明日で東日本大震災から1年。その後に発生した福島第一原発事故によってまき散らされた放射能。時間が経つにつれ、次々と明らかになる汚染の実態に、多くの人が放射能に関心を寄せる中、個人で放射線量を測定する人々が増加している。そんな中、満を持して登場したのが、エステーが2月に発売した「エアカウンターS」だ。放射線測定に関しては、国民生活センターが粗悪品への注意喚起を促すなど賛否両論がある中で、普及量産モデルとも言える廉価な商品を昨年10月に先行して発売した同社。今回発売された商品は、希望小売価格7,900円とよりリーズナブルになり、使い勝手も向上。今回は、そんな話題の新製品を使ってみた感想などをレポートしたい。まずは外観。第一印象はまるで体温計のよう。筆者がこれまで目にしたことのある線量計は、計算機やトランシーバーのような形状だったのに対して、こちらはスティック状だ。いかにも線量計というイメージがない点が新しく、屋外で使用していても放射線を測っているようには見えない点もポイントが高い。使用方法は、単三電池を入れ、電源スイッチをオンにするだけ。カウントダウンがディスプレイ上で始まり、その後”予測値”が表示される。ランダムに空間を飛び交っている放射線の計測は、検出器がとらえた放射線をカウントし、それを1時間あたりの人に対する影響の大きさを表す単位に換算して表示する。いまやお馴染みとなった”μSv(マイクロシーベルト)”だ。前代機では最長5分だった測定時間を、エアカウンターSでは、最長2分にまで短縮したのが大きな改良点。計測が終了すると点滅ランプが消え、以降は10秒ごとに直近1分間の平均値を更新して表示する。同製品が検出体として利用しているのは、”フォトダイオード”と呼ばれるシリコン半導体の一種。安価な製品を実現したポイントの1つともいえる。シリコン半導体は、放射線の主にγ線を検出する。γ線以外にもβ線も検出してしまう一般にガイガー・カウンターと呼ばれているガイガーミュラー管を使用した線量計に比べて、より精度が高いとされている。また、より精度が高いとされるシンチレーション式線量計(シンチレーションカウンター)と並べて計測した結果とも比べてみたが、さほど大きな誤差はなかった。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年03月10日株式会社主婦の友社は、2012年3月9日、『必ず来る!大震災を生き抜くための食事学 3.11東日本大震災 あのとき、ほんとうに食べたかったもの』定価1365円(税込み)を発売。3.11東日本大震災を仙台で身をもって体験した著者、宮城大学准教授、石川伸一氏が、食品研究者として、「イザという時」のために、どのように「心」を備え、具体的にどんな「食」を備蓄すればよいのかを説く。巻頭カラーでは、NPO法人20世紀アーカイブ仙台の写真協力のもと、3.11地震発生からの宮城大学構内・仙台市内・市民が食べた震災時のごはんの数々・棚が空っぽのコンビニ・スーパーなどを紹介。あの大震災を「都市と食」という観点で捉えなおした一冊だ。発売を記念して、著者 宮城大学准教授、食産業学部准教授、石川伸一氏に本書執筆の経緯、またご専門の卵の研究についてのインタビューサイトもオープンしている。 著者プロフィール:石川 伸一宮城大学食産業学部フードビジネス学科 食品分子栄養学研究室 准教授。1973年福島県生まれ。東北大学大学院農学研究科修了。専門は分子レベルの栄養学。『必ず来る!大震災を生き抜くための食事学3.11東日本大震災 あのとき、ほんとうに食べたかったもの』定価:1365円(税込み)ISBN:978-4-07- 282754 -3サイズ:四六判 208ページ発売日:2012/3/9※発行は主婦の友インフォス情報社プレスリリース提供元: PR TIMES
2012年03月09日足利銀行のシンクタンクである「あしぎん総合研究所」は8日、「東日本大震災発生1年後の状況調査」の結果を発表した。同調査は、1月中旬~2月中旬の期間に、「あしぎん景況調査」の調査対象先である企業1,924社を対象に行われ、1,108社から有効回答を得た。現在の生産・売上の水準を尋ねたところ、震災発生前と比べて「マイナス」と回答した企業は38.2%(「大幅マイナス」8.5%、「ややマイナス」29.7%)。一方、「同程度」は39.4%、「プラス」が22.4%(「大幅プラス」3.8%、「ややプラス」18.6%)となり、震災前の水準に戻ったあるいはプラスになった企業は約6割だった。2011年4月の「東日本大震災の影響調査」では、約8割の企業がマイナスの影響を受けていたが、今回の調査結果から半数以上の企業が震災ショックを乗り越えたことが推察される。生産・売上の水準が震災前に戻っていない理由をみてみると、製造業では「円高」(40.2%)「海外経済減速による輸出の減少」(28.4%)、「原材料・資源などの高騰」(27.8%)など、震災以外の外部要因の影響が強いことが判明。また、「放射能被害・風評被害」(19.5%)、「部品不足・商品不足」(11.8%)、「工場・店舗・設備等の被害・閉鎖」(10.1%)などの震災の影響も根強く残っている。非製造業では「消費者の嗜好の変化(需要減退)」(51.8%)、「放射能被害・風評被害」(34.4%)の回答が多く、このうち「放射能被害・風評被害」については、製造業では「飲・食料品」や「窯業・土石」、非製造業では「卸売」や「サービス」などが影響を強く受けていることが分かった。震災や風評などによる企業の被害額(実損額)合計は809億8,200万円で、平均被害額は1社あたり1億140万円に上った。なお、被害総額および1社あたりの平均被害額は、前回調査より拡大したという。復興需要については、概ね今後のプラス影響を見込んでいるが、業種によりかなりばらつきがあることが判明。「窯業・土石」「金属製品」「木材・木製品」「鉄鋼・非鉄」など素材関連ではプラス影響への期待が高くなっているが、非製造業は多くが慎重姿勢で、建設業では「復興財源が東北にシフトされ、工事量減少」「資材不足、職人不足」など今後を懸念する声もみられた。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年03月09日ヴァンドーム青山は、東日本大震災から1年が経過する3月にチャリティブレスレットを発売。「"ジュエリー"を通して希望や安らぎを届けたい」という願いのもと、被災地の復興支援を応援する「絆プロジェクト」を実施する。いつも身に着けることができるブレスレットには、「日常に感謝する気持ちや、人を愛しむ気持ちを忘れないでいてほしい」との想いが込められている。黒のレザーコートとさりげないゴールドがついたシンプルなアクセ。大切な人とペアで、自分へのプレゼントとして、さまざまな活用ができる。¥3,675/K10PG×レザーコード(3月7日発売開始)数量限定なので、気になる人は店頭に急いで。お問い合わせ:ヴァンドーム青山 tel.03-3470-4061 公式サイト ※経費を除いた収益のすべてを、被災地支援として東北3県(岩手、宮城、福島)の自治体に均等に寄付。
2012年03月07日JR東日本仙台支社は5日、東日本大震災で大きな被害を受けた路線のうち、石巻線渡波~浦宿間と常磐線相馬~亘理間について、復旧に向けた具体的な諸手続きに着手すると発表した。石巻線は現在、小牛田~石巻間で列車が運行され、一部区間で代行バス輸送となる仙石線に代わり、仙台~石巻間を往復する直通快速も運転されている。3月17日には石巻~渡波(わたのは)間も運転再開する。残る区間のうち、渡波~浦宿間に関して、護岸工事などを行った上で、現在の位置で復旧することに。宮城県と石巻市、女川町と調整の上、現場測量調査や設計などの諸手続きに着手する。運転再開までに要する期間は、鉄道工事着手から1年強を見込んでおり、2013年度初め頃の再開をめざす。浦宿~女川間については、女川駅周辺の被害が非常に大きく、運転再開の見込みは立っていない。駅の位置なども含め、協議を続けていくとのこと。常磐線の原ノ町駅以北では、現在、原ノ町~相馬間と亘理~岩沼間で列車が運転されている。震災の被害を受けた相馬~亘理間に関して、駒ヶ嶺駅(相馬駅の隣駅)と浜吉田駅(亘理駅の隣駅)は現在の位置で復旧し、新地駅、坂元駅、山下駅の3駅を含む区間は、「まちづくりと一体となった復旧」を進めるという。そのため、現場調査測量や設計、環境影響評価、線路移設部分の用地確保などの諸手続きのほか、移設部分の造成工事など、まちづくりのための工事も必要に。相馬~亘理間の再開までに要する期間は、鉄道工事着手から3年程度を見込んでいる。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年03月06日玉川高島屋ショッピングセンターでは、3月1日(木)~3月13日(火)の13日間、東日本大震災支援のための「がんばろう!日本 ウルトラマン基金」チャリティを実施する。参加者のメッセ―ジでウルマラマンの巨大メッセージウォールを作ろうというユニークな試みだ。期間中は本館1階のグランパティオに募金箱を設置。被災地の方への寄付を受け付け、募金をした人にはカードにメッセージも記入してもらう。そのメッセージカードでウォールを埋めていくと、次々にウルトラヒーローたちが出現する仕組み。最終的には、幅8.1メートル、高さ1.8メートルの巨大なウルトラマンウォールができあがる。完成したウォールは、4月から福島県須賀川市をはじめ、各被災地に届けられる。昨年、震災の影響で中止になった須賀川市でのイベント「ウルトラファミリー大集合INすかがわ」も今年は実施予定。心のこもったメッセージとヒーローたちのパワーで二重に元気を届けられそうだ。一方、募金は全額ウルトラマン基金に寄付され、被災した子どもたちの支援活動に充てられる。ウルトラマン基金とは、東日本大震災直後、円谷プロダクションと賛同したグループ会社が立ち上げたもの。「被災地の子供たちの今と未来を支援する基金」をスローガンに、各被災地をにおもむき、ヒーローショーや握手会、炊き出し、寄付金や通園通学用バスの贈呈などの活動をおこなっている。玉川高島屋S・Cでは、今後GW期間中にもウルトラマンとコラボしたイベントを実施し、メッセージウォールの展示と募金箱を設置するとのこと。震災から約1年。物心両面での支援がまだまだ必要とされるなか、こうした継続的なチャリティ活動が果たす役割は大きそうだ。■「がんばろう!日本 ウルトラマン基金」日時:3月1日(木)~3月13日(火)、10:00~18:00場所:玉川高島屋S・C本館1Fグランパティオお問い合わせ:玉川高島屋S・C 03-3709-2222(代表)取材/古屋 江美子
