『持続可能な魂の利用』は、フェミニズム小説の旗手・松田青子さんの初長編だ。痛烈な「おじさん」批判小説であり、女性たちの連帯を描くシスターフッド小説でもある。「おじさん」は、見た目や年齢のことではない。カギカッコ付きなのは、それが家父長的な価値観で女性について勝手に語ったり評価したり貶めたりして消費し、女性の絶望を作り出す総体としての存在だからだ。「いまの女性たちが置かれている日本社会の理不尽な状況を、一度しっかり書いておきたいと思ったんですね。同時に、そうした『おじさん』の視線や悪意がなくなったら、女性たちはどれほどの自由を享受するだろうかとも想像しました」物語は2つの時空を行き来する。現代のパートでは、陰湿なハラスメントで負った傷を、射すくめるような視線の媚びないアイドル〈××〉に癒される敬子、ハラスメントの真相を知って、敵を討とうと誓う歩、二次創作にハマっている元アイドルの真奈、新生児の育児に右往左往する由紀などが活躍。未来のパートは「おじさん」から少女が見えなくなった世界だ。少女たちは伸び伸びと、現代社会の性差のゆがみを研究発表という形で考察していく。「未来の少女たちの目から見れば、なんてバカバカしいことがまかり通っていたのかと呆れることだらけ」作中で、アイドルは複雑かつ重要なモチーフとして描かれる。「敬子は女性アイドルに純粋に惹かれながら、その消費構造を手放しでは喜べないことにはっとします。人間は矛盾した生き物なので、女性が見られることで傷ついた心を、今度は自分が見る側に立つことで癒されるというのもあると思うんですね。私自身も実在のアイドルをモデル化して小説に登場させている時点で、やはりそこは綺麗事にならないように、自覚と自戒が伝わるような、ブーメランが自分にも返ってくる文章構造と書き方を心がけました」それでも本書に描かれた世界に、希望を見つける人は多いだろう。「SNSなどで女性を取り巻く問題が可視化されたことは気が重くなる部分もあるんですが、敬子の妹が言った〈鬱陶しい霧のようなままの気持ち〉のころよりは、多少は対策も立てられる。繋がれる人もいる。変化は生まれていると感じています」まつだ・あおこ作家。兵庫県生まれ。2013年、デビュー作『スタッキング可能』が三島由紀夫賞および野間文芸新人賞候補に。『彼女の体とその他の断片』(共訳)など、翻訳家としても活躍。『持続可能な魂の利用』見られることから少女たちが解放された世界と、そこへ至る前史ともいえる女性が生きにくい社会。描かれる事象のリアリティに驚く。中央公論新社1500円※『anan』2020年8月26日号より。写真・土佐麻理子(松田さん)中島慶子(本)インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年08月23日小説現代長編新人賞受賞作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』の作者・鯨井あめさんに、作品に込めた思いを聞きました。クラゲは空から降ってくるのか?現役大学生による驚きのデビュー作。高校2年生の越前亨(えちぜんとおる)は、作家だった父を病気で亡くしてから心を閉ざしている。彼が図書委員として一緒になった後輩の小崎優子(こさきゆこ)は、毎日、屋上で雨乞いならぬクラゲ乞いをしている――小説現代長編新人賞受賞作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』で作家デビューを果たした鯨井あめさんは現役大学生。執筆歴は実に11年!「好きな小説の真似をして書くことから始めて、5年ほど前からネットに投稿していましたが、去年、一回全力で書いたもので挑戦してみようと思って新人賞に応募しました」その作品で見事受賞したわけだ。本作の出発点は、クラゲが降る様子が頭に浮かんだこと。もちろん、クラゲは空から降るものではない。「小崎も最初は“不思議ちゃん”と呼ばれています。ということは、作中のどこかで“不思議ちゃん”じゃなくなる瞬間がくる。その瞬間を書きたいと思ったのを今でも覚えています。誰かが変わる瞬間って、ちょっとわくわくするんです」クラゲ乞いの意外な理由が見えてくるなか、頑なだった亨のものの見方にも、少しずつ変化が。「小学生の頃に読んだ問題に“A君はそれを長方形と言い、B君はそれを円だと言う”というのがあって。答えは円柱です。世の中ってそんなふうに、別の角度から見ると違って見えることは多いんじゃないかと思って。事実は変えられなくても、とらえ方を変えることはできる」友人や先輩、事情ありげなクラスメイト、教師ら周囲の人物造形も実に丁寧。物語展開も、意外性に満ちて巧みだ。「ものすごく集中して書いたので、細かいところをどう決めたのか覚えていないんです(笑)。ただ、書いている間、すごく楽しかった」図書委員の話だけに実在の作家名や書名が続々登場。彼らが本について語り合う様子がとっても楽しそう。「そこはノリノリで書きました(笑)。登場させた本はあまり偏らないようにしましたが、出したいのに出せなかった本もたくさんあります」というように作中人物だけでなく、著者自身の本への愛も伝わってくる。「小説って文字だけでできているのに、感動したり、びっくりしたりできる。それが小説のすごいところだと思うし、自分もそういうことができる作家になりたいと思います」鯨井あめ『晴れ、時々くらげを呼ぶ』高校生の越前亨は人と関わることが苦手。だが、屋上でクラゲ乞いをする“不思議ちゃん”の後輩・小崎優子と図書委員で一緒になって…。講談社1300円くじらい・あめ1998年生まれ。兵庫県出身。2015年より小説サイトに短編、長編の投稿を開始。‘17年「文学フリマ短編小説賞」優秀賞を受賞。初めて新人賞に応募した本作で受賞を果たす。※『anan』2020年8月12日-19日合併号より。写真・中島慶子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2020年08月18日彩瀬まるさんの新作『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』は、食にまつわる人間模様を描く短編集。全6編のうち最初に書いたのは2話目の「かなしい食べもの」。料理上手な男が、一緒に暮らす彼女から「たまに作ってほしい」と枝豆チーズパンのレシピを渡される。そこに隠された彼女の思いとは?「これはアンソロジー『運命の人はどこですか?』に収録する作品として書いたもの。時に料理は嫌な思い出に繋がることもある。その憂鬱に対応して生きていくんだ、という話になりました。ハレの日に美味しいものを食べるような話にならなかったところが、自分でも面白いなと思って。それで担当編集者と、食にまつわる、苦みのある短編を書いていこう、という話になりました」1話目の「ひと匙のはばたき」は、ダイニングバーの店員と常連客、女性2人の話で、「食べられなかったものが食べられるようになる話」を考えたという。3話目の「ミックスミックスピザ」は仕事も家庭も手一杯の女性がピザを食べる。しかも夫以外の男性と、ラブホテルで。「ずっと張りつめていてようやく脳が弛緩した時にジャンキーなものを食べたくなることってある。生きていると最適解を出せないことはあるけれど、その失敗も含めて生きていく話を書きたかった」次の「ポタージュスープの海を越えて」では女性2人が温泉に行くが、これは母と娘の話にもなっている。「ある時ふと、母や祖母が好きだった食べ物を知らないと気づいたんです。私自身も今、毎日作るのは自分が食べたいものではなく、子どもが文句言わずに食べるものだったりする。毎日人の食事を作るうちに自分が何を食べたいか分からなくなっている人はたくさんいるだろうけれど、そういう人たちがどこかで自由に好きなものを美味しく食べていたらいいな、と思いました」次の「シュークリームタワーで待ち合わせ」は料理研究家の主人公が、疎遠だった旧友が悲しい体験をして食欲を失っていると知り、毎日料理を作って食べさせる。と説明すると一見いい話に聞こえるが、「食べたくない人を支配して食べさせる話です。美味しいものを食べさせるって、暴力的なパワーで人に影響を与えることだなとも思うので」一方「大きな鍋の歌」では料理人の男が、難治性の病で入院中の知人を見舞う話で、“昔食べたかったものを自分で作る”というテーマだとか。どの話も確かに苦みがあり、また、描かれる他者との関係が、必ずしも確かな友情や愛情や絆で結ばれているわけではないのも印象的。「その相手を好きか嫌いかではなく、自分と相手の心と体が自由であるかどうかに注目する人物が結果的に多くなった。不自由であるなら原因を探し、変えていく。そんな個人の戦いを大切に書いていきたいです」それは今後、彩瀬さんが取り組んでいくテーマのひとつになりそうだ。あやせ・まる1986年生まれ。2010年「花に眩む」で女による女のためのR‐18文学賞読者賞を受賞しデビュー。’18年『くちなし』が高校生直木賞受賞。著作に『さいはての家』など。『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』枝豆チーズパン、ミックスピザ、栗のポタージュスープ、具だくさんシチュー…。食べ物を通して見えてくる人間関係を描いた6編。祥伝社1400円※『anan』2020年7月29日号より。写真・岡本あゆみ(彩瀬さん)中島慶子(本)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2020年07月24日プロローグはおどろおどろしい。ペット以下の環境で監禁、虐待されている女性。そのみじめな姿をあざける犯人。それは、茨城県水戸市内の安ホテルで発見された男の刺殺体と、さらに彼が起こした先の女性監禁事件へと結びつく。犯罪の背景に何があったのか。櫛木理宇さんの『虜囚の犬』は、ゆがんだ家族関係や、閉鎖的な地方都市の陰湿さを浮かび上がらせる問題作だ。弱者の痛みが幾重にも絡む事件を、若き元家裁調査官と県警刑事が追う。「同時にこれは劣等感の物語でもあるんです。極端に感情が欠如しているサイコパス的な人間はおらず、加害者も被害者も自己評価が低い人物ばかり登場します。メッタ刺しにされた薩摩治郎(さつまじろう)は、女性たちを監禁して服従させ、女性に対して一見『強者』のようですが、過去を遡れば、決してそうではない人物だったことが見えてくる。最終的に絶対的な強者というのは存在するのかというのもテーマです」事件につながる要因を解き明かそうとするのが、白石洛(らく)という30代の元家裁調査官。かつて少年事件で治郎や関係者家族と関わったことがあり、治郎の過去について知る数少ない人物。洛の友人で、茨城県警捜査一課の巡査部長・和井田瑛一郎は、引きこもりだったという事件前の治郎について調べるよう洛に依頼する。「今回、捜査官だけではなく素人探偵役の洛を据えたのは、事件捜査だけでなく、少年という弱い存在に焦点を当てて見てくれる人が必要だったからです。洛がいまは妹と暮らす専業主夫にして、刑事の和井田と高校時代からのノリのままじゃれ合う会話を繰り広げる場面を入れたのは、そうしないとあまりにも陰惨な話だけになってしまうかなと。重い物語の緩衝材的な役割もあります」物語は、司法では裁けない罪や悪意にどう向き合うかも問いかける。「他者への寛容性がないというのが始まりだと思うんです。怒りの矛先が間違った方向に向かうという問題があって、より弱い存在が被害者になるのは社会の縮図のようです」櫛木作品では、犯罪をめぐるリアリティにも瞠目させられる。「もともと犯罪心理などには興味があって、作家になる前、シリアルキラーについてのコンテンツの管理人を10年くらいやっていたことがあるんです。本もいろいろ読みました。そのころの知識がいろいろ補填してくれているのかもしれません」くしき・りう作家。1972年、新潟県生まれ。2012年『ホーンテッド・キャンパス』で日本ホラー小説大賞・読者賞を、同年、『赤と白』で小説すばる新人賞を受賞。『虎を追う』など著書多数。『虜囚の犬』1986~’87年、米国オハイオ州で黒人女性ばかりが狙われたゲイリー・ヘイドニックという男による実在の拉致監禁事件がモチーフ。KADOKAWA1700円※『anan』2020年7月22日号より。インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年07月20日映画『朝が来る』の原作となった小説の作者・辻村深月さんと、実写映画版の監督・河瀬直美さん。“ひとつの物語”を別の手法を用いて表現する、語り手同士のまなざしは何を見据えているのか。そこには二人が築き上げた信頼が垣間見えました。――辻村深月さんの小説『朝が来る』は、実の子を持てない夫婦と、中学生で出産した少女の運命が、特別養子縁組によって繋がっていく物語です。