私は29歳の中学校教師です。妻とはもともと仲の良い夫婦だったのですが、なかなか子どもに恵まれず、夫婦関係がギクシャクしていきました。妻の両親は幼いころに離婚したため、妻と母親、新しい父親と連れ子の息子の4人で暮らしてきたそうです。一方、私の家族は研究所に勤務する父親、小児科医の母親、そして妹の4人で仲良く暮らしてきました。私は妻と結婚し、幸せな家庭を築きたいと思っていたのですが…… 不妊が原因で夫婦仲が険悪に私たちはなかなか子どもに恵まれませんでした。妻は時に感情的になり、「あなたが不妊家系のせいで子どもが産まれないんだ!」と私を罵倒するようになってきました。 妻の負担を和らげようと、仕事終わりに私がすべて家事をこなす日々。妻は私と顔を合わせないようにするためか、私が帰宅すると出かけることが増えていきました。 毎晩妻が出かける先は…?妻が連日出かけていた先は、妻の兄夫婦の家。母親の再婚相手の連れ子なので血は繋がっていませんが、一緒に育ってきたからとても仲が良い様子。義姉からも「今日もうちに来てるよ」と連絡をもらっていたので、私は安心していました。 そんなある日、妻から「聞いて! 私、妊娠したの!」と報告が。驚きつつも、父親になる喜びで、以前よりも一層家事を積極的に行うようになりました。その後、妻は元気な男の子を出産しました。 息子を預けて連日出かけている妻私の両親・義両親も大喜びしてくれ、家族3人で幸せな日々が始まると思っていました。しかし、妻は孫を義母に預けて連日どこかに出かけていると、義母から連絡がありました。 妻を問い詰めてみると、「私はいろいろ大変なの!」と不機嫌になるばかり。その日から妻はますます私につらく当たりましたが、産後なので精神的に不安定なのだろうと耐えていました。 そんなある日、妻が「友だちと旅行に行きたい」と言ってきました。相変わらずイライラしている日が続いている様子だったので、私は仕事を休んで育児を引き受けることに。 私の子ではない!?妻の旅行中、息子の体調が悪くなったため母が勤める小児科で診てもらいました。念のために血液検査をしてもらったのですが、その結果を聞いて衝撃……。私はO型、妻はA型なのに、息子はAB型だったのです。つまり、私の子ではなかったということ(※1)。 小さい頃の赤ちゃんの血液型は変わりやすいとは知らなかったので、妻にどういうことか聞くと、最初はしらばっくれていましたが、連絡していた義兄夫婦が到着した途端、顔面蒼白に。なんと血がつながっていない義兄と、結婚前から不倫関係にあったとのこと。 義姉も義兄の不倫に気づき、家に連れてきてくれたのでした。妻と義兄は謝ってくれましたが、私は許すことができませんでした。 新たな人生へ結果として、私たち夫婦と義兄夫婦は双方離婚することになりました。私が息子として育てていた赤ちゃんは、妻の両親が引き取って育てることになりました。2人は慰謝料の支払いで作った借金を返済するため、大変な生活を強いられていると聞きました。 わが子だと思っていた子は、妻の不貞の子だったという真実を知ったとき、絶望とショックでとても落ち込みましたが、離婚と引越しを経て、私は新たな独身生活を楽しんでいます。とても大変な数年を経験し、束縛から解放され、今はとても幸せな日々を過ごしています。 (※1)赤ちゃんの血液型は、生まれてすぐの検査では正確でないことがあります。血液型を調べるには、オモテ検査とウラ検査があり、生まれたときはオモテ検査のみおこない、その時点での血液型を知ることはできます。ですが、実際には異なる血液型の可能性もあり、後からおこなう検査で、稀に当初診断された血液型とは違うことがあります。著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年11月28日私たちは結婚して5年間、不妊治療をしてきました。そして待望の子どもを授かり、義両親に報告しに行ったときのこと。信じられない言葉を投げかけられました。 不妊治療の末に妊娠。喜んで報告すると…私たち夫婦は結婚して5年間、不妊治療をしてきました。周りには話していませんでしたが、「子どもはまだなの?」というようなことを言われたことがなく、平穏に過ごしていました。 そして待望の子どもを授かり、サプライズで家族に妊娠を発表したときのこと。主人が義両親に「子どもができました!」と言った瞬間、義母が夫に向かって「ほんとにあんたの子なの?試験管の取り違えとかないの?」と言ったのです。 「おめでとう」の言葉もなく愕然として……。これ以降、距離を取るようになったのは言うまでもありません。 ◇ ◇ ◇ 親しき仲にも礼儀あり、決して言ってはいけない言葉ってありますよね。思ったことを口にしたのかもしれませんが、家族であっても相手のことを考えて発言することが大切。これでは家族の縁が切れてしまっても仕方がないですね……。 作画/赤身まぐろ著者:みやたりかこ7歳になる息子のママ。関西出身の関東在住で、趣味は料理と裁縫。
2023年11月19日わが家には、小学生の娘と幼稚園児の息子がいます。もともとは子どもは2人欲しい、と思っていたのですが、子育てしていくうちに子どもたちのかわいさからいつしか、子どもは3人いてもいいなあと思うようになりました。けれど、結果的にわが家は子どもは2人、ということになったのです……。そのいきさつをお話しします。ずっと、子どもは2人が良いと思っていた私は3人きょうだいの末っ子です。実家は家族5人で住むには少し手狭だったので、19歳で引っ越しをするまでずっと、母と同じ部屋で寝ていました。自分の部屋がないことがずっと不満でした。 自分の周りにはたまたま2人きょうだいの子が多かったこと、また母はいつも忙しそうに「3人は大変」と言っていた記憶があったので、自分は将来は子どもは2人が良いな……と漠然と思っていました。一方、夫はお姉さんと2人姉弟。子どもは2人ぐらいがちょうど良い、と思っていたようです。 3人目が欲しいと思ったきっかけ私が住んでいる地域は比較的専業主婦のお母さんが多いこともあり、お子さんが多い家庭も多いようです。娘が通った幼稚園にも、お子さんが3人、4人いるお母さんたちが多く、みなさんパワフルなので、はじめは驚きました。 けれど、そんなお母さんたちがせわしないながらも幼稚園の委員をこなしていたり、お子さんたちそれぞれに習い事をさせていたり、毎日充実して楽しそうにキラキラと輝いて見えたのです。そんなお母さんたちのなかにいるうちに、憧れに似た気持ちを抱き、いつしか自分も3人目が欲しい、と思うようになりました。 2人目を不妊治療で授かったわが家3人目が欲しいと思うようになった理由はもう1つあります。わが家は2人目不妊で、息子は不妊治療の末授かりました。息子がおなかにいたとき、息子は双子でした。ですがバニシングツインで1人消えてしまったのです。 そのことがわかったときは本当にショックで悲しかったですが、それと同時に、お空に帰ってしまったその子をいつか絶対呼び戻したい! と強く思ったのです。 3人目が欲しいな、と言った私に夫は夫は仕事が多忙なので、息子が生まれる前から私はワンオペ育児でした。1人のときはなんとかなっていたのですが、子どもが2人になると余裕がなく、明らかに家の中は荒れ気味でした。でも、今はそれで仕方ない、と思っていたのです。そんな中、3人目を考えているということを夫に軽く伝えてみました。すると夫は目を丸くして、「3人目〜?」と驚いたような反応で、その反応にしばらく悩みましたが、やっぱり欲しい! と思った私は、今度は真剣に「3人目が欲しい」ということを伝えたのです。 すると夫はこう言いました。「どの口が言ってんの?」と。普段キツいことを言う夫ではないので、余計この言葉はグサッと刺さりました。それと同時に、それなら少し助けてくれてもいいのに……私たちの子どもなのに⋯⋯と悲しくなり、夫のことが他人に見えてしまいました。そしてそれ以上、3人目の話はできなくなってしまったのです。 幼稚園に入園したやんちゃな息子が、お友だちの弟や妹にやさしくしてあげているのを見たり、3人目を妊娠した友人の話を聞いたりすると、今でも3人目が欲しかったな、と思うことがあります。けれど、子どもを2人授かれたことも当たり前のことではありません。そのことに感謝をして、今目の前にいるかわいい2人の子どもたちに、しっかり目を向けていきたいと思います。 監修/助産師 松田玲子著者:坂井香子おだやかな娘とわんぱくな息子の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年11月12日不妊治療に通い、35歳で妊娠! 私は初産が高齢出産だったので、産前産後に不安や悩みがありました。産前は気持ちの面での不安が大きかったのですが、体調は順調。しかし産後は体力の低下を実感したり、出産にともなう体の痛みに苦しんだり、悩むことが多かったです。親友の助言もあり、不妊治療へ通うことに34歳と遅めの結婚だった私。新婚のうちは「まだまだ子どもはいいかな」と考えていましたが、同じ年の親友からの助言もあり、新婚旅行から帰ってきて妊活を意識するように。親友が不妊治療に通って2年後に妊娠した話を聞いて、私も不妊治療専門の病院へ検査に行ってみました。 検査してみると、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断されたので、早めに検査してよかったです。検査後すぐに不妊治療を開始しながら妊活をスタートしました。 高齢出産、出生前診断を迷った結果…不妊治療は仕事と通院の両立が大変で、ラクではありませんでした。それでも不妊治療を開始して8カ月後に妊娠判定が! 妊娠時35歳で、高齢出産ということもあってなのか出生前診断についての説明を受けました。高齢出産になる私は受けたほうがいいか迷うように……。 夫婦で何度も話し合い、どんな結果が出ても産みたいと思ったので出生前診断は受けないと決意。また、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病について、病院で気をつけるよう言われました。私はつわりで脂っぽい物は食べられず、甘い物なら食べられる状態。しかし、食べ過ぎに注意し、味付けや栄養バランスを考え過ごしていました。 私の場合、産前よりも産後がつらかった赤ちゃんが生まれてくるまで不安はあったものの妊娠期間は健康に過ごせていたので、私は産んだあとも順調に過ごせると思っていました。私の場合、帝王切開での出産にはなりましたが、無事元気な女の子を出産! しかし、産後は産前と違い、思ったように動けませんでした。 慣れない赤ちゃんのお世話に加え、脚の付け根やおしりに神経痛が襲い掛かりました。すがる思いで整骨院の産後骨盤矯正に通い、痛みは徐々に消えていくように。産後半年を過ぎると赤ちゃんのお世話のコツも少しずつつかめ、体力も戻ってきて、産後1年で産前のように動けるようになりました。 結婚が遅かったので仕方ないのですが、初産が高齢出産ということで不安が大きかったです。私の場合は、産前よりも産後の体力の低下や足腰・おしりの痛みがつらかったです。同じ年でも元気なママさんもいるので、日頃から運動して体力をつけておくのは大切だと改めて実感しています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。※人工妊娠中絶は、母体保護法により定められた適応条件を満たしている場合に限り、施行されます。 監修/助産師 松田玲子著者:桜井りこ2児の姉妹ママ。不妊治療から流産を経験し妊娠。美容系会社勤務、現在は育児休暇中。整理収納・株、投資信託が趣味。美容・コスメ系と合わせ、自身の体験をもとに、妊娠・子育てに関するライターとしても活動中。
