高校の卒業式で大号泣。小・中学校の式では涙を見せなかった娘なのに…。出典 : それは卒業式の中盤での出来事でした。「卒業生の言葉」の途中で娘が泣き出しました。嗚咽だった泣き声は、徐々に号泣に変わっていきました。小学校でも中学校でも卒業式で涙を見せたことがなかった娘。ましてや高校では「学校を辞めたい」と遅刻や欠席が続いた日もあったのに、なぜ?その理由を私は知っていました…。卒業式の数日前に開かれた、ナゾの学習発表会出典 : 卒業式を目前に控えたある日、学校から「学習発表会のお知らせ」が届きました。卒業式の数日前に開催される学習発表会って?授業参観とも違うみたいだけど、今さら何を発表するというの?娘に内容を聞いても「学習発表会は学習発表会だよ」としか教えてくれませんでした。ナゾの学習発表会、その内容とは…?出典 : 客席には在校生と卒業生の保護者、先生達。会場の外では卒業生たちが円陣を組んで掛け声を掛けあっていました。らしからぬ雰囲気の中始まった学習発表会は司会進行もスクリーンの映像もすべて卒業生が主体となって行っていました。一般的に学校の学習発表といえば、一年間で学んだ学習の内容を保護者の前で発表したり、歌や楽器の演奏、お芝居などが主です。確かに今回の学習発表会も生徒が高校生活で学んだこと、身につけたこと、感じたことの発表でしたが、その内容は赤裸々で「発表」ではなく「告白」に近いものでした。一味も二味も違う学習発表会の内容は出典 : 「私は一年生の時は一人ぼっちでした。クラス行事の時、私は一人で行動してました。すごく辛かったです。でも二年生になって徐々に友達ができました。今“友達がいない”“一人ぼっち”だと思っている一、二年生も、あきらめなければきっと友達ができると思うよ。」と発表する生徒。「私は学校を辞めたくて仕方なかった。休みや遅刻ばかりで一年生の時点で出席日数が足りなくてやばい状態だった。」そう語ったのは今までそんな風に悩んでいたようには見えなかった生徒。「ダルマって凄いと思うんです。僕は転んでも転んでも起き上がるダルマのようになりたい。」とニコニコと語った生徒はそれまでどれだけ多くの壁にぶちあったてきたのでしょう。「○○先生から愛をもらった!」と言って先生を驚かせた生徒。「私は将来、実況者(ユーチューバ―)を目指してます。でもね、後輩のみんなはネットやラインの時間を5分減らしてその時間を家族や自分の為に使うといいよ。きっとそれが将来の役に立つと思うから。」確たる夢を持ち自分の経験を後輩に伝える生徒。表面上は毎日を飄々と過ごしていたように見えていた生徒たちが、実は皆、娘と同じような悩みを持ち葛藤していたんだと私は知りました。「ありのままの自分」って?娘が発表したこととは…出典 : スクリーンに映し出された「ありのままの自分」というメッセージの前で、娘は、はにかみながら語りました。「このタイトルからして、皆さん某アニメを思い浮かべるでしょ? 私はずっと周りの大人が望む“良い子”を演じていました。自分を良く見せようとしていた私は“張りぼての優等生”で、就活も空回りして上手くいきませんでした。でも、ありのままの自分を出したら就職も上手くいきました。本当の自分を出すのは怖かったけど、出したら何だか楽になって今みたくなりました。えへへ」素の自分を出せるようになった娘に、思うこと出典 : 学校に心を開ける友達がいない。学校を辞めたい。就職や自立が不安で仕方ない。感情のコントロールができない。大人に反抗したくてたまらない。もっと自分の好きなことをしたい。私は高校の三年間、娘のさまざまな悩みを目の当たりにしてきました。私が一番心に残った娘の言葉は、最後の娘の「えへへ」でした。(本当の自分を出せて良かったね。実はあなたの周りにはそんな素のあなたを受け入れてくれる人ばかりだったんだよ。時間がかかったけどそれに気が付けて良かったね。)私は心から思いました。発表の内容を知らなかった先生方も意外な生徒たちの一面を知ったようでした。それまでの娘の様子を知っていたお友達のお母さんも「娘さん、吹っ切れたみたいで良かったね。」と言っていました。この学習発表会を見ていなければ卒業式の娘の号泣の本当の訳は、私には分からなかったと思います。卒業後にも、きっと深まる関係に出典 : 卒業式では娘以外にも沢山の生徒が泣いていました。その背中を優しくとんとんと叩く同級生の姿を見て、私は(娘はあの時この学校を辞めなくて本当に良かった)と思いました。素の自分を受け入れてくれる先生と友達が傍にいた。気づくのが少し遅かったかもしれないけれど、きっとその分これから長く長く素敵な関係が続いていくことでしょう。
2018年03月22日通常学級?それとも通級?娘に合う居場所探しに悩む日々私たち夫婦は色々と迷った末に、広汎性発達障害の娘を小学校の通常学級へ進学させました。しかし、最初は順調だった学校生活も、だんだんと娘には合わなくなってきました。娘の学校での様子を、実際に見て…先生から聞いて…通常学級を選択したことを後悔し始めた私。主人も私の話を聞き、娘の学校生活を以前より、さらに気にかけるようになりました。しかし…今通う学校には支援学級がなく、通級として支援用の教室に通うしか選択肢がありませんでした。通級だけで大丈夫だろうか?それとも…もし、娘には支援学級が合っているなら学校を転校しても支援学級に通わせるべき?迷った私たちは、ちょうど予約していた5月末の発達外来の定期検診で、主治医の先生に現状を相談することにしました。学校での娘の現状、授業への遅れ、友達とのトラブル、私自身が感じる不安…全て話しました。Upload By SAKURA私は、すぐに結果を求めすぎていたのだろうか…結論を決める前に、もう少し様子を見てもいいのかもしれない…そう思い、定期検診を終えました。いざ、今後の方針を話し合う個人面談へ!そして、6月。発達外来の定期健診の報告を兼ねた個人面談で、今後の方針を先生と話すことになりました。そこで先生は、「今後は3つの選択肢があります」と言いました。3つ…?2つ(通常学級か、通級か)じゃないのかな…?思わず私が聞き返すと…Upload By SAKURA先生「通常学級、通常学級在籍で通級、支援学級在籍で通常学級に通う…この3つですね。」私「…え?…支援学級…この学校にないんじゃ…」先生「え?支援学級ありますよ?」そう…今通っている学校に、支援学級はあったのです!支援学級があった!?知らなかった事実に動揺Upload By SAKURA私たちは就学前に、「(娘の通う)○○小学校は、支援学級がなく、通級のみ。」と聞いていたのです。聞いた話と違う!なんで!?と、私は驚き、動揺しました。しかし、同時に「良かった!この学校にも支援学級あるんだ!この学校内での選択肢が増えた!」とホッとしました。3つの選択肢を喜んだ私たちでしたが、内心・・・「もし・・・もし入学前に、この3つの選択肢のことをしっかり知っていたら・・・何か違っていたかもしれない。」過ぎてしまったことを、今更後悔しても仕方ないのかもしれないけど、そんな気持ちでモヤモヤしていました。行き違いが生まれたわけは、わからないけれどそもそも、この行き違いはどこで生まれたか。私たちは引っ越し前の就学相談の段階で、支援員の要請などの手続きをするため、引っ越し先の地区の行政に、事前に受けていた「就学前発達検査の結果」「支援員要請書」の提出をしました。その際に、娘が通う小学校の支援体制の説明を受け、「(娘が通う予定の)○○小学校は、支援学級がありません。通級のみですが、大丈夫ですか?」と言われていたのです。この時には、すでに主治医の先生から「支援員の要請さえすれば、通常学級で大丈夫」と言われていたので、支援学級がないことを知った上で、家から一番近い小学校への入学を決めました。その後、入学前に何度も小学校の先生とお話をする機会はあったのですが、話の中で「通級」という言葉は出ても、「支援学級」という言葉は、私たちからも先生からも私たちからも先生方からも出ませんでした。そのため、私たちはすっかり「支援学級」はないものと思っていたのです。その上、後からわかったことなのですが、最初、学校側は、娘が「支援学級希望」だと聞いていたようです。それなのに、入学直前になって「やはり通常学級で」と行政から言われたそうです。支援学級入学で動いていた先生たちは、かなり慌てたとか。私たちは、最初に受けた(支援学級はないという)説明を聞いて、「支援学級がないのであれば、通常学級しか選択肢もないし…主治医の先生も大丈夫と言ってくれてるし、就学前の発達検査でも通常学級の判断だったので…通常学級で。」と言っただけなのです。学校の先生方は、私たち親が急遽変えたことを不思議に思っていたようなのですが、「保護者が通常学級を(強く)希望している」と思ったのかもしれません。それもあってか、入学して数か月間、「支援学級」の言葉が出なかったのかもしれません。その結果、ここに行き違いが生まれたようなのです。今となっては、何故こんな行き違いが生まれたか…詳しくわかりません。Upload By SAKURA大切なわが子の進路。行き違いから学んだことは今になって、冷静な頭で考えると、行政に頼りっきりでいたこと…人から聞いた話を、確認もせずに信じ切ってしまったこと…直接、自分で学校へ出向かなかったこと…娘の就学先を決めるにあたり、それは、私たちの失敗でした。ただでさえ初めてのことで、どういう手順で動いていいかわからないのに、直前に引越しをすることになったことで、通常より複雑な手続きになってしまった。わからないから、できるだけ行政や就学相談の時に聞いて、その通りに動いたつもりでしたが、結局行き違いが生まれました。もし選択肢が、就学前にあったら…今さらそれを考えても仕方ないのかもしれません。でも、大切な我が子の進路。人任せにするのではなく、自分で動いて、きちんと重ねて確認する…しつこいと思われるぐらいの確認でちょうどいい、そう思いました。皆様が私のような失敗をしないよう、良くも悪くも参考にしていただけたら、嬉しいです。Upload By SAKURA
2018年03月21日世界中で広まる、てんかんの啓発活動出典 : 月26日は、世界的なてんかん啓発の日である「パープルデー」です。てんかんという病気について、正しい情報を多くの人に知ってもらえるように、さまざまなイベントが企画されています。ここでは、2018年のパープルデーに関するイベントについてご紹介します。てんかんって、どんな病気?てんかんの発作には、突然倒れて意識を失いけいれんを起こすといったいわゆる大発作と、体の一部が勝手に動いたり、会話の途中にぼんやりしたと思ったら意識を失っていたりといった小発作などがあります。子どもからお年寄りまでどの年齢にもみられる脳疾患です。治療によって発作をコントロールできる人も多くいますが、約2割の人は発作をコントロールできずにいます。周りに受け入れてもらえず、てんかんを打ち明けられないまま悩みを抱える人も少なくありません。パープルデーとは?出典 : パープルデーは、7歳でてんかんと診断されたカナダのキャシディー・メーガンさんが、9歳を迎えた2008年に周囲にてんかんを打ち明けた時の葛藤がきっかけで生まれました。てんかんによって差別や孤独を感じている人たちに「あなたは一人ではない」と伝えるために始まった活動です。今では、世界中で賛同が広がり、さまざまな活動が展開されています。参考:PURPLE DAY | The Anita Kaufmann Foundation日本では、全国てんかんリハビリテーション研究会の医師を中心としたパープルデー企画実行委員会や関係団体が、啓発活動に取り組んでいます。パープルデーにちなんだライトアップも各地で同時に行われ、その規模は年々拡大しています。世界に広がる「てんかん」啓発キャンペーンPURPLE DAYてんかんをもっと知ろう!パープルデーに合わせて開催される講演会&イベント2018年のパープルデーイベントとしては、まず「皇居RUN&WALK」が3月4日に行われました。このイベントでは、参加した人たちが紫の物を身につけて、皇居外周をそれぞれのペースで走ったり歩いたりして汗を流しました。出典 : 月26日に向けて、パープルデーの関連イベントはこれから数多く開催される予定です。みなさんも紫の物を身につけてパープルデーのイベントに参加してみませんか。出典 : 「チャレンジ」をテーマに開催。専門医によるてんかん講座や、地元アイドル・アーティストのパフォーマンスステージがあります。プロレスの特設リングでは「何事にもあきらめない気持ち」を伝えるために伝説のマスクマン「パープルマン」が戦うなどユニークな企画が盛りだくさんです。【日時】3月25日(日)11:00~16:00【場所】久屋大通公園名古屋テレビ塔下パープルデーNagoya2018出典 : パープルデー仕様の大型フラワーウエルカムボードが設置され、風船が配布されます。小児、成人のてんかん、教育関係者向けの公開講座や親子で参加できる紫の花を仕様したフラワークラフト教室、てんかんクイズラリーも計画されています。また、インスタグラムに「#パープルデイ大阪」「#パープルデー大阪」のハッシュタグをつけて投稿すると、公式ホームページに写真がアップされます。紫を取り入れた写真を投稿しパープルデーを応援する仲間とつながりましょう!【日時】3月24日(土)11:00〜16:00【場所】花博記念公園鶴見緑地・咲くやこの花館パープルデー大阪2018 鶴見緑地・咲くやこの花館 in 3/24東北大学病院てんかんセンター長の中里信和教授による啓発セミナーや東北ゴールデンエンジェルスによるパフォーマンスも予定されています。【日時】3月26日(月)18:00〜19:00【場所】楽天生命パーク宮城内イーグルスドームてんかん啓発活動「PURPLE DAY in イーグルスドーム」パープルデーについての展示、てんかんに関する相談会などを実施。来場者には紫色のグッズが配布配布され、数量限定で「パープル」にちなんでラベンダーの苗のプレゼントがあります。【日時】3月24日(土)25日(日)各日10:00〜16:00【場所】葵スクエアSBSラジオパーク会場てんかん啓発キャンペーン パープル・デー 静岡「もっと知ろう!てんかんのこと」と題し、市民公開講座や専門医の個別相談を行います。スペシャルサポーターにサッカーJ1のV・ファーレン長崎を迎えた特別企画もあります。【日時】3月25日(日)13:00〜16:30【場所】長崎県庁エントラスホール・大会議室パープルデーながさきシンボルカラーの紫にライトアップイベントの開催地や全国各地の名所でライトアップも行われます。パープルデーのシンボルカラーである紫色に照らされ、普段とは違った雰囲気になった街を散策しながら、てんかんについて考えてみませんか。出典 : 月26日鳥取駅前市道太平線バード・ハット鳥取市3月26日(月)バード・ハットで『パープルデー』ライトアップ演出を行ないます3月23日〜26日【場所】江ノ島シーキャンドル(24日〜26日)、川崎マリエン(24日〜26日)、横浜象の鼻パーク(23日〜26日)、横浜開港記念会館(25日〜26日)、大船観音(26日)てんかんパープルデーライトアッププロジェクト in Kanagawa3月15日〜28日静岡市役所ライトアップ・セレモニー ~市庁舎を紫に~パープルデー応援サイトFrom Shizuoka2018年3月26日長崎市稲佐山山頂電波塔パープルデーながさきまとめ出典 : 「てんかん」という言葉を聞いたことはあっても、正しい理解はまだ十分ではありません。パープルデーのほかにも、毎年2月の第2月曜日に国際てんかん協会と国際抗てんかん連盟が定める「世界てんかんの日」があります。今年は2月12日に日本てんかん学会、日本てんかん協会主催のイベントが開催されました。プログラムでは昨年秋の練習中に倒れ、てんかんによる発作だったことを公表し、注目されたサッカーJ1のコンサドーレ札幌FWのジェイ選手から寄せられたビデオメッセージも上映されました。クラブでは、薬の保管をしてジェイ選手をサポートするとしており、こうしたケースがモデルとなって社会に広がっていくことが望まれます。大発作が起こった際に、驚いて救急車を呼ぶ方は多いと思います。一方で小さな部分発作や、会話の途中にぼんやりとしてしまうなどの症状がある場合、数分でもとに戻ることから、てんかんではないかと疑うのは難しい場合もあるかもしれません。てんかん発作は場所や時間を選ばずに発症します。水辺にいるときや、入浴中、車の運転をしているときなど、日常生活を送る中で発作が起こる可能性もあります。本人がてんかんを打ち明けやすい環境をつくり、周囲の人がサポートすることで安心して生活を送れるようになります。そのためには、多くの人がてんかんについて正しい知識を身につけることが必要です。どんな人も生活しやすい社会になることを願って、3月26日のパープルデーには、イベントに足を運んだり、紫の物を身につけて応援の意思を示したりしてみませんか?取材協力:全国てんかんリハビリテーション研究会パープルデー企画実行委員会
2018年03月21日我が子の取扱説明書「サポートブック」Upload By 楽々かあさんこんにちは。楽々かあさんこと、大場美鈴です。うちでは、通常学級・支援級の担任の先生に、発達障害のある長男のことを詳しく知って頂き、集団生活の中でのパニックやトラブルを事前に予防したり、困ったときの伝え方のコツを伝えるために、「サポートブック」を作って渡してきました。「サポートブック」とは、いわば「我が子の取り扱い説明書」のようなもの、と思って頂けたらと思います。(※今回ご紹介するのは、私の自作の「楽々式サポートブック」のフォーマットが前提ですが、支援機関や行政機関等でも配布されています。ご家庭のニーズに合ったフォーマットのものをご使用になるといいでしょう)それを毎年の担任の先生に渡しながら、試行錯誤で学校と連携し、小学校時代をなんとか乗り切ってきました。ただし率直に言うと、「発達障害」という言葉がようやく広まったばかりの現在の日本では、残念ながら、まだまだ「レッテル貼り」と背中合わせの面があるようにも感じられます。それでも、発達障害のある子の困り感やその具体的な対応は、こちらから言わなければ伝わらないこと・気づかれないことは沢山あるように思います。特にうちの長男は、知的・言葉の発達面で大きな心配がなく、一見「フツーの子」と見分けがつきにくいタイプのため、通常学級の中で「障害」として伝えるメリット・デメリットの間で悩みながら、迷いながら、私も歩んできました。それでも、長男にとって環境との段差の大きい時期は、学校で注意や叱責を受け続けたり、友だち関係でつらい思いをしたり、授業中を無為にぼーっと過ごし続けるよりは、キチンと「形にして」対応を伝え、サポートをお願いしたほうが良いと判断したのです。その伝達手段の一つが「サポートブック」でした。では、その具体的な内容を、うちの実物の写真とともに、著書『発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母の毎日ラクラク笑顔になる108の子育て法』より転載し、【特別公開】致します。Upload By 楽々かあさん私たち親子の「サポートブック」の内容と渡し方のコツ学校とよりしっかり連携したい、毎年の担任の先生にノウハウを引き継いで欲しい、という場合「サポートブック」を作って渡してみるといいかもしれません。「サポートブック」は、支援者(担任の先生や支援機関のスタッフさんなど)に我が子をサポートしていただく場合に、具体的な対応や話のきっかけのヒントになる、子ども本人の情報をまとめたものです。私が作った「楽々式サポートブック」では、次のような内容を必要に応じて記入します(サポートブックの記入内容は配布機関等によって異なります)。Upload By 楽々かあさん①プロフィール: 名前、生年月日、家族構成、住所、緊急連絡先、かかりつけ医、相談先・支援機関②発達の特徴・特別な個性: 診断の有無、診断名、投薬の有無、薬名、発達・知能検査の有無、言葉の心配の有無、知的な心配の有無、多動性・衝動性・不注意性の有無、学習の困りの有無、感覚の過敏性の有無、言語理解の特徴、その他発達上の心配③検査結果のまとめ: 検査の種類、実施機関、検査年月日と当時の年齢、IQ値、特に優れた項目、特に心配な項目、全体的なバランスや発達の特徴、主治医または臨床心理士等の意見・助言のまとめ(またはコピーを添付)④人間関係MAP: 家族、同居・別居の親族、本人が心を開いている友人、よく トラブルになる友達、頼れる先生や近所の人など、人的な援助資源の書き込みMAP⑤発達の凸凹~体質的な得手・不得手〜: 得意な行動・作業、苦手な行動・作業⑥いいところリスト: できること・がんばっていること⑦すごいところリスト: 特技・とても詳しいこと⑧好き・嫌い: 好きなこと・もの、嫌がること・もの、落ち着くこと・もの⑨パニック・問題行動記録: いつ、前の状況や要因、本人の行動、その時の対応⑩サポートの必要レベル: 生活面・学習面・社会面のサポートの必要性の程度⑪サポートテクニック集: 本人のつまずき、その困りの理由、サポート方法(家庭で実際に効果があり、学校でも対応可能なアイデアを、具体的な実例や声かけ例で書く。必要なら写真も添付)⑫引継ぎ時のサポートブック取り扱いの希望: 進級時等の引き継ぎの希望などUpload By 楽々かあさん検査結果などの実際の資料を添付したり、第三者にチェックしてもらえると、説得力があり、信頼性の高いものになります。そして、先生と子どものコミュニケーションのヒントとなるよう、少しでもできていること、がんばれていること、いいところ・長所や、特別な才能のあるところなど、ポジティブな情報は必ず入れます。子どもの心配な面については、「行動・困り」でみるようにします。「ワガママ」といった人格的な表現は避け、どんな具体的な行動が心配なのか、その背景にはどんな発達上の困りがあるのか、を書いていきます。お母さんの育児テクニック・うちの子ノウハウは、対応の「実例・具体案」として伝えます。声かけなどもできるだけ具体的な台詞を書き、写真も添付したりするといいと思います。Upload By 楽々かあさん進級等で担任の先生が変わっても支援のノウハウを活かして欲しい場合は、直接担任の先生個人に渡すのではなく、まず、特別支援コーディネーターやスクールカウンセラーなど、発達障害に理解の深い先生にアポイントをとって「サポートブックを作って渡したい」旨を相談し、内容をチェックして貰うといいと思います。担任の先生に渡す場合も、できれば管理・指導的立場の先生にご同席いただき、一緒に説明しながら手渡せるといいと思います。これは、継続的なサポートをお願いするのと同時に、担任の先生1人に過大な負担を強いることを避けるためでもあります。Upload By 楽々かあさん家庭での対応はあくまで「参考」ですので、学校の集団教育の中ではそのまま取り入れるのは難しい場合もあります。私は、あまり多くを期待し過ぎず、実際の状況に合わせて、先生自らの判断にお任せする気持ちで渡しています。「サポートブック」は、我が子をサポートして貰うことと同時に、支援者である先生もサポートするもの、という視点を持って作ると、学校と家庭がお互いにサポートし合う、良好な連携関係につながって行くと思います。(以上、『発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母の毎日ラクラク笑顔になる108の子育て法』p.226-p.229より転載)本文出典:「発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母の毎日ラクラク笑顔になる108の子育て法」p.226-p.229より「サポートブック」を先生に渡して、実際どうだったの…!?出典 : では、ここからは更に一歩踏み込んで、「ぶっちゃけ、どうだったの?」という実際の結果と、率直な私の意見です。先述の通り、うちでは、サポートブックを記入したら、まず内容を一度スクールカウンセラーの先生にもチェックして頂きました。私の親としての想いはどうしても強くなりがちなので、第三者の客観的な意見も伺えればベターです。