河瀬さんがこれを映画化しようと思ったきっかけは?河瀬:辻村さんの作品は前から知っていましたが、『朝が来る』は人から薦められて読みました。自分も養女として育っているので、共感するところがいっぱいあって。その時はすでにテレビドラマ化が決まっていたんですが、薦めてくれた人に「これは女性監督が映画化したほうがいい」と言われ、そこから始まったんですよね。辻村:連絡があった時にはすごくびっくりしました。河瀬フィルムはファンとして観てきましたが、自分の小説の映画化なんて、こっちが頼み込まないと実現しないだろうし、頼んだからといって監督の気持ちが乗らなければ到底無理。それなのに、まさか河瀬さんのほうから手を挙げてくださるなんて。実は映画化の話もいくつかオファーがあってどれも魅力的だったのですが、河瀬監督がいちばん、想像がつかないものを見せてくれるんじゃないかと思いました。河瀬:あはは。それで、まだ何も決まっていない時にホテルのラウンジで会ったのが、4年くらい前だったかな。辻村:監督の『光』(2017年)が公開される前年でしたね。監督が現れて、時候の挨拶もなく開口一番「この映画を撮るにあたって、朝斗のまなざしというものは必要不可欠だと思っています」っておっしゃって。あ、これが世界の河瀬直美かと圧倒されました(笑)。河瀬:本当に失礼な出会いでしたねえ(笑)。――朝斗というのは、養子となった男の子のことですね。辻村:そうです。『朝が来る』は、養親となった佐都子と、産みの親であるひかりという、2人の母親の物語と言われることが多かったし、私もその角度から話すことが多かったんです。でも監督は、朝斗という子供の目線をあの原作から感じ取ってくださった。この小説の余白みたいな部分を、監督であれば埋めてくださると思いました。後から河瀬さんご自身も養子だったということも聞いて、監督のところに送り出したいという気持ちがさらに強くなりました。――そこからお二人の交流が始まったのですか。辻村:いっぱい対話をして、私もすごく勉強になりました。『朝が来る』が文庫化された時には解説を書いていただきましたし。紆余曲折あって映画化は無理かと思う瞬間もあったけれど、そんな時も実現させようという監督の熱意を間近に見せてもらいました。通常、映画の原作者って撮影が決まってから関わると思うんですけれど、今回は、僭越ですけれど、河瀬さんと友達の関係性を作りながら映画に携わっていく形になって、すごく楽しく、かつ刺激的でした。河瀬:ありがたいお言葉です。『光』を公開した時には奈良までトークイベントに来てもらって、小説と映画の違いについても話しましたよね。私は深月ちゃんの小説は、文字で表現されているものの裏側に読み取れることが多くあると感じていて。映画は、その文字の裏側を具体的に描かないといけないと思うんですよ。文字をそのまま映像化したほうが原作の読者は安心するんだろうけれど、私の場合、原作に書かれたエピソードを多少変えてでも、作者が本当に言わんとしていることが届くところを目指している。『朝が来る』は、“2人の母親と子供”という説明で伝わるほどシンプルじゃない部分がそれぞれの登場人物にありますよね。そこを丁寧に描いていこうと思いました。私の映画はたいてい、一か所に滞在して撮ることが多いんですが、これは全国6か所で撮ったし、登場人物が一番多いし、撮影そのものに2か月かけるという長期戦で。チャレンジでしたね。辻村:完成作品を観た時、河瀬さんとスタッフ、キャストの皆さんが長い旅を終えてここに来てくれた感じがしました。それは物理的な距離もだし、何より登場人物それぞれが生きてきた時間がまるごと映画に入っている。養親となる佐都子と清和が、恋人同士のような二人の時間を過ごしてから親になっていく過程をじっくり見られたのも嬉しかった。小説では、母親になったから急に何かが変わるわけではない、ということを意識していたんですが、そこを大事にしてもらえたと思いました。もうひとつ、大事にしてくださったのは、中学生で産みの親となるひかりが、初めてつきあった男の子とどういう時間を過ごしたのか、というところ。大人からは頭ごなしに「まだ中学生なのにバカなことをした」と断じられてしまうような時間を、そうではなかったんだと丁寧に描いてくださったおかげで、ひかりを肯定してもらえたと感じました。それと、河瀬さんにお願いしたからこそこういう世界が見られたと思ったのが、特別養子縁組を斡旋するNPO法人の浅見という女性がインタビュー形式で答える場面。あそこは完全に浅見さんの物語になっていて、浅見さんもまた朝斗のお母さんなんだ、と気づかされました。――佐都子と清和がNPO法人「ベビーバトン」の説明会に出席する場面や、ひかりが浅見さんのもとで過ごす時間の場面は、ものすごくリアリティがありますね。河瀬:私はドキュメンタリストでもあるので、説明会はドキュメンタリースタイルにしました。NPO法人の方に協力していただいて、実際に養子縁組した人たちに出演してもらったんです。そこに、佐都子を演じる永作(博美)さんと清和を演じる井浦(新)さんに、俳優としてでなく、佐都子と清和という夫婦としていてもらったのがあのシーン。辻村:監督は順撮りで撮影されているので、二人が結婚して、不妊治療に悩んで、というシーンを先に撮影してから、あの場面に臨んでいるんですよね。河瀬:そう。だから二人は本当に佐都子と清和としてそこにいる。あの場面は流れだけ決めて、全部実際に彼らの言葉で語ってもらっています。いわばアドリブでした。辻村:河瀬さんは撮影期間中、原作者の私より何倍も『朝が来る』について詳しかったと思う。永作さんも、私以上に佐都子の理解者だったと思います。最初に「朝斗のまなざしが必要」とおっしゃった時、河瀬さんは私とご自分に対して約束をしてくれた気がしたんですが、完成作品を観て、その約束を果たしてくださったと思いました。最後まで観るとそれがよく分かる。だから絶対、エンドロールが終わるまで席を立ってほしくない!河瀬:はい!そこに秘密が隠されています(笑)。実の子を持つことを諦めたところ、特別養子縁組の取り組みを知った佐都子と清和の夫婦は、中学生で妊娠、出産した少女・ひかりの子供を養子にすることを決める。赤ん坊の受け渡しの日に会った3人の運命はその後…。養子となった朝斗と3人で、東京で暮らす佐都子と清和。幼稚園での多少のトラブルもまた、平穏な日々の証。その時はまだ、突然かかってきた一本の電話によって、家族のしあわせな日常が脅かされることになるとは、誰も思っていなかった。NPO法人「ベビーバトン」を主宰する浅見静恵。ひかりを見守り、出産に付き添い、佐都子たちと生まれた赤ん坊の養子縁組の間に立つ彼女の存在感が際立つ。実際に養親になった人たちに出演してもらった説明会の場面のリアリティは胸に迫るものがある。かわせ・なおみカンヌ映画祭をはじめ各国で受賞多数。代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2つ目の窓』『あん』『光』など。「なら国際映画祭」では次世代育成に力を入れる。東京2020オリンピック競技大会公式映画監督。つじむら・みづき2004年に『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。’11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、’12年『鍵のない夢を見る』で直木賞、’18年『かがみの孤城』で本屋大賞受賞。『朝が来る』[映画]特別養子縁組によって息子を得た夫婦のもとに、謎の女から一本の電話がかかってきて…。監督・脚本・撮影/河瀬直美出演/永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子近日公開予定。[小説]特別養子縁組で繋がる産みの親と育ての親、それぞれの物語を辻村さんならではのミステリーとして描く。不穏な冒頭から、ラストは圧巻。文庫版は解説を河瀬監督が寄せている。文春文庫¥700※『anan』2020年5月27日号より。写真・深野未季(文藝春秋/辻村さん)取材、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2020年05月23日新作『いいからしばらく黙ってろ!』の著者・竹宮ゆゆこさんに、作品への思いを伺いました。人生どん底女性×崩壊寸前の小劇団。超絶にぎやかで痛快な起死回生物語。「純度100%のエンタメを目指して、振り切って書きました」映画化される『砕け散るところを見せてあげる』など、ヒリヒリした青春小説も得意とする竹宮ゆゆこさん。新作『いいからしばらく黙ってろ!』は、ひたすら笑った後でジンとくる成長物語。「最初に出てきたのは主人公のキャラクター。自分をうまく打ち出せなくて損ばかりしている人が、カオスな現場で生きる才能を爆発させる、という話が浮かびました」主人公の龍岡富士は大学卒業直後に、婚約者も就職先も住む場所もなくしてしまう。そんな時に小劇団の面々と出会い、ボロアパートに住みながら彼らを手伝うことに。「カオスな現場を考えていた時、小劇団は大変だと聞いたんです。一朝一夕で舞台監督や大道具になれるわけではないので、お手伝いする、という形におさまりました」この劇団の面々がみな個性大爆発で、富士と彼らのやりとりで笑わせる。だが、資金難などで崩壊寸前というのが実情だ。「劇団のことをよく知らないので、まず、帳簿を作ってお金の流れを決めていきました。メンバーがいくら持ち寄って、公演にいくらかかって…と考えると、劇団の歴史や、人が集まった時は嬉しかっただろうなとか、この時期は苦しかっただろうとか、感情の流れも見えてきました。と同時に、みんな生活が大変なのに続けているのは、本当に表現することが楽しいんだろうなって。リスペクトを感じました」自分勝手な劇団の面々を、富士は過去の経験を活かして説得したり、誘導したりと奮闘する。「自分の能力を使える場を見つけたんですよね。才能のある人って表舞台に立つ人ばかりじゃない。表舞台を成立させるためには、たくさんの別の才能とエネルギーが必要ですから。誰にでも自分を活かせる場があると信じているし、それを信じられたら生きることが楽しくなるはず」愉快痛快な本作だが、終盤、泣いていたかつての自分に富士が心の中で声をかける場面がぐっとくる。「あの場面が書きたかったんです。でも、キャラクターたちが騒ぎまくるのでなかなか先に進まなくて。実は、このタイトルは彼らに対する私の魂の叫びなんです(笑)」竹宮ゆゆこ『いいからしばらく黙ってろ!』大学卒業直前に婚約解消、仕事もない富士が出合ったのは小劇団。その舞台に魅了された富士は、ひょんなことから彼らを手伝うことに。KADOKAWA1700円たけみや・ゆゆこ1978年、東京都生まれ。2004年に「うさぎホームシック」でデビュー。『とらドラ!』など人気シリーズがある。話題作『砕け散るところを見せてあげる』の映画化作品は5月8日公開。※『anan』2020年4月22日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2020年04月16日性に関しての描写に限らず、色気が漂いドキドキさせられる、そんな文章があります。文字と文字、あるいは行間に潜む色気を見出し、味わう。その喜びとは、どんなもの?小説『デッドライン』から考える、“色気のある文章”とは?昨年秋に発売され、芥川賞候補にもなった千葉雅也さんの初の小説、『デッドライン』。青春小説としての評価が高い一方で、文体の色っぽさもおおいに話題になっています。激しいセックス描写も出てこないこの小説に、なぜ色気が漂うのか。まずはそれを考えます。修士論文の締め切りが迫る、大学院生の“僕”の日々。舞台は2000年代初期の東京。主人公の“僕”は、大学院で哲学を学ぶゲイの青年。“僕”は、高校からの友人と深夜にドライブをし、大学院やその他の友人たちと自主映画を作り、授業で哲学を論じ合い、また行きずりの男性と体を重ねることも。そんな中、修士論文の提出期限が刻々と迫ってくる…というのが、物語のあらすじ。映画のような唐突な場面転換、カギカッコを使わない会話表現と、それによる視点の不思議な移動…。散文が続いていくような不思議な構造の隙間に、ふっと何かが現れ、そしてまたふっと消える、危うい雰囲気。千葉さんが淡々と描く、時間や人の境界線が曖昧な世界には、“わからないけれども惹きつけられてしまう何か”が漂います。その“何か”の正体を知りたく、取材のオファーをしたところ、「しゃべりすぎると、すべての色気は蒸発しちゃうので…」と苦笑いをしつつ、千葉さんは、ご自身の文章と色気の関係について、語ってくれました。作家・千葉雅也さんに聞く、“文章と色気”の関係。色っぽい文章とはなんですか。