2023年11月06日結婚当初から、私たち夫婦は2人以上子どもが欲しいねと話していました。夫婦共に子どもが好きでしたし、夫は2人きょうだい、私は3人きょうだいだったため、きょうだいがいる家庭が当たり前だと思っていたのです。そんな私たち夫婦の共通認識に変化が起きたきっかけは、1人目の妊活でした。1人目の妊活夫は既婚の友人が多く、私との結婚前から友人の妊活話を聞くことがあったようです。そのなかで、友人が奥さんから「今日排卵日だからよろしくね」と言われてセックスするというエピソードを、「俺はそんなふうにプレッシャーをかけられるのは絶対に嫌だ」と話していました。 そんな夫の気持ちを尊重して約1年間は基礎体温と排卵検査薬から排卵日を予想し、排卵日前後にそれとなく私から誘っていました。 人生で一番つらい日々妊活を始めて最初の半年は特にストレスもなく過ごすことができていましたが、次第に夫は誘う私の手を眠いと言って払い除けるようになっていきました。そんな日もあるかと最初は気にしなかったものの、「勘弁してよ」「何? そんなにしたいの?」「んー(寝たフリ)」などと拒まれることが増え、次第に私は夫を誘うことが怖くなっていきました。 しかし夫との子どもが欲しかった私は何度も誘い、何度も拒否され……。女性としての自信を失い、愛されていないのでは? と思い悩む日々を送っていました。 子どもが欲しいと語る夫への提案拒まれる悲しさを夫に話すとその月は応じてくれましたが、私が言ったから仕方なくしているんじゃないかと思い、悲しみが消えることはありませんでした。それでも共通の友人に子どもが欲しいと語る夫。そんな夫に私が提案したのは不妊治療でした。 最初は反対していた夫でしたが、検査の結果私に問題はなく、夫が乏精子症と診断されたことから不妊治療へ協力的に。結局タイミング法や人工授精では授かることができず、体外受精で第一子を授かることができましたが、あんなにつらい思いをするのであれば、もう子どもは1人でいいと考えるようになりました。 妊娠、出産、そして2人目妊活へ夫は妊娠中も産後も私の体を気づかってくれ、穏やかに過ごすことができました。そして育児に積極的に参加する夫の姿を見るうちに、もう1人子どもが欲しいと思うように。しかし、妊活のつらい記憶からなかなか踏み出せずにいました。 そんなときに見つけたのが、生理日から排卵日を予測してくれる携帯のアプリです。夫にもアプリをダウンロードしてもらうことで、私が生理日を入力すると妊娠しやすい時期を夫に共有できるようになりました。そして、私からは誘わずに夫のタイミングで誘ってもらうことで2人目妊活に踏み出すことができたのです。 夫に拒まれ続けたつらい記憶から2人目妊活に踏み出せずにいましたが、アプリのおかげで数年ぶりに夫から誘われ、2人目妊活を始めることができました。夫も自分の態度のせいで私につらい思いをさせてしまった罪悪感から、2人目妊活を言い出せなかったそうです。授かることができるかはわかりませんが、ストレスを溜めず、ゆったりとした気持ちで過ごしていきたいと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子著者:小谷 かずえ不妊治療を経て出産。現在3歳女児の母で元ウエディングプランナー。転勤族で九州在住し、ウエディング関係の記事や妊活に関する記事を執筆中。
2023年11月02日兄と2人きょうだいの私は、小さい頃から母に差別を受けていました。そんな私もついに結婚することになりましたが、結婚式当日、おかしなことが起きました。そしてその黒幕はやはり……。兄と2人きょうだいの私。兄は奥さんと、母との3人で同居生活を送っています。そして、実家を出て暮らしていた私も結婚することになりましたが――? 欠席のはずの兄夫婦が…「なんで俺たちの席だけないんだよ!」「お前はせっかく祝いに来た兄夫婦になんて失礼な態度をとるんだ!」「え、欠席って聞いたけど…」「は?」 結婚式の直前、兄から来た連絡に私はびっくりしました。詳しく事情を聞くと、「招待状をもらっていない」「親戚のおばさんから偶然今日の結婚式のことを聞いた」とのこと。 しかし、私は実家に帰った際に、確かに兄夫婦への招待状を母に渡していたのです。そして、母から「兄は結婚式の日は出張が入っている」「兄嫁は妊活がうまくいかず病んでおり、結婚式に参加できる状態じゃない」と欠席の連絡をもらっていました。 行き違いを知り、おそらく原因は母にあるとにらむ兄。兄から謝罪を受け、私は急いで兄夫婦の席を用意しました。 黒幕はやはり…結婚式終了後――。私は、勝手に兄夫婦の欠席を決めた母を問い詰めました。しかし、母はあくまでも気遣いだと一点張り。 結婚後、不妊治療が必要なことが判明した兄と兄嫁。結婚式を諦め、結婚式用の貯金を治療に充てていました。母は兄より先に、私が結婚式を挙げることに納得がいかず、独断で兄夫婦の欠席を伝えてきたのでした。 昔から兄ばかりを溺愛していた母。兄の誕生日には特注のホールケーキを注文するのに、私の誕生日にはコンビニのケーキが1つだけ。きょうだいの扱いの差に耐え忍んできた私も、「わがまま自己中娘」「娘にお金をかけるなんて無駄」と言われ、さすがにカチンときてしまいました。 きょうだい差別をした母の末路私もついに堪忍袋の緒が切れ、母に絶縁を突き付けました。しかし、母は「息子夫妻さえいればいいの」「邪魔な娘と絶縁できて、私もすごくうれしいわ」と意に介さない様子。ただ、母が余裕でいられるのもこのときまででした。 その会話に「悪いけど俺たちも絶縁するよ」「母さんとはもう暮らせないや」と割って入った兄。兄は「俺も嫁も、妹夫婦の結婚式に出席して、ちゃんとお祝いしたかった」「招待状が届かなかったのも、結婚式に俺たちの席だけないのも悲しくて悔しかった」と吐露するのでした。 さらに、母の身勝手な気遣いは、兄嫁にも及んでいた模様。早く孫を見せてくれと、いろんな神社のお守りや変なサプリを押し付け、ご近所中に兄嫁の不妊治療を言いふらす始末。見知らぬ土地での同居によるストレスにくわえ、自分の不妊治療の状況が近所に筒抜けになっていた兄嫁は、ひどく傷ついていたのです。 私の結婚式に勝手に欠席の連絡をしたことで、母を見限った兄は、同居解消を決断したのでした。 1カ月後――。 どこからか私の妊娠を知った母は、絶縁宣言もすっかり忘れ、「同居を許してあげるからうちで赤ちゃんを産んで、私に孫の世話をさせなさい」と言い出します。お気に入りの兄がいなくなったからといって、自分にすり寄ってきた母に嫌悪感すら覚え、再度絶縁することを告げました。 その後――。 母からの連絡を完全にブロックした私と兄。母は近所の人たちからも「もう子どもたちとの溝は埋まらないから諦めろ」と説得されているようですが、「なんとかしてよ!」と逆ギレし、どんどん孤立していました。 一方、姑のプレッシャーから解放された兄嫁はその後、妊娠。私と兄嫁は仲良く妊婦検診に出かけています。 今は母と絶縁してスッキリしましたが、正直言うと、産まれた順番や性別にかかわらず、親からの愛情は等しく注いでもらいたかったなと思います。私も兄嫁も無事に出産しました。今後は家族で幸せに暮らしていきます。 人気マンガをまとめて読む▶著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年10月27日私は結婚して2年のパート主婦。同居する義母から、孫が見たいと急かされています。私自身もそろそろ子どもが欲しいと思っているのですが……。結婚して2年。子どもはほしいと思っているのですが、なかなか妊娠には至らずーー。同居の義母からも孫が見たいと急かされており、夫にも辛い状況を相談しているのですが、「仲良くしてほしい」と言うだけでかばってくれることはありません。 義母と仲良くするなんて無理!夫と結婚して2年。そろそろ子どもがほしいと思っています。同居する義母からも孫を急かされており、私だけの問題ではないのに愚痴を言ってきます。正直、同居は限界だと感じて夫に相談してみたのですが、私をかばうどころか「仲良くしてほしい」と面倒くさそうに言うだけ。義母から毎日子どものことを言われるようになり、私は前から考えていた不妊治療について、一緒に検査を受けてほしいと夫に話しました。すると夫は、「自分は健康に問題がないから大丈夫。検査なら1人で行ってきて」と言い、協力してくれる様子もなくーー。挙句の果てに私がそうやって妊娠妊娠とうるさいから、子どもができないんだと言ってきたのです。 突然の離婚宣言それは突然の出来事でした。ある日、いつものようにパートから帰ってきたら、義母から離婚届を渡され、家を追い出されたのです。どういうことなのか理解できず、すぐに夫に連絡をしたところ……。 「ああ、うん。出て行って」当たり前のようにそう言われてしまいました。そして、そのまま告げられた衝撃の事実。それは、夫の彼女が妊娠したということ。もちろん、私は寝耳に水。不倫にも気づいていませんでした。孫の顔を見たがっていた義母は、不倫相手の妊娠を歓迎していて、すぐに別れるなら慰謝料も支払うと言っているそう。ちょうど私も夫との関係を見直そうと思っていたところだったので、慰謝料をもらって離婚することにしました。 不妊の原因はどっち?離婚から3年。見知らぬ番号から電話があり出てみると、元夫でした。もう私の中で存在自体を消していた相手でしたが、相変わらず馴れ馴れしく私を見下すような口ぶりに、嫌な記憶が蘇ります。一体いまさら何の用事があるのかと思ったら、夫は急にまだ子どもを育てたいかと聞いてきました。その言葉の意味が理解できずに戸惑いつつ、育てたいと素直に答えると、夫がこう続けます。 「嫁が子どもを置いて出ていっちゃってさ」「再婚してやるよ、お前も子育てしたいだろ?」 あたかも、私にとってありがたい話のように言ってきたのですが、それはまったくの見当違い。 