大のドラえもん好き小説家・辻村深月さんが「ただただ大好きな話だから、読んでほしい!!」というイチオシのエピソード、『ドラえもんに休日を!!』をご紹介。50周年を迎え映画『STAND BY ME ドラえもん 2』の公開を記念して、お送りします。「“ドラえもんを休ませてあげよう”という、のび太のまるで雇用主のような上から目線がなんともいえませんが(笑)。今でも、疲れた日の終わりにこれを読むと、特に最後の1コマが胸にグッときます。きっと皆さんの心にも響くと思います」いつ出会い、なぜ好きになったのか。その時期や理由も思い出せないくらい、いつの間にか日常に存在し、大事な存在になっていたというドラえもん。「そこにあることが、そして一緒にいることが当たり前すぎて、“好き”という思いがいつ明確になったのか、正直今でもよくわかりません(笑)。でも、自然にアニメや漫画を繰り返し見ていて、気が付いたら家の柱にシールが貼られていた。初めて観に行った映画もドラえもん。私だけでなく、きっと多くの人にとって、ドラえもんってそういう存在だと思うんです。ドラえもんという物語は、藤子・F・不二雄先生が描いたストーリーと、私たちがドラえもんと過ごした想い出という物語、この2つで構成されているような気がします。自分の家族の記憶や、友達との経験などを思い出すと、きっと誰でも1つや2つは、ドラえもんとつながった想い出があると思います。その“私とドラえもん”のストーリーをみんなで語り合えるのは、大人になった今だからこそ味わえる幸せなのではないでしょうか」よくある日常の一日だけど、のび太は確実に成長しました。『ドラえもんに休日を!!』ドラえもん35巻「僕なんか年中無休だぞ」と言うドラえもんに、1日休日をあげるのび太。ドラえもんは万が一のために〈よびつけブザー〉を預け、仲良しのネコちゃんと島へおでかけ。1人になったのび太はさまざまな困難に遭遇するものの、ドラえもんを呼び出さずに一日を終える。ドラえもん全45巻藤子・F・不二雄22世紀からやってきたネコ型ロボットのドラえもんと、勉強もスポーツも苦手なのび太くんの物語。’70年より連載がスタート。絵のかわいらしさに悶絶!各¥454(小学館)©藤子プロ・小学館つじむら・みづき小説家。1980年生まれ、山梨県出身。『映画ドラえもん のび太の月面探査記』(’19年)の脚本を担当。現在、原作映画『朝が来る』が公開中。『STAND BY ME ドラえもん 2』原作:藤子・F・不二雄監督:八木竜一脚本・共同監督:山崎貴声の出演:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一、宮本信子、妻夫木聡全国東宝系で公開中。※『anan』2020年12月2日号より。(by anan編集部)
2020年11月26日テーマも発表時期も異なる3つの短編が収められた、山中ヒコさんの最新作『クラスで一番可愛い子』。表題作は、整形手術を繰り返す女性の心理を掘り下げている。「私は整形手術をしてみたかったけどできなかったタイプなのですが、今の10代、20代の子たちはわりとそういう感覚を飛び越えたところにいるような気がしたんです。自分ができなかったぶん尊敬の念もありますし、苦しみや痛みを伴うチャレンジをして道を切り拓いていく女の子を描いてみたいと思いました」主人公のえりは、推しのイケメン俳優にいわゆる塩対応をされたことで、容姿さえよくなれば振り向いてくれるはず、という思いにとらわれてしまう。整形手術というハードルだけでなく、芸能人に“ガチ恋”をするという一線も越えてしまうのだが、やがて自分自身を傷つけ続けてきた代償を払うことに……。転じて「怪物の庭」は、中世イタリアが舞台。奇怪な石像や傾いた家など摩訶不思議な空間が広がる「ボマルツォの怪物公園」を訪れて、その誕生エピソードを芸術家の情熱と悲恋の物語に昇華させた。「イタリアの彫刻が好きなのですが、作中でも描いたミケランジェロの『ピエタ』は本当に美しくて。一方この奇抜な公園の作者は、ミケランジェロの弟子だったピッロ・リゴーリオという人。そのギャップが面白かったし、ピッロのほかの作品とも異なるので余計興味が湧きました」最後の「バジリスクの道」は、シリアで内戦が激化していた2013年に発表した作品。「シリアで起きていることをそのまま描いても興味を持ってもらいにくいと思ったので、自分ごととして読んでもらえるように工夫をして、筋を練っていきました」そして舞台になったのが、シリアではなく現代の日本。通った道に毒を残して人を殺すバジリスクという想像上の蛇をモチーフに、平和な日常が脆く崩れてしまう様を描く。「3作品、本当にバラバラですが、どれも私が興味を持って描かずにはいられなかった物語。『クラスで一番可愛い子』は読者さんに向けて描いた気持ちが強いですし、『怪物の庭』は旅の思い出に描いた作品。『バジリスクの道』はシリアの惨状をニュースで見て、何かできないかという思いから生まれました。自分の中で何かしら引っかかる“描きどころ”さえあれば、私の場合はどんなテーマでもいいのだと思います」こう来たか!と想像を軽々と超えてくる感覚が、癖になるはず。『クラスで一番可愛い子』推しに認識してもらいたい一心で、整形手術にのめり込む女性を描いた「クラスで一番可愛い子」ほか、2編を収録。本書の印税の一部がシリア難民への寄付に。祥伝社880円©山中ヒコ/祥伝社FEEL COMICSやまなか・ひこマンガ家。2008年「初恋の70%は、」で商業誌デビュー。主な著作に『新装版 森文大学男子寮物語』『イキガミとドナー』など。※『anan』2020年11月18日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年11月11日シュルレアリスム界の新星と呼ばれるほど人気の画家・石原春水(しゅんすい)。ある晩、ふらふらと歩いていた環(たまき)恵美子を、ヌードモデルとして見初める。かくて平凡な会社員の〈環さん〉は、毎週金曜日に〈先生〉のアトリエを訪ねる二重生活を始めることに。浜田咲良さんの『金曜日はアトリエで』は、そんな胸騒ぎのシチュエーションで巻き起こるラブコメディ。芸術家とアートモデル、天然系のふたりが出会って何が起きる?「私自身は『人間はずっとシリアスに生きていくことはできんよな』と思っているんですね。重要な会議の場でプレゼンしてる人のシャツのしみを見つけてしまうとか、シリアスな場面ほど笑ってしまう瞬間ってある。そういう人間的で面白いディテールを突き詰めていくと、リアリティと笑いが両立する作品になるのではないかと思っています」ナルシストな先生だが、環さんのちょっとした言動にも振り回される。どちらも天然キャラゆえに、じれったいほど初々しい展開が魅力だ。「主役のふたりがどちらも天然系というのは言われるまで気づきませんでした(笑)。先生の環さんへのアプローチは遠回しすぎるし、環さんはちょっと自己肯定力が低い人。先生は先生で、環さんを『自分が一生をかける作品のモデル』と考えているため、絶対に失いたくない。双方が、現状維持がいちばんいいという思惑になっていますね」ちなみに、先生は、女体と魚を絡ませる絵を得意としていて、描いた後は魚料理を環さんに振る舞う。「絵のモチーフを魚にしたときに、『大量の魚を最後はどうするんだろう。やっぱり食べるだろうな。なら料理をして、たくさん食べて…』という連想から、人物のキャラや設定が決まっていきました。私がもともとシュールな絵が好きで、魚をモチーフに使うダリやマグリットがヒントになりました。2巻以降、春水のメンタルが変わるにつれ、作風も変化していくのですが、心と絵とがどう連動していくのか想像し、作中作として描くのはとても楽しいです」実際、環さんの裸体は官能的で、女性でも見惚れてしまうほど。「彼女はプロのアートモデルでもないし、身体をすごく絞ったりしてないと思うんです。マンガ的に美しいと思える範疇に収めつつ、肉のシワも少しはあった方がセクシー。省略しすぎないように描いています」アトリエから飛び出し、人間関係が広がるらしい3巻が待ち遠しい。S気質なのに、環さんにはちょい気弱な先生。セクシーなのに、大食いな環さん。ギャップも魅力的なふたりのロマンスの行方は?現在『ハルタ』で連載中。KADOKAWA680円©浜田咲良/KADOKAWAはまだ・さくら東京都生まれ。2013年、『ハルタ』vol.1にて「よい子わるい子ふあんな子」でデビュー。『マシュマロメリケンサック』(全1巻)など。※『anan』2020年10月28日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年10月25日前作『あげくの果てのカノン』では、不倫×SFという大胆な設定で、先輩をストーカー的に慕う女性を描いた米代恭さん。最新作『往生際の意味を知れ!』は主人公の性別が変わったものの粘着体質は変わらず、7年前に別れた元カノを女神のごとく崇拝している。「市松と日和は1か月しか付き合っていなかったのですが、一番盛り上がっているときに一方的に振られると、好きの蛇口が壊れたままになってしまうじゃないですか。『どうして?』とばかり考えて、逃れられなくなってしまうのでしょうね」そんな市松のもとに、音信不通になっていた日和が突然現れ、仰天のお願いをする。かつてふたりは、監督と女優として自主映画を制作していたのだが、日和の出産記録を市松に撮ってほしいというのだ。しかも精子も提供してほしいと……!「通常モードの市松だったら『いやいや、そんなの非常識でしょ』と思うのでしょうが、せっかく再会できた日和にはもうどこにも行ってほしくない。頭では断るのが常識的だとわかっていても、本心や欲求が勝ってしまうようなアンビバレントなキャラクターにしたかったんです」そうなってくると気になるのが、日和の魂胆。なぜ彼女はひとりで子どもを産みたがっているのか。そしてあっさり振った市松に、なぜ今さら協力を仰ぐのか。最新刊の2巻では、それまでミステリアスだった日和の胸の内が徐々に見えてくる。「市松が日和に執着するのと同じくらい、日和にも執着している存在があるんです。何かに執着するキャラクターは、プラスでもマイナスでも感情のピークを更新する瞬間が描いていて面白いですね。フィクションなので、現実ではなかなかできないことをさせたいという思いもあります。現実は一度きりの人生なので、その時どきでベターな選択をしたほうが幸せ指数が高いでしょうけど、一方で無駄と思えることに没入している不器用な人の、破滅的なきらめきに惹かれてしまうんです」男性を主人公にするにあたって、元カノに対する思いや性欲に関することなど、さまざまな人にインタビューをしたそうで、そのリアリティもキャラクターに生かされている。「自分としてはある程度極端に描いているつもりなのですが、市松のことを『これは自分だ!』みたいに感じる男の人も結構いるようで、それはそれで勉強になります(笑)」一見突飛に思える設定から溢れてくる、生々しい感情の渦。市松と日和、それぞれの立場から何度も読み返したくなる中毒性がたまらない。『往生際の意味を知れ!』2「元カノと結婚したい」と合コンでのたまう、ハイスペックだけど残念な市松海路のもとに、元カノ・日下部日和が現れて。ガチで出産記録を撮り始める第2巻!小学館591円©米代恭/小学館よねしろ・きょうマンガ家。『おとこのことおんなのこ』『僕は犬』『あげくの果てのカノン』など。本作は『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載。