千葉雅也さんにその問いを投げたところ、一番最初に返ってきたのは、“説明しすぎないこと”という言葉でした。「偶然性を強く利かせるということが、文章においても、振る舞いにおいても、色気やエロティシズムのポイントだと思います。色気とは、理由はわからないけれども惹きつけられてしまう、そういうものだと思うんですが、だからこそ理由がわかってしまうと、受け手側のテンションが落ちてしまうということもある。とはいえ、説明不足なところばかりでは、それはそれで受け手は反発するので、ある程度の説明は必要ですが、“説明しすぎている感がない”ことが、色気を生む重要なポイント。人は、説明不足な何かに触れると“これはなんだろう…”と不安になって、それに巻き込まれていくわけです。さらに人間には、ある種のマゾヒズムというか、不安な状態が気持ちがいいと感じる習性があります。例えば自らジェットコースターに乗りに行き、怖い思いをしたりしますよね。同じように、文章でも、読み手に理由を説明しすぎず不安な状態を与えるというのは、色気を感じさせるひとつのテクニックです」説明不足が生み出す不安が、色気のもと。小説『デッドライン』は、まず主人公に名前がなく、“くん”と呼ばれているところからして、ある意味とても“説明不足”。また場面転換も非常に独特で、多摩川の河川敷にいるかと思ったら、いつの間にか場面が変わって大学院の廊下でタバコを吸っていたり。主人公の視点で描かれていると思っていたら、急に大学の先生が語り始めたり…。加えて、それぞれのシーンや会話の間には、繋がりを説明する要素がほぼないことも、ひとつの特徴です。意図的にそのような状態を生み出しているのかと聞いてみると…。「作品の種明かしをしてしまうと、受け手のテンションを下げかねないので、あまり言わないようにしているんですが…(笑)。とはいえ、自分にとって気持ちいい文章を書いていくと、自ずとそうなっていくというか。僕はもともと説明不足に文章を書く癖があるようで、よく“そこにもう一文入れて、もう少し説明を”と言われるんですが、それを入れてしまうと、どんどん飛躍するのが特徴の僕の文章ではなくなるし、何より野暮になる。なんでしょう、蕎麦に“つなぎ”の小麦粉を入れすぎると、うどんみたいになっちゃうじゃないですか。たまにありますよね、蕎麦粉が全然入ってないような、“ほとんどつなぎ?もはやうどんじゃない?”みたいな蕎麦(笑)。やっぱりね、文章も蕎麦も、つなぎは少ないほうが粋ですよ」ちなみに千葉さん、哲学の論文を書くときも、つい説明不足になりがちになるそうで…。それに関しては、「論文のときはもっとつなぎを入れなくちゃいけないと思うんですけどね」と笑います。「もちろん、“論文っぽい”タイプの文書も書きますけれども、僕ももう41歳、人生半分くらい過ぎたので、自分に心地よいものを認めよう、というか。そうなったときに、つなぎがいっぱい入っているようなものは、自分ではない。飛躍が多い、なんていうのかな、茶碗蒸しとかの“す”が入っている、そういうのが、僕なんですよね。最近はもう開き直って、残りの人生は“す”だらけでやるしかないと思ってます(笑)。もちろん書く文章も。それを人に置き換えて考えた場合、説明が多い人は、誤解されないように、間違えられないようにと、隙間を埋めよう、埋めよう…としているわけで、それはある意味防衛的だし、非常に閉じている。反対に、よく僕は“底が抜けている人”と表現するんですが、そういう抜けている人は、明るくてオープンで、惹かれます。でも一方で“抜けている”がゆえに、ふっと消えてしまう危うさもある。その、自分の前から去ってしまうかもしれない、その感覚こそが、エロティシズム。絶対に自分の前からいなくならない、そんなものを愛したところで、何も面白くないと思います」説明しすぎない、という意味では、“難しい言葉を使わない”というのも、色っぽさを生み出すためには大事なポイントだそう。「僕の個人的な感覚かもしれませんが、シンプルな言葉を使ったほうが、エロい気がしますね。変な熟語とか、妙な文学表現みたいなものは、ダサいし、嫌いです。同じ漢字に、常用漢字と難しい旧字があったとして、わざわざ難しい漢字を選ぶとか、もう絶対ありえない。シンプルな言葉のほうが間口が広いし、隙がある。哲学的なことを書きたいからといって、難しい言葉や表現を使う必要はない。やたらこねくり回した比喩を多用した文章って、“俺が、俺が”と、自己主張が激しすぎてダメだし、正直、あんまりモテない気がします(笑)」ちなみに『デッドライン』を書く際、スイス出身の、画家で美術理論家であるパウル・クレーの日記を参考にしたそうで、「日記は、人に読ませることを意図して書いていないから、説明も少ないし脈絡もない、さらにそれぞれの文章の関連性もない。その文章を他人が読むときに生まれる、意味のわからなさが、とても色っぽいと思います」ゲイの恋愛についての描写もあるこの小説。同性愛者同士の出会いの場である“ハッテン場”で相手を探し、その場限りの関係を持ったり、何度か体を重ねているのに相手のフルネームを知らなかったり…。淡々と描かれる主人公のセックスは、描写も彼の心情も、とてもドライな印象です。「湿度があるよりも、乾いているほうが絶対にエロいと思うんですよ。湿度がある状況とは、本来は分かたれているはずの物質と物質が、水分という媒質によって融合してしまっている状態のことで、繋がりを必然化してしまったら、それはまったく色っぽくない」同性愛の魅力とは、“落ち着きが得られないことによって生み出される儚さ”、と千葉さんは言います。「少なくとも現状では、同性同士の関係には結婚というゴールもないし、異性間のように“子供ができたから関係を考えよう”ということも起こらない。契約もなければフレームもないので、その関係性を繋ぐのは、信頼しかないんです。ただ、信頼しかないなんていう状況は、逆にいつ裏切りがあるかもわからない。でもだからこそドラマ性があるし、魅力的なわけで。繋がるか繋がらないかわからないところで、今は一緒にいる。そこにこそ、色っぽさがあると思う。『デッドライン』にはたぶん、その、いつバラバラになるかわからない感じが、全体的に漲っていると思います。同性愛の相手も、大学院の友達も、家族も、全部そう。だからこそ、そのとき、そこに一緒にいることを言ことほ祝ごう、ということが大きなテーマになっています」恐れを快楽に逆転させる。その回路を見つけてみて。本を通じ、文章の色気をもっと楽しむために、何かコツのようなものがあるのかどうか。それについて聞いてみると、「う~ん…、難しいですよね。根本的に、性に鈍感な人は、読み取れないんじゃないかな…(苦笑)。あの、レオ・ベルサーニというアメリカ人のゲイの理論家がいるんですが、彼の有名な言葉に、“セックスには重要な秘密がある。それは、誰もがセックスを嫌っているということだ”というものがあります。それはなぜかというと、基本的にセックスとはとても破壊的なもので、性的な状態というのは、自分の理性が崩壊し、保てなくなることなんですね。でも人間は、性の破壊性をマゾヒズム的に楽しめる逆説的な回路を持っているので、確かにセックスは怖いものだけれど、その怖さを逆転することができれば、快楽として楽しめる。それは芸術や文章にも同じことが言えて、説明が十分にあって、納得して安心できる、あるいは不安な思いをしないで済むところにいる限り、当然色っぽさを味わうことはできない、ということになる。読むことによって、自分の理性が危険にさらされる、そんな文章と出合うことができたら、新たな色気を知ることができるんじゃないでしょうか。恐れを快楽に転換できる回路を持つ、ということ。それを見つけるためには、自ら飛び込んで、試してみるしか方法はないと思いますよ」千葉さんおすすめの、色気を感じられる2冊。『クレーの日記』パウル・クレー 著ヴォルフガング・ケルステン 編高橋文子 訳¥7,200/みすず書房画家・クレーが生前、自己省察のためにつけていた日記を、第一線の研究者が再編集したもの。「日常の断片があちこちにあるだけ、偶然性しかないところが気持ちいい。どこを開いて読んでもいい、その関連性のなさが色っぽい」『時の瘡蓋』北大路 翼 著¥2,000/ふらんす堂自らが営む歌舞伎町の店『砂の城』を拠点に、“屍派”という俳句一家を束ねる俳人・北大路翼の句集。「俳句はとても短いですし、その説明の少なさが好きです。北大路は友人なんですが、彼の言葉選びには色っぽさがあると思います」千葉雅也『デッドライン』¥1,450/新潮社発売は昨年の11月。第41回野間文芸新人賞受賞。第162回芥川賞候補作。ドイツ出身の写真家・ティルマンスの作品を使った、装丁も美しい一冊。ちば・まさや哲学者、批評家、作家。1978年生まれ、栃木県出身。立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。4月中旬に、書肆侃侃房より新創刊される文学ムック『ことばと vol.1』に、新作の短編が掲載される。※『anan』2020年4月1日号より。写真・吉村規子(by anan編集部)
2020年03月28日作家・相沢沙呼による感動No.1小説「小説の神様」の映画化『小説の神様 君としか描けない物語』より、佐藤大樹と橋本環奈の2人が演じる若き小説家が反発し合う様子が映し出された予告編が公開された。今回到着したのは、橋本さん演じる“売れっ子高校生小説家”の詩凪が、同じ高校に通う“売れない小説家”一也(佐藤さん)にビンタするシーンからはじまる予告編。自信を無くし、小説家としてのプライドを失った後ろ向きな一也に対して、ドSっぷりを見せる詩凪。ベストセラー小説を一緒に生み出すミッションを課せられた2人は、反発し合いながらも、距離が縮まっているような場面も見られる。そして、自信を取り戻し始めた一也だが、大きな壁にぶつかってしまい、一方、売れっ子のはずの詩凪には誰にも言えない秘密があり…。また、一也の心情の変化を映し出すように、モノクロだった世界がカラーに色づき始める演出や、星降る草原で向かい合う2人などファンタスティックな映像の数々にも注目。主題歌には、「E-girls」解散発表後初となる鷲尾伶菜のソロプロジェクト「伶」の第1弾楽曲「Call Me Sick」が起用されており、ポップな楽曲が予告編も盛り上げている。『小説の神様 君としか描けない物語』は5月22日(金)より全国にて公開。(cinemacafe.net)■関連作品:小説の神様 君としか描けない物語 2020年5月22日より全国にて公開©2020映画「小説の神様」製作委員会
2020年02月19日「EXILE/FANTASTICS from EXILE TRIBE」佐藤大樹が“ナイーブで売れない小説家”、橋本環奈が“ドS人気小説家”に扮する『小説の神様 君としか描(えが)けない物語』より、2人が重要シーンを握る本ビジュアルが公開された。本作は、2020年版「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「2019ベストブック」の3冠を受賞し、本屋大賞と吉川英治文学新人賞にノミネートされた相沢沙呼の小説「小説の神様」の映画化。中学生で作家デビューしたものの、発表した作品は酷評され、自分を見失い思い悩む売れない高校生小説家・千谷一也(佐藤さん)と、同じクラスの人気者でヒット作を連発する高校生小説家・小余綾詩凪(橋本さん)。今回到着したビジュアルでは、そんな2人の真逆さが分かる仕上がりに。2人が協力して大ベストセラーを生み出すというミッションに挑んでいく本作。今回2人が手にする本の中には、そんな共作をしていく中で明らかになっていく重要なシーンが点在している。『小説の神様 君としか描けない物語』は5月22日(金)より全国にて公開。(cinemacafe.net)■関連作品:小説の神様 君としか描けない物語 2020年5月22日より全国にて公開©2020「小説の神様」製作委員会
