん。入院中からの微熱が下がらず、自宅療養中も微熱や頭痛に悩まされていました。 そんなとき、お母さんからお見舞い金が届いたり、お姉さんが先日こっそり置いていったお金に気づいたり。「これは……手術を頑張ったご褒美なのか?」と家族のやさしさに感動し、「さらに熱が上がりそうになった」と語る、はなうたねこさんでした。 でもその裏で、お母さんにいろいろと愚痴をこぼしていた、はなうたねこさん。 「まだ手術をしたばかりだから、体に力も入らないしさー。全然思うように動けなくて大変だよ」 そう言うと、お母さんは「私も昔、がんの手術をしたあとは大変だったわよ」と言うのです。 実は昔、はなうたねこさんの母も、がんで手術をしたことが。 ーーそのとき私は母の愚痴を聞くどころか、何もしてあげられなかった……。ーーお母さん、私ばっかり愚痴をこぼしてごめんよ……。 と反省した、はなうたねこさんでした。 退院してしばらく経つと、回復の兆しが。 微熱が下がって体がラクになり、食欲が出てきました。 しかし、入院中はずっと無臭だったのに、体調が回復してくるとなぜか汗が臭くなってきたそうです。はねうたねこさんは子宮や卵巣を全摘し、周囲のリンパ節も手術で切除しました。更年期になると女性ホルモンが低下し体臭が強くなることがありますが、はなうたねこさんは卵巣も切除したのでその影響が出たのかもしれません。 それでも、はなうたねこさんは「おおっ! これは回復の兆し!?」と、あくまで前向きに捉えたのでした。 いろいろと調べ、食事にはがんに効くと言われている食材を積極的に取り入れました。 朝は、にんじん、キャベツ、玉ねぎ、しょうが、バナナ、トマトベースの野菜ジュースをミキサーにかけて、コップ1杯飲むのが習慣に。 スムージー以外では、ビタミンCが多く入った物やビール酵母、あら塩、黒糖、黒酢、オリーブオイル、ごま油などを、優先して食事に取り入れたそうです。また、牛肉や豚肉は控え、お肉は鶏肉のみを食べるように。 ※確かな医学的根拠はなく、「あくまで自己流です」と、はなうたねこさん本人も語っています。 そして、少しずつ元気になってきたはなうたねこさんは、仕事復帰に向けて、体力づくりのために歩く練習も開始! はじめは、自宅に近いスーパー(徒歩5分)から。次は、徒歩12分の最寄駅まで。その次は、徒歩20分のちょっと遠い郵便局まで。腹帯(開腹手術後におなかに巻く帯のこと。手術箇所からの出血や滲出液を予防したり、歩行時の手術箇所の痛みを和らげたりする)を巻くのは必須でしたが、少しずつ歩ける距離が伸びてきました。 そのころから、はなうたねこさんの外出時のお供となったのが、お姉さんからもらった買い物カートです。 最初は買い物カートを使うことに少しだけ抵抗があったのですが、いざ使ってみると重い荷物もラクラク運べて、「こんな便利なものがあったのか……!」と感動したそうです。 自宅療養期間中は、食生活や運動への意識の高さもあって、みるみるうちに体調が回復していったはなうたねこさん。仕事の復帰予定日が迫ってきていますが、このまま回復し、元気に通勤できるようになるといいですね。 監修/助産師 松田玲子 はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2022年12月23日2012年に子宮頸がんが判明した、はたの有咲さんの闘病後の夫婦生活を描いたマンガを紹介します。子宮頸がんの治療を終え、約5カ月ぶりに夫婦生活を再開したはたの有咲さん夫婦。問題なく夫婦生活ができると思っていたものの、激痛がはたの有咲さんを襲って……!?★前の話私は術後で不安はあったものの、ケンジと約5カ月ぶりに夫婦生活をおこなうことに……。するとなかなか濡れず、挿入時には激痛が!子宮の全摘手術から2カ月がたち、夫婦生活を再開しても問題がなくなりました。夫のケンジから「そろそろいいよね?」と夫婦生活の誘いがありました。夫婦生活後、ケンジが後始末をしてくれたのですが血が出ていたようで、私はがんが再発してしまうのではないかと不安になりました。婦人科で内診を受けましたが、傷口が開いたりしていることもなく異常はないとのことでした。ケンジに問題がなかったことを伝えると「よかったやん。なんともなくて」と楽観的なひと言が。そうじゃないでしょ! と私はケンジが私のことを何も考えていないように感じてしまいました。子宮頸がんの原因であるヒトパピローマウイルスは性行為から感染します。もし私がまたがんになってしまったらどうするの? また治療を受けることになるのに!当時の私は自分の体のことで頭がいっぱいで、ケンジの気持ちを考えてあげられませんでした。そして私はケンジに向かって「もうヤラんといたらよかった!」と夫婦生活を拒否する発言をしました。このことがきっかけで、私たちはこの後6年間レスになってしまったのです。ー--------------はたの有咲さん夫婦はコミュニケーションのために夫婦生活をおこなったはずなのに、かえって夫婦仲を悪くしてしまいました。どうやって夫婦でコミュニケーションを取るのかは難しい問題ですよね。■コミックス情報「子宮頸がんとセックスレス」著者:はたの有咲定価:150円(税抜)出版社:秋水社ORIGINAL★関連リンク:「子宮頸がんとセックスレス(1)」(WEB)秋水社公式ページ(外部サイト)©︎はたの有咲/秋水社著者/はたの 有咲(52歳)マンガ家で3姉妹の母。子宮頸が(IB1期)の治療から11年が経過。治療経験を描いたマンガを描いている。「mini SUGAR」にて4コママンガを連載中。
2022年12月23日2012年に子宮頸がんが判明した、はたの有咲さんの闘病後の夫婦生活を描いたマンガを紹介します。夫であるケンジさんに支えられて子宮頸がんの治療を乗り越えたはたの有咲さん。治療を終え、ケンジさんから夫婦生活の再開を望まれ……。★前の話私とケンジは結婚後、3人の娘に恵まれました。子育ては大変でしたが、子どもたちが大きくなったら、ケンジと2人でゆっくりと過ごせるようになると思っていました。しかし、私が子宮頸がんになったことにより事態は一変。私は子宮の全摘手術を受け、そのときにもらった退院後のしおりに「性生活は退院から2カ月以降」と書いてありました。ケンジにそれを伝えると「わかった!」と理解を示してくれました。その後、放射線治療が終わるころには退院から2カ月たっていました。ケンジからは「そろそろどうかな?」と夫婦生活を望む声が……。当時の私は放射線治療の影響で体調はあまり良くありませんでした。ただ、子宮頸がんの治療前からケンジとの夫婦生活はなかったので、ケンジの要望に応えることにしました。子宮の全摘手術を受けたときに膣の一部も切り取っており、腟が以前よりも短くなっていたので少し恐怖心もありました。しかし、治療は無事に終わっていたので問題なく夫婦生活ができるはず! そう思っていました。ー--------------病気によって関係が変わってしまったはたの有咲さん夫婦。治療が終わってからのことも話し合っておく必要がありますよね。■コミックス情報「子宮頸がんとセックスレス」著者:はたの有咲定価:150円(税抜)出版社:秋水社ORIGINAL★関連リンク:「子宮頸がんとセックスレス(1)」(WEB)秋水社公式ページ(外部サイト)©︎はたの有咲/秋水社著者/はたの 有咲(52歳)マンガ家で3姉妹の母。子宮頸が(IB1期)の治療から11年が経過。治療経験を描いたマンガを描いている。「mini SUGAR」にて4コママンガを連載中。