※『anan』2020年10月7日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年10月05日タイトルの光の箱とは、現代人の駆け込み寺ともいえるコンビニエンスストアのこと。本作は深夜のコンビニを舞台にしたオムニバスだ。作者のマンガ家・衿沢世衣子さんに話を聞きました。暗闇の道標となるコンビニにふらりと訪れる訳ありな人々。「ひと昔前、コンビニを利用するのは若い人などに限定されていましたが、今では地域の老若男女が一番集まるところだったりもします。日々頼っている部分が想像以上にある気がして、そこにフォーカスした物語を作ってみたいと思いました」ただしこのコンビニは、普通のそれとはちょっと違う。暗闇に浮かび上がる光に引き寄せられるようにやって来るのはまさに今、生と死の間をさまよっている人たちなのだ。「コンビニも生と死も当たり前すぎるくらい身近で、軽んじられているところがあるのが、まず似ていますよね。コンビニは誰も起きていないような時間帯でも頼ることのできる場所といえますが、真夜中の心細さと絶対に誰かいるという安心感が、生と死、現実と夢をぼんやり照らす光のイメージと重なりました」働いているのは無愛想だけど淡々と仕事をこなすコクラと、同じくドライな外国人のタヒニ。彼らもまた、とある秘密を持っている。「コンビニの店員さんって仕事が本当に多岐にわたっていて、颯爽と働く姿が万能感に満ち溢れているので、そういうかっこよさを描きたいという気持ちがありました。毎日のように通っていると顔見知りになって、向こうは相変わらずクールなのに、こちらが勝手に親しみを感じてしまうような関係性も独特ですよね」来店する訳ありな人たちは、仕事に疲れ果てていたり、自殺を図ったり、強盗に襲われたりと、シチュエーションだけを切り取るとなかなか重い。しかし本人が死にかけていることに無自覚で、飄々とした店員の対応やコンビニというありふれた場所の効果もあって、悲壮感よりおかしみのほうが勝ってくる。「死は日常の延長にあるものだと思うので、死を扱うからといってムードを暗くしないようにしました。メンタルがやられて選択肢を自分で狭めてしまうことは、誰にでもあると思います。そんなときコンビニで買い物をするというルーティンがきっかけで、何かが切り替わることもあるだろうし、切り替えができたときに、なんでそんなに思いつめていたのか忘れちゃうような軽さを大事にしたかったんです。運よく転換が訪れた人の強さを描きたいなって」日常に潜む闇だけでなく、闇に消え入りそうな希望をも照らし出す、光の箱。夢とうつつが溶け合う物語に、ずっと浸っていたくなる。『光の箱』生と死の間にあるコンビニに訪れる人々と店員が織りなす、ミステリアス・オムニバス。光に引き寄せられるように思わず手に取ってしまうカバーも美しい。小学館591円えりさわ・せいこマンガ家。2000年デビュー。著書に『うちのクラスの女子がヤバい』『制服ぬすまれた』『ベランダは難攻不落のラ・フランス』など。©衿沢世衣子/小学館※『anan』2020年9月30日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年09月25日1969年にテレビアニメとして登場して以来、日本で圧倒的な人気を誇るムーミン。’45年に作者トーベ・ヤンソンが最初の小説を発表してから75周年。昨年は埼玉に「ムーミンバレーパーク」がオープンするなど、愛されぶりは周知の通り。けれど、このキャラクターの人気を不動のものにしたのはコミックスだという事実をご存じだろうか。ムーミン人気を決定づけたコミック原画を日本初公開。ムーミンが漫画に初めて登場したのは‘47年。フィンランドの新聞ニィ・ティド紙に2年間掲載されると、‘54年からは英国イブニング・ニューズ紙で連載がスタート。最盛期には全世界で120紙・2000万部の紙面を飾り、世界的なムーミン人気につながっていった。これをきっかけに、トーベは児童文学作家としての国際的な名声を得たのである。ただ、この連載コミックスはトーベ一人で仕上げたものではなかった。当時、アート制作や書籍の執筆などマルチな活躍をはじめたトーベに代わり、それまで主にネタ探しや英訳を担当して彼女を助けてきた弟のラルスが’60年からコミックスを引き継ぎ、15年にわたり執筆を続けた。実は、弟あってこその共作だったのだ。本展ではそんなコミックスを、日本初公開となる原画やスケッチ280余点などを通して紹介。ムーミンの物語やキャラクター以外にも、ヤンソン姉弟がこの物語を守ってきた背景や仕事ぶり、ひいては家族の絆までも知ることができる。従来とはひと味違った切り口のムーミン展だ。ムーミンを家族で守るヤンソン家の絆に注目。トーベ・ヤンソンとラルス・ヤンソン。彫刻家の父と挿絵画家の母との間に生まれた長女トーベ(左)と次男ラルスは12歳差。長男のペルは写真家と芸術一家の中で育つ。©Moomin Characters TMトーベ・ヤンソン「『黄金のしっぽ』習作」。新聞連載の第18話の下書き。©Moomin Characters TMトーベ・ヤンソン「『まいごの火星人』スケッチ」。第11話には警察官など人気キャラも。©Moomin Characters TMラルス・ヤンソン「『Moomin and the Ten Piggy Banks』原画」。ラルスが手掛けた最後のムーミンコミックス。©Moomin Characters TM「ムーミン コミックス展」松屋銀座8階イベントスクエア東京都中央区銀座3-6-19月24日(木)~10月12日(月)10時~20時(9/27、10/4、10/11は~19時30分、最終日は17時閉場。入場は閉場の30分前まで)日時指定制/一般1200円ほかTEL:03・3567・1211(松屋大代表)※『anan』2020年9月30日号より。文・山田貴美子(by anan編集部)
2020年09月23日恋愛、ファンタジー、夢、そして仕事。幅広い作風で数々の名作を生み出してきた、マンガ家の安野モヨコさん。昨年デビュー30周年を迎え、現在回顧展を開催。’90年代後半に大ヒットした恋愛マンガ『ハッピー・マニア』の続編「後ハッピーマニア」も連載中です。通りすがりの人の言葉が胸に刺さることもある。――安野さんの作品の“リアル”は、絵にも宿っていますが、よりセリフにそれを感じるという読者も多いと思います。そのあたりはいかがですか?確かに、会話のテンポと、言葉は、自分や周りが実際に喋っているそれに近いものになるよう、気をつけていますね。――そしてどの作品でも、いわゆるメインキャラクターではない、通りすがりの登場人物が、強烈なセリフを口にして去っていく、そんな印象があるのですが…。普通に、人生ってそういうものじゃないですか?例えば、居酒屋でたまたま隣に座ったおじさんに言われたひと言に、「は!そうだ…!!」と思わされたりすることって、人生で1度か2度はきっとある。名前も覚えてない、二度と会うこともないであろう人が、しかもその人自身も強い思いがあって言ったわけでもない言葉であっても、言われた側にとっては忘れられないひと言になる。もちろん逆も然りです。なんでもない人のなんでもないひと言で救われる、そういうことを描きたいと思っている部分は、確かにあるかもしれません。マンガの構造といえば、主人公がいて、主人公のことをせっせと一生かけて考えてくれる他人だけが周りにいて…という限られた世界で物語が展開しがちですが、現実の人生はそうじゃない。気がついたら誰かの脇役になっていることもあるわけで。でも私は、そういうことも含めて、現実に近い構造で描きたいんです。――約30年、恋愛、仕事など、本当に幅広いテーマで執筆されてこられましたが、今、“安野モヨコらしい作風”とは、何だと思われていますか?ん~、ちょっと難しいですね…。なんだろう、どの世界線の作品でも、自分に嘘をつかない、ということでしょうか…。自分の心をごまかさない、それに尽きるかな。現実を直視したくないから、自分に嘘をつく。もちろんそうしてしまうこともありますが、その行為は結果的に何も生まないし、状況が狂っていくだけ。自分の心に対する嘘に気がついたら、すぐに軌道修正する。どんなタイプのマンガを描くにしても、この思いだけはずっと持ち続けていたいです。あんの・もよこ1971年生まれ、東京都出身。小学生からマンガを描き始め、高校1年生で初投稿、高3でデビュー。’95年より『ハッピー・マニア』(祥伝社)執筆開始、大ヒット。代表作に『働きマン』、第29回講談社漫画賞児童部門受賞作『シュガシュガルーン』(共に講談社)、『オチビサン』(朝日新聞出版)等。写真は、アトリエでのペン入れの様子。雑誌『FEEL YOUNG』で連載中の『後ハッピーマニア』(共に祥伝社)のコミックス第1巻が、好評発売中。また9/22まで東京・世田谷文学館にて、約30年間にわたる創作を振り返る回顧展「安野モヨコ展 ANNORMAL」を開催中。原画などを多数眺められる貴重なチャンス。その後、2021年にかけて仙台などを巡回予定。※『anan』2020年9月23日号より。写真・内山めぐみインタビュー、文・河野友紀(by anan編集部)
2020年09月21日美大受験に失敗した主人公の〈山本さん〉は、突如、神戸でひとり暮らしを始める。いちばんの理由は、〈人生のリセットボタンを押したかったから〉。神戸は、地元の横浜に似た港町。大好きな明石焼きが安く食べられたり、病院の順番待ちにキレた患者に医者が同じ勢いで応戦したりと、初体験の連続に浮かれていた。まさか、ゲームやDVDを扱うお店で始めたアルバイトが、悪夢のような日々への入り口だとは――。『この町ではひとり』は、山本さほさんの実体験をコミック化したもの。自分のせい、と抱え込みすぎないで。自身の体験からの優しいメッセージ。「15年くらい前のことです。大人になればなるほど、当時19歳だった女の子に、周囲の大人はなぜあんなひどいことをしたんだろうと思って」当時のことはブログに詳細にまとめていた。たまに読み返すたびに、怒りや孤独感がぶり返したそう。「ここにも描きましたが、13年経って、あの町に戻ってみたら、自分が苦しんでいたことなど何も残っていないんですね。私のことも誰も覚えていないと思う。でも私にとっては忘れられない1年で、だからこそ、誰かに聞いてもらいたい、話したいという思いが湧いたんですよね」お客さんからの理不尽なクレームや横柄な態度、アルバイト仲間たちからの無視やいじめ…。読んでいてつらくなるが、似たような目に遭ったことがある人もいるかもしれない。「ネットなどでは『そんなにつらいなら辞めたら?』『ブラックな職場なんて行かなければいいのに』という意見も見ます。でも私はあのころの自分を思い出すと、『辞めます』が言えずに追い詰められていく人の気持ちがすごくわかる。意志が強くてスパッと言える人もいるだろうけれど、気が弱くて言えない人もいると知ってもらいたいですね」後半になると、上から目線のパワハラだけでなく、バイク好きな山本さんとバイク談議したいのかと思えばずうずうしく〈ボロバイクならくれへん?〉と言ってくる男や、山本さんを慕ってきたのかと思えば口説きに入る後輩など、トンデモ度はますます広がり…。結末はぜひ本書で。「神戸行きもバイトも自分で決めたことなので、親にも友だちにも言えなかったですね。自分の選択が間違ってたと認める勇気がなくて。いま思えば、もっと早く見切りをつけて地元に帰ればよかったし、甘えてもよかった。いま悩んでいる人には、『早くSOSを』と言いたいです」やまもと・さほマンガ家。神奈川県出身。『週刊ファミ通』で「無慈悲な8bit」連載中。『きょうも厄日です』(文藝春秋)ほか、著書多数。