株式会社ヴィリング(本社:東京都杉並区、以下 当社)は、子どもたちがさまざまな問題を解決するためのアイデアを提案する「第5回もんだいかいけつアイデアコンテスト」を開催します。募集期間は、2022年7月25日(月)~8月26日(金)です。詳細は下記URLをご覧ください。 コンテストイメージ同コンテストは、身近な家族や学校の問題から、地域、世界の問題まで関心を持ち、自分たちでも解決できるという視点と自信を子どもたちに身につけてもらうことを目的にしており、2022年で5回目の開催となります。ユニークなアイデアが沢山出てくることを期待しています。【応募について】小学校低学年部門(1~3年生)と小学校高学年部門(4~6年生)の2部門で行います。グループでの応募もできますが、複数の学年にわたるメンバーで構成されるグループは、学年が上のメンバーの部門へ応募してください。応募は当社指定の「アイデアレポート」の用紙に、取り上げる問題とその解決方法やデザインの特徴、実際のデザインを記入して提出をお願いします。【アイデアレポート ダウンロードサイト】 【応募方法】アイデアレポートを下記に郵送〒167-0043 東京都杉並区上荻1丁目23番19号 東神荻窪ビル2階B号株式会社ヴィリングもんだいかいけつアイデアコンテスト事務局 宛【審査項目】1.問題を発見する力2.問題を解決する発想のユニークさ3.問題とその解決方法をわかりやすく伝える力【審査委員】久保田 晃弘 教授(多摩美術大学情報デザイン学科)平井 聡一郎 氏(株式会社情報通信総合研究所 ICTリサーチ・コンサルティング部 特別研究員)【募集締切】2022年8月26日(金)【景品】最優秀賞 :iPadとApple Pencil 1セット優秀賞(各部門2組) :STEAMをはじめるためのキット(マイコンボード+書籍)ステモン賞(各部門1組):プログラミングロボット【会社概要】株式会社ヴィリング所在地:〒167-0043 東京都杉並区上荻1丁目23番19号 東神荻窪ビル2階B号設立 :2012年10月10日代表者:代表取締役 中村 一彰<事業内容>・小学生向けSTEAM教育スクール「STEMON」 : ・送迎と習い事付き民間学童「スイッチスクール」: 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2022年07月19日人気の創作もんじゃ専門店〈こぼれや〉の4店舗目、〈月島もんじゃ こぼれや 別邸〉が月島もんじゃストリートに7月10日オープン。もんじゃ焼きの定番「明太子もち もんじゃ」の最高峰として、長年の研究で生み出された“究極の明太もんじゃ”を味わってきました!月島もんじゃ〈こぼれや〉の新店舗がオープン。もんじゃ焼きの聖地・月島で人気を誇る〈こぼれや〉は、高品質なこだわりの食材を使った創作もんじゃ専門店。月島の長い歴史のなかでは新しいもんじゃ店ですが、月島で生まれ育った創業者の「生まれ育った月島の街を盛り上げたい、恩返しがしたい」という強い想いのもと、下町の歴史と斬新な発想をあわせ持つ唯一無二の“下町割烹もんじゃ”となりました。そんな〈こぼれや〉の4店舗目として月島もんじゃストリートに新たにオープンしたのが〈こぼれや 別邸〉です。下町のもんじゃ焼き店には珍しいシックな雰囲気。店内は、仕切りのついたテーブル席がゆったりと並ぶ落ち着いた空間。シックな設えながら、同じビルの6階にある個室もんじゃ〈こぼれや 囲〉に比べるとカジュアルな雰囲気で、デートや会社帰りの集まりなど普段使いにぴったりです。最高級明太子「博多あごおとし」で定番もんじゃが昇華!これまでは高級食材を使った贅沢もんじゃや洋風にアレンジした洋風もんじゃなど、今までにない創作系もんじゃを提供してきた〈こぼれや〉ですが、〈こぼれや 別邸〉では定番のもんじゃ焼きを“極める”ことに注力。度重なる試作と研究の末、新鮮で高品質なこだわりの食材を使い、月島で長年親しまれてきた定番もんじゃをグレードアップした数々の新メニューが誕生しました!「最高級博多明太子と餅もんじゃ」1,639円は、特大サイズの明太子に驚き!そのなかでも自慢の看板メニューが「最高級博多明太子と餅もんじゃ」。丼にたっぷりと食材が盛られたボリューミーなもんじゃは、テーブルに運ばれてきた瞬間思わず「わ~!」と声を出してしまうほどの迫力でした!こちらの明太もんじゃは、“あごがおちるほどうまい”ことから名づけられた最高品質の辛子明太子「博多あごおとし」を贅沢に一腹まるごと使用しています。〈こぼれや〉のもんじゃ焼きの出汁は、豚骨をベースに、鶏ガラや野菜、京都の老舗乾物店が特別ブレンドした鯖節など全10種類の厳選具材を5時間煮込んでいます。さらに、揚げ玉はミシュラン掲載の名店〈天ぷら 阿部〉の揚げ玉を使用。「博多あごおとし」は、そんなこだわりの出汁に合うよう数種類のブランド明太子から選び抜かれた逸品なんだとか。それに合わせるお餅は、“至高の餅”と称される新潟県魚沼産の「こがね餅」。贅沢すぎる食材の数々に期待が高まります!餅は鉄板の隅で焼いておき、キャベツで土手を作って……出汁と明太子を大胆に投入!そのまま明太子と具材を潰して混ぜます。そしてもんじゃ焼きを食べるときに意外と迷うのが“焼き方”。同店では、基本的にスタッフさんが焼いてくれるから慣れていなくても安心です(もちろん自分で焼くのもOK!)。スタッフさんの華麗な手さばきで、あっという間にもんじゃ焼きが完成しました!香ばしくて良い香り~。完成した熱々のもんじゃ焼きには、たっぷりと明太子の粒が入っているのがわかります。ふーふーしながら口に入れると……明太子の辛みがピリッと感じられ、濃厚な旨みもギュッと詰まっていました!さらに、深みのある出汁の風味、シャキシャキとしたキャベツの甘みが絡まり合い、たまにお餅の“ぷにっ”とした楽しい食感もやってきます。そんな黄金バランスの味わいと食感につられ、どんどん食べ進めてしまいました(結局、あの量を一人でペロリと完食!)。これほどまでに明太子の辛みと旨みを力強く感じられる明太もんじゃは初めてだったので、見た目のインパクト以上に驚きがありました!お好みで海苔、大葉をトッピングすればより風味豊かに。一味と七味、山椒などこだわりの調味料がずらり。明太もんじゃに合わせるなら、スタッフさんのいちおしは「黒七味」!もんじゃ焼きはそのまま食べても最後までおいしく味わえますが、お好みで薬味や調味料でアレンジしてみるのもおすすめ。ほかのもんじゃ店では見かけない、こだわりの調味料が揃っているのも同店ならではのポイントです。店舗限定の新メニューが続々!岩手県産銘柄豚「岩中豚」とねぎの特製ソースで仕立てた「岩中豚もんじゃ」1,309円。こがね餅と北海道十勝産よつ葉乳業のチーズ3種がクリーミーに絡み合う「もちチーズもんじゃ」1,199円。岩中豚と本場韓国産「冬眠キムチ」の旨みが引き立ち合う「本場韓国豚キムチもんじゃ」1,419円。ほかにも〈こぼれや 別邸〉では、もんじゃの定番「豚もんじゃ」「豚キムチ」「もちチーズ」などを同店流にグレードアップさせた新メニューが新登場!一品一品に合わせた調理法・厳選素材で丹精込めて作られたもんじゃ焼きは、それぞれに新鮮な驚きを感じられます。また、もんじゃ焼きに欠かせないのがアルコール!店のいちおしは、東京発のクラフトビール「東京ホワイト」(瓶 913円)です。フルーティーでシャープな飲み口のビールが、もんじゃ焼きの塩気と好相性!〈こぼれや 別邸〉の趣向をこらした贅沢感たっぷりのもんじゃ焼きは、食べたら誰かに教えたくなる体験したことのない味わいでした。大切な人を誘って、月島でワンランク上の“もんじゃディナー”はいかがですか?〈月島もんじゃ こぼれや 別邸〉東京都中央区月島3-7-12 1F03-5534-871917:00~23:00(土 11:00~23:00、日・祝 11:00~22:00)月火休54席禁煙公式サイト
2022年07月12日肌が黄色っぽくなり、なんとなく顔色を悪くしてしまう黄ぐすみ。くすみはいくつか種類があり、それぞれ原因も対処法も異なります。肌の黄ぐすみに気づいたら、その原因を知り、正しく取り除くことで解消が見込めます。本記事では、肌の黄ぐすみの原因と対策について解説します。肌の黄ぐすみについて出典:byBirth冒頭で触れたとおり、肌のくすみにはいくつか種類があり、表れる症状が異なります。ここでは、黄ぐすみの「症状」と「原因」について解説します。肌の黄ぐすみチェック肌に黄ぐすみが起こると、次のような症状が表れます。自分の肌を見て、該当するものがないかチェックしてみましょう。肌に透明感がない肌全体が黄色くくすんでいる弾力やハリがない黄ぐすみがあると、肌色が暗くなり顔色が悪くなりがちです。また、ハリがなく肌全体しぼんでしまい、たるみやシワが目立ちやすくなるため、老けた印象に見えるのが特徴です。肌が黄ぐすむ原因出典:byBirth肌が黄ぐすむ原因は「糖化」と「カルボニル化」と考えられています。ここでは、それぞれについて詳しく解説します。糖化糖化とは、コラーゲンやエラスチンなどのたんぱく質と糖質が結びつき茶色く変色することを指します。肌の真皮部分にも、弾力を維持するためにコラーゲンとエラスチンがあるため、糖質と結びつくと肌が黄色っぽく変色してしまうのです。また、たんぱく質と糖が結びつくと「AGEs」(終末糖化生成物)が発生し、蓄積するとシワやほうれい線などの老化を早める原因にもなります。一方、糖化は肌の表面にも悪い影響を与えます。例えば、肌の最も外側にある角層が糖化すると、うるおいを保持する力が低下し、乾燥肌を引き起こすことがあります。乾燥がひどくなると、肌に透明感が失われてさらに黄ぐすみがひどくなることも。さらに、糖化は肌だけでなく体全身にも影響を及ぼします。糖化によって引き起こされる症状は次の通りです。動脈硬化に伴う臓器の障害(狭心症、脳梗塞、心筋梗塞など)骨粗しょう症歯周病免疫機能低下糖化は、たんぱく質があればどこでも起こります。肌と体を健やかに保つためにも、糖化が起こらないようしっかりと対策をすることが大切です。カルボニル化カルボニル化は、コラーゲンやエラスチンなどのたんぱく質が酸化した脂質の代謝物と結びついて、黄色く変色することを指します。肌にもコラーゲンやエラスチンがあるため、カルボニル化は起こりえます。例えば、紫外線によって体内で活性酸素が発生すると皮脂が酸化します。酸化した皮脂が、コラーゲンやエラスチンなどのたんぱく質と結びつくと肌が黄色くくすんでしまうのです。カルボニル化は、糖化と同様に真皮・表皮の両方で起こり、シワ・たるみなどのエイジングサインや肌の乾燥を引き起こします。また、糖化よりも黄みが強く出るため、顔色が悪く老けた印象が強くなる傾向にあります。肌の黄ぐすみ対策出典:byBirth肌の黄ぐすみは、原因となる「糖化」と「カルボニル化」を防ぐことで予防できます。ここでは、肌の黄ぐすみ対策の具体例を4つ紹介します。美白効果のある化粧品をつかったスキンケア肌の黄ぐすみをはじめ、あらゆる肌トラブルの予防には、毎日朝晩のスキンケアが欠かせません。とくに黄ぐすみ予防には、美白効果のある化粧品をつかったお手入れが有効です。美白効果のある化粧品は、メラニンの生成の抑制、メラニンの還元、ターンオーバーの促進などの効果があり、くすみを飛ばして透明感のある肌づくりに役立ちます。美白化粧品には多くの種類がありますが、なかでもビタミンC誘導体配合の化粧品をつかうことをおすすめします。ビタミンC誘導体は糖化を抑制する作用があります。糖化による黄ぐすみを予防するのに、心づよい味方といえるでしょう。黄ぐすみを引き起こす食材を摂らない出典:byBirth黄ぐすみは、肌にあるたんぱく質と「糖質」と「脂質」が結びつくことで起こります。そのため、予防するには、糖質や脂質の多い食材を摂らないようにすることが大切です。例えば、白米、白い食パン、うどん、白砂糖など精製された白い食品は、血糖値が上がりやすく糖化の原因となるため避けたほうがよいでしょう。食べるのであれば、胚芽米、玄米、全粒パン、きび砂糖など精製されていない食品を摂り、血糖値の上昇を抑えることをおすすめします。また、ブロッコリースプラウトは、抗糖化効果が認められており糖化予防に有効なので、普段の食事に取り入れるとよいでしょう。一方、植物油脂、加工油脂、トランス脂肪酸が入った加工食品の摂取は、脂質が酸化してカルボニル化の原因となるため避けましょう。調理法も、油を使って揚げる・焼くよりも、蒸す・煮るなどに変えるのも有効です。また、抗酸化作用のあるビタミンAやビタミンCを含む食品も積極的に活用しましょう。具体的には、緑黄色野菜、レモン、緑茶、ベリー、鶏むね肉などが挙げられます。黄ぐすみを防ぐために、普段の食事の仕方を見直してみましょう。適度な運動をする適度な運動は、糖化を防ぎ肌の黄ぐすみを予防します。運動をすると、血液中の糖を筋肉に取り込んでエネルギーとして使い、血糖値を下げる作用があるのです。一方、BMI値の高い人、スポーツをしない人、メタボリック症候群の人、過食気味の人は、血糖値が上昇しやすく糖化体質となります。とくに、女性の場合、男性に比べて筋肉量が少ないため糖をエネルギーに変える力がなく、太っていなくても血糖値が高くなりがちなので注意が必要です。週に2度、汗をかく程度の運動を行い筋肉量を維持することは、糖化防止に役立ちます。まとめ出典:byBirth肌が黄ぐすむと「透明感がない」「肌全体が黄色くくすむ」「弾力やハリがない」といった症状が表れます。黄ぐすみの原因は「糖化」と「カルボニル化」の2つです。肌の黄ぐすみを予防するには「美白効果のある化粧品をつかったスキンケアをする」「黄ぐすみを引き起こす食材を摂らない」「適度な運動をする」ことの3つが大切です。「糖化」と「カルボニル化」を防ぐスキンケアと生活習慣を意識し、黄ぐすみのない透明感のある肌を目指しましょう!