2022年12月20日43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!?【前回のあらすじ】子宮体がんが判明し、約6時間におよぶ大手術を受けた、はなうたねこさん。子宮と卵巣を全摘し、周囲のリンパ節も44個切除しました。また、子宮体がんの進行度を確かめるため、手術時には患部組織を採取し、病理検査(採取した組織を顕微鏡で観察する検査)に回したそうです。その結果……。 退院、そして抗がん剤治療が決まるまで 手術から数日が経ったころ、医師が病理検査の結果を伝えに、はなうたねこさんの病室へとやってきました。その結果、リンパ節3個にもがん細胞が転移していたことが判明。手術前、医師からは「手術してみないと、子宮体がんの進行度はわかりません。転移していたらステージはⅢCで、転移がなければⅠCでしょう」と言われていましたが、病理検査によって、現在は末期ステージの1つ前、ⅢCであることがわかりました。 切り取った子宮の断面写真を見せてもらったところ、ブツブツのできものがぎっしりと並んでいたそうです。 「残念だけど……これから抗がん剤治療を始めましょう」 思ったよりも子宮体がんのステージが進行していたことと、抗がん剤治療をしなければいけないことに、大きなショックを受けた、はなうたねこさん。それでも、やるしかありません。 そして、手術から約2週間後。手術した腸の調子はまだイマイチで、おなかがポッコリしてズボンのファスナーも全開のままだったけれど、なんとか退院! お世話になった医師や看護師さんにお礼を告げ、病院をあとに。しかし、退院したとはいっても、医師の指示でこれから2週間は自宅療養しなければなりません。 ちなみに、約2週間分の入院費は10万円弱だったそうです。 退院当日は、お姉さんと友人の2人が迎えにきてくれたそうです。そこで、入院時にずっと気になっていた、病院1階にあるコーヒーショップに3人で寄り道。「退院して好きな物が飲めるようになったら、絶対にここに寄ってコーヒーを飲もう」と決めていた、はなうたねこさん。 念願叶ってようやく飲めたコーヒーの味は……期待しすぎたせいか、よくわからなかったそうです。それでも、好きな物を飲めることの幸せを噛み締めた、はなうたねこさんでした。 今回の手術と入院、そして自宅療養で、約1カ月間仕事を休んだ、はなうたねこさん。しかし、傷病手当を申請したおかげで、いつものお給料の2/3を支給してもらえることに。傷病手当は、病気やケガの療養のため4日以上休んだら、療養4日目から支給されます。 傷病手当は、まず職場と病院に申請書を記入してもらい、そのあと協会けんぽ(全国健康保険協会)や組合健保(組合管掌健康保険)などに申請をすると、後日、指定の口座に手当金が振り込まれます。はなうたねこさんの場合は、申請先が協会けんぽだったそうです。 ちなみに、傷病手当は最長で1年半、支給が可能だそうです。 自分が病気になる前は、「病気の人ってかわいそう」「気の毒に」と感じることもあったという、はなうたねこさん。でも、いざ自分が子宮体がんになり、自分と同じようにがんと闘っている人たちと病院で接してみると、 「退院したら普通のごはんを食べたい!」「がんが治ったら旅行に行きたい!」「抗がん剤治療があと1回で終わるの! それまでの辛抱よ!」 と、みんな目標を持って前向きに頑張っていることがわかり、「病気の人ってかわいそう」とは、まったく思わなくなったそうです。 むしろ、みんなに感化されて、「よっしゃー! 私も頑張ろう!」と、はなうたねこさん自身も前を向くことができました。 もしかしたら、つらいがん治療を乗り切るコツは、家族や友人はもちろん、周りのがんサバイバーとの支え合いにもあるのかもしれませんね。 監修/助産師 松田玲子 はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2022年12月19日2012年に子宮頸がんが判明した、はたの有咲さんの闘病後の夫婦生活を描いたマンガを紹介します。結婚して30年以上がたつはたの有咲さん夫婦。2人が出会った当時、はたの有咲さんはまだ高校を卒業したばかりの18歳だったそうで……!?★前の話夫であるケンジと出会ったのは今から34年前のことでした。そのころ、私は高校を卒業して会社勤めをしながらマンガ家を目指していました。私が入社した会社にケンジが勤めており、歓迎会で彼の隣に座ったことがきっかけでした。初対面なのに妙に親近感が……その後に見た、ケンジが真面目に働く姿に心を打たれてしまいました(笑)。実はこの1カ月前に、私は変な夢を見ていました。その内容は、夜中に電話がかかってきて、その相手がケンジという男性だったというもの。そのこともあり、私はケンジのことが気になるように……。ケンジから告白されたときはすぐにOKの返事をしました!ケンジは私に「体の一部がなくなってもずーっと好き♡」と恐ろしいことを言っていたのですが、私が子宮を全摘したことでその言葉は現実となりました。告白された翌年に私たちは結婚し、ケンジは私の夫となりました。ー--------------はたの有咲さんは夫と出会う前に不思議な夢を見たのだそう。皆さんはこういう予知夢を見たことはありますか?■コミックス情報「子宮頸がんとセックスレス」著者:はたの有咲定価:150円(税抜)出版社:秋水社ORIGINAL★関連リンク:「子宮頸がんとセックスレス(1)」(WEB)秋水社公式ページ(外部サイト)©︎はたの有咲/秋水社★関連記事:「こいつ捨てられないのか」自分の過去を受け止めてくれる夫に妻は… #デブス女の修羅場 69★関連記事:「慣れちゃだめだよ!」痛風を発症する感覚が狭まっている夫に妻は… #夫とともに四半世紀 14★関連記事:どんな夫婦にでも起こる? がんの治療後、立ちはだかったのは夫婦生活の壁 #子宮頸がんとレス 1著者/はたの 有咲(52歳)マンガ家で3姉妹の母。子宮頸が(IB1期)の治療から11年が経過。治療経験を描いたマンガを描いている。「mini SUGAR」にて4コママンガを連載中。
2022年12月19日2012年に子宮頸がんが判明した、はたの有咲さんの闘病後の夫婦生活を描いたマンガを紹介します。子宮頸がんの原因は性行為にあるのだそう。しかし、はたの有咲さんは夫としか性行為をおこなったことがないそうで……。★前の話私はときどき不正出血が起こることがありました。ちょうどそのとき、子宮頸がん検査の無料クーポンを持っていたこともあり、ふらっと婦人科へ行ったことで子宮頸がんが判明しました。子宮頸がんは発がん性のヒトパピローマウイルスの感染によって発症するものなのだそう。このヒトパピローマウイルスというのは、一度でも性行為の経験がある女性であれば誰もが感染する可能性があります。「性行為で感染する」というせいで複数の男性と関係を持っているように誤解されることもあるみたいで、病気についてカミングアウトできない女性もいるのだとか。私は夫としか性行為をしたことがないのに子宮頸がんになりました!1人の男性としか性行為をしていなくても、ヒトパピローマウイルスに感染してしまうことはめずらしくありません。病気になってしまった女性が誤った知識のせいで苦しむことがなくなればいいな、と思います。ー--------------間違った知識で苦しむ女性が減ってほしいと願うはたの有咲さん。病気について何が正しくて、何が間違っているのかきちんとした知識を身に付けることは大切ですよね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック院長)日本医科大学産婦人科入局後、派遣病院を経て、米国ローレンスリバモア国立研究所留学。その後、日本医科大学付属病院講師となり、平成7年5月から三楽病院勤務。日本医科大学付属病院客員講師、三楽病院産婦人科科長を務めた後、退職。2004年2月2日より、三鷹レディースクリニックを開業。■コミックス情報「子宮頸がんとセックスレス」著者:はたの有咲定価:150円(税抜)出版社:秋水社ORIGINAL★関連リンク:「子宮頸がんとセックスレス(1)」(WEB)秋水社公式ページ(外部サイト)©︎はたの有咲/秋水社著者/はたの 有咲(52歳)マンガ家で3姉妹の母。子宮頸が(IB1期)の治療から11年が経過。治療経験を描いたマンガを描いている。「mini SUGAR」にて4コママンガを連載中。
