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当時5歳の息子には、同じクラスに仲の良い友だちAくんがいました。Aくんのママと私は気が合い、仲の良いママ友です。そんなママ友から相談を受けました。「AがBくんから毎日意地悪をされていると言っているの。悪口を言われたり叩いたりされるみたい……」とのこと。相談を聞いたときは心配でしたが、新事実が判明して――!?喧嘩の真相は……!?ある日の保育園の帰り道、息子が「AくんとBくんね、今日も喧嘩してたよ。いつもAくんがBくんを叩くから、Bくんが怒るんだよ」と言いました。ママ友はAくんの話をすべて信じているので、Bくんから一方的に意地悪をされていると思っています。もし息子の話が本当であれば、先に攻撃をしているのはAくんです。 ママ友に息子の話を伝えるかどうか悩みましたが、息子が話している内容も正確とは限りません。そこで、ママ友へ「Bくんについて、先生にAくんが言っていることを伝えたほうがいいと思う。Bくんがいじわるをする理由も知りたいし。ね!」と伝えました。ママ友は、子ども同士で解決してほしい気持ちがあったようでしたが、今回は先生と話をすると言ってくれました。 それから数週間後、ママ友は先生と話をしたそうです。やはりAくんとBくんのトラブルはAくんから手を出すことが多く、それから喧嘩になるのでお互い様であり、保育園ではどちらにも注意をして解決していたようです。 ママ友は、Aくんが実際とは違うことをママに伝えていたことに少しショックを受けていました。でも「Aとしっかりコミュニケーションをとって向き合っていく!」と前向きです。 私は、事実が明らかになり、そしてママ友がきちんと受け止めてくれたのでホッとしました。また、今回のことは私自身も勉強になりました。私もママ友と同じ立場なら息子を信じると思います。けれど、話を客観的に聞いたり先生と話したりして、冷静に判断して対応していくことが大切なのだと感じました。 著者:海原えめ6歳息子と1歳娘を育てるアラフォー母。2児のワンオペ育児に奮闘する毎日。サービス業で働きながら、幼児食インストラクターとして活動している。
2024年06月05日わが家には2歳の長男と生後8カ月の次男がいます。次男が生まれてからというもの、長男の赤ちゃん返りとイヤイヤ期が同時進行。ある日、長男が大事にしていたおもちゃを乱暴に扱っていたので声をあげて叱ったところ、後日、長男のある行動で涙が出るほど反省した体験談です。大好きだったおもちゃを噛み始めたある日、動物の絵が描かれている長男お気に入りのパズルで、長男と一緒に遊んでいました。そのときに次男の授乳時間が重なったため、「ちょっと遊んでいてね」と長男に話し、授乳しながら遊んでいる様子を見守ることに。すると長男は突然ピースを噛み始め、折る、投げるなど今まで見たことがないほど乱暴に扱い始めました。 私は思わず「何をしているの! おもちゃは大切に使いなさい!」と激怒。すると目に涙を溜めて、また同じようにピースを噛み始めたので、ついに私はパズルごとゴミ箱に捨て、「大事に使わない人には、おもちゃはあげません!」と言い放ちました。 叱ったことに後悔はしていなかった長男は私に叱られ、挙句の果てにパズルがなくなったことにショックを受け、しばらく泣き叫んでいました。もうおもちゃを乱暴に扱わないと長男と約束をして、私は一度ゴミ箱に捨てたパズルを返すことに。 この件で私は、長男を叱ったことは間違いではなかったし、ゴミ箱に捨てたことはやり過ぎではあったけれど、これで正しかったのだと1つも後悔していませんでした。しかし、約1カ月後のある日、私は長男のとった行動で思わず涙が出るほど後悔することに。 長男がパズルをゴミ箱に捨てようとした1カ月後、私と長男でパズルを一緒に楽しんでいると、突然長男の手が止まりました。前回噛んでしまったボロボロのピースを見ると、何も言わずにパズルごとゴミ箱へもっていく長男。長男は、「ママ、ゴミぽいだよね……?」とさみしげな表情で私の顔を見上げ、その姿を見た私はぶわっと涙が溢れてきました。1カ月も前の出来事が長男にとってよほど衝撃的だったのだと思います。 思い返せばあのとき、次男の授乳で長男との触れ合いの時間を中断していたのは私。長男は次男にやきもちをやいて、むしゃくしゃした気持ちをおもちゃにぶつけていたのだと気づかされました。思わず私は「大丈夫だよ、大切に使ってくれてありがとうね」と長男を抱きしめました。 それからは長男がいたずらをするときやイヤイヤが激しいときでも、一度「どうしたの?」と長男の気持ちに寄り添うようになりました。弟のように注目されたい、かわいいと言ってほしいという心のサインをしっかり見逃さないように、私自身も意識して子どもと向き合っていきたいと思います。 著者:櫻井せりか1歳と0歳、2男の母。長男の育休中に第二子妊娠、育休を延長し事務職を休業中。現在は子育てをしながらライターとして活動している。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年06月05日はじめての出産を無事に終え、もうすぐ2カ月が経とうとしたころの出来事です。実家が遠方にあり、産後1カ月経つまでは、父や母が入れ替わりでサポートに来てくれていました。父の発言にイラッ!少し育児に慣れてきて夫と2人でも余裕が出てきたものの、夫には仕事があり、私も疲労感が常にありました。そんなある日、夫が数日間泊まり込みでの仕事がありました。前々からわかっていた予定だったので、実母にサポートをお願いしていました。 そして迎えた、母が来る当日。なぜか父から「今、母は仕事や実家のことが大変で、今日も憂うつな気分でそっちへ向かいました。市のサポートの利用を考えて欲しい。しばらくサポートはこちらからできそうにない」という怒りのメッセージが……。 私は驚き、ショックを受けました。もともと言われなくても、市のサポートは探していて、実家が大変ならサポートはできないと事前に言って欲しかったと、モヤモヤする出来事となりました。 実際に母が来て事情を聞いてみると、特に憂うつな気分はなく、むしろ実家を離れてリフレッシュになっていたと言うのです。実は、憂うつで大変なのは実家に1人残された父のようでした。今後は実家に甘え過ぎず、夫と2人で頑張れるように気をつけようと思いました。 著者:森野蜜柑/30代女性・主婦。初めての出産、子育てに奮闘する母。歯科医院に勤務。イラスト:まげよ ※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています
2024年06月03日わが家には4人の子どもがいます。長男と長女は3歳のころから義母が作ったキュウリの漬物が好きでよく食べていました。ただ、少し辛さがあるので軽く味を薄めてからあげるのですが、義母はとんでもない方法で食べさせたのです……! 義母のまさかの行動長男が虫歯になってはいけないと、大人とおはしを分け私なりに気をつかってご飯を食べさせていました。ところが、義実家に行って義母が長男にご飯を食べさせているのを見ると、「これで食べさせてください」と用意して渡したスプーンとおはしを使わず、義母が使っているおはしで食べさせていたのです。 それだけではなく「長男くんはキュウリの漬物が好きだからあげるね」と一旦自分の口に入れ、なめて味を薄めたものを長男にあげた義母。私は長男が初めての育児で育児情報を見てはこうしたらいいということを実践していたので、義母のまさかの行動に驚きを隠せませんでした。 すかさず私はすかさずコップに水を入れ、「これで漬物の味を薄めてからあげてみてください」と義母に渡しました。「昔は何でも大人が一旦口に入れて辛いのをとったり、固いものを柔らかくしたりしてからやったんだよ」という義母に、「虫歯になりやすくなるらしくて」とやんわりと説明した私。「大人の口の中の虫歯菌が移るんです!」とは直接言えず、自分が気を使っていただけに義母の行為にがっかりしました。 子どもの食事にも虫歯対策にもかなり力を入れていた私。まさかの義母の行動に正直衝撃を受けました。それに感染症の面でもやめていただきたいです。その後、義妹の子のときはちゃんと水で洗い流してから食べさせていたのを見て、わかってくれたのかな?と思ったのでした。 これからも義母がしていた育児と、私の育児で違うことがあるかもしれません。その都度話し合って理解してもらったり、折り合いをつけたりしていけたらいいなと思った出来事でした。 ◇ ◇ ◇ 日本口腔衛生学会によると、最近の研究で、生後4カ月ごろから、母親の虫歯菌が子どもにうつっていることがわかっているそうです。離乳食は生後5~6カ月ごろから始まるので、離乳食を始める以前から親から子どもに感染しているということになります。 また、虫歯は砂糖の摂取、歯みがきなどさまざまな要因がありますが、虫歯に関連する複数の要因を調べた日本の研究では、3歳児において、親との食器共有と虫歯の関連性は認められなかったのだそう。 とはいえ、口の中でモグモグしたものを子どもに食べさせるのは、大人に虫歯がなかったとしても、衛生面や感染症などの面からも避けたいですよね。義父母に言いづらいときは、旦那さんに伝えてもらうのも一案かもしれません。 なお、虫歯菌が親から子どもにうつっていたとしても、虫歯予防は可能なのだそうです。砂糖の摂取を控える、毎日仕上げみがきをおこなう、フッ化物(フッ素)配合の歯磨き粉を利用するなどが予防につながると言われています。家族で正しい知識を共有し合い、ケアをおこなって、お子さんの歯を守ってあげたいですね。 著者:松田みさと監修者:医師 川田 悟司 先生川田歯科医院院長。咬み合わせ認定医。長年に渡り、咬合診査・診断をおこなう。