2022年03月22日東急不動産SCマネジメント株式会社(本社:東京都渋谷区、社長:木内 伸好)が運営管理する「みのおキューズモール」に、2022年秋、関西最大級の「無印良品」がオープンします。規模は1フロア3,600平方メートル超ですべて物販(一部食物販含む)の予定。関西最大級の売り場面積で、ゆったりと買い回りできる空間となります。衣料品・生活雑貨・食品と暮らしの基本となる7,500以上の商品で豊富なラインナップを揃えます。充実した生活のために地域の皆様が交流できる場の提供や暮らしの全てに関わり、地域にお住まいの方々に寄り添った「感じ良いくらし」をご提案します。みのおキューズモールは、人々の集い・交流を示す「Gather」と、地域に愛され共に育っていく想いの「Togather」の2つの意味を込めた「To・gather」というコンセプトのもと、地域の「つどい」を育み、リアルな商業施設ならではの価値を追求しています。今回出店予定の無印良品をはじめ、これからも各店舗と連携しながら、地域の皆様に愛される施設となれるよう邁進します。■無印良品 みのおキューズモール 概要国内店舗で最大級の売場面積を誇り、無印良品のフルラインナップに近い商品群を取り扱います。地域の皆様の暮らしに末永く役立つ“繋がる場”となることを目指します。名称:無印良品 みのおキューズモール場所:みのおキューズモール EAST3 1階(SPORTS DEPO跡)オープン日:2022年秋予定営業時間:10:00~20:00店舗面積:売場面積3,600平方メートル超■その他の新店情報■みのおキューズモール施設概要施設名称 : みのおキューズモール所在地 : 大阪府箕面市西宿1-15-30店舗数 : 約110店舗営業時間 : 物販10:00~20:00 飲食11:00~22:00代表TEL : 072-729-1090公式HP : アクセス : 北大阪急行電鉄「千里中央」駅より直行バス 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2022年03月01日SNSで話題!女性ばかりの職場のブラックな実態を紹介!「@yuyuyuko0202」さんの「絶対おかしいでしょ…!!「ちょっと肩もんでくれる~?」と後輩を召使いのようにこき使う先輩に…【ブラック企業の人間関係がひどかった話】<6話>」を紹介します。ブラック企業にありがちな恐ろしい人間関係のお話です…。前回、先輩に押し付けられた仕事で、休みなく働く羽目になったさんちゃん。反対に仕事に余裕が出てきた先輩は、さんちゃんを業務外のことでもパシリに使うようになり…?!さすがに…なんだか惨めな気持ち…心身消耗する…半人前と召使いは全く意味が違いますよね…!!半人前だからって、召使いのように先輩の言いなりになる必要はありません。でも先輩達からすると、「新人=召使い」と思っているのでしょう。なんだかそう思われていること自体が悲しくて、虚しくて、やりきれません…。気持ちを切り替えて、明日からまた頑張らないとですね…!今回は「絶対おかしいでしょ…!!「ちょっと肩もんでくれる~?」と後輩を召使いのようにこき使う先輩に…【ブラック企業の人間関係がひどかった話】<6話>」をご紹介致しました!(恋愛jp編集部)(イラスト/@yuyuyuko0202)本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。
2021年10月25日東急不動産SCマネジメント株式会社(本社:東京都渋谷区、社長:木内 伸好)は、運営管理する「みのおキューズモール」にて、今年で10回目となる「みの-1グランプリ 2021」を2021年10月31日(日)に開催します。「みの-1グランプリ2021」は、箕面の特産品である「ゆず」を使用した創作グルメ大会です。エントリーされた15店舗の創作グルメの中から、お客様の投票数によりグランプリ「箕面ナンバーワン(みの-1)ゆずグルメ」を決定します。また会場内のステージでは、コロナ禍で発表の場を失くしてしまった箕面自由学園高等学校女子ダンス部などの近隣高校や地元箕面や北摂地域で活動している10団体のダンスチームが参加する「みの-1 ダンスフェスティバル」も同時開催します。更に今年は、「みの-1グランプリ」10回目の開催を盛り上げるべく、ゆずやもみじをテーマにした雑貨販売や、ワークショップなどが体験できる「ゆずマルシェ」も初開催します。このイベントを通して、地域の魅力を再発見いただくとともに、素晴らしいパフォーマンスや体験で多くの笑顔をお届けします。当イベントは、キューズモールがブランドスローガンとして掲げる「街は、おおらか。人は、ほがらか。」を実現するべく、地域と一体となって地域の活性化をめざすプロジェクト「スマイルプロジェクト」として実施します。イベント実施概要名 称 : 「みの-1グランプリ 2021」開催日時 : 2021年10月31日(日)11:00~16:30開催場所 : みのおキューズモール ふれあいパーク、EAST 1F キューズステージ周辺(ゆずマルシェ)内 容 : 「ゆず」を食材テーマとした創作グルメの中から、2021年度グランプリ「箕面ナンバーワン(みの-1)ゆずグルメ」を決定し、表彰します。グランプリは創作グルメを購入したお客様の(投票シール2枚配布)投票で決定します。今年は初出店7店舗を含む15店舗が参加予定。「ゆずダレチキンカツ」、「タコス(ゆず風味)」などのグルメ系9店舗、「ゆずマラサダドーナツ」、「ゆずるムッシュ(プリン)」などのスイーツ系6店舗とバラエティー豊富なメニューが揃います。その他にも、会場内ステージでは、箕面自由学園高等学校女子ダンス部などの近隣高校や地元箕面や北摂地域で活動している10団体のダンスチームが参加する「みの-1 ダンスフェステ ィバル」、ゆずやもみじをテーマにした雑貨販売やワークショップなどが体験できる「ゆず マルシェ」も同時開催します。※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、出店数を減らし、出店間隔を確保して実施※ステージ周辺の観覧スペースを広く確保し、適度な距離を保ちながらの観覧(観覧席なし)■ スマイルプロジェクトとは「キューズモール」のブランドスローガン「街は、おおらか。人は、ほがらか。」を実現する取り組みとして、地域一体となって笑顔を生み出し、笑顔を広げていく、エリアの活性化を目指す社会貢献活動です。■ 長期ビジョン「GROUP VISION 2030」の取り組みテーマと SDGs東急不動産ホールディングスグループは、2021年に長期ビジョンを発表しました。 「WE ARE GREEN」をスローガンに、誰もが自分らしく、いきいきと輝ける未来を実現します。価値を創造し続ける企業グループをめざして、重視する社会課題から抽出した 6つのテーマに取り組み、SDGs の達成に貢献していきます。東急不動産ホールディングスグループ「GROUP VISION 2030」について ■ みのおキューズモール施設概要施設名称: みのおキューズモール所在地 : 大阪府箕面市西宿1-15-30店舗数 : 約110店舗営業時間: 物販10:00~20:00飲食11:00~22:00代表TEL: 072-729-1090公式HP : ア ク セ ス : 北大阪急行電鉄「千里中央」駅より直行バス 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2021年10月04日尾崎豆1997年からTBS系で放送されていた『学校へ行こう!』。みのもんたやV6が出演して、学生を応援する人気コーナーが多数あった。中でも、2002年から始まった、出演者がオリジナルのラップや替え歌を披露し、V6がそれを見守るコーナー『B‐RAP HIGH SCHOOL』は、当時の学生たちの間で大きな話題を呼んだ。『軟式globe』や『Co.慶応』などの数多(あまた)の名物キャラの中で、ひときわインパクトがあったのが、尾崎豊のヒット曲の替え歌を披露していた尾崎豆(まめ)。オーディションをきっかけに出演することになったが、その経緯というのが……。「当時、今みたいにインターネットでの受付がなくて、応募するにはハガキを書かないといけなくて。それが面倒くさかったので、TBSの苦情センターに電話をかけました。“苦情なんですが、『学校へ行こう!』のスタッフルームにつないでもらえますか?”と頼んで取り次いでもらって、オーディションを受けたいことを伝えました」手を抜いたように聞こえるが、意外な近道だったようで、翌日のオーディションへ参加することに。「フリップネタと、尾崎豊さんの替え歌を披露しました。フリップネタはディレクターさんにウケなかったのですが、替え歌になると、急に真剣な表情に変わったのを覚えています」■君の名前は今日から「尾崎豆」なんとも気になる反応だったが、結果はその場では伝えられず。TBSから帰ろうとしたときに転機が訪れる。「スタッフさんが追いかけてきて“土曜日、空いていますか?収録が夜から始まるので来てください!”と声をかけていただきました。後から聞かされましたが、もともと“尾崎豊のミニ版”をできる人を探していたらしくて。それで“君の名前は今日から尾崎豆”と言われ、ジーパンと白いTシャツを持ってくるように指示されました」晴れて2003年4月に『B‐RAP』への初登場を果たす。「最初は不安でしたね。尾崎豊さんのファンから、苦情が来るんじゃないかと……」そんな不安をよそに、瞬く間に人気者になっていった尾崎。「盗んだバイクを買わされた」など、印象的なフレーズの多い替え歌の作詞はどうやっていたのか。「最初の3~4曲は、自分でつくっていました。その後は、週に1曲のペースでつくらないといけなかったので、とてもじゃないけど無理で……。結局、作家さんをつけていただきました。尾崎豊さんのどの曲で替え歌をするのかも、スタッフさんから指示がありました」曲をつくるだけでなく、覚えるのにも苦労したという。「僕は物覚えが悪かったので、作家さんが書いてくださった歌詞をなかなか覚えられなくて……。カメラの横にずっと歌詞のカンペを出してもらっていましたが、NGがすごく多かった。ほかの出演者よりも、断然多かったですね」収録は、丸1日かけて行われていた。『B‐RAP』の出演者たちは、大部屋の楽屋に集められた。「土曜の夜から日曜の夜でしたが、僕は何テイクも撮り直して、みなさんに迷惑をかけていたので、ほかの人の撮影が終わるのを待っていました。当時の僕は体重が42kg、体脂肪率2%のガリガリだったので、スタジオはすごく寒く感じたことを覚えています。放送では手元はあまり映っていませんが、震えながら歌っていました」歌う前、意気込みや曲のテーマなどをモニター越しのV6メンバーとやりとりするのもコーナーの定番。尾崎のキャラクターに爆笑していたV6が印象的だったが、これも何テイクも収録していた。「ディレクターに、だいたいの流れを書いた紙を渡されましたが、そのとおりにはならなかったですね。ディレクターが気に入らないと止められて、何テイクも撮り直しました」それでも『B‐RAPリクエストアワード』という投票企画で1位を獲得するほどの人気だった尾崎は、歌以外にも出番が与えられた。V6の坂本昌行、井ノ原快彦とのミニコントに、MISIAをもじった名前で個性的なキャラのMUSIA(ムーシャ)とともに参加した。「コントの内容は、おそらく、坂本さんと井ノ原さんはスタッフさんと打ち合わせをしていたと思いますが、僕たちはアドリブでした」■坂本から「頑張っているな!」尾崎の“アドリブ演技”にはV6からも褒め言葉がかけられた。「坂本さんに“ちゃんと演技してるな!頑張っているのが見えるよ”と褒めていただけてうれしかったです。“おい、MUSIA!豆はもうちゃんと演技に入ってるよ!”と、MUSIAをイジるようなことも言っていましたね」夏休みをとるみのもんたの、代理MCにも抜擢された。「MCをやると聞いたときはすごく嬉しかった。でも、“次のコーナーはこのコーナーです!”と言う以外、あまり喋らせてもらえなくて寂しかったですね。せっかくの機会なので、喋りたかったです」悔しさを滲ませるも、この収録をきっかけに、突如ギャラがアップしたという。「最初は1万円でしたが、代理MCのときから急に3万円になり、その後ずっと3万円でした。特にお知らせなどはなく、いつの間にか振り込まれる金額が増えていたんです」増えたのはギャラだけでなく……。■秋のSPで「V6と再会」の夢「収録を終えてTBSの外に出ると、女の子たちがたくさん待っていたんです。V6さんの出待ちだろうと思っていたら、僕の出待ちでビックリしました。東京駅まで一緒に電車で帰ることにしたら、日曜日だったのに僕のいる車両だけ満員になって……。近くにいたおじさんが“日曜日なのにどうして混んでいるんだ!”と言っていて、あのときの経験はまるで夢みたいでしたね」そんな夢の時間は儚く、告知のないまま『B‐RAP』は突如、終わりを迎えた。「『B‐RAP』のコーナーが終わることは聞かされていませんでした。“今回の収録が最後です”といった話もなく、いま思えば扱いが雑ですよね(笑)。現場で泣いているADがいたので、違和感はありましたが……」この秋には『学校へ行こう!』3時間スペシャルが放送される。「秋の復活は、まだお話はいただいていないですね。同窓会みたいなものがあったらうれしいですけどね。せっかくならV6さんと再会したいです」今でも連絡を取り合うこともあるという『B‐RAP』のメンバーたち。まさしく、そこは彼らにとっての学校だった。尾崎豆『B-RAP』以降は、吉本興業に所属。ルミネTheよしもとで、新喜劇に出演していた。現在はフリーの芸人として各種イベントに出演しながら、YouTuberとしても活動。代表曲の『15の昼』は70万回以上再生されている。
2021年09月26日長寿番組を牽引する2人(左から)黒柳徹子、タモリ「テレビの時代は終わった」と言われますが、永遠に続いているような気がするおなじみの番組も多いものです。出演者も、やっていることも変わらないのに、時代の波を飄々と乗り越えてきたそれらの番組。いったいなぜ?多角的な視点から検証してみました。1953年にNHK・民放各局で本放送が開始された“テレビ”。この数年でこそネットの波に押されているが、約70年ものあいだお茶の間をにぎわす娯楽として親しまれている。■長寿番組のナゾを分析!生き馬の目を抜くテレビ業界で、四半世紀以上も続く“長寿番組”は伝説の存在といってもいい。なかでも、『笑点』(日本テレビ系)は放送開始から55周年を迎えたキングオブご長寿番組。バラエティー番組としては最長を記録している。落語界の名人たちがズラッと並んで大喜利をする姿に、元気をもらった人も多いだろう。「長く続いている番組の特徴のひとつが“おなじみ感”です。『笑点』は、前半は演芸で後半は大喜利という構成をずっと続けている。司会者やメンバーが変わっていてもコンテンツが同じなので、安心して見ていられるんですよね」そう語るのは、放送作家の野呂エイシロウさん。おなじみ感に加えて、名人たちの安定した笑いも楽しめる『笑点』は、長く続く条件を満たしているという。そして、元テレビ局勤務のコラムニスト・逢瀬辰五郎さんも『笑点』の魅力をこう分析する。「長寿番組は、誰が司会者でも成立するフォーマットができています。『笑点』も最初の司会者は故・立川談志師匠でスタートして、その後も何度か代替わりしながら続いているのが強みだと思います。それに、もしも個性が強すぎる談志師匠の降板がなかったら、内容にエッジが効きすぎて長く続かなかったかもしれません。長続きのコツは“面白すぎないこと”でもあると思います」総合司会の児玉清さんが放つ「アタックチャ〜ンス!」の声が耳から離れないクイズ番組『パネルクイズアタック25』(テレビ朝日系)も、46年選手の番組だ。児玉さんの引退後、朝日放送の浦川泰幸アナウンサーを経て2015年以降は俳優の谷原章介が司会を務めている。「『アタック25』は児玉さんのイメージが強かったけど、今では谷原さんの司会に違和感がないですよね。『笑点』と同じく、番組のフォーマットがしっかりできあがっているので、司会者が変わっても成立している典型例です」(逢瀬さん)■替えのきかない司会者2人一方で、司会者の替えがきかない長寿番組も少なくない。その筆頭株が『徹子の部屋』(テレビ朝日系)だ。説明するまでもないが、タレント・黒柳徹子の“部屋”にゲストが訪れるトーク番組。45年の長い歴史の中には、神回と称される徹子とゲストの名勝負(?)も数多く存在する。「彼女の司会は“しゃべり芸”と言ってもいいほど特徴的。一方で、画面上にはゲストと徹子さんしかいないし、徹子さんの衣装を確認したあとは、テレビを真剣に見なくても聞き慣れた徹子トークが楽しめる。視聴者を楽しませる秀でた話芸と、安心感がある『徹子の部屋』は、長寿になるべくしてなった番組かもしれません。