2012年02月28日東日本旅客鉄道(JR東日本)は15日、取締役会にて代表取締役の異動などを決議したことを発表した。代表取締役社長には冨田哲郎氏が就任し、現社長の清野智氏は取締役会長、現会長の大塚陸毅氏は相談役となる。冨田氏は1951(昭和26)年10月10日生まれ(60歳)。2000年6月に取締役総合企画本部経営管理部長に就任した後、常務取締役総合企画本部副本部長などを経て、2008年6月より代表取締役副社長に。新役職は代表取締役社長 総合企画本部長で、就任予定日は2012年4月1日となっている。今回の役員人事について、同社は、「国鉄改革・会社発足から丸25年が経過し、新たな四半世紀を迎えることとなります。この節目にあたり、体制の若返りを図ることとしました」と発表している。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年02月15日3月11日(日)に東京・オーチャードホールで行われる「シンディ・ローパージャパン・ツアー2012」の模様が、映画館で生中継上映される事が決定した。シンディ・ローパー映画館生中継公演情報東日本大震災が起きた2011年3月11日に「メンフィス・ブルース・ジャパン・ツアー」のために来日したシンディ・ローパーは、周囲から帰国を勧められるなか、ジャパン・ツアーを決行。各会場でいち早く義援金を募るなど、その歌声と行動力で大きな感動を届けてくれた。あれから、1年。2012年3月も新潟・東京・大阪・愛知を巡るジャパン・ツアーの開催が決定していたが、この度、3月11日(日)オーチャードホール公演の映画館での生中継上映が決定した。上映は、東京とライブの予定がない神奈川・広島・福岡の4か所で開催。昨年の来日公演と同じオーチャードで繰り広げられるシンディ・ローパーのステージ。彼女の想いとメッセージがこもった力強い歌声とパフォーマンスが、新たな活力を与えてくれるに違いない。『シンディ・ローパージャパン・ツアー2012』映画館生中継のチケットは、プレイガイドぴあ独占販売。先行抽選プレリザーブを2月18日(土) 11:00 から 3月2日(金) 11:00 まで受付。一般発売は、3月3日(土) 10:00 開始。■『シンディ・ローパージャパン・ツアー2012』映画館生中継3月11日(日)新宿バルト9(東京)、横浜ブルク13(神奈川)、広島バルト11(広島)、T・ジョイ博多(福岡)※同日、東京・オーチャードホールで開催されるライブの模様を生中継。
2012年02月13日JR東日本、JR四国、JR貨物は7日、東日本大震災の被災エリアにて、JR四国が保有する車両「アンパンマントロッコ」を運転する共同事業の実施を発表した。3月24日以降、石巻線や気仙沼線など計9線区で運転される予定となっている。「アンパンマントロッコ」は、キクハ32トロッコ型気動車の外装と車内をアンパンマンワールドに装飾し、大人も子供も楽しめる車両として2006年10月にデビュー。現在はおもに、「瀬戸大橋アンパンマントロッコ」(高松・琴平~岡山間)として運転されている。今回の共同事業は、東日本大震災からの復興に取り組む地域で、子供たちへ笑顔と元気を届けるべく企画されたもので、「アンパンマントロッコ」がJR東日本管内を走るのは今回が初。3月24・25日と3月31日、4月1日に石巻~仙台間(石巻線、東北本線経由。片道)で運転されるのを皮切りに、4月8日と4月14・15日は柳津~仙台間(片道)でも運転。その後、4月20日~5月20日の土休日を中心に岩手エリア(山田線、釜石線、大船渡線、八戸線)で、6月2~17日の土休日を中心に福島・茨城エリア(常磐線、水郡線)で運転予定。他線区での運転も検討している。今回の「アンパンマントロッコ」は団体専用列車として東北地方を運転する予定で、被災エリアの子供たちを公募の上、無料で招待するとのこと。青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の各県在住の小学生以下の子供と保護者が対象となり、県外に一時避難している人も応募できる。応募期間は2月17~27日で、応募者多数の場合は抽選となる。【拡大画像を含む完全版はこちら】
2012年02月07日東日本大震災復興支援のために、世界的指揮者ワレリー・ゲルギエフの来日が急遽決定。2月29日(水)の「復興音楽祭 ~東日本大震災復興支援~」に出演する。「復興音楽祭」~東日本大震災復興支援~の公演情報ワレリー・ゲルギエフは、ロシアを代表するオペラハウス、マリインスキー劇場の芸術総監督・首席指揮者を務めるほか、MET、ウィーン国立歌劇場、ロンドン響など、世界の名門オペラハウス、オーケストラと共演を続ける世界的指揮者。震災発生直後より日本支援を表明し、被災者に捧げるためのヴェルディ「レクイエム」の演奏会をサンクトペテルブルクで開催するほか、日本での演奏会の実現も熱望してきたマエストロ。今回は、ロンドン交響楽団とのアジアツアーの合間をぬって来日し、一夜限りのコンサートで東京交響楽団を指揮する。「復興音楽祭 ~東日本大震災復興支援~」は、2月29日(水)にオーチャードホール(東京都)で開催。チケットの一般発売は1月29日(日)10時より。本音楽祭には、被災した小中学生らが招待されるとともに、収益の一部は3月以降に被災地などで小中学生を中心に食事を振る舞う食のイベントなどに充てられる。■復興音楽祭 ~東日本大震災復興支援~ワレリー・ゲルギエフ指揮/東京交響楽団【日時】2月29日(水) 19:00開演【会場】オーチャードホール(東京都)【プログラム】ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌプロコフィエフ:交響曲第1番「古典交響曲」ニ長調 作品25シューベルト:交響曲第8番「未完成」ロ短調 D.759
2012年01月27日決して忘れることのできない“あの日”が近づいてきた。1年経っても先の見えない生活を送っている人々がいること、そして震災が教えてくれた数々の教訓を、改めて心に刻みたい3月11日。私たちは何を思うのだろうか。間もなく発売となる「前を向くカレンダー」は、その翌日、3月12日に始まる3日めくりのカレンダー。各ページには、困難に遭遇しながらも前を向いて歩いていこうとする人々の、強い想いが込められた言葉が並ぶ。1冊購入すると1冊が被災地に届けられるという、想いを共有するカレンダーだ。まずはページをめくってみよう。「この日を区切りに 被災者から 復興者になっぺ」(岩手県大船渡市 32歳 建築現場監督員)、「3月14日。お腹に命が宿っているのがわかった。命は巡るのだ。」(マコトかぁちゃん 茨城県 32歳 主婦)、「いってまいりまぁす。今日も一日がんばるぞ!オー!」(葛岡有 宮崎県東松島市 9歳 小4)……。強い意志がこもった言葉、運命のようなエピソード、何気ない日常の言葉。それぞれの人がそれぞれに感じ、発した、飾り気のない言葉は、どれも力強い光を放っている。「前を向くカレンダー」は、震災直後に立ち上がった「kizuna311」というプロジェクトから生まれた。俳優・渡辺謙と放送作家・小山薫堂が呼びかけ人となり、国内外の著名人による被災地への応援メッセージを動画で発信し続けるウェブサイトは、今も大きな反響を呼んでいる。カレンダーの構想が立ち上がったのは昨年10月。ウェブサイトで「あなたの言葉」を募集したところ、小学生から90代まで、被災地の方もそれ以外の地域の方も含め、1000を超える言葉の応募があったという。その一つひとつに「kizuna311」のスタッフ全員が目を通し、122の言葉を厳選。これが、カレンダーとなって全国のみなさんに届けられることとなった。残念ながら採用されなかった言葉も、全て「kizuna311」のウェブサイトで公開されているので、ぜひ目を通してみてほしい。1冊は自分で、もう1冊は被災地で1年の時を刻む「前を向くカレンダー」。価格は2冊分になるが、その価値を決めるのは、あなた自身。全国の書店、オンライン書店などで1月31日(火)に発売となる。 「前を向くカレンダー」 kizuna311 編発売:2012年1月30日全国書店・大型雑貨店にて販売予価:2,100円(本体2,000円)取材/池田美砂子
2012年01月27日東日本大震災から1年。自ら被災しながら復興支援に尽力し続けてきた仙台フィルハーモニー管弦楽団が、ファンのリクエストに応える復興コンサートを3月に地元・仙台で開催する。「つながる心 つながる力 みんなでつくる復興コンサート」の公演情報震災直後から200回にも及ぶ被災地での復興支援コンサートに取り組み続け、人々に癒しと勇気を与え続けてきた仙台フィル。この度「あなたと一緒につくる復興コンサート」をテーマに、演奏曲のリクエストをファンから募集する。演奏曲のリクエストは、TBSのクラシック専門インターネットラジオ、OTTAVA(オッターヴァ)のホームページにて受付。同局は、生放送プログラム『OTTAVA con brio』の「頑張れ!仙台フィル」のコーナーなどで、仙台フィルの活動を応援している。仙台フィルによる「つながる心 つながる力 みんなでつくる復興コンサート supported by KDDI」は、3月31日(土)に仙台市青年文化センター コンサートホールで開催。ゲストには、自身も被災地を何度も訪れ、仙台フィルとも交流を深めてきたバイオリニスト、宮本笑里が参加する。チケットの一般発売は、1月6日(金)10時より開始。■つながる心 つながる力 みんなでつくる復興コンサート日時:3月31日(土)14:30開場/15:00開演会場:仙台市青年文化センター コンサートホール演奏:仙台フィルハーモニー管弦楽団指揮:川瀬賢太郎ゲスト:宮本笑里(バイオリン)■TBS クラシック専門インターネットラジオ「OTTAVA」Meet the Sendai Philharmonic ~つながる心つながる力~生放送:月~木 21:00~21:30※「OTTAVA con brio」内、月~金18:00~22:00内にてオンエア
2012年01月05日KREVA、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、シェネル、三浦大知、RHYMESTER(Mummy-D・宇多丸)、SEEDA、leccaら豪華メンバーが、MAJOR MUSIC名義による東日本大震災へ向けたチャリティソング『HOPE』を12月14日(水)にリリース。MAJOR MUSICの情報を見る東日本大震災の発生の映像を目の当たりにしたニューヨークで活動している音楽プロデューサー・HirOshimaは、ひとつのトラックを持って日本へ。ボランティア活動をしながら、仲間であるSEEDAに声をかけ、SEEDAとHirOshimaからKREVAへ。HirOshimaの熱い想いと願いに共感したSEEDAとKREVAが、仲間たちに声をかけ『HOPE』が制作された。KREVAは、全国ツアー初日の日本武道館公演のステージ上でも「3月に震災があって、忘れるわけないんだけれど、敢えて年末にもう1回。歌詞にも書いたけど細く長くじゃなくて太く長くいかなきゃいけないとオレは思ってます。またしっかり津波震災のことを考えるきっかけになればと。凄いメンバーで凄いいい曲だから聴いてほしい、買ってほしい」と語り、公演後に『HOPE』の未公開映像を流した。KREVAのクリエイティブチームでもあるエンジニアのGM-KAZや、クリス・ゲーリンガーらもこのHOPEプロジェクトチームに共感し、参加を希望するなど音源制作にかかわるすべてのことが無償で行われた。【KREVA、SEEDA、HirOshimaのコメント】「俺は自分名義の作品でも売り上げにはすごくこだわっているけど、特にこの曲はしっかり売れてほしいと思ってます。ただ純粋に歌を作りたいだけなら、ネット上にアップして無料でバラまいたほうがいいに決まっているから。最初から多くの人に届く曲にしようと話していたし、しっかり売れて、金をちゃんと作って、被災地に届けたいです」(KREVA)「俺も金を作ることがすごく大事だと思います。ただ、もしこの曲を買わなくても、この曲を聴いて自分も何かしようと行動を起こすひとつのきっかけになるのなら、それでもいいと俺は思ってます。そのどちらかを生む曲になればうれしいです」(SEEDA)「この曲に込められているひとりひとりのメッセージを聴いてほしい。そして、それを受け止めて、どんなことでもいいから被災地のために行動を起こしてほしい。そう願っています」(HirOshima)■MAJOR MUSIC/『HOPE』12月14日(水)発売1260円■参加アーティストKREVA/後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)/Mummy-D(RHYMESTER)/宇多丸(RHYMESTER)/三浦大知/SEEDA/EMI MARIA/KOJOE/lecca/TENZAN/MAJOR MUSIC/Che’Nelle(US)/Karibel(US)