2024年06月03日マザーズバッグとは、ママが子どもと一緒に出かける際に荷物を入れて持ち歩くバッグのこと。近年では「ママだけが持つものではない」という考えから、ペアレンツバックとも呼ばれています。そんなマザーズバッグですが、ほとんどの場合、たくさんの荷物を入れて持ち歩きます。いかに子連れでのお出かけが楽になるかは、マザーズバッグ選びにかかっていると言っても過言ではありません。そこで、これからマザーズバッグを選ぶ人、マザーズバッグをプレゼントしたい人に向けて、選ぶときのポイントを子育て真っ最中のママに聞いてみました。 編集部一同は驚きの連続! さまざまなシーンを想定して選ばれているマザーズバッグを見せてもらい、感動してしまいました。 これが噂のマザーズバッグ!噂のマザーズバッグはこちら。軽くて持ちやすく、ポケットが多いのは当たり前! たくさんの便利なポイントがありました。1つずつ紹介します。 先輩ママに聞く、マザーズバッグの見極め方!肩紐の太さリュックの肩紐は、太いほうが肩に食い込まなくていいと思いきや、細くて滑り止めがついているものが良いそう。 特に、抱っこ紐と一緒に背負うことが多い場合、肩紐が太いバッグを選んでしまうと、紐同士が肩で重なってずり落ちる原因になってしまうとのことでした。 リュックだけじゃない!?両手が空くリュックタイプはマザーズバッグとして優秀ですが、トートバッグとして持つことができる「持ち手」がついていることもポイントです。 持ち手がついていることで、会計をするときなど、バッグの中のものをとり出すときにとても便利なのだそうです。 ポケットのファスナーは不要ポケットがたくさんついているバッグは便利ですが、ファスナーがついていると思いのほか不便なのだそう。たくさんのポケットのどこに何が入っているかを把握できていないと、その都度カバンをおろしてファスナーを開け閉めし、探さねばなりません。 そんなとき、ファスナーついていなければ、リュックを背負った状態でも手探りでものを探すことができます。 ただし、屈んだりしてバッグが逆さになってもポケットの中身が落ちないことが重要だと話していました。 デザインは男女兼用持ち歩いたらテンションがあがるような好みのバッグを選びたいところですが、パパが持っても違和感のないデザインを選ぶのも大切です。ママだけが持つわけではない、むしろパパにも持ってほしいと考えると、男女兼用の色やデザインをチョイスすると良いそう。 また、パパでも持てる色やデザインにすることで、パパと子どもだけでお出かけをする際にも持って出かけられるでしょう。 負担の少ないバッグを…移動手段や子どもの人数などでも変わりますが、共通して言える「マザーズバッグを選ぶポイント」は、ママやパパの負担が少ないこと。 マザーズバッグを選ぶときには、ぜひ参考にしてくださいね!このお話は、ベビーカレンダー公式インフルエンサー「ベビカレメイト」のママと実施した座談会でお話しいただいた体験談です。
2024年06月02日生後8カ月を過ぎてもおすわりができるようにならない娘。心配になり医師に相談したところ、予想外すぎるまさかの診断結果を告げられて……!?う、嘘でしょ!?娘が生後8カ月のころのお話です。日ごろから上の子の公園遊びの付き添いで、ベビーカーや抱っこ紐で移動することが多く、あまり遊び相手をしてあげられていませんでした。 首すわりや寝返りは順調だったものの、生後8カ月を過ぎても、おすわりをしないことが少し気がかりだった私。健診の際に診察してもらおうと、質問欄へ記入して小児科医に相談したところ、「骨盤や腰に異常はありませんね。おそらくお子さんのやる気次第です。まだ座る気がないんでしょうねぇ」とのこと。 予想外の診断結果に、思わず驚愕してしまいました。その診断結果を知ってか知らずか、健診の3日後にはちょこんと座って見せてくれて、一安心。 ほかのお子さんや兄弟と比べて不安になっても仕方ない! いつの間にか知らないうちに子どもは成長していて、ある日突然、いろいろなことが出来るようになるのだなぁと実感。無理に何かをさせようとせず、子どものそれぞれのペースで見守るのも大切だと感じました。 ◇ ◇ ◇ おすわりの姿勢では今までと違う景色が見えるため、赤ちゃんが景色に興味を持っておすわりを頑張ろうとします。今回は、おすわりができるようになる前に、ママさんが抱っこしてあげたり、公園へ連れて行ってあげたりと、ハイハイの姿勢では見えないさまざまな景色を見せてあげていたことで、おすわりしなくても十分楽しめていたのかもしれませんね。 赤ちゃんは大体、生後6~7カ月ごろから誰かが支えてあげるとおすわりができるようになることが多いようです。そして、生後7~8カ月ごろになるとひとりでおすわりできるように。しかし、もちろん個人差があります。「おすわりが遅いな……」と感じたら、練習でおすわりを促してあげるとよいでしょう。 ■おすわりの練習方法 ①赤ちゃんをおすわりの姿勢にします。その際、赤ちゃんの腰のあたりをしっかりと支えるようにしましょう。②より赤ちゃんを安定させたいときは、自分の両膝で赤ちゃんの腰を挟みましょう。③慣れてきたら、うつ伏せでは見えないけれど、おすわりでは見える場所におもちゃを置いてみて、赤ちゃんに発見させます。 しかし、かんしゃくを起こすくらい嫌がったり、どこか痛がったりしているようであれば、無理せずに一旦おすわりの練習は中止しましょう。 もし生後8カ月を過ぎてもおすわりしない場合は、小児科医に相談してみてくださいね。 著者:秋田かなめ/女性・主婦。中学生と高校生の子どもを育てる母。専業主婦でお小遣い稼ぎにポスティングをしている。イラスト:森田家 ※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています監修者:医師 神奈川県立こども医療センター 産婦人科 松井 潔 先生愛媛大学医学部卒業。神奈川県立こども医療センタージュニアレジデント、国立精神・神経センター小児神経科レジデント、神奈川県立こども医療センター周産期医療部・新生児科等、同総合診療科部長を経て現在、同産婦人科にて非常勤。小児科専門医、小児神経専門医、新生児専門医。
2024年06月02日わが家は仕事の都合上、上の子を幼稚園、下の子を保育園に入れていました。上の娘には、長い期間登園渋りがあったのですが、そんな娘を救ってくれたのは、まさかの……!?2年以上続いた登園渋りが……上の娘は、2歳になってすぐ幼稚園のプレ保育に通いだしました。最初は楽しく通っていたのですが、段々と登園渋りをするように。年少に上がってからはギャン泣きするほどになりました。幼稚園に着くまではよくしゃべり、ニコニコしているのですが、先生に引き渡す場面になると途端に泣き出すのです。 2歳違いの下の息子は、そのころ保育園に通っていました。息子を保育園に送ってから娘を送る生活をしていたので、毎朝、娘とともに保育園へ登園していました。ある日、息子の担任の先生に「毎日、娘を幼稚園へ連れていくと、引き渡しのときだけ泣くんですよ」と、少し愚痴をこぼしたことがありました。すると、翌日から息子の担任の先生が毎朝、娘と向き合って会話をしてくれるようになったのです。 今までは挨拶と一言、二言ぐらいだったのですが、毎朝娘と同じ目線に立ち、「制服似合ってるね!」、「今日の髪型かわいいね!」などと褒めてくれました。「幼稚園、楽しんできてね!」、「また弟くんのお迎えに来るの待ってるよ!」といろいろな話題を毎日のように振ってくれ、娘もとてもうれしそうでした。 さらにびっくりしたのは、ほかの先生までも出会い頭に一声かけてくれるようになったのです。その後、娘の登園渋りは、私が愚痴をこぼしてからたった1週間で克服してしまいました。 長きにわたる娘の登園渋りは、息子の担任の先生によってあっさり終わりを迎えました。朝の忙しい中、ほかの幼稚園に通う娘に、園全体で真摯に向き合ってくれた保育園の姿勢に感激した出来事でした。著者:横山こなつ地方在住の3児ママ。夫、小4、小2、2歳、犬2匹の5人家族。美容の仕事をしながら育児、美容、ショッピング情報を主に執筆中。