そして、事前にアポイントを取って面談をお願いし、特別支援コーディネーターの先生同席の元、その年の担任の先生に渡しました。面談のタイミングは、新学年のクラスに早めに慣れるためには、1学期の早いうちがいいのですが、新しいクラスへの子どもの反応と、担任の先生の個性や教育方針などを見極めた上で、ご判断するのがいいかもしれません。ですから、最初の授業参観の後や、家庭訪問の時期などが良いのではないでしょうか。そして、実際に毎年渡してみての結果ですが…正直に言うと、先生によって受け止め方に差があり、子どもにとって、プラスにも、マイナスにもなる可能性があると言えると思います。うちの場合、1.快く受け取り、よく活用して、自分でも工夫を考えて下さった先生2.パラパラと目を通す感じで、参考程度にして下さった先生3.一切目を通さず、かえって「できない子」「面倒な親」として扱われてしまった先生…がいます。私は「お母さんがその子の最大の専門家」だと思っていますが、教育者として自信のある先生程、現実的には素人扱いされがちなお母さんの家庭でのノウハウは、すんなりとは受け容れにくいのかもしれません。但し、3.の先生の場合、私は後に、近隣の福祉系大学の発達相談室に、知能検査の結果や長男のテストやノートを持参して相談にゆきました。そこで、臨床心理士でもある大学の先生からご助言を頂き、それを自分で文書にまとめて「◯◯大学の◯◯先生が、こうおっしゃってました」と伝えると、急に動いて頂けました。例え、同じことを伝える場合でも「相手によっては、伝え方を変えたほうが良い」という教訓です。サポートブックに限らず、学校連携で「うまくいかないな」「なかなか分かってもらえないな」と思った時、無理にお母さん1人でなんとかしようとすると、ただでさえ大変な育児の上に、更に消耗してしまいます。また、子どもが先生と親の板挟みになってしまうのも避けたいところ。ここは、管理職の先生やスクールカウンセラーに間に入って頂いたり、医療・福祉教育の専門家や第三者の外部機関・支援団体、周りの人達(パパや同じクラスのお母さん達など)にも頼るなど、省エネしながら、上手に「別ルート」を考えましょう。出典 : もちろん、サポートブックが長男にとって良い結果につながることもありました。1.の先生は、元々工夫するのが好きなタイプ。サポートブックをヒントに、以前のコラムでご紹介した「ファイルに紐を一本つけて、プリントくちゃくちゃ対策」のアイデア等、ご自身でも柔軟にいろいろと考えて下さったようです。2.の先生は、真面目で根気強いタイプ。サポートブックの対応そのままではないけれど、「こういう子に伝わりやすい方法があるんだな」ということに気づいて下さり、ご自身でも発達障害に関する書籍を手に取ってみて、ご多忙の中勉強して下さったようです。ですから、うちの試行錯誤の経験上言える事は、集団教育の中では家庭とは状況も違い、担任の先生にも個性や教育方針があるので「ダメ元」で渡してみる。それで少しでも何かのきっかけになればラッキー!もし、うまく行かなければ、別のアプローチをしたり、家庭でフォローすればいい…くらいの気持ちでいるといいと思います。そして、子ども・周りのお子さん達の成長や関係性、授業内容、環境の変化などによって、困っていることが変わったり、できるようになったこともあるので、うちではサポートブックは毎年学年末に回収して、情報の見直し・更新をしました。また、グレーゾーンの次男の場合は、もう少し簡潔にまとめた、紙一枚の「サポートシート」をワープロ打ちの文書で作成し、それを元に面談で相談させて頂くと、話がスムーズに運びました。(詳しくは、文末「楽々かあさん公式HP」または、本書の続編「発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母のどんな子もぐんぐん伸びる120の子育て法」p.186-をご参照下さい)その上で、「成長に伴い、やや落ち着いてきた」「サポートや療育で、できることが増えた」など、比較的集団教育への適応が良くなってきた場合、「もう大丈夫」と思ったら「特別扱いが必要な子」というイメージを固定化させないためにも、サポートブックは返却して頂くのがいいと思います。そして、長男が6年生の時には、中学以降を見据えて、学校生活上で困った事があれば「自分で周りの人に相談できるように」練習したかったので、「サポートブックはナシ」で挑戦してみました(私自身は、長男の話や意思を聞きながら「誰になんて相談したらいいか」教え、裏で根回し…いえ、補助的にフォローしました)。大場美鈴/著「発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母のどんな子もぐんぐん伸びる120の子育て法」2017年/刊/ポプラ社どうか、子ども・親・先生に、社会全体でサポートを…出典 : 「子どもも頑張っている、親も頑張っている、先生も頑張っている…それなのに、なんでうまくいかないんだろう」「その子のために何かしてあげたい、という気持ちは同じなのに、なんで親と先生がスレ違ってしまうんだろう」…私は、そんなもどかしさを、今だにまだまだ存在する学校側の理解不足や対応の遅れに直面した、お母さん達からの切実な訴えのお声と、毎日お疲れ気味の現場の先生方の姿を目にする度に、痛切に感じます。「個人の努力」でできることには限界もあります。私は、「サポートブックが、子どもと親と先生をつなぐ架け橋になれれば…」と願っています。ですが、本来公教育があるべき姿は、サポートブックがなくても、どんな学校でもどんな先生でも、発達障害のある・なしに関わらず、どんな子でも安心してお任せできる状態だとも思っています。どうか、学校全体、地域全体、社会全体で、毎日本当に頑張っている子ども・親・先生を支えてあげて下さい。楽々かあさん公式HP「楽々式サポートブックの書きかた・渡しかた」大場美鈴/著『発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母の毎日ラクラク笑顔になる108の子育て法』2016年/刊/ポプラ社
2018年03月20日間違えた自分が許せない完璧主義の娘出典 : アスペルガー症候群の9歳の娘は、小学校に通うことが困難になり、現在は「ホームスクール」として自宅で自分にあった学習方法を模索しながら生活しています。そんな娘は近頃、得意分野の検定を受験することを決めました。努力家な娘は合格すべく毎日決まった時間にその課題に取り組むのですが、問題を解いて丸つけをしたら、間違っているところを見返しもせず終わりにしてしまいます。「きちんと間違った問題を確かめないと勉強したことにならないよ?」と声を掛けるものの、バツがついた問題に取り組もうとはしません。これには私が見ていてもわかる、娘なりの理由があります。わからない問題が出てきては激怒、丸つけで1つでも間違いがあれば激怒と、怒りの感情に振り回される娘は、1枚のプリントを1回やるだけで満身創痍。振り返りの体力も気力も残っていない状態になってしまうのです。いつしかプリントを見るだけで嫌な顔をするようになり、取りかかるまでにも「間違える自分がバカで情けない」「生きていく価値がない」という呪いの言葉を延々と語るようになってしまいました。完璧主義、0−100思考、白黒思考とよばれるアスペルガー症候群の特性が顕著に現れているのだと思います。とはいえ、それはそれで理解できるのですが、このままではせっかくの学ぶチャンスを自らの呪いによって遠ざけてしまうことになりますし、怨念のこもった言葉を聞かされ続ける私にも限界がやってきます。一体どうすれば、この状態から抜け出せるのでしょうか?学習のステップを視覚化し、今どの段階にいるのかを明確に出典 : そこで、「そもそも勉強ってなんだろう?」というところから娘との話し合いをスタートさせてみました。「勉強ってなんだと思う?」「まだ知らないことを知って自分のものにしていくこと?」「そうだよね。じゃあ、このやるだけやって置いてあるプリントはどんな状態だと思う?」「どんなって、私は勉強したつもりだけど?」「うん、そうなんだよね。プリントを終わらせたら、なんだか“勉強した~!”っていう気になるんだけど、実はまだこれは勉強したことにはならないの」「なんで!?がんばってやったのに!」「がんばったよね。でも、丸つけをして間違ったところをそのままにしてあるでしょ?これだと『今できることやった』だけになっちゃうんだよ。わかる?」「わかってるよ!どうせ私は何にもわかってないし、全然できてませんよ!」「ううん、そうじゃないよ。できてないことを責めてるんじゃないの」そう諭しながら、紙に勉強のステップを書いていきます。後で私がパソコンで清書したもののがこちら。Upload By GreenDays「あのね、あなたがやっているのはまだステップ1の段階なの。単純に『今できること』と『今できないこと』を振り分けてるに過ぎないんだよ。ここでがっかりしたり、自分に腹を立てたりしなくていいんだよ」でも娘は腑に落ちない様子です。「でも、×があるってことは、できてないってことでしょ!?」ここが、完璧主義の娘の引っかかりポイント。×がひとつでもある状況が許せない。だからこそ、自分の間違いに向きあうことができなかったのでしょう。私はこう続けました。「ここでいう×は『まだ知らない』か『知っていても自分のものになっていない』部分っていうだけで、あなたを否定するものではないの。『あ、ここはまだ自分のものになっていないんだな』って思えばいいの。自分のものになっていない箇所は、あなたにあったやり方で理解を深めていけばいいんだよ。それが勉強するっていうことだと思うの」「まだ自分のものになっていないところか・・・。うん、わかる。わかるけどでもどうしても自分を責めちゃう・・・」「うんうん、責めちゃう気持はよくわかるよ。でもいつまでも責めるだけでプリントを放置していたら、勉強する機会をどんどん逃してしまってもったいないと思わない?たとえば、気持ちを切り替える言葉を考えて自分に言い聞かせてみるのはどうかな?」「う~ん、じゃあ『できないままはイヤ!どうすればできるようになるか考えろ!』って自分に言い聞かせてみる」こうして勉強のステップを親子で確認し、翌日からそれを活かしながら学習に取り組むことになったのです。呪いの言葉は少しずつ減少傾向に出典 : もちろん、すぐに気持ちを切り替えられるほど持って生まれた特性というものは簡単なものではありません。解けない問題がでるたびに怒り、間違うたびに怒ることは今の娘にとっては避けられない道程です。それでも、勉強のステップをまとめたプリントを見せながら、「今どの段階にいるんだったかな?」「どんな風に自分に声をかければ切り替えられそう?」「できていない問題はまだ自分のものになっていないだけだよ」と声をかけ続けることで、取りかかる前に呪いの言葉を延々と吐き続けることはなくなってきました。そうして一か月ほど経った頃、プリントを始める前に自ら「できなくても『今は自分のものになってない』っていうだけ」「今から知ればいい」と言いながら取り組めるようになったのです。それは娘の学習への足枷となっていた『学ぶことは大好き → 大好きだからこそ間違えたくない → 今すぐ100%こなせる自分でなければならない』という意識が少しずつ崩れ始めた瞬間でもありました。もちろん、まだこの考え方が定着したわけではありませんので、私が声を掛けなければまた元の状態に戻ってしまう可能性も多いにあるのでしょう。それでもこれは勉強だけに限ったことではなく、家事をするにせよ、仕事をするにせよ、娘の人生のあらゆる場面で役に立つことだと思うので、この思考が彼女のものになる日まで気長に声を掛け続けていこうと思います。
2018年03月18日新卒時代、会社で出会った「暗黙のルール」の壁。周りを観察して「具体的なルール」に翻訳出典 : 新卒で入社した会社には、数多くの「暗黙のルール」がありました。誰も教えてくれないのに、ルールを守らないと孤立してしまいます。ですが、発達障害があると、「暗黙の」ことを察するのが、困難なのです。ちなみに、私が新卒で入った会社ではこんな「暗黙のルール」がありました。■若い考えを取り入れたいと言われるけれども実際に発言すると聞いてもらえないことが多い■打ち合わせや会議では議論になるような考えを言ってはいけない■周りの人たちに対して敵意がないことを示すために適度に雑談をする必要があるルールを理解できていないと、自分は普通だと思って行動しても批判されたり、社会人として失格だ!というレッテルを貼られてしまうこともあります。せっかく頑張って仕事をしようと思っているのに、ちょっとした意識のずれで同僚や上司とうまくいかなくなってしまうのは残念です。「何かルールがありそうか」周りの人たちの行動を見てみましょう。話を聞いてくれそうな先輩や同期がいたら、「こういうことってやっちゃいけないんですか?」なんて聞いてみてもいいかもしれません。「暗黙のルール」を「具体的なルール」に翻訳することで、自分も周りの人も気持ちよく仕事をできるのではないかなと思います。1日中、同期と一緒の寮生活。いつの間にか集団から外れ、迷惑をかけてしまう…予防策は?出典 : 私が新卒で入った会社では研修期間の数か月は同期の人たちと寮生活を行っていました。そこでは同期全員がいつも集団で行動していました。このころは朝ごはんを食べるときから帰宅後、そして休日もずっと全員一緒に行動しなければならないような雰囲気がありました。そうしないと孤立してしまい、今後の会社生活にも悪影響を与えてしまうという雰囲気がありました。会社の寮ですから、仲がいい友達とばかり一緒に行動する学生時代とは違って、いろんなタイプの人がいます。加えて、自分の行動を自分で決めることができないことにストレスを感じていました。その上、何も意識していないと、集団から外れてどこかにいってしまうことが多いようで、よく同期に迷惑をかけていました。「これから何をするのかよくわからないまま移動する状況が怖い」と感じることも多かったと記憶しています。現在もこうした傾向は多少残っています。そこで、集団から外れてどこかに行こうと思ったときには近くの人に一声かけたり、これから何をやるのかがよくわからない場合には、何をやるのか知ってそうな人に聞いてみるなどの対応策をとり、トラブルにならないよう気をつけています。判断基準や行動パターンが、周りの人たちと違うことに気づく出典 : 入社して半年くらいたったころ、自分の判断基準や行動パターンが、周りの人と違うことに気づきました。例えば交流を深めようと思った場合、当時の私は相手の部屋や自分の部屋でじっくり話すようにしていました。しかし、周りの人たちはお酒を飲みに行ったり焼き肉を食べに行って、そこで話すことが多いようです。また、同期の人たちはお互いに何も話していなくても意思の疎通が取れているようで、私からすると事前になにか決めごとをしているのではないかと思うくらい状況ごとの行動が一致していました。何か具体的なエピソードがあるわけではないのですが、日々一緒に行動している中で少しずつ「なんだか違うなぁ」と思うことが積み重なっていき、それが不安の原因になっていました。みんなが楽しがっていることが自分は全然楽しくなかったり、面白いなと思うポイントが全然違っていたり、つらいなぁと思うことが違っていたりと、その違いを痛感するようになっていきました。別の人間なんだから、他の人たちと感じ方が違っていても問題ないと今なら思えますが、当時は「どうして自分だけがこんなに違うんだろう…」と悩んでいました。自分の思う「当然」で答えてしまうと、話がかみ合わなくなる出典 : 上司「凸庵くん、これどうやって実装したらいいと思う?」私「○○のようにするのがいいと思います」上司「どうしてそう思ったの?」私「それが一番いいと思ったからです」これは新卒のころによくあったやり取りです。メールなどで連絡するときにも、同じような状況でした。上司の「どうしてそう思ったの?」という質問は、私が「○○のようにするのがいい」と思った理由を聞いているのですが、当時の私はそれをよくわかっていませんでした。私が答えるべきだったことは「今後機能を増やしていくときにこの方法なら修正が簡単になるとおもったからです」ということでした。でも、相手が何を聞いているのかを想像することは当時の私には難しいことでした。「自分がなぜそう考えたのか。相手は自分の考えの何を知りたいのか」…そういう意識がそもそもなかったのです。自分の中では当然だと思っていることは、他の人がまったく思いもよらなかったことかもしれませんし、実は問題があることがわかっていてすでに却下された考えなのかもしれません。自分の考えや、なぜそう考えたのかの理由を伝えられれば、答え合わせをすることができます。その結果自分の知識が増えたり、お互いにどんなことを考えているのかを知ることができます。最近の私はこれがとても面白いと思うようになってきました。自分の知識を深めることができるし、それにより自分と違う考えの人がいることを歓迎することができるからです。珍しい経験をしていて他の人と違う考え方をしている方は、私と同じように自分の考えを伝えるところでつまずくことが多いのではないかと思います。しかし自分の考えやその理由を相手に伝えることができるようになると、他の人と違う考え方をしていることそのものが強力な武器になります。とても難しいことだと思いますが、自分がなぜそう考えたのかを自分なりに伝える訓練を続けてみると、それまで見えていなかった道が開けるかもしれません。人と違う特性は、ターゲットにされやすい。心に傷を負う前にすべきことは…出典 : もう一つ気づいたことは、人と違うところを指摘したり馬鹿にしたりして面白がる文化が日本にはあるようだということです。周りと少し違う特性がある人は、社会生活を送る上で、このターゲットになりやすいと思います。私には考えるときに人差し指を立てて唇をなぞるクセがあります。ある日私が考え事をしていたとき、当時の上司が「なんでそんなことしてるの?」といいながら私のマネをして笑っていました。周りの人たちもそれをみて笑っていました。それ以降、私がこのクセをしてしまうと、他の人がマネするようになりました。その後、飲み会でもネタにされ、どんどん広がっていきました。その後数年して転職をし、ネタにされることはほとんどなくなりました。私自身そういうマネを無視できるようになったこともあるのかもしれませんが、何を面白いこととするかは会社の文化によるところが大きいのだと思います。もし自分がいろいろやってみても辛いなと感じる職場なら、転職などで環境を変えてみるのが有効なのだと思います。環境を変える活動はとてもエネルギーを使いますし、必ずしもうまくいくわけではありませんが、周りの人たちの意識や考え方を変えたり変わるのを待っているより現実的な方法です。心が元気ならいくらでも次の職場を探すことができますが、一度心に傷を負ってしまうと私のようにうつ病を患ってその後何年もその影響を受け続けるかもしれません。そうなる前に他の環境へ逃げてもいいと私は思います。発達障害のある新入社員が、会社でうまくやっていくための4つのアドバイス出典 : 社会人となると、学生時代にくらべて、さまざまな年齢層、さまざまなバックグラウンドを持つ人と一緒に仕事をすることになります。人と違う特性のある人の場合、つまづいてしまうことも多くあると思います。私自身、試行錯誤中のところもあり、すっきりと解決策を紹介できない部分もあります。ですが、次のポイントを意識して生活すると、トラブルを減らすことができるのではないかと思います。■会社の「暗黙のルール」を「具体的なルール」に翻訳する■トラブルを起こしがちな行動パターンに気づき、予防策をはる■自分の「当然」は人と違うかもしれないので、なぜそう考えるのかを言葉にして説明する■いじめのターゲットにされたら環境を変える今回のコラムでは、私が新卒時代につまづいたことと、そこから学んだことを紹介しました。これから社会に出る人や、社会に出たものの困っている人の力になればうれしいです。
2018年03月17日世界ダウン症の日とは?Upload By 発達ナビニュース3月21日は世界ダウン症の日です。4月2日の「世界自閉症啓発デー」と並んで、国連が定めた啓発デーです。2012年に国連で制定されたもので、ダウン症のある人は23対の染色体のうち21番目の染色体が3本あることが由来となっています。日本ではさらに3月がダウン症啓発月間とされています。世界ダウン症の日は社会の中でダウン症をより広く知ってもらい、周囲の人がより理解を深めることで、ダウン症のある人がよりその人らしく安心して暮らせることを目的としています。国際ダウン症連合(DSi)から、毎年世界ダウン症の日のテーマが発表されます。2018年のテーマは「WHAT I BRING TO MY COMMUNITY」。日本語では「いるだけで伝わることがある~どんな街にも あなたのそばにも~」です。参考:世界ダウン症の日|公益財団法人日本ダウン症協会参考:World Down Syndrome Dayダウン症をもっと知りたい!講演会・体験イベント出典 : 世界ダウン症の日に先駆けて2月12日に開かれた日本ダウン症協会主催のキックオフイベントを皮切りに、3月3日には山梨大で「なんとかなるさ」をテーマにフォーラムが開催されました。キックオフイベントでは、次のJDSアピール文(2018年版)が採択されました。生まれてきて良かった。私にはたくさんの仲間がいます。みんなといっしょに学び 働き 楽しみます。私はみんなを笑顔にしたいです。私はみんなと幸せに暮らしたいです。ダウン症のある人をはじめ、どんな人も生き生きと自分らしく暮らせる社会とは?講演会や体験型のイベントなど、2018年の世界ダウン症の日に合わせて企画されたさまざまなイベントを紹介します。みなさんも世界ダウン症の日のイベントに参加してみませんか?出典 : ダウン症のある人たちによるダンスグループ「Wings(ウイングス)」によるダンス、元劇団四季メンバーによる「ライオンキング」「キャッツ」などのメドレー、バレエのステージなどが楽しめるスペシャルコンサートです。一緒に歌ったり、客席で声を出してもOK!障害のある人も、サポートするひとたちも、みんな一緒に楽しめます。【日時】2018年4月22日(日)15:00開演【場所】練馬文化センター小ホール【参加費】チケット2,000円(税込、全席指定) For One 2018 スペシャルコンサート | All For One出典 : ダウン症があるアーティストたちによる、「Love & Peace」をテーマとした絵画や写真を展示。豊かな才能と自由な創造性を感じることができます。また、2017年に東京・新宿で開催された「バディウォーク新宿 2017」で制作されたアート作品の写真パネル等も合わせて展示されます。3月23日(金)には、ミニコンサートも予定されており、音楽を楽しみながら、作品を鑑賞することができます。【出展作家(予定)】あべけん太/いかわあきこ/トモタカイ/渡並琢磨/萩原幹大/範田賀彦/平井礼央奈/丸尾賢司(アイウエオ順)【日時】2018 年 3 月 19 日(月)-~3 月 30 日(金)11時30分~19時 (土・日・祝日は休館)【場所】カフェパピエ神谷町【参加費】無料(ミニコンサートは大人1,200円、乳幼児無料、小中学生500円にワンオーダーが必要)ダウン症のあるアーティスト8人展「Love & Peace」|NPO法人アクセプションズ出典 : 今年で8回目となる写真展です。さまざまな年代のダウン症のある人たちの写真を約50点展示。3月21日(水・祝)の13時からは「ダウン症の日フェスタ」が行われ、さまざまなイベントが開催されます。【日時】2018年3月16日(金)~4月11日(水)【場所】大阪市立中央図書館【参加費】入場・観覧無料ダウン症ニュースWeb 「ダウン症の日写真展3月16日から大阪市立中央図書館で」出典 : テレビでも活躍する、あべけん太氏とお父さまによる講演会です。ご家庭でのエピソードなど、さまざまな話が聞けそうです。【日時】2018年3月18日(日)9:30開場【場所】福山市人権交流センター1階ホール【参加費】無料(先着200名)※子どもの同席可能、授乳室有(託児はありません)トイロニジ特別支援学校で27年間の勤務経験がある川合浩司氏を講師に迎え、長い経験の中から得た、知的障害のある子どもたちの成長についての話を聞くことができる講演会です。