2022年12月16日43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!?【前回のあらすじ】43歳の誕生日に、子宮からレバーのような血の塊とともに大量の出血があり、「もしかして……病気かも?」と怖くなった、はなうたねこさん。後日、総合病院の婦人科を訪れ、内診で子宮内細胞を採取し、血液検査を受け、MRIを撮影。その結果、医師から「残念ですが、子宮体がんです。発症してから10年くらい経っているかもしれません」と、衝撃の事実を告げられたのです! そして急きょ、宣告から17日後に手術をおこなうことになったのですが……。 約6時間におよぶ大手術、そして入院生活の記録 「子宮体がんです、発症から10年くらい経っているかもしれません」と医師に宣告されてから16日、はなうたねこさんは、手術前日に入院しました。手術前日はヨーグルトに塩を加えたような味の下剤を飲まされ、カミソリで下の毛を剃られ、へそのゴマをぐりぐりと掃除されて、手術の下準備が完了。 翌日におこなわれる手術への緊張と、断食による空腹で眠れないかと思いきや、病院から処方された睡眠薬のおかげで、手術前日はぐっすりと眠ることができました。 手術室へ! 手術台に乗せられたあとは全身麻酔をかけられ、4秒ほどでスーッと意識がなくなったそうです。 手術が終わったのは、約6時間後。手術当日は、はなうたねこさんのお姉さんと、友人が付き添ってくれたそうです。 今回の手術で、子宮・卵巣は全摘出。さらに周囲のリンパ節も計44個切除しました。 術後、全身麻酔が切れて目を覚ましたはなうたねこさんは、あまりの痛みに悶絶……。声を発することはおろか、呼吸をするのもつらかったそうです。なんとかジェスチャーで痛みがひどいことをお姉さんに伝えると、お姉さんが看護師さんに「声も出せない状況ですが、痛みがひどいって言ってるんです! 痛み止めを打ってあげてください!」と慌ててお願いしてくれました。 その後、痛み止めの点滴を打ってもらい、翌日には痛みが落ち着いたそうです。 それからの入院生活で、はなうたねこさんが「これは欠かせなかった」と語るのが、「腹帯(ふくたい)」と呼ばれるアイテム(いわゆる腹巻き)。腹帯は、開腹手術をおこなったあとの患部の保護や、手術で切った腹筋の代わりの役割をしてくれるのだとか。 腹帯を着けていないときは、おなかにまったく力が入らないのですが、腹帯を着けるだけで、いつものように歩くことができるそうです。 ちなみに、入院生活の中ではなうたねこさんが最も大変だったと感じたのは、トイレでした。術後にずっと寝たきりだと臓器が癒着してしまうおそれがあるため、定期的に体を起こしてトイレに行かなくてはいけないらしいのですが、トイレに行くまでがとても大変なのです! 具体的には…… 1.心電図のコンセントを抜く2.両下腹部のドレーン(※1)とつながっている、浸出液(※2)を溜めておく2つのバッグを点滴スタンドのフックにかける3.点滴が刺さっていないほうの手で点滴スタンドを押してトイレに行く という手順を踏まなくてはならず、これが想像以上に重労働なのです。 ※1=ドレーンとは、体内に溜まった水分や血液、浸出液、膿などを体外に出すための管のこと。※2=浸出液とは、傷の表面から滲み出てくる液体。 そして、トイレに行ったら尿の量を計測しなければいけないのですが、ここでもドレーンが体に絡まって邪魔をします。しかも、トイレから帰ってきたら逆の順番で、浸出液のバッグやコンセントを元の状態に戻さなければなりません。 おなかにうまく力が入らない状態のはなうたねこさんにとっては、これだけでもかなりの重労働でした。 入院中のはなうたねこさんは、毎日、尿量とお通じの回数も記録。全摘した子宮の周りには排泄機能をもつ臓器があるため、手術後にきちんと排泄ができているか記録することは、術後の経過を見るにあたって、とても重要です。 ちなみに、ガス(おなら)が出れば、腸がきちんと動いている証拠になります。そのため、排泄があるかどうかだけでなく、ガスが出るかどうかも、術後の回復具合を確認するための重要ポイントなのだとか。ガスとお通じが出るようになれば、点滴と水だけで栄養をとる日々から抜け出すことができ、食事ができるようになります。 そうして、手術から数日後。ガスもお通じも出るようになったはなうたねこさんのもとに、ようやく食事が運ばれてきました! 手術後初めて出された病院食の献立は、りんごジュースに具なしのやさいスープ、そしてヨーグルト。どれも具材がまったくなく、食べた気にならないような献立ではありましたが、「口から物を食べられるって、こんなに素晴らしいことなんだ……」と、今まで当たり前だと思っていたことに心から感動した、はなうたねこさんでした。 監修/助産師 REIKO はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2022年12月15日2012年に子宮頸がんが判明した、はたの有咲さんの闘病後の夫婦生活を描いたマンガを紹介します。子宮頸がんが判明して、子宮の全摘手術を受けたはたの有咲さん。その後、放射線治療をおこない、がんは治ったものの……。※2021年のお話です。★関連記事:「がんかも」えっ!? 下腹部の膨らみは子宮筋腫だろうと思っていたのに #子宮頸がんゆる闘病記 1私は2011年の10月に受けた子宮頸がんの検査に引っかかり、再検査をしたところ手術を勧められました。衝撃を受けつつも、子宮頸部円錐切除の手術をしてもらいました。手術の10日後には病理検査の結果が出て、子宮頸がんであることが判明! 悲しむ間もなく子宮の全摘手術を受けることになりました。その後、放射線治療を受けて一時期は心身ともにつらい状態に……。体調は年々少しずつ回復し、自分でも驚くほどに元気になりました。がんが再発することなく無事に5年がたち、今では3カ月に1度婦人科で女性ホルモンの薬を処方してもらうだけになりました。ただ、私は治療だけではなくもう1つ大きな問題を抱えていました。それは夫との夫婦生活について! 子宮頸がんの治療が終わってからの6年間、私は夫婦生活のせいでとても悩むことになりました……。ー--------------夫婦にとって夫婦生活はとても大きな問題ですよね。皆さんは夫婦生活で悩んでいることはありますか?■コミックス情報「子宮頸がんとセックスレス」著者:はたの有咲定価:150円(税抜)出版社:秋水社ORIGINAL★関連リンク:「子宮頸がんとセックスレス(1)」(WEB)秋水社公式ページ(外部サイト)©︎はたの有咲/秋水社著者/はたの 有咲(52歳)マンガ家で3姉妹の母。子宮頸が(IB1期)の治療から11年が経過。治療経験を描いたマンガを描いている。「mini SUGAR」にて4コママンガを連載中。