2024年06月02日実家を離れて暮らしている私は、出産のとき里帰りをしました。安心できる実家で産前、産後を穏やかに過ごすつもりだったのですが、さまざまな祖父の言動に悲しい思いや悔しい思いをして傷心。苦い思い出が残る里帰りでした。長い里帰り、祖父への不満続出切迫早産の兆候があったので、里帰り出産を予定していた私は、大事をとって妊娠7カ月のときに早めの帰省をしました。平日の日中、父と母は仕事に出ており、在宅している祖父母と過ごす時間が長くなったのです。 祖父は亭主関白な性格で、自分の身の回りのことはほとんど祖母に整えてもらっていたり、上からものを言うことも多かったりして、長い里帰りの期間で祖父への抵抗や苛立ちが私のなかで出てくることが多々ありました。 私は炊事係!?実家とは言え、家事などは進んでする気持ちでいた私は、家の農業の手伝いや食事作りをできる範囲でおこなっていました。しかし、妊娠初期から眠気が強く出ていて睡魔が襲ってくることが多く、家事ができないことがたびたびあったのです。 ある日、お昼になってテレビを観ていた祖父が「まだごはんの用意ができないのか」と怒ってきました。当時、祖母は昼過ぎまで農業に出ていたため、私が昼食を作ることが多くなっていたのです。 食事の時間はわかっていたけれども眠気とだるさで動く気がしなかった私は、祖父の言葉にため息。しかも祖父はただテレビを観ていただけ! 自分本位な言葉に「私はあなたの炊事係なの!?」と悲しい気持ちになりました。 母を悪く言わないで!祖父は嫁である私の母に、厳しいところが昔からありました。里帰り中もたびたび喧嘩をして、母がグチをこぼしていました。普段はあまり深入りしない私ですが、1度だけ祖父の言動にひどく気持ちを揺さぶられて、「お母さんは悪くない!」と抵抗し、祖父と大喧嘩したことがありました。 そのときは、母が祖父のことを思って忠告した言葉に祖父が怒って暴言を吐いたので、私は許せなかったのです。今思うと、産後1カ月経たないころで気持ちが不安定になっていたのかもしれませんが、祖父と喧嘩をしたことが里帰り中何よりつらい体験でした。 祖父にこんな感情持ちたくない!祖父に不快な感情を持つということ自体、娘を産んだばかりの私にとっては悲しいことでした。というのも、娘の祖父となった私の父が、娘をとてもかわいがってくれている姿を目の前にして、将来娘も私と同じように「じいちゃんが憎たらしい」という感情を持つことがあるのかもしれないと考えると複雑な気持ちだったのです。 しばらくして冷静になった私は、否定的な感情に折り合いをつけて、なんとか祖父と和解しました。 7年経った今となっては、久しぶりの長い実家生活で、家族の嫌な部分が見えてきてしまったのかなと思います。祖父に苛立ち立っていたのは少し感情的になっていたのかもしれません。悲しかったり悔しかったりして苦い思い出が残る里帰りでしたが、実家で家族とゆっくり過ごせた貴重な時間でした。 著者:田島さき自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2024年06月02日障害者等級1級の難病を持つ妻。私は夫として妻を支え、私も妻に支えられ共に過ごしてきました。妻は出生時、腸に悪性の腫瘍が見つかり、手術で除去。以来、(同じ症状の前例がない)難病指定され、毎日の検査や点滴、数十回の手術をしながら今に至ります。妻を育てた義母は、病気だからと言って甘やかすことなく厳しく厳しく妻を育てたそうです。そんな義母と戦うことになるとは思ってもいませんでした。長男を無事に出産妊娠時、世界的に見ても過去に同じような病気の人で出産したという前例がなかったため、どうなるかわからない状況でしたが、妻の強い意志で出産を決意。無事、男の子が生まれてきてくれました。 しかし、ここで妻が持病の不調も相まって産後うつになってしまいました。私は会社をしばらく休ませてもらい、できる限り子どもと妻のお世話をして過ごしましたが、妻のうつは悪化し、主治医から1~2カ月入院するように言われました。 義母からの言葉私は妻に安心して入院してもらうためお互いの両親に事情を話し、子育ての手伝いを頼みました。私の母は快く引き受けてくれました。しかし義母は、「自分の子は自分たちで育てなさい。できないなら里親の元に出せ」と。 続けて「娘も、あんたひとりで子どもを育てるより里親の元に出したほうが安心する」とも言われました。「この人は何を言っているんだ?」、「少しぐらい手伝って」と義母に対して私は思ってしまいました。 義母との戦いここまで義母に言われて腹が立ちましたが、妻の顔もあるので「もういいです」と帰ろうとすると、さらに「あなたのエゴでその子に苦労をかけるな」というようなことを言ってきたのです。 さすがに私もプチンッときたので「絶対にこの子も妻も自分が幸せにするから黙っててください」と言って帰りました。結局、妻の入院中も義母には絶対に頼らず乗り切ることに。正直すごくしんどいと思ったこともありましたが、義母との件もあり奮起しました。 義母の想い2カ月後、妻も無事退院。妻には入院中、一連の内容を話さずにいましたが、退院後にこんなことがあったと告白しました。すぐに妻は事実確認をすると義母に連絡。すると義母から思いもよらぬ返答がありました。 私がちゃんと妻の退院までひとりでしっかり子育てをするように、あえてそう言って試したとのこと。正直今でも腑に落ちずにいますが、義母への怒りのような感情をエネルギーに変えて、この期間子育てを頑張れたというのも事実でした。 子育てにはいろいろな考え方があり、正解はありません。自分の価値観だけでなく、視野を広げて「子育て」に向き合うことが大切なのかなと思います。実際あのときの経験があって、多少のことではへこたれないようになりました。もちろん「しんどい思いをする」ことが正解とも思っていませんが、間違ってもいないとも思います。そういう意味では勉強になりました。著者:八杉竜平3歳男児の父。運送業を退職しWeb業界へ。障害者等級1級の難病を持ち、産後うつを経験した妻との子育てについて執筆中。
2024年06月01日長男が当時2歳のころ、私が晩ごはんの魚を焼いているとき、いつもとは違う煙の量が発生! 驚きながら対応したのですが、思いもよらないことが原因だったのです……。 ベビーサークルを撤去当時夫は仕事で不在のことが多く、私と長男の2人で過ごす時間が多かったわが家。ベビーサークルを使用していたのですが、自力で出ようとするのでかえって危険だと思い撤去したばかりでした。 私が言うことも理解できるようになっていたので、そこまで危ないことは起こらないだろうと安心していたのですが……。 煙の原因に驚愕!ある日、私は晩ごはんの魚を焼き始めると、明らかにおかしな量の煙が排気口から出てきたのです! これは魚の煙の量ではないと思った私は、すぐにグリルの中を確認。グリルの奥のほうに小さなおもちゃが置かれているのを発見しました。 なんと、長男が先ほどまで遊んでいた小さな木のおもちゃを、どうやら私がトイレに行っている間に魚焼きグリルの奥のほうに隠していたようなのです! 私はすぐさまグリルを開け、燃えているおもちゃに水をかけて消火。おもちゃはボロボロですが、ことなきを得ました。 普段キッチンには入らないというルールをしっかりと守っていた長男。長男がグリルを開けているところも見たことがなかったため、安心しきっていたことを後悔しました。 この騒ぎ以降、再度ベビーサークルやキッチンゲートを設置することも考えましたが、自力で出入りしようとするので現実的ではなく……。面倒でもトイレに行くときは長男も一緒に連れていくようにし、また、グリルの使用をやめフライパンで代用するようになりました。親として気を引き締めなければならないと改めて感じた出来事でした。 ※魚焼きグリルは、使用中はもちろん、使用後もしばらくはグリル扉は高温です。皮膚が薄い乳幼児が触るとやけどする恐れがあるため、調理中は子どもから目を離さないようにしましょう。また普段から子どもがグリルに近づけないようにしておくことも大切です。 イラスト/蓬田あんころぴぷぺ著者:鬼頭いちか監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月31日娘が3・4歳のときの話です。 娘の胎内記憶に…5歳になる下の娘は双子として生まれてくるはずだったのですが、1人はおなかの中で育つことができず、亡くなってしまいました。 そんなある日、娘から「2人でおなかで遊んでいたんだけど、1人いなくなっちゃった」と3、4歳のときに言われました。小さいころからやけに双子を見ると反応していたので、そういうこともあるのかな?と思いました。 ♢ ♢ ♢双子で生まれてくるはずだったわが子。ママにとってはショックな出来事でもあると思いますが、おなかの中に一緒にいた娘さんから、もう1人の娘さんの話を聞くことができて、ほほえましい気持ちになったのではないでしょうか。一般社団法人日本胎内記憶教育協会によると、胎内記憶は大体が2〜3歳がピークと言われており、4歳を過ぎると少なくなるそうです。みなさんもぜひ、お子さんに聞いてみてくださいね。 作画/加藤みちか著者:ゆに きんぐ 姉妹のママ。病院勤務。