2011年12月14日揺れた瞬間、大切な人たちの安否が気になる東日本大震災からの復旧復興には、まだたくさんの時間と努力が必要ですが、それを支えるのは、私たち一人ひとりの意識です。大震災という経験を20代女性はどのように受けとめ、そしてその生活はどのように変わっているのでしょうか?東日本大震災後、変わったことについて、593名に聞きました。今回は特に男性編とは異なる傾向と回答となりました。>>男性編も見るQ.東日本大震災後、変わったことを教えてください(複数回答)1位地震が起きるたびに震源地が気になる32.2%2位ちょっとした揺れでも「地震」と思うようになった30.5%3位何気ない日常の大切さを思い知った25.6%4位防災グッズをそろえようと思った18.7%4位電力の使い方を考えるようになった18.7%5位特に変わったことはない15.7%■地震がおきるたびに震源地が気になる……・「自分の住んでいる地域の近くも大地震が起きる可能性が高いから」(23歳/機械・精密機器/事務系専門職)・「東日本大震災の時は東京に住んでいて、とても大きな揺れを感じた。あの地震以来、震源地が気になるようになった」(26歳/マスコミ・広告/クリエイティブ職)・「東北や関東はもちろん、最近はいろいろな地域で地震が起きているので、今度は地元の近くかもしれないと不安になり、テレビを見てしまいます」(22歳/印刷・紙パルプ)・「地震が起こるたびに詳細情報を見てしまう」(24歳/そのほか)・「自分の住んでいるところに断層があるとやたら話題になるので」(22歳/機械・精密機器/事務系専門職)■ちょっとした揺れでも「地震」と思うようになった……・「これまでは少しの揺れでは『どうせ震度1~3程度でしょ』と思っていたが、今では『遠くで大地震が起きたのかもしれない』、『このあと大地震がくるかもしれない』と思うようになった」(29歳/ソフトウェア/秘書・アシスタント職)・「以前は気にしなかった震度1の地震でも、過剰に反応するようになりました」(27歳/金属・鉄鋼・化学/技術職)・「働いているフロアが28階。東日本大震災のとき、関西なのに揺れた。それ以来地震が気になるようになった」(25歳/生保・損保/事務系専門職)■何気ない日常の大切さを思い知った……・「津波で一瞬にしてすべてが奪われてしまった被災地をテレビで見て、普段の何気ない生活がいかに幸せなことなのか思い知った」(28歳/学校・教育関連/事務系専門職)・「被災地の人たちの生活を見ていると、自分がどれだけ恵まれている生活をしているのかが分かる」(23歳/商社・卸/秘書・アシスタント職)・「私の住む地域は水道、ガス、電気が止まった。復旧した時に跳びはね、歓声を上げ喜んだ。今まであって当たり前だったライフラインの大切さを痛感した」(23歳/医療・福祉/専門職)■防災グッズをそろえようと思った……・「いつどこで何があるかわからないので、最低限の防災グッズは準備しようと思った」(26歳/学校・教育関連/事務系専門職)・「懐中電灯などが家になかったので、買いそろえようと思った」(25歳/学校・教育関連/事務系専門職)・「避難のことも考えて、必要なものはまとめておこうと思った」(27歳/医療・福祉/秘書・アシスタント職)■電力の使い方を考えるようになった……・「今まで無駄にしていた電力があったと気付き、できるだけ節電して節電に貢献したいと感じた」(28歳/金属・鉄鋼・化学/事務系専門職)・「今まで気にしてなかったけど、気にするようになった」(23歳/情報・IT/技術職)・「電力不足を感じ、節電を心がけるようになった」(25歳/金融・証券/専門職)■特に変わったことはない……・「あんまり情報に踊らされてもいけないかなと思い、何もしなかった」(28歳/情報・IT/技術職)・「西日本に住んでいてそれほど生活が変わることはなかったから」(21歳/情報・IT)・「震災の影響を受けていないからなのか、何の変化もない」(25歳/商社・卸/事務系専門職)総評「東日本大震災後、変わったこと」、その第1位は「地震が起きるたびに震源地が気になる」でした。「自分の住んでいる地域が震源なの?」と気になるだけでなく、「ここよりももっと大きな被害を受けているところがあるのでは?」とインターネットやテレビに情報を求めているようです。第2位には「ちょっとした揺れでも『地震』と思うようになった」が入りました。「以前は気にしなかった震度1の地震でも、過剰に反応するようになりました」など、体に感じるか感じないかの揺れにも、敏感に反応している女性が多いことが分かります。今回のアンケートでは、男性編の第1位は、女性編では5位でした。このほか、女性編の1位は男性編ではそれほどの順位になっていないなど、女性編と男性編の回答の傾向の違いはいろいろ見つかりました。震災を経た今の生活について、同僚や彼と話してみてはどうでしょうか。(文・ペンダコ)調査時期:2011年9月9日~9月26日調査対象:COBS ONLINE会員調査数:女性593名調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【ランキング女性編】東日本大震災の後、町から消えて困ったもの【コラム】なぜ日本人は買いだめしてしまうのか【コラム】震災後の不安・ストレスと向き合う方法完全版(画像などあり)を見る
2011年11月24日震災後、男性は「平常心」を心がけている東日本大震災の復旧復興に向けて、東北地方をはじめとして各地で奮闘が続いています。では、私たち一人ひとりの内面はどうでしょうか?あの大きな出来事は私たちの何を変えたのでしょうか?20代男性221名に東日本大震災後、変わったことは何かを聞きました。今回は、男性編と女性編で大きな違いがあることが明らかになっています!>>女性編も見るQ.東日本大震災後、変わったことを教えてください(複数回答)1位特に変わったことはない27.6%2位ちょっとした揺れでも「地震」と思うようになった19.5%3位何気ない日常の大切さを思い知った18.1%4位地震が起きるたびに震源地が気になる16.7%5位電力の使い方を考えるようになった14.0%■特に変わったことはない……・「西日本だから影響が少なかった」(23歳/機械・精密機器/事務系専門職)・「平常心でいようと思ったから」(24歳/金属・鉄鋼・化学/技術職)・「阪神大震災を経験しているので、地震に対する意識など特に変わったということはない」(24歳/小売店/販売職・サービス系)・「いつも通りの生活を送りたい」(26歳/自動車関連/技術職)・「もともと地震に対して備えていたので、特に変わったというようなことはなかった」(24歳/医療・福祉/専門職)■ちょっとした揺れでも「地震」と思うようになった……・「揺れている感覚が残っていて、揺れていなくても揺れている感じがする」(28歳/生保・損保/事務系専門職)・「会社で少しでも机が揺れた時は、地震かと思ってしまう」(23歳/金融・証券/営業職)・「今揺れているんじゃないか?と思うことが多くなった」(25歳/医療・福祉/技術職)■何気ない日常の大切さを思い知った……・「一日を無駄に過ごすことがないように心がけるようになった」(22歳/そのほか)・「何もないことが最も良いことだと分かった」(27歳/生保・損保/営業職)・「当たり前のことができなくなる不便さを思い知った」(25歳/情報・IT/事務系専門職)■地震が起きるたびに震源地が気になる……・「震源地がどこでどれくらいの規模なのかテレビで注目するようになった」(25歳/そのほか)・「地震の情報に敏感になった」(24歳/建設・土木/技術職)・「いつどこで大きな地震が起きてもおかしくないと思っているから」(28歳/印刷・紙パルプ/事務系専門職)■電力の使い方を考えるようになった……・「計画停電で節電を常に意識するようになり、電気の大切さを思い知った」(25歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)・「節電するようになったのが一番変わったこと」(22歳/そのほか)総評東日本大震災後、変わったことは何かを20代男性に聞いたところ、なんと4人に1人は「変わったことはない」と答えました。男性編で1位になったこの回答、女性編ではランキング外です。では、男性たちが鈍感なのかといえばそうではないようです。「平常心でいようと思う」、「いつも通りに生活したい」と、以前と変わらないことを強く心がけていることが分かります。3位に「何気ない日常の大切さを思い知った」が入っていますが、だからこそ「変わらない生活」を多くの人が望んでいるのでしょう。第2位は「ちょっとした揺れでも『地震』と思うようになった」。「揺れている感覚が残っていて、揺れていなくても揺れている感じがする」など「地震酔い」と呼ばれる現象は話題になりました。女性編でも2位にランクインしたのは同じですが、回答したポイント数を見ると女性のほうがかなり多く、震災の影響を受けやすいのは女性なのかもしれないことが分かります。今回のアンケートでは男性編と女性編とで異なる傾向の回答が得られました。ぜひ女性編も続けてご覧ください。(文・ペンダコ)調査時期:2011年9月9日~9月26日調査対象:COBS ONLINE会員調査数:男性221名調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【ランキング男性編】東日本大震災の後、町から消えて困ったもの【ランキング男性編】 緊急時に備えている防災準備【コラム】健康を守る!地震発生後に気をつけること完全版(画像などあり)を見る