「自分の子がいるから結構です」 と、ハッキリとお断りしました。実は私、半年前に再婚をし、今は妊娠3ヶ月の妊婦です。だから、元夫の力を借りなくても、子育てを十分楽しめます。しかし、夫はその話を信用できないようで、この期に及んで私を不妊だと決めつける発言をしてきました。 私は病院で検査をして問題がなかったことを伝えると、元夫は自分が不妊の原因なら、今育てているのが我が子ではないのかもしれない……と気付いたらしく、明らかに動揺し始めたのです。もちろん私は、その可能性もあると思っていました。でも、まぁそれも元夫の選んだ人生なので、何も言うつもりはありません。元夫の現状なんて興味がないのに、その後も聞いてもないことを話してきました。 再婚してから夫は…再婚後、元義母は嫁からいびられるようになって、今は同居を解消して老人ホームで生活していること、嫁は浪費家で家事もせず、育児も丸投げされていること……。そして、私と暮らしていたときは幸せだった、やり直したいとすがりついてきたのです。当然、その申し出は即却下。私は再婚して以前とは比べものにならないほど幸せに暮らしています。元夫と離婚したおかげでこの生活が手に入ったと思うと、そこだけは元夫に感謝しています。 その後ーー。元夫は妻に子どものことを問いただすと、悪びれる様子もなく離婚届を渡してきて、子どもを連れて実家に帰っていったようです。すべてを失った元夫からは、何度も復縁の連絡がくるようになったので、メールアドレスは削除してSNSもブロックしました。もうこれで連絡がくることもないでしょう。今は、あと数カ月後に迫った出産予定日を楽しみに待つ日々です。目の前の幸せを大切にしながら、これからも周りの人に感謝して過ごそうと思っています。 ◇ ◇ ◇ 不妊の原因は自分でないと思い込み、姑から嫌がらせを受けている妻を助けようともしなかった元夫。何事も自分優先で突っ走った結果、ひとりになってしまいました……。夫婦ともに幸せな生活を送るため、思いやりや気遣いを大切にして過ごしたいですね。 著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
2023年10月25日子宮筋腫の原因と症状子宮筋腫は、子宮を形成する筋肉の細胞が異常に増殖してできる腫瘍です。女性にとっては身近な病気で、成人女性の4~5人に1人がかかっているとされています。筋腫は発生する場所によって3つの種類にわけられます。「筋層内筋腫」は子宮の筋肉の中にできる筋腫で、大きくなると子宮内膜に影響して子宮の収縮をさまたげます。「漿膜下筋腫(しょうまくかきんしゅ)」は子宮の表面をおおう漿膜(しょうまく)の下にできて、子宮の外側に飛び出すように成長します。「粘膜下筋腫」は子宮内膜のすぐ下に発生し、子宮の内側に向かって発育します。筋腫は複数の種類が同時にいくつもできることが多く、大きさも米粒ほどのものからメロン大のものまでさまざまです。子宮筋腫の原因子宮筋腫ができる原因は判明していませんが、女性ホルモンのエストロゲンが子宮筋腫の発生や成長に影響しているといわれています。そのため、エストロゲンの分泌がさかんな30代以上に多くみられ、閉経後は腫瘍が小さくなります。子宮筋腫の症状症状は筋腫の種類や大きさによってさまざまですが、主なものは、生理の量が多くなる過多月経や、生理の期間が長引く過長月経、不正出血、生理痛、貧血です。また、筋腫が卵管を圧迫したり、子宮を変形させたりすることで、不妊の原因になることもあります。粘膜下筋腫は筋腫が小さくても症状が強くでやすい一方、筋層内筋腫と漿膜下筋腫は大きくなっても自覚症状がまったくないことも珍しくありません。子宮筋腫の治療法子宮筋腫は良性の腫瘍で、命を脅かすものではないため、基本的には治療を行わないで「経過観察」とします。しかし、症状が強くでている場合や筋腫が急速に大きくなっている場合には「手術療法」や「ホルモン療法」を検討します。手術療法手術療法には、子宮を全部取り除く「単純子宮全摘術」と、筋腫部分だけを取り除く「筋腫核出術(きんしゅかくしゅつじゅつ)」があります。子宮筋腫を完全に治し、再発を防ぐには単純子宮全摘術を選びますが、子宮を残さないため妊娠が望めなくなります。一方、将来妊娠を望んでいて、子宮筋腫が不妊の原因になっていると考えられる場合には、筋腫核出術を選択します。しかし、筋腫核出術での治療は将来再発するリスクがあります。ホルモン療法ホルモン療法は、Gn-RHアゴニストというホルモン剤を使ってエストロゲンの分泌を抑える療法です。ホルモン剤により閉経の状態になり、それに伴い筋腫が小さくなります。更年期障害のような副作用と骨粗しょう症になりやすくなるリスクがあるため、6ヶ月以上は治療できません。また、ホルモン剤の投与をやめると筋腫の大きさが元に戻ってしまいます。そのため、ホルモン療法は手術前の準備として筋腫を少しでも小さくしたいときに行うことが多いです。対症療法筋腫そのものを治療する手術療法やホルモン療法とは別に、子宮筋腫によって起こる症状を薬で改善する対症療法を行うことがあります。対症療法で使われるのは、鎮痛剤や増血剤のほか、漢方薬や経口避妊薬のピルです。手術が必要なほど症状が強くない場合や、筋腫が小さい場合に、対症療法で様子をみることが多いようです。ピルの子宮筋腫への効果は?ピルは一般的には避妊薬として知られていますが、女性ホルモンのバランスを整え、生理周期を安定させる働きがあることから、子宮筋腫の症状の改善に使われることがあります。ピルで改善が期待できる症状は、過多月経や過長月経のほか、生理痛、貧血といった月経困難症の症状です。子宮筋腫に効く仕組みは?ピルはエストロゲンとプロゲステロンという2つの女性ホルモンに似た成分が含まれています。ピルを服用すると血中のホルモン濃度が上がり、その情報が脳の視床下部に伝えられます。視床下部は排卵後のホルモン状態だと勘違いを起こし、本来卵巣から分泌されているエストロゲンとプロゲステロンの分泌を抑制します。すると、子宮内膜が厚くならないため、生理として剥がれ落ちる子宮内膜が減り、経血の量や生理痛が軽減されます。ピル服用中も定期的な検査をピルは対症療法のため、痛みや経血が減ったからといって、子宮筋腫がなくなったり小さくなったりするわけではありません。ピルを服用しているあいだも定期的に検査を受け、子宮筋腫の状態をチェックする必要があります。根本的に解決したい場合は手術を検討します。子宮筋腫の治療に使うピルの種類は?子宮筋腫の治療には低用量ピルピルは女性ホルモンの含有量によって「中用量ピル」と「低用量ピル」にわかれますが、子宮筋腫の症状の改善には一般的に低用量ピルが使われます。低用量ピルはエストロゲンの含有量が50μg未満で、中用量ピルと比較すると5分の1から10分の1の量と極めて少ないため、副作用も軽いです。低用量ピルはさまざまな種類がありますが、子宮筋腫の治療には、保険が適用される「ルナベル」「フリウェル」「ヤーズ」を使うのが一般的です。ルナベルルナベルは日本新薬株式会社が販売している低用量ピルで、月経困難症の治療に使われます。ホルモン含有量が異なる「ルナベル配合錠LD」と「ルナベル配合錠ULD」の2種類があります。「ルナベル配合錠ULD」は「ルナベル配合錠LD」よりエストロゲン含有量が6割少ない超低用量タイプで、副作用がより軽くなっています。フリウェル「フリウェル配合錠LD」は「ルナベル配合錠LD」の後発薬品(ジェネリック)として持田薬品株式会社から発売されました。成分は「ルナベル配合錠LD」と同じです。ヤーズ「ヤーズ」は、バイエル薬品株式会社が月経困難症の軽減を目的に発売した、超低用量タイプのピルです。従来の低用量ピルよりもエストロゲンの量がさらに少ないほか、体内で自然に生成されるプロゲステロンの働きにかなり近い、合成プロゲステロンが含まれています。そのため、副作用がでにくいとされています。2017年4月には「ヤーズフレックス」が発売されました。成分はヤーズとまったく同じですが、定期的な休薬期間が必要なく、国内で初めて連続投与が可能となりました。ピルの服用方法ピルの服用を始めるタイミングは?ピルの服用開始時期は、避妊が目的ならば生理1日目が一般的ですが、子宮筋腫の症状の緩和を目的とする場合は、生理開始日に関係なく服用を始めることができます。ルナベルの服用方法ルナベルは1シートが21日分です。1日1錠を毎日一定の時刻に21日間服用し、その後7日間服用をやめます。この28日間を1周期として、次の周期の分は29日目から服用し、以後同様に繰り返します。ヤーズの服用方法ヤーズは1シート28錠で、4錠は成分が入っていない偽薬(プラセボ)です。従来の低用量ピルでは休薬期間が7日間ですが、ヤーズは4日間と短くなっています。ヤーズは1日1錠を毎日一定の時刻に28日間服用します。この28日間を1周期として、29日目から次の周期の服用を始め、以後同様に繰り返します。ヤーズフレックス配合錠は最長120日間連続で服用でき、その後4日間服用を中止します。ただし、服用25日目以降に連続3日間の出血があった場合は、その翌日から4日間休薬します。ピル治療の副作用軽度な副作用低用量ピルを飲み始めてしばらくのあいだは軽い副作用がでることがあります。ホルモンバランスの急激な変化によるもので、代表的な症状は「吐き気」「胸が張る」「不正出血」「頭痛」「むくみ」です。2~3ヶ月間服用を継続すれば、こうした症状は次第に治まるため、過度に心配する必要はありません。血栓症ピルには血液を固めやすくする働きがあるため、まれに「血栓症」を引き起こす場合があります。血栓症は血管内にできた血の塊が血管に突然詰まる病気で、脳梗塞や心筋梗塞の原因となることがあります。アナフィラキシー低用量ピルの種類によってはアナフィラキシーがあらわれることがあります。ピルを飲んだ直後に呼吸困難やじんましん、くちびるの腫れといった症状がでた場合は、アナフィラキシーの疑いがあるため、ただちに服用を中止し、病院で適切な処置を受けてください。ピル治療ができない人は?人によっては、副作用のリスクがあるため、低用量ピルが服用できません。低用量ピルが絶対に飲めない「禁忌(きんき)」となるのは、主に以下のケースになります。35歳以上でタバコを1日15本以上吸っている人血栓症のリスクが高まり、心筋梗塞などの心血管系の障害が発生しやすくなります。乳がんや子宮体がん、子宮頸がんがある人腫瘍が悪化することがあります。コレステロールや中性脂肪の値が高い人血栓症のリスクが高まります。また、ピルが脂質代謝に影響を与える可能性があり、症状が悪化することがあります。前兆のある片頭痛がある人片頭痛の人の中で、目の前に閃光が走ったようになる「閃輝暗点(せんきあんてん)」といった前兆がある人は、前兆がない人に比べて脳卒中が発生するリスクが高いとされています。ピル治療で子宮筋腫が大きくなる?子宮筋腫は、エストロゲンが筋腫の発生や成長に関わっているとされています。そのため、エストロゲンを含むピルを飲むと、筋腫が大きくなるのではないかと不安になるかもしれません。子宮筋腫の治療に使われる低用量ピルは、エストロゲンの含有量が少ないため、筋腫が大きくなることはないとされています。ただし、いつまでピルの服用を続けるかは医師とよく相談する必要があります。ピルの費用は?保険適用できる?本来、低用量ピルは保険適用外ですが、子宮筋腫に伴う月経困難症の治療薬として使う「ルナベル」「フリウェル」「ヤーズ」は保険が適用されます。ルナベルやヤーズの1シート当たりの処方の費用は、自己負担3割の場合、約2千~3千円です。後発薬品(ジェネリック)のフリウェル配合錠LDの場合は約1千~2千円となっています。子宮筋腫の治療法は慎重に検討して低用量ピルは、子宮筋腫に伴うつらい症状を和らげるのに効果的です。しかし、子宮筋腫自体を治療するものではないため、服用をやめると再び症状があらわれる可能性が高いでしょう。また、ピルの服用が子宮筋腫にどんな影響を与えるか、はっきりわかっているわけではありません。ピルはあくまでも子宮筋腫の症状を一時的に抑えるものです。子宮筋腫は閉経になるまで長期的に付き合っていく病気のため、治療法は慎重に検討しましょう。