2024年05月31日わが家の双子は現在5歳で、2人とも自閉症スペクトラム障害の診断を受けています。ある日職場の先輩に、翌年に進学する小学校について悩んでいると話したところ、とんでもないことを言い出したのです……。 進学への迷い自閉症スペクトラム障害と診断されているわが家の双子。来年の小学校進学に向けて、夏ごろには普通学級か支援学級か決めなくてはならないだろうと小児科の先生に言われ、私は困っていました。 落ち着きも協調性もなく、しかも繊細な双子たち。どんなクラスに進学するのが彼らにとって最適なのか、その判断基準がはっきりとわからなかったのです。 先輩に何気なく相談すると…ある日、職場の先輩と雑談していた際に小学校の話となり、私は何気なく双子の進学先を迷っていることを話しました。すると、その先輩があからさまに面倒くさそうな態度をとったのです。そして、「そんなこと迷ってるの」とぽつり。私にとっては一大事なので、そんな風に言われてしまいとても悲しくなってしまいました。もちろん先輩に、わが家の状況を理解してもらえるとは思いませんが、何もそんな風に言わなくても……と思ってしまったのは正直なところです。 私は、先輩にこれ以上相談したりするのはやめようと思い、適当に相槌を打ってすぐに話題を変えました。 双子たちの進学先はまだ決まっていませんが、彼らがどんなときにも委縮することなく堂々と生きていけるように、そんな勇敢な人になれるように、今後の判断をしていきたいと、改めて強く思った出来事でした。 著者:木下うめ子
2024年05月31日人見知りで泣き出してしまう長男を初対面の人に会わせづらいな……と悩んでしまっていた私。そんなとき、先輩ママでもある幼馴染から思いがけない言葉をかけてもらい……。長男の人見知りに悩み…1人目の子どもである長男は、生後10カ月を過ぎたころから人見知りが始まりました。長男の場合は、初対面の方に会うと泣き出してしまうのはもちろんのこと、近所に住んでいる義父母にも、会えない日が数日続くとリセットされてしまい、人見知りしていました。 長男が泣き出してしまったら抱っこであやして、数時間たつとようやく落ち着いて……の繰り返し。「人見知りは成長の証」と思ってみるものの、実際に泣いてしまうのを見ると、かわいそうだと思う気持ちを払拭することが難しかったです。 周りが「人見知りはあるあるだよ」と言ってくれるものの、長男が泣き止むまで気をつかわせてしまっているなと後ろめたく感じるようになってしまいました。また泣いてしまうよりは……と考えると、私はだんだんと子どもとお出かけするのがおっくうだと思うようになってしまったのです。 先輩ママでもある幼馴染の言葉そんな中で、幼馴染の友人が訪ねてきてくれました。友人は私より早く出産・育児を経験した先輩ママです。友人と会ってすぐに、長男は案の定泣き出しました。 しかし、友人は長男を抱っこすると、「あら~! かわいい泣き顔まで見せてくれるの? サービス満点だね」と笑顔で言ってくれたのです。 人見知りで泣いてしまうことを後ろめたく感じないように「泣き顔もあえて見せてくれた」と初めて別の視点で言ってもらえたことで、気持ちが軽くなったように感じました。 人見知りの時期は、長男が泣いてしまうと「早く泣き止ませなきゃ」と焦ってイライラしがちになっていた私。しかし、先輩ママである友人の言葉で、余裕を持つことができるようになりました。それからは、私も泣いている赤ちゃんを見ると「泣き顔もかわいいね! 見せてくれてありがとう」と泣いている赤ちゃんに声をかけて、赤ちゃんのママさんにもお礼を言うようにしています。 イラスト/ななぎ著者:秋本かなこ
2024年05月31日私には8歳と5歳の娘がいます。最近、長女は人類や宇宙の始まり、人間の生死についてなど、生の神秘について興味と疑問を持ち始めました。寝る前に話しているとき、さまざまな疑問をぶつけてきますが、先日、「どうやったら赤ちゃんはできるの?」と質問されました。そのときの様子や、私の対応をお伝えしたいと思います。ついに長女からあの質問が……今までも女性の体の変化や赤ちゃんについて話をしたことはありましたが、「どうやったら赤ちゃんはできるの?」と直球で聞かれたことは初めてでした。聞かれたとき、私は「ついに親が戸惑うあの質問がきた!」と思いました。長女はもう小学校3年生。コウノトリが赤ちゃんを運んでくるのではなく、本当のことを話したほうがよいかなと感じました。 そこで私は「おちんちんからタネみたいなものが出て、それが女の人の体に入ったら、赤ちゃんができるんだよ」と回答。すると娘はさらに「どうやって種を入れるの?」と質問を重ねてきました。 絵本を借りてみることにどうやって説明すればよいのか私は悩みました。そのときは「うーん、ハグして仲良くしたらかな」と曖昧に伝えたのですが、せっかく興味を持ったこの機会にきちんと伝えたいと思いました。そこで、私は性教育に関する絵本を何冊か借りて読んであげることに。 そのことを世間話として小児科医のママ友に話したところ、彼女は子どもが幼稚園のころ、いやらしいという気持ちを持つ前に絵本を読み聞かせて説明したと言っていました。私は5歳の次女には早いのかなと思い、今回は長女にだけと思っていましたが、それを聞いた私は同じタイミングで次女にも性について話をしてみることにしました。 娘たちに読み聞かせた性教育の絵本読んであげた絵本は『わたしのはなし』(童心社)と『あかちゃんがうまれるまで』(童心社)。『わたしのはなし』はプライベートゾーンや自分の心と体を守ることの大切さについて、『あかちゃんがうまれるまで』は精子や卵子、性行為についても描かれています。 読んであげると、長女は性行為については「気持ち悪い」と言っていましたが、赤ちゃんができる過程は理解できたようです。次女は幼稚園で「パンツが見えないように気をつける」と言っていました。2人とも興味津々できちんと最後まで聞いてくれました。 「どうやったら赤ちゃんはできるの?」と聞かれたときは、どう説明してよいかわかりませんでした。正確なことを淡々と伝える自信がなかったので、きちんとした情報を伝えてくれる絵本を読み聞かせたことはすごくよかったと思います。娘たちは、まだすべてを理解できていないと思うので、もう少し大きくなってから再び読んであげたいと思います。 著者:小川恵子8歳と5歳の姉妹の母。育児サークルの幹部や習い事、執筆活動など、精力的に育児を楽しんでいる。
2024年05月31日YouTuberでシングルマザーのちいめろさんは、高校生の息子・琉ちゃろと、中学生の娘・まひめろの2児のママ。家族3人+7年以上お付き合いしている彼氏との日常をYouTubeチャンネル『chiimeloちいめろ』で公開しています。 今回紹介する動画は、2019年3月に公開されたもの。当時、子どもたちには、あきたんを「彼氏」として紹介はしておらず、お付き合いしていることをカミングアウトすることにしました。 「仲の良いお友だち」と伝えていたけれど……動画は、「カミングアウトをしていきます!」と、少し緊張した様子のちいめろさんの姿からスタート! 当時、ちいめろさんには、小学生の子どもたちに「彼氏」だと伝えたあとに別れてしまったらどうしようという不安があったため、子どもたちに彼氏を会わせていたものの「仲の良いお友だち」と説明していたそう。 少しませているひめちゃんは、あきたんが彼氏ということを気づいているのでは?と、ちいめろさんは考えていました。 ひめちゃんは同性ということもあり話しやすいのですが、琉ちゃんには小さいときから「琉ちゃんはママの彼氏だよ♡」と言って育てていたので、言いづらいと感じていました。 ドキドキしながら、最初にひめちゃんを呼び出します。 「ママの彼氏なんだ」娘のまさかの反応は?最初に「大事なお話があります」と伝えたちいめろさん。ひめちゃんは口をポカーンと開けて、戸惑った様子。 「ママのほうを向いてちゃんと聞いてね。ひめちゃんに今までママの口から言えていなかったけど、実はあきたんと付き合っています」と伝えます。 すると……!? 「知ってます」 まさかの回答!以前、みんなであきたんの家へ遊びに行った際に、ちいめろさんがあきたんに渡した手紙をこっそり見たことがあり、交際を知っていたのだそう。 ひめちゃんへのカミングアウトはあっさりと終わり、琉ちゃんに続きます! 小学生息子の対応が完璧すぎる!琉ちゃんにも同じように「大事なお話があります」と切り出すちいめろさん。ですが、なかなか続きの言葉が出ません。「何?」と不安そうな琉ちゃん。 