私の生理痛はかなり重い方ほうで、薬を飲んでも効かないときもあるほど。ある日、私はいつも飲んでいる薬のストックが切れていることを忘れていました。痛みのため薬を買いに外へ行くこともできず、ベッドの上でうずくまっていた私を助けてくれた彼の話をします。 薬の買い忘れ、買いに行く支度をするが…私は、生理痛のときはいつも「リングルアイビーα200」という鎮痛薬を使っています。残りが少なくなると生理がくる前に薬局へ行きストックしておくのですが、そのときは薬を買い忘れてしまっていました。 痛みが増す一方のなか、「買いに行かなきゃ」と出かける準備をする私。しかし、途中で立っていられないほどの痛みがきてしまい、ベッドの上で横になるしかできなくなってしまいました。ベッドでおなかを抱えながら「しばらくすれば痛みも和らぐだろう」と買いに行くのをやめ、耐えることにしたのです。 家で寝ていると突然彼がきてなかなか痛みが治まらないままベッドで横になっていると、彼から連絡が。私たちは生理予定日をシェアしているのですが、アプリで確認した彼から「体調、大丈夫?」とメッセージがきました。まったく平気ではありませんでしたが、心配かけたくない私は「大丈夫」とだけ返信し、そのまま眠ることに。 しかし、1時間後、インターホンが鳴り、なんとか起き上がって出てみると、心配そうな表情の彼がいたのです。驚いた私に彼は「大丈夫じゃないんでしょ? 早くベッドで横になりな」と言い、私の手を引っ張りベッドまで誘導しました。 薬やナプキンなどを買ってきてくれた彼部屋に入ると、彼はまず「薬、まだある? ないなら早く飲みな」と、薬を差し出してきました。さらに、白湯を作ってくれたので、私は薬を飲むことができました。薬を飲む前も、彼はわざわざ箱から薬を出し、私にカプセルだけを渡してくれる細かい気づかいがとてもうれしかったです。 そのほか、彼の手に握られていた袋を見ると、薬のほかにもナプキンや使い捨てカイロ、スープなど私がいつも使う物や体を温められるものが入っていたのです。その後、彼は私のひとり暮らしの部屋に泊まって1日世話をしてくれました。 実は、「リングルアイビー」には3種類あるのですが、彼はちゃんと私が毎回飲んでいるものを買ってきてくれましたし、ナプキンも私が使っているものを買ってきてくれたのです。私のことだけではなく、使っているものまでしっかり見ていて覚えていてくれていたことにとても感動しました。 監修/助産師REIKO文/佐藤里桜
2021年03月11日私には小学校と幼稚園に通う子どもたちがいます。東日本大震災が起こった10年前、私は妊活中でしたが、震災のさまざまなショックで生理が止まってしまい……。そのときの体験談と、その体験を今の子育てにどう生かしているかをお伝えします。 熱を出して寝込んでいた私東北地方太平洋沖地震が起きた10年前、私は東京に住んでおり通勤に1時間かかる会社に勤めていました。結婚4年目だったので、そろそろ子どもが欲しいねと妊活をスタートさせたところでした。 そんなある日、高熱を出し仕事を休んで自宅のベッドで寝ていた私は、突然激しく揺さぶられたような衝撃に驚き、目を覚ましたのです。それと同時に、自宅で仕事をしていた自営業の夫が寝室に飛び込んできて、「起きて! トイレに避難しよう!(※)」と叫びました。高熱と揺れにフラフラしながら、壁をつたってなんとかトイレまで移動したのを覚えています。 (※)家の構造によっては、トイレが安全な場所であるとは限りません。また、揺れによりドアが歪んで開かなくなり、閉じ込められてしまう危険性もあるので注意が必要です。 テレビから流れてくる衝撃の映像に震え激しい揺れがおさまったのでトイレから出て、事態を把握しようとまずテレビをつけました。そしてはじめに目に飛び込んできたのは、爆発し、激しく炎上している石油コンビナートの映像でした。 次々と流れてくるニュースが、馴染みのある地名の映像でありながら現実とは思えない光景で、頭が真っ白になり、何これ?と、ショックでしばらく何も言えず立ち尽くして震えていたあの時間は、忘れられません。 その後、断続的に起こる余震に恐怖を感じながらも我に返った私は、夫と一緒に家の中を点検し、落ちた小物や割れた食器を片付けながら次の揺れに備えました。 精神的な不安で生理がストップその後、都内と近県に住んでいた両親や親戚、会社の同僚の安否を確認しホッとしたのも束の間……物流が乱れ、買い占めが起こり、自宅付近のお店の棚から商品がなくなりました。計画停電もありました。日常は取り戻したものの、しょっちゅう余震があって緊急地震速報が鳴り、精神的に落ち着かない不安な日々が続いたのです。 そして気が付くと、生理が3カ月きていませんでした。震災の日から妊活もストップしていたので、妊娠による体の変化ではないことは明らかでした。以前からストレスで生理が止まることはあったので、夫と話し合い、体が自然に戻ることを待つとともに、落ち着くまで妊活はストップすることにしたのです。 転職、妊活再開、そして出産その後も仕事は続けていましたが、震災当日に出勤していた同僚が帰宅困難者となりオフィスに泊まったり、何時間もかけて歩いて帰宅した話などを聞いたりしていたので、妊活の再開も視野に入れて自宅から近い職場に転職することにしました。 そして、6カ月ほど経ったころにようやく生理が再開。同じ年の暮れに妊娠が判明しましたが、もしものことを考えて自宅から一番近い病院でお産することに決めました。引き続き余震は起こっていましたし、胸を痛めるニュースが流れている状況で、常に不安を感じていたように思います。 電力不足で駅のエスカレーターやエレベーターが止まっていることもあり、大きくなるおなかで階段を上り下りすることも負担でしたが、避難所や仮設住宅で長く生活している人たちのことを思い、踏ん張りました。翌年の夏に無事出産したときも、震災の当日とその前後に出産した妊婦さんの状況を想像すると、なんとも言えない気持ちになりました。 子どもたちが大きくなった今、幼稚園や小学校で避難訓練や引き取り訓練がおこなわれますが、そのたびにあの日の話をして訓練に真剣に向き合っています。同時にいざというときの待ち合わせ場所や、非常用持ち出し袋の中身の確認、できるだけ徒歩で行ける学校や習い事にすることなども話し合っています。震災の体験を忘れず、未来に生かしていきたいです。 監修/助産師REIKO著者:坂井香子おだやかな娘とわんぱくな息子の母。夫は別居中のため、完全ワンオペ育児奮闘中。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2021年03月10日会社では特に避けたい、生理中の経血漏れ。それをついに経験してしまったことから、仕事中でも安心できる生理中の漏れ対策座布団カバーを作ることに。漏れることを想定して作った座布団カバーを使うようになってからは、失敗の不安もなくなり、生理中のストレスがグーンと減少しました。 ついに起こしてしまった大失敗もともと経血量が多い傾向にある私は、経血漏れで失敗をしないようにこまめにナプキン交換をおこなっていました。特に会社の制服はブルーのベストスーツなので、生理中はもし漏れてしまったら……と不安でいっぱいでした。 ある日、生理中に出席した会議が長引き、とうとう大失敗! 同僚が制服のスカートの異変に気付いてくれたので、すぐに私服に着替えました。 しかし、就業中に制服から私服に着替えた理由を男性上司に伝えなければなりません。そのときの恥ずかしさは、今でも忘れられません。このときの経験から、会社での経血漏れの失敗は絶対に避けたいと真剣に考えるようになったのです。 視点を変えて作ってみた座布団カバー今まで、生理中の経血漏れ対策は「漏れないようにする」ことばかりを考えていました。しかし、視点を変え、「漏れてしまったときに恥ずかしくないようにする対策」を考えてみたのです。 私の場合、事務職なのでデスクワークが中心。そのため、椅子への経血漏れがとても不安でした。そこで考えたのは「椅子から立ったときには座布団カバーでチェックをし、もし漏れていた場合はカーディガンなどを腰に巻いてロッカールームに行って予備の制服に着替える」ということ。こうすれば誰にも気付かれません。 「椅子から立ったときに素早く失敗に気付く」+「椅子を汚さない」の2つの工夫を施した自分の思ったような座布団カバーを作ろうと、早速布選びからスタートしました。 生理中の座布団カバーには2つの工夫を!生理中に経血漏れをしてしまった場合、座布団カバーが赤くなれば一目でチェックができますが、白っぽい布ではあまりにも悪目立ちです。そこで赤くなったらすぐにわかり、それでも周りの人が見たら違和感がないような柄を布屋さんで時間をかけて選びました。 5色の小花がぎっしり描かれた柄の布を発見! これなら自分だけが赤いシミを察知することができ、周りの人には知られにくいなと思いました。そして、座布団カバーの中には少し薄めのクッションスポンジを入れ、その上に座布団サイズに切ったバスタオルを3枚重ねて敷きました。 ビニールを敷くことも考えましたが、座布団に血液が吸い込まれないと、スカートがどんどん汚れるので、よく吸い込むようにタオルを重ねて入れることにしたのです。これで、生理中、椅子から立ったときにすぐにチェックできるように。この座布団カバーを使うようになってから、本当に安心して仕事ができるようになりました。 手作りした座布団カバーを使うようになってからは「失敗しても大丈夫」という気持ちになり、そのためか驚くほど経血漏れの不安から解放されるようになりました。念のため、失敗したときのことを考えて、制服の着替えと座布団カバーの予備の用意しています。もう失敗してもあせらなくて大丈夫。これからも使い続けたいと思っています。 監修/助産師REIKO文/SAKURA