2023年10月04日結婚して以来、仕事の都合で別居婚を続けていたぺ子さん夫妻。ぺ子さんが産休・育休を取得することで一緒に暮らせるのではないか?と考え、妊活をスタートさせることになりました。しかし妊活してわかったのは、多嚢胞性卵巣症候群によって妊娠しにくいというぺ子さんの体。基礎体温を計測した結果、生理はあるものの排卵はしていないという事実が判明しました。現在3人の子どもに恵まれたペ子さんは、どのように妊娠し、出産を迎えたのでしょうか。幸いにも、治療を始めてすぐに第1子である息子さんを授かり、無事出産を迎えたぺ子さん。しかし第2子の妊活は思ったように進みませんでした。妊娠のタイムリミットも迫りあきらめかけたそのとき、妊娠が判明したのです。 その後ぺ子さんは、第2子となる女の子を出産しました。決して平坦とは言えない2度の妊活を経て、ペ子さん夫婦は親として大きく成長したのでした。 第3子の妊娠はまさかの… 3人の子どもを育てていると、「妊娠しやすいんだね」と言われることも多いよう。しかしそれまでにあったたくさんの苦労を、この漫画を通してぺ子さんは伝えています。 不妊治療には時間とお金が必要不可欠。通院回数も多く、職場などで肩身の狭い思いをする人もいるでしょう。しかし、頻繁に休みをとることに対し「治療をしている本人が1番申し訳ないと感じている」とぺ子さんは考えているようです。当事者ではないと知識や関心があまりない不妊治療ですが、実は身近な人が治療をしているというケースは少なくないはず。不妊治療にはたくさんの通院が必要なことや、治療している本人に通院日をコントロールできないことをたくさんの人が知り、理解ある世の中になることを願います。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年10月03日スカッと系人気YouTubeチャンネル『パニコレ』から、「不妊の原因を押し付けた夫の末路」を紹介します。仕事人間だったパニ子がマサキと結婚したのは2年前のこと。猛アプローチに射抜かれて、今では結婚して良かったと心から思っています。しかし、子どもを授かれないことに悩む日々……。義母から毎日のように言われる「孫はまだか!?」攻撃にうんざりし始めていました。夫婦の営みにまで口をだす義母結婚した当初はやさしい人だと思っていたのに、最近では「昨日は夫婦の営み、ちゃんとあったの!?」とズケズケ聞いてくる義母。あまりのしつこさに痺れを切らし、パニ子とマサキは病院で検査を受けました。 検査をしてわかったのは、2人とも子どもができにくい体という事実……。落ち込むパニ子に追い打ちをかけたのは、またしても義母。「マサキはパニ子さんから与えられているストレスのせいで子どもができにくい」「子どもが欲しいならマサキにもっとやさしくしろ」と、すべてパニ子のせいにしたのです。 不倫したのはお前のせい子どもが欲しかったパニ子とマサキは不妊治療を始めましたが、早々にマサキが諦めモードに……。義母に影響を受けたのか、自分が不妊と診断を受けたのはパニ子がプレッシャーをかけたせいだと言うようになりました。 病院の予約をドタキャンして度々遊びに行くようになったマサキ。無理やり治療をしてもしょうがないと考えたパニ子は、しばらくマサキを自由にすることにしました。 しかしある日の昼下がり、突然帰ってきたマサキは、同僚のツトム・その妻・ルミと一緒に立っていました。 「パニ子さん…この2人、不倫してるんです!」ツトムは怒鳴ります。 不妊治療のストレスをルミに癒してもらっていたというマサキ。対するルミも、ツトムが仕事で忙しくしている寂しさをマサキに埋めてもらったと話します。デレデレしている2人を見て一気に愛情がなくなったパニ子は、離婚を決意しました。もちろん慰謝料もきっちり請求します。 元夫との再会離婚から3年後、パニ子は病院の産婦人科でマサキとバッタリ! 風の便りでルミと再婚したことや慰謝料の支払いでヒーヒーしていることは耳にしています。 マサキはあからさまに嫌そうな顔をして「お前もしかしてまた不妊治療か!? 金のムダだな! やめとけ!」と最低なことを言います。 しかし勘違いしているのはマサキのほう。病院の奥からやってきたツトムを見て、驚いています。ツトムの腕に抱かれているのはパニ子とツトムの子ども。離婚後、2人は縁あって結婚したのです。 「お前、不妊症だろ!? どうして ……」とマサキ。実はパニ子は若いときにワケあって卵子凍結をしていて、ツトムと不妊治療を始めてすぐに子どもを授かることができました。 元夫と不倫相手が繰り広げる地獄絵図悔しそうにパニ子を見つめるマサキ。すると向こうから聞き馴染みのあるネチネチした声が聞こえてきました。声の主は義母。なかなか子どもができないルミをしつこく責めています。あれから3年、いまだに孫を抱けていない義母の嫌味は明らかにレベルアップしています。 パニ子に子どもができたのが悔しかったのか、マサキもルミを責め始めます。子どもができない原因をなすりつけ合う夫婦に、嫁を責める姑。まるで地獄絵図のような光景が目の前で繰り広げられていました。 夫に不倫されたことは少なからずショックでしたが、自分は地獄絵図の一員にならずにすんで心底安堵したパニ子でした。 できることなら支え合いながら取り組みたい不妊治療。原因や負担を押し付けることなく、乗り越えていきたいものですね。パニコレ記事をまとめて読む▶著者:ライター パニコレ
2023年09月25日現在は1児の母ですが、結婚後なかなか子どもを授からず、不妊治療をしていた私。当時は正社員で働いていましたが、仕事と不妊治療の両立は想像以上に大変でした。そんな中、上司からの心無い言葉に私はショックを受けてしまい……。 不妊治療に否定的な上司不妊治療の病院に通院して1年ほど経ったころ、体外受精にチャレンジすることになりました。介護福祉の仕事をしていたので、シフトを管理している40代の女性上司に、不妊治療をしていることを打ち明けることに。 すると、「あなたまだ若いのに、不妊治療する必要ある?」「なんで子どもができないの?」と言われてしまったのです。 まさかの言葉に驚いてしまって、そのとき私は何も返答できませんでした。検査をしても原因のわからない不妊だったので、「そんなの私が知りたいよ!」と思うと同時に、とても悲しい気持ちになりました。 仕事を辞めることを決意その後も、私が通院のために有給休暇を使うと、上司は「人員不足でシフトが組めなくなる」とため息をついたり、「私は30代で結婚したけど、すぐに子どもを授かったよ」と言ってきたりしました。上司の言動で私のストレスはピークに達していたので、このままでは心身ともに良くないと思い、仕事を辞めることに。 退職の意向を伝えると、上司は言い過ぎたと反省したようで、「そんなに悩んでいたなんて気づかず、ごめんなさいね」と謝罪してくれました。そして、不妊治療について嫌みを言わなくなり、スムーズに辞めることができたのです。その後、体外受精で息子を授かることができました。 妊娠というデリケートな話題は、自分が気づかないうちに相手を傷つけてしまうことがあると身をもって感じました。上司も私を傷つけようとして言ったわけではないと思いますが、私は悲しい気持ちに……。改めて、相手の立場に立って発言することが大切だと思った出来事でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:田中はぐみイラスト制作者:マンガ家・イラストレーター うちここ
2023年09月25日義両親からの配慮のない質問にモヤモヤとしてしまったエピソードをご紹介します。もうやめて…私は結婚してから3年後に、不妊治療に踏み込みました。なぜなら、ずっと子どもに恵まれなかったからです。義両親は不妊治療のことを知ってはいましたが、「子どもはまだなの?」と会うたびに聞いてきました。 不妊治療を始めた1年後、やっと妊娠が判明。待望の子どもが生まれました。しかし、1人目で苦労したことを知っているはずなのに、今度は「2人目はまだ?」と聞いてくるように……。 自己嫌悪に陥っただけでなく、ショックで申し訳ない気持ちが込み上げてきました。このままでは自分の心が壊れてしまうと感じたので、それからは話をされても「考えています」と話をすぐに終わらせるように。その結果、義両親から子どものことを聞いてくる回数が減りました。また、2人目の妊娠を焦らず、息子が大きくなったらこんなことをしてみたいなどとポジティブなことをたくさん考えるようにしています。 作画/まげよ著者:さいとうりほ30代、1児の母。毎日家事と育児に追われ、忙しい日々を過ごしている。