2022年12月15日【子宮がんと腸閉塞になりました 第1話】43歳になる誕生日当日。レバーのような血の塊と大量出血に見舞われ、思わず「ギャー!」と叫び声を上げた、はなうたねこさん。婦人科を受診したところ、子宮体がんだと宣告され…!? 人生で1番驚いた43回目の誕生日これは、著者であるはなうたねこさんが、過去に実際に体験したお話です。 43歳の誕生日当日。なんと……子宮からレバーのような血の塊とともに大量の出血が! 実は、はなうたねこさんは今回の大量出血をする前に、1〜2年ほど毎日少量の出血が続いていたらしいのですが、生理不順と思い、病院には行かなかったそうです。しかし、今回はさすがに不安を感じ、悩んだあげく、近所のクリニックへ。 内診と超音波検査の結果、「子宮内膜症か、もしくは子宮体がんの前段階のおそれがあります」と医師に告げられ、精密検査を受けるよう大きな病院を紹介されました。 後日。大きな病院では、内診で細胞を採取され、血液検査やMRIもおこないました。 それから約2週間後、検査の結果は……。 「残念ですが、子宮体がんです」「発症してから、もう10年くらい経っているかもしれません」 医師からの突然がんを宣告され、はなうたねこさんの頭は真っ白に。 「私が、がん……?」「子宮体がんになって10年くらい経っているって、どういうこと……?」 状況がまったく理解できません。 そもそも、子宮がんには、子宮深部(赤ちゃんが出産まで留まる部分)に発生する『子宮体がん』と、子宮頚部(腟につながる部分)に発生する『子宮頸がん』の2つがあります。はなうたねこさんは、そのうちの子宮体がんでした。 医師に「すぐ手術しましょう」と言われ、急きょ、17日後に手術を受けることに。 また、子宮体がんは、がん細胞の転移がどの程度進んでいるかによって、ステージが分かれています。 はなうたねこさんの場合は、良くてⅠC、悪くてⅢCで、手術をしてみないとわからないとのことでした。 病院で「がんです」と宣告された帰り道、自分以外の人間が全員健康そうに見え、うらやましく感じてしまった、はなうたねこさん。今まで大きな病気にかかったことがなかった分、「健康だけが取り柄だったのに……」と、ショックもより一層大きかったそうです。 そうして、なんの心の準備もないまま、はなうたねこさんは『子宮体がん』という、大きな病と闘うことになってしまいました。 自宅に帰り、少し冷静になったはなうたねこさん。すると、今度はこれからの不安に襲われました。 「仕事は続けられるんだろうか」「今はひとり暮らしだけど、生活はどうなるんだろう」「がんが悪化したら? 入院を繰り返すの?」 そんな中、はなうたねこさんが最も懸念したのは、高額になるであろう医療費のことでした。 当時、貯金もあまりできておらず、医療保険も入っていなかった、はなうたねこさん。 しかし、結果的にはお母さんやお姉さんが援助してくれて、どうにかなったそうです。 加えて、全国健康保険協会(協会けんぽ)で発行してもらった限度額適用認定証を病院に提出したことで、高額医療費控除が適用されました。限度額適用認定証では、所得額に応じて負担する医療費上限が決まり、限度額を超えた金額は、あとで払い戻される仕組みになっています。 手術当日までの約2週間は、「がんなんてやっつけてやる! 今は先制攻撃されているだけで、これからはこっちのターン! 手術で一気に形勢逆転だ!」と前向きになれる日もあれば、「はあ……私ががんになるなんて」と落ち込む日もあったそうです。 ちなみに、はなうたねこさんなりに考えた結果、がんになった原因には2つほど思い当たるものがありました。 1つは、両親ががんだったこと。遺伝によって自分もがんになったのでは?と考えたのです。 もう1つは、11〜20歳まで月に2回ほど(=15日周期で)生理があったこと。あくまで個人の推測に過ぎませんが、1カ月のうちに2回も生理がくることで子宮が疲れ果て、がんになってしまったのでは?とも考えたのだとか。 子宮体がんは40代後半から増加し、50~60歳代にかけて発症のピークとなるそうです。そのため、30代で発症したはなうたねこさんは、レアケースなのかもしれません。 子宮体がんの症状で最も多いのは、不正出血です。閉経後や生理期間中以外に不正出血があった場合は、子宮体がんを含めて何かしらの病気が潜んでいるおそれもあります。はなうたねこさんの言うように、自分の体調に少しでも異変を感じて心配になったら、早めに婦人科で相談するのがいいかもしれませんね。 監修/助産師 REIKO はなうたねこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター はなうたねこ40代で子宮がんが判明。子宮全摘出、抗がん剤治療、2度の腸閉塞を経て、現在がんサバイバー12年目。そのほかいろいろInstagramにて投稿しています。
2022年12月12日20代前半、初めて受診した婦人科で「子宮筋腫」があることを告げられたみりさん。子宮筋腫の発見から手術を受けるまでの体験記をご紹介します。子宮筋腫摘出手術の日、初めての手術を前に緊張と不安がみりさんを襲います。そして、手術が始まると……!? ついに初手術※子宮筋腫は、子宮にできる良性の腫瘍です。30~40代の女性に多く、生殖年齢にある女性の20~30%にみられると言われています。子宮筋腫は良性の腫瘍ですが、大きくなると過多月経、月経困難症、不妊、圧迫症状など、さまざまな症状が現れるため、早めに診断・治療を受けることが大切です。 みりさんは、手術部位の痛みをとるための硬膜外麻酔を打った後、全身麻酔をしました。 手術後、看護師さんの声で目を覚ましたみりさん。しかし、まだ麻酔で朦ろうとする意識の中、吐き気も感じて、手術直後の記憶はあいまいだったと言います。手術から時間が経っても続く吐き気に苦しめられながら、水すら飲めない手術当日の夜はみりさんにとってとてもつらく長い夜だったそうです。それでも、看護師さんのサポートを受けながら徐々に回復へと向かっていったみりさんは、予定より1日早い術後6日目で退院できることに! 実は、みりさんの子宮には、最初に見つかった筋腫以外に小さな筋腫なども隠れていたそうで……手術時にそれも一緒に摘出してもらい、長年みりさんを悩ませていた経血量は術後驚くほど落ち着き、みりさんは手術をしてよかった……と強く思ったそうです。子宮筋腫が見つかってから手術を終えるまで、恐怖や不安でいっぱいだったみりさん。不安な自分の気持ちを人に打ち明けられない時間はとてもつらかったことと思います。このマンガが、当時のみりさんと同じような不安を抱える方の励みや支えになることを願っています。 監修/助産師 REIKO ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 みりさんは、このほかにもTwitterを更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター みり自分の経験で誰かの役に立てたならと思いエッセイ漫画を作成している。「イラスト・漫画で何か発信できたら…」と模索中のアラサーOL。漫画内に出てくるキャラクターのLINEスタンプ紗凪名義で「レッサーパンダのレッサーちゃん」をゆるく販売中。
2022年12月05日20代前半、初めて受診した婦人科で「子宮筋腫」があることを告げられたみりさん。子宮筋腫の発見から手術を受けるまでの体験記をご紹介します。子宮筋腫の手術を受けることに決めたみりさんでしたが、手術のリスクとして「子宮全摘出」の可能性があると告げられました。それを聞いたみりさんは……!? 不安でいっぱいで※子宮筋腫は、子宮にできる良性の腫瘍です。30~40代の女性に多く、生殖年齢にある女性の20~30%にみられると言われています。子宮筋腫は良性の腫瘍ですが、大きくなると過多月経、月経困難症、不妊、圧迫症状など、さまざまな症状が現れるため、早めに診断・治療を受けることが大切です。 命を守るために手術が大切であることはみりさん自身もよくわかっているものの、実際に医師から子宮全摘出のリスクについて聞くと、「もしも」のことを考えて、恐怖心や不安がみりさんの心の中で大きくなっていきました。誰かといるときは楽しいけれど、ひとりになった途端、病気や手術のことを考えて無気力状態になっていたそうです。それでも、手術の日は刻々と迫っていて……。新型コロナウイルスの検査など入院前の準備を済ませるみりさんは、ついに手術前日を迎えました。ひとりきりになると、自分の状況が浮き彫りになっていろいろなことを考えすぎてしまうのかもしれませんね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 REIKO みりさんは、このほかにもTwitterを更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター みり自分の経験で誰かの役に立てたならと思いエッセイ漫画を作成している。「イラスト・漫画で何か発信できたら…」と模索中のアラサーOL。漫画内に出てくるキャラクターのLINEスタンプ紗凪名義で「レッサーパンダのレッサーちゃん」をゆるく販売中。