2021年03月10日私が初めての生理を迎えた日、わが家では家族全員で盛大に祝福してくれたことを覚えています。それはもう「誕生日」や「クリスマス」レベルのにぎわい。ただ大きくなってから周囲にその話をすると、珍しがられることも多く……。今回は「わが家の初潮祝い事情」についてお話しします。 初めての生理に動揺!母に電話すると…「どうしよう……」。学校から帰宅した私はトイレの中、汚れた自分の下着を見て動揺していました。私が初めて生理を経験したのは小学校5年生のとき。当時、保健の授業でおぼろげに知識はあったものの、自分の体から血がでている事実は、私にとって衝撃的でした。 仕事中の母に「お母さん、多分生理がきちゃった、どうしよう」と涙声で電話したところ、母からの第一声は「ほんとに? おめでとう!!」というもの。ポカンとする私に、母は続けて「今日はお祝いだから、早めに仕事を切り上げて帰るね! パパにも連絡しとくわね!」と言い、電話は切れました。 あなたもレディーの仲間入り初めての生理を迎えた日の夜、わが家の食卓には誰かの誕生日かと疑うような豪華な料理が並んでいました。本来は赤飯でお祝いするそうですが、赤飯が苦手な私のためか、わが家は太巻きとサラダ巻き。そのほかにもお刺身やからあげ、甘い卵焼きやグラタンなど私の大好物ばかりが揃います。 コップにオレンジジュースを注いでくれながら「あなたも今日からレディーの仲間入りね」と母が言い、その言葉に父も感慨深そうに頷いていました。「レディーの仲間入り」という母の言葉に、くすぐったくも誇らしい不思議な気持ちになりました。 自分の娘も祝ってあげたいそんな盛大な「初めて生理がきた日」の数日後、今度は、車で1時間の距離に住む祖母が電車を乗り継いではるばる会いにきてくれました。初潮のお祝いということでホールケーキとおこづかいを持ってきてくれたのです。 「おばあちゃん、ありがとう」と私がお礼を言うと「女の子の生理をみんなでお祝いするのが、わが家の伝統だからね。あなたも自分の娘ができたら祝福してあげてね」と教えてくれました。きっと幼い日の母も、同じように祖母や家族から祝ってもらったのでしょう。私も自分の娘に「おめでとう」と言ってあげよう、そう心に誓いました。 わが家の初潮祝い事情は、もしかするとほかの家庭の様子とは少し違うのかも知れません。しかし、私が生理を抵抗感なく受け入れられたのも、生理のことを家族に相談しやすくなったのも、間違いなくあのとき家族が温かく祝福してくれたおかげです。母や祖母にしてもらったこの素敵な伝統を私も受け継いでいきたいなと思います。 監修/助産師REIKO文/鮭いくら
2021年03月10日東日本大震災からまもなく10年。イラストレーターのアベナオミさんは、当時、夫と1歳7カ月の息子さんの3人で宮城県仙台市近郊の利府町で暮らしていました。被災したアベさんは震災翌日に生理に。ライフラインがストップするなかの生理で、何に困ったのか……。体験を綴ります。イラストレーターのアベナオミさんは、2011年3月11日、宮城県仙台市近郊の利府町で東日本大震災を経験。当時、長男の豆キチくんは1歳7カ月でした(現在は、二男アンチョビくん、長女モナカちゃんが生まれ、3児の母)。 アベさんは、震災翌日に生理に。電気・ガス・水道といったライフラインがストップしているなか、生理ではどんなことに困ったのか……。あまり語られることのない「震災と生理」についてリアルな状況と、経験者だからこそ、皆さんに知っておいてほしいこと、備えておいてほしいことについて教えてくれました。 生理中はトイレを使いたい回数も多く、またいつも以上に排泄物を他人に見られたくない時期です。震災当時、トイレを使うのは私と夫だけでした。それでも、夫には不便な思いをさせてしまった……。今は家族5人。一番下の娘はまだトイレを使いませんが、トイレを使うようになったころ、そして生理が始まったころに、あの日と同じような震災が起こってしまったら……。 多くの人が「あのときトイレが一番大変だった」と言います。空腹は少しくらい我慢できても、トイレは我慢できません。十分な数の非常用トイレがあれば、お互い不快な思いをしなくて済みます。だからこそ、みなさんには非常用トイレの備えはしっかりしておいてほしい! そう思います。 アベナオミさんが体験した、震災での生理体験のお話はまだまだ続きます。なかなか聞くことのできないお話です。ぜひ次回も読んでいただき、備えの参考にしていただければと思います。 アベナオミさんは、震災後、小さな子どもを連れた被災後の生活の様子や防災を伝えるコミックエッセイなどを執筆し、「防災士」の資格を取得。被災体験をもとに、本当に必要な防災、続けられる防災「1日1防災」に取り組みつつ、防災講座などの活動もおこなっていらっしゃいます。 なお、アベナオミさんの防災に関する書籍は「日めくり 被災ママが教える後悔しないための1日1防災」(PHP研究所)、「被災ママに学ぶちいさな防災のアイディア40」(学研プラス)、「全災害対応! 子連れ防災BOOK 1223人の被災ママパパと作りました」(祥伝社)など。どれも、知っておきたい防災の情報がぎっしり詰まっています。こちらもぜひ読んでみてくださいね。 監修/助産師REIKO 著者:イラストレーター アベナオミ
2021年03月09日一生に一度の成人式。私は、素敵な振袖を着て思う存分楽しみたいと思っていました。しかし、成人式になんと生理が被ってしまいました。そんなアクシデントを乗り越えたお話です。 成人式前に始まってしまった生理私は普段月初めに生理がくるのですが、成人式がある1月に限って、生理がきませんでした。「あまり遅れてしまうと成人式と生理がかぶっちゃうな……」と私は不安になってきました。私は普段でも、生理中は着る服に気をつかうタイプ。そして、服を汚さないという予防の意味も含め、生理中は1日に何度もナプキンを変えたいタイプです。「成人式に生理が被ってしまったら、振袖を汚しそうで怖いな」と不安はどんどん増す一方。そんな私の心配は的中してしまい、結局生理が始まったのは成人式の数日前でした。 親身に相談に乗ってくれた着付けの方生理中とはいえ、せっかくの成人式だから振袖はやはり着たかった私。そのため絶対に経血が漏れないようにと生理用ショーツを着用して振袖を着ることにしたのですが、トイレに行ってナプキンを変える際に振袖を汚さない方法だけは思いつきませんでした。 しかし、このことを着付けの方に相談すると「洗濯バサミをうまく使うといいよ!」と教えてくれたうえ、「トイレに行きやすいようにしておくね」と着付けも工夫してくれたのです。私が教えてもらったのはめくり上げた裾を洗濯バサミで帯や襟に止める方法なのですが、着付けが終わってから実際に練習してみるとあまりストレスなくトイレに行けそうでした。 生理中でも快適だった成人式成人式は楽しみなものの、トイレに行く際への懸念が消えないうちはどちらかというと不安が大きかったのですが、洗濯バサミを使ったトイレに行く方法を教えてもらえたおかげで安心して成人式を楽しむことができました。 成人式から帰って振袖に血が付いていないか確認してもまったく汚れていませんでした。今思い出しても、親身なって対応していただいた着付けの方には感謝しかありません。 振袖を着る成人式と生理が被ってしまい最初は困惑しかありませんでしたが、親切な着付けの方のおかげで、私の成人式は思い出に残る素敵なものとなりました。生理とうまく付き合う方法を見つけることは大切なのだと学ぶことができたように思います。 監修/助産師REIKO文/橘 純香