ちいめろさんが言葉を振り絞って「あきたんと付き合ってます」と伝えると、「何となくわかってたよ」という反応が。 緊張がとけたのか「ママの口からずっと言えなくてごめんね」という言葉とともに泣き出してしまうちいめろさん。すると、琉ちゃんが「むしろ良いことだよ」と言って、ちちいめろさんを抱き寄せて頭をポンポンと撫でてくれます。 ちいめろさんが「琉ちゃんを傷つけるかもしれないと思って」と怖くて言えなかったことを伝えると、「人には隠しておきたいことが1つや2つあるはずだよ。だから気にするな」と、小学生とは思えない大人な対応! この様子に視聴者からは、<琉ちゃん人生何回目? こんな小さいのにこの励まし方えぐすぎない? 完璧な男> <琉ちゃんが悲しいってより、ママが悲しいんだろうね。 琉ちゃんはそんな弱いママを守ろうとしてずっと付き合ってくれてたんだと思う。やさしい男だ> <琉ちゃん、すぐにママのこと抱きしめて頭撫でてたね。幼少期からママに愛情をたっぷりもらって、抱きしめられて頭撫でられて育ったんだなと思った。普段からその習慣がないと咄嗟にできないもん> など、琉ちゃんにもちいめろさんにも称賛の声が多数寄せられました。 動画の最後には、「カミングアウトできたことによってさらに家族の絆を深めていけたら良いな」という、ちいめろさんの言葉で締めくくられています。子どもだからと言って曖昧にせずに、しっかり伝えたちいめろさんの子どもへの向き合い方は素晴らしいですね。動画からは、子どもたちがママのことを大好きな様子も伝わってきました。 著者:ライター 廣瀬尚子
2024年05月30日6歳の息子は気管支が弱く、風邪を引くと必ず咳が出るタイプ。解熱後も咳だけが長引き、咳込んで嘔吐してしまうこともしょっちゅうあります。かかりつけの小児科でも、そのことを相談しており、最近は漢方を処方してもらうことで、どうにか対応できていました。しかし、同じ対応でなかなかよくならないことがありました。ママ友に相談すると、驚きの展開になり、思いもよらぬ病名が判明したのです――。 長引く咳2024年の1月末に息子が発熱。新型コロナウイルス感染症やインフルエンザは陰性でしたが、いつものように咳がひどく、嘔吐もありました。しかし、小児科で漢方を処方してもらうことで、次第に解熱し、咳も減少。終わったころに、娘と私が発熱。 毎度ながら繰り返される看病生活と自分の体調不良に心が折れそうでした。ですが、「来週くらいにはみんな元気になっているだろう」と思うようにし、できるだけ前向きに思うようにしていたのです。 しかし、娘と私が完治したころに再び息子が発熱。今回はさらに咳がひどく、夜寝付けないほどだったため、私はすぐさま息子を連れて小児科へ。いつもと同じ漢方を処方してもらったので、「これでひと安心!」と思いました。 しかし、息子の咳は1週間経っても良くならず、再度小児科を受診。今度は別の漢方薬を処方してもらいましたが、息子の咳が治まることはありませんでした。 病名が判明!どうすべきか悩んでいたところに、私は近所のママ友と遭遇。息子の現状を話すと、「咳だったら耳鼻咽喉科に行ってみたら?」とアドバイスをもらいました。さっそく受診すると、副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)と診断されたのです。蓄膿症は副鼻腔に膿がたまることで鼻が詰まったりするのだそう。たまった鼻水がのどに落ちてイガイガしていたのでしょう。鼻水はほぼ出ていなかったので、私は目から鱗! 幸い蓄膿症の薬がすぐ効いて咳は治まり、息子は元気になりました。 耳鼻咽喉科には、今まで一度も連れて行ったことがありませんでした。私は自分の視野の狭さを反省。次回からは耳鼻咽喉科への通院も選択肢に入れて、子どもたちの看病をしようと思った出来事でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/蓬田あんころぴぷぺ著者:都 うめこ監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月30日父子家庭として2人の子どもを育ててきた夫と再婚。娘が誕生しました。1歳になった娘はかわいい盛りですが、歩けるようになって行動範囲が広がり、目が離せません。育児は夫に任せても安心だと思っていたのですが、夫は「見てるよ!」と言うだけで実際は娘のことを見ていないことが多く……。そのことで、娘が大泣きする一大事になってしまった出来事です。すぐに「ママ~」と呼ぶ夫仕事の都合上、夫が家にいるのは週末のみ。なので、平日は仕事と家事と育児を私ひとりでこなしています。その分、夫がいる週末に平日できなかった掃除をしたり、ごはんの作り置きをしたり、中学生の娘の勉強をみたり。 いろいろしたいのですが、夫に1歳の娘の相手をしてもらっても、「ママ~おしっこ出たみたいだよ」「ママ~眠いみたいだよ」とすぐに呼ばれます。それくらい自分で考えてやってよと思った矢先、「疲れたから昼寝する」と寝てしまう夫の自分本位な態度にイライラが止まりません。 私が体調不良でもママ頼りの夫ある日の週末、私が発熱。夫に1歳の娘のお世話を任せ、私は少し休むことにしました。 布団に横になって5分くらい経ったころ、娘の泣き声が聞こえるので目を開けると、夫がぐずる娘を抱きながらこちらを見ていました。「ママがいいって。いいなぁ、俺も眠い」と言って娘を私のところへ下ろすので、結局私が起きて娘の面倒を見て、そのまま夫はグーグー寝てしまいました。 ついに心配していたことが…夫に娘のお世話をお願いすると、たいていは娘に動画を見せながら、自分はスマホをいじってニュースを見ていたりゲームをしていたり……。30分も経たないうちに「ちゃんと見ててよ」と夫に注意することが何度もあり、そのたびに「見てるよ!」と言い張ります。 そしてついに心配していた出来事が! 夫に娘を見てもらい、私が寝室の掃除をしていたときのこと。夫が目を話した隙に娘がキッチンに入り、娘の背の高さより少し高い位置にあった炊飯中の炊飯器の蒸気に触って手をやけどしてしまいました。 「見てるよ!」などと口だけの夫に心底あきれ、当てにしてはいけないと痛感。娘がいろいろなことに興味を持ち危険がつきまとう年齢のうちは、私が目を離さないようにしないといけないと思いました。今回のやけどをきっかけに、「見ててよ」ではなく、「目を離さないでね」と声かけを変更。けがや誤飲の危険性も意識して度々話すようにしました。夫は少し煙たそうにしますが、言わなくても安心して任せられるまでは続けようと思います。 著者:星野美月年の差3姉妹を育てるアラフォーママ。保育士資格や幼稚園教諭免許を保有。育休を機に、新たなスキル開拓にも熱意を燃やしています。
2024年05月28日私が第2子を出産したのは、長女が2歳になったばかりのときでした。長女はイヤイヤ期で言うことをきいてくれないこともあり、私は次女の世話だけでいっぱいいっぱいになっていました。そのため、長女の世話はほとんど夫に見てもらっていたのですが、夫から話を聞いて後悔しています……。 夫のひと言長女が2歳1カ月になったころ、次女が生まれました。生まれたばかりのころは次女にばかり気をとられていて、長女とじっくり遊んであげることができませんでした。夫が育休を取っていたので、長女の面倒は夫にほとんど任せっきりに……。 2歳の長女はイヤイヤ期の真っ最中。言うことも聞いてくれなくて面倒に感じてしまうこともありました。新生児の次女は大人しかったので、私も次女の新生児のかわいさにぞっこんでべったりだったと思います。 そんなとき、夫に「長女を避けているようにみえる」と言われてしまったのです。 後悔の涙次女が0歳のころは頻回授乳で、私は朝なかなか起きることができませんでした。でも、長女はいつも私より早く起きていてくれたのです。また、長女はいつも朝起きてから育児用ミルクを飲むのですが、私を起こさないように気遣い、寝ているふりをして我慢してくれていたことを夫から聞きました。 私はその行動に気が付くことができず、長女に今までなんて申し訳ないことをしてしまったのかと後悔して泣いてしまいました。 当時を思い出すと、急に妹ができた長女のケアをしないどころか距離を取ってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。次女が生まれてから私に気を使ってくれていた長女は、もうすでに立派なお姉ちゃんだったのだなと思いました。 著者:堀川京香