2020年02月11日新作『夜 は お し ま い』について、著者・島本理生さんにお話を聞きました。なぜ傷つき、なぜ罪悪感を抱くのか。苦しむ女性たちが訪れる先は…。「キリスト教と恋愛小説は親和性があると思っていて。神様の愛と人間の恋愛は違うといっても同じ“愛”がキーワード。特に、傷ついている若い女の子は恋愛に見せかけて自分だけの神様を探しているところがあると思うんです」島本理生さんの新作『夜 は お し ま い』は、傷を抱えた女性たちそれぞれの事情と、金井という神父との交流を描く連作集。第1話は、ミスコンに出て劣等感を強め、怪しげな男と交際する女子大生の話。「自分が若かった頃を振り返ると、外部からのジャッジで自己評価が揺らぐことが多かった気がします。それに、自分の探しているものがなさそうな場所にこそ見つけられたら満たされる、という幻想もあって。だからこの主人公も自分が愛されていないと気づいているのに相手から離れられない。自分を大事にするという感覚が後回しになっている」第2話では愛人業の女性が、交際相手から思わぬ提案を受ける。「書き終えた直後はハードな性描写が多くていかがなものかと心配してましたが、時間をおいて読み返した時、人の心がこんなに簡単に反転して上下関係も二転三転する、その危うさを書きたかったんだと気がつきました」女性は、みな、どこか罪悪感めいた気持ちを抱いている。「日本には、自分を優先してはいけないという感覚が根強くある。したくないことをした揚げ句、より罪悪感を抱く方向に行くというループにはまってしまう」女性たちはみな金井神父のもとを訪れ、対話を重ねる。「少しずつ対話が旧約聖書的なものから新約聖書的なものになり、本質へ向かっていくようにしました。最終的に憤りや理不尽さを手放し、赦されている感覚になってもらえたらと思います」違う視野が開けてくる本作。若い読者へのアドバイスをお願いすると、「年齢を重ねるほど、男性より女性に助けられる瞬間が絶対にある。若いうちから同性の友人を大事にしてほしいですね。あとは、“ないところに愛を探しても何もない”。期待させるだけで、無理に探さなきゃいけない関係には本当に何もない。それは自分の経験からも言い続けていきたいです」島本理生『夜 は お し ま い』ミスコンで傷ついた女子大生、お金のために愛人業を続ける女性…。自分を見失う彼女たちが訪ねる一人の神父。彼もまた秘密を抱えていた。講談社1400円しまもと・りお1983年生まれ。2001年「シルエット」で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。‘18年『ファーストラヴ』で直木賞受賞。長編『Red』が映画化、来年2月21日に公開に。※『anan』2019年12月18日号より。写真・土佐麻理子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年12月13日世界中で読み継がれ、愛され続けている一大ロマン小説『風と共に去りぬ』。このたび林真理子さんが、ヒロインのスカーレット・オハラの一人称でこの名作の新訳に挑戦。その第1巻が刊行された。「私がはじめて『風と共に去りぬ』を読んだのは中学2年生の時。世の中のどこかに、こんなに華やかで波瀾万丈な人生があるんだって、憧れたものでした」アメリカの南北戦争前夜。南部の大農園〈タラ〉に暮らすスカーレットは、深い緑の瞳で周囲を魅了する最強のモテ女。周囲の女子からはやっかまれるが、スカーレットも彼女たちを馬鹿にしている。「昔はスカーレットってわがままで思慮が浅いなって思ったけれど、読み返して驚いたのが、物語の始まりで彼女はまだ16歳なんですよね。それなら仕方がない。それに、いちばん自分の悪口を言っていた女の子に復讐して、恋人をとっちゃうところなんかは小気味いいですし(笑)」その勝ち気で自己中心的な性格が、やがて激動の時代を生き抜いていくパワーになっていく。「悪女というより、そうせざるを得なかったんでしょうね。なんとなくワガママを言うのではなく、悪口を言われたから鼻を明かしてやるとか、生き抜くため我を通すとか、行動に明確な理由があるから憎めない。1930年代によくこんな現代的で魅力的な女性を書いたと思います」モテテクを知り抜くスカーレットだが、密かに好意を寄せていた文学青年アシュレが結婚すると知って動揺。しかも相手はダサいと見下していたメラニーだ。彼らの結婚を阻止しようと画策するスカーレットに近づくのは、ちょっと悪い匂いのする謎の男レット・バトラー。「中学生の頃はレットに憧れましたね。お金持ちで、色気があって、いつでも助けてくれるなんて最高。大人になってからは、優柔不断だけれども真面目で知的なアシュレもいいなとは思いましたが」やがて戦争が勃発。男たちは戦地へ赴き、女たちの生活は一変していく。2巻目以降は「血湧き肉躍る展開になります」と林さん。「当時エリートだった大学生や、お金持ちのお気楽な兄弟たちが戦地へ送られ、惨めに死んでいく。それが戦争なんだという描き方も上手いですよね。スカーレットたち主要人物だけでなく、他の人たちの人生や哲学も丁寧に描かれて読ませます」今後、あの名場面やこの名場面、大嫌いなメラニーとの関係の変化が、スカーレットの軽快な口調でどう再現されていくのか楽しみになる。原作タイトルには、南部の文化や風習の終焉という意味合いも。そこにはもちろん、奴隷制度も含まれる。「スカーレットにしてみたら、奴隷にも食べ物を与えて優しく扱っているのになんで悪く言われなきゃいけないの、という。その思想こそが間違いなんだけれど、ただ、そういう時代だったんだとも分かりますよね。現代ではその価値観が批判されることもありますが、今の基準に合わせて古典を矮小化することはないと思っています」むしろ、そうした価値観の変化を知るためにも有効な一冊といえる。「今はネットのニュースを読んで世の中を知った気になれるけれど、でも本を読むと、世の中はもっと広くて、いろんな人生があって、いろんな人がいるって分かる。そして、それらを一番教えてくれるのが、『風と共に去りぬ』。これを読んで、もっともっと恋や冒険に憧れを持ってもらえたら嬉しいですね」『私はスカーレット』I南部の大農園の娘、スカーレットは最強のモテ女。だが恋する相手は別の女性と結婚、戦争も勃発して…。一大ロマンの幕開け。小学館文庫第1巻600円はやし・まりこ1954年、山梨県生まれ。’82年に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。’86年に『最終便に間に合えば』で直木賞など、多数の文学賞を受賞。小誌巻末のエッセイ「美女入門」を連載中。※『anan』2019年12月11日号より。写真・天日恵美子(林さん)中島慶子(本)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年12月04日松坂桃季さん主演で映画化されたベストセラー『ツナグ』の続編『ツナグ 想い人の心得』について、作者の辻村深月さんに話を聞きました。あなたが会いたいのは誰?あの名作の続編登場。松坂桃季さん主演で映画化もされ、ベストセラーとなった辻村深月さんの『ツナグ』。一度だけ、一晩だけ会いたい死者に会わせてくれるツナグという使者をめぐる連作長編小説だ。このたび待望の続編『ツナグ 想い人の心得』が刊行された。辻村さんが続編を書くのはこれが初めて。「いろんな人が『ツナグ』を読んでくださって、“自分だったらこの人に会いたい”“死者に再会を拒否されたらどうなるんですか”といったフィードバックがすごくあったんです。1年に1編くらいのペースで続編を書いてきました。1年間他の仕事をしながらツナグのことを考えて温め続け、締め切りがきたら2日間で一気に書きあげるのは、すごく充実感がありました」ツナグの少年・歩美にまた会えると期待を高めてページをめくると、「おやっ?」と思うはず。「私も小説の続編を読んで“あれっ”となって惹き込まれた経験がたくさんあるんです。だから自分でもやってみたかったんです(笑)」前作から7年後という設定の本作。各編、設定や展開に工夫あり、深いドラマあり。どの話も胸打たれる場面が必ずあり、改めて著者のストーリーテラーっぷりが堪能できる。ツナグに会えるかどうかは、“ご縁”次第だが、この続編自体が、さまざまな“ご縁”で生まれている。「映画化の影響は大きいですね。公開当時キャストの方々がよくインタビューなどで“死んだ人に会えるとしたら誰に会いたいですか”と聞かれていて。その時、松坂桃季さんが宮本武蔵、桐谷美玲さんが沖田総司と答えていたんです。歴史上の人物という発想が自分の中になかったので、そういう話も書こう、と思いました。ただ、あまりに時代が異なると同じ日本語であっても言葉が今と異なるかもしれない。そこをどう見せるかも考えたかった」一方、以前『東京會舘とわたし』を執筆した際の取材で“ご縁”があり、亡くなった娘に会いたいと願う母親の話が生まれたという。「戦時中に東京會舘で結婚式を挙げた女性にお話をうかがっていたら、結婚後お嬢さんを2人産んで、でもお一人は成人後に亡くなったそうで…。娘さんを亡くした後の人生を聞いているうちに、どうにかして『ツナグ』でその方とお嬢さんを会わせたい、という気持ちに駆られ、書かせてほしいとお願いしました」実は『ツナグ』の執筆中、辻村さん自身も担当編集者の死を体験した。「血縁以外で、そばにいて当たり前だと思っていた人がいなくなってしまうのは初めてのことでした。身近な人を喪うとはどういうことか、歩美と一緒に考えたので、当時の気持ちもすごく入っていると思います」本作では、社会人となった歩美の内面的な前進も読みどころだ。「前作で、歩美は生きている人間の都合で死者を呼び出していいのか悩みますが、それは私の悩みでもあったんです。でも次第に、みんなが再会するのは死者本人というより、依頼者が会いたいと望んでいるその人の姿、鏡のような存在なんだと思えてきて。そう考えた時、死者に対して“どうぞいらしてください”と書こうと、作者の心も決まりました」またツナグに会えたことが、心から嬉しくなるこの続編。「書き終えたあとも、歩美や、新しい登場人物の今後も気になって。時間がかかるかもしれないけれど、ライフワークとして書き続けていきたいと思うようになりました」辻村深月『ツナグ 想い人の心得』顔も知らない父親、戦国時代の領主、最愛の娘…。死者との再会を望む人々と使者ツナグの物語。前作未読でも大丈夫。でも、2作合わせてぜひ。新潮社1500円つじむら・みづき1980年生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。‘11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、翌年『鍵のない夢を見る』で直木賞、‘18年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。ほかに『青空と逃げる』『傲慢と善良』など著作多数。※『anan』2019年12月4日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年11月29日唯川恵さんの新作『みちづれの猫』は、さまざまな女性たちと、彼女らに関わった猫が登場する短編集。しかし唯川さんといえば飼っていた犬のため軽井沢に移住したという、犬好きのイメージが。なぜに猫?人生の岐路を迎える女性たち。その傍らにいた小さな存在。「9年前、飼い犬が死んで喪失感に見舞われている頃、庭にいっぱい猫が現れるようになったんです。田舎なので、今は12~13匹やってきますね。餌もあげますが1mくらいまでしか近づいてくれない(笑)。それでも、猫の存在によって救われたんですよね。実際に飼っているわけではない人間が猫を書くのはおこがましいですけれど、君たちがそこにいてくれてありがとう、という気持ちで猫のことを書きたくなりました」きっかけは第一話「ミャアの通り道」。実家の猫がいよいよ旅立ちそうだということで、娘と息子が両親と猫が住む金沢に帰ってくる話だ。「私は金沢の出身ですが、北陸新幹線が繋がるまでは実家に戻るのに5時間くらいかかりました。開通した際に新幹線の話を依頼されて書いたのがこの話。その後、短編を書くなら猫の話にしようと思い、書き溜めていきました。猫だけでなく、死というテーマも入れたかった」確かに、幼い頃に家を出た父親が病に倒れる「最期の伝言」など、どの話も形を変えながらも、死の影が見える。「自分が年を重ねるとやっぱり死は身近になる。それに動物を飼うことはつねに死を意識することでもあり、私も犬の死を経験して身に沁みました。そのなかで、野生の猫たちを見ていると、新しい命が生まれたりすっと姿を消して入れ替わっていっている。生きることと死ぬことは背中合わせだなと感じていたんです」生まれる話もある。「陽だまりの中」では、田舎に一人で暮らす女性のもとに、死んだ息子の子どもを妊娠しているという女性が現れる。と同時に、つがいで子猫たちの世話をする猫たちも登場。「うちの近所に本当にいるんですよ(笑)。ボスとヒメと名付けた猫たちがいて、ヒメの子どもたちをボスがずっと可愛がっている。そこから発想した話です」他には猫を祀るお祭りや、娘がアレルギーのために飼えない母子など、生身の猫が登場しない変化球も。「もともと猫というより猫に関わる人たちを書こうと思っていましたし、従来の猫短編集とはちょっと違うものにしたかったんです」いろんな世代の女性のいろんな生き方が描かれ、関東近辺のいろんな土地が出てくる点も魅力。最後の「約束の橋」は、一人のキャリアウーマンの人生とともに、その折々で触れ合った猫との思い出が振り返られる。