学校に行かない道を選んだけれど不登校生活をはじめたむっくん。家庭の中では少しずつ落ち着きを取り戻し、表情も明るくなっていきました。しかし、私が「一緒に出掛けてみるのもいいかも」と思い、誘ってみると渋い顔...。どうやら周囲から「どうして学校に行かないの?」と聞かれることを想像して怖がり、外出に踏み出せないようでした。Upload By ウチノコそこで、もし聞かれたらどう答えるのかをむっくんと決めることにしました。むっくんと一緒に決めておけば、私が誰かに説明するときも安心できます。そこで、私たちは「行かない理由」「今後への気持ち」「周りにどう接してほしいと思っているか」の3点を説明できるようにしました。また、聞かれることが嫌ならば、出会う可能性の高い人、関わりの深い人にはこちらから先に説明しておけばいいかも!と思いつき、直接伝えることにしました。Upload By ウチノコ周囲へ伝える最初に、4歳の弟に伝えました。むっくんと決めた3点に加えて、弟にも疲れたら保育園を休めるんだよということを伝えました。兄が休んでいることを知ったら、保育園に行かなくなるかもと内心不安でしたが、園が楽しい弟は今のところそういうこともありません。それでも、弟は今後も影響を受けることが多いと考え保育園にも事情を説明し、弟の様子に変化があれば教えてもらえるようお願いしておきました。Upload By ウチノコまた、むっくんには同じ小学校の2年生に「よっちゃん」といういとこのお姉ちゃんが居ます。小さなころからずっと一緒で、登下校も一緒、一番近い存在です。早速伝えてみると・・・Upload By ウチノコUpload By ウチノコUpload By ウチノコよっちゃんをはじめむっくんの友達は、仲の良い子が急に来なくなって、きっと不安や心配を感じていたでしょう。そして、学校へ行かないという「自分と違う選択」を聞くことで、戸惑いや驚き、寂しさ、羨ましさなどさまざまな感情を抱くことも当然だと思います。もし、よっちゃんの「どうして?」という言葉に、私が一方的に説明を続けていたら、よっちゃんの心に芽生えたモヤモヤはむしろ広がるばかりだったかもしれません。伝えるということは、こちら側の事情だけを一方的に説明して理解を求めることではなく、その話を聴いた相手の心にも寄り添う必要があるということを私は教えてもらいました。まず、小学校の先生に「お友達には正直に不登校のことを伝えたい」という私達の思いを伝え、同時に「もし子どもから質問があれば正直に答えていただいてかまいません」ということもお伝えしました。そして、いよいよお友達に「学校に行かないこと」を伝えます。クラスメイト、交流級の仲良し同級生、登校班の上級生・・・反応はさまざまでした。Upload By ウチノコ伝えた後は、その子自身の感情に焦点を当て、傾聴し、気持ちを汲んだり、努力を認める言葉かけを意識したりしました。子ども達の話を聴いていると、むっくんのように休む選択も大変だけれど、学校へ毎日行くこともやっぱり大変で。「みんなとっても頑張っているんだなぁ」と感じました。日々頑張っている子どもたちみんな、たくさん褒めてもらえていたらいいなぁと思っています。Upload By ウチノコ子どもだけではなく、連絡先を知っているクラスメイトやお友達の親御さんには直接お会いしたり、メールなどを使って連絡したりしました。私自身も伝える前は何とも言えない不安があったのですが、えいっ!と伝えてみると、皆さん優しい反応で・・・今も偶然出会えば、「元気にしてる?」とむっくんの頭をなでたり、以前と変わらず接してくださって。その優しさに、私はとても救われています。Upload By ウチノコ伝えたことで得たもの周囲に伝えてから、少しずつ外出できるようになったむっくんですが、調子は上がったり下がったり。相変わらず周囲の目を気にする日もあります。Upload By ウチノコそれでも週に1時間の登校では、クラスの子ども達は今までと変わらず(むしろ前のめりに)接してくれて、友達も偶然道で会えば駆け寄ってきてハイタッチ。温かい言葉をかけてくれた上級生もいました。Upload By ウチノコUpload By ウチノコ不登校開始から2か月たった今は、夕方に公園で下校後の子ども達と野球や鬼ごっこで遊ぶ日もあります。学校に行かなくても、みんなと同じではなくても、友達はむっくんを受け入れてくれる。今のこの経験はむっくんの人生にとって、財産になるとても大切なものだと感じています。当初私も「不登校になれば、友達と縁が切れるかもしれない」と、不安を抱いていました。だけど、学校に行かない現在も変わらず友達はむっくんに成長と変化をもたらしてくれているのです。Upload By ウチノコもし学校に行かない理由や、どう接してほしいと思っているのかを伝えていなければ、お友達もむっくんへの接し方がわからず、疎遠になっていたかもしれません。皆に直接、正直に思いを伝えたことが信頼を生み、今の程よい関係を生むことに繋がったように感じています。成長するということ今、周囲の子ども達は自分とは違う道を歩くむっくんを、その子たちなりに理解し、どう接していくか模索しているように感じています。距離が開いた子もいれば、新しく友達になった子も、距離が近くなった子もいます。むっくんにも、怖がっていた周囲の子からの「どうして?」に理解してもらいやすい伝えかたを模索する様子が見られています。そんな子ども達それぞれが歩み寄り、時に距離をとり「ちょうどいい」を探す姿に、私は頼もしさとほほえましさを感じています。むっくんを見ていると、何を選択をしても、人は常に学び、前へ進んでいくのだなぁと感じます。むっくんには悩みながらも自分の選択に胸を張り、堂々と歩いていってくれると嬉しいなと私は思っています。LITALICO発達ナビ無料会員は発達障害コラムが読み放題!
2020年12月22日子どもを勇気づける「親の失敗体験」出典 : こんにちは。『発達障害&グレーゾーン子育てから生まれた楽々かあさんの伝わる! 声かけ変換』他、著者・楽々かあさんこと、大場美鈴です。子どもが落ち込んでいるときや失敗したとき、親はなんて声をかけていいのか、戸惑ってしまうこともありますよね。かける言葉が見当たらないこともあるし、励ますつもりだったのに、なぜか怒らせてしまう結果になったり…。こんなときには、まずは子ども自身の話を否定せずに「うん、うん」「そっか、そっか」と、最後まで聴いてあげるのがいいと思いますが、それでも気持ちを引きずってしまう場合などに、親ができる"とっておきの秘策"があるんです。それは、親自身の「失敗体験」を話してあげること!特に繊細な子や、失敗体験が多くなりがちな子などの場合、話のタイミングやその子の受け止め方によっては、親の立派な武勇伝や学歴自慢、成功体験などは、かえってプレッシャーになることもありますが、親の失敗体験やしくじりエピソード、黒歴史、短所や欠点についての話なら、ほぼ「ハズレ無し」で、どんな子も勇気づけ、元気にすることができると思います(うちの経験上!)。それでは、恥ずかしながら”うちの実例”エピソードを、いくつか紹介しますね。出典 : まずは、不器用すぎて失敗が多くなりがちな長男を始め、うちの3人の子ども達になぜか大人気で、もはや定番ネタと化した「クッキーがおもちになった話」から。大学時代、学園祭で私が所属していたサークルは毎年喫茶店を出店していたのですが、そこで手作りクッキーを手分けしてつくり、飲み物と一緒に添えて出すことになりました。私は、お菓子づくりだけはどうしても苦手で、それまで一度も成功した試しがありません。不安しかありませんでしたが、材料も受け取ってしまったし、仲間達に負担をかけるわけにも行かず、仕方なくつくる羽目に…。とはいえ、クッキーはごく一般的な、生地を伸ばして型抜きしてシートに並べて焼くだけの、誰にでもできる"ハズ"の簡単なモノ。もちろん私は、我流のアレンジなどは一切加えずに、レシピに書いてある通りに素直につくったつもりでした。ところが、オーブンレンジを開けて出てきたのは、見事に一枚につながった謎の物体…。どうしてこうなるのか。時間もなく、仕方なしに「ソレ」を四角く切り分けて持っていくと、「な、なんだコレは!」と、ざわつく仲間達。そのうちの勇気ある1人が試食して一言…「うん、おもちだね」。結局、心優しい仲間達が、「クッキーだと思わなければ、意外と美味しいかも?」「モチモチ新食感だね」等と笑いながら食べてくれ、その後も何度か飲み会でネタにされたりもしましたが、今では学生時代のいい思い出です。こんな母の失敗体験を、何かある度に「ねえねえ、あの、おもちの話、して〜!」と子ども達にワクワク顔で迫られ、読み聞かせのように何度も繰り返し話しました。わが子がこんなに喜んでくれるなら、「あの時、失敗して良かった」とすら思えてきます。出典 : 子どものゲーム依存などを心配されるご家庭も多いかと思います。うちは基本的には「やるべきことさえやっていれば、ゲーム時間に制限はつけない(ただし、夜9時就寝!)」というルールです。それでも、特に好きなことに熱中しやすい長男は、オンラインゲームにのめり込み過ぎて心配になることも…。でも、ここで正論のお説教をするよりも、私のしくじりエピソードを話すほうが、ずっと説得力が出るんです。実は私、ちょうど今のうちの子達の年頃に、「パズルゲーム中毒」のようになってしまい、ちょっとヤバかった時期があるんです。私は元々パズルが大好きで、小学生の頃はジグソーパズルやルービックキューブなどに、健全な範囲で夢中になっていたのですが、思春期のころは、ちょうどファミコンブーム全盛期。そして、「上から落ちてくるT字やL字のブロックをキッチリ積んでいって、I字ブロックで一気に全消しする」という、例の元祖パズルゲームに私はどハマリして、もう本当に一日中、ぼーっとブロックを積んでは消し、積んでは消し…と、ひたすら繰り返していました。