番組名にMCの名前が入っているので、徹子さんがお元気なうちは続くはずです」(野呂さん)“タモさん”こと森田一義も、長寿番組との相性がいい。最長で38年間放送しているのが、毎度おなじみ流浪の番組『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)だ。「タモリさんの場合も、徹子さんと同じく名人芸を魅せてくれる司会者です。彼が持つ幅広い知識とユーモアで、その日のテーマをどう料理するかが見どころですよね」(野呂さん)だが、そんなタモさんがお昼の顔として32年間司会を務めていた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)は2014年に幕を閉じた。その終焉については「番組のコストが影響しているのでは、という話も聞いたことがあります」と野呂さん。「近年の傾向ですが『いいとも』のように、出演者が多かったり、大御所に見合ったギャラを支払い続けると予算がかさむため番組はやめざるをえない。特に司会者の名前が大きすぎると、番組そのものを終わらせるしかないんですよ」(野呂さん)テレビ業界の現状がうかがえる、なかなかシビアな話だ。さらに野呂さんは「今後、メインの司会者を据える長寿番組は生まれにくくなる」と予想する。「徹子さんやタモリさん、ビートたけしさんやダウンタウン……今、司会者の名前を冠した25年超えの番組は、テレビ創世記からバブル期に始まっています。司会をする彼らも20代後半から30代前半にブレイクした人々です。しかし現代は、前の世代が詰まっているので、タレントやお笑い芸人たちのブレイクも40代になりつつある。そうなると、これから30年、40年も番組を続けるには体力的に難しいでしょうね」■道具として機能している番組番組長生きの秘訣はほかにも。野呂さんは「道具として使われる番組」は、長続きしやすいと話す。「テレビの娯楽以外の部分を担っている番組です。例えば『おかあさんといっしょ』なんて、自宅にある保育所のような番組だから、なくなったら大勢の親子が困りますよね。同じくNHKの『テレビ体操』や『きょうの料理』も、実生活に即した内容を放送しているのが特徴です」NHK以外でも、競馬の結果を報じる『ウイニング競馬』(テレビ東京系)やスポーツ番組全般も“道具”的な要素が強いという。「『ウイニング競馬』そのものが楽しみなのではなく、レースの結果を知るのが目的になっている。『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系)も同様に番組の内容ではなくて、視聴者の目的は試合の結果ですよね」(野呂さん)一方で、ワイドショーは世間の流れを知る道具的番組ながら「“司会者”が大きなポイントになる」と、逢瀬さんは分析する。「20年前は、みのもんたさんや、先日22年の歴史に幕を閉じた『とくダネ!』の小倉智昭さんのように、視聴者の目を引く“アクの強い司会者”をあえて起用していました。最近でいえば『ミヤネ屋』(日本テレビ系)の宮根誠司さんに該当しますが、視聴率でいえば裏番組の『ゴゴスマ』(TBS系)に押されています。ゴゴスマの石井亮次アナウンサーは、宮根さんとは正反対の司会者。アクの強い司会者は、宮根さんが最後になるかもしれませんね」今後は“出しゃばらない司会者”が好まれるのでは、と逢瀬さん。司会者にもトレンドがあるようだ。■ついつい結果が気になるそして、長寿の中の長寿番組が、NHKの『のど自慢』だ。「『のど自慢』といえば、一般の人が歌声を披露する一般参加型の番組。一般の人が出るので親しみやすさもあるのが特徴です。その点では27年間放送している『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京系)にも共通するものがありますね。身近にいそうな人たちが主役になると、つい結果が気になってしまうのが、一般参加型番組の魅力です」(野呂さん)たしかに、惰性で見始めたのに鑑定団の査定結果が気になっていつの間にか1時間たっていた……という経験をした人も多いはず。また、長年テレビの現場に携わっている野呂さんは「長寿番組の存在が当たり前になりすぎて、危うく内容がかぶりそうになったことがある」と、振り返る。「あるバラエティー番組の企画会議で、プロが価値をつけるというコーナーをみんなで考えていたんです。そのときに僕が『プロの鑑定士が骨董品に、みんなが見ている前で値段をつけるなんてどう?』と提案して、いいね!なんて盛り上がっていると、若いスタッフに『野呂さん、それはなんでも鑑定団です』と言われて大爆笑(笑)。長寿番組は、それだけ自分たちの中に溶け込んでいるのかもしれません」無意識のうちに、私たちには長寿番組のDNAが刷り込まれているのかもしれない。また、51年続いている『新婚さんいらっしゃい!』(テレビ朝日系)には、さまざまな長寿の理由が。「『新婚さん〜』は、一般人が参加するうえに、桂文枝師匠が新婚夫婦をどう料理するのか、名人芸も見ものです。ノロケ話を聞いてイスからズッコケたり、真っ昼間からキワドい話をしたり、文枝師匠の独壇場。長寿番組の条件がそろっています」(野呂さん)長寿番組という観点ではずせないのがアニメだ。中でも『サザエさん』は51年続く定番中の定番。「アニメに関しては、絶対にキャラクターが年を取らないですよね。『サザエさん』はコンテンツ的にもかなり強くて、子どもからお年寄りまで楽しめるという作品は、なかなか生まれません。また、子ども向けというよりは、テレビが娯楽だった中高年以上の視聴者が“古きよき昭和”を懐かしむ要素が強い。『水戸黄門』ばりの時代劇になっているからこそ、今も続いていると考えられます」(野呂さん)■番組が生き残る方法とはテレビの全盛期から、放送作家として業界を牽引してきた野呂さんは「今後、テレビは古典になっていくのでは」と予想する。「僕が若いころに、当時のお年寄りが楽しんでいた『落語』や『歌舞伎』はなくなると思っていました。でも、それらは今でも古典芸能として脈々と受け継がれています。YouTubeやスマホの登場によって、テレビがかつてのような娯楽の中心になるのは難しいかもしれませんが、古典として生き残る可能性がある。中でも、ひとつの型が決まっている長寿番組は、古典芸能として長く愛される存在になるかもしれませんね」昨年から続くコロナ禍で、久々にテレビを見て「まだこの番組やってるんだ!」と、懐かしさを感じた読者も多いだろう。目まぐるしく変化する社会情勢の中で私たちに安心感を与えてくれる存在が、長寿番組なのだ。コメントしてくれたのは……●野呂エイシロウさん●1967年生まれ。出版社を経て、26歳のとき日本テレビ『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の放送作家予備校の公募にて放送作家に転身。数々の番組をヒットに導いたノウハウを企業広報に生かす戦略的PRコンサルタントとしても活動中。●逢瀬辰五郎さん●テレビ局勤務を経て、芸能プロダクションでマネージメントの仕事に携わった後、大手WEBサイトでテレビコラムを中心に執筆。
2021年06月13日左から、コロナ禍で“ルール違反”をした、片山さつき、石破茂、菅首相、中川俊男会長(日本医師会のHPより)会社にも学校にも町内会にも、その手の人はいるのである。人に厳しく、自分に甘いーーそんなタイプの人が!連日、テレビに登場し、医療崩壊の危機感をあおってきた日本医師会の中川俊男会長も、そんなタイプだったか。先月、都内で開かれた自民党の自見英子参院議員の政治資金パーティーに参加していたことが、国民を呆れさせている。今年3月、コロナ禍で厚生労働省の職員が送別会で深夜会食した際には、「耳を疑った」と指摘。さらに、「今回の無自覚の行動は、国民への背信であると同時に、医療関係者や同僚である厚生労働省の職員の努力を踏みにじるものであると私は思います」と最大限の厳しさで糾弾したのである。■政治家は自宅で死ぬことはない他人に厳しいその言葉は今、ブーメランとして中川会長を襲う。タレントの坂上忍は、MCを務める『バイキングMORE』(フジテレビ系)で「この人の言葉は聞きたくない」とばっさり切り捨て、日本医師会の浄化作用に期待した。中川会長も定例会見で「慎重に判断すればよかったと思っている」と釈明したが、後の祭り。潔く辞任すれば、それはまた評価も高まったことだろうが、地位を手放す気配はない。今月、片山さつき参議院議員は小池百合子都知事が県境を越える移動の自粛を訴えていることをあざ笑うかのように、静岡県浜松市で行われた「浜松まつり」に同僚議員と参加し、叩かれている。菅首相・二階幹事長・みのもんたらによる“ステーキ会食”が行われた昨年12月以降、石破茂元幹事長の“ふぐ会食”、松本純衆議院議員の銀座会食、滋賀県知事のゴルフコンペ、沖縄県知事のバーベキューなど、ルールを守らない政治家らは後を絶たない。「バレたからといって議員辞任したのは、公明党の議員くらい。離党したとしても職を失うわけではないですからね」と民放報道部記者は冷ややかに見る。さらに安全地帯で暮らす政治家や医師会会長と国民との意識の差を次のように指摘する。「万が一感染しても、自分はきちんと治療を受けられるという安全地帯にいる人ばかりなんです。今、大阪などでは命の選別が行われ、治療も受けられずに自宅で亡くなる人も増えている。政治家や医師会会長が、自宅で亡くなることはありますか?さらに言えば、一般の患者は、医者にかかれたとしても、感染症の専門医にかかれるとは限らない。一般の医者にかかれるのと感染症の専門医にかかれるその違いは、一般のドライバーとF1ドライバーぐらい技術的な差がある場合もある。感染したとしても、保健所の連絡を待つ心配のない立場にあるというだけで、政治家も医師会会長も、医療崩壊とは無関係なのです。万が一感染しても、感染症の専門医にかかれる患者はそれだけで選ばれた国民なんです。だから感染を恐れず、会食したりパーティーに参加したりできるのだと思いますよ」内情を聞けば聞くほど腹立たしくなる日本医師会会長や政治家の、耐えられない特権意識。国民はひたすら変異株を恐れ、慎ましく暮らすしかない。〈取材・文/薮入うらら〉
2021年05月18日石井亮次アナウンサー(左、ゴゴスマ公式ツイッターより)と宮根誠司アナウンサー(右)新番組『めざまし8』(フジテレビ系、平日午前8時)『ラヴィット!』(TBS系、同)がスタート、『スッキリ』(日本テレビ系、同)もMCが変わるなど、朝の情報番組が大きく変化した。そんな中、『ゴゴスマ~GOGO!Smile!~』(TBS系、平日午後1時55分)と『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系、同)による午後のワイドショー戦争が新たな局面に入った。■『ゴゴスマ』関東圏進出時は“惨敗”CBC(名古屋)が制作する『ゴゴスマ』の放送が3月15日から関西圏でもスタートしたのは知られているとおり。これにより、読売テレビ(大阪)が作る『ミヤネ屋』との戦いは全国レベルに拡大したのである。これまでの視聴率争いは関東圏では『ミヤネ屋』が優勢。東海圏では『ゴゴスマ』がリード。3大都市圏で空白区だった関西圏を制した側が、午後のワイドショー戦争の主導権を握ることになる。敗れた側は苦しい立場に置かれる。どちらにも負けられぬ事情がある。その事情を説明する前に、まず両番組の系譜を辿りたい。『ミヤネ屋』は2006年、関西圏のローカル番組として誕生した。関東圏での放送も始まり、全国ネットの番組になったのは翌2007年。「関西で人気番組だったから全国ネットになった」と思われているが、理由はそれだけではない。日テレと読売テレビは協議の上で、それぞれが全国ネットの番組をどれくらいの割合で制作するかを決めている。両局はあくまで別会社であり、全国ネットの番組の制作量で収益が大きく違ってくるからだ。当時、読売テレビ側は全国ネットのドラマなどの制作枠が減っていた。このため、その代償という意味もあって、『ミヤネ屋』を日テレでも放送することになったのだ。両局の“政治”も背後にはあった。この決定により、それまで日テレが主体となって制作していた午後のワイドショー『ザ・ワイド』は幕を閉じた。 『ミヤネ屋』がたちまち人気番組となったのはご存じのとおり。「ナニワのみのもんた」と呼ばれていたMC・宮根誠司氏(57)の明るいキャラクターと歯切れのいいトークがウケた。一方、『ゴゴスマ』が東海圏向けの情報番組として産声を上げたのは2013年。それ以前はドラマの再放送を流していた。こちらはMC・石井亮次氏(44)の実直そうな人柄や生活者目線の番組づくりが視聴者を引き付け、2015年からはTBSも放送するようになった。これにより、『ミヤネ屋』と『ゴゴスマ』の関東圏での対決が始まったわけだが、当初は『ゴゴスマ』の惨敗が続いた。同年10月には世帯視聴率0・9%という信じられない世帯視聴率を記録する(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)。まるでEテレの語学番組である。関東圏からの撤退は必至と見られた。ところが、『ゴゴスマ』は粘り強かった。生活者目線に徹した姿勢が徐々に関東圏でも受け入れられていく。『ミヤネ屋』はコメンテーターが毎回2、3人なのに対し、5、6人登場させ、スタジオ内の雰囲気を賑やかにしたのも功を奏した。視聴率は少しずつ上がっていった。関東圏対決が始まってから約2年が過ぎた2017年10月4日には初めて『ミヤネ屋』を抜いた。『ゴゴスマ』5・4%に対し、『ミヤネ屋』4・7%。その後も好水準を維持している。今は逆転する日も珍しくない。■ゴゴスマにあって、ミヤネ屋にないものでは、『ゴゴスマ』の生活者目線とは具体的に何か。日テレ幹部に聞いた。「典型的なのは天気予報。詳しくて分かりやすい。ボリュームもワイドショー全体の中で一、二を争う」天気予報は同局アナで気象予報士の沢朋宏氏(47)が担当している。確かに情報量が多い。かなり先の具体的な予報まで伝えるなど実用的でもある。日テレ幹部が『ゴゴスマ』を誉めることに違和感をおぼえる人もいるかもしれないが、『ミヤネ屋』はあくまで別会社の番組なのだ。クールに捉えている。日テレ関係者の同番組への見方がクールな理由はほかにもある。2012年に発覚した宮根氏個人の問題である。夫人とは別の女性との間に子どもがいることが報じられ、本人も認めた。「ほかの芸能人らの私生活上の問題を報じる立場なので、ガクッときた」(同・日テレ幹部)当時は視聴率がダントツだった上、やはり別会社の問題なので、日テレは沈黙したそうだ。だが、失望感は残っているという。それは宮根氏も分かっているはずだから、関西圏での新たな戦いにも勝ちたいだろう。読売テレビのお膝元ということもある。関西圏で勝ちたいのは『ゴゴスマ』も同じ。新たにネット局に加わったのは毎日放送(大阪)で、これによってCMがネットセールス(ネット番組を放送する各局のCM枠をまとめてセールスする方式)に変わる見通しだからだ。CBCには大きなビジネスチャンスである。どういうことかというと、これまではCBCが『ゴゴスマ』という番組をネット局に販売し、CMはネット局がそれぞれ自分たちで探した。CBCにとっては大きな利益につなげにくかった。これがネットセールスになると、CM契約の大半はCBCが一括して行い、その契約料の総額から制作費などを引き、差額をネット局に分配する。CBCの利益率は高まる。ただし責任も重くなるので、勝たなくてはならないのだ。現在まで関西圏対決はどうなっているのかというと、初日の3月15日の関西地区の世帯視聴率は『ミヤネ屋』が6・8%で『ゴゴスマ』が同4・9%。その後も『ミヤネ屋』が勝ち続けている。だが、この序盤の結果を喜んでいるのは、むしろ『ゴゴスマ』ではないか。関東圏に乗り込んだ際のような大惨敗ではないからだ。まして関西圏は『ミヤネ屋』のホーム。この程度の差なら、将来に向けて希望が持てるはずだ。かたや『ミヤネ屋』はより大きく引き離したいところだろう。関東圏では圧勝と言えなくなり、東海圏は劣勢で、関西圏で敗れたり、肉薄されたりすると、日テレが再び午後のワイドショー制作に乗りだし兼ねない。その能力は十分あるのだ。さて、勝ち上がるのはどちらか。高堀冬彦(放送コラムニスト、ジャーナリスト)1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立