『この町ではひとり』2005年から1年のストーリー。大人になったからこそ過去の自分に寄り添って描けた『青春の蹉跌』的な作品。「あとがき」「描きおろしのおまけマンガ」付き。小学館1100円©山本さほ/小学館※『anan』2020年9月23日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年09月20日’90年代後半、恋愛マンガ『ハッピー・マニア』の大ヒットを飛ばし、人気マンガ家になった安野モヨコさん。美しい絵、疾走感のあるストーリー、個性的なキャラクター、そして心に響くセリフといった安野さんのマンガの魅力には、あらゆる世代の女性たちが虜になりました。昨年デビュー30周年を迎え、現在回顧展を開催。そして、出世作の続編「後ハッピーマニア」を連載中です。――8月に続編の1巻が発売されました。まずは率直な感想をお聞かせください。その前に出した『鼻下長紳士回顧録』という単行本は、連載が不定期だったこと、そして装丁も凝ったこともあり、出版するまで本当に時間がかかっていたんです。それに比べると『後ハッピーマニア』は、サクサクと単行本ができまして。編集さんも私も、「え、もう出た?!」という感じでしたね。―― ’17年に一度、16年ぶりに雑誌に読み切りが掲載され、’19年10月号より連載がスタート。ファン的には続編が始まったのは本当に嬉しかったのですが、なぜ再び『ハッピー・マニア』を描かれようと思われたのでしょう?ひとえに、雑誌『フィール・ヤング』への恩返しですね。’08年から、「オチビサン」という作品以外を休載し、しばらく休養をしていたんです、体調を崩しまして。その5年後くらいから少しずつ、再びストーリーマンガを描くことを試すようになり、『鼻下長紳士回顧録』という作品に取り掛かりました。しかし、正直なかなか原稿を仕上げることができない状況で。でもそんなイレギュラーな状態でも、『フィール・ヤング』の編集の方は、いつ描き上がるかもわからない原稿を待ってくれ、しかも上がったら掲載してくれるという、とても懐の深い対応をしてくださった。当時はもちろん今も、本当にありがたいと思っています。その気持ちが発端ですね。――久しぶりにシゲタカヨコ(『ハッピー・マニア』の主人公)の恋愛世界に戻られたわけですが、スムーズに筆は進んだのですか?いや、最初はやっぱり手探りでした。シゲタさんももう40代なわけで、昔の、20代の頃のようなシゲタさんだと、ちょっとおかしな人すぎる。だからといって、落ち着きすぎてもつまらない。そのへんのバランスはすごく考えました。――40代のバランスとは?シゲタさんは既婚者で、子供がいない。そして、仕事をちゃんとしてきていない人。今の彼女は、人としてのエネルギーが落ちた状態といいますか(笑)。でも落ち着いたといっても、成長したというよりも、年をとって体力的に元気がなくなった、という状態ですね。とはいえ、頑張ってタカハシ(シゲタの夫)との生活を何年も続けてきているわけですから、人に合わせる努力はしてきただろうし、学びや成長がゼロなわけではない。ただ、成長して分別がついたシゲタさんは面白くないので、そこが難しいんですよね。――シゲタさんは45歳ですが、40代の女性の恋愛を描くのは、大きな挑戦でしたか?そうですね…、答えになっているかはわかりませんが、私は『フィール・ヤング』って、20~30代の女性が、リアルを感じられる作品が掲載されているマンガ雑誌、と思っているんです。今描いている作家さんたちは私より全然若いですし、若い世代の恋愛、そして今の若い人たちの“恋愛恋愛していない感じ”を描いている作家さんもいる。そんな中で考えると、自分が恋愛モノをリアルタイムで描くのは最後かもな、と思いますし、『フィール・ヤング』で描くのも最後かな、と。なので、今まで受けた恩恵をすべて返したい、という気持ちで描いてます。“連載”ではなかったから、作者も先を考えてなかった。――もとは、講談社で賞を受賞し、マンガ家になられたと伺っています。そんな安野さんが、別の出版社の雑誌で『ハッピー・マニア』を連載することになったのには、どんな経緯があったんですか?確か21歳くらいのとき、当時私は岡崎(京子)さんのところにメインでアシスタントに行っていたんですが、あるときたまたま(桜沢)エリカさんのところに貸し出され、仕事をしていたんです。そこに、『フィール・ヤング』でエリカさんの編集をしていた方がいらして、「あなたが安野さん?今度うちで描きませんか?」と言われたのが最初です。――原稿を持ち込んだり、といったことは…?ないですないです。どこかで私の作品を読んではくれていたみたいですが。それで描いたのが、『ハッピー・マニア』の初回。当時は1回掲載の読み切り予定でした。なので入稿して、“あぁよかった、終わった”とホッとしてたら、翌月、ある作家さんが原稿を落としてしまい、40ページ空いてしまったらしく、「1週間で40ページ描いて」と言われ(笑)。新しい話を考える余裕はとてもないので、「この間の続きでもいいですか?」ってことで、第2回。そしてなぜか翌月も…となり、気がついたら走りだしていた感じです。――連載をお願いします、みたいなことではなく?それを言われた記憶は一切ない(笑)。だからストーリーとか結末とか、何も考えないで描いてたんですよ。作者自身も来月どうなるか、さっぱりわからないっていう。――それがあっての、あのストーリー展開だったんですね。そう、めちゃくちゃな(笑)。でも“これはこうなる”って着地点を決めて描いてしまうと、それを準備するようなエピソードを出してしまうので、わからないまま描いたほうが絶対にいいんですよね。――『ハッピー・マニア』という作品の持つ“どうしてそうなる?!”という展開は、それまでの恋愛マンガにはなかった種類の興奮を感じさせてくれ、そこに読者は夢中になりました。主人公がいて、イケメンがいて、でもうまくいかないところに当て馬的な別のイケメンが出てきて…っていうのは、もういいよ、もういらないよって、私自身が思ってたんですよ(笑)。自分も含めてですが、20~30代になると女性は、そういうお話に“きゃー”ってなれるほど、もうピュアではない、ということなのかもしれませんね。――年を重ねて、物語を作るということへの考えは、さらに変わられたりしましたか?若い頃は、たぶんみんなそうだと思いますが、自分のことに精一杯すぎて、逆からの視点で見てみるとか、相手の立場で考えるとか、そんなこと思いも寄らなかった。今この年になって思うのは、確かに年齢を重ねたことで、別の視点で見る余裕は持てました。でも今度は、40歳を越えると、一口に40代の女性といっても、独身、既婚、子供がいる、離婚している、など、立場のバリエーションが豊富すぎるという別の事情が出てくる。ですから今は、描きながら、都度都度よく考えなければ、と思います。もはや“全員共感できるよね”というような物語はないのかもしれません。ただ、そのすべてに配慮していたら、ストーリーは作れない…。なかなか難しいところです。あんの・もよこ1971年生まれ、東京都出身。小学生からマンガを描き始め、高校1年生で初投稿、高3でデビュー。’95年より『ハッピー・マニア』(祥伝社)執筆開始、大ヒット。代表作に『働きマン』、第29回講談社漫画賞児童部門受賞作『シュガシュガルーン』(共に講談社)、『オチビサン』(朝日新聞出版)等。写真は、アトリエでのペン入れの様子。雑誌『FEEL YOUNG』で連載中の『後ハッピーマニア』(共に祥伝社)のコミックス第1巻が、好評発売中。また9/22まで東京・世田谷文学館にて、約30年間にわたる創作を振り返る回顧展「安野モヨコ展 ANNORMAL」を開催中。原画などを多数眺められる貴重なチャンス。その後、2021年にかけて仙台などを巡回予定。※『anan』2020年9月23日号より。写真・内山めぐみインタビュー、文・河野友紀(by anan編集部)
2020年09月20日もしも子どもを産むとしたらどんなふうに育て、どんな親でありたいか。自分が持つかもしれない未来の子どもについて、想像を巡らせたことがある人は多いだろう。著者の山本美希さんもそのひとり。本作『かしこくて勇気ある子ども』を描くきっかけのひとつが、当時立て続けに起こっていて、そして今も起こり続けている“不測の事態”だった。「世界中でテロや事件、事故が連日のように起きているのを見て、こういうことが人生を大きく変えてしまう可能性は誰にでもあるのだと感じ、作品に取り込んでみたいと考えるようになりました」主人公は、初めての子どもを迎えようとしている夫婦。お互いに仕事を持ち、精神的にも自立しているようなカップルで、生まれてくる子どもにどんな習い事をさせたいか嬉々として話し合い、かしこくて勇気ある子どもに育てば、明るい未来が訪れると信じて疑わない。「私の美希という名前も漢字を説明するときに恥ずかしくなるんですけど(笑)、親は名前ひとつにも希望を込めますよね。こんなことも、あんなこともできるかもしれないと、期待を膨らませるのは心理として避けがたいのかなと思います」そんななか妻はテレビであるニュースを見たことで、完璧と思えた幸せの絶頂から引きずり降ろされてしまう。パキスタンのマララ・ユスフザイの銃撃事件だ。ご存じの通り彼女は、タリバン運動によって学校に通えなくなり、11歳から女性の教育の必要性を訴えてきた人物だ。「女性が社会でどう生きていくかは、自分の作品のなかで大事なテーマのひとつといえるのですが、この事件は特に印象に残りました。“どの子がマララ”なのかわからない人間に襲撃されるということが衝撃的でしたし、アジアで起きた事件なのでより身近に感じたのもあります」かしこくて勇気ある子どもであるがゆえに狙われてしまう世の中を憂えて、日ごとにうつ状態になっていく妻と、不安定な妻を見守りながらも理解に苦しむ夫。妊娠や出産は当事者にしかわかり得ない部分も多いのだろうが、想像して考えるのをやめないことの大切さを教えてくれる。子どもを持つとはどういうことなのか、という視点もしかり。「妻の沙良のように悲観的な考えばかりではないと思うのですが、だからといって子どもが生まれたらそれで幸せと簡単に言えるものでもないというのは、作品を描き終えた今も変わらずに思っています。それぞれの立場で考えてもらえるような作品になっていたら嬉しいですね」『かしこくて勇気ある子ども』出産を目前に知った恐ろしい事件。妊娠・出産をめぐる男女の思考の違いも垣間見ることが。子どもを持つ準備として、パートナーとともに読みたい一冊。リイド社1800円©山本美希/リイド社 トーチコミックスやまもと・みきマンガ家、筑波大学助教。主な作品に『ハウアーユー?』『Sunny Sunny Ann!』など。さまざまな手法で物語を絵で表すことを模索。※『anan』2020年9月9日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年09月02日移民たちが直面する問題を、ときに温かく、ときにシリアスに描くコミック『バクちゃん』。その著者が増村十七さんだ。バクちゃんが直面する移民あるある。現実世界とも重なる、エモいSF。「バク星生まれの男の子〈バクちゃん〉は、田河水泡『のらくろ』の犬の上等兵以降、初めての真っ黒な主人公かもしれません(笑)」(増村十七さん)バク星では彼らの大切な「夢」が枯れてしまったために、バクちゃんは地球で研究者として働くおじを頼ってやってきた。東京に永住し、夢を食べて暮らせたらと考えているが、のっけから厳しい入国審査や満員電車などの洗礼を浴びる。