【内容】川合 浩司 氏 (奈良東養護学校)による講演会【日時】3月21日 10:30-12:00【場所】奈良市総合福祉センター 3階 集会室【参加費】JDS 奈良北支部会員以外は一人500円奈良北支部主催第9回公開講演会JDS栃木支部の活動紹介や、ダウン症のある人たちの写真展、作品の展示などがあります。また、歌とダンスのミニステージなども企画され、楽しみながらダウン症について知り、身近に感じることができる企画です。【日時】3月19日~3月21日10:00-18:00(初日は11:00から。最終日は16:00まで)【場所】ショッピングモールベルモール(栃木県)【参加費】無料世界ダウン症の日JDS栃木支部啓発展 「知ってほしいな ぼくたちわたしたちのこと」ダウン症児親の会 北海道小鳩会によるダウン症に関するパネル展や啓発動画・関連書籍などをみることができます。【日時】3月21日 10:00-17:00【場所】札幌地下歩行空間憩いの空間【参加費】無料『世界ダウン症の日』「来て!みて!チ・カ・ホ」啓発キャンペーン富山県内3ヶ所のショッピングセンターでリーフレットやグッズが配布されます。【日時】3月21日【場所】フィーチャーシティファボーレ、イオンモール高岡、アピタ魚津店【参加費】無料日本ダウン症協会富山支部(つなGO)ダウン症啓発活動出典 : 第1部では、新型出生前診断(NIPT)の現状と課題について、4人の専門家が登壇し講演します。第2部では「これからNIPTを受けるかもしれないカップル夫婦へのメッセージ」というテーマでパネルディスカッションが行われます。【日時】2018年3月24日(土)13時~15時30分【場所】東京女子医科大学弥生記念館【参加費】無料公開シンポジウム「わかって欲しいダウン症候群~出生前診断を受ける前に考えて欲しいこと~」| NPO法人アクセプションズ普段、ダウン症に接することのない人たちに「ダウン症のありのままの姿を見てもらうこと」を目的にしたイベントです。関東では3月3日に代々木公園野外ステージで開催。関西では3月25日に行われます。アーティストやダウン症のあるダンサーによる、歌とダンスを楽しむことができます。また、ダウン症のある人の家族や支援者が集い、交流を深めることができる場でもあります。【日時】関西:3月25日(日)12時〜14時半(予定)【場所】関西:あべのキューズモール【参加費】無料グッズ販売あり世界ダウン症の日2018〜ONE+LOVE WORLD 関西公演紹介した以外にも、さまざまなイベントが開催されます。イベントの開催予定は、下記ページで確認することができます。世界ダウン症の日公式サイトUpload By 発達ナビニュース日本ダウン症協会は、「自閉症啓発デー東京タワーライトアップイベント2018」にも参加します。ブルーのアイテムを身につけて参加したいですね。【日時】2018年4月2日(月)15時15分~22時【場所】東京タワー屋外特設ステージ【参加費】無料参考:世界自閉症啓発デー2018どんな人も暮らしやすい社会を作る、第一歩にUpload By 発達ナビニュースダウン症のある人は、性別や人種に関わらず、世界中で約1000人に1人の割合で生まれます。同じダウン症であっても個人差が大きく、さまざまな特性や性格の人たちがいます。そのひとりひとりがその人らしく、安心して暮らしていくためには、周囲や社会の理解が欠かせません。3月21日は、世界中でたくさんの人がダウン症について考える「世界ダウン症の日」です。みなさんもイベントに参加して、どんな人も暮らしやすい社会を作っていく第一歩を、踏み出してみませんか?取材協力:公益財団法人 日本ダウン症協会公益財団法人 日本ダウン症協会
2018年03月16日新学期は新たな先生との出会いでもある出典 : 新学期は環境や人がガラッと変わるという親子が多いと思います。入学の場合はなにもかも初めての環境・人になることがほとんどですし、進級の場合も、これまで一緒にいた友達と離れる・新しい教室になるといった変化があります。入学・進級する我が子を誇らしく思いつつも、「新しい学校でうまくやっていけるだろうか…」「クラスメイトと仲良くやれるかな…」と、不安を感じる…揺れる思いを抱えている保護者の方も多くおられるのではないでしょうか。また、やはり気になるのは「新たに子どもの担任となる先生」のこと。新学期はこれまでお世話になった先生から、新しい先生にかわるタイミング。そのため「今年の先生は誰だろう…うまくやっていけるかな」「発達障害による特性に理解のある先生だろうか」など、新しい先生に関して気になったり、不安を感じたりしているという方も多いと思います。発達障害がある子どもにとって、学校が過ごしやすい環境になるためには、先生と保護者がうまく連携し、協力してサポートをしていく必要があります。新学期、子どもは環境の変化でただでさえストレスを感じやすいので、先生とスムーズにコミュニケーションをとり、子どもが元気に学校で過ごせるよう支えていくために、どんなことができるでしょうか。以下から詳しく、先生と連携するための関係構築や、子どもの特性の伝え方、「先生と合わないかも?」と感じた時の対処法を順にご紹介します。家庭と学校で協力して子どもをサポート!出典 : 発達障害の子どもが学校でのびのび過ごせるかどうかは、学校側に子どもの特性に合わせ必要な対応をしてもらえるかで変わってきます。このとき、大切なのは「合理的配慮」という考え方です。合理的配慮とは、障害のある方々の人権が障害のない方々と同じように保障され、教育や就業、その他社会生活において平等に参加できるよう、それぞれの障害特性や困りごとに合わせておこなわれる配慮のことを指します。合理的配慮には例えば、「周りの音など刺激に敏感で勉強に集中しづらい子どもに、仕切りつきの机を用意する」「指示の理解に困難がある子どもに、見通しが立つようにその日の予定をカードや表にする」などの対応があります。発達障害のある子どもは、特性の偏りによって社会や環境とのミスマッチが生じやすく、生きづらさや困り感を感じることが多くあります。そのため、学校においては先生(とくに担任の先生)に子どもの特性をきちんと伝え、子どもにあった環境調整や配慮をしてもらうことが大切です。その一方でそのような配慮が学校側の過度な負担にならないよう、親としても気をつける必要があります。参考:LITALICOジュニアー合理的配慮とは新学期、新しい先生に合理的配慮を頼むときの6つのポイント出典 : 新しく子どもの担任になった先生に、どのようにして子どもの特性や、合理的配慮のお願いを伝えるときに心がけたいことを6つ、ご紹介します。2016年4月に施行された、通称「障害者差別解消法」により、ゆっくりではありますが以前より「合理的配慮」をお願いしやすい環境になりつつあります。ですが、だからといって子どもの特性による困りごとを全て学校にお任せする姿勢では、先生との連携はうまくいきません。発生した・発生するかもしれない困りごとに対して、どのような対策が子どもにあっているのか、まずは親子間で色々試してみることが大切です。その中で、ここまでは親子で工夫する、ここからは先生にも協力してもらいたい、などとお願いする範囲をはっきりさせ、先生への負担が大きくなりすぎないように心がけましょう。先生に合理的配慮をお願いしようとすると、ついつい「うちの子、ADHD傾向で、じっと座っていられないんです」「自閉症スペクトラム障害があり、見通しが立たなかったり予定変更があったりするとパニックになるんです」など、子どもの「できない」情報だけを伝えてしまいがちです。ですが、「できない」「苦手」など、ネガティブな情報だけを伝えてしまうと、先生が不安感を強めてしまったり、伝えられたネガティブ面ばかり目を向けてしまったりすることがあります。そのため、「じっと座っているのが難しいですが、ときどき体を動かす機会を与えてもらえればまたすぐ座れます」「見通しのたたないことには不安になりがちですが、決まったことを黙々と取り組むことがとても得意なんです」など、ポジティブな情報(子どもができることや得意なこと)を合わせて伝えるようにしましょう。先生にとっても子どものよりよい理解につながりますし、子どものがんばりや強みに目を向けやすくなります。子どもがすでに発達障害の診断を受けている、知能検査などを受けている場合は、その際の結果や主治医の報告書を、先生との相談の際に添えることをおすすめします。検査結果や報告書は客観的かつ説得力があるため、持っていくとよりスムーズに合理的配慮のお願いが進みます。また、「診断を受けたわけではないが、子どもの特性にあった配慮をお願いしたい…!」ということもあると思います。その場合、自分の子どもと同じような特性の子どもが、配慮を経てどのように過ごしやすくなったのか、などが記された先行事例を紹介するとお願いしやすくなります。例えば、発達障害について解説された本の多くに困りごとの具体例と、その解決方法が掲載されています。このような本を持参して説明するのもよいですし、学校での合理的配慮の実例がまとまっているサイトもあります。これらの活用が、子どもの特性と配慮をうまく伝えるヒントとなるでしょう。参考:インクルーシブ教育システム構築支援データベース-独立行政法人国立特別支援教育総合研究所子どもによっては、家での様子と学校での様子が異なる子どももいます。家庭という環境や家庭でのやり方であればためらいなくできるのに、学校ではできなくなってしまうといった様子が見られることも。その場合、家と学校でのギャップを伝えないままでは、先生もなかなか配慮する範囲のイメージがしづらくなってしまうことがあります。子どもが家ではどのように過ごしているのか、家ではどこまで子ども1人でできるのかなども先生に伝えると、先生も配慮がしやすくなるでしょう。サポートブックとは、入園や入学・進級など子どものライフステージが変わる際に、子どもの普段の様子や関わり方・知っておいてほしい情報を、園や学校の先生と共有するためのツールです。保護者の多くが、新学期前に先生と面談をし、「配慮をしてほしい」と伝えると思います。ですが、限られた時間で子どもの特性・配慮をじっくり話しきることはなかなか難しいことです。また、合理的配慮の内容によっては子どもの担任の先生だけではなく、学年主任・教頭・校長先生や、スクールカウンセラーなど多くの人の協力が必要なときもあります。その場合、子どもの個性と対応方法を一人ひとりに直接伝えていくことは時間もかかりますし、伝えきれないこともあります。そのため子どもの特徴などをサポートブック・サポートシートにまとめ、先生に提出するのも有効な方法です。面談の際にも、子どものことがわかりやすくまとまっている資料があるだけで、話し合いも円滑に進められます。サポートブックの詳細やテンプレートは、以下をご参照ください。ジュニア-サポートブックとはジュニア-サポートブックテンプレートサポートブック「TSUNAGU(つなぐ)」愛知県長久手市 福祉部子育て支援課・福祉課ここまで、新しい先生にどのように頼めばスムーズに合理的配慮を受け入れてもらえるか、そのコツをお伝えしてきました。その中でも一番と言っていいほど大切なのは、配慮してくれた場合に、先生に感謝の気持ちを伝えるということです。複数の子どもを同時に見なければならない中、子どもへの配慮を受け入れてくれたことに対して丁寧にお礼を伝えましょう。また、「先生が声をかけてくれたおかげで、最近は授業も楽しんで取り組めているようです」「先生に授業での取り組みをほめられて、とても嬉しかったようです」など、先生がしてくれた配慮やそれに対するわが子の反応を定期的に伝えると、先生との信頼関係構築につながります。新学期がはじまり…先生と合わないかも?と感じたら出典 : 新学期、新しく出会った先生とどう関係づくっていくかについてご紹介してきました。とはいえ、先生の中でもまだ発達障害への理解があまりなかったり、実際に配慮をしてくれるわけではなかったりと、先生との関係づくりに苦労することもあると思います。以下では新学期が明けてしばらく過ごしてみたら、「もしかして先生と合わないかも…?」と感じたときの対処法をご紹介します。「親の私自身と先生が合わないのか、子どもと先生が合わないのか…」どちらにせよ、その要因はどこにあるか具体的に挙げ、本当に先生との相性の問題なのか、改めて考えてみましょう。例えば、先生に子どもの特性を伝えたにもかかわらず、なかなか配慮をしてくれていない様子が見られると、つい「この先生には合理的配慮をする気はないんだ」と思い込んでしまいがちです。子どもへの配慮をお願いしたのに、それが実現されず、子どもが困り感を抱えたまま通学しているとなると、保護者としても何とかしたいという思いから、先生を責めてしまうこともあると思います。ですが、もう一工夫、先生にアプローチすることで状況が変わることもあります。「子どもの特性はわかったけど、じゃあどうすればよいのかがわからない」「配慮したい気持ちはあるけど、ほかの子との兼ね合いでなかなか実現できない」といったジレンマを先生自身が抱えている可能性もあります。ですので、この例の場合は先ほど紹介した6つのコツをもとに、改めて先生の実現しやすい配慮方法を提案してみるなどの改善策が挙げられます。このように、「この先生とは相性が悪い!」とすぐ決めつけてしまうのではなく、本当に相性の問題なのか、それとも頼み方・頼む先生・頼む内容に関してこちらでまだできることがないか一度立ち止まって考えることが大切です。先生は同時に何人もの子どもを見ています。合理的配慮をしたいと思っていても、手が回らなかったり、ほかの子どもとの兼ね合いで実行できなかったりすることも多くあります。そのような状況の中で、子どもの特性だけ伝えて、配慮方法は先生にお任せになっていたり、クラス全体を巻き込む必要があったりするとなると、先生も対応しきれないことがあります。つい、親心として、わが子が学校で困っているとなると、自分の子どもへの対応や配慮のことだけを考えてしまいがちです。しかし、他の子どもに対しても平等に見る必要があり、日々さまざまな業務がある先生にとっては、対応できる範囲に限度があることも事実です。先生が普段から多くの業務を抱えているということを念頭に、先生側に負担がかかりすぎていないか今一度チェックしてみましょう。なかなか配慮がされない、となると子どももだんだん困り感が溜まってきたり、先生への不満を感じたりすることがあるかもしれません。そんなときは、否定も肯定もせず、「大変だったね」「困ったことがあったのに、よくがんばったね」と共感の姿勢を見せることが大切です。一方、「あの先生はお母さんも好きじゃない」「先生の○○なところ、嫌だよね」というような先生に対するネガティブなイメージを親の口から子どもに伝えることはおすすめしません。親・子どもどちらにとっても、先生への信頼感を築きにくくなってしまうからです。子どもが感じる先生への気持ちと、親が察知する子どもから先生に抱く感情は同じだとは限りません。あくまでも中立的な立場で、子どもの気持ちに共感の姿勢をもちましょう。とはいえ、担任の先生に障害のことや合理的配慮をなかなか理解してもらえないこともあります。その場合、担任の先生以外の先生や職員で頼れる人はいないか、視野を広げてみましょう。例えば、学校だと学年主任・教頭・校長先生や保健室の先生、特別支援教育コーディネーター、スクールカウンセラーなどが主に挙げられます。他にも医師や各種支援センターなど、協力をあおぐことができる可能性のある人はさまざまです。担任の先生にすべての配慮を委ねると、どうしても他の子どもへの対応もあるため、こちらの要望通りにうまくいかないこともあると思います。担任の先生以外に親子が頼れる存在を見つけられると、別の角度からサポートの糸口を見つけられるかもしれません。「こんな風に先生と協力しています!」合理的配慮の体験談を紹介出典 : ここまで先生とどうやって関係を構築していくか、どう配慮を依頼するかを解説しましたが、実際他の親子はどのように先生と協力体制を築いているのでしょうか。それぞれの工夫や体験談をご紹介します。これならできそう、と思えるアイディアがあったら、さっそくこの新学期に試してみるのもよいですね。さきほどご紹介した合理的配慮のお願いのコツにもある「サポートブック」。また、日々先生とのやりとりで使う連絡帳をうまく活用している、という声が多く寄せられました。新学期になり担任の先生が決まったら電話で伝え、必要な書類を渡しに行きました。検査結果のコピーと服用している薬の説明と本人がどうしてもらえると不安じゃなくなるのかをわかってもらう為に絵と解説文が載っている本をコピーしました。5パターンくらいだったと思います。予定の書き忘れ、切り替えが難しいなど。わかりやすいように大事な部分に線を引きました。スモールステップが必要だった時は担任の先生にも1ヶ月のスケジュールを渡し協力してもらえました。普通級だけど配慮が必要なことは、入学時に「教員で共通理解して、毎年新担任にも伝えます」とお約束してもらっていますが、それ以外にも、毎年家庭訪問の時に息子の苦手なこと(聴覚過敏など)とその対応を書いた紙(私は息子のトリセツと題名をつけています)を渡し、実際に家の中を見ていただいて、家ではこういう工夫をしていますなど見ていただいています。その時気を付けているのは、家でこうやってるから学校でもこうやってくださいと押し付けないこと。先生方もプロなんだから、色々なアプローチのしかたがあるだろうし、家で一人に対応するのと、クラスでやるのでは違って当然。プロとしてプライドもあるので、あくまで我が家では…的な感じで。あとは、気になることがあれば年2回の個人面談で先生と一緒に課題の洗い出しと対応を考えています。+年1回の療育相談の結果を連絡帳で報告しています。緊急用件は連絡帳を使って。新学期の先生が変わる時期には、サポートブックや子どもの特性と配慮がわかりやすくまとまった資料があると、先生の理解も得られることが多いようです。また、この体験談のように「家での方針を押しつけすぎない」「クラスの中で対応してもらっていることを忘れない」ということを意識していると、先生との関係も構築しやすくなるでしょう。多くの方が実行しているのが、本格的に新学期が始まる前の面談・話し合い。具体的に誰と、どんな風に面談をしているのでしょうか。担任や同じ学年の他クラス担任、そして校長などと面談してもらってます。そして、伝えるべきことは伝えており新学年にあがるときはそれら引き継いで一緒にやっていきましょうってスタンスです。学校にいるときは学校になじむことは大事です。が、それが行き過ぎないよう、学校側にも配慮をお願いしつつコチラも学校と連携して今後もやっていく所存です。(中略)今年度、さまざまあったのですが担任や他クラス担任たちの配慮ある見守り・行動などにより息子も落ち着いてきました。今の通級学級担任の先生には、本当にお世話になりました。年配のベテラン先生で、凸凹発達の息子を良く見てくれ、別け隔てなく、誉めて育てる‼がモットー。支援クラスの先生は、入学当時からお世話になっています。息子は、アスペルガーで、とにかく、事前の流れが解らないと不安で…。聴覚過敏、味覚過敏、嗅覚過敏…等過敏症な子です。だから、イヤーマフ持参、偏食な為おにぎり持参、等予め、先生同士の申し送りはしてくれていますが、春休み最後の日は、必ず学校に行き、教室の場所、下駄箱の場所、トイレの場所、新担任の先生に挨拶を済ませています。その時に、こうして欲しい!って事は予め伝えています。面談は、一番密接に関わる担任の先生以外にも、他クラスの先生や校長先生とも行っている方も多くいます。他の先生とも話しておくことで、さりげなく子どもをサポートしてくれる人を増やしていけそうですね!また、先生と話すだけでなく、教室の位置や設備を見ておくのも、新学期をスムーズにはじめるきっかけになりそうです。小学校や中学校、適応指導教室、教育支援センターや子ども家庭支援センター、医師などに相談しながら子ども家庭支援センターの方と共に色んな所と連携して息子の配慮のために色々、動いてます。感覚過敏や聴覚過敏、視覚障害に必要な精密検査を受けたり診断書や指示書を書いて貰ったり息子の特性や今の様子などを中学校へ報告したり通級の見学もしてます。学校の教職員以外にも、協力を求めることができます。この保護者は、適応指導教室、教育支援センターや子ども家庭支援センター、医師など、さまざまな人と連携しているそうです。診断書や報告書などが、合理的配慮に必要なこともあります。先生だけにとどまらず、子どもをサポートしてくれる人すべてを巻き込んでいくこともよい方法です。まとめ出典 : 新学期、「新しい先生はどんな人か、うまくやっていけるか」気になる保護者も多いと思います。とくに発達障害の子どもに関しては、担任の先生をはじめ、学校とうまく連携できるかどうかで子どもが元気に学校に通えるかどうか変わってきます。親子で取り組めること・先生にお願いしたいことを考えたうえで、先生と良好な協力関係を築き、子どもの学校生活をサポートしていきましょう。
2018年03月15日突然襲ってくる、負の感情の波に翻弄されるリクUpload By ひらたともみ少し前のことですが、高校が決まりつつある頃、リクはまた独り、うつうつとした感情の渦の中にいました。時々、なにかに取りつかれたように、不平不満を吐き出すのは体調のせい。突然、ケガした際に接触した同級生を逆恨みしだすことも…!いつもは恨んだりしていないのに、急に負の感情の大きな波に襲われてしまうのです。頻繁にある激しい頭痛と疲労感からか、リクは寝言でまで「どうしてこんな体になっちゃったんだ…」と言うほどでした。Upload By ひらたともみ中学も残すところ1カ月…というとき、リクの周りの友だちは、目の色を変えて受験に取り組んでいました。親から期待され、塾で喝を入れられ、目指すものに近づこうと、皆、必死の形相です。そんな時期だというのに、リクは、早々に受験勉強ができなくなり、思っていた未来に向かう切符すら手にいれることができなくなりました。イライラするのは後遺症のせいだとわかっていても、口からでてくる悪態は、本心ではなく、なにかスッと別人格に取りつかれてしまう瞬間があるようです。でも、少し時間が経つと、憑きものが取れたかのように「自分はなにを言ってしまったのだろう」と自己嫌悪を繰り返す日々。「自分の言葉で、周りの人たちは傷ついたり怒ったりしている?おかしい、変だ、なんだ?こいつらなんで怒ってるんだ?」と、自分の放つ言葉や態度に不安を感じていたのです。心のモヤモヤを学校の先生に打ち明ける…「みんなに僕の後遺症を知ってほしいんだ!」Upload By ひらたともみUpload By ひらたともみ病気や障害に、なんら恥ずかしいことはないと思ってはいるものの、思春期の受験真っ只中で、周囲に公表するのはどうだろうか…迷惑ではないだろうか…と、私ひとりで躊躇していたのですが、リクは誰にも促されることなく、ストレートに「知ってほしい」と学校に告げました。「ありのままの自分を受け入れてもらえる」ことが、リクの心の支えにUpload By ひらたともみUpload By ひらたともみUpload By ひらたともみさて、後遺症を公表したリクですが…リクの言う通り、なにも変わっていない様子です。嫌悪されることも特別扱いもなく、「今まで通り」でいてくれています。つまりそれはリクの言う「本心ではないことを言ってしまうこともある」という特性をわかってくれているんだと思います。リク自身、後遺症があることをすべて受け入れられているわけではありません。でも、どんなに嘆いても体の状態が変わるわけではない…。そんな自分を丸ごと認めてもらえる友達の存在が、リクを支えています。友だちに、ありのままのリク受け入れてもらえている…それが、母としても、心からうれしいのです。