2011年11月24日お願いだから前を向いて運転して!東日本大震災後、通勤の足として自転車が見直されています。健康的だし、環境にも良いのでチャレンジしたいと思う人もいるのではないでしょうか。そうした人気の反面、マナーを守らない自転車の危険運転が増加しているようです。そこで今回は、歩道を歩いているときに感じる自転車の危険運転を20代女性593名にお聞きしました。>>男性編も見るQ.歩道を歩いているときに感じる自転車の危険運転を教えてください(複数回答)1位携帯メールをしながら自転車を運転54.5%2位携帯電話で話しながら自転車を運転48.9%3位傘をさして自転車を運転43.0%4位2人並んで自転車で走行42.8%5位無灯火運転34.4%■携帯メールをしながら自転車を運転……・「メールをしながら運転している人は、蛇行運転になるのでこちらがよけてもぶつかってしまう」(27歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)・「メールをしていると下ばかりを見てしまうので、前方不注意で危ない」(24歳/不動産/事務系専門職)・「メールに集中しすぎて、車にひかれたり歩行者にぶつかったりするのではないかと不安になる」(23歳/そのほか/事務系専門職)・「昨日、携帯メールをしながら運転している中学生ぐらいの女の子とぶつかりそうになった。しかも謝りもせずに去っていった」(28歳/商社・卸/秘書・アシスタント職)・「若い人に多く見られるこの行為。本当に危ないので前を見て運転してほしい」(27歳/ホテル・旅行・アミューズメント/販売職・サービス系)■携帯電話で話しながら自転車を運転……・「携帯で話しながら自転車をこいでいる人が、電柱にぶつかりそうになっていた」(26歳/情報・IT/事務系専門職)・「話に気をとられるので危ないと思う」(23歳/学校・教育関連/そのほか)・「電柱や人にぶつかっている人を見たことがあり、かなり危険だと思った」(22歳/学校・教育関連/事務系専門職)■傘をさして自転車を運転……・「自分でもやったことがあるが、風が強く吹くと引っ張られて危険」(27歳/金属・鉄鋼・化学/営業職)・「バランス崩して転ばれると巻き添えになりそう」(22歳/情報・IT/技術職)・「傘をさしながら走るのは本当に迷惑。歩いている人よりスピードがあるから、服などに傘が引っかかったらそのまま引きずられる可能性だってある。止めてほしい」(23歳/小売店/販売職・サービス系)■2人並んで自転車で走行……・「中学生が3人並んで走行していて、危ないなと思った」(23歳/金融・証券/専門職)・「よく見かけるけど本当に危ない。歩行者への気遣いがないと感じる」(25歳/商社・卸/事務系専門職)・「道が狭いところで、並んで走られると怖い」(28歳/農林・水産/事務系専門職)■無灯火運転……・「自転車が近づいているのも分からないので、本当に怖い」(24歳/金融・証券/販売職・サービス系)・「無灯火だったため、自転車に気付かずぶつかりそうになったことがある」(23歳/食品・飲料)・「暗いと本当に分からない。迷惑だから止めてほしい」(25歳/金融・証券/専門職)総評歩道を歩いていてひやりとした経験のある方はとても多かったです。中でも一番危険だと感じているのが「携帯メールをしながら自転車を運転」でした。「メールをしながら自転車を走らせてきた人と、危うくぶつかりそうになった」、「メールしながら自転車を運転する女子高生と正面衝突するところだった」など、事故寸前だった方も少なくありませんでした。メールだけでなく通話しながらも、とても危険というコメントが多く寄せられています。どちらも人と接触するだけでなく、「電信柱などにぶつかりそう」という声もありました。ついついやってしまうという人もいるかもしれませんが、事故を起こしかねませんし、多くの自治体で罰則が設けられているので、注意したいですね。ランキングに入っていませんでしたが「イヤホンをしていたら周りの音が聞こえないから絶対に危ない。やめてほしいと思う」、「自転車に子供を3人乗せ、さらに買い物袋をつり下げて、ふらふらしながら走っていた。周りにも迷惑だし本当に危ない!」といった声もありました。警視庁の調べによれば、自転車が関連する交通事故は全体の約2割を占めているそうです。「自分だけは大丈夫」と過信せず、自転車を運転する際は交通ルールを順守して事故を起こさないようにしましょう!(文・ペンダコ)調査時期:2011年9月9日~9月26日調査対象:COBS ONLINE会員調査数:女性593名調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【ランキング女性編】思わず眉をひそめる電車やバスでの迷惑行為【ランキング女性編】食事中にイラッとする行動【ランキング女性編】仕事でイライラしたときにとってしまう行動完全版(画像などあり)を見る
2011年11月06日「募金」と「節電」がツートップ!2011年3月11日に発生した東日本大震災。被災地の困難な状況は、連日新聞やテレビで報道されました。何か自分にできる支援をしたい。そう思った人も多いのではないでしょうか。今回は20代男性221名に、「大震災後に行ったボランティアや心掛け」をアンケート。20代男性の実践とその理由を見ていきましょう。>>女性編も見るQ.東日本大震災後行ったボランティアや心掛けランキング(複数回答)1位募金65.3%2位節電44.3%3位特にしたことはない16.7%4位被災地の名産物などを積極的に購入した6.3%5位被災地の地酒などを積極的に飲んだ3.8%■募金……・「被災自治体に直接銀行振り込みをした。学生時代によく旅した場所だから復興を願って」(22歳/食品・飲料/専門職)・「近所のスーパーで募金活動を行っていたので、少しでも助けになればと思い、募金した」(22歳/金属・鉄鋼・化学/技術職)・「現地ボランティアにも参加したいという思いはあるが、なかなか勢いが出ない。募金は、手軽にできるから」(28歳/そのほか/専門職)・「物資はたくさんあると思ったので、そのようなものを買い占めるよりも募金などを行ったほうがよいと思った。さまざまなところに置いてある募金箱に、少しずつだが募金をしていった」(24歳/医療・福祉/専門職)・「気軽にできることだからです。インターネットを通じて募金しました」(26歳/そのほか/技術職)■節電……・「電力不足にならないように、使わない照明はこまめに消すようにした」(23歳/金属・鉄鋼・化学/事務系専門職)・「計画停電地域に住んでいたので、いやでも節電した」(27歳/生保・損保/営業職)・「これくらいしか今の自分にはできないです。極力、電気の無駄を省くようにしました」(24歳/そのほか)■特にしたことはない……・「自分の事で手一杯でほかの人の事を気にしている余裕は無い」(28歳/自動車関連/事務系専門職)・「自身も被災したので、他人にかまっている余裕は無かった」(26歳/医療・福祉/販売職・サービス系)・「もともと節電はしているし、なにもできていないです」(29歳/食品・飲料/営業職)■被災地の名産物などを積極的に購入した……・「とにかくできることがこれぐらいだったので。南部せんべいをよく買った」(24歳/警備・メンテナンス/技術職)・「意図的に被災地原産の商品を購入した:日常的に食べる野菜やお肉を被災地のモノにすれば、比較的支援になるかなぁと」(28歳/情報・IT/事務系専門職)■被災地の地酒などを積極的に飲んだ……・「宮城の地酒『一の蔵』を実家で飲んだ」(22歳/機械・精密機器/技術職)・「居酒屋で宮城の地酒をよく飲んだ」(22歳/そのほか)総評1位から3位まで、男性編と女性編では全く同じランキングになりました。それぞれの項目を選ぶ人の割合も似通っており、被災地支援に対しする男女の気持ちには差がないことが分かります。1位は、「募金」。男性編では、商品やサービスを購入したときにもらえるポイントやマイレージなどを寄付する「ポイント募金」をしたという人が目立ちます。「自分ではあまり使わないクレジットカードのポイントを、募金に充てています」、「集めていたポイントを全部、思い切って募金しました」といった具合です。お金そのものよりも、手ごろだからかもしれません。2位には「節電」がランクイン。「この夏は冷房を28度以下にしないようにしていました」、「普段からしていることだけど、今まで以上に心掛けた」といったコメントが寄せられています。一方3位は、「特にしたことはない」。「自分も被災したため、身の回りのことで精いっぱい」という人が少なくありません。協力しないのではなく、したくてもできない状況に置かれている人も多いようです。また、「東北地方はたびたびお世話になった地域。僕にできることは何でもしましたが、それは当然のことをしたまでで、ボランティアという意識は全くありません」という謙遜(けんそん)の美徳を体現したコメントも見られました。(文・ペンダコ)調査時期:2011年9月9日~9月26日調査対象:COBS ONLINE会員調査数:男性213名(その他と回答した8人を除く)調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【ランキング男性編】東日本大震災の後、町から消えて困ったもの【ランキング男性編】節電に効果がありそうなアイテム【コラム】あなたの学校の"一風変わった委員会"教えてください完全版(画像などあり)を見る
2011年11月03日自分にできるところから支援を!未曾有の被害規模となった東日本大震災。被災地でのボランティアや芸能人のチャリティーイベントなどの様子も、メディアで取り上げられました。被災地への支援は募金やチャリティーグッズの購入など、現地に行かなくてもできますよね。そこでどのような支援を行ったのか、20代女性593名にお聞きしました。>>男性編も見るQ.東日本大震災後行ったボランティアや心掛けを教えてください(複数回答)1位募金68.3%2位節電56.5%3位特にしたことはない10.6%4位被災地の名産物などを積極的に購入した9.3%5位チャリティーグッズなどを購入した8.4%■募金……・「募金というか、ネット上でたまっていたポイントを寄付した」(26歳/医薬品・化粧品/販売職・サービス系)・「震災直後、コンビニや道端での募金活動を見かけたときは、少しでも必ずお金をいれるようにしていた」(24歳/機械・精密機器/事務系専門職)・「会社で募金箱が置かれていたので、みんなで募金した。募金なら簡単にすぐ協力できる」(24歳/運輸・倉庫/販売職・サービス系)・「日本赤十字社に義援金を送った。会社の仙台支店への募金をした」(27歳/学校・教育関連/事務系専門職)・「新聞で義援金を受け付けていたから。新聞社に家族で集めた義援金を持っていった」(25歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)■節電……・「被災地に行って何かすることができないので、自宅でもできる節電を心がけました。エアコンの温度を上げるなど」(24歳/医療・福祉/専門職)・「去年の実績から-40%の電気削減に成功」(26歳/機械・精密機器/営業職)・「節電は東京に住む人たちが一番しなければいけないことだと思った。また、東京の電機が福島で作られていることを初めて知り、脱原発のために協力できればと思った」(28歳/不動産/秘書・アシスタント職)■特にしたことはない……・「何かしなければと思いながら、何もできていません」(26歳/金融・証券/専門職)・「節電はもともと行っているので、とにかく私たちが普通の生活をし、経済活動を行うことが復興につながると思ったので」(24歳/通信/秘書・アシスタント職)・「特には何もしていません。ただ、震災がおきたからといって自重ムードには流されないようにしました。こんな時こそ、皆がお金を使って経済が停滞しないようにすることが復興への一番の寄与だと思っていました」(26歳/生保・損保/営業職)■被災地の名産物などを積極的に購入した……・「会社の納涼祭で、社員に配る景品をすべて東北関連のものにしました。