2021年03月09日生理不順で血の量もいつも多く、毎月嫌だなぁと思いながら迎える生理期間。過去には今まで見たことのないような血の量に驚いたこともあります。病気の可能性があるのかなと思った私は、すぐに婦人科を受診しました。 そこには見たことのない血の塊が…私は生理前のおなかの痛みや血の出る感触で、生理が始まったことがわかります。その日の私もそれを感じ、「また今月もきたか〜」と思っていました。 私は初日や2日目の生理痛がひどく、薬を飲んでも1日中寝込むことがあります。その日もあまり体調がよくなく、家でゆっくりしていたのですが、しばらくしていつもとは違うドロドロドロっとした感触がありました。 すぐにトイレに向かい見てみると、ナプキンが吸いきれないぐらい大きな血の塊があったのです。そのサイズは10cmくらいあるものでした。そして、その後も血の塊が出続けました。 初めて産婦人科へ初潮が始まって約10年間、経験したことのない生理に不安を感じた私は、まずネットで検索してみました。「大きい塊生理」「塊生理病気」いくつかのワードを並べて検索すると、そこには「子宮腺筋症」や「子宮筋腫」といった文字が並んでいました。 さすがに不安を感じた私は、人生初の産婦人科へ。ロビーにはオルゴールの曲が流れており、おなかの大きな妊婦さんがたくさんいました。私の周りには夫婦2人で微笑みながらおなかの赤ちゃんにやさしく呼びかけている人たちや、重そうな荷物を持ってくれる旦那さんに「ありがとう」と感謝を伝える妊婦さんなど私には幸せそうな人ばかりに思えました。そのような人たちのなかに不安だらけの私がひとり……。そしてついに自分の番号が呼ばれました。 尿検査や血液検査、触診では大きな痛みなどもなく、無事終了。そして、意外にも検査結果は良好でした。医師曰く、「おそらく生活習慣の乱れやストレスによるものだろう」とのことで、大きな病気ではないということに私はとても安心しました。 不安に感じたらすぐに受診をする今回の経験を通して、生理は毎月の付き合いだからこそ、ちょっとでも異変があったらすぐに受診することが大切だなと感じました。受診前は産婦人科が少し怖かったですが、実際に行ってみると、産婦人科の空間はまったく怖くなく、むしろ妊婦さんや患者さんに配慮された心づかいが多くありました。室内の温かみのある色味、リラックスできる音楽、プライバシーを守る匿名性など、初めてでも安心して診てもらえました。 毎月の生理に気を配っていたからこそ、私は異変に気付くことができたと思っています。今回は生活習慣やストレスが関係しており、改めて自分自身の生活を見直そうと考えさせられました。何が原因かはっきりさせるためにも、産婦人科を受診して本当によかったです。 監修/助産師REIKO文/黒木美沙
2021年03月09日私は彼とお付き合いを始めたころから、生理予定日をシェアしています。彼との生理予定日の共有は抵抗のある人もいるかもしれませんが、私と彼の場合はまったく抵抗がありませんでした。私が生理予定日をシェアすることになったきっかけや、現在使っているサービスについてご紹介致します。 生理の予定日をシェアしている理由私と彼が生理予定日をシェアする理由は主に4つです。 ・私は生理前や生理中に腹部や腰などが痛みから精神的にイライラして八つ当たりをしてしまうので、生理予定日を事前に知ってもらうことで、彼が「仕方ないな」と思えるようになるため。・生理前半は痛みで動けなくなることもあるので、それに備えて、私からのSOSを出しやすくするため。・デートや旅行の予定を立てやすくするため。・夜、誘われたときにいちいち断らなくても済むようにするため。 なかには、ほかのカップルが聞くと「ひどいな」と思われてしまうような理由もあるかもしれませんが、私と彼はこれら4つの理由から生理予定日シェアすることにしました。 そもそも、生理予定日のシェアは彼の私への気づかいがきっかけでした。交際から3カ月、3度私の生理の状態を見ていた彼が「事前に知っておけば手助けできることが増えるかもしれないから」と提案されたのです。私はその提案にすぐ賛成しました。 今までのシェア方法は?あるサービスを使い始める前までは「LINE」のメッセージまたは口頭で伝えていました。アプリなどを使っているときもありましたが「使いにくい」とか「AndroidとiPhoneどちらかにしかない」などの理由からアプリの利用をやめてしまいました。 その後、私が引っ越しをすることになり、遠距離恋愛になってからは口頭で伝える手段が使えなくなったため、毎月「LINE」のメッセージで伝えることに。しかし、昨今の状況から旅行の計画を立てることもできず、私はだんだん「生理がきたと伝える意味がないんじゃない?」と考えるようになりました。わざわざ伝えることが面倒になってきたのです。そんなころ、あるサービスと出合ったのです。 2カ月前、ペアケアに出合った!そのサービスとは、「LINE」のペアケアです。パートナーの登録方法や使い方がとても簡単で、気に入って使っています。 私のほうは、生理がきたら記録をするのみ。それだけで彼へ通知が届くので「わざわざ連絡しなければならない」という手間とストレスがなくなりました。使い始めてから2カ月ですが、不具合などもなく快適に使えています。 さまざまなアプリを使ってきましたが、個人的にはペアケアが一番使いやすいサービスでした。LINEを使っていれば新たにアプリをインストールする必要もなく、すぐに始められるサービスです。生理予定日だけでなく、その日の体調をシェアできるのも「いいな」と思っているポイント。今後もペアケアを使い、生理予定日を共有していこうと思いました。 監修/助産師REIKO文/佐藤里桜
2021年03月08日「生理がしんど過ぎて婦人科に行ってミレーナを使いはじめた話」第6話。生理症状がひどいことに悩んでいたイラストレーターのアベナオミさんの体験談をまとめたマンガです。3児の母であるイラストレーターのアベナオミさんは、生理症状がひどすぎて、「元気でいられるのは1カ月に1週間だけ」という状態だったそう。お産以外での初・産婦人科受診から、ミレーナを使い始めるまでの体験をマンガでご紹介します。 イラストレーターのアベナオミです。もともと生理症状が重めだった私は、第3子の出産後から、さらに症状がひどくなり……。そんな私が初めて婦人科を受診し、結果的にミレーナを入れることになった体験をマンガにしました。 今回は、ミレーナ装着のために受けた検査結果を聞くところから始まります。 ※この漫画は実話に基づいた体験談です。すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 実は、二男を無痛分娩で出産するときに、子宮口を広げるためにバルーンを入れたのですが、それがとてつもなく痛かったんです。それがトラウマになっていて……。ミレーナを入れるときの痛みが気になっていたのですが、先生に「バルーンの経験があるなら大丈夫!」と言ってもらえて、安心しました。 しかし、先生に言われた「生理がきたらすぐに予約の電話」。生理が始まるとポンコツになってしまう私は果たして覚えていられるのか?次回へ続く! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO 著者:イラストレーター アベナオミ
2021年03月08日私が小学生のころ、生理については学校の授業でサラッと触れた程度でした。家庭でも何も教えてもらっていなかったので、本当に無知だったなと今になって思います。そのため、当時は初潮がきたら水泳もやめるしかないと思っていたのです。 生理について何も知らなかった小学生時代私が小学生だったころ、今のように「性教育」という言葉もまだまだ馴染みがなくて、学校でも家族でも、自分の周りでは性、そして生理の話はタブーのようなイメージでした。生理については保健の授業で「第二次性徴期になると女性は生理がきます」程度にサラッと触れただけで、当時まだ生理もきていなかった私には全然ピンときませんでした。 初めて生理になったのは小学校5年生の終わりごろでしたが、母親や同居の祖母からも特に何の説明もなく「これを使いなさい」とナプキンを渡されただけ。性のことや生理のことは、家庭でも相談するどころか口にすることもできないような雰囲気でした。 生理になったら水泳をやめるの?!生理になってから、母親にひと言「もうプールも入れないから、水泳教室はやめないといけないね」と言われました。今思えばなぜ母がそのように思っていたのかも疑問ですが、それがなぜなのか、当時の私は聞くこともできませんでした。 私は小学校1年生のころから水泳に通っていて、泳ぐことはとても好きでした。中学生になったら水泳部に入るのもいいな、なんて思っていたのですが、母の言葉を聞いて、初潮がきたら水泳はできなくなるのが当然なのだと感じた私。結局、水泳部に入りたいと思っているとも言えないまま、水泳もやめてしまいました。 高校生になって読んだ雑誌で衝撃!結局、生理についてしっかりと知識を得たのは高校生になってからでした。当時買っていたファッション雑誌に、生理についての特集があったのです。生理の仕組みや生理痛などの対処法、ナプキンやタンポンの使い分けも書かれていて、それを読んだ私は衝撃でした! タンポンという方法があったなら小学生のころに知りたかった! こんな風に誰かに教えてもらいたかったし、もっと気軽に相談できたらよかったのになぁ、と心から思いました。 自分自身が母になって、最近は以前よりは性教育の大切さが広まっているように感じています。性や生理のことについては、どうやって子どもたちに教えていくか、なかなか難しいことではあります。 ですが、やはり正しい知識を持っておくことは大事だと身をもって実感したので、子どもたちには正しい知識を身に付けさせたいと思っています。それに加え、性のことでも何でも相談しやすい家庭づくりを目指して、子どもたちが生理に対して不安にならないようにしてあげたいです。 監修/助産師REIKO文/よっちゃん