2018年03月13日いよいよ就職が決まり、憧れの一人暮らし。けれどもトラブル続出!?出典 : 私が一人暮らしを始めたのは、大学を卒業し都内の企業へ就職したタイミングでした。後にアスペルガー症候群、ADHDと診断される私ですが、このときはまだ、自身の特性を自覚しておらず、新しく始まる新生活の期待に満ち満ちていました。しかし、新しい生活のスタートするやいなや、それまで両親がやってくれていたことを自分一人でこなすことが必要になり、新たな困難さに直面することになったのです。それまではやはり、両親が私自身の苦手な部分をカバーしてくれていたから問題が表面化しなかっただけなのでしょう。今回は、私が特に困った重大なポイント4つをご紹介したいと思います。1. ゲームやスマホがやめられない。出典 : 一人暮らしをすればゲームに夢中になる自分に「もういいかげんにしなさい」と両親が声かけをしてくれることもなくなり、「あと少し…あと少し」と繰り返していくうちに、気づけば深夜だったことが何度もありました。私は、過集中の傾向と凝り性な一面があり、やり出したら止められなくなってしまうことが多くあります。また、最近のゲームの多くは、強いカードや珍しいキャラクターを手に入れるためにお金を使わせる仕組みになっています。射幸心を煽る演出もあいまって、もう1回もう1回と衝動的にのめり込んでしまうことに。結局、ゲーム課金で、気付いたら1万円近く使ってしまったことがありました。2. 給与をもらってすぐに、欲しいものを衝動的に買ってしまう。出典 : ヶ月に生活費がいくら必要なのかを考えずに、衝動的に欲しいものを買ってしまうことがありました。私は、衝動性が高いタイプのADHDだと自覚していますが、特に新しい物好きです。パソコン関係などの家電や新製品を見つけると、ついつい目を奪われてしまいます。同時に、手元にあるお金を今自由に使えるお金と錯覚してしまい、即使ってしまうのです。その結果、給料日の1, 2週間前になって、「アレ?足りない…。…。あのー…母さん、お金が足りないんだけど…」とお願いすることがしばしばありました。実際の一人暮らしでは、振り込まれた給料から、家賃や光熱費、上下水道代....その他諸々のお金が引かれるので、今あるお金は、今使えるお金ではない。ときちんと認識することが大切だと痛感しました。3. どこに何を置いたのか、しまったのかを忘れる。出典 : 思いがけないタイミングで、かつ高頻度で発生するのがコレです。不意に置いたメガネや自宅の鍵、定期、スマホなどをどこに置いたか、翌日になるとすっかり忘れてしまっていました。出かける直前になって、コレがないッ!!アレがないといことが日常茶飯事。特によく無くすものは、キーケース。ちょっと出かけるためにテーブルに置いていたり、ポケットに入れておいたりと、絶対的な位置に置いておくのが難しいものは、日常的に捜索をかけなければならない状況になってしまいます。その結果、家を出る時間が予定よりもだいぶ遅くなり、遅刻しそうな状況に陥ることも珍しくありませんでした。4. 自分の疲れているサインに気づかず、無理をしてしまう。出典 : 自分が疲れていることに気づかず、無理をしてしまうことが今でもあります。中でも一番多いのが過集中による休憩を全く挟まないことで生じる疲れです。過集中でいる間は疲れを感じないだけで、疲労が蓄積されていないわけではありません。ゲーム、パソコンを12時間以上、朝から晩までぶっ続けで行って、目に痛みを覚えて鏡を見たら、目が酷い充血をおこしていることが今でもあります。もう一つ多いのが、外出中の刺激過多による疲れです。特に都心部では街のネオンや、たくさんの雑音、人混みなど、自身が疲弊してしまう刺激が雨のように降ってきます。そうした環境下で無理をすると、翌日に寝込んでしまうことまでありました。やっぱり、一人暮らしは難しい。だけど、出典 : 一人暮らしの中で日々直面する多くの困りごと。しかし、そんな毎日であっても、一人暮らしは決して不可能でないと私は確信しています。それでは私が実践してきた一つひとつの対策を見ていきたいと思います。過集中に関しては、自分一人の力では解決が難しく、東京発達・家族相談センターを訪ね、「大人のADHD時間管理セミナー」のグループセラピーに参加して、少しずつ出来るようになりました。それらを含め、実際に私が取り組んだ内容をご紹介したいと思います。(1)睡眠ログを取る1日を睡眠不足と感じること無く、有意義に過ごすために、自分は何時間寝ることが必要なのかを把握します。睡眠時間の把握には、スマホアプリが便利です。iPhoneでもAndorodでも、無料で使えるアプリが公開されています。睡眠のログをとり、自分の日々のコンディションと対比してみることで、自分の特徴というのがだんだんとわかってきました。私の場合であれば、23時頃に寝て、6時くらいに起きる生活であれば、日中に眠くなることなく、仕事に熱心に打ち込めるようです。(2)自動で消灯や調光ができるLEDライトを使用する。また自宅ではスマートフォンアプリで調光や消灯が設定出来るLEDライトを使っています。今は、23時前になると明るさが段々暗くなり、23時に消灯するように設定して、寝る時間が迫っていることを体感的に分かるようにしています。私の場合、家電量販店などの白色灯が眩しいなと感じるため、調光機能を使って、自分好みの明るさと色温度に設定しました。(※製品は一例です。各機能の利用の可否、利用に必要な条件については、製品情報を参照してください。)後先考えずお金を使ってしまうことへの対策は、今現在使った金額を直感的にわかるようにすることで解決しようとしています。まずレシートの量で、視覚的にどのくらい使っているのかを分かるようにするために、ポケット収納を壁に吊り下げました。また私は、視覚優位なタイプなので、項目ごとに色分けしてあると、より直感的に理解しやすいように思います。次の画像の場合だと、外食のカテゴリーに失費が多いということがひと目で分かります。Upload By ツーちゃんまた、Excelなどの表計算ソフトや家計簿アプリなども併用しています。レシートを1回1回撮影するのは、手間が掛かるので、仕事がお休みの日に表計算ソフト上で合計金額を計算し、その値を家計簿アプリで把握しています。さらに家計簿アプリは、ネットバンキングとも同期できるため、非常に使い勝手が良くなっています。鍵、腕時計、ハンカチなど忘れると困るものを、こんな風に置き場所を決めています。Upload By ツーちゃんまた、バッグの中でごちゃごちゃで汚い、探し物がすぐに見つからないことでも悩んでいましたが、バッグインバッグという方法を用いて、今ではスムーズに必要なものが見つかります。障害者手帳や、お薬手帳、受給者資格証など比較的よく使うものなどの場所を取り出しやすい手前のポケットに入れるなど対策をしています。Upload By ツーちゃんそれから、出来るだけ平積みをしないように心掛けています。場所を区切って置き場所を作る事で、一番下のものを引っ張り出す必要がなくなり整理整頓が簡単になります。Upload By ツーちゃん出典 : 週に1度、休憩を取る、早く寝る日を作っています。その日は家事も、夕飯作りも、友達づきあいも全てしないと割り切り、シャワーだけを浴びてすぐに就寝します。強制的に脳と体を休ませることによって、たとえ、疲れているサインに気づかなかったりしても、問題がないようにしています。私の場合は、初対面での対話や、刺激がたくさんある場所を複数箇所訪れるような場合に、疲れが溜まりやすいと感じます。また、疲れているサインとしては、眠気のない疲労によるあくび、刺激過多による偏頭痛などの予兆が起こることがわかってきました。この予兆を感じとれるようになったことで、事前の対策が可能になってきたのです。そして4年の月日が流れ…出典 : 上述したような困り事もあり、大変ではありますが、もうすぐ一人暮らしを初めて4年になります。これまで失敗することも数多くありましたが、それだけ対応策を作ることもできました。もし、この記事を読んでいる親御さんがいらっしゃったら、ぜひ覚えておいてほしいことがあります。それはそれはどう頑張っても一人では対策が難しい面があるということです。それを前提にした上で、失敗そのものを責めずに、どうすれば出来るようになるか、一緒に考えるパートナーとして温かく見守って欲しいなと思います。このコラムが、将来の一人暮らしを考えるときの参考になればと思います。
2018年03月10日好きなことに集中できた幸せな高校生時代出典 : 女の子の発達障害は、男の子に比べて特性が目立ちにくく、気づかれづらいと言われています。大人になってからADHDと診断された私も、幼少期や学生時代に発達障害と疑う人はいませんでした。私の幼少期は、ただひたすら「お喋りが止まらない」という特性ばかりが強く出ていました。その他の特性がそれほど強く出ていなかったために、おしゃべりが止まらない点については「自分勝手」と評され続け、自分の自己肯定感は低くなるばかりでした。それでも、中学生、高校生のころは、私にとって平和な日々と言えるものでした。それは先生に恵まれたのも大きな要因だったと思います。嫌いな科目(数学)は、授業を聞こうとしても聞こうとしても、別のことを考えてしまうようになり、常に赤点でした。それでも、中学高校は好きな科目を極めることを許される環境だったことが幸いします。「好きな科目で一番を取れていたら、別の科目もそれに準じて成績が上がってくるものだから」と、認めてくださる先生がいたのが、今思えば本当にラッキーでした。おかげで、得意を伸ばすことができ、好きな科目(英語や国語)は大学生レベルの本でも時間を忘れて読んでしまうようなことができたのです。周囲からはちょっとおっちょこちょいで、授業中もうるさい子だと思われていたようですが、好きなことに集中することを許され、周囲にもそれを尊重されるという、とても幸せな毎日だったと思います。しかし、穏やかで楽しい日常は、大学に進学すると同時に消え去ったのです。「変人」というレッテルに苦しむ出典 : 大学に進学した私を待っていたのは、「行動の指針」も「スケジュール」も全く自由になってしまった世界でした。高校生までは、登校時間・下校時間から学校の時間割まで、全て決められていました。ところが大学には全くそれがないのです。さらに、高校生の頃は、「同じクラス」「席順」という一定の決まりごとのなかで気が合う友達を見つけることができました。ところが、大学ではどこで友達を作ればいいのか、どこに気の合う友達がいるのか、授業はどうやって組み立てたら良いのか、終わったらどこに行けば良いのか皆目見当がつかないのです。地図もないなか、大海原でぽっかりと浮いているような心もとなさを感じたのを今でも覚えています。そんな風に心細さに悩む私を、たまに食事に誘ってくれるようなグループもちらほら現れました。友達の作り方も分からなかった私は、誘われれば大喜びでついて行きました。ところが、私が食事に参加すると、必ずグループの雰囲気が気まずくなるのです。そして、そのうち「あいつ(私)が行くなら行かない」というメンバーが出てきました。何が起きたのか分からず、一人悩んだ私は、一緒に食事にいったグループの友達に「私何か悪いことやった?」と聞いてみました。すると、こう言われたのです。「思ったことストレートに言い過ぎちゃうから、みんな嫌がってるみたい」「あと、一人で喋り過ぎちゃうっていうか…」「まっすぐでいい子だなっていうのはみんな分かってるんだけど」言われた瞬間、私は頭がクラクラしました。全部、小学生の頃に通信簿に書かれていたことでした。私、何も変わってない…、そう思って逃げ出したくなりました。そのうち、周囲の人たちが私にこんなあだ名をつけていたことが分かったのです。「マシンガントーク」「毒舌」「言葉のナイフ」そのうちに、大学に行くためのバスに乗ろうとすると、呼吸ができなくなってバスに乗れなくなる症状に苦しみました。「どうしたら自分を変えられるのか…」「自分なんて消してしまいたい」、私にとって大学までの道のりは、とんでもなく遠く思えました。さらに、ある人から言われた言葉が私に重くのしかかりました。「変な自分を受け入れてくれるほど、大学の友達なんて甘くないよ?少し普通になる努力しなくちゃ」普通になる努力、どんなに探しても答えが見えない命題を、私は突然突きつけられたのでした。悩む私に与えられた「答え」出典 : こうして始まった大学生活は、「友達を作る」なんて優雅なものではありませんでした。自分自身の特性に怯え、自分自身を責め、何から変えていけば良いのか全く分からない毎日。人間関係は相変わらずいつまでたってもうまくいかず、大学でカウンセリングを受けるようになりました。そこで、「あなたはあなたで良いんだよ」と繰り返し言われましたが、「通りいっぺんのことを言わないで欲しい。私が求めているのはそんなことじゃない。私は今の私ではいけない。」と思い、カウンセリングも途中でやめてしまいます。しかし、大学3年のある日、今も忘れられない大変革が起こることになったのです。大学の帰り道に一緒になった同級生と喋りながら一緒に帰っていたときのことです。その人が、私にこう言ったのです。「あのさ。いつも思うんだけどさ。おまえ、人の話を最後まで聞けよ。そしたらそれについて自分の思ったことを話してくれよ。俺はおまえはとても面白いやつだと思う。だから、俺の話についておまえがどう思っているのか俺は聞きたいわけよ」この言葉は衝撃的でした。衝撃的だったと同時に、今までどうやっても他人とうまくいかなかった自分に、1つの大きな答えを与えてくれたのです。「変人」とか「毒舌」と言われて、「普通になれ」と言われても、私には取るべき行動は分かりませんでした。けれども、「人の話を最後まで聞け。それに対して自分の考えを言ってみろ。」という具体的な行動指針で、私の悩みは一気に解決したのです。さらに、その人は「おまえはとても面白いやつだから」と肯定してくれました。これをきっかけに、私の人間関係は少しずつではありますが、好転していきました。その「答え」は子育ての中でも…今、発達障害のある息子を育てながら、私はあのとき自分に起きたことを思い出すのです。息子に「普通になれ」と伝えても、本人はきっと意味が分からない。そもそも「普通」になる必要なんてない。けれども、周りの人が息子の良い部分をもっと知るためには、適切な行動というのがあるということ。そしてその適切な行動について、私たち親は具体的に伝えていくのが大切だということ。そして、息子に具体的な行動について伝えるとき、私が常に心掛けていること、それは「私はあなたをもっと知りたいし、もっと話したい」と伝えることです。根本に相手への尊重があってこそ、具体的な行動指針が活きてくるのだと思います。子どもに適切な行動を促すのは、「普通にしてあげたいから」ではなく、「あなたをもっと知りたい、あなたともっと話をしたい」から。自分の辛かった経験は、その大切さを今でも自分に教えてくれています。
2018年03月09日真っ先に駆けつけるお助けマン先日、私がぎっくり腰になりまして、スムーズに動けない状態が続いた日がありました。いつも気がきく優しい長男は、母の具合が悪いと、その優しさがさらに増すようです。私は痛みのあまり、トイレに立つのもやっとでした。すると、息子のアンテナはピピピ!と信号を受信!Upload By ラム*カナUpload By ラム*カナ背中を差し出す息子の優しさが、心に沁みて…腰の痛い私を見た息子は、「自分の背中につかまって」というように、私がつかまりやすいようにかがんでくれました。ちょっと不恰好だけど、そんな息子らしい思いやりに母は思わず涙…Upload By ラム*カナUpload By ラム*カナ完全に見た目はお婆ちゃんですよね。息子の優しさがいつも以上に心に沁みて…息子につかまって歩きながら、涙が出そうでした。誰かが困っているとすぐに気付き(変化に弱い=観察力がある)、自分が何ができるか考え(脳内多動=アイディア力)、すぐ動く行動力(衝動性=瞬発力)。どれもADHDの素晴らしい特性だと思います。
2018年03月09日リュウ太、火事に遭遇する!Upload By かなしろにゃんこ。息子リュウ太が中学3年生のころのこと。目前に迫った受験に向けて塾通いしていた、冬のある夜のことです。塾からの帰り道、住宅街から煙が立ち昇っているのを発見したリュウ太。「火事かな~?それともフライパンでも激しく焦がしたのかな~?」と眺めていると、突然ドカン!という爆発音が。その音とともに窓ガラスが割れ、勢いよく煙が噴き出してきたのです。「火事だ!」リュウ太は慌てました。火事だ、通報しなきゃ!通報をお願いした高校生が、実は…Upload By かなしろにゃんこ。火事に遭遇したリュウ太。「通報しなくちゃ!」と思ったけれど、いつもは塾に持参している母の携帯電話を「今日に限って持ってねーしー(汗)」「あわわわ…誰かに通報を頼まなきゃ」と辺りを見渡したものの、こんなときに限って夜の静かな住宅街には誰もおらず。どうしよう…?とオタオタしていると、男子高校生が自転車でこちらに向かってくるのが見えました。「高校生なら携帯電話を持っているはず!」と考えたリュウ太は、「あのー、火事なんです!通報をお願いします!!」と頼みました。高校生は、火事に驚きながらも、すぐに消防署に通報してくれてました。ところがです!その高校生をよく見ると、なんと一番会いたくなかったお人!テニス部の元部長ではないですか~。犬猿の仲だった元部長に、2年越しの「すいませんでした」Upload By かなしろにゃんこ。中学1年生のころ、リュウ太はテニス部に入っていました。でも、根っからの怠惰野郎ですから、みんなが一生懸命に朝練に取り組んでいてもリュウ太だけは「寝坊」ということで朝練をサボり続け、3年生の部長からお叱りを受けることが、たびたびありました。「仕方ないだろ、起きられなんだから」というのがリュウ太の言い分ですが、頑張っている子からしたら「テニスなめてんじゃねーぞ」という態度に他なりません。「ワザと起きなかったわけではないのだから許される。ワザとじゃなかったらいいだろう!」という自分ルールがあるものですから、「真面目にやれ!」と説得する部長と、話がかみ合うわけもなく…。しまいには「オレより少し早く生まれてきただけで威張らないでほしいね」と言い出すリュウ太…自由奔放すぎです。ちなみにこの自分ルールは、ADHDの特性というよりは、軽度の自閉スペクトラム症の特性からくるものではないかな~?と、母は思っています。さらに、ADHDのリュウ太には「熱しやすく冷めやすい」という特性もあるので厄介です。テニス部に入ってみたものの、すぐ飽きてしまい、ヤル気がなくなっていたのでしょう。中学2年生になる前にテニス部は退部してしまったし、部長も卒業してしまい、謝るきっかけも失ったまま約2年が経過していたのでした。そんな時の火事場での再会…思いがけない場所、思いがけないシチュエーションで、逃げることもできない状態だったからか?「あのときはすいませんでした!」と頭を下げて謝ることができたのでした。元部長の先輩は、リュウ太のことを覚えていたようですが、テニス部時代のことを引きずることなく、謝罪を受け入れてくれたそうです。思いがけない出来事がきっかけで、心のしこりを解消Upload By かなしろにゃんこ。帰宅した息子は興奮していてガタガタ震えていましたが、この出来事を細かく話してくれました。火事にいち早く気づき、偶然再会した先輩と力を合わせて消防を呼べたこと。それが、実はずっとしこりになっていた先輩との確執を解消するきっかけとなったこと…。この子が自分から謝ることができるなんて!実は「ひどくナマイキなことを言っちゃったな」と反省する気持ちが芽生えていたなんて。びっくりするようなエピソードでしたが、リュウ太の心の成長を感じることができました。後日、ママ友から「あの火事のときにリュウ太くん見かけたけど、歩き方が変だったよ。大丈夫だった?」と心配の電話をもらいました。恐怖で緊張したからか?ロボットダンスのようだったそうです。パニックになりながらも、通報できたり謝れたりしたのだなぁと、改めて感心した母なのでした。
2018年03月08日入学前に通常学級を選択した話娘が広汎性発達障害の診断を受けたのは、4歳(年中)の時。しかし、それより前の3歳(年少)の頃から、進学先について、夫婦共々、真剣に考えていました。発達外来の主治医のアドバイスもあって、年中は「療育に積極的に取り組む一年」として、いろんなトレーニングや言語訓練、自宅療育に取り組みました。そして、年長になり、進学先を決める時期になりました。娘の進学に関しては、私たちも初めてのこと…。正直、どこを選ぶことが正解かわかりませんでした。基本は娘が楽しく過ごせるところ。そうであれば、特別支援学校でも、支援学級でも、通常学級でも、どこでもいいと考えていました。Upload By SAKURA進学先を決めるにあたり、色んな人に相談したり、話を聞いたりしました。夫婦で、たくさん話し合いました。最終的には、発達外来の主治医の先生から「支援員の要請さえすれば、小学校の、通常学級で大丈夫だと思いますよ。」と言われたことが決定打となり、地元の小学校の、通常学級に進学することに決めました。私たち夫婦も「できるならみんなと同じことをこなせるようになって欲しい…少しレベルの高い所にいた方が、頑張れるのではないか…」そう考えたのです。入学直前に引っ越した我が家。同級生と馴染むために工夫もしました私たちは、娘の小学校入学直前に引っ越しをしたため、今まで通っていた幼稚園から、同じ小学校へ進学する子が一人もいませんでした。さらに、娘の通うことになった小学校は、付属の幼稚園からそのまま持ち上がりのシステム。娘以外の全員が、すでに仲良しの状態なのです。そこで私たちは、入学式の2か月前から、同じ小学校に入学する子たちが通う幼稚園のスポーツの日に週一回、数時間だけ通わせてもらっていました。少しでも、入学前にみんなと仲良くなってもらい、入学してからのスタートがスムーズになるようにしたかったからです。事前に交流を持っていたこともあって、入学当初は順調でした。お友達もたくさんでき、喧嘩はあっても、それなりに楽しく過ごせていている様子。小学一年生の授業も最初はそんなに難しくないこともあって、なんとかついていけているようでした。Upload By SAKURA授業が進み難しくなった頃、担任からの相談&報告が増えて来て…しかし、入学してしばらく経った頃から、だんだんと授業についていけないようになりました。支援員が入らない時は、全くついていけず…特に作文や感想文、日記などの、文を書く授業は困難でした。元々、言語自体が得意ではないため、何を書くかを考えたり、そのことを頭に置きながら、文章を構成することが娘にとってはすごく難しいのです。文が書けず、1時間白紙のまま固まっていたり…。そのことを、担任の先生から相談される回数も、増えていきました。文章を書けないことを先生に注意され、本人も困ってしまいます。そして、お友達同士のトラブルの内容も、少しずつ、娘には難しいものになってきました。娘は、自分が思っていることを、言葉で表現するのが苦手です。お友達から、自分がやっていないことで責められても、「私じゃない!」と自分の主張をうまく言えず…責められ続け、泣く…そして、さらに責められる…そんな姿を見ることも増えていきました。そんな状況の中で、お友達から、「なんであーさんはすぐ泣くの?」「なんで日記が自分で書けないの?」などと言われることが、どんどん多くなってきたのです。Upload By SAKURAもしかして、親のエゴで娘が合わない環境にいるのかな…私はこの時、自分が通常学級を選択したことが、間違いであったのではないかと思いました。そのために我が子が嫌な思いをしているのであれば、その決定は親のエゴだったのではないか…と考えるようになりました。とにかく状況をなるべく詳しく把握しようと、私は、なるべく学校に出向き、娘の学校の様子を見に行くことにしました。Upload By SAKURAトラブルはいつもじゃない。楽しそうな様子も見えてきたことで、深まる悩みしかし、実際のところ、悪いこと(娘がつらい状況)ばかりではなく、お友達と楽しく遊ぶ様子や、お友達に助けてもらっている様子も見えます。娘に聞くと「学校は楽しい、お友達は優しい」と言います。ただ、それが本心かどうかもわかりません。この状況は、いったいどういう判断をすればいいのか。ただただつらいことがあるばかりではない…楽しいこともある。実際、娘も「楽しい」と言っている。でも、泣いて帰ったり…できないことを注意されたりする。通常学級にこのままいて、いいのだろうか。どっちつかずの考えが、私の頭の中でぐるぐる回る日々が続きました。娘が帰宅した時、どんな顔をしているか…泣いている?笑っている?学校は楽しかった?楽しくなかった?そればかり気になるようになりました。Upload By SAKURA悩んで悩んで、たどりついた大切なコトはその堂々巡りの日々の中で、私が考えなければならないのは…本当に大事にしなければいけないのは…なんだろう…と考え続けました。Upload By SAKURA気づいたこと…それは、当たり前かもしれませんが「娘が笑顔でいられること」。進学先を決めるときに、一番の基本にしたことでした。そして、「それを見守る私自身も、笑顔でいられること」だと、改めて気づくことで、自分の思いが、少し固まるような感覚になりました。私はこの気持ちを大切にして、娘の居場所について、改めて考え、前に進むことにしました。この進級に関するお話は、長くなりますので、数回に分けてお話ししたいと思います。しばらくお付き合いいただければ、嬉しいです。広汎性発達障害の娘の就学相談で、迷った末に通常学級への進学を決めた私たち夫婦でしたが…入学後、徐々に娘には合わなくなってきたことから、この先どうするか…また新たに迷い始めた私たち。そんな時、今まで知らなかった情報が分かったのです。情報が把握できず学校や行政と行き違いになったことへの後悔と、そこから学んだことをお伝えします。