2022年12月03日グラフィックデザイナーで一児の母のなつきちさん。人間ドックで子宮筋腫について指摘されたことについてのマンガを紹介します。人間ドックの婦人科検診で、子宮筋腫が相当ひどい状態になっていると指摘されたなつきちさんでしたが、5年前に子宮筋腫の摘出手術でお世話になった、実家近くの病院のM先生に超音波検査をしてもらったところ、そこまでひどい状態ではないことがわかりました。そして、翌年受けた人間ドックで、喜びと戸惑いを感じた先生からの言葉があったそうです。★前の話翌年、再び人間ドックを受けることにしたなつきちさん。前回のように実際とは違う診断をされるのを避けるため、別の病院で受けることも考えますが、結局同じ病院で人間ドッグを受けることに。今回の診察では、小さい筋腫がいくつかあるけれど、そこまで心配いらない状態と診断されます。けれど、小さな筋腫が集まっていることがわかり、なつきちさんは一瞬パニックに。先生から小さな筋腫が集まって大きくなることはないから大丈夫と言われ、ようやく安心したのですが……。先生から「小さい筋腫はいくつかあるけれど、それ以外は特に大きな問題はないですよ」と言われ安心しました!そして、閉経までは子宮筋腫が大きくなるリスクがあるのに、先生の「まだ若いから」との言葉に、ちょっとうれしくなってしまいました(笑)。ということで、今回も無事に人間ドックが終わったと思っていたのですが、想定外なことが……。脂質代謝の項目だけがどーんとアップしてしまったのです(涙)。いろいろと気を付けて生活しないといけないですね……。マンガは、これで最終話となります。めったにあることではないのかもしれませんが、もし人間ドックの結果で気がかりがあったら、かかりつけの病院で一度診てもらうと、安心するかもしれません。私の体験が少しでも皆さんの役に立てたらいいな、と思います。ー------------------------自覚がなくても体に異変が起きていることもありますから、定期的に人間ドックを受けることは大切ですね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック院長)日本医科大学産婦人科入局後、派遣病院を経て、米国ローレンスリバモア国立研究所留学。その後、日本医科大学付属病院講師となり、平成7年5月から三楽病院勤務。日本医科大学付属病院客員講師、三楽病院産婦人科科長を務めた後、退職。2004年2月2日より、三鷹レディースクリニックを開業。【天神先生からのアドバイス】中性脂肪値ですが、昨年より高いといっても正常範囲内なので、問題はありません。★1話から読む:「嫌な予感」人間ドックで子宮筋腫の相談をしようと思ったら… #人間ドックで指摘された子宮筋腫 1★前の話:「小さい筋腫が集合!?」先生からのまさかの言葉にパニック #人間ドックで指摘された子宮筋腫 9著者/なつきち(40歳)グラフィックデザイナーを生業としている一児の母。基本元気だが、数年に1回大病に見舞われて周りに大迷惑をかけている。22、32歳のときに手術入院をしているので42歳を迎えるのが恐怖。今はもっぱら歯のことで悩み中。育児漫画も描いている。Instagram:@natsukichix777
2022年11月22日20代前半、初めて受診した婦人科で「子宮筋腫」があることを告げられたみりさん。子宮筋腫の発見から手術を受けるまでの体験記をご紹介します。子宮筋腫が見つかり、手術を受けることに決めたみりさん。しかし、本当にこの病院でいいのか不安になり、彼氏のお母さんが教えてくれた別の病院を受診してみると……!? 別の病院へ※子宮筋腫は、子宮にできる良性の腫瘍です。30~40代の女性に多く、生殖年齢にある女性の20~30%にみられると言われています。子宮筋腫は良性の腫瘍ですが、大きくなると過多月経、月経困難症、不妊、圧迫症状など、さまざまな症状が現れるため、早めに診断・治療を受けることが大切です。 みりさんは6cmの筋腫の摘出について、おへそのあたりに穴を開けておこなう腹腔鏡手術でおこなうことを医師に提案されました。さらに、前回行った病院では、予約でいっぱいのため年内の手術は無理だと言われましたが、この病院では早くて来月には手術を受けられるのだそう。みりさんの反応を見ながら話をしてくれる医師の丁寧な対応や手術がすぐに受けられることなど、みりさんの重要視するポイントと合致したこの病院で「手術を受けたい」と、みりさんは強く思いました。医師の話しやすさは手術が不安な患者さんにとって、とても大切な部分かもしれませんね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 REIKO みりさんは、このほかにもTwitterを更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター みり自分の経験で誰かの役に立てたならと思いエッセイ漫画を作成している。「イラスト・漫画で何か発信できたら…」と模索中のアラサーOL。漫画内に出てくるキャラクターのLINEスタンプ紗凪名義で「レッサーパンダのレッサーちゃん」をゆるく販売中。
2022年11月22日グラフィックデザイナーで一児の母のなつきちさん。人間ドックで子宮筋腫について指摘されたことについてのマンガを紹介します。人間ドックの婦人科検診で、子宮筋腫が相当ひどい状態になっていると指摘されたなつきちさんでしたが、5年前に子宮筋腫の摘出手術でお世話になった、実家近くの病院のM先生に超音波検査をしてもらったところ、そこまでひどい状態ではないことがわかりました。そして翌年、再び人間ドックを受けることになり……。★関連記事:「トラウマが…」悩んだ末に同じ病院で人間ドックを受けると… #人間ドックで指摘された子宮筋腫 8翌年、再び人間ドックを受けることにしたなつきちさん。前回のように実際とは違う診断をされるのを避けるため、別の病院で受けることも考えますが、結局同じ病院で人間ドッグを受けることに。今回の診察では、小さい筋腫がいくつかあるけれど、そこまで心配いらないと言われ、安心していたのですが、先生から「……あ! ここの少し黒く映っているところなんだけれど……」と言われて……。「ほかのところより少し黒く映っいるんだけれど……これね、小さい筋腫が集まっている状態」……!?先生の脳内に、軽くパニックになってしまった私。「せ、先生! この小さな筋腫たちがくっついて、1つの大きな筋腫になることはあるんですか!?」と大慌てで聞いてしまったのです。ー------------------------先生に「それはないから大丈夫」と言われたなつきちさん。もしかして……!? という気持ちになってしまうこともありますよね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック院長)日本医科大学産婦人科入局後、派遣病院を経て、米国ローレンスリバモア国立研究所留学。その後、日本医科大学付属病院講師となり、平成7年5月から三楽病院勤務。日本医科大学付属病院客員講師、三楽病院産婦人科科長を務めた後、退職。2004年2月2日より、三鷹レディースクリニックを開業。★1話から読む:「嫌な予感」人間ドックで子宮筋腫の相談をしようと思ったら… #人間ドックで指摘された子宮筋腫 1★前の話:「トラウマが…」悩んだ末に同じ病院で人間ドックを受けると… #人間ドックで指摘された子宮筋腫 8★人気マンガ作品が無料で読める!40代、50代向けのマンガ作品を毎日大量配信中♪ 無料でザクザク読めちゃいます!著者/なつきち(40歳)グラフィックデザイナーを生業としている一児の母。基本元気だが、数年に1回大病に見舞われて周りに大迷惑をかけている。22、32歳のときに手術入院をしているので42歳を迎えるのが恐怖。今はもっぱら歯のことで悩み中。育児漫画も描いている。Instagram:@natsukichix777