2024年05月27日私が初めての育児に悩み、戸惑い、落ち込んでいたときの出来事です。ワンオペ育児に限界を感じ、気分転換に散歩へ出かけると、意外な人からまさかの言葉をかけられて……。孤独だった私を救ってくれた言葉息子が生後3カ月のころ、夫の仕事が忙しく、ワンオペで過ごす毎日に孤独を感じていました。さらに、息子はそのころから抱っこしていないと泣き続けるようになり、今思えば、この生活にとてもストレスを感じていたと思います。 ある日、気分転換を兼ねて息子をベビーカーに乗せ散歩へ行くことに。しかし、初めは落ち着いていた息子が、少しすると大きな声で泣き始めたのです。 余裕のなかった私は、周囲の目が気になり、自宅へ戻ることにしました。泣き止まない息子を見て、私も泣きそうになりながら帰っていると、突然、前から歩いてきた80代くらいの女性に声をかけられました。 何か言われるのかと覚悟していると、その女性は息子を見るなり、こう言ったのです。 「ママも大変だよね。何をしてもダメなときってあるんだよね。ママじゃないとダメなときもあれば、ママだけじゃダメってときもある。でも、赤ちゃんいい顔して泣いてるわ。きっとママだから安心して泣いているんだよね。赤ちゃんはわかってるよ。大丈夫」。 女性はすぐに歩いて行ってしまったのですが、私は急に言われたその言葉に涙が止まらず、心がラクになったことを覚えています。あのときの私は、正解のない育児に必死に正解を探して苦しくなっていたのだと思います。 そんな息子ももうすぐ3歳になります。あの日、声をかけてくれたあの女性の言葉は今も忘れることができません。 泣き止まない息子に対して、自分でも気づかないうちにストレスがたまる日々。そんなとき、見ず知らずの女性に言われた言葉に心が救われ、涙が出るほど勇気づけられました。3年経った今でも、私の心の支えとなっている経験です。 イラスト/うちここ著者:駒木リエ
2024年05月27日息子が1歳のころのお話です。私にとって、1人目だった息子の子育ては、不安でいっぱいでした。「息子にはどう育ってほしい?」という私に夫が返してくれた一言が、今でも忘れられません。子育ては悩みごとの連続私たち夫婦は息子の教育に興味があったので、妊娠中のころから2人で何冊もの育児書を読んでいました。一生懸命育てよう!と夫婦で意気込んでいましたが、いざ生まれてみると、思うようにいかないことばかり。 当時は、育児書の情報がすべてのような気がしていました。夫も一緒に考えてくれるのですが、仕事があるので、どうしても息子と過ごす時間が長いのは私。 息子は単語を話せるようになるのが遅く、どうしたら話すようになるかと試行錯誤していたときは、「ゆっくり話しかけてみたらどう?」「本を読む時間をもっと増やしてみたら?」と夫なりに考えてくれたアドバイスに、「もうやってるわ!」とイライラしたことも。 個性なのか、発達の遅れなのか、その違いもわからなくなってきて、自分の育て方に原因があるのかな、と落ち込んでいました。 思いがけない夫の返答「息子には、どう育ってほしい?」 何かのテレビ番組がきっかけだったと思います。夫と一緒に見ていたので、その流れで聞いてみました。「やさしい人」とか「自分で考えられる人」とか、そういった返答がくると思っていた私に夫は、「〇〇(私)のように育ってほしいな」と。 思いがけない返答に、「え! 私のようにって、例えば?」と聞くと、夫は「特別ここがというわけではなくて……。今まで隣で見ていて、人柄とか、周りにいる人たちとか、すごくいいなって思っているから、だから、〇〇(私)のように育ってほしいと思う」と言ってくれたのです。 私はその瞬間、とても救われました。うまく育てられないのは、自分のせいなのではないかと思っていたけれど、それでもそんな自分のように育ってほしいと言ってくれる人がいるのです。自分が肯定された気がして、とてもラクになりました。それからは、育児書も読むけれど、自分の考えや感覚を信じて子育てをするようにしています。 息子が4歳になった今、まだまだ子育ての悩みはつきませんが、そのたびに「〇〇(私)のように育ってほしいな」と夫に言われたことを思い出します。これからも私を救ってくれるであろう、忘れられない出来事です。 イラスト/うちここ著者:まつもと まお
2024年05月27日娘が1歳になったばかりのころの話です。当時は娘が卵アレルギーと診断されており、卵の入った食材はNGでした。お義母さん! ちょっと待って!丁度そのころ、夫の仕事が忙しく、一時的に夫の実家にてプチ同居していたのです。大人用の食事は3食義母が作ってくれていたのですが、娘の分は私が作っていました。 しかしあるとき、「炒飯なら卵を入れなければ全員分作って孫にもあげられる」と考えた義母。たしかにそれは助かると思いお願いしたのですが、義母はチャーハンにハムやベーコンを加えるのです。 義母が冷蔵庫からハムを取り出している姿を見てギクっとし、思わず義母に声を掛けてしまいました。ハムの裏表記を見ると、やっぱり卵白の記載が……。 以前ハムやベーコンなどにも卵が入っていることが多いと伝えたのですが、「ハムにも入ってるんだね」と呟いていました。何事もなくてよかったですが、しばらくドキドキしてしまいました。 義母は夫から改めて市販の食材を使用する際には裏表記を確認するよう注意されていました。私も義母に任せきりにするのではなく、材料の確認をすべきだと反省しています。 その後、娘は幸いにも卵アレルギーが治り、今では卵焼きが大好きです。ただ、今後何かしらアレルギーが出てくることも考えられるため、そのときは間違って娘が触れたり口にしたりしないよう、十分に注意しようと思います。 著者:脇田有由/40代女性・主婦。結婚11年目の専業主婦。3歳の娘を子育て中。義実家は遠方の為、年に2回程帰省。イラスト:いずのすずみ ※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月26日出産前は「育児は2人で頑張ろう」と言ってくれていた夫。しかし、出産後に育児が始まると、無職で時間があるはずなのにワンオペを強要してきて……!?ワンオペを強要する夫出産を終え退院した直後、夫は転職の間に期間があり1カ月間無職でした。それなら育児を手伝ってもらえるとホッとしていましたが、来る日も来る日も夫は夜の早い時間に寝て昼過ぎに起き、また夜早くに寝てを繰り返す日々。夜泣きの対応なども一切してくれません。 昼はどこかに出かけていて、24時間ずっと私が子どもをみていました。あまりにも寝不足になり、少しでもいいから代わってほしいとお願いすると、なんと「僕がおらんでもいけるやろ」と言われました。どこにいけるんでしょうか。全然いけません。夢の国に行きたいのに……。出産前に「子どもの面倒は2人で見ようね」と言うと「親やねんから当たり前やろ」と答えてくれていて、そのとき感動しただけにショックが大きかったです。 「あなたがいないとだめなの」と、支えてもらいたい風のか弱い妻っぽい雰囲気を出しましたがやっぱり面倒を見てくれなかったので、保健師さんや助産師さんの訪問をお願いしてなんとか今まで育てています。助産師さんがいなければ夜泣きのひどい時期は乗り越えられませんでした。とても感謝しています。夫には育児への協力は期待せず、外で稼いできてもらおうと決めました。 作画/森田家著者:鶴多こまち
2024年05月25日私には7歳、4歳、1歳の子どもがいます。ある日、初めて私ひとりで子ども3人を連れて実家に帰省することになりました。すると電車の中で、子どもたちがぐずり始めました。さらに、ハプニングまで……。すると近くにいた高齢女性が声をかけてきたのです――。 声をかけてきた高齢女性一番下の1歳の子を抱っこひもに入れ、あとの2人と手をつないで電車に乗った私。1歳の子がぐずるだけでも大変なのに、上の子どもたちも「トイレに行きたい」「のどが渇いた」などと騒ぎ、いつも以上に手がかかりました。まだまだ先は長いというのに、私はもうへとへと。 そしてとどめを刺すかのように、ハプニングが私を襲ったのです……。 「ぼたぼたぼたぼた……」 なんだか近くですごい量の水が落ちる音が。遅れて、私のおなかのあたりがじんわりとあたたかくなってきました。 1歳の子のおしっこがおむつから漏れてしまったのです! 早く拭かないと!と思いながらも、あまりの出来事に、周りの人に申し訳ないやら、恥ずかしいやらで私は一瞬動けずにいました。すると隣にいた高齢の女性が「ちょっとあなた……」と声をかけてくれました。 そして「大丈夫?」と言って、ティッシュで床を拭いてくれたのです。ほかにも自分のハンカチを差し出してくれたりする方もいて、周囲の方たちが助けてくれました。 あのとき居合わせた方々には感謝してもしきれません。とんだハプニングに見舞われましたが、人のあたたかさを感じられた帰省となりました。今後はおむつ漏れ対策をもっとしっかりしようと思います。 イラスト/海乃けだま著者:栗本みずき監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月25日無職のままシングルマザーになり、看護師になるべく看護学校の受験にまっしぐらだった私。当時2歳にもなっていない娘に、たくさん寂しい思いをさせてしまいました。表に出さないだけで、娘はずっと寂しいと感じていたはず。