2021年03月06日生理前後は下痢と便秘を繰り返す、便通の変化に悩まされてきた私。そんななか、妊娠したらひどい便秘に……。この経験はもう二度としたくない!と体質改善のために始めた、私のお通じ対策をご紹介します。 便秘から下痢へ、生理前から始まる憂うつ普段の私は快腸なことがほとんどですが、生理の1週間前くらいになると、便通に変化が。突如便秘になり、スッキリしなくなるのです……。ひどいときは痔になり、肛門から出血するほどでした。しかも、その出血を生理の始まりと勘違いしてしまうことも。 その一方で、生理が始まると便秘だったのが一転、今度は下痢でおなかはゆるゆるに。生理特有の下腹部の痛みとともに、下痢による腹痛で気分は最悪。生理前後は、目まぐるしくおなかの状態が変化するのが自分のパターンとなっていたのです。 妊娠を機に始まったつらい便秘そんななか、なんと妊娠が判明! 私は、赤ちゃんができたことにうれしい気持ちでいっぱいになったとともに、「しばらくは生理前後の便通悩みとはおさらばだ!」と思いました。しかし、そう思ったのもつかの間、妊娠により今まで経験したことのないひどい便秘になってしまったのです。 踏ん張ってもうんちが出ない日が2、3日続くことも。指を肛門に入れてみたところ、うんちがカチカチになっているのを確認。産院で相談しましたが、アドバイスは特になく、処方箋が出されることもありませんでした。 できることからコツコツ体質改善結局、その妊娠は稽留流産(けいりゅうりゅうざん)と診断され、子宮内容除去術を受けることになりました。術後はひどい便秘は解消。そして、あんなひどい便秘にはもうなりたくない!と体質改善を意識するようになったのです。 まずは、 腸内環境を整えるために「新ビオフェルミンS」の服用をスタート。ヨーグルトやバナナなどお通じにいいとされる食事をし、朝は常温水で溶いた青汁を飲んだり、夜は白湯を飲んだりと、胃腸に負担をかけないよう心掛けています。 こんな生活を2カ月ほど続けたところ、生理前にうんちが出なくてつらいということはなくなりました。また、生理時は多少おなかがゆるめになるものの、以前あった「水のような下痢」にはなっていません。 生理前後の下痢と便秘を我慢していた私ですが、妊娠時のひどい便秘を機に体質改善を意識するようになり、以前ほど悩まされることはなくなりました。生理前後のつらい排便でトイレにこもるようなこともありません! これからも腸内環境を整える生活をコツコツ続けていきたいです。 監修/助産師REIKO著者:仲本まゆこ
2021年03月06日私は経血量が多いタイプで、生理中は日中でも夜用ナプキンが手放せません。そんな私が、就職した会社で、入社直後にやってしまった事件のお話です。冷や汗ものの体験でした。 会社の椅子を汚してしまったことについては総務に連絡しておきました。 男性ばかりの職場だと、生理休暇なども言い出しづらく、また生理中の勤務でも、なかなかまめにトイレに行きづらく、苦労することも多いです。しかし、経血漏れをしてしまったら、それこそ取り返しがつきません。 生理中でも「これ以上放置すると経血漏れをしてしまいそう」思ったら、忙しくてもきちんとトイレに行く! 単純なことではありますが、これが大切だと思い知りました。 監修/助産師REIKO--------原案/伊東まいさん作画/モリナガアメ
2021年03月06日私が26年間の人生のなかで、もっともひどい生理痛を経験したときのことをお話しします。それまで私は生理痛を我慢してしまいがちでした。しかし、落ち着いて対処できるように早めに助けを求めたほうがいいと痛感した出来事です。 一気に増す生理痛…トイレから出られない!生理前の便秘に悩んでいた私。人生一ひどい生理痛を体験をしたときも便秘が続いていました。「あぁ、もうすぐ生理がくるのかな」。そう思いながら、めずらしく便意を覚えトイレへ。 トイレへ入ったときは特に異変はありませんでしたが、用を足している間にツキツキとした痛みを下腹部に感じ始めました。用を足し終わったころには、ズキズキとした強い下腹部痛へ。ついには痛みで身動きが取れず、トイレから出られなくなってしまったのです。 トイレからの脱出 地獄の30分間激痛のなか「早く痛み止めを持ってきて!」と半泣きで家族に頼み、薬を持ってきてもらいました。そして薬を飲み、這うようにしてトイレから出ました。しかしそれから20分、30分と経っても、薬が効きません。 痛みはますますひどくなり、足を力一杯かきむしったり、つねったりしていないと耐えられなくなりました。涙も、汗も出っぱなしです。家族は救急車を呼ぶべきか迷い、まずは「#7119(救急相談センター)」へ電話をしたのでした。 #7119の正しかった判断家族が「#7119」へ電話をかけ、私の状況を説明をしてくれました。通話を終えた母がぽつり「薬を飲んだのであれば、そのまま様子を見てくださいだって」と、困惑気味につぶやいたのを聞いて、さらに涙が出ました。あまりにも激痛だったので、病院へ行くものと思っていたのです。「こんなにもひどい痛みで薬も効かないのに、このまま堪えないといけないの!?」と絶望しました。しかしそれから10分~20分後のことです。ようやく薬が効いたのか、痛みが引いてきたのです。 後日、病院へ。ひどい生理痛の原因とはあまりにひどい痛みを経験し、次の生理が恐ろしくなった私は病院へ行くことにしました。中学生のときに「生理痛がひどくなることがある」と教わった、子宮筋腫を疑ったのですが、診察結果は異常なし。 先生は「普段から便秘性? 生理が始まって溜まっていた分が出ると、腸が動く。そうすると、腸から子宮に余計に刺激を与えちゃうわ。普段から溜めないように、お通じに気を付けてね」とアドバイスをくれました。それからは整腸剤を飲んだり運動したり、便通が良くなるように意識して生活をしています。最近では、このときほどのひどい痛みが出ることはなくなりました。 いつもと違う痛み方や、すぐに薬が効かないほどのひどい痛みの場合は、まずは専門家へ意見を仰ぐべきだなと感じました。まったく動けない、意識が低下するなどの症状が出てからでは対処ができなくなってしまうので、できるだけ早く助けを求めるようにしようと思った一件でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO文/佐藤かおり
2021年03月05日以前男性の多い職場で働いていた私は、生理中でつらくても「今、生理なんで」と言えるはずもなく、我慢するのが当たり前でした。しかし、あるときをきっかけに、数少ない女性職員たちの間でできた「生理同盟」。これによって、それまで生理中に孤独を感じていた私の働く環境が、随分と改善することになったのです! 男性の多い職場と生理私が結婚前、24歳のころに働いていたのは学習塾でした。職場にいる男女の比率は7:3くらい。男性のほうが多く、自分が生理になっても「ちょっと今日は生理で体調が悪くて……」と口に出せるような職場ではありませんでした。さらに、私は講師として授業をする立場でしたが、職場にいる女性の多くは、事務方のお仕事。仕事の内容が違うため、私は彼女たちと一緒に仕事をすることはあまりありません。そのため、生理のときは毎回孤独に戦っているような気持ちで、体調が悪くても毎回我慢して仕事をするのが当たり前でした。 女性陣の結束ができあがったあるときに職場の集まりがあり、普段仕事では関わることのなかった事務方の女性陣と話をする機会がありました。そのなかで生理の話になり、「生理で体調が悪いときに授業するのってしんどいんですよー」「男性には言えないし……」と打ち明けたのです。すると、そこにいた1人が「じゃあ、次の生理のときは言って! サポートするから!」と提案してくれました。そしてそのときに女性陣の「生理同盟」が発足したのです。 サポートし合える安心感次の生理が始まったとき、さっそくその女性職員に生理のことを報告すると、いろいろなサポートをしてくれました。寒い教室で座って授業をしていると、「これ使ってください」とブランケットを貸してくれたり、授業後の教室掃除を代わってくれたり、私宛の長くなりそうな電話を翌日の対応にまわしてくれたり……。これを受けて、私も他の女性が生理でつらそうなときは温かい飲み物を差し入れするようになり、職場の女性陣全体で「生理同盟サポート」の仕組みが自然とできあがりました。 女性が少ない職場だからこそ「生理でつらいときは、みんなでサポートし合おう」という結束が生まれやすかったと思います。なかには「生理でもつらくならない」という人もいましたが、最終的には生理を口実にみんなで楽しんで差し入れを買い合ったりしていました。それまで憂うつだった生理も、サポートしてくれる仲間がいるだけで、かなり気持ちがラクになったと思います。 監修/助産師REIKO著者/水田 真理