当時の私は、悶々と悩み続ける事も多く、自分で思考を止められずにしんどかったのですが、パズルゲームに無心で没頭している時間だけは、パズルに必要な部分以外の脳をオフにして、ほっとできたんですね。でも、その結果、ゲームをやめたくてもやめられない状態に…。それで結局、学校の成績が下がったり、ついゲームに手が伸びてしまって受験勉強に集中できなかったりもして、いろんなところに影響が出てしまいました。…こんな私の実体験を子ども達に切々と語ると、結構真剣に耳を傾けてくれるんです。やっぱり、経験者のリアルな話は重みが違いますからね。当然、こんな自分のダメっぷりをわが子の前で晒せば、親としての威厳なんて簡単に地に堕ちてしまいます。でも、だからこそ、子どもと同じ目線で語る言葉のほうが、難しい年頃の子達の心にも、ちゃんと届くんじゃないかな、なんて思います。まあ、長男は「でもさ、もし、かあちゃんがゲームに浪費した時間を勉強とかに全フリしてたら、人生の分岐ルートも違って、オレ達も生まれてなかったかもよ。だから、今、オレ達がいるのはテ◯リスのおかげ」なんて、言ってくれたりも…。出典 : そして、次男が小学校時代、体調を崩して学校に行けない日が続いていた時に、本当に役に立ったのが私自身の不登校の経験でした。私は、小学3年生のころ、1ヶ月ほどですが、同じように体調不良がきっかけで急に学校に行けなくなったことがあります。だからこそ、本人は「本当は学校行きたい」と言うけれども、どうしても身体が思うように動かないときの気持ちがよーく分かるので、かつて私の母がそうしてくれたように、無理に行かせたり、説得を試みたりはしませんでした。そして、家でテレビをぼーっと見ながら過ごす次男との母子2人の時間に、当時のいろんな思い出話をしました。例えば…「あの頃、かあちゃんはさ、学校って人が多くて疲れちゃったんだよね。いつもザワザワしてるしさ〜、休み時間はちっとも休めないしさ〜」…なんて切り出すと、我慢強い次男も、「そうそう、そうなんだよ」なんて、少しずつ本音や溜め込んだ不満を話してくれたりも。それから、「こういうとき、かあちゃんのかあちゃんがね、忙しい仕事の合間に『何か食べたいものある?』って聞きに来てくれたのが嬉しかったんだよね。で、〇次郎は今、何か食べたいものある?」…と、懐かしい思い出と共に希望を聞くと、嬉しそうにリクエストしたり…と、普段は兄や妹になんとなく遠慮している次男も、時折こっそり私に甘えてくれるようにもなりました。そうしている間に、本当にゆっくり、ゆっくりと、次男の体調は回復していきました。Upload By 楽々かあさんまた、春のコロナ休校が終わり、学校が再開された直後に、朝「行きたくない」と長女の登校しぶりが続いたときも、私の過去の「ズル休みの経験」が活きました。長女は悪知恵を働かせて、朝の検温を愛犬の脇の下で計って、「37.5度」という、なかなか”いい数字”を出して、得意そうに体温計を見せてきましたが、実は、体温の偽装に関しては私もプロなのです(良い子はマネしないでね)。「かあちゃんも小学生のとき、ズル休みしたくてさ〜…」と、当時、水銀体温計で、「心配されて病院に連れて行かれるほどの高熱ではなく、かつ、親が一応念の為、休ませておこうと思えるラインの、ちょうどいい数字」を出すにはどうしたらいいか、あんな方法やこんな方法で試行錯誤したことを話すと、ちょっと尊敬(?)の眼差しを送ってくれました。それから、運動が苦手だった私が「マラソン大会がイヤ過ぎて、毎年前日にお腹を出して寝た」だとか、「運動会が消えてなくなるように、台風の進路に全身全霊で念を送った」だとか、ちょっとカッコ悪い思い出話を気前よく披露すると、苦手な行事を前に沈んでいた子ども達を笑顔にすることもできました。どんなにネガティブな気持ちだって、身近な人に分かってもらえたり、「自分だけじゃない」と思えたりすることで、気がラクになることも結構あるのではないでしょうか。親の失敗体験は財産!出典 : こうして見ると、私は自分の失敗体験やしくじりエピソード、黒歴史…あるいは短所や欠点なども「あってよかった」と、財産のように思えてきます。ちょっとくらい失敗したって、間違ったって、寄り道したって、結構なんとかなるものだし、少々できないことや苦手なことがあっても、ちゃんと大人になれますから。「失敗のお手本」が目の前にあれば、子どもだって思い切って失敗できるハズ。そして、不思議なことに、子どもに自分の失敗体験を話してみると、なんだか親のほうも元気になるんです。それは、「親だって、完璧じゃなくてもいい」「子どもの前で、立派な親であり続ける必要はない」…と思えると、少しだけ”いい親”のプレッシャーから解放されて、肩の荷を降ろすことができるから…なのかもしれませんね。LITALICO発達ナビ無料会員は発達障害コラムが読み放題!大場美鈴(著),『発達障害&グレーゾーン子育てから生まれた 楽々かあさんの伝わる! 声かけ変換』あさ出版, 2020.6.27
2020年12月18日凸庵流自分の考えを言語化するポイント出典 : 私はASDとADHDと診断されている30代の男性です。現在とある企業でプログラマとして仕事をしています。職場では自分の考えを相手が理解できるよう伝えられることや、誰かの困りごとに対して具体的な解決方法を提示できることを高く評価してもらっています。私が自分の考えを言語化するときに意識しているポイントは3つあります。1. まず自分が何を感じてどう考えているのか気づくこと2. 自分が感じていることや考えていることに気づけたら、それを自分が納得できるよう言葉にしてみる3. 自分が納得できた言葉を、相手に伝わるような表現にして伝える自分の考えを言語化するためには、相手に伝わる表現にすることも大事ですし難しいポイントにはなりますが、まずは自分が何を感じてどう考えているのか気づくところから始まると思っています。言い方を変えると、自分の気持ちや考えに気づけないとそれを誰かに伝えることができないということです。...なんて偉そうに書いている私ですが、子どものころは自分の考えを誰かに伝えることはまったくできていませんでしたし、その必要性すらよくわかっていませんでした。それどころか「自分が何に対してどう感じていて、何を考えているのか」ということをあまりよく考えていませんでした。みんな私の気持ちがわかってるから自分から誰かに伝える必要なんかないと本気で思っていた子どものころの私出典 : 私が小学生になったころ、周りのひとたちや両親が、いつも自分がやってほしいと思っていたことをやってくれたり、助けてくれたりすることを、とても不思議に思っていました。私が教科書を忘れてオロオロしていたら隣の席のひとが「教科書忘れたの?みせてあげるよ」と言ってくれたり、台所でうろうろしてたら母が「おなかがすいたの?」と聞いてくれたり。いま思えばASDの特性で、私が他者の気持ちを想像できなかったから不思議に思っただけだったのかもしれません。ですが当時の私は、何も言わずとも、やってほしいことや困っていることに周りの人たちが気づいてくれているということが本当に不思議で、一時期本気で「みんなには私の考えが読めるんだろうな」と思っていたことすらありました。そんな当時の私は「周りのひとたちが自分の気持ちを読んでくれるなら、自分の考えを言葉にしなくてもみんなわかってくれるよね」なんてことを考えていました。自分の考えを誰かに伝えなきゃいけないなんて少しも考えていなかったのです。周りのひとはみんな読心術を使えるエスパーだと思っていた私でしたが、小学校4年のころに不登校になったときの出来事をきっかけに、自分の考えはちゃんと伝えなきゃダメなんだと気づくことになります。私が不登校だったのころの詳しいお話は以前記事にさせていただいたので、そちらをご参照いただけますと幸いです。周りのひとも私の気持ちを読むことができなかったんだ…と気づいた母の一言出典 : 不登校のころに母親と言い争っていたとき、私は「母は私の気持ちをわかってるはずなのになんでこんなことをするの?」と思いながら話していました。そのため、話す内容も母親が私の気持ちや考えをわかっている前提になっていたと思います。そんなある日、どんな話をしていたのかは覚えていないのですが、話しをする中で母親から「そんなの言ってくれなきゃわからないよ!」と言われました。私としては「えっ?そうだったの...?」という驚きがあり、しばらく何も言えませんでした。私がエスパーだと思っていたひとたちの中でも特に自分の気持ちを読んでくれていると思っていた母親が、「言ってくれなきゃわからないよ!」と言うなら、他のひとはもっと自分のことがわからないはずだよな...と、このとき初めて自分の気持ちや考えを伝えることの必要性に気づいたのです。そして、少し落ち着いてきていざ自分の気持ちや考えを伝えようと思ったとき、そもそも自分がどう感じているのかがわからないことに気づきました。そのころの私は内省する時間がとても多かったので自分の考えを持つことはできていたのですが、気持ちや感情については「いい感じ」と「嫌だ」くらいしか意識したことがありませんでした。そのため、他者に伝える必要性に気づいてからも、「これはいいんだけどこれは嫌」というような、つたない言葉で自分の気持ちを伝えていたことを覚えています。自分の考えを自分の言葉で話していた思春期の私出典 : 自分の考えは言葉にしないと誰にも伝わらないことに気づいた私は、もう周りの人たちがエスパーだと思ったりはしませんでした。当時の私は、自分が感じたことや考えていることを自分の言葉で率直に話すようになっていました。その際、自分の考えの参考にするために相手の考えも聞きたかったので「あなたはどう思うの?」とよく人に聞いていました。おそらく相手からは「こいつ、よく議論を吹っかけてくるな」と思われていただろうと思います。なんとか自分の考えを相手に話すことができるようにはなったのですが、その後社会人になり、このコミュニケーションの方法でも問題が起こるようになってきます。そのころの出来事も以前記事にしています。