2023年09月25日私は長年の不妊治療を経て女の子を妊娠しました。先にママになった大学時代からの親友Aちゃんとは、ずっと弱音や愚痴を聞いてもらう仲。そんなAちゃんに妊娠を報告したとき、あるイラストがが描かれたメモをもらい……。 「なに?このメモ!」親友から渡された物の意味 私が妊娠したとき、新型コロナウイルスが流行していました。そのため、私が通っていた産院は、家族の立ち会いや面会も禁止。不安が募るなか、妊娠報告のためAちゃん宅に行きました。Aちゃんは私が妊娠したことを心から喜んでくれ、ベビー用品の話題などで盛り上がります。 そろそろ帰宅しようとすると、Aちゃんから引き止められ、赤い富士山が描かれた1枚のメモを手渡されました。「なんだろう?」と思っていると、Aちゃんは「いつかあなたが妊娠したら、渡したいと思って陣痛中に描いたの」と言うのです。私はそのとき初めて、陣痛中に赤富士を描くと安産祈願になるというジンクスがあることを知りました。Aちゃんが私の妊娠を願って、陣痛の痛みに耐えながら描いてくれていたことに感動して、涙が溢れそうに。Aちゃんはそんな私を見て笑っていました。 私は、Aちゃんにもらった赤富士を母子手帳に忍ばせながら妊娠期間を過ごし、出産日を迎えます。コロナ禍でひとり臨んだ出産でしたが、安産で女の子が誕生しました。安心して出産を迎えられたのは、Aちゃんのお守りのおかげだと思っています。 その後、Aちゃんに出産報告をすると、ここでも「疲れているだろうし、ゆっくり休んでね」と私の体調を気づかってくれるやさしい一面が。私もAちゃんのように思いやりのある女性になりたいと、改めて彼女を尊敬しました。今度は私がAちゃんに、何か恩返ししたいです。 作画/yacco著者:小山 うみ
2023年09月25日長男が3歳のころのお話です。義母と電話で話していると、「2人目ができないのは私のせいだと夫が言っている」と聞かされました。なぜか、私が原因で子どもができないことになっているのです。私も2人目が欲しいと悩んでいた時期で、その言葉はとてもショックでした。そこから私がどのように対処したかや、今の義母との関係についてお伝えします。男性不妊のわが家義両親には伝えていませんでしたが、私たち夫婦は男性不妊のため、不妊治療で長男を授かりました。私は2人目が欲しいと考えていましたが、夫が不妊原因に対処しようとせず悩んでいました。 そんなときに、義母と電話で話していると「あなたたちが2人目を作らないのは、恭子ちゃん(私)のせいなんでしょ。○○(夫)がそう言っていたわよ」と。夫がそんなことを言うはずないとはわかっています。それでも夫が言っていたと伝えてくる義母に不信感を抱き、ショックと怒りで言葉が出ませんでした。 義母の話は嘘だった以前から、義母は自分の伝えたいことを、誰かが言っていたと遠まわしに伝えてくることはありました。きっと義母自身が、私が2人目を欲しがっていないと考えて、それを責めたい気持ちがあったのだと思います。 念のため、夫に義母から言われたことを確認しましたが、当然ながらそんな事実はなく、義母の言葉は嘘だと判明。妊娠・不妊というとてもプライベートな問題について、軽々しく口を出してくる義母に対して怒りが収まりませんでした。 もう義母に会いたくない義母からの言葉のダメージは強く、翌週に義実家に行く予定でしたが、私はとても行く気にはなれませんでした。義母に会ったら似たようなことを直接言われるのも目に見えていたので、私は義実家に行かないと断固拒否。夫と子どもだけで行ってもらい、私がどうして行かないのかの説明は夫に任せました。 不妊原因については話さなかったようですが、義母の言葉に私が傷ついていることは伝えたので、それ以降、義母から連絡が来ることもなく、会いに行かないことをとがめられることもありませんでした。 義母との関係修復のきっかけ半年ほど義母と距離をとったことで私も冷静に考えられるようになり、義母は、私たちに2人目ができないのを気にしていたのだと考えられるようになりました。でも、それを上手に話すことができずに、あのような言い方になったのだと思います。あのときは私自身も2人目ができないことを悩んでいたので、義母の言葉に過敏に反応してしまいました。 そうやって冷静になったころに、子どもの誕生日に義両親からプレゼントが届いたので、いい機会だと思い、プレゼントのお礼の電話を私から義母にしました。直接話したことが関係修復のきっかけとなり、今は義母と適度な距離感で過ごせています。発言に対する謝罪などはありませんが、現状に満足しています。 義両親の言動を変えるのは難しいですが、何もかも我慢する必要もないので、無理せず付き合えるよう距離をとることも大切だと気が付きました。距離をとることで問題が大きくならないよう、義母への説明を夫にお願いしたのもいい判断だったと思います。何より、しっかり冷静になれるまで時間をかけるのが、私にとってはポイントでした。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:高橋 恭子6歳男児のママで現在妊活中。理学療法士として働きながら、ヒプノセラピストの資格を取得。仕事、子育て、家事など経験を生かした記事を執筆中
2023年09月05日結婚して以来、仕事の都合で別居婚を続けていたぺ子さん夫妻。ぺ子さんが産休・育休を取得することで一緒に暮らせるのではないか?と考え、妊活をスタートさせることになりました。しかし妊活してわかったのは、多嚢胞性卵巣症候群によって妊娠しにくいというぺ子さんの体。基礎体温を計測した結果、生理はあるものの排卵はしていないという事実が判明しました。ひと通りの検査を終え、ついに治療をスタートしたぺ子さん夫妻。タイミングをとった翌日、クリニックで検査をするとーー。無排卵と診断されたぺ子さんと、精子の運動率が悪いと診断されたぺ子さんの夫。互いに妊娠しにくい要因を抱えていることがわかりました。 いよいよ治療開始! クロミッド(排卵誘発剤)を飲み、タイミングをとることになりました。その翌日、精子の状態を見にクリニックを訪れると、運動率はそこまで悪くないと言われ、様子を見ることになったのでした。 ついに打ち明けた不妊治療。義母の言葉に嫁は… 義両親と旅行に出かけたペ子さん。そこで、妊娠しにくい体であることや不妊治療をしていること、もしかすると孫を見せてあげられないかもしれないことを義母に打ち明けます。 世の中には「孫はまだか」と急かす義母もいるようですが、ペ子さんの義母は心に沁みるあたたかな言葉をかけてくれました。 ますます義母に孫を抱かせてあげたいと考えたペ子さんは、旅行中に立ち寄った伊勢神宮で、赤ちゃんとのご縁を祈願したのでした。 伊勢神宮の内宮には、子宝神社として有名な「子安神社」があります。お祀りしている木華開耶姫命は、安産、子授けの神として崇敬されているのだとか。心からの祈願を捧げたペ子さん。妊活の気分転換には、子授けのパワースポットに出かけるのも一案ですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年08月27日結婚して以来、仕事の都合で別居婚を続けていたぺ子さん夫妻。ぺ子さんが産休・育休を取得することで一緒に暮らせるのではないか?と考え、妊活をスタートさせることになりました。しかし妊活してわかったのは、多嚢胞性卵巣症候群によって妊娠しにくいというぺ子さんの体。基礎体温を計測した結果、生理はあるものの排卵はしていないという事実が判明したのです。クリニックに初めて同行したぺ子さんの夫は、急きょ精液検査を受けることになりました。まさか自分が検査を受けるとは思っても見なかった夫。心構えができていなかったこともあり、検査のあとも「急にできるわけがない」「男のプライドが……」と、文句ばかり。 これにはぺ子さんも怒り心頭! 「不妊治療に挑むのなら、そんなプライドはさっさと捨てろ!」と、堪えきれずに言ったのでした。 「嫌気がさす!」不妊治療は誰のせい? 夫にとってはただの愚痴でも、ペ子さんにとっては妊娠しにくい自分が責められているような気持ちになってしまいます。怒りを通り越し、悲しい気持ちになるのでした。 精液検査の結果、精子の運動率の悪さが判明。夫は、身をもってペ子さんの気持ちを理解しました。 ペ子さんはというと、夫にも不妊の原因の一端があるということがわかり、複雑な気持ちを抱えています。それは、夫婦ともに妊娠しにくい体であることへの焦りではなく、不妊治療をおこなうのは自分だけのせいではなかったという安堵。 そんな気持ちになった自分に嫌気がさしたのでした。 費用や体調など、何かと負担が大きい不妊治療。「なぜ治療が必要になったのか?」「何が原因か?」と、自分のせい・相手のせいというような責任の所在を考えてしまうこともあるでしょう。自分に要因があれば、申し訳ない気持ちが膨らみ、相手に要因があれば責めてしまうことさえあるかもしれません。 そんな思考に陥らないよう、夫婦で協力して治療にのぞめるのが理想ですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年08月24日夫は長男で、下に妹がいますが男ひとり。義母は夫のことをとてもかわいがっています。結婚自体は反対されず、むしろ歓迎ムードだったので、まさかトラブルになるとは思っていなかったのですが……。孫!孫!と急かす義母私は小柄で少食なのですが、義母は「こんなに細くっちゃ子どもが産めないよ!しっかり食べてね」と豪華なご馳走をいつも用意してくれます。悪気はないはずと思っていましたが、その後に数々の暴言を受けて義母の性格が明らかになりました。 結婚して約2年が経ったころ、「早く孫が見たいわ」「孫を見ずに天国に行けない」などと直接言われるように。「タイミングが合わなくて……」「頑張っています」などごまかしていましたが、「今は不妊治療も進んでいるんだから、早めに相談しなさい」とキツく言われたのです。 その後、婦人科で排卵に問題があることがわかり、治療をしていると義母に伝えました。そのとき、「あなたが子どもを産まないと、うちは絶家になっちゃうのよ。年齢のタイムリミットもあるんだから、早く治療して!子どもができるまでは他人よ!」と言い放たれました。 義母の発言を夫に報告。そして……夫に義母から言われたことを伝えると、「母さん、最低だ。俺はもう独立して新しい家族を作っているし、子どもができなくてもいい」と言ってくれました。それから義母を避けるように生活し、人工授精で子どもを授かりました。 妊娠を知って優しい言葉をかけてくるようになりましたが、怒りがおさまらない私。2人の子供に恵まれましたが、連絡しませんでした。事情をよく知っている夫は、義実家と関わらないように生活しています。 ◇ ◇ ◇ 妊娠というのは、親しい仲であってもデリケートな話題ですよね。そこへもってきて義母の無神経な発言には驚きです。今後、孫に会えず、寂しい老後を迎えることになったとしても自業自得ですよね。自分が言われてイヤなことは言わない。当たり前のことですが、思いやりをもって家族仲良く暮らしたいですね。 作画/さくら著者:神谷佐和子30代の兼業主婦。不妊治療で2人の子どもを授かる。