「短編で人生を描くのは無謀ですが、一度やってみたかった。人生の中の折々に猫がいて、いつも見守ってくれている。最後に自分が旅立つ時に、向こうでたくさんの猫たちが待っててくれたらいいですよね」自分もこうありたい、と思う読者も多いのでは。『みちづれの猫』実家にいた頃、恋人と暮らしていた時、離婚して辛かった時、そばにいた小さな生き物。猫の存在に救われた女性たちを描く短編集。集英社1500円ゆいかわ・けい1955年、石川県生まれ。’84年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞しデビュー。2002年『肩ごしの恋人』で直木賞、’08年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞受賞。※『anan』2019年11月20日号より。写真・土佐麻理子(唯川さん)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年11月13日村田沙耶香さんの新作『生命式』は、2009年~’18年の間に発表した短編を選りすぐった作品集。「読み返してみて、昔からこんなことを考えていたなとか、今に繋がる内容だなと思うものも多いですね」いちばん古い作品「街を食べる」は、東京に住む主人公が、街で摘んだ雑草を食べようとする話。「私が千葉に住んでいた頃は、家族が近所で山菜を摘んできて調理していました。でも東京に来てからは、道端の草を食べるのには抵抗がある。その生理的な嫌悪感はなんだろう、と思ったのがきっかけです」村田さんはいつも、自分の中の固定観念や常識を疑っている。「自分の中にある常識を破壊するために、小説で実験をしているところがあります。短編は思い切った実験ができるのがいいですね」人に対する嫌悪感のない女性が主人公の「パズル」、自分よりも年配の人を書きたかったという「夏の夜の口付け」「二人家族」、女の子の部屋のカーテンの視点で綴られる「かぜのこいびと」…。おとぎ話のような「大きな星の時間」は、NHK Eテレの番組『おやすみ王子』で吉沢亮さんが朗読した一編。「依頼があった時に、吉沢さんが王子様の格好をして読むと勘違いしておとぎ話風のものを書きましたが、実際は彼氏が彼女に朗読するという設定でした(笑)。寝る前に読むお話なのでグロテスクな描写は避けたのですが、薄気味悪い話になってしまいましたね(笑)」表題作「生命式」は2013年発表。亡くなった人の肉体を調理してみんなで食すという儀式が描かれる。「こんな変なことを書いたら怒られるかなと思い、おそるおそる締め切りより半月ほど早く提出したら、担当編集者さんがノリノリで、参考にと料理の本を送ってくれました(笑)。他にも受け入れてくれている人が多くて、小説ってなんでもできるんだなってしみじみ感じて、転機になりました。ここから『殺人出産』や『消滅世界』に繋がっていきました」死んだ人間の毛髪や骨を服やインテリアに使用することが当たり前となった社会が舞台の「素敵な素材」、文化や環境による食生活の断絶をブラックなオチで語る「素晴らしい食卓」。読者がぐっと身近に感じるのは「孵化」なのでは。幼い頃から、所属するコミュニティによって異なる人格を演じてきた女性の物語だ。「私も子どもの頃は今より内向的で、でもバイト先では“しっかり者”、友達からは“ほんとにアホ”と言われたりしてきました。そうすると、みんなと繋がるFacebookで、どの人格の文体で書いたらいいのか分からなくて。他の人はどうしているのかな、という妄想があってできた短編です」グロテスクなものからふんわりした作品、ユーモラスなものまで、著者のエッセンスが詰まった一冊。「作家の多面性の部分と、何かゆるぎない部分があるんだなということと、両方感じてもらえるといいなと思っています」むらた・さやか作家。1979年生まれ。2003年『授乳』で群像新人文学賞優秀賞受賞。’13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、’16年『コンビニ人間』で芥川賞受賞。『生命式』人が亡くなると行われる奇妙な儀式を描く表題作のほか、世の中のタブーを覆す世界を提示し、固定観念を揺るがす12編を収録。河出書房新社1650円※『anan』2019年10月30日号より。写真・土佐麻理子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年10月23日『グランド・フィナーレ』で芥川賞受賞した阿部和重さんに、三部作最終巻『オーガ(ニ)ズム』のお話を聞きました。父と子とCIAエージェントのミッション・インポッシブル。『シンセミア』を書いていた20年前から、三部作全体の構造は概ねできていたと語る阿部和重さん。「ただ、三部作が持つ既存のイメージ、つまり時系列に沿った大河小説というものは更新したかったんですよね。むしろ僕の出身地でもある山形県東根市神町を舞台にした“神町トリロジー”の3作それぞれがまったく違う作品のように見せたかった。『シンセミア』は、方言もバンバン出てくる犯罪まみれのノワール群像劇です。『ピストルズ』は、フェミニンな表現やファンタジーの世界観に徹しました。最終巻となる『オーガ(ニ)ズム』は、ストーリー的には政治や国際情勢を背景にしたスパイドラマです。エンタメ色を打ち出したバディものを意識しました」オバマ大統領来日が近づいていたある晩、作家の阿部和重の家にアメリカ人編集者として彼に取材を申し込んでいたラリー・タイテルバウムが血まみれでやってくる。もうすぐ3歳になるひとり息子・映記と長期の留守番を任されているというのに、阿部和重はどんどん抜き差しならない状況に……。果たして、作家の故郷であり、日本の新首都となった神町で何が起きようとしているのか。「子どもがいなければ阿部和重とラリーももっと自由が利き、うまくやれたはず(笑)。3歳児の世話や保護、社会や国家の安寧など、枷をはめられながらも困難を解決しようとする懸命さや滑稽さを楽しんでほしい」しかも物語は<阿部和重>の視点で進んでいくのがキモ。彼らが置かれた状況やラリーの本当の目的などは杳として知れず、反対に<阿部和重>の心中に広がる不安や愚痴はダダ漏れで、次々と飛び出してくるカルチャー造詣はハイレベル。そのドタバタ感が面白いのなんの。「本人のあずかり知らぬところで書かれたウィキペディアの阿部和重解説を、作中で<阿部和重>が繰り返しつぶやくというのもあります。そこでどんどん生まれてくるズレがまた何かを生むのではないかと」本作はもとより、これまでも現実の出来事や文献を積極的に取り込み、作品を組み立ててきた阿部ワールド。「想像の世界を現実とひも付けることで、リアリティや世界観の奥行きを出す。そういうやり方で書き続けてきた結果、それが自分の作風になってきました。今後も変わらず追求していくのが僕という作家の課題だろうと思います」2019年下半期のNo.1注目作だ。阿部和重『オーガ(ニ)ズム』三部作それぞれの標題はみな植物にまつわる言葉。『シンセミア』には種なし、『ピストルズ』にはめしべ、本作には生殖の意味を重ねた。文藝春秋2400円あべ・かずしげ1968年、山形県生まれ。作家。1994年、「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。2005年、『グランド・フィナーレ』で芥川賞受賞。『シンセミア』『ピストルズ』ほか著書多数。※『anan』2019年10月23日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)池田エライザさんのヘルシービューティのヒミツ
2019年10月18日北海道で生まれ育ち、この地の人間や動物、自然を確かな筆致で描き注目を集める作家、河崎秋子さん。新作『土に贖(あがな)う』は明治以降、北海道各地で栄えていた産業をモチーフにした短編集だ。「私は道東に住んでいるのですが、ドライブしていると廃墟があって、調べると昔そこで産業が栄えていたと分かったりします。資料を読んでみると、挑戦してみたけれど駄目だった産業が結構あるんです」たとえばかつて、札幌の近郊では養蚕業が栄えたという。「野生の桑があったので養蚕を試したところ、蚕がたくさん消費するので足りず、本州から苗を入れてみたけれど育たなかったそうです」その栄枯盛衰を、養蚕で成功を収めた家の少女の目から見つめる「蛹(さなぎ)の家」。一方「頸(くび)、冷える」では毛皮の生産のためもともと北海道にはいなかったミンクの養殖業を営んだ男の末路を、巧みな構成で読ませる。「山の中を歩いていると、イタチに似た動物を見かけることがあって。親に聞いたら、昔飼われていたミンクが逃げて野生化したんだよ、と」ハッカ油を大規模生産していた時期を一人の女性の人生とともに追うのは「翠(みどり)に蔓延(はびこ)る」。また、南方も舞台となる「南北海鳥異聞」では、羽毛を採るため鳥を撲殺することに喜びをおぼえる男が登場。「悪い人を書いたことがなかったので挑戦してみました。なので、これは文体を変えてみたりしています」蹄鉄屋の息子が小学校の畑で働かされた馬の運命を見届けるのは「うまねむる」。レンガ工場が舞台の「土に贖う」、それと同じ土で陶芸を試みる男が登場する「温(ぬく)む骨」。「学生の頃に陶芸をかじったのですが、使うのは北海道の土ではないんですよね。どうしてか聞いたら、鉄分が多くて陶器には向かないとか」どの短編も、土地と人びとの人生の関わりが巧みに描かれていて痺れる。タイトルに込めた意味は、「“贖う”には罪を償うという意味がある。この150年間、北海道の土地は掘られたり混ぜ返されたり枯渇させられたりしてる。それは善悪では言えないことですが、なにがしかの感情を持つとしたら、人が関わることでその土地は元に戻せない状態になると自覚することなのかな、とは思ったんです」かわさき・あきこ作家。1979年、北海道生まれ。2014年に三浦綾子文学賞を受賞した『颶風の王』で注目され、今年『肉弾』で大藪春彦賞受賞。羊飼いでもあるが、今後専業作家になる予定。『土に贖う』明治期の開拓以降、さまざまな産業のトライ&エラーが繰り返されてきた北海道。関わった人々の思いと人生を鮮烈に、巧みに描く短編集。集英社1650円※『anan』2019年10月16日号より。写真・森山祐子(河崎さん)中島慶子(本)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年10月15日駆け出しの脚本家・甲斐千尋は気鋭の映画監督・長谷部香から脚本の題材の相談を受ける。それは、千尋の少女時代に故郷で起きた一家殺人事件についてだった――湊かなえさんの新作『落日』は、創作というテーマとミステリーが絡み合う、読み応え満点の長編だ。凄惨な事件を映画化しようとする監督と脚本家が見つける真実とは。「私はよく、編集者から一言投げてもらって、そこから話を作るんです。今回は、版元の社長から“裁判”、担当編集者から“映画”という言葉をいただき、なら裁判シーンのある映画を作る話にしようと思いました」(湊かなえさん)なんとも意外な出発点だが、「自分の小説が映像化された時、みんな同じ方向を見ているようで、ちょっとずつ違うんだなと気づいたことがあって。それで、監督は真実を知りたいという人物、千尋は自分の見たいものだけを見たいという人物にして、それぞれなぜその気持ちが強いのかを考えていきました」実は香は一時期、その街でのちに殺される一家の隣に住んでいたことがある。香が真相を知りたがる一方、千尋は事件にさほど思い入れがない。「自分の身近で事件が起きたといえば、いろんな情報を知っていると思われがち。でもそうとは限らない。田舎での事件の伝わり方やとらえ方の違いも書きたかったところです」少しずつ調べを進めていく千尋たちにも、実は複雑な過去がある。それが少しずつひもとかれ、二人の創作に対する姿勢や事件との関連も浮かび上がる。この有機的な繋げ方が、まさに手練れの技。また、本作のために、はじめて裁判を傍聴したとか。「ドラマのように真実がさらけだされるのかと思ったら、実際には報告会のよう。加害者の本当の気持ちは、本人が語らない限り誰も知りえない。そこを考える役割を果たすのが、映画や小説なのかなと思いました」事件の真相が見えてきた時、2人の女性の胸によぎるのは、絶望ではない。『落日』というタイトルは最初から頭にあったという。「私は舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』の劇中歌の<サンライズ・サンセット>が好きで。日が昇って日が沈む、人の営みはその繰り返しだという歌です。再生に繋がる一日の終わりもあるんじゃないかと思ってこのタイトルにしました」そう、本作は胸を熱くさせられる、再生の物語なのだ。