自分の考えを言語化できるようになったいまの私出典 : 社会人になりいろいろな失敗をする中で、自分の考えを相手が理解できるように伝える必要があるんだなと気づきました。そのために、いまの私が自分の考えを誰かに伝えるときには、自分がそう考えた背景や理由を相手に伝えるようにしています。先の記事の例でいうと、上司「凸庵くん、これどうやって実装したらいいと思う?」私「○○のようにするのがいいと思います」上司「どうしてそう思ったの?」私「この方法はこういうデータを取り扱うため、この方法だとこういう理由で他の方法と比べて安全ですし、だいたい1週間くらいで実現できるのでこの方法がいいと思いました」のように話すようにしています。相手に察してもらうのではなく、自分の考えをなるべく誤解を与えないよう伝えることが大事なんだなと思っています。自分の気持ちがわからなくなったときには心地いいなと感じることをやってみる!出典 : 実は最近仕事が忙しかったこともあり、子どものころのように自分の気持ちや考えがわからなくなってしまう日々が続いていました。自分の気持ちや考えがわからないと自分の考えを伝えることもできなくなってしまうため、仕事上でもなかなか苦戦する状況が続いていました。そんな中、自分が心地いいなと思う生活をして「あー、いま自分はすごく気分がいいな」と感じていることに気づいたことで、少しずつまた自分の気持ちがわかるようになってきました。少し具体的な話をすると、私はいつも22時以降にお風呂に入っているのですが、ある日たまたま20時より前にお風呂に入った日があり、そのときとても充実感を感じました。「もうこれで寝るだけだ!」と思えて、すごく自由な気持ちになったのです。それからしばらく20時前にお風呂に入る生活をつづけたところ、だんだん自分の他の気持ちにも気づけるようになっていき、こうして記事をかけるくらい自分のことを言語化できるようになりました。まずは自分の気持ちや考えに気づくことがスタート出典 : 私は自分の考えや気持ちを誰かに伝えるときに一番大事なことは、自分の気持ちを誰かに伝えることに意味や価値があるんだと気づくことだと思っています。そしてその次に大事なことは、自分の気持ちや考えに気づくことだと思っています。発達障害当事者の方の中にはこのどちらか片方、もしくは両方とも苦手な方が多いのではないかと感じています。なのでもしかしたら発達障害当事者の周りの方の中にも、当事者の考えや気持ちがわからないと感じている方もいらっしゃるかもしれません。気持ちや考えがわからない当事者の方に対しては、「この本どうだった?」のようにまず率直に聞いてみるのが良いのではないかと思います。そして、当事者の方の回答に「あー、そうだったんだ!○○くんはこういうのが好きなんだね」のように何かリアクションしてあげることが良いのではないかと思います。というのも、子どものころの自分の気持ちになって考えてみると、自分の気持ちや考えを聞いてもらって、その内容にリアクションしてもらうことで「あれ?これって自分が言わなきゃわからなかったのかな?」とか「今度は自分から言ってみよう」と思うきっかけになるかもしれないなと思ったからです。自分の経験がもとになった内容ですが、私の経験が皆さんやお子さんの生活の役に立てば幸いです。LITALICO発達ナビ無料会員は発達障害コラムが読み放題!
2020年12月16日ステイホームの影響もありタロットが密かなブーム。タロット好きで、動画配信でリーディングもする人気声優・歌手の蒼井翔太さんと、タロット界の第一人者である鏡リュウジさんが、タロットの魅力について語ります。セーラームーンの影響で、タロットに魅せられて。鏡さんはタロットに関する著書も多い、その世界の第一人者。そんな鏡さんが「この人のタロット占いはすごい」と一目置く蒼井さんがタロットを始めたのは約1年半前。――蒼井さんがタロットに興味を持ったきっかけは?蒼井:小学校低学年のとき『美少女戦士セーラームーン』のアニメで占いの館に行くという回があって。タロットカードがふわっと立ち上がるシーンを見て、タロットって不思議だな、すごいなと思ったんです。でも興味はあるけど少し怖いなというイメージがあって……。関わったらなんか大変なことになるんじゃないかという妄想から、手を出さずにいました。鏡:ミステリアスでダークなところが、タロットの魅力のひとつですよね。実際は怖いことなんて何もないんですが(笑)。蒼井:その後、RPGゲームのキャラクターがタロットで戦う姿に惹かれて。それで秋葉原の『魔術堂』で購入したのが、「インフルエンサー」という綺麗な絵柄のカード。占う前に、まずはどんなカードがあるのか一枚一枚をずっと眺めて、78枚のカードの意味を全部ノートに本から書き写したりしてました。タロットと対峙すると、自然と言葉が浮かぶ。――今はどれくらいの頻度で占っているんですか?蒼井:カードには毎日触ります。夜寝る前、目についたカードを手に取って一枚一枚じっくり眺めたり、もちろん占うときも。声優のオーディションってひとつの作品で4役受けたりすることもあるんですけど「今日受けたオーディションでどの役が受かる可能性が高いか」とか、そういうのを“一枚引き”でお遊びで占ってみたり。鏡:この前、実際に占ってもらったんですけど、蒼井さんは変な話、多くの占い師さんより遥かにすごい。一枚一枚を眺めるっておっしゃいましたけど、カードへの愛情や理解が深い。それと、自分の心の中を常に内観されていると思うんですよ。だからカードを見たときにインスピレーションがすごく湧き上がる。タロット占いで陥りがちなのが、カードの意味を暗記して、それを無理やり繋げるような棒読みリーディング。でも蒼井さんはそれが一切ない。相手の話や状況をよく聞いたあとカードを並べて、ひと呼吸置いてその間に湧いたイメージと、占う相手へのモニタリングをして自然に結びつけた言葉の選び方が、本当に素晴らしいんです。蒼井:語彙力ないんですよ、僕。小学校から不登校だったし。でもタロットと対峙してると、自然と言葉がイメージで浮かんでくる。カードの意味をノートに書いたと言いましたが、実際占ってみると書いた単語は出てこなくて別のところから湧いてくる感じ。僕にとってタロットはコミュニケーション方法のひとつで、僕ひとりが解釈して伝えるより、目の前の相手と一緒にタロットを見ながら答えを探していくやり方。言い切られたほうが、占ってもらう方は気持ちがいいとは思うんですけどね。鏡:でもそれがタロット占いの理想型だと思うな。プロとして鑑定している方は、それができないことが多い。占いはズバッと当てるものだという期待のプレッシャーに負けて「答え」を出したくなっちゃう。例えば相談者が「結婚できますか?」と聞いたときに、「できます」って言ってあげたほうが楽だけど、そこでイエス・ノーと言い切らない胆力をつけることが大事。――タロット初心者が占いを上達させるコツはありますか?蒼井:本でもYouTube動画でもいいからたくさん触れて、その中でいいと思う人がいたら、その人の占いをいろいろと見てみるのがいいんじゃないかな。鏡:体系的な占いの中ではタロットっていちばん新しいんですよ。だから覚えなきゃならないことなんて本当は一切ないので。好きなカードを買って好きなように占えばいいんです。蒼井:あとはやっぱり、一枚一枚カードを見ること。体調が毎日変わるように、カードもその日によって見え方が違う。だから本を読む前に一度カードを眺めて「この絵はこんなふうに見えるな」という自分なりの解釈をしてみる。その上で本と照らし合わせて違っても、カードに対する解釈がひとつ増えたと思えばいい。そうやってカードに対するイメージを増やしていってほしい。あとは解釈を膨らませるためにいろんな漫画やアニメ、映画を見て、知識を蓄える。鏡:昔、チャールズ・ハーヴェイという有名な占星術師の授業で「なるべくたくさんのいい小説と舞台と映画を体験しなさい、そこに面白いことが詰まっているから」と言われたんです。蒼井さんと全く同じ。そうやって自分の中の引き出しを増やすと解釈に柔軟性が出ますよね。――タロットから影響を受けたことって何かありますか?蒼井:タロット一枚の絵でもいろんな解釈があるように、例えば嫌なことがあっても、前に進むための壁なのかもしれない、とひとつの出来事を多面的に見られるようになりました。鏡:それがタロットに限らず、占いの最大の効能かも。状況を「愚者」の立場から見たら、「皇帝」の立場から見たらどうだろう、と様々な角度から見られるようになる。タロットは、物事を見るレンズのひとつなんです。あおい・しょうた8月11日生まれ。中性的な容姿と透明感のある声で人気の声優、歌手。2021年1月8日公開の劇場版『美少女戦士セーラームーンEternal』〈前編〉ではフィッシュ・アイを演じる。ジャケット¥45,000(SHAREEF/Sian PR TEL:03・6662・5525)カットソー¥12,000(ADANS/Sakas PR TEL:03・6447・2762)パンツ¥36,000(CoSTUME NATIONAL/コスチューム ナショナル 青山店 TEL:03・4335・7772)ネックレス¥30,000リング¥30,000(共にJOHAN SILVERMAN/TEENY RANCH TEL:03・6812・9341)靴はスタイリスト私物かがみ・りゅうじ心理占星術研究家、翻訳家。英国占星術協会会員でもあり、占星術のほか、タロット関連書籍も手掛けている。著書に『タロットの秘密』(講談社現代新書)など多数。※『anan』2020年12月16日号より。写真・ティム・ギャロスタイリスト・ヨシダミホヘア&メイク・山本隆太取材、文・さかいもゆる(by anan編集部)