2023年08月24日結婚して以来、仕事の都合で別居婚を続けていたぺ子さん夫妻。ぺ子さんが産休・育休を取得することで一緒に暮らせるのではないか?と考え、妊活をスタートさせることになりました。しかし妊活してわかったのは、多嚢胞性卵巣症候群によって妊娠しにくいというぺ子さんの体。基礎体温を記録したところーー。不妊治療で有名なクリニックへの通院を始めたペ子さん。基礎体温の計測方法さえ知らなかったペ子さんでしたが、医師の指導のもと、妊活をスタートさせました。 四苦八苦しながらも基礎体温を3カ月間計測してわかったのは、生理はあるものの排卵はしていないという事実。この先、どのように不妊治療を進めるのでしょうか。 「男のプライドなんてさっさと捨てて!」爆発した妻の不満 ※多嚢胞性卵巣→多嚢胞性卵巣症候群 次の診察日。仕事の休みが重なってクリニックに同行していたぺ子さんの夫も、急きょ精液検査をすることに……。 「話を聞くだけ……」と、軽い気持ちでクリニックにやってきた夫は、戸惑いながらも検査を受けました。 精液検査がよほど衝撃的だったのか、ブツブツと愚痴をこぼしはじめた夫。しかしペ子さんは、眠気と闘いながらの基礎体温計測、足を大きく開かねばならない診察台、苦手な注射、忙しい合間を縫っての通院など、たくさんの苦労や恥じらいを経験しています。 たった一度の精液検査に文句を言う夫に、喝を入れずにはいられませんでした。 女性主体でおこなわれると思われがちな不妊治療ですが、本来であれば夫婦二人三脚で進めるもの。治療への理解不足から、夫婦間に溝が生じやすいと言われていますが、男性も女性も、治療のすべてを自分ごとと考えて治療を進められるといいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年08月21日結婚して以来、仕事の都合で別居婚を続けていたぺ子さん夫妻。ぺ子さんが産休・育休を取得することで一緒に暮らせるのではないか?と考え、妊活をスタートさせることになりました。しかし妊活してわかったのは、妊娠しにくいと言われるぺ子さんのある体質。ぺ子さん夫妻は、不妊治療をスタートさせることになりました。妊活を始めた矢先、自身が生理不順であることに気づいたぺ子さん。病院を受診してわかったのは、多嚢胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんそうしょうこうぐん)のため妊娠しにくい体だということでした。早々に妊娠を望むぺ子さんは、全国から患者がやってくるという有名なクリニックで不妊治療をスタートさせることになりました。 そしてやってきた初回の診察日。ぺ子さんは、生理不順であること、多嚢胞性卵巣症候群と診断されたことを医師に話しました。 侮るなかれ、基礎体温! ※多嚢胞性卵巣→多嚢胞性卵巣症候群 ※2層→2相 不妊治療の最初の難関は基礎体温でした。朝が弱いと数分の体温計測でも命取り。体温を計測しているうちに二度寝してしまったり、計測を忘れてしまったりと、ひと苦労だったようです。 実際に基礎体温を記録したことで、生理が来ていても排卵はしていないということがわかりました。 自分の体を労わろうとせず、不規則な生活を送っていたぺ子さん。今になって自分の生活を振り返り、深い後悔の念にかられたのでした。 自分の生理を知ることは、自分の体と向き合うこと。女性にとってはとても大切なことだと言えます。生理の周期や期間、質などを日ごろから気にかけておくことが重要なのですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年08月19日結婚して以来、仕事の都合で別居婚を続けていたぺ子さん夫妻。ぺ子さんが産休・育休を取得することで一緒に暮らせるのではないか?と考え、妊活をスタートさせることになりました。しかし妊活してわかったのは、妊娠しにくいと言われるぺ子さんのある体質。ぺ子さん夫妻は、どのようにして子どもを授かることができたのでしょうか……。遡ること5年前、ぺ子さんの夫は、5年間の東京出向が決まったことをぺ子さんに告げました。これは、結婚以来2年間別居婚を続けていたぺ子さん夫婦にとって、この先もさらに別居婚が続くということです。 そこでペ子さんは、妊娠・出産に伴い取得できる産休と育休を使用して仕事を休み、その間同居をしようという作戦を考えつきました。 自分にとっては普通のサイクルでも… ※多嚢胞性卵巣→多嚢胞性卵巣症候群 望めばすぐに妊娠できると疑いもしなかったペ子さんでしたが、よくよく考えると生理不順な日々。病院を受診すると、多嚢胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんそうしょうこうぐん)であることが判明します。 多嚢胞性卵巣症候群とは、卵胞の成⻑が途中で止まってしまうことで未成熟な卵胞が卵巣内にとどまり、排卵しにくくなる病気です。定期的な排卵が起きず、⽉経周期に異常をきたします。 すぐに妊娠を望むのであればすぐに詳しい検査をおこない、場合によっては不妊治療が必要と言われたペ子さん。 全国から患者がやってくるという有名なクリニックで、クールで怖い先生と共に不妊治療を進めることになったのでした。 日々忙しく過ごしていると、生理が来ていないことすら気が付かず、いつの間にか不順になっていることがあります。気にもかけずに年月を過ごしてしまい、いざ妊娠を望んだときに病気が判明するケースもあるでしょう。定期的な健康診断がいかに大切かを感じさせられますね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年08月17日夫とは婚活中に飲み会で出会い、1年足らずのお付き合いで結婚しました。今年で結婚7年目。子どもにも恵まれ、大変なこともあるけれど幸せな生活を送っているのですが……実は私たち、もう何年もレスなのです。交際中は週4で泊まり。結婚後は月1回独身時代の私は、婚活が本業とでも言わんばかりに熱心に飲み会へ参加する日々を過ごしていました。そしてついに出会ったのが夫です。素朴でやさしい性格が好きで、夫も私を気に入ってくれた様子。交際を始めてからは毎日のように自宅へ泊まりに来てくれました。 お互いに結婚願望が強かったので、交際開始から1年もしないうちに両家へあいさつに出向き、とんとん拍子に入籍。2人暮らしがスタートしてからセックスの回数は月1ペースに減ったけれど、仲が悪くなったということはなく、どちらも不満を口にすることはありませんでした。 レスの原因は私のあのひと言…私たちは体外授精で子どもを授かりました。結婚5年目になってからのことです。本当はもっと早く子どもが欲しかったですし、すぐに妊娠できると思っていたのが正直なところ。それだけに、結婚2年目ごろからお互いに妊娠に対して焦りが出てきました。夫婦仲はよかったけれど、子どもの話になると暗い雰囲気に……。思い切って2人で不妊外来を受診したときには、医師から精子の数が少ないと言われたこともありました。 しかし精子の数は日によって変わるため、不妊の原因と決めつけることはできません。夫を責めても仕方がないとわかっていても、妊娠に対する私の焦りは増すばかりでした。そしてついに私は「あなたのせいで子どもができないんだよ!」と言い放ってしまったのです。それから夫は自分を責めて自信をなくし、さらに仕事のストレスも重なって、私たちはセックスをすることが一切なくなりました。 レスでも仲良しな夫婦は変ですか?自然妊娠できない決定的な理由は結局わからなかったものの、わが家は不妊治療で2人の子どもに恵まれました。3人目は予定していないので、妊娠というプレッシャーを感じることなくセックスを楽しめるはずなのですが、それでもレス歴は更新中。 どちらかが求めることも、求められることも、そして浮気の気配もありません。毎晩今日あったことを話し、休日には一緒に外出します。私たちにとっては、体の関係がない今の状態が当たり前になりました。 子どもができない焦りから、夫に浴びせてしまった心ない言葉。それが引き金となって、もともと少なかったセックスの回数はゼロになりました。子どもが生まれた今でも夜の営みはまったくありません。けれど、私たち夫婦は親友のように何でも話すことができて、同じ布団に入っているだけで心安らぐ関係。このくらいの距離感が私たちには合っているようです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:原 かすみ2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年08月13日スカッと系人気YouTubeチャンネル『パニコレ』から、「不妊の私に姪を預けた義妹夫婦。豪遊して帰ってきたら泣きを見ることに……」」を紹介します。30歳のパニ子は、夫の「ミノル」と仲良く暮らしています。今は賃貸マンションに住んでいますが、そろそろ自分の家を持ちたいと話し合い中。そんな折、義父の葬儀をきっかけに義妹夫婦がマンションに押しかけてきて……平穏な日常が一変します。 不妊治療中であることを大声で暴露結婚2年目のパニ子。念のために受けた不妊検査で妊娠しづらいことが発覚し、現在治療中。夫のミノルはいつも優しく、パニ子の体を気づかってくれます。 そんなある日、ずっと入院していた義父が他界。お葬式を終え、みんなで義父の思い出話をしながら食事をしていたところ、義妹が「パニ子さんっ♪ビール飲むぅ〜?」と話しかけてきました。パニ子はお酒を控えているので断ると、「ああ、アレね!パニ子さん、不妊なんでしょ〜!?ぎゃははー!!」と義妹、その夫も一緒になって大声で笑います。一瞬その場が凍りつき、叔母が義妹夫婦を叱ってこの話は終わりに。パニ子が帰ろうとしたとき、義妹のひとり娘、小学2年生になるルリちゃんが横にきて「ごめんなさい……」とひと言。両親とは正反対の優しい子に育っている姪っ子、ただ子どもらしい無邪気さがあまりなく、パニ子は少し心配になりました。 姪の世話を押しつけ、義妹夫婦は旅行へ義父の葬儀から1カ月後。朝早くパニ子宅に義妹夫婦とルリちゃんが訪ねてきました。なんと、義父の遺産を当てにして夫婦で旅行に行くとのこと。 「パニ子さん、子無しでしょ!?子ども、預からせてあげる!うれしいでしょ?よろしくー!」 パニ子が2人を追いかけようとしたそのとき、ルリちゃんが服を引っ張って「私、邪魔?」とポツリ。 かわいそうに思ったパニ子はルリちゃんを抱きしめ、しばらく預かることに。2人の行いに不満を持っていたのはパニ子夫婦だけではなかったようで……。 旅行から帰った義妹夫婦に洗脳扱いパニ子にルリちゃんを預けて1週間、義妹夫婦がやって来ました。大荷物ですが、パニ子夫婦へのお土産はなし。「おーいっ!ルリぃー!ママとパパが迎えにきたわよぉー!帰るわよぉー!」と義妹がルリちゃんの腕をつかもうとすると、「ママいらない。帰って」と抵抗。そしてパニ子の手をぎゅっと握って「ママ〜ぁ!お絵描きの続きしよっ♡今日もパパとママの3人で手を繋いで寝てもいい?」とニコニコ顔。これにはパニ子もメロメロ。 「ちょっと、ルリ!何洗脳されてるの!?この女は子どもがいないから、私たちからルリを奪おうとしてるのよ!帰るわよ!!」と言い捨て、嫌がるルリちゃんを半ば強引に連れて帰りました。 姪がとった行動とは……。義父の遺言書も見つかる数日後、パニ子宅のインターホンがなって玄関に出ると、ルリちゃんが「ママ、パパ、ただいまぁ~♪」とパニ子夫婦に抱きつきます。義妹夫婦の顔は真っ赤。2人は「もうお前の親なんて、やってやんないからな」と吐き捨て出ていきました。 その翌週、ドアホンには焦った顔の義妹夫婦が。「まさかだけど、お義父さんの遺産のほとんどが、ルリにいくようにって遺言書に書かれた。私たち、遺産がはいると思って旅行や買い物をしちゃったのよぉ~!!ルリ、戻ってきてよぉ~!」と涙ながらに訴えます。 パニ子がルリちゃんにどうしたいか聞くと、このままココにいたいとのこと。ならばとドアを開けずに無視を決め込んでいると、2人は諦めて帰っていきました。遺言書は後から出てきたため、義妹夫婦は内容を知らず豪遊していたようです。 その後……、話し合いの結果、ルリちゃんは正式にパニ子の子どもに。そしてなんとパニ子が妊娠し、ルリちゃんはお姉ちゃんに。今は4人で仲良く暮らしています。義妹夫婦はこれまで積み重ねていた借金を返済すべく、仕事を掛け持ちしてギリギリの生活をしているようです。 思いやりのない自己中な言動は周りの人を傷つけ、いざ困ったときには誰も助けてくれません。しかし、義父の遺産をアテにして豪遊する義妹夫婦の行動は理解できませんね。 パニコレ記事をまとめて読む▶著者:ライター パニコレ