偶然、名古屋から上京してきた女の子ハナと知り合い、ハナの親戚の遠とおえん縁小こまき牧さん宅に居候できることに…。「私がワーキングホリデーを含めて2年弱カナダに住んでいた頃の、経験や心情を反映させています。カナダは移民が暮らすにはトップレベルに住みやすい国ではあるんですが、それでも新天地での生活には仕事探しや習慣の違いなど自国にいたときには想像もしなかったハードルがあって大変なこともありました」作中で、バクちゃんは移民センターでいろいろな星の人たちと異文化交流したり、仕事探しの愚痴を言い合ったり。同じ星出身者同士は小さなコミュニティを作り、助け合う。バク星からの移民であり、バイト仲間でもあるダイフクは、バクちゃんと出自も性格も考え方も違う。「ダイフクは、カナダ時代の知人をふたりくらい混ぜてできたキャラ。セリフも彼らから実際に聞いた言葉が多いです。理にかなったことを歯に衣着せぬ言い方で、真正面からバクちゃんに投げ、物語を発展させてくれる。重宝する人物です」ちなみに、バクを主人公にしたのは、「描いてみたら可愛くて、半ば直感的に決めた」そう。「ただ、考えてみれば、バクは夢を食べる捕食者だし、地球では誰もが夢を見る。移民はみな夢を求めてやって来ます。そんなふうに夢でつながる部分もあって、バクというアイデアは悪くなかったなと。画一的な線できっちりしたフォルムの生き物が、奇想天外な小さな冒険をしていくというのは、『ドラえもん』など藤子不二雄マンガの影響を受けているかも。落ちる、走るなど、できるだけ機敏に動いてもらっています」読者をたちまち虜にする、健気さやキュートさの塊がバクちゃん。活躍を、これからも見守りたい!オリジナル版は左開き、オールカラーのBDスタイルで自費出版され、文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞。その後、商業誌連載へ。以下続刊。KADOKAWA740円©増村十七/KADOKAWAますむら・じゅうしち東京都出身。成員1名のマンガ・イラスト制作集団。商業誌デビューは2012年。※『anan』2020年9月2日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年09月01日「餓鬼」と「丁寧な暮らし」。対極にあるような言葉の組み合わせだけでじわじわくるが、昨年秋のお彼岸からツイッターに投稿され始めたこの餓鬼は、じわじわどころか瞬く間に人気を集め、フォロワーからガッキーと呼ばれて親しまれるように。『丁寧な暮らしをする餓鬼』としてコミック化された。生前の行いが気になりすぎる!現代人も羨む、餓鬼の日常。「人間より劣っているはずの餓鬼が丁寧に暮らしていたら面白いかなと思ったんです。なぜか餓鬼が好きだったんですよね」説明すると、餓鬼は仏教で死後に存在するといわれる6つの世界(六道)のなかで、生前に欲深く、嫉妬深かった人が行く餓鬼道という世界に生まれ落ちた者。痩せているのにぽっこりお腹で、眼光は鋭く、見るからに飢えているのだが、ガッキーの生みの親である塵芥居士さんは「餓鬼のなかに人間性が凝縮されたものを感じる」のだそう。で、気になるガッキーの暮らしぶりはというと、茶がらを使って掃除をしたり、パッチワークで半纏を作ったり、鮭をマリネにして缶詰にまでしてしまったり。ライフスタイル誌から飛び出てきたような(?)丁寧さだ。「最初は、餓鬼がただ暮らしているだけでしたが、ツイッターで反応をもらえる嬉しさからエンタメ的な行為がエスカレートしていくと、フォロワーさんから『ガッキー、丁寧な暮らしはどうしたの』と言われて慌てて背筋を伸ばしたり、餓鬼なりに顔色を窺うところもあります(笑)」書籍化するにあたって、イラストを加筆修正して、4コママンガに改編。それらに挟み込まれている描き下ろしの短編では、現代の街でお坊さんに追いかけられたり、魚市場でマグロの競りや解体ショーを見学したりして、アクティブに動き回っている。ガッキーの表情は一切変わらないのにどんどん愛らしく見えてくるのは、塵芥さんの絵の巧みさによるところも大きいだろう。「日本画のことは全然知りませんでしたが、デッサンの美しさに惹かれ、こんなふうに線を描けるようになりたいと思い、大学で専攻しました」学生のときにマンガ家になることを一度は諦めたものの、こうしてガッキーで注目されるように。本人はその自覚があまりないようだが、ひとつだけ懸念していることが。「餓鬼はもともと憐れむ存在なので、愛着を感じすぎるのもよくないな、という葛藤があります。餓鬼の暮らしに憧れて餓鬼道に行きたいっていうのは、本末転倒ですよね(笑)」『丁寧な暮らしをする餓鬼』ガッキーの日常を綴った4コママンガ。ノマドワーカーの牛鬼や猫のマコチャンとの交流もほほえましい。“カレー坊主”吉田武士さんの仏教解説も。KADOKAWA1000円©塵芥居士/KADOKAWAちりあくた・こじマンガ家。日本画を7年学ぶ。安達智(あだち・さと)名義で遊女が主人公のマンガ「あおのたつき」を「マンガボックス」で連載中。※『anan』2020年8月26日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年08月20日姉の友だちの今日子さんに淡い憧れを抱く中学2年生のるりこ。姉をナッちゃんと呼ぶ年上のその人は、姉と〈運命共同体〉のように見えたのだが…。女性3人の切ない気持ちが交錯するコミック『姉の友人』。もう戻らない。中2少女と、姉と、姉の友だちを結ぶ甘く苦い恋の日々。コミック『姉の友人』の著者が、ばったんさん。これまでにも、女性たちの繊細で言葉にしがたい感情をマンガにしてきた。たとえば、好き合っていた女性同士が心を残しながらも一方が別れを選ぶ本作の展開は、既出作『かけおちガール』(講談社、全4巻)とも重なる部分がある。「私は、可愛い女の子が苦しんだり悩んでいたりするときのちょっと憂いのある顔が好物で(笑)、そういうものに無条件に惹かれてしまうんです。逆に男性は、自分にとっては未知の生物。いまひとつ心理がつかめないので、どうしても女性中心のストーリーになってしまいますね」自分を見つめる今日子さんの蠱惑的な瞳や優しいボディタッチに、るりこはドキドキし、急速に惹かれていく。一方で、学校に行けば否応なく、自分は彼女に釣り合うほど大人ではないことを思い知らされ、傷つく。るりこの淡くあまりにピュアな恋心に、読者もきゅんとしてしまう。「中学生って本当に大人と子どもの狭間にいる。その中途半端な感じが『いいものだな』と思いました」視点人物を変えながら物語は進み、やがて姉のナッちゃんと今日子さんが疎遠になった理由も見えてくる。三者三様の恋心は行き違い、その傷口を見つめるうちに思いも変化する。「恋は叶ってしまうと幸せのピークは過ぎてしまう。逆に、叶わない恋はずっとピークを追い続けているようなものだから、三角関係や片思いのようなつらい恋愛の方が美しく思えて。思い出すと苦くなることってあるじゃないですか。それを抱えながら生きている人が好きなんです」百合マンガにくくられるだろうが、著者自身には違う思いがあるという。「大切なのはこの人と一緒にいたいという気持ちで、恋の対象が男か女かはどっちでもいいんじゃないかと。みな、居心地のいい人に惹かれていくだけのことではないでしょうか」この夏から始まるという「トーチWeb」での連載も楽しみだ。「恋愛は描き切ったとも思うので、これからは、恋愛という枠に収まらない女性同士の親密な関係を描きたい。新連載の『ヘラたちの家』は、そういうお話になると思います」ばったん『姉の友人』姉の友人の今日子さんが急に姉と疎遠に。一方でるりこは、自分に急接近してくる彼女に戸惑いつつも惹かれ…。この悲恋の機微は、女子だからこそ泣く。リイド社750円©ばったん/リイド社ばったんマンガ家。東京都出身。コミティアで活動を始め、2016年に商業誌デビュー。他の作品に『にじいろコンプレックス』(全2巻)などがある。※『anan』2020年8月12日-19日合併号より。写真・中島慶子インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年08月14日大学院を修了しても知識を活かす場や安定した仕事がない…。高学歴ワーキングプアの問題は、昨今日本でもよく耳にする。そうした状況はティファンヌ・リヴィエールさんが暮らすフランスをはじめ、海を越えた世界各国でも若い学生や学者たちを悩ませている。そんな院生の苦難と悲哀のあるあるを詰め込んだバンド・デシネ(BD)をブログで発表。書籍化されたのが『博論日記』だ。世界中の大学院生が共感した、アカデミズムという砦の不条理。「自伝ではないのですが、自分の経験からインスピレーションは受けて描きました。主人公のジャンヌは典型的な文学系院生像。25歳くらいの女性で、研究への情熱もあるけれど、論文を読んでもらうために指導教官に関心を持ってもらわねばならず、一握りの院生以外はあまりに理不尽な状況に直面します。それをブログにしたら、ジャンヌに起こる出来事に対して最初はみんな笑ってくれました。でも彼女のつまずく落とし穴の数々が、さらに暗い世界へと繋がり、気が滅入ってしまう。それは私も経験したことです」研究ばかりのジャンヌに、恋人のロイックは愛想を尽かし、ふたりの関係はギクシャクしていく。「こうした経験は女性の院生だけでなく男性もしていますし、それに関する研究もあります。博論を書いていると強迫観念にかられ、終わらせるために狂信的になってしまう。パートナーにはしんどいんですよね」フランスでは、院生の3分の2は博論中にパートナーと別れるという統計もあるそう。高学歴の問題だけでなく、夢をあきらめられない人にも当てはまりそうだ。「女性の抱えるもっとも大きい問題は子ども。育児が始まると、女性のキャリアは狡猾に着々とゴミ箱に捨てられていく。基本的に男女平等のフランスでも珍しくないことです」マンガは独学で身につけた。「博論が終わりかけのころ、両親の結婚30年のお祝いに、兄妹で一緒にマンガを描いたんです。家族間であったエピソードなどを描いただけなんですけれど、それにものすごくハマってしまった。暇があればそれしかしなくなり、ついには博論そっちのけで心を奪われていきました。同じお金を稼げないのなら、バカみたいに研究するより自分のしたいことを全力でしようと(笑)。10年もの間、著名な文芸作品の書き方を研究してきたことが、私がマンガを描くのに役立っています」『博論日記』作・ティファンヌ・リヴィエール訳・中條千晴カフカの博士論文を3年で書き上げることを目標に、希望を抱いて院生生活に踏み込んだジャンヌだったが…。女性のキャリア形成の難しさにも通じる必読BD。花伝社1800円©Editions du Seuil、中條千晴、花伝社ティファンヌ・リヴィエールBD作家。フランス生まれ。自らの博士課程体験を軸に本作を発表。英、中など8言語で出版。※『anan』2020年7月22日号より。インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年07月15日結婚はいつかするものという価値観は、もはや“古風”なのかもしれない。2040年には日本の人口の約4割が独身になるというのだから。なつみ理奈さんの『ソロ活!』はソロ活シェアハウス“ソロ門”が舞台だ。幸せのカタチは人それぞれ。“結婚しない”という生き方を問う。「人と話すのが好きでいろんな方と接するなかで、結婚せずに人生を豊かに過ごしている人と出会う機会がありました。その方たちが結婚より優先している人生の豊かさとはなんだろう?と考えたときに、これは面白いテーマだなと感じました」と話すのは作者のなつみ理奈さん。