2020年12月15日母との確執、長距離通学に疲弊して私は、過労で倒れてまでの受験勉強を経て難関私大に入学したものの、さまざまな二次障害を起こして不登校ぎみになりました。母との確執も合わせ、詳細は過去記事に書いています。交際相手のエスカレートする独占欲私がのちに問題となる男性とつきあいはじめたのは1年次の秋口。年が明けてバレンタインを迎えるころには、私はすでに彼の態度に違和感を感じていました。手作りのチョコレートには、材料の関係でつくりやすい分量があります。レシピに従ってつくったら、靴一足が入る程度の箱ひとつにいっぱいのチョコレートができました。男性に箱ごとチョコレートを渡し、「じゃあ余ったぶんはみんなと分けようね」と言ったら、「嫌だ、俺が全部食う!」と言って箱を抱え込みます。最初冗談だと思って笑っていたら、彼は真顔。私はぞっとして、身体が硬直するのを感じました。同じころから、彼は私が家に帰ろうとすると怒って駅前で大声で騒いだり、停めてある自転車を蹴り倒して威嚇したり、私を脇に抱えて無理やり引きずったりと、暴力的な方法を使って彼の下宿に連れ帰ろうとするようになりました。なんとか振り切って帰ると、夜中に何十回も電話をかけてきます。留守電を聴くと恨みがましい声で死んでやるとか殺してやるとか言い募っている… 私は恐ろしくなって、彼に逆らうことができなくなりました。これはいわゆるデートDVの状態だったと思います。やっかいな人と関わりを持ってしまったと後悔しましたが、ときすでに遅し。私は当時友人も少なく、頼れる大人もおらず、支援ともつながっていない。いまの自分がどのような状態なのかを知るすべもない。総合して私は、彼のような男性との危険な関係性から抜け出すための力を持ち合わせていませんでした。どうしてこんなことになってしまったんだろう朝帰りや外泊を繰り返し、しょっちゅう未明に男性と電話で話している私を見て、母は「男にうつつを抜かしている」と言い放ちました。私はこのときかなり困っていたのですが、すでに母は私の中で、困ったときに頼るような相手ではなくなっていました。私が母に悩みごとを相談するのをやめたのは、私が中学生ぐらいのときだったと思います。母にショックを与えるようなことを相談するとすぐに泣き出したり寝込んだりしてしまうし、私が風邪を引いたときも看病するどころかあからさまに「うつるから近寄らないでほしい」という感じの表情をする。それどころか、「私を不安にさせてひどい」みたいなことを言いだすので、私は母には心のうちも体調の変化も必死に隠すようになっていたのでした。こうした感じだったので、私は母には本当の事情を開示することはありませんでした。「開示したらかえって面倒なことになる、下手したら母が考えなしの行動に出て男性の感情を逆撫でし、結果的に誰かの命に危険が及ぶ」と思ったのです。母は単純に、「娘をとられてなるものか」といった感じで男性に嫉妬したように見えました。そして、家庭内ストーカーのようになりました。家の中にいれば私を終始追い回す。1時間外出しただけで10回以上電話をかけてくる。こうして私は、「男性から右腕を、母親から左腕をぎゅうぎゅう引っ張られてちぎれそうになる」ような事態に陥りました。しばらくの間、二人の「ストーカー」の間でどちらの機嫌もとろうと懸命でしたが、結局疲れきり、2年次の夏休みに入ると男性の下宿に転がり込んで、家に帰らなくなりました。彼の望むとおりにしなければ自分は殺されると思ったのです。そんな状況でも多少なり甘い夢を見て始めた同棲生活でしたが、私はすぐに「どうしてこんなことになってしまったんだろう」という思いでいっぱいになりました。日雇いのアルバイトで生活費を稼ぎ、男性のお下がりの服を着回す。洗濯機はない。男性の下宿は6畳のワンルームで、折り畳みのシングルベッドを広げたらもういっぱい。窓には網戸もなく、蚊に刺されほうだい。あいた時間はいつも男性と一緒にいて、一挙一投足を男性の思うとおりにしなければ凄まれたり暴力をふるわれたりする。彼が好きだと言ったものを好きだと言わなければいけないし、彼の嫌いなものをうっかり好きだと言ってはいけない。まるで精神的な首輪のつけられたペットだと思いました。私は当時の幼い頭で、当面の命の危険を避けるためにできるだけよい選択肢をとったつもりだったのですが、私は命の保証の代わりに、自分がまがりなりにも20年ひとりの個人として積み重ねてきたものを、環境も意志もすべて捨てなければならなかったのです。父からの脅しのような助け舟「このまま帰らないなら学費を払わないぞ」大学の後期開始が近づいてきたある日、父から一本の連絡が入ります。「このまま家に帰らないと言うなら勝手にしたらいい。その代わり勘当だ。もううちの子ではないとして、後期の学費も払ってやらない。好きなように堕ちていけばいい」父は私が家出してわりとすぐに一度、私を呼び出して説得しようとしましたが、このとき父は、私と母との関係性の問題、父が不在がちなことによる困難を訴える私に対し、相変わらず取りつくしまもない態度でした。それで私は悲しくなって、引き続き男性の家にいつづけることを選んだのでした。あれから1ヶ月ほどして出された「帰らないなら学費は払わない宣言」は、父の悩み抜いた末の最後の助け舟のように思えました。このまま彼と一緒にいれば、自分はいずれにしろもっと「堕ちて」いくのだろう、と私は想像していました。自分は学業もまともにしないまま大学を辞めるだろうし、子どもができるなどして身動きができなくなったら彼の支配するDV家庭のいっちょあがり、彼はきっとそれを狙っているだろう、と思っていたのです。でも、父の「帰らないなら学費は払わない」とは、よく読めば「帰れば学費は払ってやる」ということです。父は不器用な人。まがりなりにも親子として長年つきあってきた中で、私にもそれぐらいの裏の意図は読めました。いま正直に事情を話せば、さすがにあの母も含めて、私を家庭を挙げて守ってくれるのではないかと思えました。だったら私は「堕ちない」ほうをとりたい…そもそも、私は堕ちようと思ってこの男性とつきあいはじめたわけではありません。私はこの男性とつきあうまで、(当時発覚していなかった)発達障害や両親とのアンバランスな関係性からくる、生きづらさや居場所のなさに汲々としていました。「生きるのがつらい、寂しくてどうにかなりそうだ」と思い始めたのはいつだったか、うまく思い出せないほどです。高校生ぐらいのときにはすでに、誰か私だけを見てくれる異性がいてくれないと死んでしまいそうな気持ちでした。そんな調子でしたから、初めてつきあった人には「重たい」とすぐにふられてしまいました。それで私は「誰でもいいから私を求めてくれる男性が欲しい」と思い詰めて、うっかりこのDV傾向の男性とつきあってしまうに至ったのです。ときどき今でも「自分が浅はかだったのではないか」と後悔することがありますが、一生懸命トラウマ治療をして、自分の中の罪悪感や恥に対処しています。そんなわけで私は、大学の後期が始まる前に、数ヶ月ぶりに家に帰りました。あまりのストレスによる解離性健忘だと思うのですが、その前後のことはほとんど覚えていません。世界同時多発テロ事件、そして学生運動が交際相手から離れるきっかけに家に戻り、事情も家族に話して少し理解を得たものの、彼ときっぱり離れるのにはそれから1年近く時間がかかりました。一度生命の危険を覚えるような支配を受けてしまったからだと思います。1年後、2001年9月に世界同時多発テロ事件が起こりました。じわじわと彼との距離をとりながら少しずつ勉強の楽しさを取り戻していた私は、あるクラスの先生と仲間の「今は小説なんか書いている場合ではない、反戦運動をしなければ!」という主張に共鳴して、にわか左翼学生になります。男女混じった10人ほどの仲間と平和や文学について語り合う日々に、私は初めて、中距離の友人関係というものの良さを味わいました。それでよけいに彼から離れようとしました。私の心境の変化を敏感に感じ取った彼はある日、私を大学近くのカフェに呼び出して「別れよう」と言います。私は1年前からずっと別れたかったので、「いいよ! 別れよう!」と二つ返事で答えますが、私の返答に彼は激怒します。別れ話でよくあることではありますが…。その日はリベラルな活動家が講演に来るという日で、学生運動の仲間たちともども楽しみにしていた日でした。それで私はなんとか彼を振り切って、キャンパス内の仲間が集まっているところに行きましたが、そこへ彼が飛び込んできて私を輪からひきずり出しました。彼はそのまま暗がりに私を引きずっていって、私を地面に引き倒しました。コンクリートに頭を打った私はうずくまります。皆がざわついて、一瞬のうちに宇樹親衛隊が結成されました。皆で私を彼から匿(かくま)います。体格のいい男子学生数人が彼を囲み、「宇樹はもう帰った、しつこいようなら警察を呼ぶぞ」と凄むと、彼は悪態をつきながら帰っていきました。この一件で彼はみんなに面が割れて、二度と私に近寄ってこなくなりました。彼がこの程度の人で幸いだったと思いますが、私は怖くて、ふたたび大学に行けるようになるまでだいぶ時間がかかりました。つい最近まで、ときどき急に当時の光景が蘇り、身体が凍りつくPTSDの症状に悩まされていました。「万一街中で彼に出会ったら、私は彼に殺されるのではないか」と怯えてしまったり。トラウマ治療でずいぶん楽になりましたが、今もときどき蘇ってくる恐怖感と戦っています。交際相手からは離れられたけれど…私はこうして、大学3年の秋にようやく問題の男性と離れることができました。けれど、私がこの男性の件でトラブルに巻き込まれている間、家の中ではもうひとつの問題が深刻化していました。それまで病弱ながらもフルタイムの仕事で千葉県から都内まで通勤していた母でしたが、私が外泊を繰り返すようになったあたりで本格的に仕事に行けなくなり、休職しました。もともと休みの日は寝込んでいるか、家で一日中、録画した映画を観ているかの超インドア派な母でしたが、一歩も家を出ない日がほとんどになりました。彼女は居間の真ん中に、手の届く範囲にリモコンなどを置いた「コックピット」を築き…。このあとの展開は、次回以降の記事でお伝えします。LITALICO発達ナビ無料会員は発達障害コラムが読み放題!