東北のお酒など、社員にも喜ばれました」(25歳/電機/事務系専門職)・「手軽にできる。近くのスーパーでその県の野菜などを買う」(25歳/人材派遣・人材紹介/事務系専門職)・「実際に東北三県に旅行に行って、現地で名産物やおみやげをたくさん買いました」(28歳/商社・卸/事務系専門職)■チャリティーグッズなどを購入した……・「会社で開催されたチャリティーバザーに参加した」(27歳/建設・土木/秘書・アシスタント)・「最近では義援金切手を買いました」(27歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)・「好きなバンドがチャリティーグッズを作り、収益金のすべてを募金に充てることになったので購入した」(25歳/金融・証券/販売職・サービス系)総評1位「募金」は7割近く、2位「節電」は6割近くを占めました。二つをともに挙げる人も少なくありません。3位「特にしたことはない」が約1割ですから、圧倒的な差が分かります。「募金」については、コンビニや街頭の募金箱だけでなく、「ネット上で募金した」という声が多く聞かれます。また、「まとまった金額を送りたかったので、社員旅行の積立金を寄付しました。会社も、そうするよう奨励していました」、「できるだけ手数料や経費が差し引かれない団体を選びました」など、少しでも多くのお金を役立てられるよう工夫している人も目立ちます。「節電」についても、「夏、エアコンの設定温度を高めにした」、「電化製品のコンセントをこまめに抜く」など、さまざまな工夫が見られました。中には、「テレビをほとんど見なかった」という人も。「まずは自分にできるところから、被災地支援に協力したい」。今回のアンケートからは、そうした思いが伝わってくるのではないでしょうか。(文・ペンダコ)調査時期:2011年9月9日~9月26日調査対象:COBS ONLINE会員調査数:女性593名調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【ランキング女性編】東日本大震災の後、町から消えて困ったもの【ランキング女性編】節電に効果がありそうなアイテム【コラム】あなたの学校の"一風変わった委員会"教えてください完全版(画像などあり)を見る
2011年11月03日6月11日・12日に東京ドームで「東日本大震災復興支援チャリティライブKYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME “We Are Down But Never Give Up!!”」と題してチャリティライブを行った氷室京介。その公演の模様を完全収録したDVDが、12月14日(水)にリリースされることが決定した。氷室京介の公演情報2日間同じ楽曲構成で行われた本公演のDVD収録楽曲は『Dreamin’』『B.BLUE』『NO.NEW YORK』など、BOOWYを代表する楽曲から『LONGER THAN FOREVER』『MEMORY』『B・E・L・I・E・V・E』などのバラード楽曲、そして『PLASTIC BOMB』や『“16”』など、ファン垂涎の楽曲まで網羅した内容になっている。12月17日(土)からは、震災前に企画していた氷室京介の全キャリアを網羅したアリーナツアー「KYOUSUKE HIMURO SPECIAL GIGS THE BORDERLESS FROM BOOWY TO HIMURO」が、時期を改めてスタート。BOOWYの楽曲から、ソロの代表曲、そして昨年リリースされた新作『“B”ORDERLESS』のチューンまでを網羅したライブが展開される予定だ。なお、チケットぴあでは、10月22日(土)11時より、同ツアーの「いち早プレリザーブ」を受け付ける。
2011年10月21日東日本大震災の被災者支援を目的とするイベント「東日本大震災復興祭2011~子供たちの未来のために~」が、10月29日(土)・30日(日)に開催される。「東日本大震災復興祭」の公演情報日本レコード協会、日本音楽事業者協会、日本音楽出版社協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会の音楽関係5団体が発起団体となり、“音楽、お笑い、食”の力で復興を支援。入場券売上げの全ては、震災で親族や経済的基盤を失った子供たちの未来を応援する目的として、奨学金や音楽教材提供などに使用される。ライブイベントには、ASIAN KUNG-FU GENERATION、いきものがかり、ユニコーン、スフィア、JAM Project、茅原実里、東貴博、土田晃之、SDN48らジャンルを越えたアーティスト、タレントが出演。また入場無料のオリンピックプラザでは、東北からの飲食・雑貨出店、有名店シェフの野外レストラン、オーガニックフードを取り上げたフードエリアが展開される。「東日本大震災復興祭2011~子供たちの未来のために~」は、10月29日(土)・30日(日)に東京/国立代々木競技場一帯の会場で開催。チケットの一般発売は、10月8日(土)10:00より。また一般発売に先駆け、チケットぴあでは先行抽選プレリザーブを10月6日(木)11:00まで受付。◆東日本大震災復興祭2011~子供たちの未来のために~■10/29(土) 国立代々木競技場 第一体育館[出演]ASIAN KUNG-FU GENERATION/いきものがかり/三代目 J Soul Brothers/東京スカパラダイスオーケストラ/ユニコーン■10/29(土) 国立代々木競技場 第二体育館[出演]Kalafina/椎名へきる/スフィア/飛蘭/牧野由依/宮野真守/妖精帝國/米倉千尋■10/30(日) 国立代々木競技場 第二体育館[出演]麻生夏子/石川 智晶/河野マリナ/黒崎真音/佐藤ひろ美/JAM Project/茅原実里/yozuca*■10/29(土) SHIBUYA-AX(MC)東 貴博・土田 晃之あばれる君/アルコ&ピース/アントキの猪木/ザ・アンモナイト/うしろシティ/エルシャラカーニ/エレファントジョン/えんにち/オテンキ/鬼ヶ島/ケチン・ダ・コチン/コウメ太夫/ゴー☆ジャス/ザ・ゴールデンゴールデン/しゃもじ/ザ・たっち/ダブルブッキング/ニッチェ/八福亭/パッチワーク/ザ・パンチ/ヒライケンジ/風藤松原/ぼれろ/南野やじ/やさしい雨/ライセンス/ラバーガール■10/30(日) SHIBUYA-AX[出演]SDN48/吉川 友/ぱすぽ☆■10/29(土)・30日(日) オリンピックプラザFood Relation Network×東の食の会 supported by ap bank/kurkku/CAFE COMPANY
2011年10月04日西日本でも困るほどでもないけれど品薄に……未曾有の大被害を引き起こした東日本大震災。地震後、「もしも」の時のために必要なものをあらためてチェックして揃えた、という方も多いと思います。では、今回の大震災の後で、町から消えて困ったものとはどのようなものだったのでしょうか。20代の女性644名にうかがいました!>>男性編も見るQ.東日本大震災の後、町から消えて困ったものを教えてください(複数回答)1位特に消えたものはなかった26.4%2位水25.6%3位電池18.9%4位ヨーグルト18.5%5位ガソリン15.7%5位トイレットペーパー15.7%■特に消えたものはなかった……・「広島なので影響はあまりなかったけど、震災の影響で仕事がなくなったりした」(25歳/情報・IT/技術職)・「西日本なので、少なくなったものはあるかもしれないけど、消えたという感じではなかった」(25歳/生保・損保/事務系専門職)・「お水が売り切れていたりしたけれど、うちの地方は水道水でも飲めるので特に困らなかった」(25歳/金属・鉄鋼・化学/クリエイティブ職)・「コンビニからなくなったものは多かったけれど、特に必要なものはなかったから」(24歳/食品・飲料/販売職・サービス系)・「少ないと感じたものはいっぱいあったが、すぐに生活に直結するほど、消えて困ったわけではなかった」(24歳/金融・証券/専門職)■水……・「水は毎日飲んでいるので。2リットルを100円台で買っていた水が、400円台になった。渋々買ったが、かなり財布が痛かった」(27歳/学校・教育関連/事務系専門職)・「重たい水はいつもネットで頼んでいたのだが、ネットで頼もうにも何カ月後かとかの発送になると書いてあり、困った」(24歳/そのほか)・「小さい子供のいる関東の友人に送りたかったが、関西にもなくて困った」(28歳/自動車関連/事務系専門職)■電池……・「会社で取り扱っているのですが、欠品状態が続き、取引先からの問い合わせが相次いだ」(24歳/商社・卸/事務系専門職)・「懐中電灯があっても、電池がなくて付けられず、困ってしまった」(26歳/機械・精密機器/技術職)・「食料品が戻った後も、電池はどこを探してもしばらくなかった」(28歳/商社・卸/秘書・アシスタント職)■ヨーグルト……・「ヨーグルトを毎日食べていたので、買えないのは少しさみしかった。しかし、おむつとか薬とかがなくて、本当に困っていた人もいたと思うので、食品なんて二の次」(27歳/学校・教育関連/専門職)・「整腸剤代わりに食べていたので、店からほとんど消えてしまったときは焦った」(28歳/医療・福祉/事務系専門職)・「決まったヨーグルトを食べていたが店頭から無くなって便秘になった」(29歳/小売店/販売職・サービス系)■ガソリン……・「地震直後は群馬在住だったので、車は必須。なので、ガソリン不足は本当に困りました」(27歳/ソフトウェア/技術職)・「2時間待っても1,000円分だけとかだったので、異常でした」(24歳/そのほか)・「ガソリンそのものには困りませんでしたが、大渋滞が起きて、朝会社に遅刻を何度もした。事情が事情だけに……と思ったら、ばっちり『遅刻』扱いでした」(26歳/金融・証券/事務系専門職)■トイレットペーパー……・「トイレットペーパーは本当に困った。買いだめじゃなくて私には必要だった。1ロールでもいいから、と町中探し回った」(26歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)・「買えなくて、友人にもらった」(27歳/ホテル・旅行・アミューズメント/販売職・サービス系)・「ぎりぎりなくなる前に買えてよかったが、本当にどうなることかと思った」(27歳/医療・福祉/専門職)総評1位は男性編と同じく「特に消えたものはなかった」でした。もちろん、住んでいる地域によって大きな差はありそうですが、西日本でも「少なくなったものはある」というコメントが多く寄せられました。また、「広島なので影響はあまりなかったけど、震災の影響で仕事がなくなったりした」というコメントも。震源地と離れていても、間接的な影響はやはり少なくないようです。2位の水に関しては、「小さい子供のいる関東の友人に送りたかったが、関西にもなくて困った」というコメントもありました。男性編にはランクインしていませんでしたが、女性編で第3位に挙がったのが「ヨーグルト」。健康のために常食しているという方は、女性では多いですよね。ただ、「おむつとか薬とかがなくて、本当に困っていた人もいたと思うので、食品なんて二の次」という意見もありました。今の日本は、地震活動期に入っているようです。「もしも」の時に備えて、避難所の確認や、避難グッズの準備をしておきましょう!(文・ペンダコ)調査時期:2011年6月17日~6月30日調査対象:COBS ONLINE会員調査数:女性644名調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【コラム】なぜ日本人は買いだめしてしまうのか【コラム】震災後の不安・ストレスと向き合う方法【コラム】被災した友人・知人とのコミュニケーションで気を付けたいこと完全版(画像などあり)を見る