2018年03月07日小さな時は嬉しかった「うちの子自慢」だったけど…Upload By ぽんぽんUpload By ぽんぽん「あなたたちのときは…」と言われるたびに、モヤモヤ…母は私や兄、妹のことが自慢のタネ。小さいころからよく褒めてくれました。Upload By ぽんぽんUpload By ぽんぽんUpload By ぽんぽん母は悪気もなく言っていたのでしょう。でも、会うたびに、私たち兄妹の自慢話をされると…。そのうち、私もだんだん辛くなってきてしまいました…。育児は、母にとっても大切な思い出だからUpload By ぽんぽんUpload By ぽんぽんUpload By ぽんぽんUpload By ぽんぽん昔からとにかく子ども(私たち兄妹)の自慢が多かった母。子育ての思い出話や、わが子の自慢話って、なかなか他人にはしにくいもの。だから、実の娘にくらい気兼ねなく話したかったのでしょう…。仕方ないのかな…とは思うのですが、それすら受け入れられないほど大変な時期もあり、その頃は母とは極力連絡を取らないようにしていました。療育に通っていること、言葉が遅いことなどを伝えてからは、あまり「うちの子自慢」をすることはなくなりました。きちんと子どものことを共有することも大事なのだと思います。
2018年03月06日私、アスペルガー。予定外のことが大の苦手!出典 : 「晩ごはんの最中に、大きなしゃもじを持ったあの落語家さんが来たらどうしよう?」「あのタレントさんが洗剤を持って玄関先に立っていたらどうしよう?」あなたはそんなことを考えたことがあるだろうか?ご存知ない方に説明すると、前者は民家を訪れ、その日の晩ごはんのメニューを紹介してもらうという、昔のワイドショーのワンコーナー。後者は主婦の方に台所用洗剤の使い心地を試してもらうというものだ。いずれも「アポイントなしで突撃する」という体を取っている。で、私ならどうするか。のんびり晩ごはんを楽しんでいるとき、もしくはその直後に面識のない落語家さんがいらしたら、失礼ながらびっくりして警察に通報してしまうかもしれない。大好きなタレントさんですら、丁重にお断りしてしまう気がする。もし、同様の企画で訪れたのが、私が“推し”と称してはばからない大ファンの俳優さんであったとしても、その場で少し考え込んでしまうと思う。「わーい!○○さんだ!」じゃないんだよ、私なのに!ちなみに、どれだけ”推し”が好きかは、前回のコラムを見ていただければわかると思う。ASD(自閉症スペクトラム)ないしアスペルガーの特性を持っている方ならご共感いただけるだろうか。私は急なスケジュールの変更など、予定外のことが大の苦手。特に一番強いストレスを感じるのが、突然の来客だ。フリーライターはイレギュラーの連続。そこで私が取った対策とは!?出典 : 以前は突然の誘いも苦手だった。それが楽しそうなことだとしても、だ。とにかく予定外、予想外のことに心をかき乱されてしまう。しかしフリーランスのライターなど、イレギュラーの連続だ。ピンチヒッターとしての仕事の打診や急な加筆の依頼、スケジュールの変更などなど。それら全てに「対応できません」と返事をしていたら食っていけない。幸い、仕事でお付き合いしている方々は、私の特性をご存知なので、想像し得る変更点について、前もって説明をしてくれる。もちろんそれ以外の変更だって起こらないとは限らない。そのため自分でも「何か変更が起こるかもしれない」と心構えをするようになった。そのようなことを繰り返しているうちに、私は「仕事に関してはある程度臨機応変に動ける人間」に擬態できるようになった。友人たちにも、私が急な予定変更が苦手であることは伝えてある。が、仕事上で「何か変更が起こるかもしれない」と心構えをすることが日常化したため、急な誘いに関しては、時間や体調の都合がつけば、喜んで出かけることも可能になった。それでもどうしても慣れないことがあるため、以下のようにきっちり伝えてある。「突然の訪問だけは嫌な顔をしてしまうかもしれない。せめて“近くにいるよ”って、事前に一報が欲しいな」。みんな私の難しい質を理解しようと努めてくれているため、両親ですら、息子と私が暮らすアパートを突然訪れることがない。私は心穏やかに日々を過ごしていた。ところが…。「突然の訪問はNG!」と、徹底周知しておいたはずが…出典 : その日突然現れたのは、この集合住宅の工事担当作業員だと名乗る人だった。「室内アンテナの工事があるので、お部屋に入らせてください」工事の業者さんから、事前の告知や日程調整の打診はなかった。私は、自分の顔が強ばるのを感じた。「お知らせをいただいていませんよね…?」「管理人さん経由でチラシが配られたはずなのですが…」確かにチラシは入っていた。しかしそれは「何月何日から、この棟全体に工事が入る。各部屋にも入ることがあるかもしれない」という内容のみ。我が家にいつ入るという連絡ではない。「今日が無理だとしたら、いつごろいらっしゃいますか?」「あの…鈴木さんのお宅の工事が終わらないと、他のお宅の工事ができないんですよ」ぐぬぬ。(勝手な言い分だなぁ)だとか(今日私が留守だったらどうするつもりだったのだろう)と思いつつ、作業員さんにお上がりいただいた。私同様にASDを持ち、急な来客が苦手な息子は、携帯ゲーム機を片手に、猫のごとく押し入れに籠ってしまった。念のためその場に立ち会わなくてはならない私は、押し入れに同行することはできない。頓服用の安定剤を飲み、部屋の隅で絵を描きながら、ざわつく気持ちを抑えていた。「次の予定は知らせてほしい」と願う私に、業者さんは…Upload By 鈴木希望1時間少々で工事は一旦終了したのだが、作業員さん曰く、古い室内アンテナの撤去工事が後日必要だと。「次回はいつごろいらっしゃいますか?」「うーん、他のお部屋の作業の進み具合もありますので、何とも言えませんねぇ」「何日辺りだとか、午前だとか午後だとか、ざっくり教えていただけないでしょうか?いない日もありますし、前日にでもお電話いただけると助かるので…」「いやー、それもできかねますねぇ。で、鈴木さん、必ずいらっしゃるのは何時ごろですか?」それがまちまちだから事前連絡を頼んでるんだろうが!!!!!ーと叫びたい気持ちを抑えつつ「それもまちまちなので、断言しかねますねぇ」と、図らずも作業員さんのような口ぶりで、私は返答した。先方は困っていらしたが…。こうなってくると、私の特性云々関係ないような気もするが、苦手なものは苦手だし、困るものは困る。私がいないときに訪問したら、先方だって困るはずだ。推測でしかないが、日程の詳細や事前連絡ができないのは、会社もしくはそのチームのやり方であるか、担当さんの一存で決めたり断言不可の件で、しかも伺いを立てる相手がその場にいなかったのかもしれない。だとしたら、作業員さんと私がああだこうだと問答を続けるのは建設的ではない。何となく話がうやむやになったまま、とりあえず挨拶をしてお帰りいただいた。翌日私は、私が暮らす集合住宅の管理会社に連絡を入れ、「在宅時間がまちまちであるため、事前の連絡が欲しいとの旨、工事業者さんに伝えていただきたい」とお願いをした。「今後こうした工事や点検が入る場合、鈴木さんには事前連絡を徹底した方がいいですか?」と、担当の方が気を利かせて質問してくださったので、そのようにお願いした。工事業者さんには、おそらくもう伝わっているだろう。ひとりで交渉しきれないときは、第三者の助けを借りる出典 : イレギュラーなことへの対応は、周知の徹底と心の準備でこれまでどうにか乗り切ってきた私だった。しかしそんなことは無関係に発生するイレギュラー中のイレギュラーもあるのだと、今回の件で学んだ。そりゃそうだ、向こうは私のことなんて知ったこっちゃいないのだから。幸い、今回は住宅管理会社さんという、間に入ってくれる第三者がいてくれたから助かった。今後もまた、自分ひとりで対応しきれないことが起こったら、間に入ってくれる誰かを探すつもりだ。これは何も発達障害の特性に絡んだトラブルに限った話ではない。人間ひとりでなんとかできることなんて、実はさほどないのだから。業者さんからの連絡はまだ届いていない。電話が鳴ることを願ってやまないが、もし次回の担当さんが、私のようなうっかりADD風味の方だったら…?うん、ない話ではない。連絡があることを信じながら、工事終了予定日まで「うっかりADD風味の作業員さん」がいらっしゃるかもしれないと覚悟をしておくとしよう。そして本当にそうなったら、またヤギさんの絵でも描いてやり過ごそう。ストレスがないわけではないが、なあに、スズキはやればできる子さ、ずっと続くことではなしに。がんばれ私、乗り切れ私。
2018年03月05日時計はよめる?入学前に、身につけておきたい理由とはUpload By 荒木まち子Upload By 荒木まち子幼稚園や保育園にくらべて、学校では「時間」を意識して行動することが必要となります。時計の読み方は学校の授業でも勉強しますが、入学前にある程度ご家庭でも練習しておくのがおすすめです。「時計をよむ」練習におすすめの絵本出典 : でも、「では練習しましょう!」と無理やり教えられても、子どもも親も辛いだけですよね。わが家では、絵本を使って遊び感覚で練習をすることにしました。数ある時計絵本の中で、私のイチオシはくもん出版の『はとのクルックのとけいえほん』です。この絵本には、針がうごく時計がついているので、子どもが動かして時刻を変えることができます。繰り返し絵本を読むうち、時刻を意識するように…出典 : 始めのうちは絵本についている時計の長針をグルグル回して楽しんでいた娘でしたが、しばらくすると、長針を回すと短針がゆっくり動くことに気がついたようです。そして次第に、絵本の物語にそって時計の時刻を合わせるようになりました。「遊び」や「食事」「お昼寝」など小さい子どもになじみのある内容に加え、ドキドキワクワクするストーリーも魅力で、娘のお気に入りの一冊になりました。工夫された文字盤だから、「分」と「時」の違いを理解しやすい長い針が「1」を示しているときに、なぜ「5分」を意味するのか…これを子どもに説明するのはなかなか難しいものです。でも、この絵本についている時計には、1分刻みのメモリがあるので、小さな子どもでも「分」と「時」の違いを理解しやすいのです。Upload By 荒木まち子部屋の壁掛け時計も同じ仕様のものにすると娘は好んで時計をよむようになりました。「時」は短い赤い針がさしている赤い数字をよむ「分」は長い緑針がさしている緑の数字をよむと繰り返すうちに、娘は自然に、1分刻みのメモリがない時計もよめるようになっていきました。小学校入学前に、スムーズに時計をよめるように!出典 : 「いつの間にかできるようになる」ことがあまりない娘ですが、「時計つき絵本」と「工夫のある時計」のおかげで、時計をよむことに関しては楽しくスムーズに身につけることができたのでした。
2018年03月04日まさか相手の方が、世界標準だったなんて出典 : 歳で発達障害と診断されたとき、最初は「ああ、今まで仕事がうまくいかなかったのは自分のせいじゃなかったんだ」とホッとしたことをよく覚えています。ですが、まだ「もっと頑張れば大丈夫」と軽く考えていたんですよね。その後、2社で一般雇用で働き、2社目でカミングアウトせざる得ない事態に追い込まれます。そして、「自分の能力はこの会社では通用しない」「カミングアウトしても自分の気持ちや個性が理解されない」という現実をつきつけられて退職することになり、すっかり自信を失ってしまいました。子どものころから周囲に対して違和感を感じながらも、「どうしてわかってもらえないんだ、間違っているのは向こうの方だ」と信じ続けて自分を押し通し、「いつか自分が認められる場所を見つけてやる」と挑み続け『絶対にあきらめない』を信条としてきました。だけどこの一件で、自分は”発達障害があるマイノリティーな存在”で、相手の方が世界標準だったのだと腑に落ちたとき、心がポッキリと折れてしまったのです。だけどそれが、私にとっての障害受容の本当の始まりでした。長く険しい道のりでしたが、その道を歩むことで、自分の中に芽生えたものがあったのです。人生立ち往生状態の私が、救いを求めてやってみたこと出典 : ポッキリと折れた心をさすりながら障害福祉サービスを受け始めたものの、「私は支援を受けていい存在なんだろうか」と悩み葛藤する日々が始まります。このときの自分はまだ「自分の障害なんてそれほどのものではないのではないか」と低く見積もろうとしていたのです。今から思うと、まだ自分の障害を受容できずあがいていたのだなぁという感じです。そこで始めたのが、Twitterで発達障害があることを公言している人を片っ端からフォローして、そのつぶやきを読んでいくことでした。私と同じような立場の当事者たちの言葉に触れていると、ゆっくりとしみこむように仲間たちの苦しみ、悩みが伝わってきて「ああ、私もつらかったんだ」と改めて認められるようになっていったのです。人の物語を読むことで、自分の心に問いかけることができる。その物語を通して自分と対話し、理解を深めていくことができる。そして、私自身も自分の気持ちを整理するためにブログに自分の気持ちを書き続けました。そうすることによって、ゆっくりと自分の気持ちや今までの道のりを見つめることができました。これは今振り返っても、必要なプロセスであり、大きな効果を得られたと感じています。ヘルパーさんとの関わりが「人との違い」を教えてくれた出典 : 私の場合、Twitter・ブログと、自身を見つめる機会はインターネット上によるものが色濃くありましたが、それだけではあません。料理と掃除を2人のヘルパーさんに手伝ってもらっているのですが、どちらも年齢が近くて友達のような感覚で接してくれ、最初は緊張していた私もだんだん心を許しておしゃべりを楽しめるようになりました。発達障害のある私にとって、そのままの自分を出してもバカにしないで受け止めてくれる身近な存在が、このヘルパーさんでした。仕事のトラウマですっかり他人が怖くなっていたのですが、日によってテンションが極端に違っても、思うがままに自分のペースで話題を進めても嫌な顔一つしない2人に、次第と心を許せるようになっていったのです。ソーシャルワーカーさんに聞いた話ですが「人とのかかわりを深めていくこと、おしゃべりをするということ」も、重要な支援となるのだそうです。障害のある人が孤独に陥らないようにしたり、社会とのつながりを途切れさせないためには、おしゃべりが大事なのだそうです。そんなある日、ヘルパーさんに料理をしてもらっているときのことです。ヘルパーさんにレシピを見せると、ざっと1回読んだだけで料理をする姿にふと疑問を覚えました。「どうして、1回見ただけでつくれるの?」「だいたいこんな感じだなってわかったらできるものなの」「えっ、料理を始めてすぐのころから?」「違うよ、最初はまじめに読んで計ってつくるけど、慣れてきたらできるようになるの」「私は料理を始めてから20年以上経った今も、レシピを何度も何度も読み返さないとつくれないよ?みんなが普通なの?」驚いた私は、「普通の人がやる掃除ってどういうものか、見せてほしい」と頼みました。すると、丁寧ではあるものの、細部までこだわりすぎていないことがわかりました。動かせるものだけスッとよけて、さっときれいに掃除を終わらせてしまうのです。「隅っこの座椅子は毎回よけたりしないの?」「そんな大掃除みたいなこと毎回しないよ。たまにでいいのよ」そんなふうに家事を通じて、他の人たちの能力や力の入れ方を知っていきました。それは「自分と人との違い」を知るということでもあったのです。それをきっかけに、他にもたくさん「人との違い」があるんだろうなと初めて実感することができました。40代になってはじめて「障害者」と診断されるまで、「自分と人が違っている」ということなんて思いもしなかったのです。私にとってこの発見は人生がひっくり返ってしまうような大発見だったのです。生きていくうえでの前提条件がガラリと変わってしまったのですから。「人との違い」を知ると、自分のことが見積もれるようになってきた出典 : 「自分と人との違い」を知ると、「あの仕事はここでつまづいたんだ」「この仕事は私の特性から考えれば適性がなかったんだ」という風に、できないところやつまづきどころが理解できるようになってきたのです。また、家事にも仕事にも疲れ果てながら、なんとかやってきた自分を認めることにも繋がりました。とはいえ、これは正直つらいことでした。「頑張ればできる」と思っていたのに、「できないんだ」ということがわかってしまったのですから。「あきらめない」が信条の私が「あきらめる」ことを受け入れなければならないと知ったときの絶望感は、とても大きかったことをよく覚えています。自身の状況をソーシャルワーカーさんに話すと、こんなことを言われました。「やっと現実検討能力がついたのね。」現実検討能力というのは、自身の状態や能力を客観的に評価する能力のことです。例えば「私は有名大学を出ているし語学もできる。その気になれば大学で教鞭も取れる」といいながら、実際は何の仕事も続かないという人は、自分の中の認識と現実のかい離が大きく、現実検討能力が低いといえる、ということだそうです。そういわれてみると、私はずっと自分の現実の能力を見ようとせずに「資格さえ取れば活躍できるはず」「もっと自分に合う仕事があるはず」と夢を見続けていました。しかし発達障害と診断され、否応なく自分と向き合うことになります。これまでの考えや、自分の信条を覆され、心も折れてしまった自分。でも、 だからこそ自分のことを見つめ直し、障害を受け入れ、自分の姿を客観的に見られるようになったことで「自分のことが見積もれるように」なってきたのでしょう。正直を言えば「この年でやっと現実を知ってどうしろと?」という気持ちがないわけではありません。でも、私にとっては、今がそのときだったのです。だからこの瞬間を大切にして、ゆっくりでいいからまたいつか歩き出したいと思っています。
2018年02月28日LITALICO発達ナビの「施設情報」ページはもうご利用いただけましたか?施設情報ページでは、全国の放課後等デイサービスや児童発達支援事業所などを簡単に探すことができます。各施設の特徴や、利用者の声もあわせて知ることができるので、お子さんにぴったりの施設を探すことができます!今回も、 いま空きがある放課後等デイサービス・児童発達支援施設 をピックアップ!お住まいの地域の気になる施設を見つけたら、「ページを見る」をクリックして、詳しい情報をチェックしてみてくださいね。発達ナビ「施設情報」埼玉県 児童発達支援施設Upload By 発達ナビ施設情報どんぐりでは、お絵かき、工作などの創作活動や運動のほか、畑・土いじり等自然や生き物と触れ合いを通した、命の大切さを学ぶ活動も実施しています。施設はアットホームな雰囲気で、お子さんが安全に安心して過ごせる環境を提供しています。「できないことは無い!」という考えのもと、自信に繋げることができるような支援を行なっています。Upload By 発達ナビ施設情報コペルプラス所沢教室では、「子どもの可能性は無限大」をモットーに、お子さんの持っている能力を最大限に発揮できるよう支援を行なっています。幼児教室コペルで使用しているオリジナル教材やフラッシュカードなど、教材も豊富に用意。また親御さんの気持ちや意向に寄り添ったコミュニケーションも大切にしています。埼玉県の児童発達支援施設をもっと見る千葉県 児童発達支援Upload By 発達ナビ施設情報コペルプラス本八幡教室では、個別クラスと小集団クラスが用意されており、お子さんに合わせた支援を選択して受けることができます。プログラム内容も認知・音楽・感覚統合プログラムのほか、日常生活動作や製作、ソーシャルスキルトレーニングや学習支援などさまざまな支援内容を実施しています。千葉県の児童発達支援施設をもっと見る大阪府 放課後等デイサービスUpload By 発達ナビ施設情報風・福祉会では、外出活動を通したマナーの習得や買い物時のお釣り計算の練習のほか、地元の図書館を利用して宿題を行うなど、社会性の向上を目指したプログラムを実施しています。施設内にはオリジナルの駄菓子屋を設置しており、お金の計算を楽しみながら実践的に学ぶことができます。大阪府の放課後等デイサービスをもっと見る兵庫県 放課後等デイサービスUpload By 発達ナビ施設情報放課後等デイサービス 空では、お子さんが興味のあることや得意なことを見つけて課題に取り組み、できることを増やせるように支援を行っています。スタッフ間での情報共有を徹底しており、お子さんの様子にあわせて都度話し合って支援を行うようにしています。また施設の近隣には自然や公園が多くあるため、その中で体を動かして過ごすことができます。兵庫県の放課後等デイサービスをもっと見る広島県 放課後等デイサービスUpload By 発達ナビ施設情報mili millie(ミリミリー)旭町は土日祝日も営業している放課後等デイサービスです。土日に野外活動などのイベントを行い、集団生活や、コミュニケーション能力を高めるためのプログラムを数多く実施。子どもたちが将来自立した社会生活を送れることを目指し支援を行っています。活動内容はブログからも見ることができます。Upload By 発達ナビ施設情報mili milli 出汐では、子どもたちが将来自立した社会生活を送れるように支援を行っています。室内遊びや、カードゲーム、イベントの開催、野外活動などさまざまな活動を実施。毎朝スタッフ全員で密にミーティングを行い、意見・情報共有に力を入れています。また月1回施設スタッフ研修を行っているほか、外部研修にも積極的に参加して支援スキルの向上に努めています。広島県の放課後等デイサービスをもっと見る福岡県 放課後等デイサービスUpload By 発達ナビ施設情報療育支援サカセル上山門事業所では、ソーシャルスキルトレーニングや、ワーキングメモリーの向上を目指したプログラムを実施しています。スケジュールや声の大きさを見える化するなどして支援環境の整備を行ったり、感染症予防のための次亜塩素酸水超音波噴霧器を設置して安全かつ清潔な環境の提供したりするなど、お子さんが過ごしやすい環境づくりにも気配りをしています。福岡県の放課後等デイサービスをもっと見るいかがでしたか。気になる施設がありましたら、「~のページを見る」のボタンを押すと、教室の様子や在籍スタッフの情報など、より詳細な情報をみることができます!「もっと施設の情報を詳しく知りたい!」「見学をしてみたい!」と思ったら、WEBからもお問い合わせができるので、ぜひ試してみてくださいね。今後も掲載施設数がどんどん増えていきますので、ぜひお住まいの地域のページをチェックしてみてください!