湊かなえ『落日』かつて小さな町で起きた、兄が両親と妹を殺した事件。真相を知ろうと調べ始めた監督と脚本家は、やがて自分自身の人生と向き合う。角川春樹事務所1600円みなと・かなえ1973年生まれ。2007年「聖職者」で小説推理新人賞を受賞、同作収録の『告白』が話題に。以降ヒットメーカーとして活躍。‘16年には『ユートピア』で山本周五郎賞を受賞。※『anan』2019年10月2日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年10月01日「恋愛、結婚、出産ってセットのように思われているけれど、本当はバラですよね。なのにセットにするからややこしいことになる」と、川上未映子さん。新作『夏物語』は女性の生き方、そして生命について真摯に向き合った長編。芥川賞受賞作『乳と卵』の登場人物たちに再び会える一作でもある。「女の人って子どもの頃からいつかお母さんになると意識づけられる。でも今は昔のように何歳くらいで結婚して何歳で親になってというモデルもなくなっている。これまで当たり前とされてきたものでも自分で考え直さないといけない。選択と決断の連続ですよね」38歳の小説家、夏子は独身だが「自分の子どもに会いたい」という思いを抱く。しかし彼女は恋愛をしたいわけじゃない。「自分の子どもを持ちたいだけなのに、誰かのことを好きにならないといけないの?セックスしないといけないの?という問題がある。男の人のことを重要視していない女性や、女らしさに自分を預けていない人は母親になれないの?と思います。夏子なんて裕福でもないし、親になれる条件は一個もない。子どもを持ちたいという時に、何を足場に決断していいのか、というのはありますよね。そうしたなかで夏子は、望みをどうにか実現しようと、逡巡し、葛藤しながら成長していく」他に結婚して窮屈な思いをしている友人や結婚や出産に興味のなさそうな編集者、シングルマザーの作家などさまざまな立場の女性の声も響いてくる。さらに、精子提供で生まれた男女も登場、“生まれてくること”についても考えさせられる。「死は取り返しのつかないことだから、人は想像力を働かせる。同じように命が生まれることにも想像力を働かせたい気持ちがありました」川上さんならではの流麗な文章、軽妙な会話も楽しめる逸品。母になる/ならない立場か、あるいは子どもの立場か、あるいは…読む人によって、誰のどんな声が心に突き刺さるかは違ってくるはず。「年を重ねていくと、同じ本でも感じ方が変わってくる。いろんな人にずっと読んでもらえる本になるといいなという気持ちで、いろんなことを漫才ばりの面白い形にしました。読み倒してもらえたら嬉しいです」かわかみ・みえこ1976年生まれ。2008年『乳と卵』で芥川賞、’09年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、’13年『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞など、多数の賞を受賞。『夏物語』第一部は『乳と卵』の舞台だった2008年、第二部は’16~’19年の物語。主人公の夏子はもちろん、姉の巻子や姪の緑子たちも再び登場。文藝春秋1800円※『anan』2019年9月18日号より。写真・土佐麻理子(川上さん)中島慶子(本)ヘア&メイク・吉岡未江子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年09月17日先の天気が分かる空読、病気に効く種をあてる草読、虫と通じ合える虫読…。森絵都さんの新作『カザアナ』は、ちょっぴり不思議な能力を持つ〈カザアナ〉一族が登場する、少し未来の日本の物語。異能の一族と過ごす日常と冒険。愉快&痛快な近未来エンタメ。「未来の話を書いてみたかったんです。今、みんな漠然と、オリンピック後の日本はどうなるんだろうと思っている。そこを舞台に新しい物語を展開できないかなと考えました」観光が政府主導の一大事業となり、古き文化と街並みを維持するために人々の生活は制限され、監視されている日本。母、中学生の娘、小学生の息子の入谷一家は、カザアナ一族と出会い交流を深めるなかで、様々な問題と対峙する。それは学校の理不尽な校則だったり、自治体の問題であったり…。ただし、「カザアナたちが正義のために能力を使う話にはしたくなくて。もっとくだらないことに使って(笑)、結果的に誰かの役に立つくらいがいいなと思いました。入谷家と彼らがアナログな力で、AI化が進んだ息苦しい社会に風穴をあけていく姿を書きたかったんです」決してシリアスな内容ではない。それどころかとぼけた会話で笑わせるし、コントのような場面も。「『みかづき』を書いた時に、知人に“ギャグが足りない”って言われたんです。ですから、今回は全力でギャグを入れました(笑)」とはいえ物語は少しずつスケールを広げ、謎のゲリラ組織と対峙した上、しまいには国家間の問題にも首を突っ込むことに…。入谷家の3人もそれぞれ奮闘するわけだが、「家族だから一緒に行動する、という流れにはしたくなかったですね。一人一人が自分の目的で動くようにしたかった。自分の意思で決めて行動することが大事ですから」カザアナ=風穴という言葉に、様々な意味が感じられる本作。「私の中に、いつも“抜け道”のイメージがあるんですよね。生きづらい世の中で萎縮することがあっても、抜け道はどこかにあるって思っている。今回はそれがカザアナという形になりました」ちなみに森さんは、もしカザアナだったらどの能力が欲しいですか?「うーん。草読かな。胃腸の調子が悪い時にどの薬草を飲めばいいか分かる程度の力がいいです(笑)」もり・えと1990年「リズム」で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。児童文学の賞を多数受賞するなか一般文芸も執筆、2006年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞受賞。『カザアナ』オリンピックが終わった後の日本。中学生の里宇は、ある日、造園業を営む女性と出会う。実は彼女、カザアナという一族の末裔で…。朝日新聞出版1700円※『anan』2019年9月4日号より。写真・水野昭子(森さん)中島慶子(本)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年09月02日惹かれ合う女性同士が味わう歓びと、試練の先にたどり着く決断とは。綿矢りささんによる、小説『生(き)のみ生(き)のままで』。最初に浮かんだのは、タイトルだったという。「“着のみ着のまま”という言葉の漢字を“生”にしたタイトルで、それが恋愛小説だったら読みたくなるし、書きたくなるなと思いました」綿矢りささんにとってこれまでの最長となる小説『生のみ生のままで』は、女性同士の恋愛を、長い時間が流れるなかで追っていく。「以前、男の人1人、女の人2人の三角関係を書いた時(『ひらいて』)、もっと深く女の人同士が向き合う話を書いてみたいなと思って。それやったら短いよりも長いほうが、話の尺に合うかなとも考えました」同い年の逢衣(あい)と彩夏(さいか)が出会ったのは25歳の夏。互いに彼氏もおり、友人として親しくなっていった二人。ある時、逢衣は彩夏に恋心を打ち明けられる。だが、折しも彩夏は女優として人気急上昇中で…。「逢衣はもともと自分が何をしたいか曖昧で人に影響されやすいんですが、彩夏に出会ったことで、どう生きていきたいかを見つけていく。大変な時でも考えすぎずに行動できる人で、そういう健やかさは私の理想でもありますね。彩夏はエネルギーがある人だけれど、全力投球するあまり燃え尽きそうになっていく」彩夏について頭にあったのは香港の俳優、故レスリー・チャン。「俳優として天才で、カミングアウトして、鬱病の噂もあって、2003年に飛び降り自殺をして。私は、精神的に演じてきた役の影響もあったかもしれないという気がしていて。カミングアウトした当時バッシングもあったそうですが、現代だったらどうなるのかなとも思いました」恋に落ちた二人が影響を与え合い、関係を育んでいく。互いが触れ合う場面が、どれも鮮烈。「自分をむき出しにしなくちゃいけない緊張感と、ロマンティックな感情という正反対なものを持ちながら裸で接していく。そうしたシーンは書いていて楽しかったですね」さまざまな困難に直面するなかで、二人の関係はどこにたどり着くのか。「今の時代のなかで、素直に生きたい気持ちを選択したらどうなるかを真剣に考えて、ああいう結末になりました。少し前だったら小説も“禁断の恋”などと言われそうですが、そうした触れ込みは見かけない。時代が変わっているなと感じます」わたや・りさ作家。1984年生まれ。2001年に『インストール』で文藝賞受賞。’04年『蹴りたい背中』で芥川賞、’12年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞。『生のみ生のままで』25歳で知り合い、親友同士となった彩夏に突然恋愛感情を打ち明けられた逢衣。最初は戸惑うが、次第に心と体が揺れていく…。集英社上下巻各1300円※『anan』2019年8月14日‐21日合併号より。写真・土佐麻理子(綿矢さん)中島慶子(本)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年08月19日水墨画家で小説家の砥上裕將さんに、デビュー作『線は、僕を描く』についてお話を聞きました。水墨画の世界へ足を踏み入れた青年。芸術×青春の鮮烈なデビュー作。墨の濃淡だけで鮮やかな森羅万象を描き出す。そんな芸術の魅力と奥深さに引き込まれるのが砥上裕將さんのメフィスト賞受賞作にしてデビュー作『線は、僕を描く』。王道の青春小説であり、極上の芸術小説でもある本作のモチーフは水墨画。実は砥上さん自身が水墨画家だ。「学生時代、大学で水墨画の揮毫(きごう)会があったんです。面白いなと思って質問したら、巻き込まれる形で自分でも始めていた流れですね」巻き込まれたというのが本作の主人公、霜介(そうすけ)と似ているかも?大学生の彼はひょんなことから水墨画の巨匠・篠田湖山(しのだこざん)に気に入られ、内弟子になることに。それに反発した湖山の孫、千瑛(ちあき)は霜介に勝負を申し出て…。水墨画のトリビアがちりばめられるなか、成長していく彼らの姿が活き活きと描かれる。水墨画といっても画風もさまざまであるところが興味深いが、「抽象と具象、どちらを心掛けたらいいのかというのは絵を描く人間が陥りやすい罠。答えはないですよね。ただ、水墨画はもともと禅の修行で、心を治めるために自分の内面を描くものだったんです。発達するにつれ技巧を重視する画風が生まれ、対立構造が生まれた。その対立を物語の中で書こうと思いました」霜介や千瑛以外の登場人物たちも魅力的。特に篠田門下の野性的な西濱と完璧な技術を持つ斉藤という青年は、女性に人気が高いのだそう。「実は彼らの外見については妹が考えたものなんです(笑)。特に斉藤は妙に人気があってびっくりです」そして魅せられるのが、描く過程や完成した絵の描写。「点をひとつ加えるだけで全体のバランスが変わってばっと景色が広がることがある。それは魔法のように見えることがあると思います」読めばきっと、水墨画に興味が湧くはず。それにしても、霜介に勝算はあるのか。巨匠に目をつけられた彼は、他の人と何が違うのだろう?「素直さですね。言われたことを素直に聞き入れて反応できることが大きな才能だというのは、あらゆる技芸に言えると思います」霜介と千瑛のライバル関係とその勝負の行方も気になるところ。最後まで読者を楽しませてくれる。「明るく温かい作品を書いていきたい」と語る砥上さん、今後も要注目です。砥上裕將『線は、僕を描く』交通事故で両親を亡くし孤独感を抱く霜介。ある日、アルバイト先の展覧会会場で水墨画の巨匠・篠田湖山に気に入られ、内弟子にされるが…。講談社1500円とがみ・ひろまさ1984年生まれ。福岡県出身。水墨画家。本作で第59回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。ちなみに本作の登場人物で自分に一番近いのは、霜介の友人の古前君なのだとか。※『anan』2019年8月7日号より。写真・土佐麻理子(砥上さん)中島慶子(本)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年08月12日待ってました、と言わずにはいられない。自らの名前を冠した「劇団、本谷有希子」で、過剰な自意識に苛まれる人間たちを描き人気を博した本谷有希子さん。その後、作家活動をスタートさせ、三島賞や芥川賞を受賞するまでに。その一方で演劇活動はお休み状態が続いた。その本谷さんが久々に演劇『本当の旅』を上演する。