2021年04月01日鈴木蘭々。トップ賞で獲得した賞品は今も大切にしている「“ルーマニア人のネタで出演を決めたんだよ~”と、プロデューサーに言われて。“何がどう転ぶかわからない世界だな”と、若いながらに思いました」こう話すのは、『どうぶつ奇想天外!』(TBS系、以下『奇想天外』)に出演していた鈴木蘭々。女優の萬田久子に初めて会ったときに「あなた、ルーマニア!?」と言われたエピソードを『笑っていいとも!』で披露したところ、スタジオがドっと沸いた。それで『奇想天外』の出演オファーがきたのだという。1993年開始の『奇想天外』は、世界中の動物の生態をクイズ形式で紹介する番組。みのもんたが司会を務め、鈴木のほかに、高田純次や渡辺満里奈らが主な解答者として出演していた。クイズは絵を描いて答える形式。鈴木は、個性的な絵の珍解答でたびたび注目を集めていたが……。「珍回答を求められるポジションだと勝手に思っていたので、正解がわかっても珍解答をしていたときがあります。誰かが教えてくれるわけでもないんですけど、自然とそうしている自分がいるんですよね。その方向性が合っていたかは別として、若いなりにいろいろキャッチして一生懸命やっていたんだと思います」そのさじ加減については難しいところもあった。「1度マネージャーに怒られたことがあります。“絵が過激で、最近やりすぎ”と。例えば、びっくりした動物を描くときに、びっくりしているだけじゃなくて口から血が出ているとか…(笑)」スタジオでの収録日は1日中、忙しかった。「毎週水曜日か木曜日だったかな。確か2本録りだったと思います。その日は収録で1日ほぼ埋まって、前後に取材が入ったりするような感じでした。誰に会ったかも、何の仕事をしたのか覚えていないこともたくさんあって。たまにYoutubeで過去の動画を見たら“こんな人に会ってたんだ!”“こんな仕事してたっけ?”と思うこともあります」■動物学者・千石先生とのロケそんな中『奇想天外』で行く海外ロケは、リフレッシュにもなっていたそう。「ニューカレドニアは自分の中で思い出深いロケ。保護地区みたいなところにミカドヤモリを探しに行ったのを覚えています」ニューカレドニアには、長髪・眼鏡という独特な風貌とユーモアたっぷりの語り口で、番組の名物キャラとして人気者になっていた動物学者の千石正一先生と一緒だった。「千石先生は主に爬虫類研究の先生だから、爬虫類を見ると子どもみたいにテンションが上がるんです。ヘビをつかまえたら“目がかわいいんだよ!”なんて。ミカドヤモリを見つけたときも、先生はハシャいでいて、こんなにハマれるものがあるってスゴイな、と」子どものような姿を見せる一方、ジャングルの中をひたすら歩く過酷なロケでは……。「熱中症みたいになることもあるんですけど、千石先生は時差とか寝不足とか、なぜこうなっているのかという状況を理解してくれるんです。だから、“二酸化炭素を吸えば大丈夫だよ”とか“糖分とったほうがいいね”といった対処が適切でしたね」心に刻まれた言葉も。「ニューカレドニアで聞いた千石先生のひと言がとても印象的です。“宇宙には数々の惑星が存在しているけれど、地球は宇宙船地球号という乗り物でその乗り物にすべての生き物が乗っているんだ”と。考えてみたらどんな生き物もこの地球で生きていくしか選択肢がないんですよ。その中であらゆる個性が混じり合って暮らしている。先生は生き物をネジに例えて“どのネジが欠けても食物連鎖のバランスが崩れて宇宙船地球号は墜落してしまう”とも言っていました」■私の中ではまだ生きています2012年、千石先生は62歳でこの世を去った。「私は本当に千石先生が大好きでした。お葬式にも呼ばれていたんですが、大好きすぎて先生が天国に行ってしまったことを認識したくなかったので、行かなかったんです。だから、私の中ではまだ生きてます(笑)」ほかの共演者とは、どんな感じだった?「あのころ私はまだ子どもで、大人の会話についていけない感はありました。でも、満里奈ちゃんは楽屋が一緒だったので、姉妹のように仲よくしてもらいました」現在は自身の化粧品ブランドの商品開発に携わりながら、舞台への出演を続けている。プライベートでは、猫2匹の飼い主だ。「わが家では今、風太くんとマロちゃんという猫を飼っています。猫ってマイペースといわれているけれど全然そんなことないな、と。むしろ人間に気を使ったり、合わせてくれているんじゃないかとさえ感じます」猫との暮らしで新たな発見もあったという鈴木だが、番組では今まで知らなかった動物の感情に触れる機会も多かった。「仕事であると同時に、カラフルなセットの中で楽しく学ぶ学校のようでもありました。本当にいい経験をさせてもらえた番組でした」
2021年02月19日フリーアナウンサーの古舘伊知郎が8日、自身の公式YouTubeチャンネル「古舘Ch」で、みのもんたからパーキンソン病であることを告げられた時のことを振り返った。「報道ステーションでご一緒していた小川彩佳さんの思い出を語る。みのもんたさんの記事についても古舘が熱弁」と題した動画で、古舘はみのから一昨年の11月、「どうしても話したい」と料亭に突然呼び出されたことを明かした。そこでみのからは「誰にも言わないでほしいんだけど、実は俺はパーキンソン病なんだよ。だから番組も降りてきちっと整理して、水道メーターの会社の社長も降りて会長に退いて…」などと報告を受けたという。古舘は「俺、涙ボロボロ出ちゃって。何も言うことがなくなっちゃって。そこでみのさんに寄り添うだけでいいんだけど、何か言わなきゃと。しゃべり手根性と自我の強さがあるから、言えない自分がいて悔しくて涙が出ちゃった」と述懐した。さらにみのは、自身がフリーに転身した直後に古舘がカバン持ちをしてくれたことに触れ、「これからフリーになって不安な時にお前がびったりついてくれた。だったら俺が人生の転機をさらに迎えて、病気と戦わなきゃいけない。会社のこともある、番組も降りるという節目に際しては、またお前に寄り添ってほしいと思って来てもらったわけよ」と説明したとのこと。そして古舘は、「またさらに涙が出てポロポロっとなった瞬間に、『さ、飲もうよ』って。泣いてる俺、置き去りだもん(笑)」と回想していた。
2021年02月12日“かかったら寝たきり”のイメージが強い「難病指定」でもあるパーキンソン病。しかし、その発見が早ければ早いほど、数年は普通に社会生活が送れるまでに医学が進歩している。遺伝や生活習慣にかかわらず、誰もがかかる可能性があるからこそ、病に対する正しい知識と判断力を養おう。パーキンソン病の発症を告白したみのもんたさんかつては、豊かな表情、張りのある声、大きな身振りで、ぐいぐいテレビ番組を仕切っていたみのもんたさん。そんな彼が、2020年11月、『週刊文春』で実はパーキンソン病を発症していたことを告白した。そういわれてみれば、降板直前の『秘密のケンミンSHOW』でのみのさん、ぼんやりとした表情で、身体の動きもあまり見られず、「らしくないな」と感じた記憶が……。あれもパーキンソン病の症状だったのだろうか?脳神経内科クリニック院長として多くの患者を診察してきた霜田里絵先生に話を聞いた。「直接診察したわけではないので断言はできませんが、表情が乏しかったり自然な身体の動きが減ってしまったりといった症状は、パーキンソン病の方によく見られますね」■薬や手術で完治は不可能だがそもそもパーキンソン病といえば、国によっては「指定難病」とされており、「治らない」「いずれ寝たきりになってしまう」というイメージだ。「確かにパーキンソン病は、薬や手術で根本的に治すことはできません。ただ、がんのように病気そのものが原因で亡くなることは少ないです。また、現在は治療法がずいぶん進歩しています。ずっと薬を飲み続ける必要はあるけれど生活の質を保ちながら、普通の生活が送れるようになっています。病気に立ち向かう手立てがある、まずそのことをみなさんに知ってほしいですね」(霜田先生、以下同)もし自分や身近な人が「パーキンソン病では……」となったとしても、むやみにパニックになったり深刻になったりせず、きちんと治療を受けたいところ。まずはその症状や最新の治療法などについて知っておこう。■最も特徴的な症状パーキンソン病は、どんな病気なのだろうか。「脳の黒質という部分の神経細胞が減っていく病気です。それにより、黒質で作られるドーパミンという神経伝達物質が少なくなります。その影響で、脳からの信号が伝わりにくくなり、身体の動きでうまくいかないことを中心としていろいろな症状が出てくるようになります」最も特徴的な症状は「動作がゆっくりになる」「手足が震える」「手足や体幹がこわばる」の3つ。「こわばりについては医師が触診しないとわからないかもしれません。それ以外の、動作がゆっくりになった、手足の片方が震えるようになったということで『おや?』と思って脳神経内科などにいらっしゃる方が多いですね」■別の病気の可能性もあるそのほかパーキンソン病の人によくある症状としては、「数年前から、においに鈍感になった」「便秘や頻尿になった」「眠れない」「気分が落ち込む」といったものもある。「いつもと違う症状があれば、簡単でいいので、それがいつから始まったのかメモしておくと診察に役立ちます」【初期症状でわかるパーキンソン病チェックシート】※特に最初の3点は典型的な症状なので、「おかしい」と思ったら脳神経内科へ。□動作がゆっくりになった□手足が震えるようになった□手足などが動かしづらい□転びやすくなった□40代、50代なのに動きが高齢者っぽい□においに鈍感になった□便秘、頻尿がある□なかなか眠れない□声が小さくなった□気分の落ち込みや不安がある□幻覚や妄想などの症状があるもちろん、こうした症状がある人すべてがパーキンソン病とは限らない。「パーキンソン病に似た症状の、別の神経性の病気もあり、効く薬がなかなかなくて治療に苦労することも。それから、脳梗塞など、ほかの病気が原因で症状が起きることもあります。頭部をMRIで撮るなどして、ほかの病気の可能性がないかもしっかり確認しなくてはなりません」ほかの病気がないとなると、パーキンソン病の可能性が高まってくる。「以前は、とりあえずパーキンソン病の薬を使ってみて、明らかに効果が出れば“これはパーキンソン病ですね”と診断していました。ただ、ここ数年は、MIBG(心筋シンチグラフィー)やDATスキャンといった機器を使って、より確実に診断ができるようになっています」【パーキンソン病と診断されるまで】〈症状〉動作がにぶい+こわばりやふるえがある1〈パーキンソン病と診断される例〉・ドーパミン補充の薬が効く・においがしない・DATSCANなどの画像検査で異常がみられるなど↓症状のほか、薬の効き具合をチェック。画像診断で心臓の交感神経の働きの低下や、脳のドーパミンの働きに異常がみられると確定診断が下される。2〈パーキンソン病除外の例〉・薬によるパーキンソン病に似た病状・3年以上続く下肢のみの病状・小脳の障害など↓脳血管障害や脳腫瘍、頭部のケガの後遺症などでも似たような症状が出る。また、症状はパーキンソン病にそっくりなのに、薬が効かないパーキンソン病関連疾患もある。■普通に生活を送るためには早期発見がカギがんなどもそうだが、「深刻な病気かも……」と思うと、真実を知るのが怖くて、つい受診をためらってしまう人も多い。「パーキンソン病の症状のレベルは1から5まであって、いちばん軽い1、2のあたりで治療をスタートすれば、最初の数年は普通に過ごせます。私が担当する患者さんでも、会社の同僚や家族にさえも気づかれずに何年も過ごしている方がいらっしゃいますよ。ただ、歩くのに介助が必要な段階になってしまってからの治療スタートですと、そこまで劇的には改善しません。“おかしいな”と思ったら、早めに脳神経内科で受診し、治療をスタートすることをおすすめします」【パーキンソン病の重症度】(ホーン・ヤールの重症度分類)【1度】片側のふるえやこわばり身体の片側だけに手足のふるえや筋肉のこわばりがみられる。身体の障害はないか、あっても軽い。【2度】両側のふるえやこわばり両方の手足のふるえ、両側の筋肉のこわばりなどがみられる。日常の生活や仕事がやや不便になる。【3度】手足が動かしにくい小刻みに歩く、すくみ足がみられる、方向転換のとき転びやすくなるなど、日常生活に支障が出るが、介助なしに過ごせる。職種によっては仕事を続けられる。【4度】歩行が難しくなる立ち上がる、歩くなどが難しくなる。生活のさまざまな場面で、介助が必要になってくる。【5度】身体がほぼ動かない車イスが必要になる。ベッドで寝ていることが多くなる。(※武田篤(柏原健一ほか編) 『みんなで学ぶパーキンソン病』より)■達成感、幸福感でドーパミンを増やすパーキンソン病と診断されると、薬を飲むという形で治療がスタートする。「それと並行してしっかりリハビリをすると、その後の経過がいいというデータが多く出てきています。医師や理学療法士の指導のもと、リハビリを頑張りましょう」ただし、いつまでも“薬が効く”とは限らない。「発症して3年~10年は薬がよく効きますが、その後は薬が効く時間が徐々に短くなっていきます。突然、薬の効果が切れて、身体が動かなくなったりすることも……」ドーパミンの治療が長期になると、薬が効く時間が短くなり動けなくなったり(ウエアリングオフ)、薬のせいで勝手に手足が動いてしまうジスキネジアなど運動合併症が起きるようになるという。突然トイレで動けなくなったまま、家族に発見されるまで1日かかり、脱水を起こしてしまって救急搬送されるようなケースも。「そういった事態を防ぐため、服薬と並行して、デバイス(装置)を身体に取りつける治療法をおすすめすることがあります。症状が悪化してからではなく早めに始めたほうが、結果的にその後、長くよい状態で過ごせます」薬、リハビリ、デバイス治療のほかに、病気の進行を少しでも遅らせるような生活の工夫はあるのだろうか。「積極的な気持ちを持って生活している患者さんは、進行が遅い印象ですね」パーキンソン病は遺伝性もほぼなく、原因がはっきりしていないため、確実な予防法・治療法はない。ただ、ドーパミンの減少を防ぐような生活習慣を心がけると症状の進行を遅くできる可能性がある。例えば、運動をしたり、好きなことに打ち込んだり、何かを成し遂げたりすると、幸福感が得られ、やる気を高める物質であるドーパミンの分泌が増えるといわれている。好きなこと、やりがいのあることに打ち込みながら病気と闘い、よりよい治療法が生まれる日を待ちたいところ!■〈まとめ〉治療はリハビリと両輪で【外科療法】脳を刺激するデバイス補助療法脳の深部に手術で電線を挿入し、その電線で弱い電気信号を送って脳を刺激する方法(脳深部刺激療法)。薬だけでは症状を改善するのが難しい、薬の効く時間がどんどん短くなってくる、といった場合に検討される方法。特殊な技術を要するため、限られた病院で実施されている。【服薬】ドーパミンを薬で補う運動機能に関する症状を改善するため、ドーパミンの働きを補う薬を中心に服用する。飲み薬のほか、症状によっては貼り薬や自己注射を使うことも。アメリカではオフになったときにとっさに口にできる舌下薬が開発されている。【経腸療法】腸から直接薬を入れるデバイス補助療法専用ポンプをお腹に取りつけ、チューブを使って薬剤を腸へ直接、持続的に送り届ける方法。薬剤の吸収部位である小腸に直接送り届けることで安定した吸収が可能となる。飲み薬や貼り薬では十分な効果が発揮できなくなり、日常生活を送ることが難しくなった場合に使う。現在、研究開発が進んでいるのが、iPS細胞を使った治療法。iPS細胞からドーパミンを出す神経細胞を作成し、患者の脳内に移植するというものです。パーキンソン病を「治せる」ようになるのではないかと期待されています。(霜田先生)■パーキンソン病の悪化を防ぐ4大アクション●自分のことは自分で!家族が心配のあまり、「危ないから」となんでもかんでもサポートしていると、筋力が衰え、症状がどんどん進んでしまう。自分のことはできるだけ自分でやることが大切。●働き続け、趣味を持つ「定年まで働き続けたい」「趣味を極めたい」と強い気持ちを持っていると、日々の行動も活発になる。それが症状の進行を遅らせることにつながる。●旅行など楽しい目標を「毎年必ず家族旅行!」などと楽しい目標を持つことで、その目標を達成するためにリハビリなどの治療も頑張れる。●毎日動き、筋肉をつける意識して運動をしないと、運動不足から筋肉や関節が衰えがち。罹患初期から運動を習慣にしたい。ただし、ケガなどしないよう、医師からアドバイスをもらうこと。※参考/パーキンソンスマイル.net(取材・文/鷺島鈴香)《PROFILE》霜田里絵◎銀座内科・神経内科クリニック院長。順天堂大学医学部大学院にてパーキンソン病の研究で医学博士号取得。脳を専門とする脳神経内科医として活躍。著書に『「美人脳」のつくりかた』(マガジンハウス)、『絶対ボケない頭をつくる!』(学研パブリッシング)など。