これからの育児の教訓にしようと思った出来事です。無職のままシングルマザーになりました私は娘が1歳のときに離婚して、シングルマザーになりました。元夫からDV被害を受けていたので離婚準備がしっかりとできないまま離婚し、当時は無職。娘を出産したときに助産師という職業を初めて知り、女性でこんなに活躍できる仕事があるんだ!と強く憧れを持ちました。 しかし「まぁ子ども育てながら学校通って国家資格受験って無理だよね……その前に学校受験と学費と生活費って問題山積みだし」とすぐにあきらめ、何か資格をとらなくては!とワードやエクセル、医療事務の資格を取ってみましたが、就職活動はまったくうまくいきませんでした。 母からの提案「看護師になってみたら?」そんなとき、母親から「助産師になるには看護師の資格も必要だし、看護師どう? このまま実家に住んでていいし、学費なんかのお金は出世払いでいいよ」と提案がありました。「いやいやそんなに簡単に言わないでよ」と思いましたが、看護師は国家資格。給料も高い。 もし娘が将来大きくなって、行きたい学校にお金の問題で通わせられなかったら……と心配になり、看護師の一般的な給料や働き方について調べてみるとどんどん興味がわいてきました。そして一大決心し、看護学校を受験することに。 しっかりと確保したい勉強時間看護学校を受験するには独学では難しそうだったので、看護学校受験専門の予備校に通い始めました。朝、娘を保育園に送って予備校へ行き、夕方また保育園へ迎えに行くサイクル。家に帰ってからも、娘を寝かせたあとはまた勉強。 看護学校は滑り止めも含めて4校受験し、受験1カ月前は最後の追い込みでさらに勉強時間を増やしました。保育園のお迎えから寝かしつけまでの娘のお世話を両親にお願いし、私は予備校が終わった時間からそのままファミレスに行き日付が変わるまで勉強の日々。 受験最終日の子どもの様子当時1歳10カ月だった娘は大のママっ子でしたが、看護学校受験前の追い込み時期で夜に私がいないことにまったくグズったりしなかったそうです。ですが4校目の受験を終えた日の夜、娘を寝かしつけるときに、娘があお向けになった私の体の上に乗ってシクシクと泣いていました。 娘が眠りについたので体から下ろそうとすると、泣きわめいて起きてしまうので娘を体の上に乗せたまま朝を迎える、ということが1週間続いたのです。「表に出さないだけでずっと寂しい思いをさせていたんだね、ごめんね」と何度も娘に謝りました。 娘の立場になって考えると、明らかに寂しいと感じる状況だったのに看護学校の受験のことに頭がいっぱいで、娘のことを十分に構ってあげられなかったことに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。その後は看護学校に合格して国家資格も無事取得し、現在は看護師として働いています。多忙な毎日ですが、あのときの後悔を忘れず娘との時間を大切にしていこうと思います。 著者:吉川 みきな2008年生まれの女の子と2018年生まれ、2022年生まれの男の子の年の差兄弟を育てている母。反抗期の娘とイヤイヤ期の息子の育児に日々奮闘中。上の子を出産後に大学に通い、看護師の資格を取得。現在は看護師としてパート勤務をしている。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月25日子どもが2人いる友だちから聞いた「2人目が生まれてから育児が大変になった」という話を、2人目の子どもを妊娠中に夫へ何気なくしてみました。すると夫からまさかの衝撃発言をされて……。軽い世間話のつもりだったのに…2人目の子どもを妊娠していたころのお話です。当時3歳だった長男は、妊娠したころから赤ちゃん返りが始まりました。ワンオペで2人の育児をしていけるのかどうか不安で、子どもが2人いる友だちに相談してみることに。すると友達は、やはり子どもが1人のときより圧倒的に大変で、かわいさは2倍だけれど、しんどいことも2倍になったと、2人育児の大変さを教えてくれました。 それを聞いた私は夫に、「友だちのところは2人目が生まれて大変だってさ……」と何気なく世間話をしたのですが、夫は「何言ってんだよ! 自分で望んで授かった子だろ? 弱音なんか吐くなよな」とまさかの発言。母親は不安な気持ちを吐露することも許されないの? とかなりイラッとしました……。 やがて2人目の子どもが生まれると夫との家事分担も増え、夫は「これは大変だ」と言っていました。どの口が言ってるんだと内心ツッコミを入れましたが、実際に経験して大変さを実感してくれたことで、より協力してくれるようになったのはよかったです。 作画/森田家著者:金野 成子
2024年05月24日1人目の子どもを出産するとき、夫は分娩室でいびきをかいて爆睡していました。その後の育児でも寝ていることが多く、育児を任せるのは無理だと諦めた私は……。寝過ぎな夫夫は昔からとにかく眠気に勝てない人で、私が妊婦だろうが、どんな状況だろうが寝てしまいます。1人目の出産時、分娩室で私が必死になって赤ちゃんを産もうとしている中、なんと夫は椅子に座っていびきをかいて寝ていたのです! 現在は子どもが3人になり、生後2カ月の末っ子のお世話で寝不足な私をよそに、3歳の長男をお昼寝させると言って長男より先に寝始め、長男よりあとに起きています。たまには「俺が子どもたちを見てるから休んでおいで」くらい言ってほしいです……。 しかし最近は諦めています。子どもを任せると寝てしまうので、買い出しや料理などの別の家事を手伝ってもらうことに。そうすることで、いいバランスで家事と育児の役割分担ができています。不得意なことを無理に任せるよりも、できることを頑張ってもらえばいいかなと思うようになりました。 作画/森田家著者:川上 栞
2024年05月24日長女が1歳半のときのお話です。家ではよく言葉を発していた娘ですが、極度な人見知りで、外では言葉を発することがほとんどありませんでした。1歳半健診で自分の名前や指さしの受け答えがあると聞いていた私は、娘が初めて会う人と会話できるかと心配していました。そして健診当日を迎え……。ひと言も言葉を発しない娘健診のあとにそのまま実母と予定があったので、私と娘と実母の3人で会場へ行き、順番が呼ばれるのを待っていました。 娘の番になり、身長や体重などの身体測定のあと、別室でついに担当の保健師さんとの面談。やはり娘は名前を聞かれても、イラストを指さしされても、ひと言も発言せずに固まっていました。担当の職員さんも「普段、家では話すのよね?」と判断を迷っている様子でした。そんなとき……。 廊下にいる私の母を発見して…娘が、廊下で待っていた実母を見つけて「○○(実母の名前)さん!」、「ちて(来て)」と叫んだのです。すると実母は、廊下からうれしそうな顔で娘に手を振ってくれました。 そのあと保健師さんが再度、娘の名前を聞いても、イラストの指さしをしても、やはり娘はひと言も言葉を発することはなく面談は終了。しかし担当してくれた保健師さんは、「緊張しちゃったんだね。おうちでできていることもわかったので大丈夫」と言ってくれました。 何か娘の発達について指摘されるのではと不安に思っていた私は、実母のおかげで娘の普段の様子を見せることができ、ホッと安心しました。あとで実母にこのエピソードを伝えると、そんなことになっていたとはまったく気がついていなかったそうです。健診が終わった私たちを笑顔で迎えてくれた実母の顔を見て、何歳になっても母が一緒だとやっぱり心強いなと感謝した出来事です。 著者:河原りさ2016年生まれと2018年生まれの女の子2人、2024年生まれの男の子のママ。花屋に勤務。都会のおでかけスポットや植物に関心あり。監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月24日2人目の育児中、赤ちゃんが誤飲してしまったママの体験談です。誤飲後の対応やその後の対策などをご紹介しています。2人目の育児は10年ぶりということもあり、夫も私も1人目のときの記憶を思い出しながらの出発でした。生後9カ月を過ぎ、娘は元気いっぱいに成長し、育児の感覚もだいぶ戻ってきたなあと慣れを感じてきたある日、衝撃的な事件が起きてしまいました。娘の口から「ポロン」と落ちてきた物はある日のこと、夕食を食べ終え、食器を片づけようと娘の横を通り過ぎると、何かが「ポロン」と娘の口から落ちました。最近何でも口の中に入れてしまうので、今度は何を口に入れていたのだろうとよく見ると、「何だこれ?」と目を疑いました。なんと、ボタン電池ではありませんか! 「危ない、飲み込むところだった」と胸を撫で下ろし、一件落着と思って夫に話すと、突然夫の顔色が変わりました。 どうしたんだろうと思っていると、「そのボタン電池、朝見たときは2個あったんだけど、もう1個はあった?」と言うではありませんか! 