2021年に乳がんが判明し闘病を続けている、こほこさんの体験を描いたマンガを紹介します。いよいよ入院する日が近付いてきたこほこさん。手術の説明を受けたこほこさんは夫にとあることをお願いします。そのお願いとは一体……。★関連記事:「まるでダンジョン!?」右乳全摘と同時再建手術前の検査ミッション! #乳がん絵日記 6私は「浸潤性小葉がん」の診断を受け、右乳の全摘手術を受けることになりました。同時に太ももの組織から乳房の再建をすることも決まり、着々と入院の日が近付いてきました。この日は手術の説明を聞くために夫と乳腺外科を訪れました。診察室に入ると、いつもの先生が待っていました。着席すると、早速手術の説明が始まりました。切除する範囲を正面と横から見たイメージで図示してくれました。「リンパ節に転移していたら、リンパを取ります」とのお話もあり、私はリンパが脇だけではなくあちこちにあることを知りました。電気メスを使用するので皮膚が焦げることもあるらしく……私よ、頑張れ! と自分を奮い立たせる。手術時間は乳がんの切除に2時間、再建に7時間の約9時間。その都度、担当の医師から夫に説明が入ることになっていました。切除した部分を見せてもらえるとのことだったので、夫に写真を撮ってもらうようにお願いしました!が、夫はここで痛恨のミス。手術当日は写真のことをすっかり忘れていたみたいでした。後日、病理診断の結果をいただくまでお預けになってしまいました。手術中、夫は病棟の面会室のような場所で読書をしたり、周辺を散歩しながら待機することになりました。コロナ禍のせいで病室での待機ができなかったんですよね……。乳腺外科で手術について説明を受けた後、お支払い窓口へ行きました。そこで限度額適用認定証という、高額な医療費の支払いが自己負担限度額までに抑えられるという証明書を提出しました。その後、入退院の窓口にて家族の連絡先などを書いた紙を提出。そこで改めてコロナ対策で面会ができないことや個室の確保が難しいことを教えてもらいました。一応個室を希望していたのですが、6人部屋になりそうとのこと。洗濯物の交換も難しそうだったのでパジャマとタオルはレンタルにしました。見本を見せてもらって、胸も脚も手術をするので浴衣タイプのパジャマを借りることに。そのとき、T字帯という下着も見たのですがふんどしだということを知り、やや衝撃を受けました! パンツタイプのものがあり、そちらにすることにしました。床頭台(ベッドサイドに置かれているテーブル代わりの収納台)も確認して、何を持ち込むか考えたりと快適な入院ライフを目指して準備を進めました。入院まで残り3週間。まだまだやることはありました。入院や治療中に虫歯が見つかると困るので、久々にかかりつけの歯医者さんへ。するとなんと軽い虫歯が!歯科衛生士さんに乳がんの手術をすることを話すると、歯科医に伝えてくれました。再受診ではなく、その場で治療してくれました。ありがたい〜!そして美容院にも行きました! 私は髪質が硬い上に癖っ毛で……髪が広がるのでくくっていることがほとんどでした。しかし、手術をしたらしばらく右腕が上げられなくなるので、髪がまとまりやすくならないか相談しました。すると、くくらなくてもいいようにストレートパーマを当てることに。時間がなく、飛び込みで行った美容院だったのですがきれいにしてもらえてよかったです。ー--------------コロナ禍の中では自由に面会もできず、寂しくなったり不安を感じたりしてしまいますよね。入院ライフをいかに快適にするか……悩ましいものです。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/こほこ2021年、乳がんになり右胸を全摘。「患者さんが残した記録が誰かのためになることもあるよ」と医師から聞き、絵日記を書き始める。夫と2人暮らしの40代。仕事も趣味も人生も楽しく継続中。Instagram:@co_4_co_kyoto
2022年07月21日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。【前回のあらすじ】脇の生検(細胞を採取して顕微鏡で調べる検査)をおこなった結果、脇のリンパ節にもがん細胞が転移していると判明。これを受けて、まずは抗がん剤投与による治療を数カ月おこなったのち、次に手術をすることが決まりました。医師の説明を聞きながらも、抗がん剤治療による副作用が不安で仕方ないあり子さんは、内心、「怖い……もう現実から逃げてしまいたい……」と暗い気持ちでいっぱいで……。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 もう逃げ出したい。でも、先生に勇気づけられて… 抗がん剤への不安でいっぱいで、頭の中がパニック状態だったあり子さん。もう逃げ出してしまいたいと考えるほど、気分も沈んでいました。でも、先生が「今、治療すれば治ります。頑張りましょう!」とやさしい言葉をかけてくれたおかげで、「頑張ろう!」と思えたのだとか。 そうして、今後の治療方針が正式に決まりました。治療方針が決まってから実際に治療が始まるまではとてもスピーディーで、約1週間後には抗がん剤投与が始まったそうです。 ちなみに、抗がん剤治療が始まるまでの間に、またもや胸の生検(細胞を採取して顕微鏡で調べる検査)を受けることに……。あり子さんは、生検の際に皮膚に針を刺される感覚がとても苦手。転院前の病院で胸の生検は一度受けたのですが、転院先の病院でも受けることになるとは……と、だいぶショックだったそうです。 ここまでが、乳がんの治療方針を決めるまでのお話になります。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年07月19日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。【前回のあらすじ】先週受けた検査の結果は、まさかの「転移あり」。思わぬ宣告に動揺を隠しきれないあり子さんですが、医師はそれでも淡々と治療方針の説明を続けます。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 治療方針が決まるも、不安だらけで… ※術前化学療法…手術の前に化学療法をおこない、次に手術をおこなう方法。 ※HER2(ハーツー)陽性乳がん…HER2細胞(がんの増殖に関わるタンパク質)が、多く見られるタイプの乳がん。治療には、通常の抗がん剤のほか、HER2のみを標的として攻撃する「抗HER2薬」が用いられる。※分子標的薬(ぶんしひょうてきやく)…がん細胞など、特定のタンパク質や遺伝子だけを攻撃する薬。抗HER2薬もこれに含まれる。 最初に乳がんが見つかってからここまでかなり長い道のりでしたが、ようやく本格的な治療が開始されることになりました。今後の流れとしては、 1.術前化学療法(抗がん剤)2.手術(腫瘍を切除)3.術後の治療(内容は未定) となることが決定。 この日、抗がん剤の具体的な説明を受けたあり子さんですが、どうしても「抗がん剤が怖い」というイメージが拭えず、医師の説明を聞いているときに不安がピークになってしまったそうです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年07月18日30代半ばで離婚して実家に出戻りした、40代独身マンガ家の大日野カルコさん。「くそ地味な日常」をマンガにされています。生理痛対策として、10年間超低用量ピルを服用している大日野さん。ふと、いつまで飲み続ければ良いのだろうと思い……。★関連記事:「憂うつからの解放!」生理痛対策として超低用量ピルを服用したら #くそ地味系40代独身女子 60どうも、くそ地味系40代独身マンガ家の大日野カルコです。かれこれ超低用量ピルを10年ほど服用していますが、ふと「あれ? これはいつまで飲み続けたらいいんやろ?」って思ったことがありました。毎日飲むのって面倒だしすぐ飲み忘れるし、年間トータルで約2万5000円くらいかかるので、結構な出費だよなぁ……と。【内訳】・1シート1530円くらい(1カ月分)×12カ月=約18,360円・半年に1回の超低用量ピル定期検診(血液検査+超音波検査で約6,000円くらい)生理痛がなくなったことにすっかり慣れてしまい、ちょっともったいないかも?と思ったのです。先生に聞いたら「妊娠したいと思うまで、もしくは閉経まで飲み続けるのがベスト」とのことでした。理由は「生理によって起こりうる婦人系病気のリスクを減らせる可能性があるから」とのこと(あくまで私が行ったクリニックの先生の見解です)。改めて「年間2万5000円で女性機能の安心が買えるんだ!」と思い直し、今では「女性機能メンテナンス自己投資」として超低用量ピルを服用しています。でも新たに「飲み続けている間は、排卵活動を抑制してる状態だから、更年期症状とかどう出てくるんだろう?」という疑問が出てきていますが、今のところはこれでヨシとしたいと思います。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック院長)日本医科大学産婦人科入局後、派遣病院を経て、米国ローレンスリバモア国立研究所留学。その後、日本医科大学付属病院講師となり、平成7年5月から三楽病院勤務。日本医科大学付属病院客員講師、三楽病院産婦人科科長を務めた後、退職。2004年2月2日より、三鷹レディースクリニックを開業。【天神先生からのアドバイス】大日野さんが服用している「ルナベル配合錠ULD」は、卵胞ホルモンの含有量が低用量と比較してさらに少ない超低用量ピルですが、子宮内膜症は内服を中止すると、月経がある間は再発の可能性が高いので妊娠希望までか閉経まで使うほうが良いと言われたのだと思います。ただし、40歳以上になると血栓症のリスクは上昇しますし、5年以上内服続けると乳がんのリスクが少々上がるといわれます。そのため、定期健診として1年に1回は子宮がん、乳がん検診と一般的な貧血、肝機能、脂質などの血液検査が勧められます。また、副作用のリスクが心配ならプロゲステロン療法つまり黄体ホルモン(ディナゲスト)に途中で変更することもできます。低用量ピル・超低用量ピルを飲んでいる間は、しっかりホルモンが内服で補充されているので、更年期症状は出ません。ちなみに更年期障害の人のホルモン補充療法の量の4倍から8倍のエストロゲン活性が低用量ピル・超低用量ピルにはあります。子宮内膜症は、ホルモン依存疾患なので、閉経になれば進行しないため、治療の必要はなく経過観察だけです。それとピルは、50歳以上はリスクが高いので、ガイドラインでも禁忌になっていて処方はしません。★関連記事:「私は若い」若者より動ける自信があったけれど孫の前ではボロ雑巾で… #五十路日和 53★関連記事:「石が全然出てこない」尿路結石を再発した夫の悲痛な訴え #ババア、健康になりたい 6★関連記事:「ズキッ!」職場に結婚報告をしたら、痛いところを突かれてしまい… #デブス女の修羅場 16著者/大日野 カルコ(42歳)くそ地味系マンガ家。著書にエッセイ漫画『39歳、私いつまでこのまんま?〜アラフォーからのマインドリセット』。ブログ「アラフォーからのやり直しLife」を日々更新。Instagram:@karukoohino