2018年02月28日発達障害であることに気づかなかった私。失敗を重ね、二次障害に苦しむことに…出典 : 女の子の発達障害は、「気づかれにくい」と評されることがあります。男の子の発達障害にくらべて、特性があっても目立ちにくく、多動や他害などの問題行動が出ることも少ないことから、周りの人から障害があることに気づかれにくいようなのです。かくいう私も、息子(自閉症スペクトラム障害・ADHD)の診断からほどなくして、自分自身もADHDだと診断をされました。ですが、「実は私も発達障害で」と周囲に話しても、「嘘だ~!全然普通じゃん」「え~?普通にコミュニケーションできてるよ?」と言われることがほとんどなのです。はじめから、いわゆる「普通に」コミュニケーションができていたわけではありません。長い間、二次障害(うつ病やパニック障害)に悩まされてきました。カウンセリングや投薬にかけた期間は10年以上です。最近になってようやく、周囲から見ても違和感のないコミュニケーションがとれるようになってきました。ですが、今でも3人以上の人が集まる場ではうまく会話ができません。余計なことを言ってしまって、相手を怒らせてしまうこともあります。大量の「失敗経験」を経て、今の私があるのです。「おしゃべりが止まらない」と指摘され続けた、幼少の頃の私出典 : 息子の発達障害に気づいたきっかけは、「多動」の症状が強かったからです。息子は、少しもジッとすることができませんでした。いついかなるときも子どもから目を離すことができず、一日中追いかけまわしていなければなりません。私は心も体もぐったりと疲れ切ってしまいました。そして「息子には発達障害があるのかもしれない」と思ったのです。息子が診断されたとき、母親である自分自身の発達障害を疑い始めました。これまでどうしてもうまくいかなかった部分、特に人間関係などでのトラブルの背景に、障害があるのではないかと思ったからです。早速、実家に帰って、自分の幼少期の記録がないかを探しました。母子手帳や母親がつけていた育児日記、通知表などを読んでみました。読んでみると、息子の特性とは明らかに違うのですが、判で押したように同じ言葉が書かれていました。「一日中喋っている。朝起きてから夜寝るまで、一人で喋り続けている。やはり女の子は言葉が発達しているのであろう。一日話し相手をしているので、とても大変」(2歳/母の育児日記より)「授業中のお喋りがなかなかなおせない。先生の話を最後まで聞かず、勝手に回答を言ってしまう。給食の時間中もお喋りが止まらず、食が進まない。食事量が少ないのが心配」(小学3年生/通知表より)どの資料を見ても書かれているのです…「お喋りが止まらない」と。息子のように多動や癇癪などがあったという話は聞いたことがありません。勉強も遅れていませんでした。けれども「人の話を聞かないで喋り続ける。おしゃべりが止まらない」ということが、通知表でも一貫して指摘されていたのです。「自分勝手な子」と非難され、自己肯定感は地に落ちていった「おしゃべりが止まらない」ことが本格的に日常に支障をきたすようになってきたのは、小学校高学年になってからです。他の女の子たちがガールズトークをし始める時期。女の子たちのひそひそ秘密話の中に乗り込んでいって、自分の話したい話ばかりをする私は、次第にクラスメイトたちから嫌われていきました。そして、小学校6年生のとき、担任の先生が私にこう言ったのです…「人の話を聞かずに、自分のしたい話ばっかりする。あなたみたいな人をね、自分勝手って言うんです」この言葉を、私はその後の人生で人間関係がうまくいかなくなるたびに、思い出すことになります。さらに困ったことに、私は授業中も黙っていられないという困った行動がありました。「あ、先生、私それわかるわ。それってこうやってこうやって解くんでしょ?」と、先生の言葉を遮って話をしてしまっていたのです。この行動については、担任から親に連絡が入りました。「お嬢さん、授業中にものすごく知ったかぶりするんです…。困ります」自分勝手に知ったかぶり…これを聞いて、私の自己肯定感はどんどん低くなっていきました。「自分の何がいけないのだろう。自分の何が人をムカつかせているんだろう。誰か教えて欲しい。どうしたらいいのかわからない」そんなことを考えていたのを、今でも思い出します。Upload By 林真紀自分のどこが悪いのかわからない!大人への恐怖感は増すばかり…出典 : 年生の最後の通知表。忘れもしません。私にとって決定打となる言葉が書いてありました。「人間関係のトラブルが多すぎます」この評価を見て、母は激しく怒りました。「情けない!こんなこと6年生で書かれる子がどこにいるのよ!」。今となれば、母が怒る気持ちも理解できます。自分の子どもがトラブルメーカーだなんて書かれたら、絶望してもおかしくありません。でもまだ6年生だった私は、なぜ自分が人間関係につまづくのか、まったくわかりませんでした。私は、どうしたらいいのか、何をしたらいいのか検討もつかないまま、ただただ「大人が怖い」「先生はみんな私を悪く思うんだ」という恐怖を抱えたまま小学校を卒業することになります。中学に入っても「大人が怖い」という気持ちは消すことができず、先生の前に出ると口が利けなくなるという症状に苦しみました。どうしたらいい?身近な大人は、解決策を一緒に考えほしいADHDの女の子は、幼少期は「おしゃべりが止まらない」という特性ばかりが目立つことも多いようです。それゆえに発達障害とは気づかれず、本人の態度の問題にされがちと言います。けれども発達障害のある子は、自分のどこが悪いのか、どうすればいいのか、答えが見えない場合も多いと思います。子どもにとって「なぜこうなるのかわからない」というのは、大きなストレスを感じる状態となります。さらに私の場合は、白か黒かでしか考えられない0−100思考が強かったため、なぜだかわからない問題については、すべて「自分が悪い」か「相手が悪い」という考えに行き着いてしまっていました。その結果、強い自己否定感と他者への攻撃性が生まれ、ますます人間関係がうまくいかなくなる悪循環に陥りました。「人の話を聞かずにしゃべり続けたら、相手は嫌な気持ちになる。だから人間関係がうまくいかない。人の話を聞くにはどうしたらいいかな?」「授業中は手をあげて、先生に名前を呼ばれてから話すというルールがあるんだよ」ということを、信頼できる大人が共に考えてくれていたら、私はここまで苦しまなかったかもしれません。私の幼少期の経験から言えるのは、次の2つのことです。ネガティブな評価をネガティブなままに放置しておかないこと。そして大人が共に解決法を考える。子どもに寄り添い、一緒に考えることで、子どもの生きにくさはきっと少しずつ解消されていくのではないかと考えています。
2018年02月27日突然訴え始めた、ある異変とは…無事高校受験を終えたLD息子のリク。進学高校も決まり、一息ついたころ、リクはある異変を頻繁に訴えるようになりました…。Upload By ひらたともみUpload By ひらたともみそれは頭痛。風邪のような症状もなく、静かに横になっていると治まっていくという、なんとも「怠け病」にも似た頭痛ですが、なにせ「高次能機能障害」を抱えた身でもあるため、病院でみてもらうことにしました。くも膜下出血の後遺症は、高次脳機能障害だけではなかった!?Upload By ひらたともみUpload By ひらたともみ検査の結果、「脳脊髄液減少症」という病気ではありませんでしたが、頻繁に起こる激しい頭痛の正体が、くも膜下出血で転倒した際の脳震盪による後遺症だったとは!しかも、この症状は、珍しいものではなく、数カ月から1年以上続く人もいるそうです。「脳脊髄液減少症」ではなかったけれど…Upload By ひらたともみ脳がデリケートだということは、なんとなく知ってはいましたが、そこにダメージが加わると、こんなにも症状がでるのか!と思うほど。私とリクにざまざまな難題を与えてくれます…。中学校にも理解をお願いし、コマメな連絡に助けられてはいるものの、眠り続けるリクが心配すぎて、後遺症についてPCで検索する手が止まらなくなったり、今までは見向きもしなかった脳機能の専門書を取り寄せたり。いつまでたっても不安と恐怖から解放されずにいます。ですが、私も母親の端くれたる身!そのうち心臓に毛が生えて、大きな海原に舟を出す覚悟と根性が備わるはずだと思うのですが…。まだまだ凹んでしまうことも多いけれど、リクのあっけらかんとした表情に、日々励まされています。
2018年02月27日次男が大熱!全く兆候に気づかなかったけれど冬休みが終わったばかりの頃、学校から帰ってきた次男(定型発達)がランドセルを玄関に投げてそのまま仰向けに倒れこみました。真っ赤な顔をしているので驚いて額に手を当てるとすごい熱!「なんで先生に言って早退しなかったの!」と聞くと「我慢しちゃった…」とのこと。すぐ病院に連れて行くと、インフルエンザではなかったものの気管支が炎症を起こしており翌日にも熱はひかず学校を休みました。Upload By シュウママ幸い大事には至りませんでしたが…朝はいつもと変わらず元気だったのにどうしたんだろう。私は次男の様子から、その後体調が崩れるなんて、思ってもいませんでした。自閉症の長男の場合。体調が悪くなる前に教えてくれる、ある「におい」それから2週間後のことです。朝、長男を起こそうとしたとき、いつもと違う、ふっと何か匂う感じがしました。うまく伝えられないのですが、いつもの長男の体臭とは違う、汗のようなカビのような不思議な匂いです。Upload By シュウママとっさに「これ、熱が出る前兆かも!」と思いました。長男は体調を崩す前、いつも体臭が変わるのです。注意して見ていると、朝ごはんはよく食べるものの、いつもより食べるスピードが遅い。鼻水も咳も熱もないけど、いつもより目に力がない。普段とどこか様子が違っていました。Upload By シュウママ念のため学校を休ませると、やはり夕方から急に熱が上がり始め翌朝まで下がりませんでした。こちらも病院に連れていくと、風邪という診断でほっとしたのですが…ふと思ったんです。そういえば…どうして私は次男の体調には気付かなかったのに長男の異変だけ察知することができるのだろうかと。なぜ長男の異変だけには気付くのか。それはある習慣があったから思い当たったのは一つの小さな習慣でした。長男が夜寝る前と朝起きた時、私はいつも必ずぎゅっと抱っこしてくんくんとにおいを嗅いでいました。Upload By シュウママ双子の息子たちは9歳です。普通嗅ぎませんよね。でもなぜそれをするのかというと、長男が7歳まで言葉を話せなかったということが大きな理由です。話せないなら私が感じ取るしかない。実際毎日抱っこしているといつもと違うときに気が付くことがあります。あれ、何か不純物の匂いがするなあって(笑)言葉で説明できないから、無意識に五感を駆使できるようになったのかも定型発達の次男は、体の調子の悪さを言葉に出して訴えることができます。けれど自閉症の長男は違います。最近ではパパ、ママ、電車など見たものをそのまま伝えることはできるようになっていますが、それでもまだ暑いとか寒いとか、お腹が痛い頭が痛いといった、感覚的なものを伝えることは、まだ難しい。Upload By シュウママそのため私は体調の良し悪しを、長男の表情や仕草、顔色、果ては匂い…ほんの小さな「いつもと違う」異変から推し量るしか術がなかったのです。たぶん、無意識に五感全部を使って子どもを守ろうとする本能が働いていたのかもしれません。発達障害のある子どもを育てることは大変なこともあります。けれど子どものほんのわずかの変化に誰よりも敏感に気付くことができるようになっている、と感じる瞬間があるかもしれません。それは、親子の毎日の小さな積み重ねにも気付かせてくれました。そしてそれは、子どもにとってお母さんが一番安心して身を委ねられる場所である証なのかもしれない。そんな風に感じるのです。
2018年02月26日発達障害に気づいていなかった子どもの頃の私。小学校時代に感じていたつらさとは?出典 : 私は大人になってから発達障害であると診断されました。子ども時代は、困難さを感じても理由が分からず、不登校にもなったりしながらなんとか生活している状態でした。前回の「感覚過敏の子ども時代を振り返って。あの頃こんな気持ちだった!大人にこうして欲しかった!【日常生活編】」では、子ども時代に、日常生活で感じていた困難などをご紹介しました。今回は【学校生活編】として、特に小学校生活を送るうえで感じていたこと・考えていたことをご紹介していきます。「声が大きすぎる」子どもだった出典 : 子どものころ、よく同級生から「声が大きい」と言われていました。休み時間に同級生と話すとき、他の子にとってはうるさいと感じる声量で話していたようです。私は、周りがうるさいと他の人の声が聞こえません。当然、相手も聞こえにくいだろうと思って、大きな声で話していたのです。自分としてはちょうどいいと思っていた声量が大きすぎると言われて、少なからずショックを受けました。何回も声が大きいと言われていたので、私に声が大きいと言ってきた子に「自分はこのくらいの声量でないと聞こえないと思っていた」と正直に自分の気持ちを伝え、「どのくらいの声量で話せばいいのか」を教えてもらうことにしました。そこで、適切な声量を調べるために、発声練習をすることにしました。最初は今まで通り声を出し、それから少しずつ小さくしていきます。相手にも話している内容が聞こえ、かつ大きすぎない声量を確認しました。ちょうどいいと言われた声量は自分には聞こえづらいものでしたが、相手にはちゃんと聞こえているというのが、とても不思議だったことを覚えています。家に帰ってからも親を相手にちょうどいい声量で話す練習をしていました。今でも、このとき身につけた声量で話すよう心がけています。「待つこと」「じっとしている時間」が苦手な子どもだった出典 : 全校集会などの待ち時間がとても苦手でした。10秒くらいはじっとしていることができるのですが、それ以降は指を絡ませて遊んだり、身体を触っていないと落ち着きません。じっとしていられないという感覚は言葉ではうまく言い表せませんが、五感に刺激がない状態が続くと衝動的に何か感覚を求めてしまいたくなってしまいます。五感に刺激を得るために何かを触ったり、しゃべったりしてしまうのだと思います。席を立ったり歩き回ったりはしなかったので表向き問題はなかったと思っていますが、じっとできなくなってしまうときの何とも言えない感覚があまり好きではなかったので、自分なりに何とかしたいなぁと感じていました。子どものころの私は、ひとつの解決法をみつけました。いつも何かをしていれば落ち着くのだから「やることがないときには、何かを想像したり、考えたり」することにしたのです。例えば、「今日の晩ごはんは何かな?」と想像したり、ゲームの攻略法を考えたりしてみました。歳をとるごとに考える内容は変わっていきました。目についた数字を四則演算して10にする方法を考えたり、哲学的なことを考えてみたり…。こうして培われた「じっくり考えるクセ」は、考えることが重要なプログラマーという仕事をしている私の、強力な武器になっています。中学校にあがってからは常に文庫本を持ち歩くようにし、やることがなくなったらすぐ本を読むようにしていました。この習慣は今も続いていて、成人してからも常に技術書やKindleを持ち歩いています。おかげで、特に意識しなくても新しい技術や知識を覚えることがまったく苦ではありません。じっとしているかわりにやることを決めておくと、じっとしている時間に対する苦手意識が薄くなり、少し生きやすくなるように思います。もちろん、私のやり方以外にもさまざまな方法があると思います。それぞれに合った方法を見つけておくとよいと思います。「漢字は読めても、書けない」理由出典 : 私は物心つくころから兄や両親に絵本を読み聞かせてもらっていたこともあってか、漢字の読みに困ったことはありませんでした。しかし、漢字を書くのがとても苦手でした。国語のテストでも読みはほとんど間違えたことがなかったのですが、書き取りのテストは毎回ボロボロでした。まったく分からないわけではないのに、書き取りだけできないというのがとても悔しかったです。おそらく私は漢字全体の形や前後の言葉とのつながりで読み方を覚えていたのだと思います。なので学校の宿題などで何回も漢字を書く練習をしても書けるようにはなりませんでした。自分が好きでも興味もないことを何回も繰り返さなければいけないうえ、全然できるようにならなかったので、余計に書き取りに苦手意識を持っていきました。このころのトラウマか、何回も書くという勉強方法は今でも嫌いです。漢字には部首などのよく使われるパーツがあります。私は漢字そのものだけではなく、それらのパーツを覚えることにしました。この漢字はどの位置にどのパーツがある というような覚え方です。例えば「解」という字は「角」「刀」「牛」というパーツが組み合わさってできています。「解」は左に「角」右上に「刀」で右下に「牛」というように覚えていきます。とはいえそれでもある程度書けるようになったくらいで、書き取りが苦手なのは、大人になった今でも変わりません。しかし社会生活をするうえでそれほど不便を感じたことはありません。読むことはできるのでパソコンなどで入力する際には困りませんし、いざ書くときにもどんな漢字だったか思い出せないときにはスマホなどを見ながら書くことができるからです。漢字が書けずからかわれることはありますが、それ以外に不便を感じることはありません。最近では書き取りが苦手なことをあまり意識することもなくなりました。「字が汚い」。練習すればするほど書くことが苦痛に出典 : 漢字の書き取りが苦手なところにも影響しているかもしれませんが、私は子どものころから字がとても汚いです。どのくらい汚いかというと、自分で書いた字を読めないことがあるくらいです。子どものころは「大きくなれば綺麗になっていくよ」なんて言われていましたが、結局この歳になってもほとんど上手にはなりませんでした。参考までに最近書いたメモをご紹介します。Upload By 凸庵(とつあん)子どもなりにも、自分の字が汚いことは自覚していたので、丁寧に書く練習をしたこともありました。しかしそもそも線をまっすぐ引けないので、丁寧に書いたつもりでもいつもとほとんど変わらない字になってしまい、がっかりするだけでした。周りの子たちはどんどん字がうまくなっていくのに自分だけ取り残された気持ちになっていました。少しずつ字を書くのが上達していったのか、中学校を卒業するころには、ようやく他の人も読める字になってきました。高専に進学してからは、字の汚さについて悩んだことはありません。むしろすぐに自分の字だとわかるので独特の味があるなぁなんて感じるようにもなってきました。社会人になっても、字を書く機会があまりないので、困ったことはあまりありません。しいて言うなら冠婚葬祭のときに名前を書くときくらいでしょうか。そういう場面では他の人と比べて明らかに字が下手なので、少し恥ずかしい気持ちになることもありますが…。他の人も読める程度に字が書ければ、それ以上は無理してうまくなる必要はないと私は思っています。もちろんきれいに書けることは素晴らしいことですが、いくら練習しても上達が見えない場合は、練習を続けることで字を書くことそのものが嫌いになってしまうかもしれません。生きていくうえで不便を感じないのであれば、きれいに書くことをあきらめてもよいのではないかと私は思います。そのかわりに得意なことや好きなことに時間を使うほうがずっと有意義で、成人してからも役に立つ経験になると思います。算数は好きなのに「ケアレスミスする」「暗算が苦手」出典 : 小学校のころは、算数の計算問題で解き方が分からず苦しんだことはありませんでした。私の得意分野だったのかもしれません。しかしどこかで計算ミスをして、答えを間違えてしまうことはたくさんありました。通信簿でも何年か連続で「計算ミスが多い」なんて書かれていました。暗算が苦手だったこともよくなかったのかもしれません。計算をしていく際に出てきた数字を覚えておくことができず、次の計算をしているうちに前の計算で算出した数字を忘れてしまいます。大人になった今でも2桁以上の四則演算をする際には時間がかかってしまいます。解き方はわかっているのになかなか満点が取れず、子どものころの私は非常に悔しい思いをしていました。解き方は分かっているので、テストの時間には余裕がありました。そこで、計算ミスを減らすために、算数のテストを全問解き終えたら確かめ算としてもう1回以上、最初から全問解き直すようにしていました。同じ計算をなぞっても意味がないので、初めて解くように計算をし直していました。それでも完全には計算ミスはなくなりませんでしたが、少しずつ減るようにはなっていきました。今でもケアレスミスは多いと言われますが、2回以上チェックすることで根本的なミスは減ってきていると思います。職場では周りの他の人にダブルチェックをお願いしたり、他の人の作業のダブルチェックを行ったりすることで職場全体でのミスを減らすよう心がけています。苦手を補う工夫が、いつか武器になる出典 : 子どものころから、学校生活を送るうえで感じる困難や、苦手な部分について、何とかするためにいろいろ工夫してきました。そうして身につけたさまざまなスキルは、大人になった今も、苦手な部分を補ってくれたり、ときには強力な武器になったりもしています。苦手を補うために必要に迫られて身につけたことが、「武器になる」という感覚はとても面白いと感じています。できないことや苦手なことに目を向けると、未来が暗く見えるかもしれません。でも、完全には克服できなくても、うまく回避する方法を身につけることができれば、ラクに生きていくことができるようになると体感しています。そしてときには、身につけた回避方法が、将来、強力な武器になることもあるかもしれません。