2021年02月07日SMAP稲垣吾郎がベートーベンを演じる舞台『No.9−不滅の旋律−』が12月13日に幕を開けた。2015年、18年に続く再々演だ。■「新しい地図」アート面で活躍彼はまた、NHKの『ベートーベン250』プロジェクトでアンバサダーも務めている。この大作曲家の生誕250年を記念する企画の案内役として、さまざまな番組に登場。交響曲『運命』の冒頭を実際に指揮してみた際には、「全然、僕が聴く『運命』と違うんですけど。(略)すっごくリズムが難しいですね」(10月18日放送・Eテレ『クラシック音楽館』)と、苦笑したりしながら、ファンの立場でベートーベンの魅力を伝えた。かと思えば、草なぎ剛はバレエをモチーフとした映画『ミッドナイトスワン』に主演。しかも、トランスジェンダーの役とあって、話題を集めた。そんな草なぎを、香取慎吾はファッションで応援。一昨年に立ち上げたファッションブランドで『ミッドナイトスワン』とのコラボTシャツを発表した。インタビューでは、こんな話もしている。「リモートワークが続いて服が売れない状況だからこそ、あえて服を作りたいとも思う。(略)世界中が模索しているからこそ、もしかしてチャンスなんじゃないかと」(WEBサイト『リアルサウンド』)また、雑誌の表紙画を手がけたりもした。というように、今年、新しい地図の3人はアート面での活躍が目立った。これはおそらく、偶然ではない。それぞれの適性もさることながら、新しい地図が生まれた経緯にもじつは合っているのだ。なぜなら、アートには勝ち負けより自分らしさを優先でき、多様な個性を生かせるイメージがある。SMAPが解散したとき、彼らは結果としてメジャーシーンでの活動が難しくなったが、そのぶん、ネットなどを活用して、以前より個性的な活動をするようにもなった。草なぎがトランスジェンダーを演じたのも、そのひとつだろう。そんな経緯と独立後の姿に、戦うマイノリティーというものを見て共感するファンがいる。実際『ミッドナイトスワン』はテレビでの宣伝不足をネットでの口コミが補うかたちでロングランを記録した。■中居、木村は体育会っぽい活躍では、彼らに遅れること約3年、円満に独立したとされる中居正広はどうだろう。こちらは相変わらず多くのバラエティー番組で見ることができるが、なかでも野球関係の仕事は楽しそうだ。ドラフト会議の日には『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』(TBS系)先日は『中居正広のプロ野球珍プレー好プレー大賞2020』(フジテレビ系)に出ていた。珍プレーといえば、その名ナレーションで世に出たのがみのもんた。この前身番組で司会を務めたこともある。中居が精力的にバラエティーをやるのは、全盛期のみのにも通じるものかもしれない。政治から社会問題、女性バラドルいじりまで幅広くこなし、中居はオヤジ世代の代弁者的なポジションにも近づきつつある。そして唯一、ジャニーズに残っているのが木村拓哉だ。今年はドラマで役者としての底力を見せつけた。『教場』(フジテレビ系)では警察学校の鬼教官、『BG〜身辺警護人〜』(テレビ朝日系)では丸腰のボディーガード。また、3年ぶりに車のCMも始まった。警察、警護に車という男っぽい路線を展開してきたわけだ。そういう意味では、中居も木村も体育系寄りに見える。これもまた、必然なのだろう。体育会的な感覚ではタテ関係が重視されるから、木村は事務所に残り、中居も仁義を通すかたちで独立したのである。つまり、新しい地図は文化系、中居木村は体育系という図式が今年は強まったわけで、これはちょっとさびしいことでもある。両者の距離がより広がった気もするからだ。■もうひとりの「元SMAP」森の活躍に……ところが、11月、サプライズな出来事が起きた。24年前にSMAPを脱退してオートレーサーになった「究極の体育系」森且行の日本選手権初優勝だ。これを祝して、新しい地図の3人も、中居も木村もコメントを発表。木村の言葉は、「それぞれの選んだ道で、それぞれがつかむもの。今後も健闘を祈ります」という短いものだったが、それでも画期的なことだ。ジャニーズは森の決断をよしとせず、10年以上にわたってメディアで彼の話や映像を出すことを禁じるなどしてきた。木村としては精一杯の祝意の表明だったのだろう。ちなみに、森はCDデビューから5年弱で脱退したが、その果たした役割は大きい。たとえば、SMAPというグループ名は「Sports Music Assemble People」を略したもので「スポーツと音楽を融合させる人々」という意味がこめられている。その両方において、最も優れていたのが森だったのだ。その能力はSMAPの出世番組『夢がMORIMORI』(フジテレビ系)でも発揮されたし、さらに彼は料理も得意だった。これが『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)のビストロコーナー誕生につながるわけだ。いわば、なんでもこなせるアイドルグループ・SMAPの源流を作ったのが森だったのである。そんな森がいた時代のSMAPで思い出すのが、チーマーとのケンカ事件だ。’09年に放送された『SMAP☆がんばりますっ!!』(テレビ朝日系)によれば、車での移動中、チーマーたちに絡まれるトラブルが発生。森が先頭に立って小競り合いになったものの、稲垣だけは車内にこもり、一部始終をメモしていたという。いかにも「究極の文化系」稲垣らしい話だが──。じつは冒頭に紹介した舞台の公開稽古の日、彼は取材陣から「今年を漢字一文字で表すとしたら?」と聞かれ「森!」と答えた。「元、一緒に頑張っていた森くんが優勝したことがうれしかったですね」というのが、その理由だ。そう、いろいろあったとはいえ、文化系と体育系とか関係なしに、稲垣と森、いや、元SMAPの6人はつながっているのだ。森もいずれはレースを引退するだろうし、5人の置かれた状況だって変わっていく。もしかしたら、5人はもとより、6人のSMAPだっていつかまた見られる日が来るのでは ──。そんな期待も抱かせる、元SMAPたちの2020年だった。PROFILE●宝泉 薫(ほうせん・かおる)●作家・芸能評論家。テレビ、映画、ダイエットなどをテーマに執筆。近著に『平成の死』(ベストセラーズ)、『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、『あのアイドルがなぜヌードに』(文藝春秋)などがある。
2020年12月30日明石家さんま、ビートたけし、タモリかつて1988年から1999年まで、お正月の“風物詩”とも言える特番が放送されていた。タモリ、ビートたけし、明石家さんまらによる『BIG3世紀のゴルフマッチ』(フジテレビ系)だ。お笑い界の、いやテレビ界の大御所3人が一堂に揃い、様々な珍ルールの中で誰が優勝するかを決める番組だった。最後の第10回目の放送最後から20年、彼ら「ビッグ3」も“晩節”を迎えているーー。「かねてより“60歳で引退”を公言していたのがさんま師匠。その理由を“後輩のために、俺らが退かないと新しい笑いが生まれない”という格好いいものでしたが、宣言からあれよあれよと5年が経ちました。どういうわけか引退しない(笑)。今も怒涛のしゃべくりで“お笑い怪獣”として君臨しています」(放送作家)ビッグ3最年少の明石家さんまも2020年7月で65歳を迎えて、いわゆる前期高齢者の仲間入りをした。“引退宣言”から5年経っても勢いは衰えず、12月30日には『アメトーーク!5時間SP』(テレビ朝日系)にも出演する。「昨年に引き続いて“明石家さんまVS若手芸人”として、“第7世代”を中心とした若手を相手にトークを繰り広げます。最近は若手と絡むことも多くなった師匠ですが、実は第7世代の面々が大好物で、特にEXITがお気に入りなんです。兼親大樹からは“シーフードパイセン”と呼ばれたときは実にうれしそうでしたし、相方のりんたろー。もよく自分の番組に呼んでかわいがっています。積極的に絡むことで若者世代にウケるお笑いを吸収しようとしているのか、それとも育てているのか。とにかくお笑いに貪欲なんですよ」(前出・放送作家)■10年後もお笑い界のトップはオレそれにしても、“引退宣言”とはなんだったのだろうか。2017年11月に放送された日本テレビ系の密着特番のインタビューで、さんまは「10年後のお笑い界のトップは誰?」という質問にこんな答えを出していた。《今、俺がお笑い界のトップとしたらやで?ほんなら10年後もオレ。72歳ならいけると思うわ》65歳になっても進化し続けるさんま。それは「自分が一番おもしろい」という確固たる自信の表れだ。芸能ジャーナリストの佐々木博之氏は「引退はシャレでしょう」として、こんなエピソードを明かす。「おもしろいことが本当に大好きな“ザ・芸人”なんですよ。例えば、移動中の新幹線で自分の出演VTRをパソコンで見ているのですが、反省や研究のために見直していると思いきや、さんまさんはただただ自分がおもしろくて笑って見ている(笑)。おそらくは自分を“おもしろくない”と思うようになるまでは、芸人をやめることはないのではないでしょうか」しかし、そんな彼も時代の流れには気をつける必要がある。特にネット上では、ちょっとしたことで発言内容が叩かれ、炎上する危険が潜んでいるからだ。12月5日の『ヤングタウン』(MBSラジオ)でも炎上ギリギリの発言をしていた。「アンジャッシュ・渡部建の謝罪会見を話題にしていたのですが、どこか彼を擁護するような物言いが続きました。そして例の件に触れると“2人(渡部と不倫相手)は一応了解で多目的トイレで愛を確かめ合ったわけで。多目的トイレで愛を確かめ合ったらあかんのか”と、多目的トイレを使用したことを“よし”とするかのような発言をしたのです。しかし、場の空気から“まずい”と察知したのか、消え入るような声で“どうなんでしょ”とトーンダウン。本音を話せるラジオはしゃべり芸の見せ所ですが、ナイナイ・岡村(隆史)さんの“お嬢”発言のように、時代を読み違えなければいいのですが」(お笑いライター)ビッグ3全盛のころとは状況が大きく変わったのがビートたけし。2021年1月で74歳を迎える。2008年からリニューアルを経て12年間続いている『新・情報7DAYSニュースキャスター』(TBS系)を代表するように、たけしは今や芸人というよりもニュースを舌鋒鋭く切る“ご意見番”のほうが板についた感がある。しかし、ここ最近はというと……、「最近のたけしさんは加齢なのか、太りすぎなのか、滑舌が悪くなって話が聞き取りにくくなり、時に“これはまずい”と言うような話もしたりと、周囲も冷や冷やしている。よって、視聴者からの反応も思わしくなく、またVTR中にウトウトする場面も見受けられると言います。それにニュース番組ではおもしろいことを話すわけでもなく、“たけしが出ているから”と視聴するファンも少なくなっている。芸人ではなく、文化人・北野武のイメージが強くなりすぎていることも一因でしょう」(テレビ局幹部)プライベートでは2020年2月に、かねてから不倫関係を囁かれていた18歳年下の女性Aさんと再婚したたけし。2015年に個人事務所を設立し、2018年には「オフィス北野(2020年1月に名称を「TAP」に変更)」を退社して独立。先導してきたのがAさんだったという。ワイドショースタッフはたけしの変化を明かす。「たけしさんの財産や給料、資産運用、また体調面の管理をしていたのが、40年間連れ添った元妻の幹子さん。しかし、Aさんと出会ってからは幹子さんとは別居状態となり、ギャラも新しい個人事務所に振り込ませるようになったといいます。また、これまでオフィス北野に入っていた映画や著書の印税も、Aさんの手腕で権利を移したそう。すっかり彼女の言うことだけを聞くようになってしまい、“殿、それはダメです”と物申してきた“たけし軍団”とも距離を置くようになったとか」■このまま芸能界引退だなこうして“第2の人生”をスタートさせたたけしだが、まもなく新型コロナウイルス感染拡大が起きる。「自宅からのリモート出演が多くなり、巣篭もり生活に相当参ったようで“鬱を通り越して、自棄になってきた。下手すると、このまま芸能界引退だな”とこぼしていたそう。また追い討ちをかけたのが志村けんさんの他界です。ドリフ加入前の志村さんを浅草時代から知っていて、“土曜8時”にしのぎを削り合った“戦友”同士だっただけにかなりショックをうけたのでは」(番組制作スタッフ)新型コロナウイルスの感染拡大により、テレビ業界も様変わりした2020年。特にたけしら大御所は、感染リスクを避けるためのリモート措置が各局でとられた。「高齢のタレントやコメンテーターのみなさんが、“リモートはいやだ、しゃべりにくい”と同じことを言うそうです。画面を見ながら話すことに抵抗を感じるようで、特に芸人であれば普通はスタジオ内のリアクションを観察し、空気を読みながら話をするので、それができないのでしゃべりにくく感じるのでしょう」(佐々木氏)そんな老いが見え隠れする御大だが、これぞ“芸人・たけし”と思わせる一幕もあった。12月23日放送の『ビートたけしの公開!お笑いオーディション』(TBS系)で、勢いのあるお笑いコンビ「マヂカルラブリー」がネタを披露すると、《ああいうのが子どもとか、おばあさんとかが笑ってくれて勘違いしちゃうんだよ》と評し、彼らが2020年の「M-1」王者だと知らされると、《これ優勝しちゃったの? じゃあ、文句言ったろう。漫才じゃないとか何とか》世間で起きている“漫才論争”にチクリ。やはり、今も芸人としての血が騒ぐのだ。2014年3月に、32年間続けてきた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)終了後は、新番組を始めることなくレギュラー番組を粛々と続けている印象のタモリ。そんな彼も今年で75歳、“後期高齢者”になった。「それだけに新型コロナは脅威でした。街ブラロケをメインとするNHK『ブラタモリ』、また大勢の出演者が集う『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)では“タモリさんを絶対にコロナに感染させてはいけない”とばかりに、万全な感染防止対策がとられたそうです。特に生放送の『Mステ』は無観客にしながらも、検温や消毒、マイクの共有をしない、などの対策に加えて“3密”にならないようマニュアルを徹底。当のタモリさんは“ここまでやるの?”と苦笑いしていたそうですが、現場では逆に一体感が生まれているそうです」(番組制作スタッフ)■定年ってこういうことなんだ自粛期間中は、芸能人生で初めてと言っていいほどに“仕事をしない生活”を過ごしたというタモリ。「奥さんと2人で自宅で粛々と過ごしたみたいで、“定年ってこういうことなんだな”と少々寂しげに漏らしていましたね。多趣味のタモさんなら老後も暇なしでしょうが、それでもまた“仕事ができる”ありがたさをあらためて感じているのでは?ただ、彼を慕う芸能人らによる新年の“タモさん詣で”は、今年ばかりは遠慮されるかもしれませんね」(芸能プロ関係者)歳を取れども、まだまだビッグ3は健在ということか。彼らの“引き際”はいつになるのだろうか。「そもそも芸能界において、わざわざ“引退”を口にする人はそう多くはいません。昔で言えばキャンディーズや都はるみのように、一度引退してもしばらくしたら復帰するもので、“芸能人の引退は本当の引退ではない”のです。スキャンダルや違法行為などの不祥事を起こして引退に追い込まれても、戻ってくる人もいますからね(苦笑)。例えば、みのもんたさんのように病気を患った、身体が動かずに芸ができなくなった、しゃべれなくなったといった身体的理由以外は、“自分はまだできる”と思っている限りは需要の有無は別として続けられる職業。舞台俳優は“舞台で倒れたら本望”とはよく言われますが、芸人も“テレビでギャグを披露して倒れることが花道”だと考えているのではないでしょうか。しゃべりができなくなった時こそ、彼らの本当の引退なのだと思います」(佐々木氏)たけしは2018年の著書『「さみしさ」の研究』(小学館新書)で、“老後”についてこう語っている。《人生は、年齢を重ねるほどつまらなく不自由になっていく。夢のように輝かしい老後なんてないーー。それこそが真理だ。老いるっていうことは、想像してる以上に残酷だ。まず、それを受け入れることから始めないと》それでも、彼らはしゃべりつづけるだろう。