2022年07月18日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。【前回のあらすじ】医師に「脇の下もちょっと気になるので、念のため検査をしてから治療方針を決めましょう」と言われ、生検(その部位の細胞を採取し、顕微鏡で観察する検査)を受けたあり子さん。もし、がん細胞が脇の下にまで転移している場合は、抗がん剤で治療してから手術をおこない、転移がない場合は、手術をしてから抗がん剤治療、の流れになるとのこと。気になる検査の結果は……。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 どうか、転移していないと言ってほしい 乳がんの告知を受けてから手術を受ける心構えはできていた、と語るあり子さん。でも、抗がん剤に関しては副作用が強いイメージがあってどうしても不安だったので、抗がん剤治療を受ける覚悟はまだできていなかったのだとか。 そのため、検査結果を待っている間はずっと不安で毎日考えてしまい、医師に結果を告げられる夢を見ることもあったそうです。 しかし……結果はまさかの「転移あり」でした。 確かに、以前に医師が「脇の下が気になります」と触診の際にポロッと言ったこともあったのですが、本当に転移していたとは……。 ここから、抗がん剤投与による本格的な治療がスタートしたのです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年07月15日2021年に乳がんが判明し闘病を続けている、こほこさんの体験を描いたマンガを紹介します。今回はこほこさんがたくさんの検査をこなすお話です。手術の日が決まり、それに向けて検査を受けるこほこさん。あまりの検査数にこほこさんが思ったこととは。★関連記事:「そういうこともあるわよ!」がんになったことを周りの人に伝えると… #乳がん絵日記 5私は「浸潤性小葉がん」の告知を受けました。今は家族や職場にがんと手術について伝え、あとは治すだけ! という状態。右乳の全摘とともに同時再建をすることになっていたので、手術に向けてありとあらゆる準備をし始めました。手術前、私はもう一度造影MRIを撮影してもらうために病院へ向かいました。更衣室には私以外の患者さんもいて、どこまで服を脱げば良いのかという話題で盛り上がっていました。私はいつも全部脱ぐようにしています。ウエストがゴムのスカートならはいていても良いのでは? と思いつつ、潔く脱衣!造影MRIを撮影した直後、平衡感覚がおかしくなってしまったのか体がふわっとしてしまいました。そこをガシッと受け止めてくれたのは放射線技師さんでした。かっこいい、好き……! なんてことを思いました(笑)。造影剤の副作用なのか疲労からなのか、帰宅途中に軽い頭痛と胃のムカつきを感じました。この日は大事をとって仕事は休みをいただきました。検査結果はすぐに出たのですが、がんがすべて写っていたのかわからなかったため全摘にしてもらうことになりました。部分摘出にならないか期待していたのですが……そこはどうしようもありませんでした。造影MRIを撮影した日、他にも検査をおこないました。いろいろな場所をめぐりながらの検査はまさにスタンプラリー。検査をしながら歩き回る病院はまるで迷宮、ダンジョンでした! 病院があまりにも広くて迷いそうになり、ダンジョンを攻略しているような気持ちになりました。検査をしながら病院内を巡り、院内マップと天井に吊るされている案内板を頼りに目的地である受付を目指しました。私は唯一受け身じゃない検査であった肺機能の検査で良い結果を残したく、全力で息を吐き切りました! 太い管に向かって息を吐いて、やり直しを挟みつつもなんとかクリア。順調に検査をこなしましたが、私にはあることが引っかかり続けていました……。手術の1カ月半前、私は同時再建の相談をするために形成外科を受診していました。というのも、乳房再建は自家組織による再建と人工物(シリコンインプラント)による再建があります。「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」という本を読み、自分は自家組織での再建をしたいとなんとなく思い、形成外科で相談をしました。背中、おなか、太もものいずれかから移植するので、おなかと太もものエコー検査をしてもらいました。その結果から、私は太ももから組織を移植することに。洋梨体形なので太ももの肉付きには自信がありました(笑)。私がずっと気になっていたこと、それは右乳の再建をしたとき乳輪と乳頭はどうなるのかということでした。乳輪も乳頭も残したいな〜、でも無理だよな〜と思っていました。ですが、乳輪と乳頭の再建もできるとのこと! そのことを聞いたとき、霧がバァーと晴れたような気持ちになって……何とも言えないうれしさがありました。このころは仕事も繁忙期だった上に、いつも緊張していて食欲不振になっていました。「自家組織から再建するなら太ったほうがいいかも……?」と乳腺外科の先生に言われたので、近所で評判のタピオカ屋に行ったりしてカロリー摂取をしていました!ー--------------手術のためにいろいろな検査をおこなったこほこさん。病院ってとても広いのでたしかに迷路みたいで迷ってしまいそうですよね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/こほこ2021年、乳がんになり右胸を全摘。「患者さんが残した記録が誰かのためになることもあるよ」と医師から聞き、絵日記を書き始める。夫と2人暮らしの40代。仕事も趣味も人生も楽しく継続中。Instagram:@co_4_co_kyoto
2022年07月14日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。【前回のあらすじ】乳がんの具体的な治療方針を決める段階に入ったあり子さん。医師からは、「脇の下のリンパ節で生検(細胞組織を採取して顕微鏡で見る検査)をしてみて、そこにがんが転移しているか、いないかで今後の治療方針を決めましょう」と言われました。もし、左胸のがん細胞が脇にまで転移している場合は、先に抗がん剤治療をおこない、転移していなければ手術を先におこなうことになったのです。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 脇の生検もやはり怖かった…! 脇のリンパ節の生検は、注射針ほどの細い針でおこなうため、特に局所麻酔はなかったそう。針を刺されると想像しただけでも痛そうですが、麻酔なしで耐えなければならないケースもあるのですね。 ちなみに、あり子さんは普段からかなり脇汗をかくほうで、この日も緊張と不安で脇汗がダラダラ。生検が終わったあと、針で刺したところに脇汗がしみてちょっぴり痛かったそうです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年07月11日2021年に乳がんが判明し闘病を続けている、こほこさんの体験を描いたマンガを紹介します。今回は乳がんの告知を受け、手術をすることになったこほこさんが家族や職場の人にカミングアウトをするお話です。夫以外の人に初めて病気になった話をすることに少し緊張していたこほこさん。周りの人の反応は一体……。★関連記事:「全摘になります」手術の説明を聞いた夫がとった行動とは #乳がん絵日記 4「浸潤性小葉がん」の告知を受けた私。右乳を全摘する手術をすることになりました。同時再建もおこなうことにし、手術日も無事決定しました。手術日が決まった翌日、職場への報告をしました。普通に話すつもりだったのですが、自分の病気について他の人へ話をしたことがなかったのですこぶる緊張しました!がんも手術もどこかひとごとに思っていたのですが、口に出してようやく実感しました。コロナ禍ということもあり、オフィスはテレワーク中で人がまばらな状態でした。その日、上司の1人が出社していたため、まずその上司を確保しました。続けてテレワークをしているもう1人の上司にZoomをつなぎ、がんと手術について話をしました。少し情緒が不安定になってしまい、説明がグダグダになってしまいました。しかし、2人の上司はそれをやさしく受け止めてくれました。私が休職している間の引き継ぎや情報共有に関しては上司の判断に任せることにしました。人事の方に休暇取得の方法を聞きに行くと、「病気が見つかってよかったね。人間ドックへ行ってよかったね」と言ってくれました。私は本当にそうだな、ちゃんと見つかってよかったなと心から思いました。そしてその週末、急遽実家へと帰省しました。母は先約があり、家を空けていたので帰るまで待ちました。その間に父と姉にがんと手術の話をしました。どんな反応をされるのか様子見しすぎてしまい、胃がキリキリと痛みました。でも、しっかりと話ができてホッとひと安心しました。登山から母が戻ってきたので、父と姉に話をしたのと同じことを言いました。心配をかけてしまうかもと思っていたのですが、「そんなこともあるわよ!」とひと言。それから「こんな小さい胸のどこにがんができるんかね〜」と笑ってくれました。本当に! 小さいのにね(笑)! 私のひいおばあちゃんも乳がんを患ったことがあるらしく、それでもずっと元気だったと母は教えてくれました。母の言葉に不安が紛れ、あとは治すだけだ! と気持ちが前に向きました。ー--------------自分の病気について他の人に話をするとき、何を言われるのか、どんな反応をされるのか、いろいろなことを考えてしまいますよね。そんなときに前向きな言葉をかけてもらえるとうれしいですね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/こほこ2021年、乳がんになり右胸を全摘。「患者さんが残した記録が誰かのためになることもあるよ」と医師から聞き、絵日記を書き始める。夫と2人暮らしの40代。仕事も趣味も人生も楽しく継続中。Instagram:@co_4_co_kyoto
2022年07月04日ドラマ版の続編を16年ぶりに描く映画『Dr.コトー診療所』が、2022年12月16日(金)より公開される。主演は吉岡秀隆。医療ドラマ「Dr.コトー診療所」が映画化「Dr.コトー診療所」は、2003年フジテレビの木曜10時枠で放送された連続ドラマ。累計発行部数1200万部を超える山田貴敏の同名コミックをドラマ化したものだ。物語の舞台は、僻地の離島。東京から赴任してきた外科医“Dr.コトー”こと五島健助と島の人々との関わり合いを通して、命の尊さを描いた。ドラマ「Dr.コトー診療所」は、シーズン1でヒットを飛ばし、シーズン2でも高視聴率を記録。今もなお、医療ヒューマンドラマの金字塔として語り継がれている。16年ぶりにドラマ版の続演を描くそんな人気ドラマが、満を持して映画化。映画『Dr.コトー診療所』では、青い空と美しい海、雄大な自然に囲まれた志木那(しきな)島の舞台はそのままに、16年経った今も変わらず島の人々と寄り添いながら生きるDr.コトー・五島健助の新たな物語を描く。Dr.コトーは吉岡秀隆が続投主人公・コトー=五島健助(ごとうけんすけ)...吉岡秀隆本土からフェリーで6時間かかる絶海の孤島・志木那島に、東京から19年前にやってきた。島に住む“たったひとりの医師”。以降、島民すべての命を背負ってきた。島民に対する愛情や優しさで治療をする。連続ドラマ「Dr.コトー診療所」から主演を務める吉岡秀は、若干7歳で『八つ墓村』に映画初出演すると、その後も山田洋次監督の映画『男はつらいよ』シリーズや、倉本聰脚本の「北の国から」シリーズなど国民的ヒット作に出演。2005年、2007年にそれぞれ公開された『ALWAYS 三丁目の夕日』と、続編『ALWAYS 続・三丁目の夕日』では日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞するなど、日本が誇る名優の1人が、Dr.コトーとして再び帰ってくる。柴咲コウはじめ豪華キャストが再集結ドラマ第1シリーズから、コトーにとってのかけがえのない家族を演じてきたレギュラーキャストたちが、映画化のために再結集する。また、コトーと彩佳が結婚し、新たな命を授かっていることも発表。どんな物語が新たに紡がれていくのか、志木那島の“今”がどう演じられるのかに注目だ。■五島彩佳(星野彩佳、ほしのあやか)...柴咲コウ志木那島診療所の看護師。長年コトーを支えてきた。「Dr.コトー診療所 2006」では母親の脳内出血による半身麻痺をきっかけに東京でリハビリの勉強をすべく島を出ることを決意。さらに東京で乳がんを患っていることが発覚し、コトーに支えてもらいながら治療をしていた。コトーが執刀した手術を経てその後、寛解。映画「Dr.コトー診療所」の設定では、数年前にコトーと結婚し、現在、妊娠7か月。高齢出産になることを覚悟しながら、診療所の看護師として働いている。もうすぐ、コトーは父親になる。■原剛利(はらたけとし)...時任三郎志木那島の漁師。かつて島の医師に妻を救ってもらえなかった経験から、赴任してきたばかりのコトーを全く信用していなかったが、一人息子・剛洋が急性虫垂炎になった際にコトーに命を救ってもらった。