2018年02月25日支援の本質ってなんだろう?出典 : こんにちは。『発達障害&グレーゾーンの3兄妹を育てる母のどんな子もぐんぐん伸びる120の子育て法』著者・楽々かあさんこと、大場美鈴です。今日現在、「発達障害」などの言葉の認知度が上がり、通級指導教室や特別支援学級を希望する児童・生徒が急増し、学校現場がそれに追いつけない現状があると聞き及んでいます。そのため、支援級・通常学級の先生方への、発達障害に対する充分な理解と実践ノウハウの普及、教育現場への予算と人材の確保は、早急な対応が求められていると思います。また、2019年からは、教員の養成課程でも特別支援教育に関する単位を1単位以上取得することが義務となるなど、充分ではないながらも、制度上前進している部分もあります。しかし、これらは切実に必要なことですが、発達障害はあくまでその子の個性の「一部」であり、また、ASDとADHDとLDが複合している場合など、タイプ別のマニュアル対応だけでは難しいかもしれません。それから、通常級で「みんなと違う」特別扱いを気にする・されるなど、気持ちの問題もあります。そして、発達障害のある子だけへの対応では解決が難しい、いわゆる「フツーの子」達が抱える根深くて深刻な問題もあり、実際の教育現場の実情に合った経験則や実践知も必要なのです。その中で、うちではこれまで毎年学校の先生方と連携しながら、長男への配慮をお願いし、これまでの6年間を手探り状態で歩んできました。ただ、そんな長男が6年間で1度だけ、「支援要らず」だった学年があります。それは、A先生が担任だった、通常学級の2年生のとき。A先生の「通常運転」だけで、長男は1年間落ち着いて過ごせたのです。私も、特別な配慮をお願いしたり、面談の機会を作っていただくこともなく、連絡帳のやりとりも最小限で済み、安心してお任せすることができました。今、変わりつつある公教育を前に、私は時々、そんなA先生を思い出しては「支援の本質」について、考えさせられるのです。A先生が、毎日当たり前のように、どんな子にも自然に行っていたスゴ腕の職人技を、私はここでみなさんにお伝えしたいと思います。「A先生が怖くて学校行けない!」息子を前に先生が取った行動は…出典 : 年生に進級し、担任の先生と初顔合わせの始業式の日。長男が泣きながら帰るなり「A先生が怖い!おれ、もう学校行けない!」なんて言うので、「どんなヒドイ先生に当たったの!?」と、私は内心焦りました。実は、幼稚園児時代から小1まで、長男はずっと優しくて若い女性の担任ばかり。「先生=優しい女の人」という強い思い込みがあり、そこに人生初の男性の先生。しかもA先生は、超ベテランのご年配で、お坊さんのようによく通る声に、日焼けしてシワの刻み込まれた貫禄十分なお顔立ち。その第一印象にびっくり仰天した長男は、「いつもと違う見慣れぬモノ」に、パニックになってしまったのです。翌朝、子羊のように震えて「ムリ!怖い!」と座り込んで、玄関から一歩も動けず、欠席してしまった長男。私は学校に電話して、A先生に状況をそのまま正直に伝えました。すると、A先生は慌てる様子もなく「分かりました」と、短いやり取りだけで電話を切ったのです。この対応には私も少々不安になりました。ところが、その日の夜。玄関のチャイムが鳴るので出てみると、なんとA先生がにこやかに立っているのです。そして先生は「◯太郎君と、ちょっとだけお話させて下さい」と私に告げました。それから、長男と先生は玄関先で10分程度雑談をしました。この短時間の間でA先生は、長男の緊張と警戒心を魔法のように解いてくれたのです。長男の笑い声が聞こえて来た頃、A先生は「じゃあ、明日待ってるよ」と軽く長男の肩をポンと叩き、また親の私を責めるような様子もなく、「遅くにすみませんでした」と、ニコリと笑ってさっと帰っていきました。後から「A先生と何話してたの?」と聞くと、「うーん、別に。家で何するのが好きかとか、そんなこと。…あとね、A先生も子どもの頃、学校が怖くて、イヤだったんだって!」と、ちょっと嬉しそうに話す長男。A先生は、短い雑談の中で、長男の気持ちにしっかり寄り添って下さったのです。「学校に来なさい」と強制したり、長々とお説教することもなく、今の「学校が怖い、好きじゃない」という長男の気持ちを、否定せずにそのまま受け止めてくれました。それが、頑なだった長男の心の扉を、ほんの少し開いてくれたようでした。長男は「いやあ、A先生があんなに面白い人だったなんて…」と、見た目の印象だけで決めつけてしまったことを、少し恥じらっているようでした。翌日、長男は無事登校することができました。それからの1年間、支援要らずで、落ち着いて過ごすことができたその後すぐ、私はA先生に、長男には(当時の基準で)アスペルガー症候群の診断があることを伝えましたが、A先生は「そうですか。まあボチボチやっていきますワ」とだけ言うだけ。特に特別支援について詳しい様子もなく、最初のうちは正直不安でした。ところが私の不安をよそに、最終的には何事もなく1年間無事に終えることができたのです。ここで、長男に特に良かったと思われる、教師生活推定約35年・A先生の「スゴ技」を、私なりに分析しながら、紹介させて頂きますね(A先生の方法が全てのお子さんに合っている訳ではないでしょうが、ご一考の価値はあると思います)。出典 : あまりに当たり前のようで、見落としがちなことかもしれませんが、A先生は、・大きめの落ち着いた声で、分かりやすい言葉で、ゆっくりひとつひとつ話す…ことを、毎日ごく自然にしていました。たったこれだけで、「人の話を聞かない」などと注意されがちな長男も、ずっと聞き取りやすくなります。長男は、早口で高いトーンの声や、矢継ぎ早に次々指示を出されると、それだけで「聞こえなく」なってしまうのです。実は、その年の担任の先生の「声の聞き取りやすさ」次第で長男の成績も上下する程です。また、A先生は「声のトーンと表情の使い分け」も上手でした。長男は気持ちの切り替えや、人の表情から微妙な感情を正確に読み取ることが苦手なため、悪気はなくても、つい調子に乗ってハメを外してしまったり、夢中になると周りの状況に気づかずに、集団の中で目立つ行動を取って、何かと注意されがちに…。ところがA先生は、普段は目尻を下げて穏やかに接していましたが、長男が行き過ぎた行動を取ると、いかめしい表情と低く険しい声で、短い言葉でビシッと注意し、キッチリブレーキをかけるので、長男もハッと気づきやすいのです。また、クラスのどのお子さんにも、A先生はこのように接していたので、長男だけが何度も注意されて目立ってしまうこともありませんでした。出典 : 私が特に「神業だ!」と感動したA先生の行動は…・毎日、同じ時間・同じタイミングで行動する…ということ。A先生は、毎日キッカリ同じ時間に教室に入り、全く同じタイミングで子ども達から提出物と連絡帳を集めます。学校という場所は、感覚が敏感な子には、情報量が多過ぎて混沌としているように思えたり、「いつもと違うこと」が苦手な子は、毎日の天候の変化や様々な行事、クラスの子達の動きなど、予測できないことに不安や負担を感じやすいようです。そんな中、毎日同じことを同じ時間にする、A先生の安定した行動パターンは、長男に大きな安心感を与えてくれたようです。また、毎日同じタイミングで連絡帳を集めると、それが習慣として定着しやすく、うっかり忘れの多い長男でも、提出物を出し忘れることは、ほとんどありませんでした。また、A先生は感情も大変安定している方でした。少々元気のよい子どもたちをA先生が一喝する場面も見かけましたが、そこに先生自身の感情が巻き込まれることはありませんでした。子どもひとりひとりと先生が、日頃から信頼関係で結ばれているからこそ、時に厳しい態度でも、素直に受け容れられていたように思います。そして、子ども達が良くない行動をやめたら、何事もなかったように、いつもの「通常運転モード」に戻るのです。これらの安定した行動パターンは、実際にやってみると簡単にできることではなく、もはや「芸術」の域なのかもしれません。出典 : 先生は授業中、時折脱線しては、いろんな話を子ども達に披露して下さったようです。ユーモラスなA先生自身の経験談や身近な例え話は、なかなか教科書中心の授業では集中力が続かない長男も、興味を持ちやすかったようです。「A先生、釣りが好きなんだって。おれもやってみたい」なんて、言い出したこともありました。また、書字にやや困難さがあった長男が、大の苦手の漢字書き取りの宿題も、A先生は、いい意味でテキトーに、ぐるぐるっと大きなマルをつけるだけの大らかな添削で、細かなミスや字形の悪さには、片目をつぶってくれました。おかげで、一生懸命がんばっても字が上手に書けない長男にも、さほどプレッシャーにならず、毎日泣かずに宿題に取り組めるようになりました。そして、最初のうちは、A先生は長男を大きな声で注意せずにいてくれましたが、クラスに慣れてからは、長男だけを特別扱いすることはありませんでした。他のお子さん達と同じように、廊下を走れば「コラー!!」と、雷を落とされていたようです。でも、学年末の面談のときにA先生は「最近は、怒られてもケロリとしていて、また男の子達と校庭へ走っていっちゃうんですよ」なんて目を細めながら、どことなく嬉しそうに語って下さいました。このA先生のクラスでは、長男は「落ち着きのない問題児」ではなく、「ただの健全で元気な男の子」でいられたのです。出典 : そして、A先生は長男だけでなく、クラスのどんなお子さんにも同じように、大らかで肯定的な温かい目線で接していました。おかげで、どの子も素直にのびのびと過ごし、その年には集団から孤立しがちな長男にも、仲良しの友だちができたのです。実は、発達障害の診断のある・なしに関わらず、学校生活を送る上で障害となることがあれば、通常学級でも合理的配慮をお願いするのは、法的な根拠もあり、本来、堂々と主張して良いことなのです。ですが、現在日本では、発達障害への社会的な理解や支援体制が、まだまだ十分とまでは言えないようで、特に、通常学級の中で配慮をお願いすると、他のお子さん達から「◯◯君だけズルイ」などと思われてしまう場合もあるようです。いわゆる「フツーの子」であっても、子どもはみんな発達の途上にあることに、変わりないのでしょう。私は、障害のある子・方への配慮が当たり前の風景となる社会を望んでいますが、一方でそれぞれが必要とすることは違っても、どんな子も、大人から大事に特別に扱って欲しいと願う気持ちは、同じなのだと思います。支援の本質とは、ひとりひとりの個性や気持ちに寄り添い、信頼関係を築いて、子どもたち全てを肯定的な温かい目で、大らかに成長を見守ってあげること。本当の意味でのインクルーシブ教育とは、どんな子も特別で、どんな個性でも大事にしてあげること。…なんじゃないかな、なんて、A先生を思い出しては、私はいつも思うのです。変わりつつある教育の中で…出典 : そんなA先生は、長男のクラスを担任して下さった翌年、定年退職されました。今頃、毎日大好きな釣りを楽しまれていることでしょう。でも、ひょっとしたら、お父さんお母さんの懐かしい思い出の中にも、こんな先生に心当たりがあるかもしれませんね。こういった経験豊富な先生方は、それぞれ性格や教え方の違いはあっても、総じて大らかで、感情が安定している方が多いように思えます(勿論、ベテランだからといって、必ずしもうまくいく訳ではありませんし、お子さんとの相性もあるでしょう)。一方で、残念ながらこんな達人の先生方は、毎年、A先生のように、次々と定年退職されていく現実があります。日本の他の伝統産業と同じように、教育現場でも深刻な後継者不足・人手不足の問題が、今まさに現実になっているのを痛感する日々です。もちろん、若い先生の中にも、柔軟に新しい方法を取り入れて下さったり、発達障害について熱心に勉強して下さる方がいます。日本の教育は現在、過渡期にある特別支援教育だけでなく、いじめや不登校、親の経済力による教育格差、そして先生方の過剰な雑務や長時間労働の問題など、課題が山積みである以上、やはり大きく変わっていく必要があると私も思います。でも、そんな中で、日本の伝統的な教育制度の中で長く培われた、こんなに素晴らしい職人技と、どんな子も大らかに見守る温かい目線が、熱意溢れる若い世代の先生方にも、途絶えることなく受け継がれていくことを、私は切実に願ってやみません。
2018年02月24日Upload By ラム*カナこんな具合に、毎日のように書き間違いが発生し、ていうかコレ書き間違いなのか?というレベルにまで達している長男。もはや楽しみとなり、書き間違い発見がライフワークになりつつある私です。文字を書くことが苦手な長男にとって、文字に触れまくる「書写」の授業はきっと苦痛でしかないんだろうなぁと思っていたんです。しかしある日、こんなことを言ってきました。Upload By ラム*カナ意外や意外!「書写」の授業が好きになっちゃった宣言!一体どういうことかと思いきや…Upload By ラム*カナ
2018年02月23日おしゃれ大好きの娘、将来の夢は?広汎性発達障害のある6歳の娘は、おしゃれが大好き。おしゃれな洋服、可愛い髪型、テレビで紹介されるファッション、お化粧…ゲームも着せ替えゲームを好んで、よくやります。とにかく、着飾るものに興味津々です。Upload By SAKURAそんな娘が、1年前に言い出した将来の夢は…Upload By SAKURA「大きくなったら、ファッションになりたい!」と言い始めました。ファッション…?ファッションが好きすぎて、ファッションになりたい宣言(笑)ファッションのなかで何をやりたいのか、説明してみると…そこで、ファッション自体は仕事ではないことを教え、どんな洋服を作るか絵を描いて考える人(デザイナー)、洋服を作る人(パタンナー)、どの洋服を着るか決める人(スタイリスト)、洋服を売る人(ショップの店員)、など、ファッションに携わるたくさんの人がいることを、簡単に説明しました。すると、絵を描くのが大好きな娘は、「描く人!」と即答。Upload By SAKURA夢に向けて、娘のファッショニスタ修行はじまる!それから、娘のデザインが始まりました。描く!描く!とにかく描く!(笑)Upload By SAKURAUpload By SAKURAUpload By SAKURA高まる娘の女子力。ファッションチェックはじめました!さらに、娘はファッションのスタイルの種類を覚えるようになりました。ガーリー、ポップ、スポーティー、ロリータ、モード、エスニック…もうはっきり言って、同じ女であるはずの私にも、ついていけない!!!毎朝、学校に来ていく服のスタイルを、私に説明しないと気が済まないようになりました。Upload By SAKURA外出先でも、大きな声で、ファッションチェック。やめて…今日のママのファッションは…ただのラクさを重視した普段着(ダサめ)なの…恥ずかしいから…まじやめて…!!!!我が家で、最も女子力の高い娘。完全に負けている私にダメ出しする日も、きっと近い…(笑)
2018年02月21日「コミュ力UP」ワークショップで、会話のコツをGET息子リュウ太のコミュ力のなさに悩んだ私は、とあるワークショップに参加しました。それは、発達障害がある人のための自助会が主催する、コミュニケーション向上のためのワークショップでした。この会に参加して、コミュニケーションにはルールやマナーがあることを知ることができたのです。絶賛反抗期の息子は、人の話を聞かない…どうやったら伝わるの?Upload By かなしろにゃんこ。これまでは、会話にそんな気を使ってこなかった私。雑談でも、相手を思いやったり場の空気を悪くしないで盛り上げるテクニックがあることを知りました。発達障害がある人がやってしまいがちな「会話のクセ」を教えてもらうと、息子どころか私にもあてはまることがいっぱいありました。その悪いクセは、ワークショップで学んだ会話のルールやマナーを実践することで、改善することができるのです。ちょっとした物言いで、周りの子と争いが勃発しがちな反抗期の息子です。「早く教えなきゃ!教わったこと全部伝えたい!」と気持ちばかり焦ります。でも、絶賛反抗期の息子に「いいネタありまっせ」と教えたところで、荒ぶる思春期の負のパワーで拒否されるのは目に見えています。自分の話は長々とするくせに、人の話を聞くことは苦手なリュウ太です。どうしたらいいのか、途方に暮れてしまいました。「もしかして」「かも」語法で、自主性・想像力・柔軟性を育む!Upload By かなしろにゃんこ。ワークショップに再び参加したとき、司会進行役のKさんから「イイこと」を教えてもらいました。発達障害がある子はとっても素直な子も多いといいます。親の言うことは絶対守り、親の言ったことを疑わずそのまま大人になってしまう人もいるそうです。でも、親だって間違ったことを言うこともあるし、偏見で発言することもあるかもしれません。世の中にはいろいろな答えがあり、親の言うことがいつも正しいわけではない。自分で選んでいく力も必要です。また、「こうしなきゃダメ」と決めつけるのではなく、柔軟な考え方ができたほうが生きやすい面もあります。そういう考え方を育むためにも「断言しない伝え方をするといいですよ!」と教えてもらいました。言葉の頭に「もしかしたら~」とつけたり、語尾に「かもしれない」とつけて、他の考え方の余地もあることを示す言い方をするのがいいそうです。このアドバイスが私にドド―――ン‼!っと突き刺さりました。そうだ!子どもに「こうしなきゃダメ」とか決めつけて伝えてきたかもしれないと振り返ることができました。これが、息子にコミュニケーションのコツを伝えていくときの一番のポイントかも!と思ったのです。さりげなく刷り込む。反抗されても、聞く耳持たなくても、地道な声かけを続ける!Upload By かなしろにゃんこ。学校で同級生とトラブルになった日は、決まって帰宅後グチることが多かった息子。機嫌の悪いときに「こうしないからケンカになるのよ」と言えば火に油…カチン!ときて親の言うことなんて聞かないでしょう。そこで、グチってイヤな思いを吐き出した後に、さりげな~く「こうするといいかもよ~」と言ってみることにしました。例えば、友だちと音楽の趣味で話が割れたときなら「友だちの好きな音楽も聴いてみると意外といい曲あるかもよ~」と言ってみたり。干渉してくる子がいてムカついたときは「もしかしたらリュウ太のことが気になる存在なのかも。今後仲良くなることもあるかも~」と伝えてみたり。そうしたら、「んなことあるわけねーじゃん!」と怒鳴っていましたけどね。でも、何を言っても、反抗的な返しをしてくるばかりで、イラッとすることや悲しくなることもありました。この子には何を言ってもムダなのかしら?大きくなっても人のアドバイスを受け入れないで一匹狼で孤独に生きていくようになるんだろうか…?と心配もしました。それでも、人間関係でグチってきたときは「かもよ~」を語尾につけながら、さりげなくコミュニケーションのコツを伝えていったのです。刷り込み作戦開始から1年経過。時間差でキテる!?Upload By かなしろにゃんこ。会話のコツを教え始めたのは、息子が中1の頃。何度も何度も、刷り込むように伝えていると…中2の冬ころだったでしょうか?ようやく効いてきたのかも?と思うことがありました。「興味ねー」と言っていた友だちの趣味を受け入れるようになってきたのです。小学校のころは、よくわからないゲームやマンガの話をされると入っていけないと悩んでいたのに、「知らないことは質問するようにした」と言うのです。質問すると、新鮮な情報が得られてオモシロイことに気がついたようなのです!さらに、自分の趣味の話については、その場の雰囲気に合わない場合は控えるようにしているというのです。みんなで共有できるネタのほうが、バカ話で盛り上がれることにも気がついたのだと。私はそれを聞いて「時間差でキテる!!」と確信しました。コミュニケーションのコツを息子はちゃんと聞いてくれていたんだ!とうれしくなりました。少しずつ上がってきたコミュ力。異性とのおつきあいでもその力を発揮?Upload By かなしろにゃんこ。何を言っても反抗ばかりされて「もうこの子には何も言わない!」と諦めることもありましたが、地道に言い続けてよかったなと報われた思いでした。もしかしたら、私のアドバイスは実はスッカリ忘れていて、独自に学んだ結果なのかもしれません。でもとにかく、周りの子といい関係を築けるようになってきたんだな~と、うれしくなりました。ちなみに、「もしかしたらリュウ太のことが気になる存在なのかも。今後仲良くなることもあるかも~」と話した同級生とは、卒業近くには仲直りしていました。高校生になっても、人間関係のトラブルはありました。でもくり返し伝えてきたことで「もうわかってる。ちゃんとやってるよ」という言葉が聞けるようになってきました。自分の話ばかりしないで友だちに話させることや質問すること、相手が嫌がる話を避けることなど気をつけていると言います。ただ、息子を敵視する人には、どんなに会話のマナーに気を付けたり、会話のコツを踏まえて話してみても、イヤな表現で返されてくるから、会話は相手を選ぶ必要もあるな~ということにも気づいたそうです。ちなみに、地道に伝え続けてきた会話のコツとマナーですが、その後、異性とのおつきあいのときにも役に立ったようです!