主人公の田中紫陽花(あじさい)は、32歳のキャリアウーマン。親からは結婚を期待され、自分もやはりそのうち結婚するものだと思い込んでいる。「結婚しない選択は理解していても、自分が将来も未婚である可能性は想定していません。選択の幅を無意識に制限しているところから脱却してほしいという気持ちを込めました」紫陽花は会社の新規プロジェクトとして、単身でも充実した人生を送る「ソロ活」を調査することに。行動力のある彼女は、男性だけが暮らすソロ活シェアハウスに取材の一環で住まわせてもらうことになり、さまざまなタイプのソロ活者と出会う。「できるだけ実際のソロ活者に話を聞いてモデルにしつつ、選択してソロになった前向きな人々の生き方を見せていきたいと思いました。ただしソロ活を勧めたいわけではなく、こういう生き方もあるという紹介なので、先々に起こる課題も取り上げています。それらを作中のキャラたちがどう対処しているのかまできちんと描きたくて、勉強もしました」シェアハウスのオーナー兼住民である城尾秋人(あきと)も、葬儀屋の跡取りとしてソロ活をリサーチしていて、ふたりはお互いに信頼を抱くように。「仕事のために結婚しない道を選んでいる城尾もまた、選択肢を制限しています。自分の気持ちを優先させていないふたりが、お互いに干渉し、何が大切かを考え、生き方に大きな影響を与え合う、そんな不思議な縁を描こうと思いました」ふたりは自分の気持ちと向き合ったうえで、結婚するか否か、納得のいく選択をすることができるのか。「タイトルからは結婚するか迷っている人向けのように思えますが、結婚をしたい人、今はそのつもりがない人、迷っている人、すべての人に読んでほしいです。生き方の選択肢を広げる作品でありたいと同時にソロで生きる人たちの強さとかっこよさを楽しんでいただきたいです!」『ソロ活!』ソロ活シェアハウス“ソロ門”で紫陽花が出会うのは、夢を追う人、4回離婚歴のある人、自室にこもる謎の人…。彼女の価値観はどう変わるのか。全3巻。双葉社620~650円©なつみ理奈/双葉社なつみ・りなマンガ家。2015年『ハーフ&ハーフな女たち』で連載デビュー。双葉社より新連載準備中。Twitterで最新情報を発信。@natsumidaff※『anan』2020年7月15日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年07月10日ねむようこさんの『神客万来!』は洋館のホテルを舞台に、訪れる人たちと新人客室係のやり取りを描いた物語…と書くと不思議なところは特にないが、このホテルの特徴はお客さんが人間ではないこと。1日1組限定で、神様やおとぎ話のキャラクターなどが願いごとを叶えにやってくる、“人外専門”ホテルなのだ。超有名人ばかりが訪れるそのホテルの人気の理由は?「アイデア自体は担当さんからいただいたのですが、私がちょうど妊娠中で過渡期だったこともあり、今まで描いてきた恋愛モノや仕事モノはちょっと違うかもと迷っていたんです。ファンタジーはもともと好きだし、面白い絵がたくさん描けそうだったので、魅力的に感じました」訪れるのは、お供え物よりジャンクフードが好きな五穀豊穣の神様や、見た目はいかついけれども可愛いものが好きなドラゴン、ずきんを脱ぐと地味になる赤ずきんちゃんなど。「大事にしているのは誰もが知っているキャラクターで、共通のイメージがあること。知っているつもりでも意外な悩みを持っていたりして、人間じゃないけど人間くさい一面を描けたらいいなと思っています。たとえば桃太郎なんかも勇ましくて頼りになるイメージがありますが、ちょっと残念なイケメンにしてみたりなど、楽しみながら描いてます」超VIP(?)たちのお相手を務めるのが、どんなホテルなのか何も知らずに働き始めた、みちる。訪れる客に驚き、振り回されながらも、さまざまな要望に応えていく。「ファンタジーは自分で世界を作ることができるのが魅力ですが、その世界のルールにほつれが見えた瞬間に、読む人は興ざめしてしまうのが難しいところ。それと自分でも面白いと思うのが、作画のしかたがいつもと違うんです。リアルな女性像を描くようなマンガだと、ポーズとかを写真で撮って参考にして、絵もリアリティを重視していたのですが、今回はその作業があまり必要ないというか、イメージを大事にしたほうが描きやすいんですよね」もうひとつ、マンガを描くうえでの心境にも大きな変化が。「今までは、求められていることを必死にすくい取っていたのですが、普段思っていることをもうちょっと作品に落とし込んでもいいんじゃないかなって思うようになっています。その点でも、ファンタジーは気持ちを乗せやすいのかもしれません」珍客たちの意外な素顔に加え、ねむさんの新たな一面も楽しめそう!『神客万来!』1客層もおもてなしも少々特殊な、ツバメ屋ホテル。家族経営のこのホテルでそもそもなぜ、みちるは働くことができたのか…。『週刊漫画TIMES』で連載中。芳文社620円マンガ家。2004年『FEEL YOUNG』でデビュー。女性誌・青年誌などジャンルを問わず活躍。近著『君に会えたら何て言おう』は妊娠・出産がテーマ。©ねむようこ/芳文社※『anan』2020年7月8日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年07月03日美味しそうな料理の描写が食欲を刺激するコミックエッセイ『しょうゆさしの食いしん本スペシャル』について、作者のスケラッコさんに話を聞きました。作る、食べる!食の喜び満載のお腹がすく一冊。自粛期間中の楽しかったことといえば、やっぱり“食”!そんな時期に発売されたこちらの本。ツイッターの食べ物&料理好きの間で、美味しそうな料理の描写、そして作ること、食べることの喜びが伝わる本として、とても話題になりました。「単行本の発売がコロナと重なったのはもちろん偶然で、書店が休業する中、私としては正直複雑な思いでした。でも、個人経営の書店の通販などを利用して読んでくださる方がいたのは、本当に嬉しかったです」と語るのは、作者のスケラッコさん。京都在住のマンガ家さんです。「子供のときから食べることが大好きで、高校生の頃、それを絵に描くようになりました。見た目と、美味しさと、ちょっとめずらしい食べ物に出合ったときに、“マンガにしたい!”と思うことが多いです」前半は好きな料理をレシピ込みで描いた作品が、後半は旅で訪れた広島や、地元・京都の食とお店を紹介する作品が収録されています。「今回は連載をまとめる形ではなく、自主的な執筆と描き下ろしを収録した本なので、構成なども自分で考えました。結果、思い入れのある一冊になったと思います。読んだ方が実際に作ってくださるのはとても嬉しいです。ただ、漫画にも描きましたが、私の料理は“なんとなく”なので、ご自分でレシピをアレンジしてくださったほうが、美味しいものができると思います。また、落ち着いたらぜひ、掲載されているお店にも行ってみてほしいです」豚肉のピカタをパスタにのせた料理のページ。調理中の興奮と勢いが溢れる描写に、思わずゴクリ…!!ライターKが実際に作り、心の底から感動したのがこの“チートー”。チーズはケチるな、を学びました。スケラッコ『しょうゆさしの食いしん本スペシャル』京都在住のマンガ家“しょうゆさし”と、同居人の“ビッグフットくん”が、作って食べて、飲んで旅をするコミックエッセイ。とにかくすべてが美味しそう!リイド社1500円スケラッコマンガ家、イラストレーター。餃子、シュウマイ、ピザ、春巻き、中華まんなど、“皮と具”が組み合わさった食べ物が好き。※『anan』2020年7月1日号より。写真・中島慶子取材、文・河野友紀(by anan編集部)
2020年06月26日ある人を助けるために、ほかの人を犠牲にすることは許されるのか。これは「トロッコ問題」という有名な思考実験の命題だが、新型コロナウイルスの感染拡大下、まさにこの問いを突きつけられるような場面が見受けられた。本作『エチカの時間』のタイトルにある「エチカ」とは、倫理のこと。玉井雪雄さんはある種の息苦しさを覚えて、このテーマに行き着いたそう。「具体的には、SNSなどで自分の意見を自由に言えるようになって久しいですが、声が大きく、短い文章で“いかにも”なことを言える人の意見が力を持ち、なんとなくの雰囲気で良いこと悪いこと、正しいこと間違っていることが決まってしまうような息苦しさです。じゃあ何が正しいのかと考えたとき、『倫理』という言葉が浮かびました。なぜ人はしていいこと、したら気が咎めることを知っているのか?頭では悪いことをやっちゃえと思っていても、違和感があったり、夢見が悪かったり、ひどいときは心を病んだりして、普遍的にどこかで判断している。それはなんだろうと思ったのです」トロッコ問題が発生するのは、なんと渋谷のど真ん中。巨大な鉄球の落下事故を予知し、スクランブル交差点を歩く一般市民250人の死傷者を出すか、鉄球の転がる方向を人的に操作することで工事関係者3人を死亡させるか……。七太郎というやや奔放な次世代AIに倫理を教えるべく、ふたりの男女が究極の選択を迫られる。思考実験の過程は、心の内に潜む“悪”と向き合ったり、忘れたい過去を思い出したりなど、なかなかハードなのだが「で、自分ならどうする?」と常に問われる緊張感がある。ふたりが導き出す答えはもちろん伏せておくが、「トロッコ問題の解決策を頭のいい人や倫理の先生に聞いて取材をしたところ、出た答えに納得がいかず、あらゆるシミュレーションをした」上でのラストであることを付け加えておこう。「法律にあるから、上の立場の者が言ってるから、という“思考停止”こそ一番の悪だと思います。この本を読んでも“こういう結論だからこうする”ではなく、“自分ならあのときの経験と感情でこうなったからこうする”と考えることが大事。ですから読み終えたら一度は誰かと話してほしい。人と話すことによって、さらに考えることにつながるので」『エチカの時間』1、2Fラン大卒のフリーター日野と、AIのエチカを“育倫”する「エチカ・アカデミー」の劣等生・百上が渋谷で起こるトロッコ問題に挑む、究極の倫理ゲーム。小学館各591円©玉井雪雄/小学館たまい・ゆきお主な作品に『OMEGA TRIBE』など。本作は『ビッグコミックスペリオール』で連載中。8月末発売予定の3巻では、新たな案件が始動。※『anan』2020年6月24日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年06月23日玉の輿に乗った美也(みや)の幸福と安寧が、中学の同級生・糸子(いとこ)との再会によってじわじわ脅かされていく…。そんな女の愛憎劇が、わたなべまさこさんの『秘密―ひめごと―』だ。裕福な専業主婦と“悪女”を生きる女。91歳のレジェンドが描く愛・憎・哀。「最初の発想は、出会った人の人生をためらいなく壊すことに満足感を得るような、生粋の悪女の物語でした。けれど、考えるうちに糸子の背景が見えてきました。タイトルに込めた“秘密”が何かは徐々にわかっていただけると思います。私自身もそれに思い至ったとき、彼女が人間として哀れでならなくなりました」見た目も地味で女性的な魅力に乏しかった糸子だが、次第に「魔性」的なつかみどころのなさが開花していく。とりわけ、彼女が放つ体臭は独特らしい。それに美也の夫や弟は翻弄されていくのだが…。「女性はそれを異様な臭いだと感じ、男性はえもいわれぬ匂いだと思う。彼女の武器のようなものですね。それがどう展開に関わっていくのかも読んでいただけたらと思います」人間心理の綾も描かれる白熱のサスペンス。全14回で完結する最後まで、目が離せない。