2020年12月04日むっくんの異変私がむっくんの様子に違和感を覚えたのは、不登校を決断する3週間前でした。もともと家で癇癪をよく起こす子でしたが、その頻度が激増!四六時中イライラしており、以前は穏やかにやり取りできていたことにも、激しい反応を示すようになりました。Upload By ウチノコそんな様子に、私は「小学校ではどうだろう?」と不安を覚え学校での様子を先生に確認するも、穏やかに過ごせているとの返答。イライラもパニックも家庭内のみで、この時点では学校への行き渋りもありませんでした。異変の理由?その後も大荒れが続くむっくん。そんな時少し前から運動会の練習が始まったと聞きました。「それだ!!」年間行事の中で運動会の練習はむっくんと最も相性の悪い行事です!おそらくそのストレスを家庭で吐き出しているのだとようやく納得。Upload By ウチノコ先生の話では、練習は嫌がりつつも何とか参加しているとのことで、私はむっくんが学校でとても頑張っていることを知りました。「むっくんは疲れていて、自己コントロールが困難になっているのだな...期間限定だし仕方ない、耐えよう」と家で極力休めるよう心がけることにしました。学校に行きたくないしかしその週末に、むっくんは初めて「学校に行きたくない」と言い出しました。Upload By ウチノコUpload By ウチノコこれは疲れが限界だと判断し「疲れているみたいだから、1日休もうか」と、私から提案しました。ホッとした顔で喜んだむっくんは、元気休みでストレスから解放され、自宅でゆっくり静養。「明日は頑張るよ!」と明るい顔で言うものだから、一見回復したようにも見えました。しかし...不登校へ翌日は休んだことを怒られるかも...(もちろんそんなことはないのですが)と、少し緊張した顔で学校へ行きました。Upload By ウチノコ今までも何度か授業拒否はありましたが、同じ日にいくつかの授業に出ない、となると入学してから初めてのことでした。ここへきて私もようやく今までとは違う状況であることを理解。慌てて即日、学校に面談をお願いしてむっくんの状況を共有。対応の希望を伝え、短時間登校を始めました。Upload By ウチノコUpload By ウチノコむっくんは、家庭でよくパニックを起こしますが、一度も小学校では起こしていませんでした。それはやはり「友達にあの姿を見られたくない」という思いで、必死に自分をコントロールしていたのだろうと思います。それが続けられないことは、むっくんにとって一番辛い状況だと感じました。崩れ始めたきっかけは運動会の練習でしたが、入学後の頑張りをこれ以上続けること自体が限界なのだと感じました。満身創痍のむっくんには、一度負担をゼロにして回復する時間が必要だと判断し、翌日から学校を休むことに決めたのです。行かないと決めたけれど...むっくんは保育園時代から集団生活を好みませんでした。行き渋りも強く、私はいつか不登校を選んでも不思議はないなぁと考えていていろいろと準備をし、覚悟もしていたつもりでした。Upload By ウチノコそれなのに、家でのんびり過ごしているむっくんに、苛立ちや焦りを覚えました。先のことばかり考えてしまい、不安が次々と襲ってきます。想像と経験はやはり全然違うものだなと、そんな自分にも正直がっかりもしました。Upload By ウチノコ私の心の変化むっくんが休むようになって、私はまず自分の気持ちを外に出すことから始めました。家族に「黙って話を聞いてほしい」と頼み、ひたすら話を聞いてもらい、SNSで発達障害について理解のある方々とも繋がっているので、そこでも気持ちを吐き出させてもらいました。また、準備として繋がっていた方々ととにかくお話をさせていただきました。Upload By ウチノコたまっていた気持ちを吐き出して、いろいろな方のお話を聴きながらさまざまな価値観に触れ、不登校経験者の方々の今を知り、何より実際むっくんと日々を過ごすうちに、少しづつ不安は和らぎました。Upload By ウチノコ和らぐどころか、だんだんと楽しくなってきてしまったのです。こんなにゆっくり、弟の邪魔もなくむっくんと一緒に過ごすのは久々で、新鮮で。「面倒!仕事させて!」と思う日もありますが、明日は何しようと、ワクワクする自分も見えてきました。Upload By ウチノコ何かを失った気がしていたけれど、手放した代わりに得ているものがある。そう考えられることも増えてきて、今は以前より焦りも落ち着いてきています。新しい形を探していこう学校で学べることは多岐にわたります。そういった良さを手放すには勇気がいりますが、不登校だからこそ学べることも、たくさんあるのだと思います。むっくんは、決まった一本道を歩いているわけではありません。これからはむっくんが楽しく、幸せに歩ける「ちょうどいい道」を一緒につくっていけたらと思っています。次回「むっくんの周囲の子ども達へ学校に行かない決断を伝えた時の話」に続きます。
2020年11月27日埼玉県放課後等デイサービスUpload By 発達ナビ施設情報放課後等デイサービスすくすくすてっぷ朝霞店では、2つを療育方針で支援を行っています。ひとつ目は「子どもの成長」です。さまざまなプログラムからお子さまの興味関心を広げ、得意なことを伸ばすことで、将来の仕事にもつながるよう成長を促します。ふたつ目は「地域の理解」です。年に2回の大きなイベントを開催し、お子様の活躍を披露する場を設けると共に、地域の方々との関わりを持つ機会を増やしています。お子さまがいろいろなことにチャレンジできる環境を整え、保護者様の意見も取り入れながら、知識経験豊富なスタッフがサポートします。埼玉県の放課後等デイサービスをもっと見る埼玉県児童発達支援事業所Upload By 発達ナビ施設情報こぱんはうすさくら川口戸塚教室では、ひとつのプログラムの中に多数の目標を設定し、お子さまのニーズに合わせた療育に取り組んでいます。お子さまの発達段階はアセスメントツールを用いて正確に把握し、スモールステップで支援していくことで、社会生活能力の獲得を目指します。スタッフは経験豊富でチームワークも抜群、研修等には日々積極的に参加しているそう。お子さま一人ひとりの才能を輝かせられるような場所を目指し、スタッフが細かくサポートしています。埼玉県の児童発達支援事業所をもっと見る大阪府放課後等デイサービスUpload By 発達ナビ施設情報就労準備型放課後等デイサービスBe Smile Mastersでは、ソーシャルスキルトレーニングやビジネスマナー、パソコンスキルや学習等を通して、将来の就労という課題に早いうちから意識を向けていただく事で、社会生活への移行を実現することを目的として支援を行っています。また、不登校のお子さまへの配慮にも力を入れていて、生活リズムを整えたり、学習支援を行ったりしているそう。社会経験豊富であったり、教員資格のあるスタッフが、お子さまの状況を確認・理解しながら支援するとともに、個性も伸ばしていけるよう、日々サポートしています。大阪府の放課後等デイサービスをもっと見る神奈川県幼児教室・学習塾Upload By 発達ナビ施設情報LITALICOジュニア幼児教室・学習塾武蔵小杉教室は12月1日に新しくオープン予定の教室です。言葉の遅れや学習やコミュニケーションのつまずき、集団行動などの困りごとを中心に一人ひとりの特性やスキル、好き興味関心、困りやその背景などを専門的に分析し、お子さまへの直接授業だけでなく、ご家庭でも成長を促すためのご家族さまへのサポートやレクチャーも行います。教室スタッフは、日常場面での生活のしやすさやスキルの発揮を見据えた、総合的かつオーダーメイドのサービスを提供し、お子さまの成長をサポートしたいと考えているそう。園・学校、家庭でのご様子を適宜面談等でヒアリングしながら、それぞれの場面で、お子さまの「できた」を拡げられるよう、保護者と密に連携しています。神奈川県のその他発達施設をもっと見る「もっと施設の情報を詳しく知りたい!」「見学をしてみたい!」と思ったら、WEBからもお問い合わせが可能です。施設情報ページでは、掲載されている施設の情報を地域ごとに検索して見ることができますよ。