2022年11月19日3児の母でブロガーのマメ子さんによる、43歳で腎がんになった体験を描いたマンガを紹介します。今回は、がんの手術前におこなったいろいろな検査について。その中でも一番つらかった検査というのが……。★前回:「さすがにつらかった…」両親にがんを伝えた日のこと #43歳で腎がんになった話 9骨などへの転移がないとわかったところで、無事手術日も決まり、あとは手術前のもろもろの検査をして手術を待ちます。まずはそしてこれって年配の人はできるの??ってくらい体力を使った。知らずにしていたけど、肺の検査も転移をみる検査だったのかな。多分そうですよね。そして看護師さんがしきりに「あれっ? あれっ?」と言っていたのでwそしてHIVや梅毒とか、いろいろな病気がないか調べるため、たくさん取られたと思います。そして、つらかった第1位が……痛い!長い!そして深い!振り返ってみると正直、今回した手術全体よりはるかに痛かったです(←個人の感想)。手術は、終わったあとも痛み止めを使ってくれるし……。インフル検査をしたときは鼻水が潤滑油となって?ここまで痛くなかったけど、今回は無症状で鼻の奥がカッサカサだから、余計に痛く感じたのかも。手術前検査をすべて終えて、手術まで心配ごとは何もない!(新型コロナだけは気を付けます)ホッとしたところで、例によって、病院のあとはおなかがすくのです。もう思い残すことがないくらいには、ひと通りのものを食べた気がする。----------------振り返ってみて、がんの手術よりPCR検査のほうがつらかったというマメ子さん。鼻の奥まで突っ込まれるのは地味に痛いですよね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/窪田徹矢先生(くぼたクリニック松戸五香院長)獨協医科大学医学部卒業。千葉医療センター、成田赤十字病院で研修を積み、国保松戸市立病院泌尿器科に勤務。その後千葉西総合病院泌尿器科にて医長、部長を歴任。2017年、くぼたクリニック松戸五香を開業。日本泌尿器科学会専門医・指導医。専門医である泌尿器科および皮膚のトラブル、生活習慣病を含めた内科まで幅広く診察。メディア出演も多数あり、医者YouYuberとしての情報発信もおこなっている。★最初から読む:「え? 血尿!?」脇腹が痛く、頭痛に吐き気、悪寒まで… #43歳で腎がんになった話 1★43歳で腎がんになった話の連載一覧★大腸がんの闘病マンガをもっと読む著者/マメ子(43歳)2021年3月血尿と疼痛から腎がんとの診断を受け、4月21日に右腎摘出、経過観察中。3児の母。ブログ「そらマメ絵日記(腎がん経過観察中)」を日々更新中。Instagram:@sora_mameko.628
2022年11月19日20代前半、初めて受診した婦人科で「子宮筋腫」があることを告げられたみりさん。子宮筋腫の発見から手術を受けるまでの体験記をご紹介します。子宮筋腫が見つかり、悩んだ末、みりさんは摘出手術を受けることに。「やるなら早いうちに!」と思い切って決意しましたが、実際に手術日が決まると一気に不安が押し寄せて……!? やさしさに思わず涙が※子宮筋腫は、子宮にできる良性の腫瘍です。30~40代の女性に多く、生殖年齢にある女性の20~30%にみられると言われています。子宮筋腫は良性の腫瘍ですが、大きくなると過多月経、月経困難症、不妊、圧迫症状など、さまざまな症状が現れるため、早めに診断・治療を受けることが大切です。 手術をすることに決めたものの、子宮筋腫についてわからないことだらけだったみりさんは、医師の話や自分で探した情報を頼りに手探りの状態でした。さらに、父から聞いた噂話がきっかけで「本当にこの病院でいいんだろうか」と不安の種が増えてしまい……。彼にそんな気持ちを打ち明けると、看護師だという彼の母に話を通してくれて、みりさんの相談に乗ってくれることに! 電話口で彼の母から「大変だったね」と言われたみりさんは、これまでひとりで抱えていた気持ちが涙と一緒に溢れ出しました。自分では抱え込んでいるつもりがなくても、誰かに話をしたときに気がつくこともありますよね。このとき、みりさんのそばに不安を打ち明けられる彼や彼のお母さんがいてくれて本当によかったです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 REIKO みりさんは、このほかにもTwitterを更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター みり自分の経験で誰かの役に立てたならと思いエッセイ漫画を作成している。「イラスト・漫画で何か発信できたら…」と模索中のアラサーOL。漫画内に出てくるキャラクターのLINEスタンプ紗凪名義で「レッサーパンダのレッサーちゃん」をゆるく販売中。
2022年11月18日1人目を妊活中のかこさんは、流産という辛い経験を乗り越え、不妊治療クリニックに通院中。 ある日、クリニックで子宮鏡検査を受けたところ子宮内膜ポリープの疑いがあることがわかり……。不妊治療中の子宮鏡検査で子宮内膜ポリープが見つかったかこさん。タイミング法からのステップアップのために、手術を受けることになりました。 術後は痛みもなく経過は順調! 全身麻酔を打っての手術でしたが、手術中に一度麻酔から覚醒してしまったかこさん。本人は覚醒した自覚もなく、看護師さんから伝えられたときはびっくり! そんなハプニングもありましたが、手術に問題はなかったそう。術後は、腹部の痛みなども感じることなく経過も順調でした。 子宮内膜ポリープをとって、生理に変化があるのかな? と思っていたかこさんですが、生理痛や便秘は改善されたものの大きな変化を感じることはなかったようです。 ともあれ、無事手術が成功して安心! 心おきなく、人工授精へ進むのでした。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※子宮内膜ポリープとは:子宮内膜表面にできるポリープ(腫瘍)のことで、良性のことがほとんどです。大きさはさまざまで、不正出血や過多月経の原因となることもあります。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 かこさんのマンガは、このほかにもInstagramで読むことができます。ぜひチェックしてみてくださいね! ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター かこ1人目妊活中のイラストレーター。稽留流産をきっかけに転職→転職に失敗→結果退職。卵巣嚢腫(両側)、子宮内膜ポリープ手術経験有。インスタグラムで妊活の様子や過去の手術体験談などを発信しています!