2011年09月14日意外にも1位は……2011年3月11日に起こった東日本大震災。その後のテレビでは、スーパーなどで水やカップめんなどの売り切れが相次ぐというニュースが流れていたことは、記憶に新しいですよね。今回のテーマは、「東日本大震災の後、町から消えて困ったもの」です。20代の男性234名に伺いました!>>女性編も見るQ.東日本大震災の後、町から消えて困ったものを教えてください(複数回答)1位特に消えたものはなかった23.5%2位水19.7%3位ガソリン15.8%4位カップめん15.0%5位電池13.2%■特に消えたものはなかった……・「大阪だったので特に必需品が欠乏することはなかった」(28歳/機械・精密機器/営業職)・「福岡なので特に消えて困ったものはなかった」(27歳/商社・卸/秘書・アシスタント職)・「西日本だったので影響が少なかった」(27歳/団体・公益法人・官公庁/技術職)・「そのころは実家(沖縄)で住んでいたので大丈夫でした」(21歳/情報・IT/技術職)・「供給量は少ないが困るほどではなかった」(22歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)■水……・「いつも外出時にミネラルウォーターを買っているが震災後は店頭に在庫がなく困りました」(27歳/機械・精密機器/事務系専門職)・「普段から水は買って飲んでいたので、なくなって相当困った」(27歳/生保・損保/事務系専門職)・「ミネラルウォーターが売り切れになり、売っているところを探し歩いた」(24歳/運輸・倉庫/営業職)■ガソリン……・「バイクのガソリンがちょうどなくなっていたところだったので、買い出しに出られずに困ったことがある」(28歳/情報・IT/事務系専門職)・「入れるために11時間並んだから」(28歳/情報・IT/技術職)・「ガソリンが手に入らず困ったというよりは、ガソリンスタンド渋滞に巻き込まれ予定通り行動できなかったことが大変だった」(24歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)■カップめん……・「仕事が遅くなるときはインスタントをよく食べていたのですが、消えていて困りました」(26歳/電機/事務系専門職)・「いつも買っているのに突然なくなって困った」(24歳/電機/技術職)・「ちょっと食事を作るのが面倒くさいときに食べたかったけどなかった」(24歳/機械・精密機器/技術職)■電池……・「輪番停電をすると聞き、携帯の充電ができなくなる恐れがあったので真っ先に電池が欲しかったが、流通が不安定だったのでなかなか入手できなかった」(27歳/小売店/販売職・サービス系)・「電池を買おうと思ったらなかった。しかたなく、リモコン等に入っている電池を使い回した」(25歳/自動車関連/事務系専門職)・「懐中電灯が使えなくなってしまうのではないかと不安でした」(28歳/学校・教育関連/営業職)総評1位は「特に消えたものはなかった」でした。しかし、寄せられたコメントを見ると、「西日本に住んでいたため」というものが多く、地域性も大きく関係するよう。条件付きの1位と考えたほうがよさそうです。2位は、水。「水は買って飲む」という人も増えているだけに、「どこも売り切れで困る!」という経験をした方も多いのではないでしょうか。3位のガソリンは、特に車通勤をしている方にとっては大変な事態ですよね。一時期は、「ガソリンスタンドに長蛇の列」というニュースがよく流れていました。「入れるために11時間並んだ」という大変な思いをした方からのコメントもありました。そして、5位は電池。特に、計画停電地域の方で「電池がない」という事態に陥った方は、不安も大きかったのではないでしょうか。地震大国の日本。いつ非常事態が起こっても慌てないように、非常食や怪獣電灯など必要なものをまとめておきたいですね。(文・ペンダコ)調査時期:2011年6月17日~6月30日調査対象:COBS ONLINE会員調査数:男性234名調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【コラム】なぜ日本人は買いだめしてしまうのか【コラム】人の感情は感染する! 不安に打ち勝つために覚えておきたい心の持ち方【コラム】地震保険はどれぐらい補償してくれるの?完全版(画像などあり)を見る
2011年09月14日9月の三連休に、東北楽天ゴールデンイーグルスのホームグラウンドである、「日本製紙クリネックススタジアム宮城」と「グランディ21・宮城県総合運動公園」で、「MOTTAINAIフリーマーケット2011 in宮城」が開催される。(C)MOTTAINAI「MOTTAINAIフリーマーケット」とは「MOTTAINAIプロジェクト」が定期的に全国各地で展開するフリーマーケット。通常のフリーマーケットはもちろんのこと、企業提供品のチャリティ販売やワークショップ、クイズラリーなども開催されており、親子で楽しくエコ活動ができるイベントである。毎回会場内には『MOTTAINAIステーション』を設け、衣類、本、CD、DVD、天ぷら油などの資源を積極的に回収している。回収した衣類は毎週開催されているフリーマーケットでチャリティ販売され、収益金は宮城県災害対策本部などへの義援金となる。本やCD、DVDなどの収益金は、海外教育支援活動に役立てられる。今回、宮城県で開催されるMOTTAINAIフリーマーケットでは、宮城県で震災後初となる、子供たちだけで行うフリーマーケット「キッズフリーマーケット(キッズフリマ)」も同時開催される。「キッズフリーマーケット」とは、売るのも買うのも子どもたちだけで行うフリーマーケット。売上表の作り方、収支バランスシートの作り方を学ぶこともできる。不要なモノを捨てるのではなく、他の人に活用してもらうことで「モノ」を大切にする心を学び、子どもたちだけで売り買いすることで「お金」の大切さも学べる場となっている。(C)MOTTAINAIエコと復興支援にもつながる親子で楽しめるMOTTAINAIフリーマーケット、9月の三連休、お近くの方は子どもたちで賑わうキッズフリーマーケットに出かけてみてはいかがだろうか。 MOTTAINAIフリーマーケット2011in宮城 ■日本製紙クリネックススタジアム宮城(Kスタ宮城)日程:2011年9月17日(土)、18日(日) 10:00~15:00(※雨天中止)住所:宮城県仙台市宮城野区宮城野二丁目11番6号JR仙石線宮城野原駅、もしくは榴ヶ岡駅より徒歩10分■宮城県総合運動公園(グランディ21)日程:2011年9月19日(月・祝) 9:00~15:00(※雨天中止)住所:宮城県宮城郡利府町菅谷字舘40-1JR東北本線「利府駅」より宮城交通バス「菅谷台経由」もしくは「青葉台経由」で約10分 お問い合わせ:みちのくフリーマーケット協会事務局TEL 022-383-6662(平日10:00~17:00)雨天開催案内:東京リサイクル運動市民の会テレホンサービスTEL 0180-993-121(当日朝7:30以降)※フリーマーケット開催中は、最寄駅から会場まで無料巡回バスが運行される。バス停や運行時刻表は、後日開設する【MOTTAINAIフリマ2011 in 宮城】の特設WEBサイト(9月オープン予定)にてご確認を。MOTTAINAIフリマ及びキッズフリマ各地の開催スケジュールはこちら
2011年09月01日ホテル日航東京では、2011年8月13日(土)~8月16日(火)の期間限定で、「PRAY for Smile(プレイフォースマイル)~サマーフェスタ~」を開催する。「PRAY for Smile~サマーフェスタ~」は、東日本大震災で被災された方々の一日でも早い復興を願い、一人でも多くの人々に咲顔(えがお)になってもらいたいという想いから、お盆の期間限定で開催することとなった。フラダンス・タヒチアンダンスのショーやダンス教室の開催や、節電への取り組みの一つであるキャンドルナイトコンサート・ディナーのほか、グラフィックアーティストとして有名な三浦滉平氏による絵の展示会など、無料で愉しめる空間になっている。 また、震災義援プロジェクト「PRAY for Smile」の一環として 客室内やホテル各所でのメッセージカードの設置や義援金募金活動、チャリティコンサートの開催をはじめ、レストラン、宿泊プラン、宴会プラン、SPA然 TOKYOでの売上の一部を日本赤十字社に寄付する活動を通じ被災者支援を行っている。「PRAY for Smile~サマーフェスタ~」日程:2011年8月13日(土)~8月16日(火)参加費:無料(キャンドルナイトディナーを除く)内容:各所に義援金やメッセージカードを入れる募金箱を設置。■イベント・フラダンス&タヒチアンダンスショー・ハワイアンバンドショー時間:1回目 16:00~16:30 / 2回目 18:00~18:30場所:2F ラウンジ&シャンパンバー「ベランダ」テラス席前シーサイドプロムナード内容:フラ&タヒチアンダンススクール パパフラ東京によるダンスショー※8月15日(月)のみ、神戸ハワイアンクラブ所属のハワイアンバンド「レイ オブ スターズ」による生バンド演奏ある。・リボンレイ作り教室 / ハワイアンクレイ教室 / フラダンス教室 / タヒチアンダンス教室時間:15:00~18:30場所:2Fチャペル「ルーチェ マーレ」ホワイエ内容:各講師による体験教室・キャンドルナイトコンサート時間:19:00~20:00場所:2F螺旋階段内容:参加者によるキャンドルリレーから始まるキャンドルナイトコンサートハープ・ヴァイオリン・ソプラノ歌手によるキャンドルコンサートPRAY for Smileのうちわを配布・コリドールギャラリー期間:2011年7月15日(金)~8月30日(火)場所:3F コリドールギャラリー内容:グラフィックアーティスト三浦滉平氏による展示会※7月15日(金)~31日(日)は、子どもたちが書いた絵の募集期間。※8月13日(土)~30日(火)は、応募された絵の中から入賞した作品に、三浦氏が色付けをしたものを展示。ご予約・お問い合わせ:ホテル日航東京 Tel:03-5500-5509(イベント係)■レストランメニュー・キャンドルナイトディナー キャンドルの灯火の中で食事を楽しむスペシャルディナー時間:20:00~21:30場所:ホテル日航東京 3F コンチネンタルレストラン「テラス オン・ザ・ベイ」料金:13,650円(消費税込、サービス料別)※このうち一部が義援金として寄付される。内容:活オマール海老のサラダ スイカのヴィネグレット キャビアを添えて/アイス仕立てのヴィシソワーズ/ブイヤベース テラス オン・ザ・ベイ風/特選和牛のフィレ肉のグリエ サマートリュフと共に/テラス オン ザ ベイ特製デザート(フランベ)ご予約・お問い合わせ:コンチネンタルレストラン「テラス オン・ザ・ベイ」 Tel:03-5500-5698おうちスタイル編集部