2020年12月30日「GoToトラベル」の全国一斉停止の発表を行った14日夜、菅義偉首相(72)が銀座のステーキ店で8人の忘年会に出席し、批判が噴出している。さすがに耐えきれなくなったのか、菅首相は16日午後に日本テレビのニュース番組で単独インタビューに応じると、「すぐ帰るつもりが長引いた」と言い訳しながらも「大いに反省している」と述べて幕引きを図った。しかし、ひと足遅すぎた。西村大臣が菅首相に忖度した“珍回答”を世に放った後だったからだ。西村大臣は15日の会見で、会食する際は「クラスター(感染者集団)の8割以上は5人以上だということも頭に置き、長時間、大人数はできるだけ避けていただきたい」と「5人以上の会食は控える」よう呼び掛けていた。それを踏まえ、16日午前の衆院内閣委で野党議員から「5人以上の会食はいいのか悪いのか、結局国民はどっちだ(と思う)」という趣旨で追求されると、西村大臣は次のように説明。「一律にですね、5人以上はダメだということを申し上げているわけではございません。できるだけそれは控えていただきながら、もしどうしてもされる場合には、それは感染防止策を徹底して、アクリル板のある店を選んでくださいとか、換気に注意してくださいとか、こういったことも併せて申し上げております」誰が見ても苦しい発言なのは明らかだが、つまるところ、換気をしてて、アクリル板があって、感染対策をしていれば5人以上でも問題ないということらしい。しかし、菅首相が会食したステーキ店には、アクリル板はなかった。ごく最近この店を利用した常連客によると、「この店には個室にもカウンターにもアクリル板はありません。ただ、他のグループとは接触しないように、個室か、カウンターであれば1グループを貸切で利用させるような対策は取っています」なぜ、わざわざ具体的に「アクリル板」と言ったのだろう。野党の追及は予測できたはず。「アクリル板」と言うならせめて事前に菅首相に確認しておけばよかったものだが…。二階幹事長も、「マスク会食したのか」と記者から聞かれると、「マスクとらなきゃ食事できないじゃないですか」とキレ気味に解答。11月19日に菅首相自らが「ぜひ『静かなマスク会食』をお願いしたい。私もきょうから徹底したい」と国民に呼びかけたのだが、二階幹事長はもしかすると”マスク会食”を知らなかったのかもしれない。さらに、政府の分科会は感染予防対策として「短時間」での会食も呼びかけていた。菅首相は45分の滞在だったと強調するが、110分遅刻しているので会自体は2時間半。いたって普通の長さだ。しかも、今回の参加者は菅首相と二階幹事長のほか、プロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長(80)、俳優の杉良太郎氏(76)、タレントのみのもんた氏(76)、林幹雄幹事長代理(73)と、元宿仁・自民党事務総長(75)、政治評論家の森田実氏(88)。菅首相が国民に自粛を求めた「65歳以上」どころか、全員70代以上の高齢者だ。これまで政府が提唱したことを無視しているような今回の会食。西村大臣は、そんな菅首相を肯定化するためだけに“言い訳”して菅首相を擁護。結局、菅首相がテレビで謝罪に至ったが最初から「首相の会食の感染対策は不十分だった」と言えばよかったのでは――。
2020年12月17日菅首相はどこを見ているのか…12月14日に「GoToトラベル」の全国一斉停止の発表を行った夜、菅義偉首相が東京・銀座の高級ステーキ店を訪れていたことをフジテレビの『FNNプライムオンライン』が報じた。「会に出席したのは菅首相の他、GoToの“旗揚げ役”ともされる二階俊博幹事長ら自民党幹部数名、王貞治氏に杉良太郎さん、みのもんたや政治評論家の森田実氏ら8人ほど。杉は取材に対して“野球の話をしただけの忘年会”とはっきりと答えています。この時期に不要不急の会合と言われても致し方ない」(全国紙記者)政府はかねてより、国民に対して「5人以上の会食を避けるように」との要請を再三にわたって繰り返してきた。この14日も、都内の新規感染者数が火曜日としては最多の460人を数えるなど、新型コロナ感染拡大の“第3波”とされる現状に、予定していた忘年会を泣く泣く取りやめた国民も多いことだろう。そんな中での、国を主導する自民党の最高幹部らによる“忘年会”が開催されたのだ。しかも、彼らが訪れたのはディナーコースが3万円以上で、ワインの注文、サービス料などを含めれば1人5万円以上になる庶民にとっては高嶺の高級ステーキ店。この会費も血税から捻出されたのだろうか。「菅さんと言えば、12月11日には動画配信サイト『ニコニコ生放送』に出演し、にやけ顔で“こんにちは、ガースーです”と自己紹介しては“無神経”などと批判を浴びました。また、GoToの一時停止についても“考えていない”と否定したばかりでした。しかし、後に内閣支持率暴落が報じられると一転、あっさりとGoToトラベルの停止を発表するなどブレブレ(苦笑)。そして今回のステーキ忘年会と、なぜ、ここまで国民感情を逆撫でできるのかが不思議でなりません」(ワイドショースタッフ)前任の安倍晋三前首相もまた同様に“アベノマスク”の配布など、“なぜ、それ”というコロナ政策もあった。極め付けは「STAY HOME」が呼びかけられていた4月、星野源が歌う「うちで踊ろう」の動画に合わせて、都内一等に建つ自宅で優雅に“おうち時間”を過ごす姿を自身のツイッターなどにアップし、多くの批判に晒されたことは記憶は新しい。■自分たちは許される存在なぜ、安倍前首相も含めた政治家は、時に国民の考えからズレた言動をとるのだろうか。政治評論家の有馬晴海氏は、「このメンツですし前々から予定していたとは思いますが(苦笑)」と、GoTo停止前からのスケジュールとはいうが、「政治家、特に総理大臣のレベルになると一般的な国民とは、もう考え方が違うと思います。(批判が起きる背景には)まず、国民が自分と同じレベルで政治家の言動を考えてしまうということが一つ。逆に、支持を得るために選挙などで“国民目線で”という言葉を使うように、政治家も“自分たちは国民と何らは変わりはない”と標榜しながらも、どこかで“国を動かしている”“一般国民とは考え方が違う”といった感覚があります。なので、“自分たちなら許される”といったように、自分に甘い部分があり、国民の考えと一致していないことが考察されます」つまりは「5人以上」という制限も、それはあくまで“一般国民”の話。政治家、しかも内閣総理大臣という“上級”、いや、“特級国民”にはルールは適用されないだろう、という意識が働いたのだろうか。■有能、無能の差は決断力「もともと、“国民のみなさんがご自身で感染に気をつけて、経済のために(旅行や会合を)ガンガンやってください”というのが菅さんの考えだったわけです。でも、支持率が4割に下がり、このまま続けていたら来週にはさらに下がるかもしれない。そう思ったから、感染を止める、死者を減らす、医療を崩壊させない、とこれ以上の支持率低下を防ぐために舵を切ったのでしょう。政治というのは政治家のためではなく、国民のためにあるのです。例えば(第3波が拡大する前に)GoToに“反対”する多数の国民の声を受けて、菅首相も“私もそう思います”と1か月前くらいに停止して感染拡大を防ぎ、年末年始を迎えるタイミングで緩めて(GoToを再開して)いれば旅行業者、飲食業も含めて国民にとってもよい状況になっていたかもしれません。そして正月期間を終えた1月10日くらいから、“皆さんとまた自粛しましょう”と呼びかけるようなメリハリある対応が必要だったと思います。タイミングを見計って、良き時期に決断をするのが有能な、国民の考え方に沿った政治家だと思います」(有馬氏)一方で、ここまで批判される要因になったのが、やはり菅首相らの会合に対する危機感と罪悪感の薄さからだと指摘する声もある。それを象徴したのが杉による“忘年会”発言だった。「例えば、選挙などの政治的な話は政情に波紋を起こしやすいことから、政治家は本来、会合での話し合いをぼかすために“いや、ただの雑談ですよ”などと取材を煙に巻くもの。おそらくは杉さんも気を遣って、政治家を真似るように“忘年会”などと濁したのでしょう。でも、ならば国民にも“忘年会をさせろ”となるわけで、今回ばかりはぼかしたことが裏目に出た。二階幹事長が後に“政治に関する話”と言い直したのは、まずいと感じ取ったからでしょう。お店にも事前に口裏合わせの対応もしていなかったことから、菅首相や二階幹事長とすれば、本当に罪悪感のなく集まった“自分なら許される”、特級国民の意識から開催された忘年会だったのでしょう」(全国紙政治部記者)批判に耐えかねたのか、12月16日にはたまらず日本テレビの単独インタビューに応じて「大いに反省している」と火消しに走った菅首相。ガス欠になるのも早いかもしれない。
2020年12月17日2020年12月14日、菅義偉総理大臣が『GoToトラベル』の全国一斉停止を発表。その直後に、自民党の二階俊博幹事長、タレントのみのもんたさん、福岡ソフトバンクホークス会長の王貞治さんなどを含む5人以上と会食をしたと報じられています。政府の分科会では、5人以上の飲食は感染リスクが高まると注意喚起しており、忘年会などでは少人数で実施することを提言。今回の菅総理たちの会食は分科会の提言に反しているという声が上がっていますが、加藤勝信官房長官は記者会見で会食の意義を強調し「総理は感染防止対策の徹底に注意を払っている」と説明しました。加藤浩次、『マキシマム ザ ホルモン』ナヲが苦言情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)が、このニュースについて取り上げたところ、コメンテーターたちの発言に注目が集まりました。ロックバンド『マキシマム ザ ホルモン』のドラマーのナヲさんは、今回の報道について「すごく悲しい」とコメント。次のように話していました。すごく悲しいというか、みんな我慢しているのに。子供と学校の関係でいったら、子供たちは我慢しているのに、先生たちはガンガンやっているっていうイメージになっちゃう。それこそ、オンラインでやれたことではないのかなと思ってしまうので、すごく悲しいですね。スッキリーより引用また、番組MCを務める加藤浩次さんは、「店の中でどうなっていたのか、個室が2つあって、4人ずつ分かれていたのかもしれないですけれど」と前置きしつつも、疑問を呈しています。国民のみなさんに呼びかけている上で、5人以上で会食しているけど、我々は感染対策をしているからといったところで、じゃあみんなもいいんじゃないのというメッセージになるような気がするんですけど。スッキリーより引用さらに加藤さんは「なんなんですかね。温度感として、俺らは大丈夫かと思っているんですかね」と首をかしげていました。ネット上では、今回の報道についてさまざまな意見が寄せられています。・ナヲさんのコメントが分かりやすかった。確かにリモートでできたはず。・別に「会食しちゃいけない」っていったわけじゃない。対策していればいいんじゃない?・前から決まっていた行事で延期は難しいんだろうけど、やっぱりいい印象はしないよね。忘年会・新年会について「なるべく普段から一緒にいる人と少人数で開催すること」を前提としている分科会。その上で「ガイドラインを遵守している飲食店を選ぶ」「座の配置は斜め向かいにし、正面や真横は避ける」「会話する時はマスクを着用」など、感染リスクを下げる工夫を政府に提言しています。[文・構成/grape編集部]
2020年12月16日みのもんた(76)が10月25日放送の『朝からみのもんた』(読売テレビ)で、運転免許証を自主返納したと明かした。’19年に高齢者講習を受けた際、「運動神経ももうここまでだな、事故を起こしちゃいけないな」と衰えを実感。またアクセルとブレーキを踏み分ける試験では、「足が無茶苦茶になった」ともコメントした。警視庁によると、’19年の免許返納(65歳以上)は前年より42.7%増の約60万件と過去最多。75歳以上の返納は、35万件にのぼった。’19年4月に母子が亡くなった池袋暴走事故をきっかけに、免許証を自主返納する高齢者が増加している。いっぽう、免許証を返納できない環境に置かれている高齢者も多いようだ。みのと同年代の高橋英樹(76)は26日、ブログで免許更新したことを報告。《なるべくなら高齢者は 免許返納が望ましいが》とためらいながらも、《私のように運転場面があったり蓼科の山の中に行くのにはどうしても免許が必要なのです》と綴った。「高齢者が返納をためらう理由として、“日常生活に支障をきたす”が7割にのぼります。交通機関が充実していない地方では、電車やバスが1時間に1~2本しか走らないところも。なかには運転歴が長いことで“腕”を過信する人もいますが、年齢とともに身体機能は低下します。家族から説得されても、自主返納に踏み切れない高齢者もいるようです」(社会部記者)’25年には、「団塊世代」と呼ばれる最も人口の多い世代が75歳以上の後期高齢者となる。75歳以上のドライバーによる交通事故は、ブレーキとアクセルの踏み間違いがおよそ4割にのぼるという。国際医療福祉大学大学院教授の武藤正樹さんは、昨年6月に本誌で「現在、高速道路で逆走する運転手の約7割が65歳以上、そして4割に認知症の疑いがあるという調査結果もあります。’25年における認知症ドライバーの想定人数は、現在より1.3倍ほど増加した1万3,000人ほど。そのぶん事故件数も増えてしまう可能性はおおいにあります」と警鐘を鳴らしていた。今後予想される事故多発を防止するため、企業や政府も取り組みを前進させている。「自動車メーカーは、『自動ブレーキ』や『ペダル踏み間違い急発進抑制装置』を搭載したセーフティ・サポートカーの製造・販売に注力しています。政府も65歳以上のドライバーに資金面をサポートする『サポカー補助金』を創設。’18年の日本自動車工業会によると、『衝突被害軽減ブレーキ(低速度域含む)』は84.6%、『ペダル踏み間違い急発進抑制装置』は77.1%の車両に装着されています。“2025年問題”に向けて、将来的に全面義務化とされるでしょう」(全国紙記者)
2020年10月27日身体機能が衰えながらも運転を続け、交通事故を起こしてしまう高齢ドライバー問題。2020年10月25日に放送されたバラエティ番組『朝からみのもんた』(読売テレビ)では、タレントでキャスターのみのもんたさんが、75歳で運転免許の自主返納をしたことについて語りました。みのもんたが運転免許の自主返納を決めたワケ2019年に、高齢ドライバー向けの講習会に参加したという、みのさん。そこで、「ああ、ぼくの運動神経はもうここまでだな。事故を起こしちゃいけないな」と思う出来事があったそうです。信号の色によって足をアクセルやブレーキに移動させる反射神経の検査では、順番に追い付かず混乱。また、セットを使ったシミュレーションでは、店に突っ込む前にブレーキが間に合わず…。スーパーマーケット、コンビニのセットが作ってある。入口の前が歩道になってて段差があるわけ、153くらい。「わざと乗り上げてくれ」と。「乗り上げたらすぐブレーキを踏まないとツッコんじゃいますよ」(ともいわれた)。ヴーン、ヴーン、ドン、ガチャン!(と突っ込んでしまった)。「あ、私はやめるべきだ」(そう思って)あっさり(自主返納して)…いい勉強でした。朝からみのもんたーより引用講習を受けたみのさんは、身体機能や反射神経などの衰えを自覚。何台も所有するほど車が好きでしたが、事故を起こす前に免許を返納したのでした。人によっては、「自分はまだ大丈夫」と思っている高齢ドライバーもいることでしょう。そんな人に向けて、みのさんは次のように述べています。歳をね、意識するってのは難しいことです。車がある、乗る、ブレーキ、アクセル…きちっとそれが対処できるかどうか自分でチェックして、自分で気付かないと。それができないと単なる、野暮な人間になっちゃいます。朝からみのもんたーより引用また、車が必要な地域に住んでいる高齢ドライバーに向けても、次のようなメッセージを発しました。とっても不便な所に住んでる方、いらっしゃいますからね。便利ですよ、車。だけどやっぱりよく考えていただきたい。悲惨な事故がいかに多いか。いつ自分がそこに巻き込まれるかどうか。朝からみのもんたーより引用みのさんの判断に、ネット上ではさまざまな声が上がっています。・ほかの高齢ドライバーのいい見本になると思います!・自分の生活を変える判断は勇気がいりますよね。ありがとうございます!・こんなふうに判断してくれる人ばっかりだったら、交通事故は減るんだろうな。・講習会は、高齢ドライバーに自覚をうながすために必要だと心底思いました。私も高齢になったら気を付けたいです。自主返納後は、運転はしないものの愛車を磨いたり、運転席に座ってハンドルを握ったり、思い出を噛み締めたりしているというみのさん。車を愛でながら穏やかな日々を送れるのは、事故を起こさなかったからこそ。多くの高齢ドライバーが『事故を起こすかもしれない危険』について考え、自主返納を選択できる社会になるといいですね。[文・構成/grape編集部]