2023年08月08日母が亡くなり天涯孤独になった年、兄弟・親戚の多い夫にプロポーズされて結婚した私。家族にあこがれのあった私は、血のつながりは無くとも、せっかく家族ができたのだから認められたいという思いで、どれだけこき使われようと頑張ってきました。しかしある年、親戚のおじさんからセクハラを受けたことをきっかけに、夫婦はお互いの間に眠る「不妊」という問題について、向き合うことになったのです。「不妊の原因を抱える自分では、君の求める家族を増やせないから別れよう」と涙する夫の姿に、自分が結婚したのは「大好きな夫と家族になりたいから」だということに気付いた私。このとき2人は離婚を踏みとどまりましたが、次の年の正月、さらなる事件が起こったのでした。 やっと気付いた、私が求めていた家族のかたち自分のしたセクハラをなかったことのように捻じ曲げて話し、威張り散らす親戚のおじさん。我慢ならなくなった私は、一言注意するため、親戚たちのいる広間へと向かったのでした。 義母の制止を振り切って部屋に入ると、親戚から子どもがいないことについて心無い言葉を浴びせられる夫の姿が。義母には不妊の原因が夫であることも話してあったので、なぜ矢面に立たされた夫をかばってくれないのかと、主人公は家族として義母の態度に腹を立てます。主人公は夫を連れ出し、この年、ついに夫の親戚と縁を切ったのでした。 家へ向かう帰り道、お互いがお互いを思いすぎて無理をしていたことを知り、2人で生きていくことを決めた主人公と夫。気持ちは言葉に出してみないとわからないものではないでしょうか。特に「家族のかたち」のような目に見えない枠組みを言葉もなしに共有することは難しいものです。紆余曲折あったものの、ようやく2人で納得のいく「家族のかたち」が見つかって良かったですね。これからは、誰の言葉に惑わされるでもなく、幸せな家族を2人で作り、守っていけることを願います。著者:マンガ家・イラストレーター ツムママ
2023年08月06日スカッと系人気YouTubeチャンネル『パニコレ』から、「母が義妹をいじめてる…?予想外の真実が明らかに」を紹介します。28歳会社員のパニ子は、独身一人暮らし。連休を利用して実家に帰省予定です。今回の帰省では、昨年結婚したばかりの弟・浩太夫婦と初めて夕食を一緒に食べることに。浩太の妻・ナツキと話すのをパニ子は楽しみにしています。 義理の妹の涙と、母の不審な態度楽しい夕食のひと時を終えると、ナツキはパニ子の母と一緒に夕食の片付けへ。パニ子も手伝うと申し出たものの、ナツキに「あとは私がしますからゆっくり休まれてください」と言われ、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうことに。 様子が気になったパニ子が台所に行ってみると、ナツキが泣いているではないですか…! 理由を聞いても母は「なんでもないよ!」と言うばかり。母の態度に、何か嫌な予感を抱きます。 母が義妹に生活費を要求!?翌日、偶然ナツキと2人きりになるタイミングが。すると「昨日はすみません。お見苦しいところ見せてしまって……」とナツキ。話しにくそうにしているナツキに聞くと「実は2人きりになったら、お義母さんにいびられるんです」と言うではないですか! さらに、母から生活費を要求されているとのこと。怯えた様子で「母親が嫁いびりしてるなんて知ったら浩太さんが傷つくと思うので、この話は秘密にしてくださいね」とお願いされました。 そして、「今日もきっとお金を要求されるのですが、持ち合わせがなくて……。とりあえず5万円くらい助けてくれませんか?」と言われたパニ子。今持ち合わせがないと答えたものの、ナツキに不信感が芽生えます。 義妹の嘘を暴いた最新のアプリそして夕食後、パニ子は母とナツキを2人きりにしないよう片付けを一緒にすると申し出たのですが、ナツキがどうしても受け入れてくれません。台所で揉めていると浩太がやってきて、盗聴器が無くても家の音声を録音できる開発途中のアプリを見せてきました。実は、昨日から作動していて、アプリには昨日のナツキと母のやり取りがしっかりと録音されていました。 流れたのは、ナツキが母に不妊治療の費用を求める声。母はちゃんと夫婦で話し合うよう説得しています。つまり、ナツキが言っていたことは全てウソ! 母からもパニ子からもお金を奪おうとしていたのです。 音声を聞いて震えるナツキに、浩太は「ナツキは不妊治療要らないよな。だって妊娠しているし。あ、僕との赤ちゃんじゃないけどね」と衝撃的な事実をさらりと伝えます。 身勝手女の自業自得な顛末ナツキはウソをついて母にお金を要求し、男と遊ぶお金に使っていたとのこと。もちろんおなかの子も浩太の子だとウソをついて生むつもりだったそうです。真実を知った親戚一同は憤ります。浩太はナツキと離婚して慰謝料を請求。母から奪っていた治療費もしっかり返してもらうことになりました。 夫が仕事に忙しいからといって、親族からだまし取ったお金で男遊びをするだなんて許されるはずがありませんね! 自分勝手なナツキの自業自得の結末となりました。著者:ライター パニコレ
2023年08月06日母が亡くなり天涯孤独になった年、兄弟・親戚の多い夫にプロポーズされて結婚した主人公。不妊という悩みを抱えながら、兄弟や親戚の多い夫の家族に必死に馴染もうと頑張った私たち夫婦が、本当の家族とは何かを知るお話です。家族にあこがれのあった主人公は、血のつながりは無くとも、せっかく家族ができたのだから認められたい思いで、どれだけこき使われようと頑張ってきました。しかしある年、親戚の男性からのセクハラをきっかけに、夫婦が水面下で抱えてきた「不妊」という問題を強く意識することとなったのです。 まだ頑張れる、だって私たち「家族」だもの不妊の原因が自分だと知った夫は、私に離婚を切り出しました。 夫に離婚を切り出されたとき、主人公の心に浮かんだのは、家族が欲しいから結婚したのではなく、夫と家族になりたいから結婚したんだという気持ちでした。そうして踏みとどまった2人の別れでしたが、さらなる事件が起こります。実は、長年子どもができないことについて心無い言葉を投げられていたのは、主人公だけではありませんでした。 そして、義妹から聞いた親戚のおじさんの言葉に、我慢の限界に達した主人公は立ち上がり……。 主人公や夫へ、心無い言葉を浴びせる親戚たち。夫の親族間には、兄弟親戚が多いからこそ、子どもができて当たり前という気持ちや風潮があったのでしょうか。家族といえど、触れてほしくない話題はあるもの。久しぶりの家族・親戚の再会で気分が上がったとしても、相手への配慮は忘れてはいけませんね。著者:マンガ家・イラストレーター ツムママ
2023年08月05日母が亡くなり天涯孤独になった年、夫にプロポーズされて結婚した私。不妊という悩みを抱えながら、兄弟や親戚の多い夫の家族に必死に馴染もうと頑張った私たち夫婦が、本当の家族とは何かを知るお話です。 せっかく家族になったんだから認められたい!夫しか家族がいない私にとって、夫の家族はうらやましい存在でした……。 せっかく家族になったのだから、大切にしたいし認められたい。そんな気持ちから、たとえ嫁いびりをされようが、親戚にこき使われようが、なんとか頑張って過ごしてきた主人公。最初は夫の家のしきたりの「女は着物を着る」ということができただけで、家族の一員になれた気がして、つらいことも頑張れました。しかしながら、何年たっても扱いは変わらないうえ、親戚の集まりではセクハラまで!しかも、セクハラをしてきた男性は、親戚の中でも権力のある人だったらしく、自分がセクハラをした事実を捻じ曲げて責めたてたため、それを鵜吞みにした他の親戚からも責められます。見かねた夫が「帰ろう」と助け舟を出してくれますが、主人公にとって何よりもつらかったのは、親戚に誤解されて責められることよりも、子どもがいないことを責めらること。そして、不妊の原因を抱えた夫が、自分自身を責めていることでした。 夫以外に家族がいない主人公だからこそ、妊娠への気持ちは人一倍強く、唯一の家族である夫が自分自身を責め続けることは苦しかったことでしょう。セクハラをしてきた男性は、自分の分が悪いからとただ悪態をついて事実をうやむやにしたかっただけでしょうが、その言葉は主人公夫婦のような人たちを、想像以上に深く傷けることになります。セクハラという行為だけでなく、こういったデリカシーのない言葉を投げる人の性格は残念ながら変わりません。そのため自分自身が必要以上に傷つかないためにも、自分の気持ちを大切にし、人を傷つける人との距離を取ることが1番の解決策かもしれませんね。著者:マンガ家・イラストレーター ツムママ