2011年08月10日「aroma for Tohoku」は、匂い・香りが人の記憶や感情を呼び起こす効果に着目し、東北の森をイメージして制作したアロマ「aromamora &01 Tohoku」を香り付けした写真集「aromamora books vol1 東北」と、うちわ「uchiwamora」を2011年8月8日(月)より販売。販売利益は全額、東日本大震災被災地復興支援活動を行なう団体に寄付される。「aromamora books vol1 東北」は、東日本大震災前の東北地方の景色や思い出を風化させない事を目的として制作された。写真集は、震災前後の東北の写真をウェブで一般公募し、集まった約500枚の写真の中から厳選された50枚で制作されたもの。アルバムの形をしたボックスに、写真と「aromamora &01 Tohoku」の香り付きコースターが同梱され、写真をめくるたびに東北の森の香りが漂う写真集になっている。香りが消えた場合の補充用に1.5ml のアロマオイルが入ったミニボトル付き。アロマの香りがする写真集は史上初の試みとなる。 「uchiwamora」は、 ロンドンのデザイナー集団「tomato」唯一の日本人・長谷川踏太氏とのコラボレーションによりデザインされたもので、石巻を舞台に制作された。石巻にある木の枝にぶら下げた筆が風の力で動くことにより描かれたデザインの“uchiwamora「風」”と、被災地の子どもたちが石巻の避難所クラブでデザインした“uchiwamora「KIDS」”の2種類があり、デザインは全て一点ものだという。これらのうちわには「aromamora &01 Tohoku」が香り付けされており、扇ぐと東北の森の香りが漂う。東北の風、あなたも感じてみてはいかがだろうか? ≪「aromamora books vol1 東北」≫価格:3,980 円(税込み)販売数:1,000冊≪「uchiwamora」≫価格:1,000円(税込み)販売数:1,000枚販売: aromamora WEBサイト プレスリリース提供元: PR TIMES
2011年08月05日東日本大震災復興支援のために期間限定の再結成をしたロックバンド、SIAM SHADEが、10月にさいたまスーパーアリーナでチャリティーライブを開催する。「東日本大震災復興支援チャリティライブ」チケット情報1995年のメジャーデビュー以降『1/3の純情な感情』などのヒット曲を送り出し、2002年に惜しまれつつ解散(2007年に一夜限定で再結成)した5人組ロックバンド、SIAM SHADE。東日本大震災発生後の今年4月、「復興支援のために、いま自分たちが出来ることは音楽を届けること」との思いでメンバーが集結し、期間限定での再結成を発表した。7月17日には、被災地・仙台のZepp Sendaiで復興支援のフリーライブを開催し、2007年以来4年ぶりとなったステージには現地のファン1600人全てを無料招待。代表曲『1/3の純情な感情』などを披露し、2時間以上にわたって会場を熱狂で包み込んだ。SIAM SHADEの東日本大震災復興支援チャリティーライブ「SIAM SHADE SPIRITS ~Return The Favor~」は、10月21日(金)にさいたまスーパーアリーナで開催。チケットの一般発売は、8月6日(土)10:00より開始となる。また一般発売に先駆けて、チケットぴあでは先行先着プリセールを8月4日(木)23:00まで受付。■東日本大震災復興支援チャリティーライブSIAM SHADE SPIRITS ~Return The Favor~【日時】10月21日(金)18:30開演【会場】さいたまスーパーアリーナ
2011年08月03日「kizunaworld.org」とは、坂本龍一と平野友康が発起人となり、被災地を長期的に支援してゆくために立ち上げたプロジェクトで、賛同してくれるアーティストたちと共にチャリティ作品を継続的に提供し、少しでも多くの支援の輪が広がることを目的としている。第4弾では、5人の音楽家・写真家のアーティストから作品が新たに加わる。クリスチャン・フェネス氏がkizunaworld.orgのためにウィーンにて書き下ろした楽曲"dropping wings"、10代の頃を福島で過ごし今は映画音楽家としても活躍する大友良英氏が福島に思いを馳せて作曲した楽曲“quiet night in Fukushima”、音響作家であるテイラー・デュプリー氏とサウンドアーティストのステファン・ヴィティエッロ氏と坂本龍一3人のコラボレーション作品である"Up Through The Trees"、ファッション誌やテレビコマーシャル等で活躍する写真家・田島一成氏による花のモノクローム写真“decayed”。また今回から、日本円以外にも米ドルでの寄付の受付をも開始している。復興支援をきっかけに、洗練されたアーティストの作品に触れてみるのもいいのでは?プレスリリース提供元: PR TIMES
2011年07月20日日本列島に未曾有の被害を与えた東日本大震災。動物たちの状況はどのようなものだったのでしょうか?■20万匹の魚が死滅した「アクアマリン福島」福島県いわき市にある水族館「アクアマリン福島」では、津波の影響で発電設備が故障し、750種類、20万匹の魚や動物たちが犠牲となってしまいました。しかし、そんな状況の中からも助け出された動物もいます。現在上野動物園で飼育中なのが、ユーラシアカワウソ。同園によれば「震災のショックはあるものの、2頭とも元気で暮らしています」とのこと。また、エピトリカやウミガラスなどの鳥類は葛西臨海水族館で飼育中。セイウチも鴨川シーワールドに引き取られました。■エサ不足に悩まされた動物園かみね動物園(茨城県日立市)、盛岡動物園(岩手県盛岡市)、八木山動物園(宮城県仙台市)などは、施設の被害はなかったものの、流通経路が機能しなかった結果、動物たちに与えるエサが不足してしまいました。結果的には動物園同士がネットワークを取り合いながら、何とか各園に必要なエサを供給することができましたが、こうした状況は動物園にとっても死活問題。連携の大切さが浮き彫りになった事態とも言えます。■マリンピア東松島が営業再開もっとも震源から近かった宮城県東松島市の「マリンピア東松島」では、高さ10mの津波が襲ったものの、建物が無事に残り、4月20日から営業が再開されています。マンボウやビーバー、マッコウクジラといった人気者たちが命を落としたものの、自家発電装置が建物の2階に設置されていたこと、また燃料となる重油の備蓄があったことなどが功を奏し、多くの魚たちが生き残ることができました。また、同園では4月2日にケープペンギンの赤ちゃんが誕生しています。復興の象徴として、愛らしいペンギンの赤ちゃんが人気者になる日も近いでしょう。そこに生きる動物たちの元気な姿は、きっと多くの人々を勇気づけるはずです。(萩原雄太/かもめマシーン×プレスラボ)【関連リンク】【ランキング女性編】もし飼えるなら飼ってみたい動物ランキング【コラム】大震災でペットたちも苦境に! 動物たちを助けようと奮闘する人々の活躍【コラム】うさぎ、ハムスター……。災害時に小動物と避難する方法
2011年04月30日地震後、避難をしてふと気がゆるんだときに、めがねがないことに気づく、携帯電話を落とす、足にケガをする……。阪神・淡路大震災の経験者の皆さんに聞いた、「地震直後~約3カ月後に注意すべきことや役立つ方法」についてご紹介します。■めがね、足元……身の回りの注意事項・めがねがなくて困った「なんとか家から逃げ出すことはできましたが、視界がぼーっとしているんです。『あ、めがねがない』と気づきました。めがね店は閉まっているし、人の顔が判別できないので、避難所生活でとても困りました」(39歳・女性・教師)「視力がかなり低い方ですが、めがねを持ち出すのを忘れ、コンタクトレンズをつけたまま避難所に入りました。水がなくて洗えないので、『はずすと見えない』と思ってレンズを入れたままにしていたら、目に張り付いて病院送りに。『目の絶対安静1週間』の宣告をされて大変でした」(42歳・男性・ホテル勤務)『週刊ポスト2011年4月22日号』には、「東日本大震災以降、よく売れているものはめがね」だと書かれています。「ソフトコンタクトレンズは、定期的な交換に加え、専用液剤を用いての洗浄が必要となるため、災害時においてはどうしても不便を感じてしまう。震災で、めがねの有用性を感じた人は多いようだ」とあります。可能であれば、就寝時は枕元に置いておく、防災袋に予備のめがねを入れておくなどしましょう。・足元に注意「がれきを歩く場合は革靴か厚底タイプ、できれば安全靴のほうがいい。靴の底がくぎや突起物で破られてケガをした人が多かったので」(48歳・男性・薬品メーカー社員)「がれきの現場を歩くときは、ひざから下、ふくらはぎをよくケガをするので、厚いハイソックスを履く、ハンカチやタオルを足に巻いてストッキングを切ったものでしばる、ズボンのすそを靴下に入れ込むなどしていました。ひじから手にかけてもカバーしてください」(43歳・男性・建設会社社員)・携帯電話の扱いに注意「せっかく避難時には携帯電話を持ち出すことができたのに、トイレに落として使えなくなりました。絶望的な気分になりましたよ」(45歳・女性・自営業)「携帯電話があっても、停電だから充電ができずにただの箱だった。だから僕はいつもカバンに電池式充電池を持っています。心の安心用でもあります」(45歳・男性・銀行員)「余震が続くときは、携帯電話は首からぶらさげるネックホルダー式ストラップとか、クリップ式ストラップで服に留めておくなど工夫したほうがいい。落とす人がたくさんいましたから」(36歳・女性・公務員)・二次災害の可能性もある「地震の影響で近所が火災になりました。それで命を落とした方もいらっしゃいました。火災のときは、透明のビニール袋を頭からかぶって少しでも煙を吸わないようにしてください。目が見えるために透明の袋を、非常用持ち出しバッグに入れておくべきですね」(37歳・男性・建築士)「大きな余震では、地鳴りのような音が聞こえました。それでまた、倒壊した建物やがれきの山が崩れるんです。これには気をつけないといけません」(47歳・男性・写真家)■ライフラインの代わりの知恵「暖をとるなら、発泡スチロールが貴重です。氷の上でも冷たさを遮断できるぐらいですから、ダンボールより温かい。その上にダンボール、ブルーシート、新聞、布団、毛布を敷くと寒さはしのげます」(47歳・男性・写真家)「とにかく寒かったのですが、隣の人に教えてもらった『ラップ下着』は役に立ちました。手、足、おなかなどの素肌にラップを巻いてから洋服を着るんです。少し温かくなりますよ。あまり強く巻くと血行によくないと思うので、ふんわりぴたっと巻きます」(42歳・女性・翻訳家)「避難所には毎日、新聞が配られていましたから、みんな、古新聞でうまく足元カバーをつくって足を温め、毛布の間に新聞紙を入れ込んだりもして利用していました。ほうきの代わりとしてホコリ除去にもなるし、トイレの処理にもゴミ収集にも役に立ちました。新聞って何かと使えますねえ」(35歳・女性・郵便局勤務)「新聞紙をくしゃくしゃと丸めて、ビニール袋やポリ袋に入れて、足を入れます。けっこう温かくなります。新聞紙が足のにおいも吸収してくれますし。