本谷有希子が演劇に戻ってきた! 「以前とは違う表現を探りたい」「演劇から足を洗う気はなかったです。それは一瞬も。ただ、どのタイミングにやりたくなるのかがわからなかっただけで。劇団をやっていた時は、公演の時期を先に決めて、何をやるかを後から見つけていたんですが、いつしかそれがルーティンになっていて。そんな時に小説を書き始めたんですけれど、小説って全力で書いたら、違う景色が見えてきて、書くのが楽しくなってしまって。いま、演劇でも同じような経験ができないかと思っているんですが」そして3年ぶりとなる舞台は、自身の短編「本当の旅」を題材に。「去年からワークショップという形で演劇活動は始めていましたが、そこでたまたま、自分の小説をお題にしてやってみたら、思わぬ手応えがあったんです。これなら以前とは違う表現が探れるような気がして、今回の公演に繋がっていったんです」その“違う表現”とは?「これまでは、ひとりの主人公を中心に周りの人がいて物語ができていましたが、この作品では、明確には主人公を設けずに群像劇の形をとっています。配役も決めず、同じ役を役者が入れ替わり演じますし。SNSの話ですが、舞台上で実際に撮影して映像で見せる方法を考えてみたり、デジタルの部分を人間の体で表現したり。これまでやったことのない作り方で面白いです」『本当の旅』は、旅行先のマレーシアで、インスタグラムに楽しそうな写真をアップすることに夢中になり、現実よりもネットの中の世界こそが本当だと信じてしまう男女の物語。「不自然で気持ち悪いけれど、なんか面白い。その“空気”みたいなものをそのまま舞台に提出したい。私、現実を直視しない人が好きなんです。彼らにはリアルの大事さに気づかないで突き進んでほしいですね」もとや・ゆきこ1979年生まれ。自身が主宰する劇団公演『幸せ最高ありがとうマジで!』で岸田國士戯曲賞を受賞。小説では’14年に三島由紀夫賞を受賞。最新作は短編集『静かに、ねぇ、静かに』。『夏の日の本谷有希子「本当の旅」』“お金で買えない価値”を求めて旅行に出た男女3人。“楽しそうな”写真をアップすることに夢中になる彼らだが…。会場では作中に登場するマレーシア料理の提供も。8月8日(木)~18日(日)原宿・VACANT作・演出/本谷有希子(『静かに、ねぇ、静かに』講談社刊より)出演/石倉来輝、今井隆文、うらじぬの、大石将弘、後藤剛範、島田桃依、杉山ひこひこ、富岡晃一郎、福井夏、町田水城、矢野昌幸全席自由(整理番号付き)4300円別途1ドリンク500円(共に税込み)(問)ヴィレッヂ TEL:03・5361・3027※『anan』2019年8月14日-21日合併号より。写真・小笠原真紀インタビュー、文・望月リサ(by anan編集部)
2019年08月12日映画監督・脚本家であり、最近では脚本を手掛けた『町田くんの世界』も好評の片岡翔さんの小説第2作『あなたの右手は蜂蜜の香り』は、ある少女とクマの物語。孤独なクマを助け出そうとする少女。一途な思いの果てに広がる景色とは。「小説はまた書きたいと思っていました。アイデアはたくさんあって、そのひとつが“女の子が動物園からクマを逃がそうとする話”だったんです。僕も動物園は大好きなんですが、その一方で閉じ込められた動物がかわいそうだという矛盾した気持ちがある。それが発端です」主人公は北海道に暮らす雨子。幼い頃、道で遭遇したヒグマの母子に近づいたことで母グマは射殺され、子グマは仙台の動物園にひきとられてしまう。責任を感じた彼女は、将来クマの飼育員になって彼を助け出そうと決意。彼女が大人になるまでの長い時間が描かれるが、「一人の人生を長いスパンで描くことにチャレンジしてみたかった。飼育員をめざすきっかけはかなり辛い出来事ですが、トラウマを経験しないとここまで一途になれないのでは。両親が離婚しているなど複雑な家庭環境も、ぬくぬく育った女の子だったらこうならないなと思って。それに、親の愛情のかけ方一つで、子どもの人生が変わってしまうという危うさも、描きたかったところです」彼女の理解者となるのは、鳩に餌をやって近隣住人からひんしゅくをかっている老婦人、通称・鳩子さん。「ありがちな設定ですけれど、僕が小学生の頃に実際にこういう人がいたんですよ(笑)。だからどうしても描きたいなというのがありました」トナカイ公園でのアルバイト、幼馴染みの那智くんとの別れと再会、ようやく果たした動物園への就職…。その過程で雨子も、クマを逃がしていいのかどうか、迷っていく。「雨子が迷いながら成長していけたらいいなと思いましたし、動物園を否定する話にはしたくなかったので。最後はどうなるか分からなかった、という声が多いのですが、僕の中では最初から決まっていました」雨子のクマに対する思いは、罪の意識なのか愛なのか。「最初は罪の意識が大きかったけれど、ずっとそのクマのことを考え続けて愛になったのかなと感じます。僕はあまりラブストーリーには興味ないんですが、結果的にこれはラブストーリーとなりました(笑)」かたおか・しょう1982年、北海道生まれ。’14年に映画『1/11』を監督。脚本家として『町田くんの世界』『I’’s』『きいろいゾウ』などを手掛ける。’17年に初の小説『さよなら、ムッシュ』を上梓。本作が小説2作目。『あなたの右手は蜂蜜の香り』幼い頃、自分のせいで子グマが動物園に入れられてしまったと思う雨子は、大人になって飼育員となり、クマを救い出そうと決意するが…。新潮社1550円※『anan』2019年7月24日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年07月22日海外でも読まれている日本の小説はハルキだけじゃない。国内出版社の努力によって、さまざまな小説が各国の言語に翻訳され、人気を博しているのです。今、日本の小説の翻訳版が海外で健闘している。昨年末には村田沙耶香さんの『コンビニ人間』が『ニューヨーカー』誌の「The Best Books of 2018」の一冊に選出、今年は横山秀夫さんの警察小説『64』がドイツ・ミステリ大賞海外部門で1位を獲得。両作品の版元・文藝春秋のライツビジネス部で海外への翻訳出版を手掛ける新井宏さんによると、「欧米圏で他国の小説への関心が高いのはまず、フランス。アメリカよりイギリスです。『64』もイギリス版が英国推理作家協会賞の翻訳小説に贈られるインターナショナル・ダガー賞にノミネートされたことで各国が興味を示しました。村田さんの場合は以前、短編が英国の文芸誌『GRANTA』に掲載されたことで関心を集めていました」アジア圏でも日本文学は人気で、多くの作品が中国、韓国、台湾などで翻訳されている。「海外では再販制度がない、出版社によって出す本のジャンルが違う、1作家1出版社が基本など、日本と出版システムが全く違う。そこを意識したスキームづくりをしてきました。日本のコンテンツは多様性があり質が高いので、まだまだ可能性はある。“記念出版”ではなくビジネスとして成功したいと思っています」『CONVENIENCE STORE WOMAN』SAYAKA MURATA$20(Grove Press)米雑誌『ザ・ニューヨーカー』が選ぶThe Best Books of 2018選出2016年の芥川賞受賞作。コンビニでのアルバイト歴が実に18年となる、古倉恵子、36歳。恋愛や結婚に興味はなく、仕事を愛し日常に満足しているが、周囲はその生き方に批判的で…。現代社会における生き方と価値観の模索がアメリカでも共感を呼んだ模様。『64』HIDEO YOKOYAMA28ユーロ(ATRIUM)ドイツミステリ大賞海外部門1位たった7日間しかなかった「昭和64年」に起きた少女誘拐殺人事件。時効が迫り、元刑事で今は警察の広報官の三上は再び事件と対峙する。警察組織、記者クラブなど日本特有の文化、風習が盛り込まれた推理小説が海外で高評価を獲得するのは嬉しい驚き。あらい・ひろし文藝春秋・ライツビジネス部。文芸編集部を経て現職。日本の小説を欧米で翻訳出版することは、作家にとって大きな夢。その実現のためのサポートをするのがライツ担当の仕事です。※『anan』2019年7月10日号より。写真・中島慶子取材、文・瀧井朝世、三浦天紗子(by anan編集部)
2019年07月08日驚きの高校生作家が誕生した。『探偵はぼっちじゃない』でボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビューした坪田侑也さんは現在高校2年生。小学3年生の時から小説を書き始め、受賞作を執筆したのは中学3年の夏休みだったという。注目の新人作家は2002年生まれ。少年と教師、それぞれが出合う謎。「毎年、夏休みの自由課題で僕は小説を提出していて、3年の時に書いたのがこの小説でした。そうしたら友達が持ち帰って家族で読んでくれて、そこのお母さんが“ボイルドエッグズ新人賞に応募したらどうか”、と勧めてくださったんです」主人公の一人は、明るく振る舞いながらも心は孤独な中学3年生、緑川光毅。ある日彼は、同じ学校の生徒、星野温から「一緒に探偵小説を書こう」と声をかけられる。「高校生になると忙しくなるから小説を書く時間が減ってしまう。それならこれまで感じてきたことを全部詰め込もうと思い、選んだのが“小説を書く”という題材でした」また、中学生が抱える独特な心情も書こうと、考えた。「中高生は、人を陽キャラと陰キャラで分けてとらえるところがある。緑川君のように無理して陽キャラのグループに合わせようとするのは、中学生の性格としてリアリティを感じました。星野君は誰にも流されない孤高の存在で、憧れます。こういう人と友達になれたら楽しいだろうなと思いながら書いたんです」一方、新人教師の原口は周囲に認められようと焦り気味。自校の生徒が自殺サイトに出入りしていると知り、誰かを突き止めて助けようとする。このパートがもう、社会人としての大人の悩みや戸惑いがリアルに描かれていてびっくり。「中学生が小説を書くだけでは話が単調になるので、教師目線も入れることにしました。大人らしい台詞まわしを書くのが難しかったです」やがてそれぞれの謎は絡み合う。現実に満足できない人たちの感情が、どう変化していくのかも読みどころ。さらには緑川たちが執筆する本格ミステリも作中作として登場、これもまた面白い。それにしても坪田さん、話してみると相当なしっかり者という印象。「学校ではよく“ツッコミ役だね”と言われます。でも、デビューしてからは、みんなに“先生!”と呼ばれてイジられています(笑)」坪田侑也『探偵はぼっちじゃない』探偵小説を書こうとする2人の中学生男子、生徒の自殺を止めようとする2人の教師。彼らの行動が、やがて思わぬところで結びつく。KADOKAWA1600円つぼた・ゆうや2002年、東京都生まれ。慶應義塾普通部在学中に執筆した本作で昨年第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞、同作を今年刊行して作家デビュー。現在は慶應義塾高等学校の2年生。※『anan』2019年6月26日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年06月24日「書いている間、本当に楽しかったんです。どうしたのかと思うくらい、夢中になってしまいました(笑)」その楽しさが読者にも存分に伝わってくるのが大島真寿美さんの新作『渦 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 魂結(たまむす)び』。江戸時代に実在し、名作「妹背山婦女庭訓」を残した浄瑠璃作者・近松半二の生涯を軽快に描く作品だ。あの名作の作者が歩んだ人生とは?華やかな浄瑠璃の創作をめぐる物語。「もともと歌舞伎が好きで、編集者に歌舞伎の話を書けって言われていたんです。無理だと言ったんですが、ふと『妹背山婦女庭訓』なら書けるなって。これはもともと文楽の演目なので、まず文楽の勉強から始めてみたらこういう話になりました」江戸時代の道頓堀。幼い頃から父に連れられ芝居小屋に通った穂積成章は、浄瑠璃の虜に。親の勧めで浄瑠璃の作者を目指し名前も「近松半二」と決めるものの、芽が出ない。「半二自身の資料はあまりなくて。分からない部分を自由に考えるのも楽しかった。たとえば、半二が遅咲きだったのは本当の話。でも、当時道頓堀で活躍した歌舞伎作者の並木正三(しょうざ)と半二が幼馴染みだったというのは私のフィクション。同世代で道頓堀にいて、知り合いじゃないわけがないと思ったんです」少しずつ成長していく半二の姿に人間味をおぼえる一方、人々の娯楽だった歌舞伎と文楽のライバル関係や道頓堀の様子も興味深く読める。やがて物語は創作をめぐる話として深みを増す。創作者が突き当たる「真っ黒な深淵」や、「渦」といった表現がとても印象深い。