2022年11月17日3児の母でブロガーのマメ子さんによる、43歳で腎がんになった体験を描いたマンガを紹介します。今回は、両親にがんであることを伝えたときのこと。娘からの告知に両親は……。★前回:「これががんの痛みか…」いつも夜になると強い痛みがやってくる #43歳で腎がんになった話 8がんだとわかったとき、3人の子どもたちにはすぐ伝えました。12〜18歳という、もう大人の話もできる年齢だったこともあるけど、子どもたちに状況を知ってもらい、もっと家のことをしてもらいたいという下心もあり。子どもが小さいうちから、私がじょうずに家事を教えていればよかったけど、自分がやるのも面倒なのに子どもと一緒に気長に教えながらやるなんて、耐えられず……。結果的に、家事のほとんどできない、3人のポンコツを育ててしまった!でもさすがに、母親ががんになったと聞いたら、普通は率先して家事やってくれるかな?と思うでしょ。案外、変わりませんでした。普段通りにしてくれて気楽ですけどね!旦那の名誉のために言いますと、旦那はやってくれますが、もうできる年なんだから子どもたちにもやらせたい。こんな感じの家族なら、がんの告知も病人アピールも気楽にできるんですが、これの何倍も気が重いミッションが私には残っていたのです!そう、自分の両親への報告!「血尿が出て病院に行ったら、何かおでき的なものができていた」(腫瘍とは言えていない)と、ふわっと伝えてはあったのですが、さすがにがんとわかった以上、言わない訳には……。実家は高速で1時間離れたところにあり、当時は両親には新型コロナを気にして孫の顔もしばらくリモートでしか見せてないです。久々に見れた孫の顔、楽しい時間。〜からの、がん告知(申し訳ない)。少し予想はしていたのかもしれないけど、両親、絶句……!特に母親は超心配性で、私の息子が幼児期、乳・小麦・卵のアレルギーとわかっただけで夜も眠れなくなるぐらい。この子は何を食べて生きていけばいいのかと悩んだそうだ。そんな母親だから、動揺するかと思っていたけど、意外と落ち着いて受け止めてくれた。何がいけなかったんだろう、とか、これからどうするの、とか、仮に思っていても言わなかったのは、当事者の私が一番つらいと思ってくれたからこそだと思う。やっぱり、いざというとき、母は強いのかも。さらに、いろいろ聞いたあとに、なんて言う。さすがに70歳を過ぎた両親に「こんなよぼよぼの腎臓でも使えるならあんたにあげるからね!」と言わせてしまうなんて、つらかったです。ー----------------自分ががんであることを親に伝えるというのは、なかなかつらいことですよね。そして、親は子どもがいくつになっても心配してくれる存在でいるのはありがたいですね。監修/窪田徹矢先生(くぼたクリニック松戸五香院長)獨協医科大学医学部卒業。千葉医療センター、成田赤十字病院で研修を積み、国保松戸市立病院泌尿器科に勤務。その後千葉西総合病院泌尿器科にて医長、部長を歴任。2017年、くぼたクリニック松戸五香を開業。日本泌尿器科学会専門医・指導医。専門医である泌尿器科および皮膚のトラブル、生活習慣病を含めた内科まで幅広く診察。メディア出演も多数あり、医者YouYuberとしての情報発信もおこなっている。★1話から読む:「え? 血尿!?」脇腹が痛く、頭痛に吐き気、悪寒まで… #43歳で腎がんになった話 1★43歳で腎がんになった話の連載一覧★大腸がんの闘病マンガをもっと読む著者/マメ子(43歳)2021年3月血尿と疼痛から腎がんとの診断を受け、4月21日に右腎摘出、経過観察中。3児の母。ブログ「そらマメ絵日記(腎がん経過観察中)」を日々更新中。Instagram:@sora_mameko.628
2022年11月17日1人目を妊活中のかこさんは、流産という辛い経験を乗り越え、不妊治療クリニックに通院中。 ある日、クリニックで子宮鏡検査を受けたところ子宮内膜ポリープの疑いがあることがわかり……。初めての妊娠で流産を経験したかこさん。結婚前に卵巣嚢腫の手術を受けていたこともあり、妊娠しにくい体だと思っていました。本格的な不妊治療を始めるため、クリニックへ通院することを決意。そこで子宮鏡検査を受けたところ子宮内膜ポリープが見つかってしまったのです……。 不妊治療のステップアップのために… 不妊治療クリニックに通い始め、半年間タイミング法を続けていたかこさん。なかなか妊娠の兆しが見えないため、ステップアップすることに決めました。 そこで、クリニックに通い始めた頃に受けた子宮鏡検査で見つかった「子宮内膜ポリープ」の手術を受けることになりました。 結婚前に卵巣嚢腫の手術を受けたことがあるかこさんは、全身麻酔は3回目。今回の手術では、麻酔の効き目をあまり感じなかったようで、「なんだか効きが弱い気がします……」と看護師さんに伝えると、なんと「もう手術終わったよ」という返答が! タイムワープしたかのような状況に、かこさんも混乱。さらに、看護師さんからは「途中、一度覚醒してたよ」という衝撃の一言が。 幸い、手術の様子がわかるほどの覚醒ではなかったようですが、「こんな出来事は初めて」と驚くかこさんでした。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※子宮内膜ポリープとは:子宮内膜表面にできるポリープ(腫瘍)のことで、良性のことがほとんどです。大きさはさまざまで、不正出血や過多月経の原因となることもあります。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 かこさんのマンガは、このほかにもInstagramで読むことができます。ぜひチェックしてみてくださいね! ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター かこ1人目妊活中のイラストレーター。稽留流産をきっかけに転職→転職に失敗→結果退職。卵巣嚢腫(両側)、子宮内膜ポリープ手術経験有。インスタグラムで妊活の様子や過去の手術体験談などを発信しています!