自分の後を継いで漁師になってほしいと願っていた息子がコトーに憧れ医師になること目指していることを知り、最初はぶつかっていた親子ではあったが、じきに背中を押し応援するようになる。現在は、漁師を続けているものの、島を出て行った剛洋とはしばらく会っていない。■剛洋(たけひろ)...富岡涼剛利の息子。かつてコトーに命を救ってもらったことをきっかけに、コトーのような医者になりたいと志す。その後、医者になるため中学受験し、東京の進学校へ無事入学した。現在28歳。2006年の第2シリーズ以降、芸能界を引退していた富岡涼が、この映画のためだけに役者復帰を果たす。■西山茉莉子(にしやままりこ)...大塚寧々島民が集うスナック・まりの店主。東京で子供を産み、その後離婚し単身で島へやってきた。■杉本竜一(すぎもとりゅういち) ...神木隆之介西山茉莉子(大塚寧々)の息子。離婚した茉莉子が志木那島で暮らす中、東京で暮らす竜一だったが、「Dr.コトー診療所」第一シリーズで母親に会うために一人で志木那島へやってくる。最初は関係にぎくしゃくしていたものの、島で一緒に過ごすうちに親子の関係を取り戻していく。■安藤リカ(あんどうりか)...伊藤歩重雄(泉谷しげる)の一人娘で彩佳(柴咲コウ)の幼馴染。東京で美容師になるため島を離れていたが、子供を身籠り、ある日、一人で子供を産む決心をして島へ帰ってくる。■仲依ミナ(なかいみな)...蒼井優「Dr.コトー診療所2006」では彩佳の不在の間に志木那島の看護師を務めていた。手際が悪く、血を見て倒れてしまうなど頼りなかったが、和田(筧利夫)の助けもあり頼られる看護師に成長。志木那島には、元旦那のDVもあり逃げるようにやってきた。■鳴海慧(なるみけい)...堺雅人東京の病院の外科医。冷徹な性格。乳がんを患った彩佳(柴咲コウ)の主治医。病気の妻を執刀し寝たきりとなってしまった過去をもつ。それにより身内の患者を目の前にすると冷静さを欠くと考え、患者と家族のように向き合ってきたコトーとは真逆の考えをもつ「Dr.コトー診療所2006」では彩佳の手術に動揺するコトーを奮起させながら、ともに手術を担当し無事成功させる。■坂野孝(さかのたかし)...大森南朋志木那島支所の支所長の職員。現在は定年した正一に代わって島の医療のために動き回る立場にある。新キャストに髙橋海人(King & Prince)、生田絵梨花新キャストとして、映画『アキラとあきら』に出演し、ドラマ「ボーイフレンド降臨!」では初の単独主演も務めるKing & Princeの髙橋海人、「ロミオ&ジュリエット」「レ・ミゼラブル」など、数々の名作ミュージカルで活躍し、映画『コンフィデンスマン JP 英雄編』やドラマ「オールドルーキー」でも演技を見せる生田絵梨花が登場する。■織田判斗(おだはんと)…髙橋海人(King & Prince)志木那島に2カ月間、へき地医療の勉強でやってきた新米医師。大病院の御曹司で一見チャラそうな見た目とふるまいから島民には受け入れられないが、それでいて腕は悪くなく、物事を冷静に見ている一面もある。判斗とコトーは、医療に対しての向き合い方が違い、判斗自身は現実主義でマニュアルに従って今までやってきたタイプ。尚、髙橋海人が医師役を演じるのは映画『Dr.コトー診療所』が初となる。■西野那美…生田絵梨花彩佳に憧れて、数年前から診療所の看護師を務める。幼いころから島に住む祖母と暮らしていたこともあり、島民とも顔なじみ。しっかり者で男勝りな性格。■西野美登里…藤田弓子那美の祖母。『Dr.コトー診療所』シリーズ続投キャスト■安藤重雄...泉谷しげる元・漁労長。引退後も漁業協同組合のご意見番。しげさんの愛称で親しまれている。お調子者で口が悪いが、剛利が多額の借金を背負ってしまった際には、漁師仲間と助けようとするなど義理堅い。安藤リカ(伊藤歩)の父親。■和田一範...筧利夫診療所でコトーを手伝っている市役所の職員で、もっとも近くにいる一人としてコトーの理解者でもある。16年経った今でも診療所を手伝っている。■星野昌代...朝加真由美彩佳の母。ドラマ「Dr.コトー診療所 2004」で脳内出血により倒れる。コトーの緊急手術によって一命は取り留めたものの、半身麻痺の後遺症が残る。■星野正一...小林薫彩佳の父でコトーを志木那島診療所の医師として招いた元・村役場の民生課課長。現在は村役場を定年退職し、半身麻痺の妻・昌代の介護をして暮らしている。ドラマ版スタッフが再集結監督は、ドラマシリーズを手掛けた中江功。脚本も、ドラマシリーズから引き続き吉田紀子が務める。また、撮影、照明、美術、音楽など制作スタッフも、映画『Dr.コトー診療所』のために再集結した。連続ドラマの放送が終了した後も、「吉岡さんとは雑談も交えて、続編の可能性について会うたびに話していた」という中江功監督。16年ぶりに映画化に至った経緯について、昨今の状況を受けて「人の生死について考えることがありました。そのなかで「もう一度このメンバーで『Dr.コトー』を作りたい」という話になりました」と明かしている。映画主題歌は中島みゆきの名曲「銀の龍の背に乗って」映画主題歌は、中島みゆきの「銀の龍の背に乗って」。ドラマのために書き下ろされた曲であり、2003年放送のドラマシーズン1から、2004年のスペシャルドラマ、そして 2006年のドラマシーズン2に至るまで、シリーズを通して主題歌として起用されてきた名曲が、映画版でも楽しめる。〈映画『Dr.コトー診療所』あらすじ〉日本の西の端にぽつんと在る美しい島・志木那島。19年前東京からやってきた五島健助=コトー。長い年月をかけ、島民はコトーに、コトーは島民に信頼をよせ、今や彼は、島にとってかけがいのない存在であり、家族となった。今日も島民とともに、そこで静かに暮らしている。2022年現在、日本の多くの地方がそうであるように、志木那島もまた過疎高齢化が進んでいる。現実を前にしながらも、コトーの居る診療所があれば「まあ、大丈夫だろう」と、皆心のどこかで思っていた。16年間多々今も蒼く広がる海や水平線、波の音、夜空の星の輝きは変わらないが、島は少しずつ変化している。そんな診療所の穏やかな日常にもある変化が忍び寄っていることを、誰もまだ気づいてはいない―。作品詳細映画『Dr.コトー診療所』公開日:2022年12月16日(金)出演:吉岡秀隆、柴咲コウ、時任三郎、大塚寧々、髙橋海人、生田絵梨花、蒼井優、神木隆之介、伊藤歩、堺雅人、大森南朋、朝加真由美、富岡涼、泉谷しげる、筧利夫、小林薫監督:中江功脚本:吉田紀子原作:山田貴敏「Dr.コトー診療所」(小学館)
2022年07月03日6月17日、厚生労働省は初めて行った更年期障害に関する意識調査の結果を発表。それによると、50代女性で「更年期障害の自覚症状がある」と答えた人は38.3%いるにもかかわらず、「医療機関を受診して更年期障害と診断された」と答えた人はわずか9.1%。つらい症状があっても病院にかからない人が多いという実態が浮き彫りになった。「更年期障害は治療すれば治るということを知らない人がたくさんいるのだろうと思います。『この程度で受診したら笑われるのでは』と、医療機関を受診することをためらったり、治療のイメージを持てなかったりする人が多いのでしょう」こう語るのは、よしかた産婦人科の善方裕美院長だ。更年期障害とは、閉経前後の約10年の間に「エストロゲン」という女性ホルモンの低下によって引き起こされる、ホットフラッシュやめまい、イライラや気持ちの落ち込みなどの症状が日常生活に支障をきたす状態のこと。つぎのチェックリストで1つでも当てはまる項目があり、日常生活に支障が出ていたら更年期障害の可能性が高いという。〈更年期の不調チェックリスト〉□ 顔がほてる□ 汗をかきやすい□ 息切れ、動悸がする□ 怒りやすい、すぐにイライラする□ くよくよしたり、憂鬱になったりすることがある□ 頭痛、めまい、吐き気がよくある□ 疲れやすい■本誌女性記者も、治療約1カ月で劇的改善「更年期障害と診断された場合、治療法として代表的なものが、『ホルモン補充療法(HRT)』。加齢とともに少なくなった女性ホルモンを体内に投与することで更年期障害の症状が改善されるのです」そう教えてくれたのは、成城松村クリニックの松村圭子院長。本誌の女性記者も、ホットフラッシュやめまいなどのひどい更年期障害の症状に悩まされていたが「ホルモン補充療法」を行い、処方から1カ月ほどで症状が劇的に改善した経験がある。そんな「ホルモン補充療法」とはいったいどんな治療法なのだろうか。前出の松村先生に解説してもらった。「不足してしまったエストロゲンを体内に補充する治療ですが、エストロゲンだけを補充すると、子宮内膜が厚くなり、子宮体がんを発症するリスクが高まってしまうことに。そのため、エストロゲンによる子宮内膜の増殖を抑えるためにプロゲステロンという黄体ホルモンも併用します」更年期障害の自覚があり、ホルモン補充療法を受けたいと思った場合、どのような診断を経て処方してもらえるのだろうか。【1】カウンセリング・血液検査悩まされている症状が、更年期障害によるものであるかを見極める。判断基準の一つとして女性ホルモンなどの数値を測る血液検査を行う。「更年期の症状は200種類もあるといわれているので、本当にそれが更年期によるものなのか、まずはじっくりカウンセリングを行います。また、血液検査でE2というエストロゲン値と、エストロゲンを出すように促すFSHというホルモン値を参考にすることもあります。それらを総合的に判断して、更年期障害かどうかを診断していくのです」(善方先生)【2】乳がん・子宮がんの検査診断されてもすぐに薬が処方されるのではなく、治療を行っても問題ないか、持病や病歴を必ずチェックする。「乳がん、子宮頸がん、子宮体がん検診で異常がないか確認しておくことは必須。ホルモン補充療法で投与する女性ホルモンが、病気の進行や再発のリスクを招く場合があるためです。ほかにも心筋梗塞や脳卒中の病歴がある人も受けられないため、事前に確認を行います。がん検診の場合、1年以内の検診の結果があれば検査を新たに行わなくてよいので、自治体が行っている検診を定期的に受けておくのがオススメです」(松村先生)【3】自分に合った処方薬を選ぶホルモン補充療法の処方薬はさまざまで、「貼る」「塗る」「飲む」の3つのタイプがある。〈貼る〉:腹部などに貼ることで皮膚から直接血管に吸収されるため、胃腸や肝臓への影響が少ない。併用する黄体ホルモンが配合されたものが手軽で人気。〈塗る〉:ジェルもしくはクリーム状の薬を塗ることで皮膚から血管に吸収され、胃腸や肝臓への影響が少ない。併せて錠剤の黄体ホルモンを服用する。〈飲む〉:錠剤を飲むタイプで薬の増量や減量が簡単。ただし、薬は胃腸から吸収され、肝臓を通って血液中に入るため、胃腸や肝臓の弱い人には不向き。■初めての場合はどのタイプ?初めての場合はどのタイプがよいのか。「処方薬には大きく分けてパッチ、ジェルといった経皮薬と、錠剤などの経口薬があります。皮膚から直接血管に吸収される経皮薬から始める人が多いですね。というのも、飲むタイプとは異なり、胃腸や肝臓を通らないため、臓器への負担を減らすことができるから。パッチタイプであれば、基本的に錠剤として併用する黄体ホルモンもパッチで一緒に投与できるため、初めての方でも手軽に始めやすいのです」(善方先生)かかる費用も気になるところだがーー。「保険適用となっているため、基本的にどのタイプでも、診察代を除いて、月1000~2000円程度で続けることができます」(善方先生)副作用についてはどうだろうか。「不正出血、下腹部や胸の張りといった副作用はありますが、生理2日目のような大量の出血が続くことはまれで、生理の終わりかけの量の出血が数日続く程度。それも続けるうちに治まってくる場合が多いです」(善方先生)長い間治療を続けることでがんへの影響などはあるのか。日本産科婦人科学会と、日本女性医学学会による『ホルモン補充療法ガイドライン』によると、ホルモン補充療法が乳がんのリスクに与える影響は小さいと指摘している。「がんになるリスクはほとんどないと考えられます。乳がんに関しては、治療していない人に比べて、1.3倍ですが、治療薬の使用期間が5年未満の人であれば、リスクは治療していない人と変わりません。喫煙や飲酒の習慣のほうが影響が大きいというデータもあるほどです」(善方先生)■髪や肌のツヤがアップする美容効果もそして、症状が改善されるほか女性にとってうれしい“副効果”もあるという。「血管の老化を抑えてくれるというメリットがあります。骨粗しょう症の予防にも効果がありますし、抜け毛で悩んでいた患者さんの髪のツヤが戻った、肌の調子もよくなったと、という声も聞きます。更年期障害の症状を改善するのが目的ですが、美容的効果もあるのです」(松村先生)適切な治療を受けることで得られるメリットは大きい。つらい症状に悩まされている人たちにとって、検討してみる価値はありそうだーー。