絵のタッチもミステリアスで、ひと目でわたなべさんの作品だとわかる。また、西洋の洋館や上流階級の暮らしなどを、いち早くマンガを通して紹介してくれたひとりでもある。「時代ものや外国を舞台にした作品なら、参考資料や空想で補えるのですが、現代ものは、イマドキらしさをどう出すか、人物像やコスチュームに悩みますね」わたなべさんはいわずと知れた少女マンガ界のレジェンド。ホラーやサスペンス、ミステリー、怪異譚といったハラハラドキドキする作品を連綿と手がけてきた。特に“悪女”を描いたものは名作揃い。対照的なふたりの女性、出生の秘密、裕福さへの憧れなど、本作にちりばめられたモチーフは、マリサとイサドラが活躍した『ガラスの城』にも通じるものがある。「現実の生活では、理性が勝つので、普段抑えているものを創作の中では思い切り描くことができる。私の心の奥には、悪女に対する憧れがあるのかもしれませんね。なにしろ、悪女を描くことは面白いんです」現在は『Jour』(双葉社)で「中国怪異譚」を連載中。創作意欲はいまなお盛んだ。わたなべ先生の歴史的名作に触れてみたい人は、電子版をチェック。’52年に貸本マンガからキャリアをスタートさせ、今年で画業67周年を迎える。なかでも、わたなべさんの大きな功績は、西洋仕込みのサスペンスなどを取り入れた、それまでの少女マンガになかった物語を描いたこと。そのターニングポイント的な作品が『ガラスの城』(集英社)。現在は電子書籍のみの流通になるが、こちらを入り口にワールドをもっと楽しんで。『秘密~ひめごと~』美也と糸子の運命を追う。本作は集英社より9月下旬に電子書籍化を予定(価格未定)。連載は終了しているがマンガアプリ「マンガMee」で現在も購読可能(一部無料)。わたなべまさこ1929年、東京都生まれ。少女マンガの黎明期から活躍。代表作に『ガラスの城』『聖ロザリンド』など。女性マンガ家で初めて旭日小綬章を受賞。※『anan』2020年6月17日号より。インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年06月12日あのあやのさんの『人の息子』は、日本の里親制度や児童福祉の状況を題材に、心優しい独身男性と、境遇に負けず健気に成長する少年との交流を描くコミックだ。小さき者を守り抜く覚悟はあるか。血か絆かを問う、里親と里子の物語。“鈴木ササカマ”のペンネームで活躍している31歳のマンガ家・鈴木旭。彼のもとに届いたファンレターの差出人〈山本たかね〉という名前を見て、旭ははっとする。高嶺(たかね)は以前、旭が保育士をしていたころに実の母に捨てられ、児童養護施設へ送られた子だった。手紙を媒介に、ふたりは3年ぶりに再会。高嶺の境遇に心を痛める旭は、高嶺の里親になりたいと考え始めるが…。「私自身も子育て中で、子どもが育つ環境については思うことがいろいろあります。里親制度についてよく知っていたわけではないのですが、取材するうちに、単身者で、しかも男性だと里親になるのがとても難しいとわかりました。でも、夫や周囲のパパさんたちを見ていても、育児は男性も普通にします。子どもが好きで養育環境も用意できるのに、独身で男性だというだけで門前払いされる状況には違和感がありました」そこで旭のように、里親になるハードルが高い人物を据え、旭と高嶺が正式に里親里子になれるかを追った。ふたりの親交が深まるにつれ、制度の壁や周囲との価値観のずれなども浮き彫りに。高嶺が大人びた振る舞いをすればするほど、言葉にしない彼の孤独感に、胸が痛む。「職員さんが辞めたり、18歳になった年長の子どもたちが先に施設を出たり。常に“別れ”を意識する流動的な環境で育つわけですね。だからわがままになる子もいれば、過剰に達観してしまう子もいる。高嶺は後者のように描いていますが、旭といるときは安心して子どもっぽい面を見せたりする。そういう変化も描けたらいいなと思っています」第2巻は9月に刊行予定。果たして旭は里親の認定試験に合格し、一緒に住むことを叶えられるのか。「こんなマンガを描いていてなんですが(笑)、私は『泣ける』みたいに謳うエンタメが苦手で、編集さんとの打ち合わせでもそういうふうにしないと決めました。旭と高嶺がハッピーになり、読者もほっこりした気持ちになる世界を目指したいです」おそらく試練はまだ続く。だからこそ、ふたりを応援していきたい。『人の息子』1サイドストーリーとしてラブ要素もちょっぴり。旭は児童福祉司をしている美女の秋山さんを意識しているよう。秋山さんも少しずつ旭を信頼していく様に注目。講談社640円©あのあやの/講談社あのあやのマンガ家。東京都出身。元書店員、1児の母。少女マンガ誌への投稿、育児雑誌の連載などを経て現在、Webマンガ誌「Dモーニング」にて本作を連載中。※『anan』2020年6月10日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年06月04日夫65歳、妻70歳。本作に登場する江月朝一と夕子が子宝に恵まれる年齢だ。超高齢出産&子育てを描き、ドラマ化もされた、タイム涼介さんによる『セブンティウイザン』。その続編にあたる『セブンティドリームズ』は、娘のみらいが3歳になり、幼稚園に通うところからスタートする。作者にお話を聞きました。「親になり、子育てを続けていると、日々の忙しさに自分のことを考える余裕を失いがちです。子どもに夢を託すだけでなく、大人が人生を楽しんでいる姿を見せることも子どもが大きくなったときの道しるべになるのではないかと思い、タイトルも新たに、始めさせていただきました」そもそもなぜ70歳で妊娠という、大胆な設定にしたのだろう。「いくつか理由があって、ひとつはあえて“めったにいない夫婦”にするためでした。妊娠、出産、育児は繊細な事柄なので、読んだ方に不安を与えたくなかったのです。もうひとつは妊娠・出産のタイミングが訪れるのは、必ずしも健康面や経済状態が万全なときだけではないということを表現するためでした」朝一はすでに定年退職をして年金生活を送っているため、みらいを育てていくうえで経済的不安が当然ある。その代わり、一緒に過ごす時間はたくさんあるが、子どもの成長とともに体力が追いつかなくなってくる。さらに追い打ちをかけるように、がんを告知されてしまうのだ。「朝一さんは戸惑い、落ち込みますが、残りの人生でできることや、やるべきことを探して奮闘します。年齢にかかわらず病は突然身に降りかかるものなので、私も自分自身に置き換えて、今後の生き方を考えながら描いていきたいです」くよくよしているのも束の間、というよりも日々成長する娘の姿を見て、前を向かずにはいられないふたり。人生経験は周りの親よりあっても、子育てに関してはみな平等に手探りで、初々しいのがいい。3巻では子どもとの関係性に加えて、幼稚園の新米先生や親同士のやり取りなどにも焦点が当てられていく。「教育の場ではどうしても子どもが中心になりますが、親であっても先生であっても誰かの子どもであり、大切な人生を歩んでいることを、親の親世代である朝一さんや夕子さんなら伝えられるはず。初めてづくしの冒険が続く江月夫婦にとって、今が一番の青春なのだと思います。そしてそれを見て成長するみらいちゃんの姿を描いていきたいです」『セブンティドリームズ』33巻では、幼稚園の年中組になったみらいの新たな友達との関係や、保護者会の役員になり、さまざまな考えの親とともに奮闘する朝一と夕子の姿が描かれる。新潮社620円©タイム涼介/新潮社たいむ・りょうすけ主な作品に『日直番長』『アベックパンチ』など。『セブンティウイザン』は全5巻。本作は『月刊コミックバンチ』で連載中。※『anan』2020年6月3日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年05月30日笹生那実さんの『薔薇はシュラバで生まれる』は、’70年代の少女マンガ誕生をめぐり、元アシスタントの目線から裏話が楽しめる貴重な一冊。70年代少女マンガ。金字塔的作品が次々と生まれた舞台裏はこうだった。「もともと10ページくらいしかなかったマンガを、エピソードを足したり膨らませたりして1冊分に描き直しました。読者が『へえ~っ』と驚くような秘話をこぼさないようにしようと意識しました」くらもちふさこさんの『わずか5センチのロック』や山岸凉子さんの『天人唐草』についての感動的な秘話、樹村みのりさんが笹生さんにかけてくれた温かな励ましの言葉…。どの逸話も濃い!そして面白い!驚くのは、笹生さんご自身が〈私の頭の中が録画保存庫だった〉と振り返るように、ほぼ記憶だけで描かれているという点。「詳しく“記録していた”のは美内すずえ先生と大ファンだった中学生の私との初対面の話だけです。その手帳を発見したときには、我ながら『なんて不気味な中学生なんだ…』と驚きました(笑)。正確な時系列までは覚えていないので前後している部分もあるかもしれませんが、他のエピソードはすべて記憶だのみです」また、作中に登場する美内さんや故・三原順さんら諸先生方のご尊顔が、それぞれが描く絵にみなよく似ている。そんなワザも、読んでいて胸がときめくポイントだ。「当初、先生方のお顔をどうするかはすごく悩みました。当時のお写真もないのに、ご本人の似顔絵にするのは無理。というか、芸能人じゃないのだからそっくりに描いたところで読者には意味がないし…と悩んでいるうちに『そうだ、その時代に各先生方が描かれていた絵柄を使って先生のお顔を描こう!』と思いついたんです。読者もこれなら『この絵柄はまさしくあの先生』と、すぐにわかってくれるだろうと」本書を描く前から、’70年代当時の名作少女マンガを後世に伝えていきたいと思っていた、と笹生さん。「同時に、それらが描かれたのはどのような時代だったかを伝えることで、それぞれのマンガの良さがさらに十全に伝わるのではないかとも思いました。作品を読むだけではわからない時代背景も伝えたいという気持ちは、最初から強くありましたね」熱き制作現場や先生とアシスタントたちの連帯に、拍手喝采。さそう・なみマンガ家。32歳で引退後、同人活動などを経て32年ぶりに本書を出版。次は’60年代少女マンガをリスペクトした作品を描きたいとのこと。『薔薇はシュラバで生まれる~70年代少女漫画アシスタント奮闘記~』著者がアシスタントを務めた、巨匠たちの仕事ぶりと交流。創作秘話や笹生さんらアシさんたちの青春模様もたっぷりと詰め込まれている。イースト・プレス1091円©笹生那実/イースト・プレス※『anan』2020年5月27日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年05月25日マジメで責任感が人一倍強い、かたづけられない女子必読!加納梨衣さんによるコミック『カノジョは今日もかたづかない』。部屋の乱れは心の乱れ、とはよくいうけれども、整理整頓の苦手な人にはなんとも耳が痛いだろう。「忙しくなると部屋がすぐに散らかってしまうので、うまくできないかなと思ったのが本作を描くきっかけのひとつです。自分自身の状況を投影したってことですね(笑)」デザイン事務所に勤める俵あいなは、社内での評価も良く、身ぎれいで、おまけに付き合って半年の恋人もいて、後輩に一目置かれている。しかしそれは必死に取り繕っている姿にすぎず、ひとり暮らしをしている部屋は足の踏み場もないほど散らかっている。そんな彼女の本質をさりげなく見抜いてしまうのが、毎日きっちり定時で帰る男・深川。他人の評価を気にせず、できない仕事はできないときっぱり言う無愛想な人なのだが、彼からするとどうやらあいなは要領が悪いようで……。