2021年03月04日現在、『少年サンデーS』で「清楚なフリをしてますが」を連載中のマンガ家・倉地千尋さん。ご自身の体験をもとにして、「生理を隠し続ける女の子の漫画」を、Twitterで公開しています。 主人公は、小学校6年生の女の子、月一せいこ。生理は決して恥ずかしいものではないけれど、初潮を迎える時期の女の子には、大人になるということへの葛藤や恥じらいなど複雑な感情があります。また、彼女と家族、親友、同級生の男の子、保健室の先生など、周囲の人々などとのやりとりを通じて、「どうすれば、子どもに生理が恥ずかしくないものであるということを理解してもらえるのか」についても、考えさせられる作品です。 今回は第20話。修学旅行のために用意したナプキンが小さすぎて、みんなと行動している間に経血漏れを起こしてしまったせいこちゃん。ようやく本人もそのことに気づいたようです。 経血漏れについては、なんとか隠し通せた(?)せいこちゃんでしたが、次なるハードルは、入浴。修学旅行中のため、グループごとの入浴ということに、せいこちゃんは緊張の様子。このまま隠し通したまま、修学旅行を乗りきれるのでしょうか……。 生理は恥ずかしいものではないけれど、せいこちゃんのように知られたくないという思いが強い子もいるようです。せいこちゃんのような女の子の気持ちを、やさしくフォローできるような世の中でありたいですね。著者:イラストレーター 倉地千尋
2021年03月04日生理前になると食欲のコントロールができなくなる私。いつもより食欲が増して、つい間食や夜食を食べてしまいます。過食に陥って困るのが、よくないことをしている罪悪感に襲われること。食べるたびにストレスを感じて、気分が沈みがちに……。これではいけない!と、食事内容を工夫し、食欲自体は我慢をしないことに決めました。私が生理前に襲われる過食をどうやって乗り切っているのかをご紹介します。 生理前の過食がストレスに私の場合、20歳くらいから生理開始の2週間くらい前から我慢できないほどの食欲に襲われるようになりました。きちんと3食とってもおなかが空き、手近にあるポテトチップスや総菜パンについ手が伸びてしまって……。 私は普段あまり間食をしないこともあり、食べるたびに罪悪感に襲われて、ストレスを感じるようになりました。 開き直って食欲は我慢しないことに「食べたらいけない」と我慢すると反動で過食がひどくなるので、開き直っておなかが空いたときは食欲に従って食べることにしました。ただし、食事内容には注意をしています。 積極的にとっているのが、豆腐やしらたき、サラダチキンなどの食べても罪悪感を抱きにくい食品。おやつも、甘栗や油分カットされたポテトチップスなどを選択しています。逆に避けているのが、手軽なカップラーメンや総菜パンなど。これだけでも罪悪感がぐっと減り、ストレスなく過ごせるようになりました。 うまく活用したいコンビニ商品料理が得意でない私にとって、コンビニは頼りになる存在です。最近はコンビニでも健康やダイエットに気づかった食品が増えているので、積極的に活用しています。お気に入りのメニューは、具だくさんのスープやチキン入りのサラダ、寒天ゼリーなど。低カロリー、低糖質な食品が手軽に買えて助かります。 ただ、その都度コンビニへ買いに行くのは面倒なので、日持ちがする袋入りのチルドタイプの食品を冷蔵庫にストック。コンビニの総菜やスイーツは量が控えめなので、食べすぎが防げるところも私向きだなと思っています。 私の場合、食欲がコントロールできないときは、ダメな自分を責めてしまいがちでした。しかし食べることには変わりなくても、食事内容がヘルシーなものだと罪悪感はぐっと減少。「生理前の食欲は仕方ない」と気持ちを切り替え、我慢せずに食べるようになってからはストレスが減って、過ごしやすくなりました。 監修/助産師REIKO著者:谷中明日香
2021年03月04日「生理がしんど過ぎて婦人科に行ってミレーナを使いはじめた話」第5話。生理症状がひどいことに悩んでいたイラストレーターのアベナオミさんの体験談をまとめたマンガです。3児の母であるイラストレーターのアベナオミさんは、生理症状がひどすぎて、「元気でいられるのは1カ月に1週間だけ」という状態だったそう。お産以外での初・産婦人科受診から、ミレーナを使い始めるまでの体験をマンガでご紹介します。 イラストレーターのアベナオミです。もともと生理症状が重めだった私は、第3子の出産後から、さらに症状がひどくなり……。そんな私が初めて婦人科を受診し、結果的にミレーナを入れることになった体験をマンガにしました。 今回は、意を決して婦人科を受診し、ピルについては飲み忘れが心配なことを相談すると、医師から「ミレーナ※」をおすすめされたところから始まります。 ※ミレーナは、ミレーナは黄体ホルモンを付加した子宮内避妊器具で、重い生理症状の改善のためにも使用されています。※この漫画は実話に基づいた体験談です。すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ミレーナを装着するためには、検査が必要でした。そして、それにクリアしたら、次の生理の5~7日目でようやくミレーナを入れることができるのです。 つまり、もう1回はあのつらい生理前と生理時期を過ごさなければならないのです。夫には、そんな私に付き合ってもらわなければならないことが何だか申し訳なく、帰りの車で夫に泣いて謝ったのでした……。 次回、検査結果が判明!しかし、気になることが~!!! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO 著者:イラストレーター アベナオミ
2021年03月03日生理に関して悩みを抱えたことのなかった私。しかし、初恋をきっかけに始めたダイエットで無月経にまで至ってしまいました。その当時の異常なメンタル状態など、どのような経緯で体調を壊すことになってしまったのかについてお話しします。 初恋がきっかけでダイエットすべての始まりは高校2年生のころの文化祭でした。漫画のような話でお恥ずかしいのですが、文化祭のバンド演奏でボーカルを担当していた、1つ上のサッカー部の先輩に恋をしました。その当時、彼とはまったく面識がありませんでしたが、なんとか共通の友人を通して私の存在を知ってもらうことに成功! 次に私がとった行動は、細身だったサッカー部の先輩と自信を持って付き合うためのダイエットでした。これが悪夢の始まりだとは知らずに……。 狂い始めた体調私は恋のエネルギーで、勢いよくダイエットを開始しました。毎日1時間のランニングと1時間の筋力トレーニングという合計2時間の運動に加え、食事は毎食サラダと豆腐のみ。厳しい運動と食事制限で順調に体重は落ち続け、気がつけば10kgもの減量に成功したのです。 しかし、もともと太っていたわけではなかったので、ダイエット後の体重は、今思えば痩せすぎでした。脂肪が減りすぎたことで、座るだけで骨が当たり、つらかったのを覚えています。 そんな状態を半年間も続けたころ、ついに生理が狂い始めました。徐々に経血の量が減っていき、気づけば無月経になっていたのです。 自覚と回復生理が完全に止まってしまったのに、当時の私は「ラクになった」という感覚しかありませんでした。私はダイエットに夢中になるあまり、自分の体に起きている異常事態に気づけないほど、おかしくなっていたのです。 そんなある日、母親に何気なく生理が止まったという話をしたところ、すぐに病院へ行くことに! このとき初めて事の重大さに気がついたのです。 病院での診察後、私はダイエットを中断し、一刻も早く健康な体に戻そうと努力しました。はじめは病院で処方された薬を使って生理を誘発しながら、体重も徐々に戻していき、なんとか自力で生理がくるまでに回復したのはなんと5カ月後でした。 恋愛がきっかけでダイエットを始め、気がつけば生理が止まるまでのめり込んでいた私。今振り返ると、どう考えても異常な状態だったにもかかわらず、体の危険信号に気がつくことができていませんでした。もう二度と、同じ過ちは繰り返したくありません。この経験を無駄にせず、これからはきちんと自分の体の声に耳を傾けて生活していきたいです。 監修/助産師REIKO著者:かはた しゅうか