2022年07月01日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。前回、乳がんの治療費が想像以上に高額になるとわかり、「がん保険に入っておけばよかった」と後悔したあり子さん。いよいよ乳がんの治療方針を決める段階になり、先日受けた検査の結果を聞きに行くことに。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 検査の結果は… この時点ではまだ治療方針が定まらず、一度、脇の下のリンパ節の生検(組織の一部を切り取って顕微鏡で詳しく見る検査)をおこなうことに。 その結果次第で、・脇のリンパ節への転移ありの場合は、抗がん剤→手術・脇のリンパ節への転移なしの場合は、手術→抗がん剤の順番で治療をおこなうことになりました。 このころはまだ、あり子さんには抗がん剤の知識がほとんどなく、「抗がん剤は副作用が強いと聞くから怖い」と、抗がん剤治療への漠然とした恐怖を抱いていたそう。 しかし、実際の抗がん剤治療を経て、「抗がん剤での治療は確かに大変。でも、つらいことは医師に相談して副作用を抑える対処をして、いかにうまく副作用と付き合えるかが大切」という考えに今は変わったのだそうです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年06月27日2021年に乳がんが判明し闘病を続けている、こほこさんの体験を描いたマンガを紹介します。今回は乳がんの診断が確定したこほこさんの今後についてのお話です。浸潤性小葉がんの診断を受けたこほこさん。一体どのように治療するのでしょうか。★関連記事:「乳がんにも種類があるんだ…」告知された病名は聞いたこともないもので… #乳がん絵日記 3人間ドックでマンモグラフィー検査を受けたことをきっかけにエコー、造形MRI、針生検の検査をした私に下されたのは「浸潤性小葉がん」。ショックを受けながらも、転移がないか確認するためにCT検査をおこなうことになりました。告知の際に手術をすると言われましたが、まだ考えがまとまらない私にはどこか他人事のように思えました。右乳がんであると告知を受けた後、看護師さんと少しお話をしました。メンタル面のフォローをしてもらっているうちにCT検査をする時間になりました。頭は回っておらず、言われるがままCTの台に寝転び脇を見せました。この検査では全身に転移が回っていないかを確認するそうでしたが、気の抜けた返事しかできませんでした。左手に造影剤を注射し、手が冷えておしりが温かくなるのは造影MRI検査と同じでした。頭の上に輪っかのようなものがあるのがどうにも気になり……目を閉じて検査を受けました。でも造影MRI検査よりも静かなのはよかったです! 検査結果は2日後に出るとのこと。手術は系列の別病院で受けることになっていました。なので検査結果を受け取り、紹介状と一緒に紹介先の病院へ行くことになりました。告知を受けてから3日後。夫とともに紹介先の病院へ。この病院で手術すると思った決め手は、告知してくれた先生がいるからでした。診察室に入ると少し違う白衣を着た先生が! この日は今後の手術について話をしました。前の病院で撮影した造影MRI検査では、どこに腫瘍があるかはっきりしていませんでした。ですがマンモグラフィーの石灰化の広がり方や小葉がんであることなど、いろいろなことを踏まえて全摘になるとのことでした。同時再建ができる日を手術日に設定しましたが、私にはあるモヤモヤが……。それは、部分切除にできないかということでした。私が諦めきれないでいると、夫が「もう一度MRI検査をお願いします!」と言ってくれました。夫よ、なんてやさしさなんだ!それ以外にもセカンドオピニオンについても聞いてくれました。その後、エコー検査をしたのですが「やさしい旦那さんですね〜」とひと言。良い夫を持ったな、と惚れ直してしまいました。ー--------------乳がんの摘出手術をすることになったこほこさん。やはり全摘となると思うことはたくさんありますよね。それを察して発言してくれた夫さんはすてきな方ですね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/こほこ2021年、乳がんになり右胸を全摘。「患者さんが残した記録が誰かのためになることもあるよ」と医師から聞き、絵日記を書き始める。夫と2人暮らしの40代。仕事も趣味も人生も楽しく継続中。Instagram:@co_4_co_kyoto
2022年06月21日閉経前後5年間の更年期は体調を崩しがちですが、少しでも快適に過ごす方法はないのでしょうか。レディースクリニックで受けられる女性ホルモン対策、低用量ピルとホルモン補充療法について、産婦人科医・漢方内科医の駒形依子先生に聞きました。教えてくれたのは…監修/駒形依子先生(こまがた医院院長)東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。★関連記事:「知っておきたい!」女性ホルモン検査で何がわかる?閉経の時期はわかるの?【医師が回答】低用量ピルは初回の場合40歳以降には処方されない低用量ピルとは、女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンが含まれる薬で、●生理痛の緩和●経血量の減少●生理前の不調(PMS・PMDD)の改善●貧血の改善などの効果があります。卵巣機能の働きを抑える効果があるため、生理の緩和のほか避妊薬として活用する人もいます。低用量ピルは初めて使う場合、40歳を過ぎている女性には、基本的には処方ができません。血栓症などのリスクが高まるためです。そのため、40歳以降で更年期症状を緩和したいという場合はホルモン補充療法や漢方薬が適しています。どんな状態ならホルモン補充療法を受けられる?ホルモン補充療法は、●ホットフラッシュ●頭痛●動悸●冷え●腰痛●うつ気分●不眠症状●皮膚のかさつき、くすみなどの症状に効果があります。補充するホルモンは人によって異なりますが、エストロゲンとプロゲステロン両方が含まれたものが主流です。「どれも私に当てはまる!」「今スグしてほしい!」という方もいますが、毎月生理が来ている場合、基本的にホルモン補充療法はおこないません。毎月生理が来ているということは、女性ホルモンが出ているということ。多少、量が減ってバランスを崩しているかもしれませんが補充するほどではないという判断になります。というのも、ホルモン補充療法は不正出血のほか、子宮体がんや乳がんの発症リスクを抑えながら慎重におこなう必要があるためです。子宮体がん、乳がんを経験している方や血液をサラサラにする薬を内服している人には原則禁止となります。また、家族や親族に体がん、乳がんを経験した方がいる場合は禁忌、または慎重投与となります。ホルモン補充療法を始めるには、●生理が不定期であること●卵巣機能の低下が検査で認められること●更年期症状が強いことといった条件が必要です。更年期の症状があれば健康保険が適用されます。薬は内服薬、貼り薬、塗り薬、腟剤と種類があり、種類と量によって違いますが、薬代は月に2,000~3,000円ほどになります。ホルモン補充療法を始めるにはどうすればいい?更年期症状をメインに診察しているクリニックに相談してみると良いでしょう。ホームページなどで、ホルモン補充療法の良い面、リスク面もしっかりと説明しているか、チェックしてみてください。また、ホルモン補充療法は子宮体がんと乳がんの検査を定期的に受けながらおこなうのが望ましいので、がん検査のフォローが手厚いところが良いですね。また、ホルモン補充療法は何歳からどのような症状で治療を始めたかで投与できる期間が変わってくるので、私のクリニックでは1~2年ほど様子を見て基本的には量を減らしていきます。肌や髪が若々しくなるなどの美容効果もあるため、閉経後5年たってもやめたがらない人が多いのですが、年齢を重ねれば重ねるほど他の病気の治療、発症の可能性も考慮しないといけません。ホルモン補充療法を始めるなら、必要以上に依存しない、という自立した姿勢が求められると思います。その点、漢方薬はそういったリスクはありません。漢方薬も1つの選択肢に入れると良いでしょう。まとめいかがでしたか? 「毎月生理は来ているけれどなんとなく不調があるという人には、ホルモン補充療法は向かない」という先生のお話にびっくりしました。自分の体調、症状を見ながら、一番適した方法で閉経前後の時期を乗り切りたいものです。取材・文/岩崎みどり(48歳)ライター歴25年。35歳で第1子、38歳で第2子出産。最近、たるみが加速して二重あごが悪化。身長153㎝なのにLサイズの服が少しきつくなってきて……人生最後のダイエットを計画中。著者/監修/駒形 依子 先生東京女子医科大学医学部卒業。米沢市立病院入職後、再び東京女子医科大学に戻り、専門医を取得。同大学産婦人科に入局し産婦人科医として働きつつ、性科学を学び、また東京女子医科大学東洋医学研究所で東洋医学を学ぶ。2019年1月に地元山形県米沢市にて、こまがた医院を開業。著書に『子宮内膜症は自分で治せる(マキノ出版)』『膣の女子力~女医が教える「人には聞けない不調」の治し方(KADOKAWA)』。
2022年06月21日〈はじめまして「線虫くん」です〉そんなフレーズとともに始まるCMを見たことがある人も多いだろう。これはHIROTSUバイオサイエンス社が行っている線虫によるがん検査「N-NOSE」のCM。たった1滴の尿から、がんが発する“におい”を線虫がかぎ分け、早期がんを見つけ出すことができるのだという。このように、がんの検査の方法や精度は日進月歩で進化している。「がんが進行すれば、体への負担ばかりでなく、経済的負担も大きくなります。早期発見、早期治療が重要なのです」こう語るのは、常磐病院(福島県)の医師・尾崎章彦さんだ。全国で約2千500の病院が加入する「公益社団法人全日本病院協会」では、登録病院からのデータをもとに、さまざまな病気で入院した場合にかかった費用の平均値を出している。(早見表の拡大版はこちら)がんについては、胃がん、大腸がん(結腸・直腸)、肺がん(気管支含む)、乳がんの、ステージごとに1回の入院にかかるお金が算出されている。■一定額以上の医療費は高額療養費制度の対象に2020年度の年間集計を見ると、大腸がん(直腸)の場合、がんが上皮細胞内にとどまっている「ステージ0」なら入院費用は約66万円だが、筋肉層にいたった「ステージ1」だと約145万円と、およそ79万円も高くなることがわかる。リンパ節への転移はないが、筋肉層を越えてがんが浸潤している「ステージ2」は約158万円、リンパ節への転移のある「ステージ3」は約143万円と高額の医療費がかかる。一方で、がんが他臓器に転移した「ステージ4」は約90万円と、入院費用は大幅に減るのだ。胃がんなどでも同様の傾向がある。「早期であれば体の負担の少ない内視鏡などでがんを取るなどするため、入院日数も短く済みます。ステージ2、ステージ3と進めば、体の負担の大きな手術や治療が増えてくるため、入院費用が高くなるのでしょう。しかしステージ4ともなると、手術ができないケースが多くなるため、入院費用も下がるようです。ただし、大腸がんなどは、ステージ4で肝臓などに転移していても、ケースによっては、抗がん剤などでがんを小さくしてから、手術で患部を取り除くコンバージョン手術で寛解する可能性があるので“ステージ4=手術できない”訳ではなく、希望もあります」(尾崎さん、以下「 」内は同)これらの医療費の窓口負担は1〜3割で、一定の金額を超えると「高額療養費制度」を利用することになる。