2018年02月21日息子の着替えチャレンジがスタート!果たしてどうなる…?大人でもうっかりすると失敗する着替え。服が後ろ前だったりボタンを掛け間違えたりファスナーがうまく上がらなかったり。着替えって結構難しい。息子は、脱ぐのはまあまあできるものの、服を着るのが苦手。寒い時期は服を脱ぐことよりも着ることに協力的なので、「服を着る」練習に力を入れることにしました。まずは簡単そうなトレーナーや長袖Tシャツなど、ファスナーやボタンの付いていない服からやってみよう!なかなか袖が通せない?そのワケは…今までも何度か一人で服を着たことのある息子は、服にズボッと頭を通すところまではなんとかできる。しかし、袖に腕を通す時、時間がかかってうまくできない。どうしてだろう…?Upload By shiori腕がなかなか通らない原因はこれでした。…腕を交差させていたのです!こ、これじゃ、まるで変身のポーズだ〜!片方ずつ丁寧に。新たな「お着替え変身」ポーズをトレーニング!でも、この変身ポーズでは、いつまでたっても服を着て変身することはできない…原因がわかったところで、片腕ずつ丁寧に誘導してみることにしました。Upload By shiori利き手の左から誘導してみました。左の袖を通しやすいように持ち上げ、左腕をトントン。こっちを動かして、と指示します。左ができたら右も同様に。1週間ほどやり続けたらコツをつかんだようで、袖を通す動きがスムーズになりました。着替えの味方「袖通しマン」あらわる!とりあえず袖通しがうまくできるようになったことで、息子はスッスッと素早く着替えられるようになりました。そんなある時、私が着替えをしていた時のこと。ちょっと考え事をしながらモタモタと着替えていたら…Upload By shiori息子が私の服の袖を持ち上げてくれたのです。こ…これは、以前私が息子にやっていた着替えサポート!なんと、袖通しができるようになっただけでなく、私の着替えのサポートまでしてくれるようになりました。手助けをしてくれるなんて。お兄ちゃんになったなぁ〜。これは嬉しい変化です!ありがとう!とお礼を言うと、誇らしげな表情を浮かべ、にっこり。一人ですべて着替えるにはまだまだ長い道のりですが、着替えの練習からいろんなことを学んでいけそうな予感がしました。
2018年02月20日あなたの街にも出張するかも?「発達ナビ保護者会」定期開催中♪Upload By 発達ナビ編集部この度、発達ナビでは「発達ナビ保護者会」と題して、発達が気になるお子さんの保護者の方々同士が交流できるイベントを定期開催することになりました。「"発達が気になる子どもの子育て"の悩みを話せる人がいない。」「地域の施設情報を知りたい」「親向けのサポートって何があるの?」「発達支援施設っていっぱいあるけど、どうやって選んだらいいの?」などのお悩みがある方に最適なイベントとなっております。興味をもたれた方はご来場ください♪スタッフ一同お待ちしております。ジュニアの公式サイトにも掲載中です♪-発達ナビ保護者会「通所施設えらびワークショップ」開催2018年3月開催のイベント情報(2018年3月5日更新)「発達ナビ保護者会〜通所施設えらびワークショップ〜」●うちの子にあった支援ってどれを選べばいいの?●施設をチェックするときのポイントって何があるの?そんな疑問を解消するためのワークシートをご用意!シートを完成させるだけで、施設選びのポイントを整理できるようになっています!初めての施設えらびに困っている方はもちろんのこと、すでに施設に通われている方も支援プランを見直すキッカケになるのでオススメ!ぜひ奮ってご参加ください☆日時・会場: 以下、応募フォームをご参照ください。募集人数: 30名程度参加費用: 500円(お茶菓子付き)募集締切: 各回、開催日の前日まで※ 参加費お支払い方法はイベント当日に受付にて現金払いとなっております。※ 応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。※ 参加可否につきましては、お申込み後1週間以内にご連絡します。発達ナビ保護者会とは?Upload By 発達ナビ編集部発達ナビ会員のうち、保護者の方々を対象とした講座・茶話会です。保護者さん同士で集まり、情報収集の場をつくることで、お子さまとの生活をより良くするきっかけを得てもらうことを目的としています。日々の生活で抱えている悩みや困っていることを話してみませんか?※他の方のお話を聞くだけでも全く問題ありません。また、お疲れになったとき用に、休憩スペースもございますので、ご自身のペースでの参加が可能です。◎通所支援施設を初めて利用する方、複数の利用を検討している方◎施設の利用方法がわからなかったり、どう選んでいいかわからない方◎周りに子育てのお悩みなどを話せる人があまりいらっしゃらない方「私は進学のことで悩んでいたので、先輩ママさんからお話が聞けて良かったです」(千葉県開催)「実際に当事者同士話ができたので有意義な時間でした」(東京都開催)「相談に真剣にのっていただけました。スタッフと相談する時間がもっとたくさん欲しい」(神奈川県開催)「皆さんのお子さまたちの事情や進み方(病院情報や施設の使い方、やり方etc)の情報が得られて良かったです。」(埼玉県開催)などなど、イベント後のアンケートにて嬉しいお声を多数いただいております。※ 参加費お支払い方法はイベント当日に受付にて現金払いとなっております。※ 応募者多数の場合は抽選とさせていただきます。※ 参加可否につきましては、お申込み後1週間以内にご連絡します。よくあるお問い合わせ出典 : 参加可能です。ただし、小さいお子様のための託児スペースをご用意しておりませんので、保護者様ご自身でお子さまの様子を見ていただくかたちとなります。ご了承くださいませ。大変申し訳ございません。このイベントへご参加いただけるのは、発達が気になるお子さまの保護者の方々のみとなっております。過去開催イベントの編集部レポートほか、発達ナビの関連記事はこちら
2018年02月20日アダルトチルドレンとは?出典 : アダルトチルドレン(AC)とは、自分は子ども時代に親との関係で何らかのトラウマ(心的外傷)を負ったと考えている成人のことをいいます。親との関係でのトラウマとなりうる精神的な傷つき体験としては、アルコール依存症や薬物依存症、セックス依存症、ギャンブル依存症、ワーカホリックなどといった嗜癖障害(依存症)の親の元で育つことや、機能不全家族の元で育つことなどが挙げられます。機能不全家族とは、家庭内で弱い立場にある人に対して、身体的または精神的ダメージを与えるさまざまな要因があり、子育てや生活などが機能しない状態となっている家庭のことです。機能不全家族においてダメージを受ける存在は、子どもや高齢者である場合がほとんどです。身体的・精神的ダメージの例としては、虐待やネグレクト(育児放棄)といった行為、また家族同士の不仲による対立や生活貧困、子どもに対する過剰な期待などがあります。親に依存症があったり、虐待などを行う機能不全家族の場合、家庭は子どもにとって「安全な場所」でない可能性があります。そして、子ども時代に受けたトラウマは強い後遺症をのこすことがあります。中にはあまりにつらい体験を認めたくないために、無意識のうちにその経験を忘れてしまったり、自分自身が傷ついていたことすら認識できないという人もいます。知らず知らずのうちにためこんだ感情が抱えきれなくなった結果、自身も依存症になってしまったり、怒りと攻撃性を爆発させ問題行動を起こす場合(行動化)があります。一方、目立った問題を起こさない人もいます。ですがそうした人も生きづらさを感じており、二次的に精神疾患を発症することがあります。アダルトチルドレンの特徴出典 : アダルトチルドレンは「周囲が期待しているようにふるまおうとする」「NOが言えない」「しがみつきと愛情を混同する」「楽しめない」などといった思考の特徴をもちます。以下はアダルトチルドレンの特徴の一覧です。・周囲が期待しているように振る舞おうとする・何もしない完璧主義者である・尊大で誇大的な考え(や妄想)を抱いている・「NO」が言えない・しがみつきと愛情を混同する・被害妄想におちいりやすい・表情に乏しい・楽しめない、遊べない・フリをする・環境の変化を嫌う・他人に承認されることを渇望し、さびしがる・自己処罰に嗜癖している・抑うつ的で無力感を訴える。その一方で心身症や嗜癖行動に走りやすい・離人感がともないやすい参考:斉藤学著『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』(学陽書房1996/4/1) P.96~105心の問題はさまざまな形で現れますが、アダルトチルドレンに共通してみられるのは自尊感情の低さです。尊大で誇大的な傾向が目立つ人もいますが、これは自己評価が低く、他人に自分の真価を知られることを恐れていることから来ています。他人の評価を気にするがゆえに、尊大な態度を取り、自分に従う者だけを周囲に集めようとするのです。人が、自分を価値ある存在とみなすようになるためには、「親のあたたかさ」と「明確に定義された限界」、「丁寧な処遇」が必要だとされています。これらがそろった家庭で育つと、子どもは自尊感情を育みやすいと言われています。アダルトチルドレンが育つ家庭では、自尊感情を育む条件が欠落しているか、矛盾した形でしか存在しない場合が多くみられます。親が何らかの問題を抱えているため、子どもの心の成長に必要なものを満たせるだけのエネルギーがほとんど残っていない場合が多いからです。その結果、子どもは家族の病の犠牲となり生きづらさを抱えるようになってしまうのです。精神面で、アダルトチルドレンとしての影響が現れてくるのは思春期以降、さらにはっきりと現れるのは、成人後、20代半ばにさしかかってからとされます。自分の行動、思考、感情や人間関係に支障をきたしたり、なんらかの生きづらさを感じるようになります。理由なく孤独感に見舞われたり、家族との関係がぎくしゃくするほか友人関係や会社での自分の役割、自分の人生の選択などさまざまな場面で違和感を持つことがあります。アダルトチルドレンと精神疾患との関係は?出典 : アダルトチルドレンとは、状態像を示す用語で、診断のための医学用語ではありません。参考:岸田さよ子著『「アダルト・チルドレン」実践篇―家族に潜むコントロール・ドラマ 』(三五館2001/2/9)P54 ~57ですが、親との関係で何らかのトラウマを負ったことにより、二次的に精神疾患の症状が現れることがあります。二次的な精神疾患の例としては、・アルコールなどの依存症・うつ病・不安障害・ひきこもり・PTSD・摂食障害などが挙げられます。こうした精神疾患の症状に対して医療機関の受診や治療が必要となる場合があります。アダルトチルドレンが回復するためのアプローチ方法出典 : アダルトチルドレンは自己認識の概念のため、医療的な治療の対象ではありません。ですが、おのおのが抱える生きづらさを軽減するためのアプローチ方法があります。アダルトチルドレンという概念の生みの親であるクラウディア・ブラックは、回復のための4つのステップを提唱しています。●過去を探る過去の事実を認め、そのときの自分の感情を語る。ここで、埋もれていた怒りが出てくるのは、失ったものを悼み悲しむグリーフワークのプロセス。●過去と現在をつなげる過去の何が、現在の自分にどう影響しているのか、つかんでいく。現在の自分の課題に焦点を移すステップ。●自分の中にとりこんだ信念に挑む自分が「すべき」「すべきでない」と思っているものを点検する。助けになっているメッセージはそのままとっておき、自分を苦しめているメッセージはおきかえる。●新しいスキル(生きるうえでの技能)を学ぶ感情を認知し、表現する。助けを求める。問題に向き合って解決する。相手に耳を傾ける。交渉する。限界を設定する。ノーと言う。遊ぶ。リラックスする。決断する……などが、ACに有益なスキル。出典:クラウディア・ブラック著『もちきれない荷物をかかえたあなたへ』(アスク・ヒューマン・ケア 1998/7/20)P.24-25ここでは「過去を探る」「過去と現在をつなげる」「自分の中にとりこんだ信念に挑む」「新しいスキル(生きるうえでの技能)を学ぶ」という4つのステップを習得するための方法と、それがなぜアダルトチルドレンの回復に役に立つのかを紹介します。グリーフ(grief)とは深い悲しみや悲嘆を指す言葉で、大切な何かを失ったときに起こる身体上・精神上の変化のことをいいます。死別、離婚、引っ越し、失業など、大切なものを失う経験は人生において起こりうることですが、その喪失を受け入れるには一定の手順が必要だとされています。グリーフワークでは、家族に言えなかったことを一人で、もしくは信頼できる相手の前で口に出してみたり、出さないつもりの手紙を親に宛てて書くなどをし、失われたもの、または最初からなかったものに対して嘆きを表現します。これは「過去を探る」ステップに有用です。アダルトチルドレンは子ども時代に深い傷つき体験をしているにもかかわらず、自分が傷ついた自覚もないまま成人していることが多くあります。安心して過ごせる子ども時代や、本来の自分自身の姿を失っているのです。嘆きを表現することは、自分が傷ついていたことを認識し、あたらしい気持ちで本当の自分を見つめ直すきっかけとなります。これは、子ども時代の不適切な環境や、それが原因で生きづらさを感じていることについて、他人に責任転嫁することとは違います。ナラティブセラピーとは、自らの成育歴を物語として治療者に対して語り、治療者からの助言を得て自分史の再構成を行う精神療法で、これは「過去と現在をつなげる」ステップに有用です。自分史の再構築を行うことによって、過去や自分自身に対して違った見方ができるようになり、自分本来の個性や力を取り戻していくことができるからです。認知行動療法とは、物事の受け止め方や考え方(認知)を再検討することで、感情・気分・行動を変えていく精神療法の一種です。これは「自分の中にとりこんだ信念に挑む」ステップに有用です。なぜならアダルトチルドレンは物事の受け止め方や考え方に一定の癖がついている場合が多いからです。さまざまな出来事を受け止めたり考えたりする際に、「つらさ」があるとき、そこには長年培ってきた「癖(信念)」があるのかもしれません。そこで、いったん受け止めた物事であっても、あらためて考えたり検討するようにします。勝手に浮かんでくる考えと、現実との間の違いを意識するのです。そうすることで、感情や気分、行動に変化を起こしていくことができます。アサーティブなコミュニケーションとは、相手の権利や要求も尊重することによって、自分の意見や要求を相手が受け取りやすいように伝えるコミュニケーションの方法です。これは「新しいスキル(生きるうえでの技能)を学ぶ」ステップに役に立ちます。なぜならアダルトチルドレンは自己表現の仕方に問題を抱えている場合が多いからです。言いたいことが言えず、相手の要求を飲み続ける受身的な態度や、反対に、相手がその発言に至った経緯・権利などを否定することもなく、お互いを尊重し合い、気持ちよくやりとりできる状態での自己主張を目指します。アダルトチルドレンの回復の取り組み方とは?出典 : 今まで、アダルトチルドレンの回復に向けたアプローチ方法を紹介してきました。では、具体的にはどのように取り組むとよいのでしょうか。ここでは、その取り組み方を紹介します。子どもの時期を依存症やその他の機能不全のある家庭で過ごした成人(=アダルトチャイルド)の自助グループや当事者会、支援団体もあります。自助グループの一つアダルト・チルドレン・アノニマス「ACA」では、全国各地にあるグループが自律的に活動を行っています。同じような悩みや辛さを抱えた者同士が「言いっぱなし・聞きっぱなし」で各自の物語を語ることで問題の解決や克服を目指しています。ほかにも、いじめや児童虐待、言葉による暴力、家族関係、人間関係など、さまざまな要因によるトラウマから生き延びてきた人(サバイバー)たちの回復支援団体である「JUST」などがあります。にようこそ!特定非営利活動法人日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン臨床心理士やカウンセラーの力を借り心理療法を受けることも、一つの手です。専門家を探す際は、信頼できる専門家選びが重要です。以下は自分がアダルトチルドレンではないかと悩んでいる場合にカウンセラーを選ぶ際のポイントです。1、嗜癖についての理解がある。2、自助グループについての理解がある。3、アダルト・チルドレンであることや機能不全家族の出身であることが、どういうことを意味するか理解している。ただし、セラピスト自身がそういう家庭の出身者である必要はない。4、カウンセリングか社会福祉学か心理学の分野で少なくとも修士号を持っている。5、こちらの質問に喜んで答える。6、こちらの自己開示を助けるが、セラピスト自身が自己開示的である必要はない。7、友好的ではあるが、友人になろうとはしない。出典:ジャネット・G・ウォイティッツ著『アダルト・チルドレン アルコール問題家族で育った子供たち』(金剛出版 1997/10/10)P.194~195専門家のもとカウンセリングを行ったり、専門家のもとで同じような問題を抱える人たちとグループでカウンセリングを行うことで回復を目指します。また困り事を抱える本人だけではなく家族の問題ととらえ、家族に対してもカウンセリングなどのアプローチを行う場合があります。自分で生きづらさに対処する場合は、書籍を参考にするという方法もあります。手軽に取り組めることがメリットですが、トラウマに向き合う際などはフラッシュバックを引き起こす恐れもあるので、安全を確保した状態で読み、無理しないようにしましょう。アダルトチルドレンと家族出典 : アダルトチルドレンは親との関係性の中で傷つき体験をし、トラウマを抱えています。そのような子どもは、自分の傷つきを自覚できると「自分は親のようにはなるまい」と考えます。しかし依存症に関していえば、家系内で代々繰り返されやすいという研究結果があります。物質嗜癖者の60%は、少なくとも一方の親が嗜癖者か、過去に嗜癖者だといわれています。参考:クラウディア ブラック著『私は親のようにならない―嗜癖問題とその子どもたちへの影響』P.92また、アダルトチルドレン同士で結婚しやすいともされています。自分自身や結婚相手が、もしくはその両方が自分や結婚相手のことをアダルトチルドレンだと自覚して結婚する人は少ないとはいえ、この現象は世代間をこえて繰り返し起きやすいと言われています。アルコール依存症という診断で入院している男の患者の2人に1人、その妻の4人に1人がアルコール依存症の父親をもっています。これは遺伝の問題だけではなく、育った家庭の環境要因にも原因があると考えられています。参考:斎藤学著『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』P.113アダルトチルドレンとしての生きづらさはその人個人だけの問題ではなく家族の問題です。子どもを傷つけた親自身、親に傷つけられて育った子どもだったかもしれません。また傷ついて育ったアダルトチルドレンは、自分が配偶者や子どもを傷つける不安を抱えて生きていることも多いようです。このような世代間の苦しさの連鎖を断ち切るためにできることを紹介します。親が子どもを将来アダルトチルドレンにしないためにできることとして、以下のことが挙げられます。1. 親自身が人間として成長するよう努力する2. 子どもの話に耳を傾ける3. 子どもに嘘をつかない4. アルコール依存症について教える5. アラティーンへの参加を薦める6. 否認をやめる7. アルコール依存症への惨害を隠さない8. 子どもに愛情を示すのをためらわない9. 子どもに明確な限界を教える10. 子どもに自分の行動の責任をとらせる参考:ジャネット・G・ウォイティッツ『アダルト・チルドレン アルコール問題家族で育った子供たち』(金剛出版 1997/10/10)P.173~180「子どもを虐待してしまうのではないか」「子どもを将来アダルトチルドレンにしてしまうのではないか」といった悩みを抱える保護者向けのサポートがあります。社会福祉法人子どもの虐待防止センター(CCAP)は、研修を受けた相談員による電話相談を行っているほか、ケースによっては虐待などの悩みをもつ保護者同士が自分の体験を語ることによる治療的グループケアや、育児スキルトレーニングの教室の実施などを行っています。信頼できる専門機関とつながることで、育児ストレスを減らすことが期待できます。子どもの虐待防止センター相談電話|社会福祉法人子どもの虐待防止センター(CCAP)ひとりで抱え込まないことが何よりも大切です。アダルトチルドレンを生んでしまうのは、故意に傷つける親ばかりではありません。「子どものためを思って…」という親心から、子どもの心を無意識のうちに支配してしまう親もいます。機能不全家庭のなかで起きている、虐待や過保護・過干渉などさまざまな要因によって、アダルトチルドレンは自己に関するコントロールを失い、自分のことを自分で決めたり、物事を判断したりできないという、依存的な態度を身につけてしまっています。そのため親と自分の境界線があいまいとなっているのです。親と自分の境界線があいまいな状態のまま大人になると、いつまでたっても心は親に支配されたままです。自分の人生と親の人生との間に境界線が引けるようになることで、自分の中での親の位置付けを変えることができ、親との関係性も変わっていきます。まとめ自らをアダルトチルドレンだと自認することは、生きづらさと向き合い、人生を切り開くきっかけとなります。回復の過程は、一筋縄とはいかないかもしれません。ですが、さまざまなアプローチ方法に取り組むことで、少しずつ自らの人生を歩んでいけるようになっていくことが期待できます。専門家や自助グループなどの手を借りながら、無理のないペースで取り組んでいけるとよいですね。
2018年02月16日