2021年03月03日10代後半からどんどんひどくなっていった生理痛。鎮痛剤が手放せず、生理がくるタイミングによっては、あまりの痛さに「救急車を呼ぶか?」ということも頭にちらつくほどでした。そんな私がある行動を起こしたことで、劇的に生理痛から解放されることになった体験談をお話しします。 生理のために鎮痛剤を持ち歩く日々生理痛は生理が始まった10代からありましたが、鎮痛剤を飲むほどになったのは、社会に出た10代後半からでした。私の場合、生理がきた初日が一番痛みが強く、おなかの中を雑巾絞りされているのかと思うような締め付ける痛みと、急激な下痢や冷や汗、吐き気などが出て、顔面蒼白になることもしばしば。 20代半ばには、市販の鎮痛剤だと、特定のもの以外は効果がないほど痛みが強くなっていました。そんな状態なので、生理に備えて持ち歩くのはナプキンだけでなく鎮痛剤もマストでした。 寝ている間に生理が始まると、悲惨な目に…寝ているときに生理が始まってしまうと、すぐに強い痛みがやってきて眠っていられず、あまりの痛さに七転八倒でした。這いずりながら鎮痛剤を取りに行って飲むのですが、薬が効き始めるまでの時間が本当に痛すぎて……。 布団の中で冷や汗をかきながら唸る私を見て、当時、同棲中だった彼が「救急車、呼ぶ?」とびっくりするほどでした。結局そのうち薬が効いて落ち着くのですが、翌日はただでさえしんどい生理の日に、寝不足の状態で仕事に行っていました。 ひどくなる痛みに不安を覚え、婦人科を受診年齢を重ねるほど生理痛の強さが増し、仕事にも支障をきたすようになってきたため、生理痛についてネットで検索してみると、生理痛にはいろいろな病気が潜んでいる恐れがあることを知りました。怖くなった私は、26歳にして初めての婦人科に行くことに。 ひと通り検査をし、軽度の子宮内膜症であることを告げられました。私は仕事を休みづらい環境であることや、就寝中の生理痛がつらすぎる話をすると、医師は低用量ピルをすすめてくれ、服用することに。すると、驚くほどに生理痛がなくなり、鎮痛剤を飲む日々から解放されました。 私の生理痛は低用量ピルを服用することですっきり解決しました。生理前のイライラなども減り、彼との喧嘩も減りました。初めての婦人科は怖かったですが、相談してみて本当によかったと思います。低用量ピルを服用を続けるために定期的な採血や内診はありますが、健康チェックにもなるし、これで生理痛の悩みから解放されればと思っています。 監修/助産師REIKO著者:増田まゆ
2021年03月02日現在、『少年サンデーS』で「清楚なフリをしてますが」を連載中のマンガ家・倉地千尋さん。ご自身の体験をもとにして、「生理を隠し続ける女の子の漫画」を、Twitterで公開しています。 主人公は、小学校6年生の女の子、月一せいこ。生理は決して恥ずかしいものではないけれど、初潮を迎える時期の女の子には、大人になるということへの葛藤や恥じらいなど複雑な感情があります。また、彼女と家族、親友、同級生の男の子、保健室の先生など、周囲の人々などとのやりとりを通じて、「どうすれば、子どもに生理が恥ずかしくないものであるということを理解してもらえるのか」についても、考えさせられる作品です。 今回は第19話。修学旅行のために意を決して買ってきたナプキンが、なんとTバック用だったという失敗をしてしまったせいこちゃん。頼りないナプキンにそわそわするわ、かゆみが出るわ、落ち着かない様子です。この修学旅行、どうなる!? なんと、クラスメイトと行った甘味処で、座布団に経血漏れをしてしまったよう。しかし、せいこちゃんはそれに気づかず……。気づいたのは、以前も経血漏れ(とは本人もわかっていないようですが)を目撃した大槻くん! さぁ、次回はどんな展開になるのでしょうか。 生理は恥ずかしいものではないけれど、せいこちゃんのように知られたくないという思いが強い子もいるようです。せいこちゃんのような女の子の気持ちを、やさしくフォローできるような世の中でありたいですね。著者:イラストレーター 倉地千尋
2021年03月02日「気軽に専門家に質問ができて、さらに返信も早い」とママから日々感謝の声が寄せられているベビーカレンダーの人気コンテンツ【専門家に相談】の掲示板。そのなかから特に注目をあつめた質問の内容を一部抜粋してご紹介します。今回は産後の生理に関するご相談です。 Q.1年以上生理がきません出産後、1年2カ月が経過しました。しかし、まだ月経が再開しません。難産、産後すぐからワンオペ、頻尿失禁、乳腺炎、夜泣き、不眠などトラブル続きで、家事はほとんどできず、仕事復帰も諦めねばならなかったほど体力が低下しています。悪露は1カ月健診の際、おさまっていました。現在、日中1回と夜間5〜10回授乳しています。 そんななか、特に疲れたときなどショーツに薄茶色いシミが不定期で付くことがあります。産後6カ月のときに婦人科を受診して、軽い一般細菌感染があったのみで特に異常はありませんでした。茶色いシミは、婦人科としては問題ないと言われています。 茶色いシミは生理なのでしょうか? その後も状態は変わっていないのですが、もうしばらく様子をみても良いものでしょうか? 高杉絵理助産師からの回答産後、本当に大変な日々でしたね。そのようななか、育児を頑張っていらっしゃいますね。産後の月経の再開はホルモンの影響が大きいので授乳をされていると1年以上再開しないこともよくあります。ご心配が続くようでしたら再度受診してご相談されてもいいように思いますよ。少しずつお身体が回復されることを願っています。 ※参考:ベビーカレンダー「専門家に相談」コーナー※診断や具体的な治療については医師の指示にしたがってください。 産後に生理が再開するのはいつが普通?産後はホルモンの影響で、しばらく生理が止まるようになっています。母乳を飲ませていない場合は産後1~3カ月で生理がくることが多いです。母乳を飲ませている場合は、産後3カ月以内に生理がくることもあれば、産後1~2年してからくることもあり、個人差が大きいです。 ほとんどの場合、卒乳後6週までには生理がきます。 産後1年以上再開しない! これって大丈夫なの?授乳中の場合は1~2年無月経になることもよくあります。プロラクチンというホルモンが出るので、排卵が抑制されて生理が止まるようになっています。授乳の回数や時間が減ると、少しずつプロラクチンが減り生理が再開しますが、その時期は人によって違います。 個人差が大きいので、心配しすぎなくても良いでしょう。産後2年以上経っても生理が再開しない場合や、卒乳後3カ月以上経っても生理が再開しない場合は、一度産婦人科を受診することをおすすめします。 産後無月経の状態でも、排卵し妊娠することがまれにあります。もし、つわりなどの妊娠の症状がある場合は妊娠検査薬を使用してみてください。 ※参考:ニュース(ママネタ):まさかの2人目妊娠!?産後に生理がなかなか再開しない原因を医師に聞いてみた!【監修者:医師 上原萌美 先生 産婦人科 | よしかた産婦人科】
2021年03月01日産後の月経開始はいつぐらいになるかについては、ママからの相談が多い項目です。今回は、再開の時期やお子さんとお風呂に入る時などの準備についてお話していきます。 母乳育児をしていると生理が来ない?母乳をあげていると、プロラクチンというホルモンの影響で授乳の期間によって生理が再開する時期は遅れていきます。授乳を1年以上続けている方で、その期間に再開しないという方もめずらしくありません。また、夜間の授乳間隔があくようになると、月経が再開することがあります。断乳すると90%の人が6週間以内に生理が再開するといわれています。 産後3カ月すぎると授乳しているママでも33%に、断乳しているママは91%に生理が再開します。生後3カ月以内に来る生理は、排卵していない無排卵性のことが多いといわれています。 産後の体的な回復や精神状態などにも大きく影響するため、個人差は大きく、産後1カ月で母乳をあげていても生理が再開したというママもいます。 生理のとき赤ちゃんとお風呂に入っても大丈夫?湯船の中では、水圧で月経血がお湯の中で出てくることはありません。体を洗ってから一緒に入ることになると思いますので衛生的にも問題はありません。 しかし、ママがひとりでお風呂に入るときよりも、赤ちゃんを洗うことで洗い場にいる時間が長くなるため、体が冷えてしまうことがあります。また、赤ちゃんを湯船に入れるために抱っこなどで腹圧もかかりやすくなることで、月経血が出てきてしまうこともあるかもしれません。赤ちゃんの間はあまり問題ないかもしれませんが、お子さんが成長してくると洗い場で月経血を見たときに驚いてしまうこともあるかもしれません。 月経再開のための準備1.突然予期せずにくることも生理前は、下腹痛・乳房が張る、ニキビなどの吹き出物の出現、眠くなるなどの前兆があることが多いですが、授乳中や育児中ですと前兆が分かりづらいこともあります。生理用ナプキンを準備しておく、外出時も持ち歩くようにすると突然きても慌てないかと思います。 2.お風呂のときの準備可能であれば生理期間中(2日目など出血が多い時は特に)は、パパや他の家族に赤ちゃんのお風呂入れを変わってもらうのがいいかと思います。 難しい場合は、タンポンを使用して月経血が出ないようにするのもいいかと思います。また、生理用ナプキンをあてた下着をはいた状態でお子さんを洗い場で洗って、一緒に外に出て下着を脱ぎ、洗い場で待たせている間にササッと洗うと湯冷めしないで済みます。 授乳中の月経は、生理痛を強く感じたり、立ちくらみなどの貧血症状を感じるママもいます。そんなときは、周りに協力してもらいながら、無理せずにゆっくり過ごすようにしましょう。断乳後、1カ月半以上経過しても月経が再開しないなどあれば、生理周期を把握するために基礎体温をつけてから、産婦人科に受診して相談されるといいかと思います。 <参考>『プリンシプル産科婦人科学2』メジカルビュー社/武谷雄二、上妻志郎著p165「産褥の生理」 監修者・著者:助産師 国際ラクテーションコンサルタント・おむつなし育児アドバイザー 榎本美紀2001年に助産師免許取得後、杏林大学医学部付属病院・さいたま市立病院・順天堂大学練馬病院の勤務を経て、2013年に埼玉県さいたま市に訪問型の助産院「みき母乳相談室」を開業。病院勤務での経験を元に、母乳育児支援の国際ライセンスである国際ラクテーションコンサルタントとして、地域の母乳育児を支援。訪問時の相談は多岐にわたり、おむつなし育児アドバイザーとしてトイレトレーニングなどの相談も。一児の母。