「同月内の医療費が、限度額を超えると(一般的な収入の場合、9万円ほど)、超えた医療費が支給される制度です。ただ、月をまたいだ入院になると、月ごとに限度額を支払うことになり、家計にとって重たい負担になります」また、がんの進行度を表すステージごとの生存率を見ても、がんの早期発見・早期治療のメリットが見えてくる。「全国がんセンター協議会」の資料によると、50代女性の、ステージ4の胃がんの5年生存率は5%だが、ステージ3は56%、ステージ2は75.8%、ステージ1となると98.5%と、早期であればあるほど、如実に生存率が高くなっていくのだ。「がんを患うと、入院、手術ばかりでなく、状況に応じてその後も抗がん剤治療や放射線治療、定期的な検診も必要です。がんが進行すればするほど、体にも家計にも負担は大きくなっていくのです」就業に影響が及べば、収入減にもつながる。今一度、がんの予防、そして早期発見を心がけておきたいところだ。■肺がんはエックス線で見つかりづらい予防と早期発見のために、できることは何だろうか。がん別に尾崎さんに教えてもらおう。「胃がんは、おもにピロリ菌の保菌者における慢性胃炎を背景に、発症します。血液検査や呼気検査などで保菌状況を確認し、薬による除菌も可能です。胃炎などのある人は検査してみましょう。また早期に発見できれば、内視鏡で除去でき、数日の入院で済む。胃を切除する場合も、腹部に数カ所の穴を開ける腹腔鏡手術が主流になり、以前の開腹手術よりも格段に社会復帰が早くなりました」大腸がんも同じ。将来、がん化するといわれるポリープを大腸内視鏡で除去する場合は日帰り入院も可能だ。「早期発見のために、標準的な健康診断で行われる、便潜血検査を必ずしましょう」肺がん検診で定番といえばエックス線検査だが……。「じつはエックス線では早期の肺がんは見つかりづらく、低線量のCT検査がスタンダードになりつつあります。喫煙するなど、リスクが高くて不安がある人は、医師に相談してみましょう」乳がんは、日々、お風呂上がりなどに、胸にしこりがないかセルフチェックをするとともに、定期検診が求められる。「一般的に2年に1回ほどのマンモグラフィー検査がすすめられています。リスクが高い人はMRIを組み合わせるケースもあります」医療技術の向上で、がんは“治る”病気になりつつある。それでも、確実に命を守るため、そして家計を守るために、家族で早期発見、早期治療を心がけてほしい。
2022年06月20日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。前回、病院の相談員さんのアドバイスを受け、子どもたちに乳がんのことをカミングアウトすると決めたあり子さん。しかし、いざ子どもたちを目の前にすると、「泣かせてしまったらどうしよう」「お母さんは大丈夫だよってうまく笑える自信がない……」と急に不安になってしまい、結局、話すことができませんでした。今回は、検査や治療にかかる費用についてのお話です。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 乳がんの検査や治療にかかるお金の話 これから乳がんの治療が本格的に始まるあり子さん。手術はもちろんのこと、投薬や通院にかかる費用も合わせると、医療費はどうしても高額になってしまいます。高額医療費控除も適用されますが、毎月の治療費は限度額の上限にまで達していたとのこと(ヒエッ!)。そして、後々になって「がん保険に入っておけばよかった」と後悔したそうです。 医療保険には入っていたので、最初に訪れた病院で受けた生検の費用は、無事に申請できたのだとか。ちなみに、医療保険にもいろいろあって、あり子さんが加入していたのは「入院や手術」「病気と診断された場合の生検」は保険がおりるもの。 「生検で乳がんと診断されました」と担当者に説明すると、保険がおりることに。でも、「検査で乳がんと診断されて……」と話すとき、改めて「私は乳がんなんだ」と現実を実感し、少しショックだったそうです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年06月19日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。前回、病院の相談員さんに「お子さんにがんのことを話すときは、3つのポイントを心がけましょう」「病気になったのは誰のせいでもないと伝えること、乳がんという病名を隠さず話すこと、うつらないと教えることです」と、アドバイスをもらったあり子さん。病院から帰宅し、相談員さんの話を忘れないうちに話そう!と、勇気を出して子どもたちに話しかけたあり子さんですが……。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 いよいよ子どもたちに伝える時が! でも… 乳がん治療開始に向けて検査が進んでいくなか、あり子さんは「自分ががんだなんて……」と、告知を受けたときのショックに捉われたままで、実はまだ気持ちの整理がついていませんでした。 そのため、子どもたちにがんのことを伝えようとしたものの、「もしがんだと伝えたら、子どもたちは不安で泣いてしまうかもしれない」「泣いてしまった子どもたちに対して、ママ頑張るから!と明るく言える自信はまだない……」と思ったあり子さんは、このときはまだ子どもたちに言い出せなかったそうです。 相手が大人ならまだしも、まだうまく理解できない子どもが相手だからこそ、余計にがんのことを伝えるのが難しいのかもしれませんね。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年06月17日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。前回、子どもたちにがんのことを話すべきか悩んでいたあり子さん。そんなとき、病院の相談員さんに「大人が隠し事をしていても、子どもは敏感に察知しますからね」と言われ「その通りだ…!」とハッとしたあり子さんは、子どもたちにちゃんと話そう、と決意したのでした。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 「3つのC」とは? 相談員さんの話によると、子どもに話すときは「3つのC」が重要とのこと。 ・誰のせいでもないと伝える(not caused)・「がん」という言葉を使う(cancer)・伝染しない病気であると教える(not catchy) 誰のせいでもない、と伝えないと、子どもが「もしかして自分のせい?」と自分を責めてしまうことがあるのだそうです。 それに子どもは想像力が豊かなので、ただ病気と伝えるだけでは不十分で、「病気って何? 治らないの?」などと悪い方向に想像を働かせて、余計不安になってしまうケースも。 また、抗がん剤治療が始まったら体調不良が出始めるだけでなく、脱毛したり爪が変色したりします。その際、子どもが「自分も病気になってしまうの?」と不安にならないよう、最初にしっかりと「うつらないから安心してね」と話しておく必要があるのだそうです。 「3つのC」はとても重要だとわかりました。初めて聞く話で、へ〜と思った方も多いのではないでしょうか。実際にあり子さんも、この話を聞いていなければ子どもたちにうまく伝えられなかったかもしれない、と後日談で語っています。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年06月15日2021年に乳がんが発覚し闘病を続けている、こほこさんの体験を描いたマンガを紹介します。今回はこほこさんの検査結果が告げられるお話です。マンモグラフィーに始まり、エコー、造形MRI、針生検とたくさんの検査をしたこほこさん。その結果は一体……。★関連記事:「異常なしなんじゃないの〜?」乖離する検査結果に期待を抱く私 #乳がん絵日記 22020年12月、人間ドックを受けた病院から「すぐに受診してください!」という電話を受けた私。約1カ月以上かけて検査をしてきた私でしたが、なかなか核心をついた診断結果は得られず……。ですが、ついに結果が出ます。マンモグラフィーとエコー検査の結果と造形MRI検査の結果が乖離(かいり)していたことから、針生検検査を受けました。その結果が出るまで2週間あるとのことでドキドキの毎日。まだ何もわかりませんでしたが、もし入院することになればしばらく温泉やスーパー銭湯には行けないと思ったので週末は大好きな風呂三昧! 身も心もリラックスしました。ですが万が一悪性だった場合に備えて、病院を夫に調べてもらったりもしました。今度こそ告知なり何なりがあると思い、また夫と病院へ行きました。今までの検査結果がはっきりしていなかったこともあり、大丈夫かも?と軽い心持ちでした。しかし、診察室へ入ると、先生はキリッとした雰囲気で……。私に下された診断結果は「浸潤性小葉がん」。乳がんとは何が違うの……? と疑問が浮かびましたが、先生の説明は続きます。浸潤性小葉がんは乳がんの一種で、私は右乳にがんがあるとのこと。がんはグレード2のルミナールAタイプ。乳がんにもいろいろなタイプがあるなんてまったく知らず……。初めて聞く横文字が多すぎて頭に入りませんでしたが、とにかく手術をすることだけはわかりました。グレードというのは病理学的悪性度のことで、「がんの顔つき」とも言われているみたいです。ルミナールは、女性ホルモンと結合する受容体が乳がん細胞に発現するタイプのこと。その中でもAタイプとBタイプがあり、Bタイプのほうががんの繁殖力や再発リスクが高いそうです。手術は先生が所属している系列病院にしました。2カ月くらい待つことになりましたが、この先生がよかったので他の病院は選びませんでした。告知直後、全身のCT検査をすることになりました。付き添ってくれた夫は仕事があったので、1人で待合室に居ました。すると、看護師さんが寄って来ました。CT検査の説明かと思ってました。看護師さんは「ちょっとお話しましょうか。ここじゃちょっとアレなんで ……」と人けのない廊下の端っこへ。何だろうと疑問に思っていると、「大丈夫ですか?」「聞きたいことはありませんか?」とすごくやさしく寄り添ってくれました。え……やさしすぎないか……。コロナ禍で看護師さんも大変なときに、こんなにも労ってもらえるなんて思っていませんでした。とりあえず、ちんぷんかんぷんなサブタイプのことなどを聞きました。リンパ節への転移がまだわからないので、手術をするまではステージについてもわからないということも教えてもらいました。他にも、セカンドオピニオンを受けるなら違う大学の系列病院が良いなど教えてくれました。そうか、がんといえばセカンドオピニオンか……。それに気付きながらCT検査へと向かいました。ー--------------乳がんの告知を受けたこほこさんは、頭の中がぼんやりとしてしまったそうです。そんなときに寄り添って支えてくれる看護師さんの存在ってとてもありがたいですよね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/こほこ2021年、乳がんになり右胸を全摘。「患者さんが残した記録が誰かのためになることもあるよ」と医師から聞き、絵日記を書き始める。夫と2人暮らしの40代。仕事も趣味も人生も楽しく継続中。Instagram:@co_4_co_kyoto