2020年10月25日和田アキ子「東京都心の西麻布にある『お菜屋わだ家』が閉店するそうです。閉店自体は4~5か月前から決まっていましたが、閉店日を10月25日にしたのはつい最近。“コロナ禍でつぶれたと思われたくない”という理由で、今も極秘にされているようですが……」(飲食店関係者)『お菜屋わだ家』の“わだ”は、ご存じ芸能界のゴッドねえちゃん、和田アキ子の“わだ”である。「『わだ家』のオーナーはアッコさんの旦那さんで、西麻布が本店。大阪と茨城も含めて計5店舗がありますが、本店以外はフランチャイズです」(近所の飲食店経営者)和田のプロデュースで2007年に開店。豚しゃぶが名物で、和食料理店でもワインの種類が豊富なのがウリだ。《「有名人のお店だから繁盛する」という言葉はもはや伝説です。本当にいい素材を美味しく、そして真心と一緒に落ち着ける空間でご提供する。『わだ家』はそんなお店にしていきたい》■アッコから届く“恐怖の赤紙”店のホームページでそんなメッセージを和田本人が寄せている。和田の有名なお誕生日会の会場としても『わだ家』は長年利用されてきた。「アッコさんの誕生日は4月。今年はコロナで延期になりましたが、誕生日会は“芸能界の一大行事”。誕生日会の招集は通称“恐怖の赤紙”と呼ばれており、基本は強制参加です。みのもんたさんや勝俣州和さんなど、芸能人50人以上が集まります」(テレビ局関係者)この店では、普段から“アッコファミリー”と呼ばれる芸能人や番組スタッフが集まり、にぎやかな飲み会が開かれていた。■アッコもコロナには勝てず芸能人の副業としても順調そうだったが、昨年12月に銀座店がヒッソリと閉店。別の場所での再開を予定していたが、その後、音さたはない。今年4月にはコロナによる打撃で『わだ家グループ』は、ランチタイム営業をしていた1店舗を除いて、全面休業に追い込まれた。客足が遠のく中、本店の閉店計画は進められていた。「次に入る別のテナントも決まっており、9月下旬には閉店の告知がされるそうです。ただ、店の関係者は“閉店しても本店はどこかで続けたい”と言ってますけどね」(前出・飲食店関係者)かつてオープン直後に本誌インタビューで「私が“これから行くよ”って電話しても“満席でムリです!”ってキッパリ断られるんですよ(笑)」と、うれしそうに語った和田も、さぞ無念だろう。「アッコさんがいちばん足を運ぶのは西麻布の本店なので、思い入れも強い。今の店舗をたたんで、新たに店を開店するとしても、入り口にあるアッコさんの手形のドアノブは残したいし、しゃぶしゃぶも続けたいようです。でも、移転先や時期についてはまったく決まっておらず、西麻布からあまり遠くないところで再開したいと言っていましたが」(前出・飲食店関係者)ゴッドねえちゃんは、コロナなんかに負けてられない。延期された和田のお誕生日会が“新生・わだ家”で盛大に開催されることを祈るばかり。
2020年09月15日※写真はイメージです「中指をもむだけ」健康法をご存知だろうか?「中指もみ」とは、鍼メディカルうちだ院長の内田輝和先生が考案した、韓国に伝わる「高麗手指鍼(こうらいしゅししん)」という治療法がベースのセルフケア方法。■約1分間の中指もみで身体の痛みも軽減内田先生はこの高麗手指鍼の考え方をもとに指の反射区について独自に研究。中指の先から付け根の間に全身の臓器や器官の反射区が集まっていることを発見した。「この中指の反射区を刺激すると、対応する部位の血流が改善することも明らかになりました。臓器や器官の血流が促進されることで肩こりや関節痛の緩和はもちろん、糖尿病や高血圧などの慢性疾患が改善、脳梗塞や心筋梗塞の予防効果も期待できます」「中指もみ」の効果は血流の促進だけではない。中指は全身のほかの部位に比べて皮膚の感知能力が秀でているため、中指を刺激したその感覚が脳へと伝わることで自律神経のバランスも整う。「中指もみ」の反射区の刺激方法は全部で3種類。症状に合った反射区付近を爪で10秒間押し続ける「圧迫刺激」、部位の左右を爪でツンツンと10回押す「振動刺激」、指の腹で広い反射区を10秒間もみほぐす「回旋刺激」の中から、症状のある部位の反射区の位置や広さに合わせ使い分ける。「免疫を高めたいときには、肺・首・脳天・胃、副腎の5つの反射区を、それぞれイタ気持ちいいくらいの強さで1分間ずつ刺激。免疫に関わる器官の血流が促されることで免疫力がアップ。さらにその後中指全体をもみほぐすと全身の血流が上がり、より高い効果が」先生の治療院に通う患者さんの中には、1分間ほどの「中指もみ」で身体が温かくなった、身体の痛みが軽減したといった効果を感じる人も少なくないのだとか。行うタイミングや回数に決まりはないが、起床時と就寝前、さらに日中も2回ほど行えるとベストだと内田先生。道具もスペースも必要なし。ただ中指を爪で刺激するだけの簡単免疫力アップ習慣、試す価値あり!(構成/中村明子)【プロフィール】内田輝和先生◎鍼メディカルうちだ院長。倉敷芸術科学大学鍼灸専攻客員教授。著書に『1分もむだけ! 中指もみ101の症状に効く処方箋』(わかさ出版)ほか。
2020年06月26日フリーアナウンサーの久米宏(75)が6月6日、自身がパーソナリティーと務める『久米宏ラジオなんですけど』(TBSラジオ)に生出演。同番組が今月いっぱいで終了すると報告した。久米にとって現在残っている唯一のレギュラー番組で、06年秋にスタートして以来14年の歴史に幕を下ろすことになる。番組冒頭で「重要なお知らせがございまして、もっと早くに言うべきだったんですけど」と切り出し、番組の終了を報告した久米。理由については「100個くらいある」としながらも、「5年前くらいから、自分でもアレって思うような言い間違いが多い。年齢的なものだと思うが、集中力とか根気とかそういうものが明らかに衰えてきているのも理由の一つ」と肉体的に厳しくなった状況を明かした。その上で「下り坂になってから番組をやめるのは一番よくないと思っていた。わりと調子の良いときにやめるのが聴いている人、制作している人にも良い思い出になる、というのが僕の持論なんです」と説明。後番組にもいい形でバトンタッチできると話した。レギュラー番組の終了と言えばタレントのみのもんた(75)も、今年3月に自身唯一のレギュラー番組だった『秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系)から勇退。その際のインタビューにおいて「自分が今の人たちの会話のテンポに合わなくなってきた」と胸中を告白。久米同様、時代の変化や加齢による自身の肉体的な衰えを吐露していた。久米宏とみのもんたは同じ1944年生まれ。1967年入社の同期組として久米はTBS、みのは文化放送に入社。共にそれぞれの局で人気アナウンサーとなり、フリーアナの道へと転身した。久米は『ザ・ベストテン』(TBS系)や『ニュースステーション』(テレビ朝日系)などさまざまな長寿番組に司会者として携わってきた。またみのも『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系)でお茶の間の顔となり、全盛期には週16本ものレギュラー番組を抱え06年12月には「1週間で最も多く生番組に出演する司会者」としてギネス記録にも認定された。フリーアナウンサーの先駆け的存在であり、互いに違ったキャラクターでありながらテレビの世界で一時代を築いた久米とみの。そんな二人もすでに75歳となり、普通の会社員ならとうに退職年齢を迎えている。“定年”という概念が存在しない芸能界。第一線で活躍してきた二人だからこそ、引き際の決断を自身で下す。ネット上でも、彼らの決断を惜しみながらも共感するコメントが多くあがっていた。《久米宏にみのもんた…一時代を築いたフリーアナウンサーがいなくなっていく、、おおげさな言い方かもしれないが、一つの時代の終焉を感じてしまうのが寂しい…》《久米さんが番組辞める時ってサバサバしてて気持ちいい。『ニュースステーション』の最終回でも、“自分へのご褒美”って言って番組中にビール一気飲みしていたの覚えてる 笑》《久米さんにしてもみのさんにしても、プロ野球に例えるなら名球会クラスだもんね。だからこそ花道は自分で作らないといけないんだよな。やっぱり引き際って大切なのかも…》
2020年06月09日5月15日(金)より公開される、映画『魔女見習いをさがして』。この度、主人公・どれみの声に心揺さぶられる特報映像が公開された。1999年から4年間に渡り、オリジナルTVアニメ作品として製作された『おジャ魔女どれみ』シリーズ。コミカルなビジュアル、“魔法少女”というテーマから抱く“わくわく”や、“ファンタジー”、これまでの“魔法少女もの”とは異なる、“困難を自分たちのチカラで乗り越える”という明確なテーマが、当時の子供たちに大きな影響を与えた。シリーズ最高視聴率は13.9%を記録している。今作は、そんな『おジャ魔女どれみ』の20周年を記念して、オリジナルスタッフが奇跡の再集結をし製作されている待望の新作。当時『おジャ魔女どれみ』を夢中になって応援していた人々に贈られる、大人のための新たな“魔法”の物語だ。2019年3月の本作の企画発表の際には、8万リツイート、11万いいねを超えるほど、当時見ていた20代を中心に注目を集め、再び大きな話題を呼んでいる。公開された特報映像は、最新映像盛りだくさんのもの。今作は、テレビシリーズの始まりの場所でもある“MAHO堂”のモデルとなった洋館の前で3人のヒロイン、ソラ、ミレ、レイカが出会うところから物語が始まる。年齢も住んでいる場所も悩みも何もかもが違う3人。そんな彼女たちが、“どれみ”にゆかりのあるさまざまな土地を巡る旅を通して、大人になって忘れてしまったそれぞれの大切なものを探していく。特報の中では、“MAHO堂”の前での運命的な出会い、飛騨高山など、“どれみ”ゆかりのさまざまな土地を巡り互いの距離を縮めていく3人、そして物語の重要なカギを握る“魔法玉”などが映し出されている。映像の最後には、TVシリーズの次回予告でお馴染みの、「ハッピー・ラッキーみんなにとどけ」という、春風どれみ(千葉千恵巳)の声も入り、かつて『おジャ魔女どれみ』を見ていた人たちの記憶に呼びかける映像となっている。また今回、特報映像の公開と、21年前の1999年2月7日の『おジャ魔女どれみ』第1話放送記念として、“#あの呪文はまだ覚えてる?SNSキャンペーン”を開催。Twitterでの参加方法は、“おジャ魔女どれみ20周年Twitter”(@Doremi_staff)をフォローして、ハッシュタグ“#あの呪文はまだ覚えてる?”をつけて、それぞれの想い出の呪文、映画への期待をツイートすることで参加完了。Instagramからの参加は、“おジャ魔女どれみ20周年公式Instagram”(doremi_20th_anniv)をフォローして、“#あの呪文はまだ覚えてる?”を使って、呪文、期待コメントをポストで参加完了となる。参加した方の中から抽選で、それぞれ5名に映画の特製リーフレットがプレゼントされる。『魔女見習いをさがして』『魔女見習いをさがして』5月15日(金)より全国公開
2020年02月07日タレントのみのもんた(75)が、司会を務める日本テレビ系バラエティー番組「秘密のケンミンSHOW」を今春に降板することを、各スポーツ紙が報じた。各紙によると、制作を担当する大阪・読売テレビが発表。同番組は4月から「ディスカバリー・エンターテインメント秘密のケンミンSHOW極(きわみ)」としてリニューアル。司会は続投となるタレントの久本雅美(61)と、みのの後任としてお笑いコンビ「爆笑問題」の田中裕二(55)がコンビを組み、スタジオ出演者のロケや新コーナーもスタート。みのにとって、同番組は現在唯一のレギュラーで、降板によってレギュラー番組が消滅することになるが、関係者は芸能界引退を否定したという。「89年に放送を開始した『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系)の司会をつとめていた際が全盛期。週に16本ものレギュラー番組を抱え、06年12月には『1週間で最も多く生番組に出演する司会者』としてギネス記録に認定されました。当時の年収は10億超えと言われていたほどの稼ぎっぷりでしたね」(テレビ局関係者)各紙によると、降板の理由について読テレは「みのさんご本人の意向もあり、後進に道を譲られ、ご勇退されることになりました」と説明したというが、実は、ある時期を境に“第一線を退く”ことを強く意識するようになったという。「13年9月、当時、日テレの社員だった次男が窃盗未遂容疑で逮捕され、同局を諭旨解雇処分となった。次男の逮捕により、みのに対するバッシングが過熱。結局、10月に司会をつとめていたTBS系の報道番組『朝ズバッ!』と『サタデーずばッと』を降板したが、あの時点で心労ゆえ“燃え尽きてしまった”ことを、後日、本人が周囲に明かしていたようです」(芸能記者)
2020年01月24日『Shall we ダンス?』(96)や『それでもボクはやってない』(07)で知られる周防正行監督が、『舞妓はレディ』以来5年ぶりとなるオリジナル作品に挑んだ。成田凌が初主演を務める『カツベン!』は、今から100年前に映画が「活動写真」と称されていた時代、無声映画の上映中にその内容を解説しながら登場人物の声色までを演じる「活動弁士」にスポットを当てている。これまで数々のオリジナル作品を手掛けてきた周防監督は、なぜ本作を通して「活動弁士」に注目することになったのか。そこには日本古来より受け継がれている「語り」の文化が関係していた。漫画や小説をもとに実写化される「原作モノ」が全盛の中、オリジナル映画に果敢に挑んだ人々を取材する連載「オリジナル映画の担い手たち」。第11回は、周防正行監督にとって映画化の動機となっている「驚き」を掘り下げる。○■「珍プレー」「神田松之丞」にも通底する“語り”文化――片島章三さんの脚本を読んだことが、映画化のきっかけになったそうですね。『舞妓はレディ』の撮影現場で片島さんから「読んでみてください」と脚本を渡されたのがきっかけです。たぶん、僕の意見を聞きたかっただけだと思いますが(笑)。僕も、片島さんが撮るものとして、「これは面白いね」と感想を伝えて。それからしばらくしてプロデューサーから監督をお願いされたので、「片島さんさえ良ければ」を条件に受けることになりました。自分以外が書いた(脚)本で、初めて「撮りたい」と思った本でした。――これまでそういう機会はなかったのでしょうか?ありましたよ。「この本で監督してくれませんか?」ということが何度かありましたが、なぜか撮りたいという気持ちになれなかったんですよね。「周防は自分で書かないと撮らない」と思われてる節があるみたいですが、全然そんなことないんですよ。「本が面白ければ撮る」がポリシーです。――「面白い」というのは、感覚的なものなんですか?僕自身の「驚き」です。その驚きを世界中の人に伝えたいかどうか。僕の映画で、共通しているのは「驚き」がスタートです。『変態家族 兄貴の嫁さん』(84)は、小津安二郎という人への「驚き」。ワンカットだけで「これって小津さん?」と分かるような映画監督は、世界中でも稀です。ファンとして「何なんだこれは」という驚きがずっとあったので、小津さんについての映画を撮ろうと思いました。大好きな小津さんに対する驚きが始まりです。『ファンシイダンス』(89)は、昨日まで渋谷のセンター街で遊んでいたような若者が禅寺の修行で入山するという現実が実際にあるんだという「驚き」。山に入った若者たちの目は、センター街にいるた若者の目とは違うんですよね。岡野玲子さんの漫画が原作なんですが、それまでのお坊さんのイメージが変わった作品でした。『シコふんじゃった。』(92)は、その日初めて廻しを締めた大学生が、いきなり国技館の土俵に上がるという「驚き」。初めて見た学生相撲の大会で、小手投げをされまいと頑張っている学生がいました。土俵に上がるのは初めての子でしたが、なんと骨折してしまって! 土俵下にいた関係者が「あっ、折れたな……」とつぶやいたんですよ。「なんだこの世界は!」「強豪校ではない学生たちは、こういう相撲を取ってたのか!」という驚きがありました。『Shall we ダンス?』(96)は、本当に映画の主人公のように駅からふと見上げた雑居ビルの窓に「ダンス教室 見学自由」と書いてあって。「そういえば、雑居ビルのダンス教室ってよく見るよなぁ。だけど、そこに通っている人を一人も知らない」と気づいたんです。そんな世間話をしていた時、東宝の方が「一度、東宝ダンスホールに見に来ませんか?」と誘ってくださって。仕事帰りのサラリーマンと思しき人がそそくさと更衣室に消えて出てくると、ピンと背筋を伸ばして、まるで外国人のように女性をエスコートしながら優雅に踊り始めるんです。取材をすると、あのダンス教室の向こうには、ボールルームダンスの聖地、イギリスのブラックプールがあるんだと知り、驚きました。刑事裁判がテーマの『それでもボクはやってない』(07)は、「刑事裁判ってこんなことになっているのか」「嘘だろ?」という衝撃。証拠は全部見ることはできないとか、もう驚きの連続でした。たぶんみんなも知らないことだろうから、映画にしてみんなに知ってほしいという思いがありました。――今回は、活動弁士に驚かれたわけですね。片島さんの本を読んで、僕は活動弁士を無視していたことに気づきました。学生の頃にサイレント映画をよく観ていたんですが、サイレント映画は「サイレント」で観るのが正しい観方だと思っていました。サイレントで観ない限り、その監督の意図は分からないと。以来、活動弁士や生演奏の存在を無視して生きてきました。でも、片島さんの本を読んで、はたと気づくわけです。明治、大正、昭和を通して、サイレント映画をサイレントのまま観ていた人はこの世にいなかった。洋画でいえば、例えばアメリカには音楽の生演奏があったので、やっぱりサイレントではないんですよね。日本ではそこに活動弁士の語りが入る。当時の日本の映画監督は、生演奏や誰がやるか分からない語りを想定して撮っていたという事実に気づかされました。