2020年11月22日●出会いは2007年のドラマ『オトコの子育て』今年、『犬鳴村』『Daughters』と主演映画が続く三吉彩花と、主演映画『タイトル、拒絶』ほか『ホテルローヤル』『ステップ』など多くの作品が公開されている伊藤沙莉。ともに引っ張りだこの二人が、「源氏物語」を題材にした内館牧子氏の小説を、黒木瞳が監督した『十二単衣を着た悪魔』で共演している。「源氏物語」の世界に入り込んでしまった現代のフリーター・雷(伊藤健太郎)が、陰陽師として生き抜いていく本作で、これまで悪女と見られてきた弘徽殿女御(こきでんのにょうご)を、現代的なカッコイイ女性として演じた三吉と、結婚相手として雷を支えていく倫子(りんし)を演じた伊藤。本編では共演シーンがなかったものの、実は二人は小学生の頃から知る「三吉」「沙莉」と呼び合う仲! そんな二人だからこその掛け合いで、本作の魅力だけでなく当時の思い出などもざっくばらんに語り合った。○■弘徽殿女御はとても愛情の強い女性――源氏物語の絵巻の中に入ったようでした。三吉さんは現代の女性も憧れるかっこいい弘徽殿女御を、伊藤さんは現代の女性も可愛いと好きになる倫子を演じました。三吉:こんなに強い女性を演じさせていただくのは初めてでした。自分で口にしながら気持ちのいいセリフが多かったですね。一見、怖い女性に見えますが、いろいろなものを犠牲にしながら戦っている、とても愛情の強い女性。黒木監督からも、弘徽殿女御への思い入れをたくさんお話いただいて、セリフのニュアンスや佇まいなど、細かいところも一緒に作っていただきました。――三吉さんはクランクイン前に、黒木監督とみっちりレッスンされたそうですね。前に監督からお話を伺った際に、途中から三吉さん自身の弘徽殿女御として、役を消化して出せていたと。三吉:嬉しい! 「もうちょっと高い声で」とか、「滑らかに」とか、監督の細かな指導を日々吸収しながら必死にやっていました。とても濃い時間でした。○■雷と出会って、黒だったものが真っ黄色に――倫子は源氏物語にはいないキャラクターですね。伊藤:はい。倫子は雷の結婚相手です。結婚するというだけで、大人みたいに感じるけれど、でも倫子はまだ自分が整っていない状態。それでも大人として過ごさなきゃいけない。「もうちょっと子どもでいていいのに」みたいな育ち方をする人って、今でもいると思うんです。流れに逆らえずに。特にあの時代は恋愛結婚でもないから、倫子は「自分に当たった人はかわいそうだな」とも思っていた。それが雷と出会って、黒だったものが真っ黄色になったくらいに、パンって何かが跳ね上がった。その変化は大事にしたいと思いました。それと倫子はピュアではあるけど、弱い人間じゃないと感じました。――そうですね。しっかり支えになっていました。伊藤:自分とはまた違うベクトルで自信のなさを抱えた雷が目の前に来て、倫子の根っこにあった強さが出てきたというか。じゃなきゃ、雷を支えられない。そうした強さもどこかに垣間見えたらいいなと思いました。あと、強く見える弘徽殿女御にも弱い部分があって、クッとこらえているのが伝わるから、かっこいい女性に見えるんだと思います。完全無欠の鉄でできた女性ではない。それを三吉さんが、すごくステキに演じられてました。あ、すみません、「さん」付けでやらせていただきます。三吉:えー、やだ。こちらこそすみません(笑)。○■仲良しの二人の出会いは2007年のドラマ――おふたりは劇中での共演シーンはありませんでした。伊藤:そうなんですよ。そうそう、弘徽殿女御の登場シーン。あそこで扇子を投げるじゃん。あれって一発でOKだったの?三吉:扇子を最初に投げるのは私だけど、あとの扇子の動きはCGだから。伊藤:あ、そうなの!? あれ? 私、いいお客さんじゃない? どうやって撮ってるんだろうって真剣に思ってた。三吉:あはは。でも周りの人の動きがあるからね。御簾を上げるスピードだとか、みんなで合わせるのがすごく大変だったんです。クルクルクルって上げるんだけど、なかなかできなくて。「こうやるのよ」って監督が一番うまかった(笑)。伊藤:そうなんだぁ。――おふたり、とても仲良しですが、これまで共演は。伊藤:小学生のときから知ってるんです。最初は『オトコの子育て』(07 テレビ朝日系)っていうドラマで共演して。三吉:そこから年数があって『GTO』(14 カンテレ・フジテレビ系)でも一緒だったよね。――そうでしたね!伊藤:何年越しの付き合いだろうね。あと、オーディションでずっと会ってたんだよね。三吉:そう。当時から本当にすごいスーパー子役がいると思ってて、一緒になりたくなかったんです。オーディションって、5人ずつくらいのグループに分かれてたりするんですが、会場に入っていくと、「うわ、いる」って。伊藤:いやいや、スーパー子役って(笑)。「毎回、いるよ」ってね。私、オーディション魔だったんです。○■伊藤は三吉の母とも仲良しだった――確かに世代が一緒だとオーディションでも会いそうですね。そこから『GTO』でも一緒だと、学園ものは仲良くなりそうですね。伊藤:でも三吉の役は不登校だったからね。三吉:そうなんです。私は保健室っ子だったので。結構、みんなお芝居の中でのグループで一緒にいたりするから、そこではあまり話す機会がなかったかな。伊藤:だから一番密だったのは小学生のときだよね。三吉は、あの頃、一生お菓子食べてた。ジャンクなヤツ。三吉:今もです。あの頃のアノお菓子が一番好きです。伊藤:そうなの!? 当時から本当に背が高くてスタイルがよくて、すでに完成されてたんですよ。「こんなに一生、お菓子食べてるのに!どういうことなの!?」って思ってたんですけど、お母さんが答えなんです。キレイで、背が高くてスタイルがよくて。そういえば、三吉のお母さんって、当時、はっちゃけてたよね。三吉:今もです。伊藤:あはは! そうなんだ、サイコーじゃん! 当時は三吉とも喋ってたけど、お母さんとはもっと喋ってた。「沙莉、元気ぃ?」みたいな感じだったから、「あ、はい! 今日も元気っす」って。三吉:いまだに話に出るよ。今回もこの映画のこと見て、「え、沙莉、出てるの?」って言ってた。○■二人の関係は、三吉が姉で伊藤が妹?――なんだか同級生と会ってるみたいですね。伊藤:ほんとにね。三吉:いま何歳?伊藤:26歳。三吉:あ、そうなの。私は24歳。伊藤:え、2コ下なの? ずっと1コ下だと思ってた。意外と離れてるじゃん。――三吉さん、落ち着いてますからね。伊藤:同級生役が多かったから、同級生の感覚。というより、ホント三吉のほうがお姉さんぽいし、毎回お姉さんだと思って接してます。三吉:ウソでしょ。伊藤:ホントです。●互いに気になる「いつ休んでるの?」○■本作の見どころはお互いのシーン――今回、同じ作品で、大人になったお互いを観ていかがですか?三吉:私は、この映画の見どころは「倫子と雷のラブストーリーです」って他の取材でも話してるんです。伊藤:えー!三吉:本当に。弘徽殿女御は、もちろんかっこいい女性ですし、彼女によって雷が成長していく物語ではあるんですけど、一方で、ピュアで可愛い、とても温かい、そして最後にホロっと泣いてしまうような、そんな純愛が展開されていて。倫子も、ほんとだんだんたくましく見えてくるし。「二人のラブストーリーが見どころ」だとずっと言ってます。伊藤:三吉、ほんと、いい子だね。いや、嬉しいです。でもこれはお返しじゃなくて、私は強い女性を演じるって、本当に難しいと思うんです。ただ強くモノを言ったりしても、本当の強さには見えない。弱いヤツほどよく吠えるから。でも弘徽殿女御からは、ちゃんとした強さが滲み出ている。今回、三吉とは最初の所作指導で少し一緒だったくらいなんです。そのときにはゼロだったので、本編では完成された弘徽殿女御が出てくるんだろうと予想はしていましたが、でも予想以上だったというか。強く生きているように見えるのに、同時に切なさもあって。目が語る情報量がものすごく多くて、本当に三吉、さん、じゃなきゃできない弘徽殿の女御だったと思います。三吉:やだぁ、ありがとうございます。伊藤:いやいや、本当に。なんか上からに聞こえたら申し訳ないですけど、大正解の弘徽殿女御だったなって。しっかりと人間味があって、とても魅力的でした。○■もしもタイムスリップできるなら……――タイムスリップものでもあります。三吉さんは、時代でも物語でもで、どこかに移動できるならどこに行きたいですか?三吉:恐竜がいる時代に行ってみたいです。伊藤:アハハハ! 絶対ヤだ、食べられちゃうよ。三吉:恐竜に会いたいんです。伊藤:覗くんじゃなくて、会いたいの?三吉:触れたい。目を合わせたい。伊藤:ヤだ! めちゃくちゃデカイんだよ。どれに会いたいの? ティラノ?三吉:まあ、ティラノとか。一通り。――自分自身が恐竜になって戦いたいとかは?三吉:それは全然ないです。戦うのは本当に嫌いなので。伊藤:馬みたいな感覚で会いたいとか?三吉:そうそう。卵がかえる瞬間とか見たい。○■「光源氏」づいてる伊藤が三度目の正直で演じたいのは?――伊藤さんはこのところ光源氏づいてますが。(※ドラマ『いいね!光源氏くん』)伊藤:づいてますね~。――また光源氏ものの世界に入れるなら、今度はどんな役を演じたいですか?伊藤:役柄で言ったら、自分としては倫子がジャストだと思うんです。でもそうだなぁ、これまではどっちも受け入れる側なんですよ。現代で受け入れるか、平安で受け入れるか。三吉:確かに。伊藤:だから今度は受け入れられたいです。自分が降り立った時代で戸惑ってみたい!三吉:ねえねえ。沙莉っていつ休んでるの?伊藤:ええ! それはこちらのセリフですよ。三吉もすごく忙しそうじゃん。三吉:いや、仕事とかって話じゃなくて。伊藤:あ、テンションのこと?三吉:畳みかけるスピードが速すぎなんだもん。家に帰ったらめっちゃ静かとか?伊藤:家だとスイッチ切れてるね。充電してる。