2022年06月14日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。前回、病院の遺伝カウンセラーから、遺伝子検査をするメリットとデメリットを教えてもらったあり子さん。遺伝子検査をすると、検査結果を踏まえて乳がんの再発を考慮した治療に取り組める一方で、保険適用されても検査代が6万円になると知り、一度自宅に帰ってゆっくり考えることに。その際、カウンセラーに「ちなみに、お子さんには病気についてお話しされました?」と聞かれ……。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 がんだと子どもには伝えるべき? 早速、相談員の方に「子どもにはどう伝えたらいいのでしょう? そもそも、子どもに病気だと伝えるべきかもわからなくて……」と相談したあり子さん。 あり子さんとしては、「子どもに病気のことを伝えてむやみに不安にさせるのはどうなんだろう」と懸念があったそうです。でも、相談員さんに「子どもは敏感に察知しますからね」と言われて、思わずハッとしたのだとか。 確かに、大人が何か隠し事をしていても、子どもがその空気を敏感に察知するときってありますよね。加えて、これから治療が始まって体調不良が続いたら病気を隠すのは難しいだろうな、とも思ったあり子さんは、「隠して不安にさせるより、子どもたちには正直に話そう」と決意したそうです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年06月13日45歳のころから、急に動悸を感じるようになりました。最初はストレスのせいだと思いあまり気にしていませんでしたが、頻繁に動悸を感じるように。一時は心臓が悪いのかと悩みました。しかし、病院で検査したところ心臓に異常はなく、原因は更年期障害でした。★関連記事:40代女性の動悸・息切れは更年期のせい?高血圧との関係は?【医師監修】45歳ごろから急に動悸を感じるように動悸の原因はストレスではなく更年期私が初めて動悸を感じたのは、45歳のときです。仕事中、急に心臓がドキドキして、脈が速くなり、息が少し苦しくなるような感じがしました。動悸は20分ほど続きました。ずっとパソコンの前で座っている仕事なので、動悸がするのはおかしいと思いました。それでも、初めのころは仕事中に動悸を感じることが多かったので、ストレスのせいで一時的なものだと思い、あまり気にしていませんでした。しかし、動悸を感じる頻度が徐々に増えてきました。最初は1カ月に1度程度だったのが、ひどいときには数日おきに動悸を感じるようになりました。仕事中だけでなく電車の中や家事の最中などにも突然動悸がすることがありました。それでも当時は自分が更年期だという発想はなく、心臓の検査をしたほうが良いと考えました。母親と祖母に心臓疾患があるので、私も心臓には気を付けたいと昔から思っていたのです。そこで、近所の循環器内科を受診しました。心電図やレントゲンの検査を受けましたが、異常なしとの診断でした。そして医師から、「心臓に問題はありません。動悸はもしかしたら年齢的なこともあるかもしれませんね。少し様子を見ましょう」と言われました。年齢的なことと言うときの医師の少し遠慮したような口調に、はっとしました。もしかして更年期? すぐに婦人科のウェブサイトなどを検索し、動悸も更年期障害の症状の1つであることを知りました。同世代の友人や先輩女性に相談してみる更年期の話は、周りの同世代の友人や、年上の先輩から聞いたことがありました。でも、私の周りではホットフラッシュや発汗に悩んでいる方が多く、更年期といえば急に暑さを感じたり汗をたくさんかいたりするのだという印象を持っていました。そのため、自分の動悸を更年期と結びつけるまでに時間がかかってしまいました。「更年期が始まったのかも」と同年代や少し年上の女性の友人たちに相談してみました。友人たちはそれぞれサプリや漢方薬などで対処していて、特に「命の母A」が私の周りでは人気がありました。私も早速「命の母A」を試してみることにしました。大豆イソフラボンが女性ホルモンのエストロゲンと似た働きをするという話も聞き、納豆や豆乳などを毎日とることにしました。「命の母A」を飲み、大豆製品を毎日とることで、不安感が少し解消されました。しかし、そのような生活を3カ月ほど続けても、動悸が改善されることはありませんでした。動悸が始まると息苦しくなり、仕事や家事に集中できなくなります。いつどこで動悸が起こるかわからないこともストレスでした。動悸のことで悩み続けることが嫌になり、思い切って婦人科で相談をしてみることに決めました。ホルモン補充療法(HRT)を開始乳がん検診で利用していた婦人科に更年期外来があることを思い出し、予約をして受診しました。そこで動悸のことを相談し、ホルモン補充療法について教えてもらいました。更年期になると視床下部に負担がかかることで、自律神経の働きが乱れ、動悸が起こることもあるそうです。ホルモン補充療法(HRT)は、更年期に急激に減少する女性ホルモンを薬で補う治療法で、効果には個人差があるという説明を聞きました。副作用やリスクについても説明してもらいました。そのことを理解した上で、副作用への不安よりも今の動悸を改善したいという気持ちが強かったので、ホルモン補充療法を試してみたいと医師に伝えました。そして、ホルモン補充療法のために必要な検査を受けました。血液検査と乳がん・子宮がん検診、問診がおこなわれました。1週間後に検査の結果が出て、問題がなかったため飲み薬を処方してもらいました。服用から1カ月ほどで動悸を感じないように飲み薬は2種類あり、毎日決まった時間に、医師から指示されたスケジュールどおりに飲む必要があります。処方してもらった薬を飲み始めて1カ月ほどで、動悸を感じなくなりました。現在も定期的に婦人科で診察を受けながら、半年ほどホルモン補充療法を継続しています。今は動悸はもちろん、ほてりや発汗などの更年期らしい症状を自覚することはほぼありません。ホルモン補充療法を受けている間は3カ月に1回婦人科で診察があり、薬はそのときに問題がなければ処方してもらえます。また、長期的に継続するためには1年に1度がん検診や血液検査などの検査を受ける必要があります。定期的に婦人科を受診することで、安心してホルモン補充療法を受け続けることができています。まとめストレスや心臓の不調のせいだと思っていた動悸の原因は更年期でした。動悸が起こると息苦しく、仕事や家事などに集中できず悩んでいました。動悸がいつ起こるかわからないことにもストレスを感じていました。私の場合はホルモン補充療法を知り、薬を飲むことで動悸が改善されて本当にラクになりました。思い切って婦人科で相談してみてよかったです。ホルモン補充療法を受けている間は定期的に婦人科へ通うことになるので、気になる症状があれば相談できるのも安心です。これからも婦人科の先生と相談しながら、ホルモン補充療法を続けていきたいです。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック院長)日本医科大学産婦人科入局後、派遣病院を経て、米国ローレンスリバモア国立研究所留学。その後、日本医科大学付属病院講師となり、平成7年5月から三楽病院勤務。日本医科大学付属病院客員講師、三楽病院産婦人科科長を務めた後、退職。2004年2月2日より、三鷹レディースクリニックを開業。マンガ/あさり著者/もめん(46歳)高校生の娘が1人の働く母。世界中のおいしいものが食べたい。特に甘い物が好き。おいしく食べるために常にダイエット中。食べること以外の趣味は、語学学習、読書、ヨガ、散歩。
2022年06月11日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。前回、医師に「遺伝子検査をしてみませんか?」と言われたあり子さん。その後、遺伝カウンセラーの方からまずは遺伝子検査のメリットについて説明を受け、次にデメリットを話してもらうことに。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 保険適用で6万!!?? ※もたら→もたらす 遺伝カウンセラーさんの話をまとめると、遺伝子検査を受けるメリットは「検査結果を考慮して手術方法を決められる」「再発の予防につなげられる」の2点。そして、デメリットも2点あり、「検査結果にショックを受ける可能性がある」「検査費用が高額」とわかりました。 なんと、遺伝子検査は保険適用されても6万ほどかかるそうです。これにはあり子さんもビックリ! さすがに遺伝子検査を受けるかどうかこの場では即決できず、あり子さんは自宅に帰ってからゆっくり考えることにしたそうです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年06月09日2021年に乳がんが発覚し闘病を続けている、こほこさんの体験を描いたマンガを紹介します。今回はこほこさんの乳腺にあるしこりの検査をするお話です。こほこさんの乳腺は乳頭から脇にかけて硬くなっているようでしたが、エコー検査ではわからず……。他にも検査をすることになりました。★関連記事:「すぐに受診してください」人間ドックの結果は衝撃的なもので… #乳がん絵日記 12021年の年明け、私は病院にいました。2020年に人間ドックを受けたところ、病院での再診をおこなうことになり、まずエコー検査をしてもらいました。臨床検査技師さんに「しこりはこれですか?」と確認されましたが、私にわかるはずもなく「よくわかりません」と答えました。それからすぐに乳腺外科を受診しました。いきなり告知をされたとき、どうすれば良いのかわからなくなってしまうと思ったので、夫と共に診察室へ入りました。まず、人間ドックで撮ったマンモグラフィーの説明を受けました。右胸が広範囲にわたって石灰化しているとのこと。セッカイカ……? と頭にはてなが浮かびました。次に、先ほどのエコー検査の結果発表がされました。8mmくらい輪郭がにじんだものが見えます、と言われました。輪郭がにじんでいるとどうなんだ? と思いましたが、良性だと輪郭がもっとはっきりしているということでした。これだけでは診断を確定できないので、後日造影MRI検査をおこなうということでこの日の診察は終了。これだけじゃ確定できないんだ〜とのんきな気持ちで帰宅し、午後は普段通り仕事をしていました。初診から約半月。造影MRI検査の日になり、1人で病院へ。造影剤を投与する同意書を記載するとき、小児喘息を患っていたので大丈夫かな?というやりとりがありました。ですが、検査する以外選択肢がないので同意書にサインをしました。良い感じに胸をはめられる検査台のようなものにうつ伏せで寝転び、ヘッドホンをはめてボタンを握らされました。「少しでもおかしく感じたらすぐにボタンを押してください!」と臨床検査技師の方からのお気づかいがありました。カンカンと音がし、放射線科の先生から造影剤を入れる合図がされました。すると左手が冷やっこくなって、おしりが温かくなりました。じっとしなきゃ! と思っていたせいか、何だか鼻がムズムズしてしまい検査うんぬんよりも鼻がかゆいことで頭がいっぱいでした(笑)。30分くらいで検査は終了し、結果は翌週の外来で伝えられるとのことでした。造影MRI検査の翌週、ひょっとしたら告知があるかも? と思ったので夫と外来へ検査結果を聞きに行きました。造形MRI検査ではなぜか何も写らなかったみたいで、以前撮ったマンモグラフィーやエコーの結果と造形MRI検査の結果が乖離(かいり)しているとのこと。素人な私、やっぱり何にもないんじゃないの〜? と期待を抱く。が! 次は針生検をしましょうということに。同意書を書いて診察台へ横になりました。麻酔を打ち、脇の下へ枕を入れたらセッティング完了。グイッと針を刺しているような感覚がしたものの、麻酔でよくわかりませんでした。バチンバチンという音と振動がして、ちゃんと取れているのかなと思っている間に終了しました。その後、看護師さんがガーゼで脇を押さえてくれている間、世間話をしていました。針を刺したところが青黒くなったくらいで特に異常はなし。結果が出るまで2週間かかるとのことでした。ー--------------数多くの検査を受けたこほこさん。診断が確定しないと自分は病気じゃないのかもと期待してしまう半面、不安になることもありますよね。皆さんだったらどのように過ごして、検査結果を待ちますか?※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/こほこ2021年、乳がんになり右胸を全摘。「患者さんが残した記録が誰かのためになることもあるよ」と医師から聞き、絵日記を書き始める。夫と2人暮らしの40代。仕事も趣味も人生も楽しく継続中。Instagram:@co_4_co_kyoto