活動弁士を知らなければ、日本映画を観てきたとは言えないのではないか。日本映画の初期、サイレント映画時代を支えたのは間違いなく活動弁士でした。ちなみに、黒澤明監督のお兄さんも活動弁士です。ポール・アンドラさんの著書(『黒澤明の羅生門 :フィルムに籠めた告白と鎮魂』)には、黒澤監督が活動弁士であるお兄さんの影響を受けたことが書かれています。小津安二郎も溝口健二も、どの活動弁士に語られるか分からないことを踏まえて撮っていたんです。稲垣浩監督は当初、「監督になってみると、活動弁士がこれほど邪魔な存在だと思わなかった」と言っていたそうですが、トーキー(発声映画)の時代になると、自分が書くセリフがどれほど活動弁士から影響を受けているかを痛感したそうです。初期の日本映画の監督はそれぞれ違った形で活動弁士に影響を受けたので、それが後の日本映画のスタイルにも大きな影響を与えたのではないか。それがこの映画を撮ってみて、あらためて分かりました。ヨーロッパやアメリカでも、最初の頃はスクリーンの前に人が立って、映画の説明をしていた時期があったそうです。でも職業として確立することなく、字幕と音楽だけで上映されるようになりますが、日本はトーキー全盛になるまで活動弁士がいて発展していきました。世界でも本当に珍しい映画史です。「物語」という言葉からも分かるように、日本人は語りでストーリーを楽しむ人種とも言えると思います。――最近では、講談師の神田松之丞さんや応援上映などが人気なのも、こうした日本人の感性に響いているからでしょうか?日本の「語り芸」の文化を強く感じます。例えば、これは活動弁士ではなくて「語り芸文化」の影響だと思いますが、古舘伊知郎さんのプロレス実況はまさに現代の活動弁士。それから、みのもんたさんの『珍プレー好プレー』のアテレコも。浄瑠璃、能や歌舞伎も「語り」によって人々に受け入れられてきたところがあります。『平家物語』を語る琵琶法師。講談、落語、浪曲、紙芝居……全部「語り」なんですよね。日本にはそうした豊かな「語りの文化」があって、それが活動弁士を生み出した。声色弁士という仕事もあって、スクリーンの横に複数人立って登場人物のキャラクターに合わせて声を演じていました。それはまさにアニメーションのアテレコ。今の声優さんの人気は、実は日本特有の語りの文化の影響を強く受けているからかもしれません。脈々と受け継がれている語りの文化が、今は神田松之丞さんに光が当たっています。そう考えると、日本の語りの文化が腑に落ちるというか。この映画は、語りについての作品なんです。――今回の『カツベン!』は、前作『舞妓はレディ』(14)後にすぐ製作に入ったのでしょうか?いえ。『舞妓はレディ』の後に2年間、別企画の準備を進めていたのですが、流れてしまいました。準備期間は作品やテーマによって違いますが、『Shall we ダンス?』は1年、『それでもボクはやってない』は多くの取材が必要だったので3年ほどかかりました。今回は、活動弁士の語りで映画を観た経験が少なかったので、とにかく活弁付きの無声映画作品を観ることから始めました。○■原作は映画の出来を保証するものではない――周防監督は本作含め、数多くのオリジナル作品を手掛けてこられました。オリジナル作品とは、監督にとってどういう位置付けですか?なるべく、「オリジナルで作りたい」という思いはあります。原作モノがあまりにも多いのは、お金を出しやすいからでしょうか。出資者側の事情もよく分かるんですよ。僕が一般劇場用映画で最初に撮った『ファンシイダンス』は原作漫画がありました。出資者は、どんな映画になるのか、原作があると予測しやすいわけです。「こういうものができるんだ」と想像がつく。『シコふんじゃった。』はオリジナルだったんですが、立教大学はどんな映画になるか不安があったのか、キャンパスを貸してくれませんでした。出資者の判断や撮影許可が取りやすいのが、原作モノの大きなメリットです。でも、そうなると原作モノしかこの世になくなってしまいます。だからこそ、オリジナルを作れる人は、積極的に作るべきです。漫画家は、「漫画として面白いものを」という発想のもと描いています。原作モノは、どんな映画になるのかある程度想像できるので、一定の安心材料にはなりますが、映画の出来を保証するものではありません。だから、オリジナルにお金を出すのも、原作モノにお金を出すのも実は同じなんです。そう思ってもらいたいから、オリジナルで撮れる人……つまり、それだけの説得力を持っている監督はできるだけオリジナルで撮ってほしいと思っています。――監督もその一人ですね。まぁ、今回はお金を出してくれましたからね(笑)。『それでもボクはやってない』なんて、『Shall we ダンス?』があったから撮らせてくれたと思うんですよ。脚本渡してるのに、「とはいえ、監督だからどこかで笑わせてくれるんだろう」とOKする方もいたみたいで。全然、そんなことないんですけど(笑)。シナリオはこうですと伝わっているはずなのに、みんな僕の過去作品にとらわれてしまう。――ということは、『Shall we ダンス?』までが大変だったということですか。そうですね。『シコふんじゃった。』や『Shall we ダンス?』の企画を通す時、「誰がこんなの観るの?」と散々言われましたからね。『シコふんじゃった。』なんて、スタッフも口にするのが恥ずかしそうでしたし(笑)。ある人からは、「ウンコふんじゃった? そんなの受けられない」と断られたこともありました。『Shall we ダンス?』がヒットしたおかげで、その後の話しは通しやすくなりましたよ。出資する側は、何かしらの保険が欲しいんですよね。■プロフィール周防正行1956年10月29日生まれ。東京都出身。1989年、本木雅弘主演の『ファンシイダンス』で一般映画監督デビュー。本木との再タッグとなる1992年公開『シコふんじゃった。』では、第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、数々の映画賞を受賞し、1996年公開の『Shall we ダンス?』では、第20回日本アカデミー賞13部門を独占。その後も、『それでもボクはやってない』(07)、『ダンシング・チャップリン』(11)、『終の信託』(12)、『舞妓はレディ』(14)などの話題作を手掛けている。
2019年12月21日徳光和夫アナウンサー(78)が6月14日、渋谷区と日本認知症予防学会が取り組む「認知症に関する協定」概要発表会に認知症予防大使として出席した。一部スポーツ紙によると、徳光アナは自身の起用理由について「認知症予備軍であり、78歳にしては元気。みのもんたは最近、何となく元気ないので、一番元気のいいのが徳光と思われて、大使に選ばれたと思う」と笑わせたという。「徳光さんにとってみのさんは、業界の後輩であり立教大の後輩。そのため“ネタ”にはしやすかったようですが、たしかに最近のみのさんには心配の声も上がっています」(テレビ局関係者)みのは13年11月までTBS系の情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」「みのもんたのサタデーずばッと」でキャスターをつとめていた。だが13年9月、日本テレビに勤務していた次男が窃盗未遂容疑で逮捕。同局を諭旨解雇処分となった。そしてみのにも批判が殺到した結果、両番組のキャスターを降板した。「当時のみのさんは年収10億円超えとも言われるほどの人気者でした。しかし両番組に続き、文化放送の冠ラジオ番組『みのもんたのウィークエンドをつかまえろ』が14年3月で終了。87年から放送されていた長寿番組でライフワークにしていただけに、ショックだったでしょうね」(芸能記者)現在は稼業である水道メーター会社兼個人事務所「ニッコク」社長をつとめながら、レギュラーは日本テレビ系「秘密のケンミンSHOW」とAbemaTV「みのもんたのよるバズ!」の2本のみだ。「AbemaTVではキャスターをつとめています。みのさんそれを足掛かりに地上波へのキャスター復帰を狙っていたようですが、いまどにお呼びがかかりそうな気配はありません」(前出・芸能記者)地上波のキャスターこそが、みのの“若さの秘訣”だったようだ。
2019年06月16日娘と買い物をするみのもんた「みのさんがカートを押して買い物していてビックリ! 全然変装していなかったので、彼に気づいたお客さんはみんな思わずチラ見していましたよ」(目撃した女性客)11月下旬の夜、都内の高級スーパーにみのもんたが現れた! 「30代半ばくらいのきれいな女性と一緒でしたよ。2人で楽しそうに話しながら、ねぎやニラ、白菜、豚肉、ほうれん草など、野菜を中心に2袋ぶん買っていました。会話の内容的に娘さんでしょう。寒い日だったので、この日の夕食は鍋だったのかもしれませんね」(同・目撃した女性客)30分ほどで買い物を済ませると、スーパーの向かいにあるベーカリーに立ち寄った。「ショーケースに並んだパンを見て迷っていましたが、みのさんはメロンパンが食べたかったみたいでした。でも、娘さんに“それはカロリーが高いからダメだよ”と注意されていましたね(笑)。結局、小さめのクロワッサンを2つ買っていました。会計を済ませると、お店の人に大きな声でお礼を言っていましたよ」(同・目撃した女性客)スーパーを出ると、送迎の車に乗り込んで帰路についた。「みのさんは鎌倉に住んでいるそうですが、ときどきお仕事の帰りにこのスーパーで買い物をしているところをお見かけしますよ」(常連客)みのは長らく鎌倉で暮らしている。「3000坪の敷地に建った地上2階、地下1階の240坪の豪邸です。お風呂からは湘南の景色が一望できます。ご近所でも有名で、“みの御殿”と呼ばれていますよ」(不動産関係者)現在、彼のレギュラーは’07年から放送されている『秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系)と’16年からAbema TVで放送されている『みのもんたのよるバズ!』の2本。都内で仕事をすることも多いが、いまも鎌倉の自宅に住んでいる。「よく家の前に送迎の車が止まっていますよ。基本的に車で移動しているみたいなので、姿を見かけることはほとんどありません。でも、たまに会ったら挨拶もしますよ」(近隣住民)基本的にはこの家にひとりで暮らしているみの。ただ、74歳の彼をずっとひとりにしているわけではない。「妹さんが、頻繁に通って身の回りの世話をしているそうです。離れて暮らしているので、なにかと心配なのでしょうね」(別の近隣住民)普段、テレビではあまり私生活について語らないが、彼にはすでに成人した息子2人と娘が1人いる。子どもたちの中で、娘は人一倍父親思いだ。「’12年5月に、みのさんの専属スタイリストを務めていた奥さんが皮膚がんで亡くなりました。長年苦楽を共にしてた彼女の死に、みのさんもショックを受けていました。でも、その1か月後に奥さんに代わって、今度は娘さんがお父さんのスタイリストとして働くようになったんですよ」(芸能プロ関係者)冒頭のスーパーでの様子を見る限り、仕事はもちろん、一緒に買い物に行った際には、健康を第一に考えるなど、私生活でも父を懸命に支えている。みのが“おもいッきり”仕事ができるのは、公私に渡って支えてくれる娘のおかげかも!
2018年12月05日宮地佑紀生公式サイトより「2年間謹慎状態でしたが、8月5日の東京の紀伊國屋サザンシアターでのお笑いライブに宮地佑紀生さんが出演します。ラジオがテーマで、ラサール石井さんや吉田照美さんらも出演します」(スポーツ紙記者)宮地は名古屋のご当地タレントで、’70年代から活躍してきた大ベテラン。「“名古屋のみのもんた”と呼ばれるほどですが、あの事件で知名度は全国区になりました」(地元紙記者)事件というのは、生放送中に起きた暴行事件のこと。「’16年6月27日、宮地さんがパーソナリティーを務める東海ラジオ『聞いてみや〜ち』で共演者の神野三枝さんに暴行。マイクへの衝撃音や神野さんが“ごめんなさい”と謝っている声がそのまま放送される事態に。刑事告訴され、傷害容疑で逮捕されました」(前出・スポーツ紙記者)宮地が出演していた食品メーカー『寿がきや食品』のテレビCMなども放送中止。最終的に全レギュラー番組を降板する事態に発展した。「事件当時のオンエアの様子が全国ネットのワイドショーでも大きく取り上げられ、19年続いた冠番組も打ち切りとなりました」(同・スポーツ紙記者)事件後、芸能活動の自粛が続いていたが、昨年12月3日、宮地は名古屋で行われたトークショーに登場した。「CBCラジオの『つボイノリオの聞けば聞くほど』の25周年記念イベントでした。同い年のつボイさんが長年のライバルに手を差しのべた形です。彼は泣きながら謝罪していましたね」(前出・地元紙記者)■宮地の復帰に神野はどう思うのか地元のDJやリスナーの応援もあり、復帰への道筋が開かれたようだ。「トークショーはもはや、謝罪会見状態でしたが、禊はすんだということで、ラジオ番組が始まるようです。トークライブのチラシにも“わけあって表舞台から姿を消していたが、いったい何があったかは本人の主張を「聞いてみや~ち」。この秋から本格的にラジオ復帰の予定”って書かれてますよ」(宮地の知人)宮地の復帰を、被害者である神野はどう思っているのだろうか。彼女の所属事務所に問い合わせてみると、「宮地さんの復帰については聞いておりません。事件に関して、みなさんもいろいろな感情を持っていますし、こちらもいまだに事実がわからない。コメントは差し控えさせていただきます」とのこと。宮地の所属事務所はというと、「実は、今年の頭に当事者の方と示談が成立しています。3月には名古屋のラジオの公開収録にも参加させていただき、少しずつ復帰しています。8月5日のライブもラジオがコンセプトということで、快くお引き受けさせていただきました。復帰番組の詳細に関しては番組改編の発表時期のこともあり、具体的には決まっていませんが、いろいろな方と話し合っている状況です」またコテコテの名古屋弁がラジオで聞ける日も遠くはなさそうだ。「まっぺん頑張ろみゃあ」(名古屋弁で「もう1度、頑張ろう」)。
2018年07月04日東京ソラマチの中では、唯一のもんじゃ焼き専門店!東京スカイツリーからすぐ近くの東京ソラマチの7階にお店を構える、「月島名物もんじゃ だるま ソラマチ店」。店内は子ども連れにも嬉しい半個室の掘りごたつは12名までご利用可能です。またメインのテーブル席は、椅子の下が収納になっています。気になる服への匂い移りの心配も必要ありません。店内はもんじゃ焼きの美味しそうな香りに包まれ、食欲がそそられます。東京下町・月島のもんじゃ焼きを広めたい!月島出身の社長が創立した、「月島名物もんじゃ だるま ソラマチ店」。東京スカイツリーができたときに、さらに多くの方にもんじゃ焼きの魅力を知って貰いたいという想いでオープンしました。月島名物のもんじゃ焼きは、トッピングの種類も多数あり、自分好みに自由自在にアレンジできます。もんじゃ焼きだけでなく、鉄板焼きやお好み焼きも堪能出来る豊富な品揃えも魅力。名物メニューの「スカイツリーもんじゃ」で決まり「スカイツリーもんじゃ」(1,990円)の特徴はその贅沢具材の数々です。数量限定で提供される天然まぐろのほほ肉、殻ごと食べられる天使の海老、高品質で赤字覚悟で入荷をしている明太子、有名な天ぷら屋さんから仕入れている揚げ玉を贅沢に使用した華やかな逸品。目の前で焼くライブ感もたまりません。また、「もち明太子チーズ」(1,460円)も築地直送素材を使用した、人気のおすすめメニューのひとつです。とろ~りなめらか食感がクセになる「あんこ巻き」口までとろけそうなその食感が大好評の「あんこ巻き」(670円)。なんとこちらも目の前で仕上げてくれます。お好み焼きの生地に、あんこを巻いてクレープみたいにして作り、黒蜜をかければ完成です。一見シンプルな一品ですが、口に広がる甘さが絶妙。女性だけでなく、甘党の男性にも好評となっています。「鉄板リゾット白(海鮮)」(1,230円)も目の前で仕上がり、鉄板でいただけるのが人気のメニューです。世界に誇れる国宝級のもんじゃ焼を提供します主に築地より選び抜かれた新鮮な野菜・海鮮を常に仕入れており、だしにもこだわりがあります。数種類の厳選食材をじっくり煮込んでから作り、さっぱりした味わいの海鮮和風だし。鶏ガラをふんだんに使用した濃厚な後味が特徴的な、鶏ガラだしの2種類から選択できます。色んな種類のもんじゃ焼きがあるので、どちらの種類のだしが合うのかは店主に相談しましょう。おすすめの組み合わせを紹介してくれます。「月島名物もんじゃ だるま ソラマチ店」へは、東京メトロ半蔵門線・都営浅草線・京成押上線・東武伊勢崎線の押上駅から徒歩1分で到着します。ソラマチでショッピングをした帰りには、ぜひできたてのもんじゃ焼きを味わってみてください。スポット情報スポット名:月島名物もんじゃ だるま ソラマチ店住所:東京都墨田区押上1-1-2 東京ソラマチ 7F電話番号:03-5809-7408
2018年04月16日