「あいなは自分のキャパシティがわかっていなくて、仕事を引き受けすぎてしまう人。仕事って本当はどこかで区切っていいはずのものですけど、私自身、マンガを描いていると、やめどきがわからなくなることが結構あって。終わっていない状況にこだわりすぎて、自分が疲れていることに気づけなかったりするんです」恋愛においても、あいなは自分を良く見せようとするタイプで、部屋に来たがる恋人をなんだかんだ言い訳して、はぐらかしてしまう。「完璧に部屋をかたづけ、なんだったらディナーも用意しそうなくらい。あいなにとってゼロを100にしないと呼べない相手なんですよね」対して、あることがきっかけで部屋を見られてしまった深川には、これ以上隠すことがないせいか、素の自分を出せるのも気になるところ。マジメで完璧主義者ゆえに、どつぼにハマっていく彼女を見ていると、仕事も恋愛も家事もすべてを完璧にこなすのは無理なのだから、もっと楽にいこうよ、と思ってしまう。「私も忙しいのはありがたいことなのですが、お仕事が重なると冷静に考える時間が取れなくなってパニクったり、イライラしてしまいます。なので、仕事もプライベートも適度に折り合いをつけて、余裕のある暮らしをできたらいいな、という思いで描いています。今のところ、あいなはうまくいかない状態が続いていますが、自分の状況を見つめ直して、心の安定に合わせて部屋がかたづいていくのが理想ですね」『カノジョは今日もかたづかない』1会社ではステキ女子として憧れられる、俵あいなの目下の悩みは部屋をかたづけられないこと。同じ悩みを抱えるすべての女子に捧げる、デトックスマンガ。祥伝社680円©加納梨衣/祥伝社フィールコミックスかのう・りえ代表作は『スローモーションをもう一度』など。「機動戦士ガンダム バンディエラ」を『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載中。※『anan』2020年5月20日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年05月19日文豪作品の空気感を踏襲しつつ、画の魅力を加味した世界へようこそ。マンガで文豪に親しもう!マンガやアニメの人気が追い風になり、若い世代を中心に、文豪や文豪の作品のブームが続いている。だがこれまでスポットが当たってきたのは、主に明治から戦後すぐぐらいまでの日本の小説だった。しかし、いよいよ世界文学にもマンガ化の波が起きてきた様子。今回は、原作の色を大切にコミック化した3冊をピックアップしてご紹介。村上春樹の短編「螢」とディストピア小説として有名なG・オーウェルの『1984年』を手がけたのは、これまでも世界文学のマンガ化に積的に挑んできた森泉岳土。フランスの文豪マルグリット・デュラスの作品の中でも特に有名な『愛人(ラマン)』に挑んだのはフランスのマンガ「バンドデシネ」の影響を感じる高浜寛だ。物語のエッセンスを自身の解釈で抽出しているので、原作とはまた違った感想を持つだろう。著名な海外文学作品のあらすじと読みどころを、面白おかしくまとめてくれている久世番子のコミックエッセイは、原著を読むハードルをぐっと下げてくれる。文豪の世界にアプローチするきっかけになりそう。水と墨と楊枝で描かれる、繊細なモノクロームの魅力。『村上春樹の「螢」・オーウェルの「一九八四年」』マンガ:森泉岳土原作:村上春樹、G・オーウェル河出書房新社1100円©森泉岳土/河出書房新社人の心情をわかったふりをして腑分けすることを避け、それゆえにいかようにも想像が広がる村上春樹の世界。歴史や過去が修正され続ける徹底した監視社会下でささやかな抵抗を試みるウィンストンの変化が怖くなる世紀の傑作。マンガで読んでも最高だ。原作の雰囲気を見事に再現。ずっと眺めていたくなる。『愛人 ‐ラマン‐』マンガ:高浜寛原作:マルグリット・デュラスリイド社(トーチ comics)1500円©高浜寛/リイド社原作は、1984年にフランスの名誉ある文学賞「ゴンクール賞」を受賞した、M・デュラスの自伝的小説。貧しいフランス人少女と裕福な華僑の青年との切なすぎる初恋物語は感涙必至だ。オールカラーで描かれたひとコマひとコマがうっとりするほど美しい。有名すぎる文豪作品にも本書なら気軽に触れられる。『よちよち文藝部 世界文學篇』久世番子文藝春秋1000円©久世番子/『よちよち文藝部 世界文學篇』文藝春秋『高慢と偏見』『風と共に去りぬ』『百年の孤独』などタイトルもあらすじも知っているが、実はちゃんと読んだことがないという人率が高そうな名作たち。本書ではそれらを読破するための面白注目ポイントをガイドしてくれているので、今度こそ制覇できるかも。※『anan』2020年5月20日号より。写真・中島慶子文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年05月14日ちょっと休みたい……。仕事にプライベートに慌ただしい日々を送っていれば、誰だってそう思う。だけど慌ただしさと充実を履き違えて、疲れている自分を直視しようとしない人も多いのではないだろうか。『エミ34歳、休職させていただきます。』のエミはそうやって無理をした結果、会社に行けなくなってしまうのだが、著者であるおおがきなこさんの実体験がベースになっている。頑張っている人も、頑張れない人も自分を大事にしてますか?「職場でいつも笑っているキヨコ先輩のことが気になりだすのですが、他者の言動を見て『あの人のああいうところがつらいよね』という言葉が出てくるときって、自分自身が疲れているサインなんですよね」そして休めばラクになれるはずだったのに、現実は違っていた。「休むかどうか悩んでいるときよりも、休んでからのほうが100倍しんどいんです。なぜかというと、休む前は悩んでいる理由が他者だったけど、休んでからはそれが全部自分になってしまうから」エミと同じ状態に陥ったとき、おおがさんは書店に行って自分の気持ちを代弁しているような本を探したそう。しかしうつから抜け出すためのノウハウ本はたくさんあっても、当事者として共感できる本がなかった。古傷をえぐるように本作を描いたのは、そういう切実な思いがあったからだ。ただしおおがさんの経験とエミの大きな違いは、エミはまだ心の病の入り口、つまり引き返せる場所にとどまっているということ。「私は壊れかけていることに気づきながら、もっと苦しくなって周りの人に『見るからに無理だ』と思われる状態になるまで、自分を痛めつけながら耐えてしまいました。そこまでいってやっと休めたのですが、そうなる前が引き返せるタイミングだったと今は思うんです。同じような気持ちの人がいることがわかったら、少しは心が軽くなるはずと思うから、この本を手に取る気力がまだある人には、壊れる前に気づいてほしい」エミの予備軍やもっと手前にいる人にとっても、なぐさめず、元気づけたりもせず、ただ寄り添うような本作は、読む薬になるだろう。「自分を大事にするってよく言いますけど、頑張ったごほうびやアフターケアが多いですよね。でも頑張らないでいいし、ごほうびの一歩手前で休んでもいい。それだって自分を大事にすることだと思うんです」おおがきなこマンガ家、イラストレーター。著書に『今日のてんちょと。』『いとしのオカメ』『いとしのギー』。noteにてエッセイ「やさしさのおきばしょ」を執筆中。『エミ34歳、休職させていただきます。』笑うことに疲れて会社に行けなくなった倉橋エミ。仕事を休み、自己嫌悪にかられながらも、ゆっくりと自分の心を取り戻していく大きな迷子の物語。主婦と生活社1200円©2020 おおがきなこ/主婦と生活社※『anan』2020年5月13日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年05月11日■前回のあらすじママ友から誘われた、娘のバレエ教室。ママ友の輪に入りたいという思いもあり、入会することにしたのですが、なんと娘がすぐに主役に抜擢されて舞い上がってしまい・・・・娘の主役抜擢で一気に注目の的になった私。これまでの人生で「私が主人公」と思えたことは一度もありません。そんな私が多くの人から賞賛の言葉を浴びる日が来るなんて!喜びで胸がいっぱいになっていた私。周囲の変化にはまったく気が付いていませんでした。何かが起きている…だけど、原因が何かがわからず私は何もできませんでした。私が何かわるいことをしたの? この後、私は夫からある衝撃的な言葉をかけられるのです…。\次回更新は5月4日(月)予定!/\人気作家の動画もぜひご覧ください!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪ 【義父母がシンドイんです!】 連載 えっ…困る! 義母からのいらないプレゼント【前編】 義母が夫に「きちんと食べてるの?」発言にモヤモヤ「義実家帰省」妻の仁義なき戦い【前編】 悪気もデリカシーもない義父…私のイライラが爆発する【第1話】 マザコン夫と過保護な義母にドン引き…! 2人のラブラブぶりに血の気が引いた瞬間【前編】 マンガ: べるこ
2020年05月03日子どもが生まれることになり、夫の望みで専業主婦になった私。仕事は特に引き止められることもなく、あっさりと退職。そして出産。子どもの誕生はうれしかったけれど、これまでよりもさらに私自身は、誰からも注目されなくなっていったのです。日々孤独を感じていたからこそ、私は一緒に遊んだり、悩みを打ち明けられるママ友が欲しいと思っていました。ある日、バレエを習っている千夏ちゃんのママに「一緒に習わない?」と誘われて嬉しかったのですが…多くの人から囲まれて祝福された私は、自分が主役になったような気持ちでいっぱいでした。だからこの時、周りのママの微妙な表情、さらに千夏ちゃんママの言葉の意味をまったく理解できなかったのです。今思えばこのときから「ママ友いじめ」の芽は出ていたのかもしれません。\次回は5月3日(日)更新予定です/\人気作家の動画もぜひご覧ください!/ 母ちゃんTVはコチラ チャンネル登録お願いします♪ 【義父母がシンドイんです!】 連載 えっ…困る! 義母からのいらないプレゼント【前編】 義母が夫に「きちんと食べてるの?」発言にモヤモヤ「義実家帰省」妻の仁義なき戦い【前編】 悪気もデリカシーもない義父…私のイライラが爆発する【第1話】 マザコン夫と過保護な義母にドン引き…! 2人のラブラブぶりに血の気が引いた瞬間【前編】 マンガ: べるこ