同じ要領で、くしゃくしゃにした新聞をセーターの下につっこむと体温で温まって即席のカイロ代わりになります」(44歳・男性・公務員)「ビニール袋、ゴミ袋の底の部分に人間の頭が通るぐらいの穴を開けて、逆さにして頭からかぶります。新聞紙をくしゃくしゃにして入れ込むと温かくなる、洋服が汚れない、レインコート代わりもなります」(42歳・男性・建設会社社員)「懐中電灯にコンビニやスーパーの乳白色系のビニール袋をふんわりとかぶせて、床に置きます。袋に光が拡散して明るくなります。避難所で、深夜の非常灯の代わりに使っていました」(38歳・男性・自動車メーカー社員)「炊飯器でご飯を炊くときに、アルミホイルで包んだにんじんやジャガイモ、卵などを一緒に入れておきます。省エネで料理ができますね。ご飯と野菜の料理が炊きあがるころには十分火が通っています。にんじんはゆでるよりも甘くておいしいですよ」(44歳・男性・繊維会社社員)「わりと知られている方法ですが、豆類は、魔法瓶に入れて熱湯を注いで数時間放置すると煮えるんです。お湯を吸ってけっこう大きくなるので、最初は少量から試してください」(37歳・女性・出版)「湯が沸かせなければ、カップめんは水でもできますよ。水を入れて30~40分待つだけで、はいできあがり」(38歳・男性・携帯電話会社社員)「消防庁によると、一人1日3リットルの水が必要だそう。断水のときの工夫として、基本ですが、食器にラップを巻きます。片付けるときに、ラップをはがすだけでお皿を洗わなくて済み、何度でも同じ食器を使うことができます。それに、ケガをしたとき、ガーゼで傷口をおおってからラップを巻くと包帯やばんそうこうの代用にもなるんです。非常時にはラップは何かと役に立ちましたね」(36歳・女性・看護師)「古ストッキングやタイツは、荷物をしばる、包帯の代わり、掃除グッズになるなど、なにかと重宝します。捨てないでおいておきましょう」(36歳・女性・看護師)■何よりもヒューマンラインが重要「神戸市東灘区の避難所にいましたが、電気、ガス、水道と全部が回復するまで3カ月ほどかかりました。明かりがともったとき、ガスが通って湯に触れたとき、蛇口から水が出てきたときは、それはそれはうれしかったですねえ。歓声をあげたものです。天災で家はぼろぼろになりましたが、人知の豊かさを思い知ることにもなりました」(49歳・男性・自営業)「ライフラインが途絶えたとき、いちばん重要だったのは『ヒューマンライン』、人のつながりでしたね。避難所でも、在宅避難でも、震災から1カ月ほどは店が開いていなくて現金はあまり役に立ちませんから、ご近所の人と必要なモノを交換しあっていました」(53歳・男性・旅行代理店勤務)「電気、ガス、水道、道路、電車は時間とともに復旧していきました。長くかかりましたが、なんとか。だからといって生活は元に戻らないし、復興というにはほど遠い状態。なんとかしのげたのは、誰かが声をかけてくれたからです。本当の非常事態には地域のコミュニティが命綱なんです」(48歳・女性・電鉄会社社員)「いかに今あるものを有効に使うか。いざとなれば、けっこう知恵がわくものだなと、みんなで感心しあっていました。主婦、年配の人、アウトドアが趣味の人、自衛隊の人、ご近所の人たちに多くのことを教わりました。生きるということがどういうことかも」(49歳・男性・自営業)経験者の生の声、証言、知恵の数々は、実に頼りになります。皆さんのアドバイスを念頭に置き、有事に備えたいと思います。(海野愛子/ユンブル)【関連リンク】【テンプレート】いざというとき「人事・労務で役立つ書類」【アプリ】日常生活で役立つちょっとした知恵を“ワイフちゃん”が教えてくれる【コラム】石井ゆかりさんのブログで紹介された地震に役立つ情報
2011年04月21日阪神・淡路大震災で被災された皆さんに、当時、「言われて元気が出たことば」、「うれしかったことば」についてお話をうかがいました。大震災と向き合った人たちが、そのとき、前を向いて歩こうと思う機会となったことば、16年たった今も記憶に刻まれていることばをご紹介します。■人間は心で生きているね震災で家族を亡くした親友が、2カ月後に自殺をしました。何もできなかった自分が情けなくていらだたしくて、もうろうとした日々を送っていましたが、彼の四十九日でその親友のお父さんに、「人間は心で生きているね。心を大事にして、何としても生きていってほしい」と言われたんです。このとき、僕のなかで何かが変わりました。この経験から、僕は医者になりました。病気とは、心のありように直結するとつくづく思います。医療も復興も、そのあり方について僕は、この友の父のことばを核に考えています。(兵庫県尼崎市 O・Tさん44歳男性医師)■明けない夜はない4カ月あまりも避難所で生活をしました。2月初旬、暖房がない避難所はあまりに寒くて、インフルエンザにかかって病院へ搬送されたんです。これでやっと暖まれると思ったら、病院も同じで、寒い寒い。熱のせいかぶるぶる震えていたそうですが、目が覚めたとき、看護師さんに、「よかったー。明けない夜はないのよねぇ」と言われたことを覚えています。「ああ、そうかもしれない」と、そのことばがすーっと心にしみいりました。その後、仮設住宅を経て3年かかって家族で新しい家に移りました。つらいことがあるたびにこのことばを思い出しています。(神戸市 E・Kさん39歳女性銀行員)■わたし、がんばるしいろいろあって、一人きりで避難所暮らしになりました。惨めで不安で仕方がなかった。周りの人は心配してくれましたが、どうしても力が出せず、ダンボールを敷居に立てて寝たきりになってしまったんです。ある日、腰が痛いとぼやいていると、8歳の女の子が背中をさすってくれて、「わたし、がんばるし~」と独り言のように何度も言うんですよ。急に泣けてきました。その夜はひと晩中、頭からバスタオルをかぶって泣き続けました。すると、次の日から、起き上がって炊き出しを手伝えるようになったんです。あの子は今、どうしているかなあ。会ってお礼が言いたいです。(兵庫県西宮市 M・Uさん37歳女性自動車メーカー勤務)■今日もこんにちは~家が倒壊して、3カ月ほど学校などの避難所を転々としながら過ごしました。そのころまで、お金より何よりありがたかったのは、避難所の人たちとのあいさつです。「今日もこんにちは~。調子はどうですか?」と声をかけあっていました。ワンパターンのあいさつですが、声のニュアンスなどから日々の健康確認、安否確認も含んでいて、普通のあいさつとは違いました。毎日、このあいさつには助けられましたねぇ。「今日もなんとか生きていかなければ」と思うことができましたから。(神戸市 K・Rさん39歳女性飲食店経営)■「つらいーっ」て叫んでええねんで僕は被災地へボランティアに行ったのですが、情けないことにあまりに凄惨な現実を見て、よく泣いてしまいました。そのとき、被災者の人に言われたのが、「つらいーって叫んでええねんで」ということば。ハッとしました。実際に、人のいない場所へ行って、タオルで口を押さえながら、「つらいーっ」と叫んでみると、気持ちが落ち着きました。被災した人に助けてもらうとは。大きな体験でした。災害のときとか本当につらいときは、「困っています」、「しんどい」と口に出して言うほうがいいと思います。周囲の人が、そう言いやすい雰囲気をつくることも大切なのではないでしょうか。(大阪府吹田市Y・Mさん39歳男性デザイナー)■しんどないか~僕がいた避難所には、お医者さんと看護師さんがわりと巡回してくれていて、特に高齢者には、「しんどないか~、どないや~」と声をかけていました。祖母もいっしょでしたが、あれだけ人がいると、なかなか自分だけがしんどい、とは言えないんですよ。みんなしんどいのはわかっているから、がまんするしかない。だからこそ、ひと声かけられると、「実はおなかが……」とか言うこともできるんです。高齢者には、若い人からそういう声をかけることが大事だと思います。(兵庫県芦屋市 N・Fさん42歳男性電鉄会社勤務)■地球がちょっと背中をかいたことおじいちゃんが亡くなり、おばあちゃんは下半身不随の重傷を負ったアウトドア活動の仲間が、「地球にしたら、ちょっと背中をかいたぐらいのこと」と言ったんです。本人は家が全壊したので、アウトドア用のテントで暮らしていました。つらい思いをおさえ、泣きごとをいわずに淡々と炊き出しの手伝いをする彼の姿には、被害が小さかった僕らのほうが励まされました。自然災害のなんたるかを、自然の一員として生きるとはどういうことかを考える機会となったことばです。(兵庫県洲本市 Y・Hさん43歳男性公務員)■風呂入っていき、風呂あるで!当時は中学生で、2カ月間避難所で過ごしましたが、離婚したばかりで家もなくしてしまった母がふさぎこむのを心配していました。1カ月ほどたったころだったと思いますが、自衛隊がお風呂の設営をしてくれたんです。迷彩服を着たお兄ちゃんが、「風呂入っていき、風呂あるで!」と声をかけてくれて、なんかうれしかったなあ。母も避難所の人たちも、お風呂に入ってから急に生気を取り戻した感じがありました。すこーし、生きる希望がわいたような。お風呂ぐらいでたいそうと思われるかもしれませんが、あのときはそれぐらい、温かいお湯がありがたかったです。女性にとってお風呂は大事ですが、それよりも、見知らぬ私たちのために必死でがれきを片付けてお風呂を用意して、毎日、陽気に声をかけてくれた自衛隊の人の温かさのこと、今でも母とよく話をします。(大阪市 N・Mさん33歳女性教師)■おまえ、合格するわ震災のときは、浪人生で大学受験直前でした。家は半壊して兄は足のけがで入院、母は兄に付き添い、僕と父は避難所生活。「さんざんやなあ」と自暴自棄になりかけていました。そんなとき、偶然、僕の志望校の大学生がボランティアで避難所にやってきて、3人の先輩たちに勉強を教えてもらうことができたんです。正直、予備校よりずっと勉強になりました(笑)そもそも、その志望校に合格するには成績が足らなくて無理があったのですが、ある日、一人の大学生が、「おまえ、この調子やったら合格するわ」と言ってくれたんです。それから、がぜんその気になって、夜はその人たちの家や下宿を渡り歩いて、ずっと勉強を教えてもらいました。泊めてもらったり食事を出してもらったりも。2カ月後に、本当に受かりました。これで家族や親せきも明るくなってくれました。避難所の人たちも、笑顔で「おめでとう」と言ってくれて思いっきりうれしかった。僕はあさってから会社を休んで、東北の被災地へボランティアに出かけます。(神戸市 K・Oさん35歳男性製薬会社勤務)胸がつまるような出来事を明るく語ってくださるみなさん。近所の人、ボランティアの人、自衛隊の人、医療関係の人、学校の先生たち、友達……に声をかけてもらって救われたというエピソードは数多くありました。皆さんの証言に共通するのは、「あいさつだけでもいいから、たとえひとことでも、周囲の人たちと声をかけ合おう」、「人は、助け合ってこそ生きていける」、「本当は災害時だけでなく、いつも助け合うべきなんだと気づいた」ということ。今、自分は何をどう思い、どう行動するべきか。皆さんのことばの力をお借りして考えたいと思います。(阪河朝美、品川緑/ユンブル)【関連リンク】【コラム】今こそ叫ぼう! 元気が出る30の「ほめ言葉」【コラム】「頑張れ」は言っちゃいけないって言うけど……理想の励ます方法は?【コラム】病気の方を励ますための方法
2011年04月08日夫婦の危機
体調悪い詐欺夫
義父母がシンドイんです!