2022年06月07日有限会社宮崎商店(本社:徳島県徳島市、代表取締役:宮崎 勝嘉)は、乳がん患者本人が開発した「涼しく、軽く、締め付けない」肌着感覚の抗がん剤用帽子「ラフリ~」を2022年6月1日(水)より販売いたしました。しめつけないのが特徴です。【「ラフリ~」の特徴】1. 軽い、しめつけない綿100%の長方形の布を頭に巻き、ひも状タグによりサイズ調整する個性的なデザイン。大人から子どもまでどんな頭の大きさの人でもしめつけず、軽い被り心地です。2. 涼しいバンダナ位の薄い綿布地なのでサラッと涼しい。夏だけでなく、冬の暖房のきいた部屋でも蒸れません。3. 洗濯が簡単ハンカチを洗う感覚で毎日洗えます。洗濯機はもちろんのこと、洗面所で手洗いしてベッドの柵に干しても乾くので、コロナ禍で長期入院の患者様にも重宝します。4. デザインが豊富迷彩柄、龍柄、むら染柄、チェック柄など老若男女に対応。「その帽子いいね」と病院や家で声をかけてもらえることで、患者様が明るい気持ちになれます。また、ご家族や友人とお揃いで被れば笑顔を共有できます。【「ラフリ~」誕生の背景と開発者の想い】厚生労働省の資料によると、全国の癌新規罹患数は、毎年約98万人です。この中の一部の人が、抗がん剤の副作用である脱毛を経験します。「ラフリ~」開発者・宮崎 宏美は、現在も病院に通院しながら青果仲卸業の仕事を続けている乳がんサバイバーです。コロナ禍で告知を受け、闘病した経験をもとに「患者様とその周りが笑顔になれる帽子」を開発しようと思いました。抗がん剤により脱毛した頭皮の特徴(1)外部からの刺激に弱い。今まで普通に被れていた帽子が「痛く」感じる。(2)多汗になる。夏場はもちろんのこと、冬でも頭皮が蒸れて不快です。一般的に販売されているケア帽子はニット素材が中心です。伸縮するのでフリーサイズとはいえ、快適でないものも多いです。しめつけがキツイと痛いし、ゆるいと1回の洗濯で伸びて型崩れしてしまいます。そこで、締め付け感ゼロ、涼しくおしゃれに着用できる帽子を自分で開発するに至りました。ワンサイズでお子様から大人までお使いいただけます。お見舞いの品にもおすすめです。何枚か洗い替えとしてご使用いただけるよう、販売価格もできるだけ抑えて設定いたしました。商品詳細【「ラフリ~」製品概要】希望小売価格:1,320円(消費税込み、送料別)サイズ :約縦28cm×約横73cm(約7cmのひも状のタグ付き)素材 :綿100%<販売先>・有限会社宮崎商店 公式ホームページより購入可能 ・2022年7月からMakuakeにて販売予定ラフリー(キッズ向けデザイン)【「ラフリ~」これまでの実績】・2021/10/21:第60回徳島県発明工夫展 徳島県知事賞受賞・2021/11/3 :徳島新聞掲載・2022/3/29~2022/04/15:Makuakeでのプロジェクト126%達成「がんサバイバー本人が開発。しめつけない抗がん剤用帽子を、必要な人へお届けしたい。」【会社概要】会社名: 有限会社宮崎商店所在地: 徳島県徳島市北沖洲4丁目1-38代表 : 代表取締役 宮崎 勝嘉設立 : 昭和48年1月資本金: 1,000万円事業内容 青果仲卸業・小売業URL : 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2022年06月07日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。前回、最初に検査を受けた病院で「ここでは治療を受けられないので別の病院へ移ってください」と医師に言われ、転院先の病院を選んだあり子さん。転院先の病院へと足を運ぶと、医師に「まずはいろいろと検査をしてみましょう。遺伝子検査をするのもいいかもしれません」と言われ……。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 遺伝子検査のメリットとは? まずは、遺伝子検査のメリットについて説明を受けたあり子さん。カウンセラーの方曰く、遺伝子検査をして遺伝子変異が見つかった場合、それを踏まえて今後の予防策を打つことができるのが、大きなメリットだそうです。 ちなみに、遺伝子カウンセラーは各病院に必ずいるわけではなく、専門の資格を有する医師や認定看護師が遺伝子検査の説明をするケースもあるのだとか。あり子さんが通っていた病院は規模が大きく、がん治療にも力を入れていたので、カウンセラーがいたのかもしれませんね。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年06月06日2021年に乳がんが発覚し闘病を続けている、こほこさんの体験を描いたマンガを紹介します。今回はこほこさんが2020年12月に病院から電話がかかってくるお話です。「すぐに受診してください!」と言われたこほこさんは病院に向かいました。★関連記事:<大腸がんマンガ>「おなかが破れるのが先じゃないの…?」待てど暮らせど手術の連絡が来なくて…その電話がかかってきたのは2020年の12月でした。同月の上旬に人間ドックを受けた病院から、すぐに乳腺外科を受診してくださいとのこと。忙しいので土曜日に受診できるかを聞いたところ、月曜日のみの対応でした。結局予約を取れたのは年が明けてからで、お正月はどこがどんなふうに悪いのかドキドキしながら過ごすことになってしまいました……。年が明け、2021年。ようやく予約していた日になったので病院へ。まずはエコー検査室へ向かいました。検査室といってもそんな大層なものではなく、オルゴールっぽい音楽や患者さんが電話で話をしているのが聞こえるくらいゆったりとした空間でした。エコー検査が始まり、臨床検査技師さんから「しこりはこれですか?」と聞かれました。しかし、乳頭から脇に向かって乳腺がかたくなっているだけのような感じで、それがしこりかどうかはわからず。確認しにくい箇所だから、と他の技師さんにも交代をして脇を数回確認されました。今思うと、転移があるかないか確認していたのかもしれません。冬真っ盛りの時期に上半身裸になりジェルを塗られたので、やや寒いと思いながら待合室へと戻りました。技師さんの表情から自分の病状は察せられず、この後初めての乳腺外来診察を受けることになりました。ー--------------人間ドックで異常が見つかって検査を受けることになったこほこさん。しこりなんて言われても素人の私たちではわからないことも多いので、定期的に検診を受けることは大切ですよね。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/黒田愛美先生(Zetith Beauty Clinic副院長)美容・アンチエイジング専門医。トライアスリート。1979年東京生まれ。2003年獨協医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学内分泌乳腺外科に入局。2007年品川美容外科へ入職、2011年品川スキンクリニック新宿院の院長に就任。2013年同クリニック、表参道院院長に就任。その後、予防医学と分子栄養学を改めて学び、美容外科、美容皮膚科、アンチエイジング内科の非常勤医師として複数のクリニックの勤務を経て、現在に至る。著者/こほこ2021年、乳がんになり右胸を全摘。「患者さんが残した記録が誰かのためになることもあるよ」と医師から聞き、絵日記を書き始める。夫と2人暮らしの40代。仕事も趣味も人生も楽しく継続中。Instagram:@co_4_co_kyoto
2022年06月01日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描く、実体験をもとにした漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」「乳がんが告知された日」の続編となります。 前回、検査をおこなった病院で「ここでは乳がんの治療ができないので、転院先の病院を決めてください」と言われ、自宅や実家から通いやすい距離にあるA病院を選んだあり子さん。後日、紹介状を持ってA病院を訪れ……。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 遺伝子検査って? リンパ節にも不安要素が 転院先の病院では、すぐに治療が始まったわけではなく、まずはいくつかの検査を受けることになりました。当時、「早く治したい」という気持ちが強かったあり子さんは、実際に治療が開始されるまでの期間がとても長く感じたそうです。 ちなみに、遺伝子検査については、過去に海外の大物女優が遺伝子検査をした結果、乳がんになる可能性が極めて高いことがわかり、発症リスクを軽減するために両方の乳線を切除したとして、一躍、遺伝子検査が有名になりました。 遺伝子性乳がんの場合は一般の人より若い年齢で発症することが多いとされているため、先生は遺伝子性乳がんを疑って「遺伝子検査をしてみたほうがいいかも」と言ったのかもしれませんね。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年05月24日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描いた実体験の漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」の続編となります。前回、医師から「検査の結果、乳がんが判明しました」と言われ、ショックを受けたあり子さん。その後、医師から病気に関しての説明を受け、「当院では治療できないので、別の病院への紹介状を書きます」と言われ、自宅や実家から近く通院しやすいから、という理由で転院先をA病院に決めたのでした。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 夢だったりしないかな 自分が乳がんだということを、まだ実感できないあり子さん。「夢であったらいいなぁ」とぼんやり考えることもあったそうです。 一方で、「これが現実なら一刻も早く病気を治したい」という気持ちもあったあり子さん。 でも、すぐに治療を受けられたわけではなかったようです。検査をしたり治療方針を決めたり……といった段階を踏まなければならず、告知を受けて1カ月経ったころに治療が始まったとのこと。 第三者からすると、1カ月という期間はそこまで長くないかもしれませんが、当事者であるあり子さんにとってはものすごく長く感じたそうです。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年05月23日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描いた実体験の漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」の続編となります。前回、医師に「左胸のしこりを検査した結果、乳がんと判明しました」「この病院では手術できないため、転院先の病院を選んでください」と、がんの告知と同時に病院の選択を迫られたあり子さん。大きくショックを受け混乱するあり子さんですが、病院を選ばなければならず……。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 病院選び ※ホルモン療法…薬剤を投与し、女性ホルモン(エストロゲン)の作用を低下させ、がん細胞の増殖を抑える治療法。※抗HER療法…がん細胞の増殖を促進するタンパク質「HER2」を、ピンポイントに攻撃する抗がん剤を用いた治療法。※化学療法…抗がん剤を用いた治療法。 このとき、医師に「治療のために通院する必要がありそうなので、自宅から通いやすい病院がいいかもしれませんね」と言われたあり子さんですが、どのような治療をするのか、まだ具体的なイメージが湧かなかったそうです。 A病院とB病院(どちらも自宅から1時間くらい)で迷い、夫の助言もあり、実家近くのA病院を転院先に選んだあり子さん。結果的にこの判断は正解で、化学療法(抗がん剤投与)をしたあとはフラフラするため、一旦実家で休んでから自宅に帰ることが多かったそうです。 がん治療をする上で、通院距離も大切なのですね。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年05月22日「河野(かわの)の日記を、亡くなって10年近くも読めずにいたのは、いくら夫婦とはいえ、他人の心をのぞき見るようなことはできないと思っていたからです。