「虚構を作る人はみんな、ちょっとした怖さを味わいながら作っていると感じながら書きました。“渦”というのも自然と出てきたんですが、編集者に重要な言葉だと指摘され、これがタイトルになりました」終盤には意外な語り手が登場するなど物語はスケールを増していく。書き終えても、なかなか気持ちが切り替えられなかったという大島さん。「あまりにも切り替わらないから、仕事とは関係なく『妹背山~』の現代語訳を始めました(笑)」そんななか、嬉しいサプライズが。「偶然なんですが、5月に国立劇場で『妹背山~』が久々に通し狂言として上演されるんですよ。奇跡のコラボだと思って興奮してます(笑)」本作を読んで観劇すれば、より深い体験ができるはず!おおしま・ますみ1962年生まれ。’92年「春の手品師」で文學界新人賞を受賞しデビュー。著作に本屋大賞3位の『ピエタ』、直木賞候補にもなった『あなたの本当の人生は』など。『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』江戸時代の大坂・道頓堀。父に連れられ幼少の頃から浄瑠璃に親しんだ少年が、名作「妹背山婦女庭訓」を生み出すまでの紆余曲折とは。文藝春秋1850円※『anan』2019年4月24日号より。写真・中島慶子 インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年04月22日谷崎由依さんの『藁(わら)の王』は、小説好きな人なら、読んで多くの読者と語り合いたくなるような長編だ。語り手は、著作は1冊あるものの、書けなくなった作家であり、大学で文芸創作を教えている〈わたし〉。同僚や学生たちとの交流をきっかけに、書くことや読むことの意味をあらためて考え始め、創作の深い森へと分け入っていく。「私も大学で教える前は、主人公と同じように小説を書いたり翻訳したり、家に引きこもる毎日でした。ところが否応なく人や社会と接する生活に変わったら、思うことが増えて…。そのときどきの雑感のようなものをとりあえず残しておこうと、少し文学的な表現でメモを取りました。あとで読み返してみると、思った以上に、自分にとって大切なことが書かれていて、いっそこれを小説にするべきなのではないかと。その感覚が出発点ですね」谷崎さん自身と主人公の人物像とは、あえて近いままにした。「私小説ではないけれど、作者=語り手という読まれ方をしても構わないと思ったんですよね。当時、テジュ・コールの『オープン・シティ』(新潮社)など、自分の経験を、何重ものフィクションのオブラートに包まずに生のリアリティで世界を描き出す作品に出合い、そこに可能性を感じたということもあります。なのでこの小説では、意図的に主人公の職業を変えず、別の名前をつけたりもせず、フィクションに見せかける努力を放棄しました。とはいえ、学生たちのことはそのまま書けないので、エピソードを加工したりつなぎ合わせたり、虚構に落とし込んでいます」モチーフになっているのは、森だ。「私も院生たちのリクエストで、授業でフレイザーの『金枝篇』を読んだことがあるんです。その作中に出てくる森の王と金枝の伝説、敷地内に木々が多い大学という場所、言の葉や想念の森など、いくつもの森のイメージが重なって、物語が立ち上がってくる感じがありました」〈幸せになるために、小説を書いてはいけないんでしょうか〉〈先生なら、わかりますよね〉等々、学生たちがぶつけてくる率直な問いかけや詰問に、〈わたし〉はたじろぎ、ふさわしい言葉を探そうともがく。それは同時に、〈わたし〉が長い間彼方に押しやっていた記憶をふいに蘇らせるものでもあった。なかでも、教え子の袴田マリリと魚住エメルの近すぎる関係によって、〈わたし〉は己の学生時代へと引き戻される。さらに、週末婚状態の夫との不安定な関係もあり、〈わたし〉は自分自身を見つめ直さざるを得なくなる。表題作の他、3つの短編を収録。「短編は、ふと浮かんだ言葉やイメージから書き始めることが多いですね。『鏡の家の針』は子どもの目線で書いてみようという試みがあったし、『枯草熱』や『蜥蜴』は身体性や、感覚を積み重ねて書くことで何かを浮かび上がらせたいと思いました。小説執筆における私なりの冒険が、それぞれに何か入っています」たにざき・ゆい作家、翻訳家、近畿大学准教授。2007年、「舞い落ちる村」で文學界新人賞を受賞し、作家デビュー。’19年3月に、『鏡のなかのアジア』で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。『藁の王』表題作に描かれる、カフカの『掟の門』の話やサリンジャーの印象深いエピソード、リルケが遺した箴言など、文学トリビアも楽しい。新潮社1800円※『anan』2019年4月17日号より。写真・土佐麻理子(谷崎さん)インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2019年04月14日知性が磨かれた、勇気が出た…本のプロがおすすめする“バージョンアップ”本。恋愛に対する考えや行動が変化し、素敵な関係を築けるきっかけをくれる3作品をご紹介します。そこに描かれる人との向き合い方に、ハッとさせられます。花田菜々子さんおすすめ『黄色い目の魚』(佐藤多佳子)「努力、勝負、本気がテーマの、きちんと向き合って戦っている恋愛小説が好きで、なかでもベスト1かも、と激しく共感する作品。生きづらさを感じる女子と、家庭の問題を抱え、2つのやりたいことの間で悩む男子。“相手に恥ずかしくない自分であるか”が立脚点である二人のぶざまなストラグルと、まっすぐな思いが最高に素敵です」海辺の高校で出会った、イラストレーターの叔父を持つ村田みのりと絵を描くのが好きな木島悟。友情でもなく恋愛でもない、二人の強く、まっすぐな思いを描く青春小説。新潮社710円甲斐みのりさんおすすめ『愛する言葉』(岡本太郎、岡本敏子)「若い頃の恋愛観は、すべてを男性に頼って委ねて尽くして…などと思っていたこともありましたが、そんな関係では自分も相手も重くて不自由でダメになる。岡本太郎さんのパートナー・岡本敏子さんの言葉に、自分の考えや意思、時間や好み、やるべき仕事をしっかりと持った上で関係を築くことこそが大切だと気づかされました」天才芸術家の岡本太郎と、そのパートナーである岡本敏子。二人が遺した、激しく純粋な、男が男のまま、女が女のまま愛するためのメッセージが詰まっている。イースト・プレス1000円新井見枝香さんおすすめ『平場の月』(朝倉かすみ)「いま話題となっている、大人版“好きな人が死んでしまう”悲恋物語です。とはいっても、決して安易な“泣ける話”というわけではありません。主人公たちがお互いに少しずつ歩み寄っていく様子や、相手を大事に思うからこその不器用さなどが描かれています。誰かと“関係を育む”ということの尊さを、教えてくれる一冊です」50歳の青砥健将は妻子と別れ、病気で倒れた母の面倒を見るため地元の会社に転職する。不調を感じて訪れた病院の売店で、かつて恋をした同級生の須藤葉子に再会し…。光文社1600円※『anan』2019年4月17日号より。写真・内山めぐみ取材、文・重信 綾(by anan編集部)
2019年04月13日本のプロ3人が教えてくれた美意識を高めたい、と願う人のための本。力強く生きる女性の姿や言葉が綴られた、品格を高められる作品たち。自分の生き方や美学と向き合い、アップデートしたい人のための必読書です。花田菜々子さんおすすめ『おんなのことば』(茨木のり子)「詩中のどの言葉も、自分を律し、自分の意志で力強く生き抜けと言ってくれているようで背筋が伸び、愉快でワクワクもします。力強く明るい詩がある一方で、早くに亡くなった夫を思い出して深い愛を綴っている詩もある。両者を比べると、“本当に美しい生き方とは何か”という答えが立ち上がってくるようで、心が震えます」「自分の感受性くらい」「わたしが一番きれいだったとき」「聴く力」など、詩人・茨木のり子の名だたる詩を網羅。傲慢になる大人たちに対して警鐘を鳴らす、渾身の代表作。童話屋1500円瀧井朝世さんおすすめ『ののはな通信』(三浦しをん)「ものすごく大きな経験(恋愛)をしてしまった後に人はどう生きるのか。それが、二人の女性の生き方を通して浮かび上がってくるものがありました。たとえ離れていたとしても、大切だと思える誰かがいると、それが生きる希望になること、人はいくつになっても人生を切り開いていくことができる、ということを教えてくれます」ミッション系のお嬢様学校に通う、クールで毒舌な野々原茜(のの)と天真爛漫な牧田はな。二人は親友となるが、ののははなに友情以上の気持ちを抱くようになる。KADOKAWA1600円三浦天紗子さんおすすめ『ノーラ・ウェブスター』(コルム・トビーン、栩木伸明・訳)「専業主婦から働く母へ、ノーラが少しずつ変化していくディテールが素晴らしい。久しぶりに職場復帰をするにあたり努力で自分の存在意義を作り、夫がいい顔をしないのでやめていた歌を歌い、新しい人間関係を築き、子どものために一人で学校に乗り込む。それでも、ときおりにじむ孤独。気高く生きるお手本のような主人公です」夫を亡くし、子どもを抱えて20年ぶりに元の職場に再就職したノーラ。同僚の嫌がらせにもめげず、自己を立て直し、生きる喜びを発見していくさまを丹念に描く。新潮社2400円※『anan』2019年4月17日号より。写真・内山めぐみ取材、文・重信 綾(by anan編集部)
2019年04月10日まさかこの作品の続編が読めるとは。吉田修一さんによる『続 横道世之介』は、青春小説『横道世之介』の数年後の話。1987年を舞台にした前作では、大学進学で上京した世之介の一年が描かれ、今作では卒業から数年後、1994年の1年間が綴られる。「自分でも続編を書くつもりはありませんでした。でも、文芸誌『小説BOC』が創刊される際に連載を依頼され、考えていたら世之介が浮かんできてしまったんですよね(笑)」24歳の世之介は、バイトとパチンコに通う日々を送っている。「人生がうまくいかなかった時期を書こうと思いました。自分も、全然やることがなく、アルバイトをしながらあてもなく小説を書いていたのがこの頃だったんです」確か著者も20代前半、世之介のように湾岸の倉庫街で働いていたはず。「そうです。基本的にこの小説は自分の体験や、実際に見聞きしたエピソードを集めて書いているんです」当時の風俗をよく憶えているなと感心もするが、「当時つけていた日記を見ながら書き進めました。その日観た映画とか、会った人について1~2行書いただけですけれど。年表には残らないようなあの時代の雰囲気が書けたかなと思いますね」世之介は2人の女性と出会う。鮨職人を目指す丸刈りの浜本と、シングルマザーの日吉桜子だ。「浜ちゃんは、10代の頃に女友達が突然角刈りにした記憶が強烈に残っていたので(笑)。桜子は、以前書いた短編集『女たちは二度遊ぶ』に収録された〈殺したい女〉に出てくる、小岩の整備工場の娘をもう一回書きたかったんです。単純にキャラクターとして好きだったので」お気楽で勝手なのに、なぜか周囲に人が集まってくる世之介。「彼は友達が辛い時期に、助けに行こうと思いながらも行かない人。友達にしてみたら、実際に来られても迷惑ですよね。でも辛い時に会いに行くといつでも会えるのが世之介なんです。結果的に、そういう人のほうが、スランプの時に必要じゃないかと思う」前作同様、世之介と関わった人たちのその後が書かれる本作。今回描かれる「その後」は、少し未来、東京オリンピックの年だ。「マラソン競技中のコースの何地点かで同時多発的に何かが起きる小説の構想もあったので、それがこの話と重なっていきました」彼らの中でも「この人が書けたことに達成感をおぼえた」というのが、桜子の兄の隼人だという。中学生の時にケンカ相手が意識障害で寝たきりとなり、ずっと彼の家にお見舞いに通い続けていた青年だ。「隼人のように、その場所から動けなくなっている人に興味があるんですよね。世之介と関わった時間を経て、隼人が自分から動いたことを書けて本当によかったです」世之介がその後どうなったのかは、前作の読者なら知っているはず。知らない人は…とにかく読んで!よしだ・しゅういち1968年、長崎県生まれ。’97年、「最後の息子」で文學界新人賞を受賞しデビュー。’02年に『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞を受賞。ほか受賞多数。『続 横道世之介』アルバイト生活を送る世之介、24歳。現在、人生のスランプ期。それでものんきな彼の周囲はいつも明るくて…。映画化もされた青春小説、奇跡的な続編。中央公論新社1600円※『anan』2019年3月20日号より。写真・土佐麻理子(吉田さん)インタビュー、文・瀧井朝世(by anan編集部)
2019年03月14日