2022年11月16日国立がん研究センターの近年の統計では「2人に1人はがん」と診断されることもあるようです。しかし、私は「自分はがんになるはずはない」と思っていました。体にいつもと違う症状があっても、「重い病気だったらどうしよう……」「忙しい」という思いから、病院へ行くことをためらう気持ちがありました。私の夫もそのうちの1人。受診を後回しにした結果、しばらく苦労することになった体験談をお話しします。★関連記事:「もしかして新型コロナ?」体調不良とおなかの違和感がずっと続いて… #大腸がんらしい 1がんの告知はあっさりとしていて…便をするときに血が出るという夫夫と結婚して約3年たったある日。トイレから帰ってきた夫が「トイレに血が付くから見てほしい」 と私に言ってきました。見てみると、便をしたあとのトイレにたしかに血が1、2滴ほどありました。ただ、排便の際に肛門が切れたりした様子はないようでした。便をするときに血が出るなんて、きっと何か異常があるに違いない! と不安になった私は、即病院へ行くように促しました。が、夫は携帯でいろいろと調べ、「ただの痔だよ」と言うだけで病院へは行かず。私の母も一緒になって何度も何度も受診を促したのですが、それでも夫は仕事を理由に病院へは行きませんでした。そのうち私も「痔かもしれないしなぁ……」と、しつこく病院へ行くように言うのをやめてしまい、気付けば1カ月近くたっていました。血が出たと聞いてから2〜3週間後、夫からまだ出血する上に量が増えているとの報告が!しかも肛門の表面ではなく、中がジクジク痛むとまで言ってきたのです。いても立ってもいられなくなった私は、夫の仕事を無理矢理休ませて近所の肛門科がある病院へ連れて行きました。★関連記事:「また血便…」。痔と思い込んで放置は危険!大腸がんの可能性も【医師監修】紹介状を持って大きな病院を受診したら病院ではまず問診をして、そのあと触診。すると、先生は触った瞬間「大腸ポリープですね。これは手術になるなぁ」 とひと言。詳しく診てもらうために大きな病院への紹介状をもらい、その足で専門医がいる総合病院へ向かいました。そこでも同じく問診から触診の流れ。すると触診をした先生が「がんの可能性が高いと思います」と言ったのです……!先生の話によると、本来大腸ポリープは腸壁の表面にポコッとできるもので、触ると動くそうです。夫のポリープは触っても動かず腸壁の内部へと進行しているとのことでした。大腸ポリープは、進行すると悪性の腫瘍に変わってがん化することが多いそう。「さらに詳しく調べますが、いずれにせよ手術になるでしょう」 と言われてしまいました。思いもよらない診断結果で付き添っていた私も顔面蒼白。え、がん告知ってこんなにサラッとされるもの? よくドラマで見る、別室に連れて行かれて「話があります」 ではないんだ! と頭の中でプチパニック状態でした。夫はというと、私に飲み物を買ってきてくれるほど冷静だったので驚きました。そして内視鏡検査やがんの有無や転移を調べるPET検査の結果、ポリープはがんの可能性が高く、夫の場合は肛門に近いため“直腸がん”との診断結果が出ました。夫の直腸がんは、肛門から約3cmの箇所にあるそう。あと5mm肛門に近い箇所にあったら、一生ストーマ(人工肛門)生活になるところだったみたいです。担当の先生は、「なるべくがんの周りの細胞を傷つけないように取りますから」 と言ってくださり、安心したのを覚えています。一時はストーマ生活を余儀なくされその後、約9時間にも及ぶ大手術は無事成功! 手術を終えて出てきたときの夫は見たことがない顔をしており、今でも忘れられません。手術の際に患部を実際に見てみると、夫の大腸がんは肛門のすぐ下のリンパ近くまで進行していたそうです。そのため、深層部まで細胞を取り除くこととなり、肛門へのダメージも大きくなってしまいました。その結果、術後の半年間はストーマを付けて生活することに。その期間は、慣れないストーマの交換に悪戦苦闘!おなかに力を入れ過ぎると脱腸してしまうため、夫婦で協力しながら日常生活を送っていました。半年後には予定通りストーマを取るため部分麻酔による再手術がおこなわれ、ようやく元の生活に。夫が35歳という若さで直腸がんになってしまった原因を探ってみると、どうやら生活習慣と食生活に問題があったそう。当時子どもがおらず、飲み食いが大好きな私たちは、好きなときに好きなだけ飲んだり食べたりしていました。そのせいか、もともと細かった夫は直腸がんになった当時太り気味になっていました。再発させないためにも何とかしなければ……と夫婦ともどもこれまでの不摂生を反省し、ネットや本から多くの情報を集め、生活習慣と食生活を改めました。毎日のように飲んでいたお酒は週末のみ。夜型生活だったのを朝型生活に変え、食べ物や調味料はできるだけオーガニックのものを選ぶようになりました。 また、腹八分目を意識して、おなかいっぱい食べないように気を付けることで過食を抑制。質の良いものを腹八分目まで食べるようにしていたので、夫婦共々少量で満足するようになりました。お陰で太り気味だった夫は10kg以上体重が減り、健康的な体へと変わったのです。そして、生活が一変してから5年たったつい先日、何の異常も見られず無事がんは完治! ただし、出血や、肛門の痛みからは解放されたものの、直腸を3分の2も切除したため、今でもたびたび排便を我慢できない苦しさを味わっています。今後も定期的な検査はしていきますが「いつか再発するのでは……」という不安からは少し解放されたように感じます。今回の一件で夫婦共々、改めて生活習慣や食生活の見直しと、早めの病院受診の大切さを実感している日々です。まとめ今回の出来事は、今となっては私たち夫婦が生活習慣を見直す良いきっかけだと思えています。おかげでがんが完治した今は健康的な食生活を楽しめるように。とはいえ、完治しても再発への不安はずっと消えません。その不安を払拭するためにも、健康を意識することを忘れてはいけないな、と思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/里村仁志先生(里村クリニック院長)消化器疾患が専門。2003年 獨協医科大学医学部卒業、2005年獨協医科大学第1外科、2016年さいたま赤十字病院外科を経て、現在に至る。★生活のお悩み記事を読むならこちら!著者/よしだ れい(43歳)産まれたばかりの娘の育児を楽しみながら頑張っているアラフォーママ。年齢に負けないよう体力づくりに奮闘している毎日です。ジャンルを問わず、さまざまな体験談を執筆しています。
2022年11月16日