2020年05月02日2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシのジャーナリスト、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。第二次世界大戦の独ソ戦に従軍した女性兵士や関係者など500人以上に取材し、まとめた『戦争は女の顔をしていない』は、世界的な評価を受けているノンフィクションだ。そのマンガ化に挑み、大きな反響を呼んでいるのが、小梅けいとさん。洗濯兵、狙撃兵、書記など、さまざまな任務に就いた女性たちの証言はどれも心を揺さぶられるものばかり。1巻には7話が収録されている。「たとえば、夫婦で一緒に出征していて、戦死した夫の遺体を国に運んでくれるよう前線の総指揮官を説得する妻の回想や、特別な石鹸で洗濯をしていたら爪が抜けてしまったといった経験など。この本の入り口として印象的で多く関心を集めたエピソードをまず拾いました」大戦中、女性兵士は存在したが、最前線で戦う役目をも担ったのはソ連だけだそう。生理中も経血処理用品はおろか下着の配給さえ配慮はされず、血はしたたり落ちるまま。戦争は女性たちにあまりに過酷だった。「従軍して最初のころは、男みたいに振る舞おうと思っていた女性兵士たちが、数か月したらお化粧をしたくなったり、配給される砂糖を少し取っておいてヘアセットに使ったり。人間らしく生きることって消せないんだと思えていじらしかったです」当時の状況など、勉強しなければいけない部分は多い。兵士たちのロシア帽や軍用コートなども、監修者からリアルなディテールなどを教わり正確を期して修正したりもする。美少女キャラクターを得意とする小梅さんの絵の愛らしさに救われる部分もあるが、原作には極力忠実に描かれており、内容は重い。それでも続きが読みたくなる。「当時の音声テープが聞ければ声のトーンなどからさまざまな類推もできるんですが、実際は文字しかないので、感情を自分なりに想像して…というふうにならざるを得ない。可能なら、2巻以降は原作者の登場するエピソードを多く取り上げて、女性兵士たちの声がより際立つように、また作品としての背骨を持たせたいと思っています」小梅さんは、このマンガをきっかけに、原作にもアプローチしてもらえたら本望、と語っている。こうめ・けいとマンガ家、イラストレーター。山口県生まれ。京都大学大学院工学研究科中退。2000年にデビュー。代表作に『狼と香辛料』(全16巻)。『戦争は女の顔をしていない』1原作/スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ監修/速水螺旋人戦争の中にも、愛や友情、暮らし、希望があったことが、ひしひしと伝わってくる。Webマンガサイト「ComicWalker」で連載中。KADOKAWA1000円©Keito Koume 2019Based on WAR’S UNWOMANLY FACE by Svetlana Alexievich©2013 by Svetlana AlexievichJapanese comic edition published by arrangement with Sevetlana Alexievich in care of Literary Agency Galina Dursthoff, Koln, Germany through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo※『anan』2020年4月22日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・三浦天紗子(by anan編集部)
2020年04月18日精神科の新人看護師がさまざまな症状を抱える患者と向き合う過程を描き、話題を呼んだ水谷緑さんの『精神科ナースになったわけ』。同様に精神科の新人看護師が主人公である『こころのナース夜野さん』は、その発展型といえる。心というブラックボックスと向き合うことで見えてくること。「何かしら前作の続きのようなものを描きたいと思っていました。といっても準備はまたほぼ一からだったので、果てしなかったです」ここでいう準備とは参考文献などを読み込むのはもちろんのこと、実際に心の病を抱える人や医療従事者を探して、取材をすること。センシティブな問題だけに、取材に協力してもらえる人を見つけ出すだけでも、気の遠くなるような作業なのだ。「医療従事者にしても当事者にしても、その人ならではの実感を聞き出したいんです。私自身が“早くこれを伝えねば!”という気持ちになることが、この物語を描くうえでは大事だと思っているので」1巻で登場するのは、たとえばこんな症状を抱える人たち。虫が家に入ってくる幻覚に悩まされる人、毎日のようにリストカットをする人、「死ね」という声が聞こえる人…。「症状自体は突飛に思えても、話を聞いてみると悩んでいる感情などは自分と同じだったりして、共感できるところが必ずあるんです。心の病気は当事者の人生そのものともいえるので、まずは等身大のその人を感じて、どういう理由で症状が出てしまっているのか、背景もなるべくきちんと描いていきたいです」新人ナースの夜野さんは先輩看護師とともに、虫が見える人に対しては虫駆除業者を装って訪問介護をし、リストカットの常習者とは安全な切り方を一緒になって考える。体の病気やケガに比べて、心の病気はケアの方法も患者の状態や医療従事者の考え方などで柔軟に変わる。患者と努めて一定の距離を置こうとする看護師もいれば、一緒にとことん悩む人もいて、治療の正解を導き出すことの難しさを感じさせる。「話の終わり方はいつも悩みます。お医者さんに何をもって病気が治ったと思うのか聞いたところ、その人自身が楽になったと思えるかどうかだと言われました。ハッピーエンドばかりではないですが、少しでも変化が表れるところが物語としては一区切りなのかなと思っています」生きづらさを感じていても、いなくても。心について知ろうとすることで見える景色はきっとある。みずたに・みどり2014年『あたふた研修医やってます。』でデビュー。最新作は『大切な人が死ぬとき~私の後悔を緩和ケアナースに相談してみた~』。水谷 緑『こころのナース夜野さん』1心の病気について知りたいと思う新人看護師が、統合失調症やうつ病などの患者と向き合い、成長していく日々を描く。丹念な取材をもとにしたフィクション。小学館591円©水谷緑/『こころのナース夜野さん』/小学館※『anan』2020年4月15日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年04月13日話題になったあのマンガ、読みたかったけどタイミングを逃してしまった! ということ、よくありますよね。今回は、コミックに詳しい書評家の永田希さんが、マンガ好きじゃなくても楽しめる「話題になった“オトコとオンナのドラマ”原作コミック」5選を紹介します。ドラマを見た人も見なかった人も、ハマること間違いなし!ドラマとは違うふたりの姿を見て!『逃げるは恥だが役に立つ』©海野つなみ/講談社新垣結衣さんと星野源さんの主演で超人気ドラマになりましたね。一世を風靡した「恋ダンス」を練習した読者も多いのでは。親族や同僚による奇異の目を避けて、“恋愛はさておき”ひとまず「契約結婚」をしたふたりが徐々に互いを意識するようになっていく過程を、甘酸っぱく描いているのは原作コミックでも同じ。コミックを読むときに注目してほしいのは、ドラマ版とコミック版で登場人物たちがちょっと違うところ。星野源が演じた「平匡さん」のキャラは原作ではエンジニアらしい眼鏡男子。対する「みくり」はガッキーのような誰が見ても美人ではなく、ちょっと天然な普通め女子なのです。石田ゆり子さんが演じた、みくりの叔母にあたる「百合ちゃん」の姿も、ドラマ版とは違った魅力があります。元カレと魔性の男のあいだで揺れ動く『凪のお暇』©コナリミサト/秋田書店こちらは黒木華さんと高橋一生さんの主演でドラマ化されました。空気を読みすぎる性格からパニック障害になってOLを辞めた「凪」と、退社と同時に別れた元カレの「慎二」、そしてフリーターになった凪が出会った隣人で女性関係が超だらしない「ゴンさん」の三角関係を中心に、凪が新しい生活に右往左往しながら奮闘する姿が共感を呼びました。原作コミックの魅力は、真面目すぎてしんどい性格だけど心根のやさしい凪の健気さと、魔性の男ゴンさんと凪の曖昧な関係の生々しさ。そしてなんと言っても、元カレのくせに凪の生活にちょこちょこ登場する未練たらたらの慎二の存在です。まだまだ続きそうな三人の三角関係、どうなっていくのか続刊が気になります。話芸の世界のオトコとオンナたち『昭和元禄落語心中』©雲田はるこ/講談社岡田将生さん主演、竜星涼さん、成海璃子さんらの出演でドラマ化され、アニメ版も人気となりました。作詞・作曲・編曲を椎名林檎さんが手掛け、林原めぐみさんが歌うアニメ主題歌『薄ら氷心中』も話題に。日本の文化として長く親しまれてきていながら、ちょっと敷居の高い感じのある「落語」という話芸の世界。「昭和最後の大名人」と呼ばれる「八雲」と、弟子をとらないと決めている八雲のもとに押し入り同然で弟子入りをして、頭角をあらわしていく「与太郎」というふたりの噺家の物語です。若かりし頃の八雲には「助六」という同門の兄弟子がいたのですが、惜しくも早逝。豪快奔放でありながら才気あふれる助六に対して複雑な感情を抱く八雲でしたが、その助六の遺児である「小夏」を引き取り育てていました。助六の芸に間近で触れていた小夏と、助六の名跡を継いだ与太郎、そして八雲の複雑な愛憎劇をぜひコミック版で堪能してみてください。男女逆転時代劇の傑作『大奥』©よしながふみ/白泉社二宮和也さん、柴咲コウさん主演の映画や、堺雅人さんと多部未華子さん主演によるドラマ化など何度も実写化されました。『きのう何食べた?』など傑作・人気作ぞろいのよしながふみさんの代表作のひとつでもあります。正体不明の奇病により男性が激減した架空の江戸時代。国を治める将軍すらも女性がつとめることになった日本を舞台に、代々の将軍とその配偶者たちの日々を描く作品です。“歴史もの”ということで日本史の知識がないと楽しめないかと敬遠してしまうかもしれませんが、その心配はありません。想像を絶するほどに醜い人間社会の暗部から、涙なくしては読めない感動的にいたわり合うひとびとの姿まで、作者の見事なストーリーテリングで思わず引き込まれてしまうこと間違いなしです。男女の社会的役割を逆転させたことで、オトコとオンナの関係のややこしさ、奥深さがいっそう際立ちます。最新巻ではいよいよ幕末期にさしかかり、国が大きく揺れ動いています。この興奮をぜひリアルタイムで。苦くて甘い恋を味わって『失恋ショコラティエ』©水城せとな/小学館松本潤さんと石原さとみさんの美男美女コンビの主演でドラマ化されました。かつてヨーロッパで、惚れ薬や媚薬としても珍重されたチョコレート。その魅力にとりつかれて自分もチョコレート職人(ショコラティエ)になった「爽太」と、爽太が一方的に想いをよせる人妻の「サエコ」のお話です。好きな人に振り向いてもらえない切なさを抱きつつ、それでも好きな気持ちを大切にする爽太と、その爽太を翻弄する蠱惑的なサエコの距離感がゾクゾクする作品です。サエコをはじめ女性キャラクターに共感する読者も多いのですが、純朴なつもりでわりと腹黒いところのある爽太たち男性キャラクターについては、筆者の周囲でも「なんでそんなにオトコの気持ちわかるの?」と悲鳴があがるほどのリアルさ。男性心理を知りたい読者にも、こっそりおすすめです。どの作品も、微妙な男女の関係を丁寧に描いていて、読み応えがあります。ドラマを見た人も、見なかった人も。話題になった“オトコとオンナのドラマ”原作コミック」5選、時間のあるときにじっくりと作品世界に入り込んで、堪能してください。Information著者プロフィール永田希(ながた・のぞみ)書評家。1979年、アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。 書評サイト『Book News』を運営。『週刊金曜日』書評委員。 「時間銀行書店」「終りの会」主宰。2020年4月17日に『積読こそが完全な読書術である』(イーストプレス)刊行予定。その他、『週刊読書人』『図書新聞』『HONZ』『このマンガがすごい!』 『現代詩手帖』『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』で執筆。【Twitter】@nnnnnnnnnnn【アイキャッチ画像】©goodluz / Shutterstock
2020年03月31日