いまはまだ充電98くらいあるからね!三吉:あはは、そうなんだ。○■今度はがっつり共演をして喧嘩でも――本当に仲良しですね。今度は本編で共演しているお二人が見たいです。三吉&伊藤:本当に!伊藤:がっつり喧嘩とか。三吉:したいしたい。でも負けそう。伊藤:何言ってるの、大丈夫だよ。上から見下ろすだけで勝てるよ。三吉:あはは。そう?――最後に公開に向けてひと言ずつご自身のシーンから見どころをお願いします。三吉:弘徽殿女御は、たとえ犠牲を伴ったとしても、息子や国のために色んな事を成し遂げていく強い女性ですが、後半、六条御息所に問いかけるところがあって、そこは撮影しながらもグッと気持ちの入ったシーンでした。そういったところから弘徽殿女御の温かさを、ジンワリ感じていただけたらなと思います。伊藤:雷と倫子のシーンって、結構点描で展開していくんです。2人が育んでいく日々の全部を見せることはできないので。そのなかでも雷が歌うスピッツが絶妙なんです。三吉:わかる!伊藤:あそこが本当に絶妙で、倫子と雷の時間の流れを象徴するシーンにも感じられるので、ぜひ堪能してください。■三吉彩花1996年6月18日生まれ。埼玉県出身。ファッションモデルとして活躍。女優としては、映画『グッモーエビアン!』(12)、『旅立ちの島唄~十五の春~』(13)での演技が評価され、第67回毎日映画コンクールおよび第35回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。近年、『ダンスウィズミー』(19)、『犬鳴村』(20)、『Daughters』(20)と主演作が次々と公開されている。■伊藤沙莉1994年5月4日生まれ。千葉県出身。2003年に子役としてデビュー。主な出演作に映画『獣道』(17)、『寝ても覚めても』(18)、『劇場』(20)、ドラマ『ひよっこ』(17)、『これは経費で落ちません!』(19)、『いいね! 光源氏くん』(20)。アニメ『映像研には手を出すな!』(20)など声優としても活躍。本年は、第57回ギャラクシー賞個人賞ほかを受賞。望月ふみ 70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビュー取材が中心で月に20本ほど担当。もちろんコラム系も書きます。愛猫との時間が癒しで、家全体の猫部屋化が加速中。 この著者の記事一覧はこちら
2020年11月20日金曜ドラマ「恋する母たち」に登場する男性陣たちを描く、Paravi オリジナルストーリー「恋する男たち」。その第4話では次世代を担う若手俳優が演じる3人の母たちの息子たちが主人公となる。その息子たちとは、吉田羊演じるキャリアウーマン・林優子の息子で、長らく引きこもり生活を送る大介、仲里依紗演じる蒲原まりの息子で、何不自由ない生活を送りながらも両親に反抗を繰り返す繁秋、木村佳乃が演じる石渡杏の息子で、女手ひとつで育ててくれた母を常に思いやる優しい高校生・研。大介を演じるのは、今年7月に公開された長澤まさみ主演映画『MOTHER マザー』で初演技にしてメインキャストに大抜擢され、その類稀なる表現力が話題を呼んだ奥平大兼。また、繁秋を演じる宮世琉弥は、若手俳優の登竜門ともいわれるCMに抜擢され、ドラマや映画への出演経験が続いている。その端正なルックスから同年代からの支持も厚い。そして、研を演じるのは、初出演ドラマ「おじさんはカワイイものがお好き。」で瑞々しい存在感を見せ視聴者を魅了した藤原大祐と、次世代を担う若手俳優たちが主役を張る。この3人は中高一貫の名門校・麻蔵学園高校の落ちこぼれ3人組。1学期の期末試験の成績が悪く、このままでは1年生の終わりで留年が決定してしまう。そんな中、行われた追試は成績優秀な大介が2人のためにまとめた資料のお陰でなんとかクリア。大介と繁秋は中等部からの友人だが、高等部から麻蔵学園に入学した研は不登校の大介とまだ会ったことがなく、一度会ってみたいと3人で食事に行くことを提案。人見知りの大介だが、あることがきっかけで研と一気に親しくなり、3人は楽しい夏を過ごすことに。しかし、実は大介にはある秘密があり…。奥平大兼/林大介役 「本編で描かれなかった大介の恋のお話です」「恋する母たち」で林大介役をやると決まった時に、初めて地上波のドラマに出演できる喜びの反面、期待に応えられるかという不安もありましたが、撮影を重ねるにつれ楽しさが増していきました!今回の「恋する男たち」第4話は、本編で描かれなかった大介の恋のお話です。いつもの大介とは違った難しさがあり日々悩んでいましたが、これまで以上に監督とコミュニケーションをとったり、はじめて同世代の役者とお芝居ができることがうれしくて、乗り切ることができました。経験のない自分なりに頑張った作品なので、本編では描かれない男たちの物語をぜひ、楽しんで見てください!!宮世琉弥/蒲原繁秋役 「実は...みたいな部分がたくさん発見できる」宮世琉弥です!「恋する男たち」第4話はついに僕たち3人の息子の物語です! 本編では描かれない息子たちの感じていることや関係などが丁寧に描かれているので、実はこういう子なんだな、とか、実は…みたいな部分がたくさん発見できると思います。僕が台本を読んだ時は想像していた斜め上がきてビックリしました。笑いあり、切なさありで僕たちと一緒に青春を送っているような気持ちにもなれますし、大人の皆さまと少し違った、今しかできない最高の物語になってますので、ぜひ見てください!!藤原大祐/石渡研役 「親の前では見せない一面を」本編第5話放送後に配信される「恋する男たち」第4話では、僕たち高校生3人の物語が描かれています。それぞれ違った性格で、異なる家庭内の問題を抱えている3人の、親の前では見せない一面を見ることができるのが、この物語の面白いところだと思います。また、大介にはある秘密があり、この秘密が3人の夏を一筋縄では終わらせない原因になっていきます。楽しいだけでは終わることのできないリアルな青春を楽しんでいただけたら幸いです。Paraviオリジナルストーリー「恋する男たち」第4話は11月20日(金)「恋する母たち」第5話放送終了後に配信予定。金曜ドラマ「恋する母たち」は毎週金曜22時~TBS系にて放送中。(text:cinemacafe.net)
2020年11月19日最難関私大に進学はしたけれど……私は、中高一貫の私立進学校から、いわゆる最難関私大へ進学しました。学歴カーストの中、いじめとは無縁に過ごすことができた中高6年間については、以前のコラムでもご紹介した通りです。過酷な受験勉強を経て大学に進学した春。私は、大学受験で無理しすぎたせいで心身ともに燃え尽きていて、「もう一生勉強したくない」みたいな気分になっていました。当時は精神科とつながっていませんでしたが、今思えばすでに離人感や抑うつなどの二次障害が出ていて、「毎日を寝て起きるだけで精一杯」という感じでした。履修登録はてんやわんやでした。それまで受動的に授業を受けるだけだった私にはカルチャーショックでしたし、ほかの学生とコミュニケーションをとりながら情報を集めなければいけなかったからです。履修登録の疲れもさめやらぬ中で授業が始まります。そこで私は自分が文学にまったく興味を抱けないことに気づいて、愕然としました。私が進んだのは、小説家になりたいと志向する人が多く在籍するコース。過労で倒れてまで入った最難関大での四年間を棒に振るかもと怖くなりました。今思えば私は、「義子ちゃんは小説家になるのよね、なるのよね、なるのよね?」という母の気持ちにおもねって進路を選択していたのです。自分の興味に正直になって理系の大学に進めばよかった、と後悔しました。センター試験では理系の難関大に受かっていて、あとは得意な小論文を書けば受かるところでしたが、辞退してしまっていたのです。服装や化粧に対する強迫観念に苦しむように思い返してみると、服装や化粧といった容姿や身支度に関することについて、母との間で葛藤を抱えて育ったのが私でした。小学生のころまでは、母の好みのお嬢様風のピンクのフリフリの服や、祖母の手編みのセーター(上質のウールなのよと言い聞かせられましたが、感覚過敏の私には苦痛でした)などを着せられてとても嫌でした。一人だけ流行に沿っていないうえ、ほかの子のものより上質なこともわかるので、学校でいじめられるという理由もありました。皆と同じ量販店の服やキャラものの服が着たいと言うと、母は「こっちのデパートのものやおばあちゃんの手作りのほうが品質もいいし素敵なんだからこっちを着なさい」と言います。母は、私が思春期に入って自分の好きなように化粧したり服を選んだりしようとするとだんだんうるさく口を出すようになりました。髪をブラウンに染めたら「あなたは肌が白くてきれいなんだから髪なんか染めたら台なし」、エスニックな格好をしていたら「そういう服はお母さん好きじゃないわ、もっとお嬢様らしいフワッとしたものを着たら」など。母に気に入られる格好をしたい、でも若い女性として、人から今どきのお洒落で可愛い女の子と思ってもらいたい。