2021年02月28日あれは、私が大学2年生の冬のことです。ハワイへ海外研修に行くことになったのですが、よくよくスケジュールを見ると、生理予定とかぶりそうで……。そして、その心配は見事的中してしまいました。 そして、このタイミングでさらなる事件発生! 一緒に行った1人の友人も急に生理になってしまったのです! 私の買ってきたタンポンをシェアすることにしました。タンポンを入れるのは2人とも初めて。私はドキドキしながらも、なんとか挿入に成功しましたが、友人はなかなかタンポンを入れる勇気が出ず、ちゃんと入れられるまでになんと2時間もかかりました。 それから1週間、ナプキンとタンポンを併用しながら、楽しい海外研修と自由時間を過ごし、帰ってくることができました。機内で生理になってしまったり、初めてのタンポンを海外で買うことになったり、自分だけでなく友人も生理になって2人で初めてタンポンを入れることになったり、いろいろありましたが、充実した時間を過ごすことができたので、あのとき迷わずタンポンを買い、使用してよかったなと思っています。これ以降、日本に帰ってきてからもタンポンは愛用しています。 監修/助産師REIKO--------原案/砂糖EYEさん作画/まっふ
2021年02月28日18〜19歳のころのことです。このくらいの時期は、私はまだまだ生理周期がちゃんと定まっておらず、生理になる前兆もよくわからないでいました。そんなとき、友人たちとの外出中に予想外の生理がきて大慌てするという事件が! 生理用品も持っておらず、替えの服もないという大ピンチに陥ってしまったのです……。 この出来事があってからは、私はいつくるかわからない生理に備えて、最低限の生理用品は必ずカバンに入れておくようになりました。また、生理前に訪れる、体の微妙な変化もよく気にするようになりました。今ではどちらも、私の習慣になっています。 監修/助産師REIKO--------原案/みやくまこさん作画/まっふ
2021年02月28日私は中学生のころから生理痛で苦しんでいました。しかし、特に婦人科の受診をすることないまま過ごしていたのですが、専門学校時代にある転機が訪れたのです。 その後私は26歳で結婚し、2人の子どもを授かることができました。第1子を授かったのは、治療が終わって3カ月後のこと。自然妊娠でした。 こうして2人の母になることができたのも、先生たちのおかげだなと思っています。自分の経験をふまえて、友人や知り合いで生理がひどいと相談を受けたときには、婦人科の受診をすすめています。 早く治療をすれば早く治るし、生理痛も緩和されて、日々の生活がラクになると身を持って知ったからです。婦人科は内診などあって、最初は受診に少し抵抗がありましたし、通院は大変だったけれど、私の場合は早く気づいて治療ができました。無事に2人も出産できたことは、受診をすすめてくれた先生たちのおかげだと思っています。 監修/助産師REIKO--------原案/松木藤乃さん作画/コジママユコ
2021年02月28日高校生のころ、自転車通学をしていた私。そんな私が生理中に、自分でも信じられない失敗をしてしまったお話です。悪いことに、この日は生理3日目で量が多い日……。一刻も早くナプキンを取り替えたかったのに、かばんにも予備のナプキンも入れておらず、すごく焦りました。 結局、学校の売店で生理用品を買えたのでなんとかしのぐことはできましたがが、私は、通学路のどこかにナプキンをばら撒いてきてしまったのかと思うと、恥ずかしくて……。さらに、それを誰かに目撃されていたかもしれないと思うと、いたたまれない気持ちになりました。 その日は帰り道にナプキンが落ちていないか探しながら帰ったのですが、探しても探しても、私がばら撒いたナプキンは見つかりませんでした。きっと誰かが掃除してくださったのだと思います。ご迷惑をおかけして申し訳なかったです。それからは、私はポケットに無理に1日分のナプキンをねじ込むことはやめました。 監修/助産師REIKO--------原案/堀きょうこさん作画/和田フミ江
2021年02月28日当時、私が26歳、まだ結婚したてだったころのことです。生理中のある出来事で夫をとても驚かせてしまい、大反省することになりました……。 私は、生理開始の数日はちょっとしたことでイライラしたり、元気がなくなったりしてしまうのですが、夫には、お付き合いを始めたころにそのことは説明してありました。夫もそのことは理解してくれて、生理が始まると私が怒ったりしても「あのときがきたか……」と、いつもよりやさしくしてくれたりしていました。そんな夫が、出血の量を見てしまってからはさらに気づかってくれるようになり、家事を手伝ってくれる頻度回数が増えました。 使用済みナプキンを見せてしまったことについては反省していますが、夫には生理のことをきちんと共有しておいて、よかったなと思います。 監修/助産師REIKO--------原案/おちびのくまの助さん作画/まっふ
2021年02月27日当時小学1年生だった私は、担任の先生に、生理について初めて教えてもらいました。しかし、家に帰ってそのことを話すと、ものすごく怒られて……。そこから「生理とは恥ずかしいことなんだ」と思うようになってしまいました。 その後、年月が過ぎ、私にも生理がきました。しかし、「生理は悪いことで恥ずかしいこと」と思っていた私は、自分が生理になったことを認めたくない気持ちもあり、自分が初めて生理になったときもなかなか母に言い出せず……。 最初のころは量も少なく、色も褐色で、規則的でもなかったため、汚れた下着は自分で手洗いし、洗濯機に入れておくことで、誰にも気づかれずに済んでいましたが、徐々に経血量が増え、洗っても汚れが目立つようになってくると、さすがに自分でも生理になったことを認めざるを得ず……。 ちょうどそのころ、下着の汚れに気づいた母の方が「あんた、生理なったの?」と話しかけてきて、ようやく母に打ち明けることができたほどでした。そのときも母は家族の誰もいないところで話しかけてきて、そしてこそこそと、トイレのナプキンの場所、捨て方など教えてくれました。 その後も、私は生理のことをなるべく隠すようにして過ごし、プールの日とかぶると、母にこっそりと休むことを連絡帳を書いてもらったりと、生きづらい人生を送ってきました。 私にとって転機は、大学生になったころでした。ひとり暮らしを始め、生理に対してオープンな友人と出会えたのです。「あー今日生理や、しんどー」など、生理というワードを声に出して言い合えるようになりました。また、ナプキンも自分に合うものを自分で選んで買えるようになり、生理中も過ごしやすくなりました。こうして過ごすうちに、生理に対する概念が少しづつ変わってきました。 小1のあのとき、姉が怒っている理由や生理について、母にやさしく教えてもらっていたら、生理に対して偏見を持つことなく、生理がくるたびに「嫌だなぁ」と思うことはなかったんじゃないかなと思います。また、家庭でもオープンであれば、「こんなナプキンが欲しい」などを伝えることができ、過ごしやすかったのではないかなと思います。 私も出産を経験し、より一層生理というものは本当に大切なものだと感じています。 私の経験を生かし、娘には正しく生理について教え、オープンに話し合える家庭にしていきたいと思っています。 監修/助産師REIKO--------原案/のざこさん作画/まっふ
2021年02月27日大学生のころ、私は部活でバドミントン部に所属していました。その部活中に、生理であわててしまった経験が何度かあります。 もしタンポンを併用していなかったら、試合を中断して抜けていただろうか、でもその場合、審判になんと説明して抜けただろうか……と今思い出しても恐怖です。 また別のある夏の日には、私は練習中に急に生理になってしまい、はいていたベージュのハーフパンツが真っ赤に! 私はしばらく気づかず、女子部員の指摘で気づきました。男性部員も多数在籍する部活だったため、彼らに気づかれないように、そのままそーっと練習を抜け、トイレに駆け込みました。幸いにも夏だったので、練習着の着替えを複数持っており、何事もなかったように着替えて練習に戻ることができました。 こんな出来事があって以降は、生理になりそうなときや生理中は黒や紺などのハーフパンツを着用し、試合では始まる直前に新しいタンポンに替え、ナプキンをつけずに試合をし、試合後すぐに取り替えるようになりました。 夏場の生理中のスポーツは憂うつになることもありますが、タンポンを使うようになってからは出血によるムレや経血漏れの心配は減り、だいぶ快適に過ごせるようになりました! 監修/助産師REIKO--------原案/浜中 柊さん作画/まっふ