慌てて長女と2人でそこら中を探しましたが見つからず、夫は「見つからないなら絶対飲み込んでるよ!」と言うので、念のため小児救急の電話相談に連絡しました。すると、「万が一飲み込んでいたとしたら大変だから、可能性があるなら早めにレントゲンで確認したほうがいい」と救急の受診をすすめられ、紹介してもらった病院を受診することにしました。 ※赤ちゃんがボタン電池を誤飲した場合、気管を塞ぐなどして窒息を起こす危険のほかに、ボタン電池が粘膜などに接触して「化学やけど(化学熱傷)」を起こす危険があります。また、飲み込んだボタン電池が胃に達すると、酸性の胃液によって電池が腐食し、中身(電解液)が漏れ出す可能性があります。アルカリマンガン電池などでは、中身のアルカリ性物質が漏れて胃などの内壁を損傷する危険があります。もし、お子さんがボタン電池を飲み込んでしまったら、重症になるおそれがあるので、直ちに医療機関を受診しましょう。 参考:政府広報オンライン「ボタン電池や医薬品、タバコなど 子供の誤飲事故にご注意を!」 病院で事の重大さを認識娘はいつもと変わらず元気だったのが救いでしたが、内心は不安でいっぱいでした。21時ごろ病院へ着き、レントゲンを撮ると、確認のために持参した娘の口から出たボタン電池と同じ物が写っていました! 「よかった! あった!」となぜか思わず安堵の言葉を口にすると、先生に「いや、お母さん、あまりよくないです。胃で止まっていたら内視鏡の先端に磁石をつけてすぐに取れたのですが、レントゲンに写っている場所から見て小腸まで届いているので、うんちで出るのを願うしかないです」と言われました。さらには、「1日待って出てこなかったら途中で引っかかっている可能性があるので、そのときは手術になります。2日後にまた受診してください」とのこと。そのまま受診の予約をして帰宅することとなり、事の重大さを実感しました。 「親の不注意で、しなくてもいい手術の傷が付いてしまったらどうしよう」と胸が張り裂けそうでした。レントゲンで押さえつけられ、顔の毛細血管が切れるほどギャン泣きした娘は、疲れ果てて帰りのタクシーの中で寝てしまいました。 ※誤飲したものが胃より先の腸にまで流れた場合、原則として経過観察となります。ほとんどがおよそ2週間以内には自然排出されますが、時に腸に穴が開くこともあるため、異物が排泄されるまでは、腹痛、発熱などがないこと、その間に出た便の中に異物が含まれていないかを確認してください。 参考:一般社団法人 日本小児外科学会「小児外科で治療する病気」−消化管異物 帰宅後、夫婦で反省会を実施帰宅後夫に報告をし、2人で反省会をしました。そもそもなぜしまってあるはずのボタン電池が外に転がっていたのかを話しました。使い終わったボタン電池はビニール袋に入れて開閉式のゴミ箱の隅に入れていたのですが、開閉しているうちにそのビニール袋がズレて半分外に出ている状態になり、それに興味を持った娘が引っ張って袋に穴が開き、そこからボタン電池が外へ出てしまったことがわかりました。 また、夫がなぜボタン電池が2個あったことを知っていたかというと、朝掃除機をかけていたときに、落ちそうなボタン電池が入ったビニール袋を「落ちたら危ないな」と目視しながらも、時間がなくて慌てて仕事へ行き、私にも言いそびれてしまったようでした。 長女のときは細心の注意を払い、そんな出来事はなかったので「2人目だから大丈夫」とどこかで油断していたことも要因の1つになったと思います。反省会のあと、すぐにボタン電池と電池類は廃棄の方法を変え、缶に入れて娘の手の届かない場所へ置くことにしました。そして、危ないなと思うことはすぐにその場で改善すること、改善できなければできる人にお願いしてでも改善するようにコミュニケーションをとることを心がけました。 娘の無事を祈って…次の日、朝から夫も私も娘がうんちをするたびにソワソワして落ち着かず、神様、仏様に祈り続けました。このときばかりはうんちが出るようにと、離乳食や育児用ミルク以外にも娘の大好きなバナナにゼリー、赤ちゃん用のお菓子など食べさせました。するとその甲斐あってか、やっと夕方ごろになり、うんちと一緒に無事ボタン電池が出てきました。うれしくて思わず夫と抱き合って喜んでしまいました。大事に至らず本当によかったです。 妊娠中、婦人科の廊下に掲示してある「乳幼児による異物の誤飲が増えています!」というポスターを目にしたり、母子健康手帳内にも異物誤飲の注意書きがあったり、産後に配られた冊子にも誤飲事例が増えていることが書かれていたりと、誤飲についてはよく知っているつもりでいましたが、まさか自分が経験するとは思ってもいませんでした。 長女のときは大丈夫だったことが、次女も大丈夫ということにはならないと学びました。娘は生後11カ月を迎え、ますます行動が活発になり、ハラハラさせられっぱなしです。今は、夫も長女も協力してくれて、今まで以上に危険を回避するよう努力しています。これからも、事故や怪我なくすくすくと育ってくれることを願うばかりです。 ※直径39mm以下(トイレットペーパーの芯を通るもの)は誤飲するおそれがあります。赤ちゃんに渡さないでください。飲み込むと危険なので、お子さんの手の届かない場所へ保管しましょう。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:YOU11歳と生後11カ月の娘の母。10年ぶりの育児に奮闘中。現在は専業主婦、ときどきクラウドソーシングでスキマ時間にお小遣い稼ぎ。 監修者・著者:助産師 松田玲子医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2024年05月24日上の娘が3歳のときの話です。同居する義母と、私と夫、そして娘で外食に行きました。ご機嫌斜めだったのか、ぐずり出してしまった娘。娘の相手をしていた私の食事も思うように進みません。すると、それを見ていた義母がとんでもないことを言ってきたのです……。 義母の衝撃の一言とは「うちの息子は本当におとなしくて手のかからない子だったのに、なんで孫はこうも手がかかるのかね!まったく、ママに似てるんだわ!」と義母。 手伝ってくれるわけでもなく、ただ嫌味を言い続けてくる義母に、私もイライラ。そのイライラが伝わってしまったのか、娘もさらにぐずってしまいました。 その義母の一言で、悪い意味で一生忘れられない外食となりました。 小さいころは知りませんが、夫は私からすると、本当に手のかかる面倒な大人です。同居でそれを知っているにもかかわらず、人の目のあるところで「孫の悪いところは全部嫁に似ている」などと平気で言ってくる義母。 毎回イライラするものの、相手にしても仕方がないので最近はスルーしています。中学生になった長女、小学生になった次女も「おばあちゃんは昔からああだから仕方ない」と言って、義母を相手にしていません。以前よりストレスが減ったので、スルーする力も大切だなと思うようになりました。 そして、もしも娘たちが大人になって私に孫ができたら、義母を反面教師にして言動に気を付けようと思っています。娘たちに私と同じような思いはさせないと心に誓っています。 イラスト/きりぷち著者:山田直子
2024年05月23日双子の息子たちをかわいがってくれる義母は、会うたびに「2人だけでうちに泊まりにおいで」と言ってくれるのですが、心配なので子どもだけで泊まらせたことはありませんでした。そんな息子たちが小学生になったので、2人だけで義実家に泊まらせてみることに。しかし、2人が帰宅後、私は後悔することになったのです――。 お泊りさせたことを後悔した理由息子たちがにこにこで義実家から帰ってきたのでさっそく話を聞くと、驚きの連続だったのです……。 「おばあちゃんが寝る直前までお菓子やアイスをくれた」とのこと。「歯磨きはしたの?」と尋ねてみると、どうやら歯磨きもせずに寝たのだそう。 呆れた私が「遊び疲れて、早く寝ちゃったの?」と言うと、「寝たのは夜中の1時だよ!」と双子。夜中の1時に寝たことも、その直前までお菓子やアイスをあげていたことも衝撃で、私はしばらくぽかんとしてしまいました。 たまのお泊まりで少し羽目を外すくらいなら多めに見ようと思っていましたが、さすがに深夜1時まで小学生を遊ばせているのは言語道断だと感じ、正直泊まりに行かせたことを後悔しました。 一方、私にうるさく言われることなく義実家でやりたい放題をしてこれたことが楽しかったようで「またおばあちゃん家に泊まりに行きたい!」と言う双子たち。そして義母も双子たちと過ごせて満足な様子です。双子も義母もうれしいなら、たまになら特別な時間があってもいいかなとは思い直し、間をとって、しばらくはお泊まりの回数をセーブしてよい関係を作っていこうと思いました。もちろん双子には寝る前の歯みがきは約束させ、義母にはもう少し早く寝かせてほしいことは伝えるつもりです。 イラスト/はたこ著者:にゃんママ
2024年05月23日