2023年08月04日スカッと系人気YouTubeチャンネル『パニコレ』から、「不妊の原因を人のせいにする夫の末路」を紹介します。パニ子は妊活中の主婦。夫のユウダイも子どもを授かる日を心待ちにしていたものの、一向にその日はやってきません。 最初はやさしく声をかけていたユウダイでしたが、今ではイライラしているようで、パニ子は次第にプレッシャーを感じるようになってしまいました。「お前に問題があるんじゃないの?」今月も子どもを授かることができなかったパニ子夫婦。ユウダイはあからさまに大きなため息をつきます。 思いやりのないユウダイの態度にパニ子は腹を立てますが、ここで争ってもしょうがありません。「また来月頑張ろう!」と明るく声をかけました。 しかしユウダイの口から出たのは、あまりにひどいセリフでした。 「これだけ妊活しても子どもができないなんて絶対におかしい! お前に問題があるんじゃないの? だってお前の親は高齢出産だし、ひとりっ子だろ? 遺伝だろ!」 まったくの言い掛かりに心底呆れたパニ子。なんの根拠もなく子どもができないことを人のせいにし、両親を悪く言ったことは許せません。 妊活続けていいのかな……そうまで言うのならこの際ハッキリさせようと、パニ子はユウダイを不妊検査に誘いました。しかし自分にはなんの疑いもないと拒否! パニ子はひとりで検査を受けることにしました。 検査の結果は「異常ナシ」。これで不妊はパニ子のせいではないことが証明されました。 それを聞いたユウダイは「検査の結果が間違ってるんじゃないか? もう1回行ってよく調べてもらえよ」と結果を疑うばかり。 こんなにギスギスした状態では、妊活を続けて良いものか悩んでしまいます。 それからというもの、ユウダイもあからさまにパニ子を避けるようになり、妊活は一向に進みませんでした。 モラハラ夫の信じられない行動ある日パニ子が家に帰ると、見知らぬ女性がリビングのソファに座っていました。 「はじめまして〜♡ ユウダイさんとお付き合いさせてもらってるユウミです!」「俺さ、やっぱ子ども産める人と再婚するわw」 ユウダイはニヤニヤしながらパニ子を見て、信じられないことを言うのです。「欠陥があるお前は用済み! 俺とは離婚してくれ」 怒りを通り越し、情けなくなってしまったパニ子。荷物をまとめ、家を出ることにしました。 モラハラ夫の離婚後数年後、とあるショッピングモールで再開したパニ子とユウダイ。久しぶりに見たユウダイは、くたびれた服を着て髪はボサボサ、やけに老けて見えました。隣にはユウミが立っています。 ユウダイはパニ子が抱っこしていた子どもを見て、「お前不妊症じゃなかったのか?」と、今だに言うのです。 「検査の結果、問題なかったって言ったよね? 私の子どもよ!」かわいい子どもに恵まれ幸せそうなパニ子を見て、ユウダイとユウミは悔しそうな表情を見せます。 今思えば、モラハラ夫だったユウダイ。ユウミが幸せなワケがありません。職場でも同じような態度をとっていたので、きっと出世もしていないのでしょう。あのとき、離婚を選択した自分は間違っていなかったと確信したパニ子でした。 あまりにひどい暴言の数々には、見ているこちらも言葉を失ってしまいますね。できることなら二人三脚で取り組みたい不妊治療。原因や負担を押し付けることなく、支え合いながら乗り越えていきたいものですね。著者:ライター パニコレ
2023年07月21日夫の仕事やわが子の習い事にも、よく意見してくる過干渉な義父の存在に悩んでいた私。ついに限界がきてしまい、ある日思い切って、自分の思っていることを伝えることに。すると、思いのほか事態が好転することになって……!?訪問がいつも急!週末の予定は1カ月ほど前に聞かれます。1カ月先の予定なんて決まっていないことが多いほか、子どもが小さいと急に予定が決まることもあります。それでも「予定がまだ決まっていない」と答えると、すごい勢いでうちの週末の予定を勝手に決めてきます。 また、帰る予定がない週末や平日の夕方でも、わが家に遊びにくると決めたら、絶対にやってきます。「今から30分後に行きます」といきなり連絡がくるので、こちらが「用事で出ています」と言うと、居場所を聞いて私たちの出先までやってくることもあるほどです。 夫の仕事や子どもの教育にも口出しをする義父は娘の習い事や、夫の仕事のことにも口出しをしてきます。娘をベビースイミングに習わせたときは「義実家の近くのスイミングスクールにしたほうがいい」とだいぶおすすめされました。最近では、2人目問題にもズカズカと口を出してきます。私は2人目不妊で不妊治療をしています。それでも「今はコロナ禍で出生率が低いので受験の倍率が低いから、早くつくったほうがいい」と会うたびに言われて、こちらもげんなりしています。 はっきり言うことで過干渉を緩和娘が1歳くらいのころに、こちらの都合を無視しての過干渉に嫌気がさし、夫に相談して本人に言うことにしました。話し合いのときは緊張しましたが、義父もこちらの話を真剣に聞いてくれて、理解してくれました。 話し合いをしてからも、過干渉が直っていない部分もありますが、今では「またお義父さん、干渉癖が出ているよ」と笑いながらつっこめるような仲になっているので、正直に話してよかったなと思っています。 たしかに過干渉で面倒なことも多いのですが、過干渉とは言い方を替えれば「夫や孫が心配」ということだと、最近では割り切って考えるようにしています。干渉されて嫌な気分になることもありますが、こちらが育児で大変なときには肉体的にも金銭的にも援助をしてもらっているので、こちらも感謝の気持ちを持って接するように心掛けています。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:河井あやの1児の母。営業職をしていたが出産を機に離職。現在は家事・育児の合間に英語教室を開催。自身の体験をもとに、主に家事、育児、教育に関する記事を執筆している。
2023年07月05日私は不妊治療をこなすだけでもメンタル的、肉体的、経済的にもつらい日々が続いていました。不妊治療もなかなかうまくいかず、不妊治療を始めてから4年目、4軒目の病院で妊娠することができましたが、喜んでいたのも束の間、流産がわかります。その後も、私は流産を繰り返して不育症の治療をおこなうことに。結果、不妊症と不育症を乗り越えて元気な赤ちゃんを授かることができました。困難を乗り越えて出産した経験をお伝えしたいと思います。 4度目の流産で不育症の可能性を意識するように長い不妊治療を経て、私はやっとのことで妊娠することができたのですが、赤ちゃんの心拍確認後に流産したことがわかりました。言葉では表すことのできないショックが私を襲い、不妊治療をやめることにしました。 けれども、私は自分の妊娠をあきらめることができない気持ちに気づき、2年後に不妊治療の再開を決意。しかし、待っていたのは3度目・4度目の流産でした。「もしかして、妊娠しても出産できない?」。そのとき、初めて不育症の可能性を意識するようになり、私はパニックを起こしてしまいました。 不妊治療と不育症の治療を開始私はパニック状態から抜け出すことは難しく、時間もかかりましたが、自分の目的を考えると耐えて進むほかに道はないのだと気づきました。そんな中、5回目の妊娠を確認。私は不妊治療でお世話になっている病院の先生にアドバイスをいただいて病院を選び、不育症の治療も始めることに。 原因不明の不育症と経過観察不育症の治療は、初回の診察で不育症の治療のために問診とは別にアンケートと採血をおこないました。私は不育症の検査結果に問題がなかったため安心した反面、原因が見つからないことに不安も感じました。不育症の原因が特に見当たらない場合は経過観察をすることを聞き、不妊治療(妊娠を継続させるための投薬)と不育症の経過観察をおこなうことになりました。 私は不妊治療の病院へ指定された日時に通院しながら、不育症の病院へも指定された日時に通うことに。不妊治療は妊娠7週目まで通い、不育症の病院へは妊娠8週(妊娠3カ月)まで通院。その後、私は不妊治療と不育症治療とは別の出産病院へ転院し、無事に出産することができたのです。 不妊治療と不育症の治療を経て、無事に健康な赤ちゃんを出産できたことをとてもうれしく思っています。生まれた瞬間、赤ちゃんを愛おしく思う感情は、今でも忘れることができません。けれど、私の場合は結果がついてきたからこそある幸せなのだと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/みいの 著者:仲本まゆこ自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年06月29日結婚後、1年経過しても妊娠しなかったので、不妊治療専門の病院に通いました。実際に通ってみてつらかったこと、でも治療してよかったなと思うことをお伝えします。 まずは検査を受けることに結婚して1年。夫婦で妊娠を待ち望んでいましたが、なかなか妊娠できないので、不妊治療専門の病院へ。まずは夫婦ともに、不妊の原因になりうる感染症や体質的に妊娠しやすいかどうか、各種検査を受けました。 その中でも特につらかったのが、卵管造影検査。「生理痛がひどい場合はちょっと痛いかも」と主治医に言われ、実際、生理痛がひどい私には激痛でした。 次に各種検査の結果を聞きにいき、私はとある感染症にかかっていることが、そして夫は精子の運動率が低いことが判明。お互いに自覚がなく、なんだかとてもショックを受けたことを覚えています。 タイミング療法と人工授精にトライ各種検査の結果がわかり、主治医と治療方針を立てることに。まずは3回、タイミング療法にトライしましたが、うまくいかず。早めの妊娠を希望し、人工授精に切り替えました。しかし、2回人工授精をおこなっても、妊娠しませんでした。 当時はフルタイムで働いており、職場の上司には不妊治療中であることを伝え、理解を得ていました。しかし、私が通った病院は、院長がひとりで治療方針を立てるところだったため、予約しても待ち時間が長い! 仕事を休んだり、時間休を取りつつ、長いときは受付から会計まで6時間……という状況。 また、人工授精の実費負担もあり、大変な割に妊娠しない……。次のステップに進めば体外受精で、さらに実費負担がかさむな……と、うまくいかないことがつらく、先々の不安が重なって、ついに通うことを中断してしまいました。 なんと自然妊娠!ところが中断してすぐ、念のためタイミングだけ取っていたのですが、なんと自然妊娠! 主治医にも驚かれました。思えば、検査結果がわかってから、夫は主治医に相談して、すすめられたサプリメントを摂取し、私は感染症の治療をしたことや、行き詰まったときに思いきって治療を中断したことが気分転換になり、よかったように思います。 不妊治療は、精神的・経済的な負担が大きく、今思い出しても、とにかくつらく大変でした。ただ、不妊の原因がちゃんとわかり、現実的に必要な治療ができたことは、本当によかったなと思っています。 それから、あまりにつらいと感じたときは治療を中断し、気持ちをラクにすることも必要なことだったのだと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 作画/しおみなおこ監修/助産師 松田玲子 著者:野田 理恵もうすぐ2歳になる女の子の母。福祉関係の仕事に従事するかたわら、記事執筆をおこなう。
2023年06月24日やさしさに溺れる
横峰沙弥香の「まめあるき」
義父母がシンドイんです!