それから率直に言えば、見るのが怖いという思いもありました」こう話すのは、日本を代表する歌人で細胞生物学研究の第一人者でもある永田和宏さん(75)。「河野」と呼ぶのは10年8月12日に乳がんで亡くなった最愛の妻・河野裕子さん(享年64)のことだ。裕子さんは20代前半から歌人として頭角を現し、23歳で角川短歌賞を最年少受賞するなど活躍。夫妻は09年に宮中歌会始詠進歌選者をそろって務めて「初の夫婦同時の選者」となるなど上皇陛下、美智子さまをはじめ、皇族方との親交もつづけてきた。とはいえ夫妻の歌に特筆すべきは高尚で難解な作風でなく、日常のなにげない描写や心情を詠んだ「とっつきやすさ」にこそある。《このひとはだんだん子供のやうになるパンツ一枚で西瓜食ひゐる》(河野裕子)《いい夫婦であつたかどうかはわからねどおもろい夫婦ではあつたのだらう》(永田和宏)そんな「歌壇のおしどり夫婦」が死別したとき、夫は愛妻の遺品のなかに、ふたりが交わした300通の手紙とともに、10冊以上に及ぶ彼女の日記帳を見つけた。それを没後10年近く「読めずにいた」永田さんだったが、いまから3年前の19年のこと、意を決して手を伸ばしたのだという。「先立った河野は、本当に僕が夫でよかったのか?ほかにふさわしい選択はなかったのか?そんな疑問が頭をもたげたんです」すると日記には、裕子さんの胸の内が赤裸々につづられていた。《永田さんのお隣りにすわっていて、私たちはお互いに意識しあっていた。一緒にいるということは、何物にもかえがたい……》(67年10月16日)裕子さんにはこのころを詠んだと思われる次の一首もある。《陽にすかし葉脈くらきを見つめをり二人のひとを愛してしまへり》(『森のやうに獣のやうに』より)これらの日記や歌は、知り合った当初から、「ふたりの人を愛している」と打ち明けられた日までの記録である。「河野がこんなにいちずに思い詰めていたんだということ、人は愛にここまでいちずになれるんだということに、本当に驚きました……」■大学時代に出会ったふたり。裕子さんは《一目で好きになった》と書き残した永田さんは66年に京都大学理学部に合格し、京大短歌会に所属。翌年に裕子さんと運命的に出会う。46年生まれで1歳年上、京都女子大学2年だった裕子さんとの初対面は、学生たちの短歌同人誌『幻想派』創刊の顔合わせでのこと。「白いブラウスの彼女はいかにも繊細そうでいて、ちょっとしたことにもよく笑った。無防備な天真らんまんさと、不思議なキャラクターを感じました」お互い意識してはいるものの、「一目ぼれ」とはいえない初対面。それが「思慕の情」へと急進していくのは、その3カ月後の10月、2度目に会ってからとなる。「京大近くの喫茶店に先輩に連れられて行くと、河野も偶然、先輩と一緒に現れたんです」10月14日の裕子さんの日記には、心躍るさまが描かれている。《永田さん、一目で好きになったほんの一瞬の間でもやはりこころは傾いてしまう彼はふかくて寂しくて厳しい人のようだ》弱冠21歳の胸に、永田さんが、にわかに入り込んだ瞬間だった。一方、恋愛経験は「皆無に等しかった」永田さんの胸中も……。「僕が話しだせば必ず相づちを打って反応してくれる。自分の思いを重ね、質問したりするので話が途切れず、すぐに時間が過ぎていく。そんなことで月に一度会う間隔が、週に二、三度となるのにそう時間はかかりませんでした」こんなふうに《お互いに意識しあっていた》(10月16日の日記)のに1月5日には《あなたを傷つけてしまった》と、ひと悶着あったことを裕子さんは記している。この間に永田さんの“恋敵”の存在が明かされたのだ。正確に言えば、永田さんを好きになる以前から好きな男性がいたことが。「何度も会っているうちに、心に思い決めている男性がいるらしいことに、薄々感づいてはいた」と永田さんが顚末を振り返る。「私と頻繁に会うようになる2カ月ほど前、河野が短歌誌『コスモス』の全国大会で知り合ったのが、その『N』という青年でした」裕子さんのその時分の日記には、N青年に関する記述も見られた。《愛情について語った時、明らかに私は彼のひたひたとした愛情を感じた……》「全国大会の後、数カ月は文通が続いていたようです」と話す永田さんこそ、N青年との恋路に「割って入った」格好なのだが。約2カ月後、裕子さんの思いは振り子のように揺れ動いていた。《今、Nさんを失ったら、歌を創るはりもゆめもなくなってしまう……今、永田さんを失ってしまったら到底しゃんとしてはいられない》(12月21日)そしてとうとう《言ってはならぬことを言ってしまった……ふたりの人を愛していると》(1月7日)という衝撃の告白に至るのだ。こうして裕子さんに思いの丈をぶつけられた永田さんは、会って話し、息遣いを交わし、そのうえ手紙も重ねて意志を示した。《どちらかを選べというのは残酷だと思いますけれどどちらかでは困るのですぼくでないと困るのです》(1月31日 永田)2月3日、京都府立植物園。プラタナスの木の下で、ふたりは生まれて初めてキスをした。■裕子さんは亡くなる2日前まで歌を詠んだ。子どもたちには、「お父さんを頼みましたよ」72年5月、裕子さんは第一歌集『森のやうに獣のやうに』を出版。同月14日に永田さんと結婚した。73年に長男・淳さん(48)を、75年に長女・紅さん(46)を出産。永田さんは76年、勤務していた森永乳業を辞め、京大結核胸部疾患研究所の研究員になったが「無給で、生活のために塾の講師をしていました」と回顧する。「毎晩、帰宅は夜中の1時過ぎ。それから食事をとりコーヒーを入れ、作歌は深夜の作業だった」かたや裕子さんはこの時期を。《子育てでへとへとになっているけれども、負けちゃいられないと同じように櫓炬燵にへばりついて歌をつくっていた》(『シリーズ牧水賞の歌人たち 河野裕子』より)歌人同士「競い合うライバル心があった」と永田さんは懐かしむ。「夜中に炬燵を囲んでふたりで歌を作っていると、2階から子どもの泣き声がしてくる。どっちが面倒を見に行くかで、よくけんかになりました。醤油瓶が飛んだりして、壁にビャッと飛び散ってね」ユニークで忙しない作歌と育児の日々も、裕子さんが愛情を注ぐ優先順位は一にも二にも夫だった。《私は自分に自信がなくて、生きていくのがしんどくてしんどくてしようがないときに永田に会いました……そう。(永田に)すべての愛情をかけようと思いましたね》(『私の会った人びと』より)こんな一首を残している。《しつかりと飯を食はせて陽にあてしふとんにくるみて寝かす仕合せ》(『紅』より)子育てを詠んだ一首として定評があるが、長男・淳さんは「ご飯を食べさせ、日干しした布団に寝かせたい相手とは、父のことだったと思います」として続ける。「母は『子どもはしっかり食べさせれば放っておいても育つ。私は、子どもより永田和宏を大事にしてやってきました』と公言していた。《良妻であること何で悪かろか日向の赤まま扱きて歩む》(『紅』より)という一首には『良妻でいるのは素晴らしいことじゃないか』という母の主張が込められていたんです」淳さんは01年に歌集出版社の「青磁社」を立ち上げ今日に至る、三男一女の父である。長女・紅さんは01年に母と同じ現代歌人協会賞を受賞(親子で初)した一方、父と同じ細胞生物学を研究し、現在は京大特任助教だ。8歳の長女の母である彼女が、母在りし日の永田家を語る。「決して教育ママではなく、自分の興味、楽しみに兄と私を巻き込む母でした。父はそんな母に“褒められて育った”感じですね。父が出すアイデアに『それって面白い!』とすぐ呼応する。話し好きで、父が向かうところトイレまでついて行き、外から話しかけている……そんな母でした」大人になって両親の晩酌に参入すると、それはにぎやかだった。「夜遅くまでそれぞれ選歌したり、詠んだりで、夜中にリビングに集まってきて酒盛りが始まる。ワイン片手に話す父を私たちが囲み、父が酔ったころに母も飲み始めて」“歌壇のサザエさん一家”といわれるほど筒抜けで仲むつまじい家族。だがそこから、裕子さんひとり、病魔に引っぱられてしまう。《左脇の大きなしこりは何ならむ二つ三つあり卵大なり》(『日付のある歌』より)00年9月、彼女に下った診断は乳がん、リンパ節に転移あり。「河野は左乳房3分の2の切除術を受けた後、放射線療法に入りました。幸い経過はよく、その時点で再発の恐れはないという。僕らは日常に戻りつつありました」こう話す永田さんだが、もっともストレスを感じていたのは裕子さんだったと気づかされる。「術後の左側の痺れやこわばり、痛みがありました。それを誰もわかってくれないという不満。その矛先が僕に向けられたんです。どれくらいいたわってくれるか、わがままを聞いて耐えてくれるか、僕を試しているようでした……」裕子さんは永田さんの言葉尻をとらえて、責めてきたという。「がんがわかったとき僕は『俺にも半分責任がある』と言いました。夫として気づくべきだったと。しかしその言葉が独り歩きして、僕への非難になりました。『あんたのせいでこうなった』と」しかし、どんなに体がいうことをきかなくても、夫の食事だけは欠かさず作ってくれている妻に、永田さんは慈しみがまさるのだ。そして裕子さんは、そのころの出来事をこんなふうに詠んだ。《あの時の壊れたわたしを抱きしめてあなたは泣いた泣くより無くて》(『葦舟』より)「この一首で、僕は、それまでの河野の激情も、罵言も、すべて許せると思いました」歌を通じてわかり合い、より結びつきを強くした夫婦にも、永別のときは迫りくる。08年7月に再発・転移がわかると、裕子さんは次第に弱っていった。しかしそこから2年あまり、亡くなる2日前まで詠み続けた。《長生きして欲しいと誰彼数へつつつひにはあなたひとりを数ふ》(『蝉声』より)永田さんが声を湿らせる。「この一首は僕が口述筆記しました。河野の『あなたにだけは長く生きてほしい』という最後の願いが、僕のお守りとなりました」長男と長女は、こう伝えられた。「お父さんを頼みましたよ。お父さんはさびしい人なのだから、ひとりにしてはいけませんよ……」 そして次の歌が辞世の一首に。《手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が》(『蝉声』より)10年8月12日、裕子さんは64年の生涯に幕を下ろしたーー。(取材・文:鈴木利宗)【後編】75歳、人生の繁忙期歌人・永田和宏「天の妻はきっと褒めてくれる」へ続く
2022年05月22日ライブドア公式ブロガーであり、2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー・宝あり子さんが描いた実体験の漫画です。本作は、「乳がんが見つかった話」の続編となります。医師に「浸潤(しんじゅん)がんです」と宣告されて強いショックを受けたあり子さん。その後も続く医師の説明に、頭の整理が追いつかず……。 ※作品内ではマスクを省略して描いています。 大パニック このとき、宣告直後のあり子さんはかなり混乱していたそうです。医師に「こちらが県内で治療を受けられる病院一覧です」と資料を渡されてもうまく頭が働かず、その中から自分が手術を受ける病院を選ぶこともできません。 とにかくパニックで、とりあえず夫に「どうしよう」「どうやって病院を選べばいい?」とまず相談したそうです。頼れる家族が一緒にきていて、本当によかったですね。 医療監修/天神尚子先生(三鷹レディースクリニック 院長) ※この漫画は実話に基づいた体験談であり、ベビーカレンダー編集部を通して、婦人科医の監修を受けた記事です。ただし、すべての方が当てはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 宝あり子さんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ ムーンカレンダー編集室では、女性の体を知って、毎月をもっとラクに快適に、女性の一生をサポートする記事を配信しています。すべての女性の毎日がもっとラクに楽しくなりますように! 著者:マンガ家・イラストレーター 宝あり子2歳差姉妹を育児中のワーキングマザー。2020年に乳がんが判明。抗がん剤投与、手術後、現在ホルモン療法中。ブログやインスタグラムで育児や乳がん治療のことをイラストで綴っています。
2022年05月21日