2021年02月27日大山加奈さんは元バレーボール選手です。2001年の高校在学中には、オリンピック・世界選手権・ワールドカップと三大大会と言われるすべての試合に出場。日本を代表するプレーヤーとして「パワフルカナ」の相性で親しまれ、活躍しました。現在では、全国での講演活動やバレーボール教室、メディアの出演など活動の幅を広げています。 そんな幅広い分野で活躍する大山加奈さんですが、去年の9月に不妊治療の末、双子の赤ちゃんを授かったと公式ブログで妊娠を報告。2021年2月19日には、双子の女の子を無事出産し、念願だったママになる夢が叶いました。 今回は大山さんの不妊治療の体験談を中心に、これまでに悩んでいたことや、現役スポーツ選手時代を振り返って感じた生理と不妊の関係の重要性などを取材させていただきました。 ブログで報告する際、ためらっていた理由…ー昨年の9月にブログでの妊娠報告をされていましたが、そのときの心境を教えて下さい。 大山さん:私はずっと不妊治療をしていたので、最初は報告することをためらいました。でも、今も治療を続けている方や、不妊で悩まれている方から、「勇気をもらった」「励まされた」という声をたくさんいただいたんです。その言葉がなによりもうれしかったですし、誰かの役に少しでも立てたのなら、よかったのかなと思っています。 ー報告をためらっていた1番の大きな理由は何だったのでしょうか? 大山さん:まずは妊娠したのが双子ということで、出産のリスクが大きいからこそ、何があるか最後までわからないんですよね。なので、まだ無事に生まれていないタイミングで報告をしてもいいのだろうかということに悩みました。あとは何より、私も子どもが欲しくてもできない時期が長かったので、誰かの妊娠のニュースを目にすることでつらい想いをする方もいらっしゃると思ったんです。そんな想いが頭を駆け巡って、この報告が果たして正解なのかどうかはすごく悩みました。だからこそ、「勇気をもらった」という言葉は、本当にうれしかったです。 もっと早く知りたかった! 生理と不妊の関係性とはー不妊治療についてもお伺いさせてください。大山さんは生理不順や生理痛などに悩まされていたのでしょうか? 大山さん:いや、私は特に生理不順ではなかったです。でも、現役時代を振り返ると、厳しい練習の影響で生理痛が重くなってしまったり、生理不順になっていることに対して、知識がないためにそこに重きを置かない人たちが多かったように思います。不妊治療の先生によると、実際には生理が止まったり生理痛が重いということは、体になにか異常が起こっている可能性が高いそうです。そして、それを放っておくと「赤ちゃんが欲しい」と思ったときには不妊症になっていたり、取り返しのつかないことになっているケースもあるそうで……。だからこそ、学生時代に生理のことについてちゃんと学ぶ場所が大事だと思うんです。 ーたしかに、生理のことって、なかなか相談しづらい現状がありますよね。 大山さん:そうなんですよね。学校によってはトレーナーさんなどがいて、生理についてもちゃんと相談できる人がいるケースもあるんですが、まだまだ少ないのが現状です。なので、学校の先生や保護者と連携を取ってサポートすることが何よりも大事だと思っています。 ーこうやって発信していくことも、すごく大事ですね。 大山さん:はい。こういった記事を若い子が目にすることで、自分の生理と向き合ってもらえたらうれしいですね。実は、生理前や生理中ってホルモンのバランスの関係でケガが多くなるらしいんですよ。 ーそうなんですか!? 初めて聞きました。 大山さん:まだまだ知らない人が多いと思います。お仕事でシンポジウムなどに登壇させていただいた際に先生方がおっしゃっていたり、ネット記事やSNSなどでもそのような情報を見かけて私も知ったのですが、そう言われてみれてば……と、過去を振り返って納得したんです。その事実を指導者の方が知っていれば、その人にあったトレーニングメニューを組むことができますし、無駄なケガに苦しまなくてもすむようになると思うんです。自分自身が不妊治療を経験したからこそ、今スポーツを頑張っている方たちにはスポーツ選手として悔いがないよう選手時代を送って欲しいですし、子どもが欲しいと思ったときには手遅れにならないよう、こういったことも知っておいて欲しいです。 数値が低すぎる…! ブライダルチェックの結果にがく然ーその後、大山さんはご結婚されるときにブライダルチェックをしたとお聞きしたのですが、実際に受けてみていかがでしたか? 大山さん:私は生理不順ではありませんでしたが、体の冷えがひどかったのと現役中に腰の手術もしていたほか、痛み止めの薬をたくさん飲んできました。さらに自律神経失調症も患っていたので、精神安定剤なども飲んでいたり、基礎体温もガタガタだったんですよ。そこで一度ブライダルチェックを受けて自分の体の状態を知ろうと思いました。また、母のガンがちょうどそのころに見つかり、「孫の顔を見たい」と望んでいたので、焦りながらも妊活をスタートすることになりました。ちなみにブライダルチェックの結果は、AMH(アンチミューラリアンホルモン/発育過程にある卵胞から分泌されるホルモン)の数値が低く、当時は30歳だったのに42、3歳くらいの数値が出てきたんです。それはさすがにショックでした。 ー最初に不妊治療のクリニック外来を受けたときの心境はいかがでしたか? 大山さん:私はみなさんに顔と名前を知られていますし、体も大きいので目立つんですよね。それもあって、人の目はすごく気になりました。内診台も正直な話、すごくイヤでしたね(笑)。 ーあまり慣れるものではないですよね。ちなみに不妊治療について、旦那様とはどんなお話をされていたのでしょうか? 大山さん:実は、旦那さんはそこまで子どもを欲しいとは思っていなかったんです。さらに私がケガや自律神経失調症で苦しんでいたことも知っていたので、「そんなにつらい想いをしなくていいんじゃないか」とも言ってくれていて……。でも、私はどうしても子どもが欲しかったんです。なので、不妊治療に関しては私が主体となっておこなっていたのですが、夫婦間での温度差は感じていました。話し合いもしっかりする感じではなく、「やりたいようにやれば良い」という感じだったので、私から「こうしたいと思う」ということを伝えていくことが多かったです。私の体のことを気遣ってくれるのはうれしかったのですが、「子どもが欲しい」ということに対して、私と旦那さんでは気持ちの面でのスタートラインがお互い違っていたので、寂しさやモヤモヤを感じることも多かったですね。 ーそのモヤモヤした気持ちはどのように解消していたのでしょうか? 大山さん:う~ん……。日々モヤモヤはしていましたし、ときには泣いてしまうこともありました。ただ、それを旦那さんの“やさしさ”だと受け止めて、過ごすようにしていました。あとは、一緒の時期に不妊治療を頑張っている先輩がいたので、ランチやお茶などをしながら治療に対する苦しさやつらさを共有し合えていたことは、今思い返してもすごく大事な時間だったと思います。人に言いづらい問題だからこそ、同じような状況で頑張っている人が身近にいることで励まされたり、勇気づけられることが多かったですね。すごくありがたい存在でした。 「このインタビューが誰かのためになるなら……」と熱心に質問に答えてくれた大山加奈さん。ご自身の体験を包み隠さず、正直に話してくださる姿がとても印象的でした。次回は不妊治療ステップアップや2年間の休養期間など、大山さんの心の葛藤について答えてもらいます。 <第2回に続く> PROFILE:大山加奈さん1984年6月19日生まれ。小学2年生からバレーボールを始め、小中高すべての年代で全国制覇を経験。高校卒業後は東レ・アローズ女子バレーボール部に入部。高校在学中の2001年に日本代表として初選出され、オリンピック・世界選手権・ワールドカップに出場し、小中高全ての年代で全国制覇を経験。高校卒業後は東レ・アローズ女子バレーボール部に入部した。日本代表には高校在学中の2001年に初選出され、オリンピック・世界選手権・ワールドカップと三大大会すべての試合に出場。2010年6月に現役を引退し、現在は全国での講演活動やバレーボール教室、解説、メディア出演など多方面で活躍中。著者:ライター 吉田可奈
2021年02月26日ぽこちゃんです&どんちゃんです
子育てはフリースタイル
両手に男児