そういった葛藤にさらされ、答えが見つからない中で、私はだんだん身支度にやたらと時間をかけるようになっていきました。「こんな服・顔ではだめだ。人に笑われる、人に不快感を与える」という考えで頭がいっぱいになるのです。クローゼットからあふれるほどに服があるのに、「着られる服がない」。母から「お母さんの思い出の服だから」「とても上質なものだから」と押しつけられたお下がりがクローゼットの大半を占め、そのほかは私が試行錯誤しながらこづかいで買い集めた服でした。ストレスからか顔中にニキビができていて、それをどう隠すかにも腐心しました。私は、もともと昼夜逆転傾向だったことに加え、身支度に3,4時間かけるようになりました。家を出られるようになったころには夕方で、結局出かけるのを諦める、ということが続き、不登校気味になりました。当時、これが強迫性障害だなどとは思いもしませんでしたが、最近になって強迫性障害が専門の先生にかかるようになり、これが「整理整頓強迫」という、少しマイナーな症状だと知りました。整理整頓強迫は、自分の身の回りのものごとが思ったとおりに仕上がらないと繰り返しやり直してしまうものです。当時の私が強迫性障害が専門の精神科医にかかっていたら診断が出ていたと思います。身支度に関する整理整頓強迫には、醜形恐怖や対人恐怖といった、「人からどう見られるか」に強い不安を抱く恐怖症が関わっているそうなのですが、私にはまさに、こうした醜形恐怖や対人恐怖がありました。上に書いた「こんな服・顔ではだめだ。人に笑われる、人に不快感を与える」という考えがそうです。母はそんな私を、無遠慮に批判したりからかったりするようになりました。「ファッションショーじゃないんだから」「ナルシスくんみたい。よっぽど自分の顔が好きなのね」とか。私は「自分は実際にはまったく逆の理由で身支度にかけているのだ」「半分ぐらいはあなたのせいだ」と母に伝えたかったですが、どうせ通じないだろうと考え、諦めたまま過ごしていたのです。家からなかなか出られない私と、喜ぶ母。「こんな時間が永遠に続けばいいのに」そんなふうにして大学に行けずに苦しんでいていた私ですが、私の心中をそっちのけにして、母はあからさまに喜んでいました。学校に行けずにいる私をつかまえては、嬉しそうにテーブルに両肘でほおづえをついて、いろいろな話に半日付き合わせるのです。そしてある日母は、うっとりと目を潤ませて「なんて幸せなの、こんな日が永遠に続けばいいのに。ねえ、ずっと一緒に暮らそうよ…」と言いました。私はその瞬間、母に対して強い嫌悪感と絶望を抱きました。「この人は母親なのに、娘には娘の人生があると理解していない」と感じたのです。どうやらいろいろな生きづらさを抱えてきたらしい母にとって、「最難関私大の文学部に進み、将来が小説家として有望な娘を持つ自分」の姿は、自分の夢が叶ったような幸福感をもたらすものだったようです。(彼女が「あなたに小説家になるように望んだのは、小説家が自分の夢だったけどなれなかったから」と告白し、まったく悪びれずにテヘッと笑ったのは、私が30になるころでした)同時に、学歴の面で彼女を超えてしまい、彼女よりも若く、自由な時代に生きる私に、彼女は嫉妬も覚えていたのかもしれません。だから自分の支配下に戻したくて、私の容姿をあれこれコントロールしようとしたのだと思います。つまり、母が私に対して発していたメッセージは、以下のようなダブルバインドです。「有能で美しく、親の私のトロフィーであれ、私の夢を叶えろ。でも私のプライドが傷つかないように、親の私より有能だったり、美しく幸せであったりしてはいけない」親の幸せのために、自分は不可能を可能にしなければならない…私が深く動揺し、心を病んだのも当然だったと思います。この年、私は秋口に同級生の男性とつきあうようになります。この男性はまもなくデートDV傾向を示すようになりました。私は彼と別れようとしましたが、彼は暴力と脅しで私を支配します。家に帰ろうとすると彼は私を脇に抱え、無理やり引きずって自分の下宿に連れ帰ろうとしたり、駅前で大声でわめいたりするので、当時は彼に従わざるをえませんでした。彼は離れているときは何十回も電話をかけてきたり、夜中でも応答することを求めます。要求に応えないと暴力をふるうのです。夜中でも男性と電話している私のことを、「男にうつつを抜かしている」と判断した母は、ここに書けないほどひどい言葉で私を批判するようになりました。そして、彼女も私に何十回でも電話をかけてくるようになります。私は、ストーカー(男性)と家庭内ストーカー(男性に嫉妬する母)との間でぎゅうぎゅうと両腕を引っ張られてちぎれそうかのような状態になっていました。感覚過敏を抱えて1時間以上の道のりを騒がしい都内まで通う体力的負担もあいまって、私はますます家に帰りたくなくなります。この後の展開は次の記事でお伝えします。
2020年11月15日田中圭主演、鈴木おさむ脚本で衝撃的なストーリーが展開する新土曜ナイトドラマ「先生を消す方程式。」の3話が11月14日オンエア。田中さん演じる義澤の“不死身ぶり”と、さらに過激化する頼田を演じる山田裕貴の演技に今週も注目が集まっている。成績優秀者揃いだが担任になった教師が皆、短期間でメンタルを蝕まれ辞めていく「帝千学園」3年D組。このクラスには、大人を追い詰め壊れていく姿をゲームのように楽しむ生徒が集っていた。そこに義澤経男が赴任してくる。常に笑顔で生徒たちのプライベートな情報を何故か熟知している彼を“消そう”とする生徒たち。だが義澤は彼らに負けることはなく…という本作。常に笑顔を絶やさない数学教師の義澤経男に田中さん。さわやかな好青年だが生徒らと義澤を消そうと企む副担任の頼田朝日に山田さん。義澤の恋人で高校教師をしていたが生徒によって意識不明になってしまった前野静に松本まりか。また父親が検察トップで高いIQを誇る学園一の優等生の藤原刀矢に高橋文哉。母親が有名な医者で20万人以上のフォロワーを持つ人気インフルエンサーでもある長井弓に久保田紗友。同級生の女子生徒にマッチングアプリで“パパ活”をさせていた大木薙に森田想。大手ゼネコン社長を親に持ちおじも政治家、親が学校に多額の寄付をしているため好き放題に暴れている剣力に高橋侃。不登校で自室に閉じこもり、黒魔術や都市伝説などオカルトに傾倒する伊吹命に秋谷郁甫といった顔ぶれが生徒役で出演。※以下ネタバレを含む表現があります。ご注意ください。今回は弓の過去が明かされた。好意を抱く家庭教師が母と関係を持っているところを目撃した弓は、悲しみを受け止めてくれた刀矢のために尽くすことを決意。そんな弓に頼田は“義澤を消すのにとてもいい方法がある”と、首吊りに見せかけて義澤を“消す”提案をする。義澤を呼び出して首に縄をかけ、仮死状態にまで追い込んだ弓たちだが、翌日、奇跡的に復活した義澤が教室に戻ってくる…というストーリーが展開。「義澤の不死身さも、ここまでくると怖い」「めちゃくちゃ過ぎて逆に面白い!先生不死身だし」「田中圭不死身の補正かかってるね何度死にかけても蘇る」「先生が毎回不死身すぎて段々笑えるようになってきた」など、田中さん演じる義澤の不死身ぶりに視聴者から驚きの声が上がる。また今回も保健室で義澤を殺害しようとするなど、頼田の行動も過激化。頼田役の山田さんの演技に「良い意味で狂ってる山田裕貴という俳優、やっぱし最高」「めちゃくちゃヤバいやつで素敵です」「山田裕貴の怪演。笑っちゃうくらい狂っててもはや面白い」と、今週も注目が集まっている。(笠緒)
2020年11月15日家族による介護といえば、40代や50代の世代が自分の親を介護しているというイメージがあるだろう。だが、じつは10代や20代で介護している若者が多くいる。相談する相手もおらず、理解もされない孤独な介護を強いられているーー。「小・中学生や高校生など18歳未満の『ヤングケアラー』や18歳以上の『若者ケアラー』が大勢いることを知ってほしいです。しかも、通学や仕事をしながら家族を介護している、そんな若年介護者は増加しているのです」そう語るのは、16歳から難病の母親の介護した経験から、ヤングケアラーの支援や若者ケアラーの転職支援を行っている「Yancle(ヤンクル)」代表の宮崎成悟さん。総務省の調査によれば、15~29歳で家族を介護している人は’17年で21万100人。その5年前の調査(17万7,600人)から急増している。そのうち10代は全国に3万7,100人いることが、毎日新聞の分析で判明した。「総務省の調査では14歳以下の小・中学生が含まれていないため、本当の実態は把握できていません。ヤングケアラーのなかには、8歳からアルコール依存症の父親の世話をしていた人もいます。家族を介護している子どもたちはもっと多い可能性があります。若年介護者が増加している背景は、少子高齢化社会が進んだうえに、シングル世帯や共働き世帯も増加したこと。家族ケアをする大人の人手が少ないことから、たとえ未成年でも大人が担うような介護をしているのです」(宮崎さん)そんな若年介護者の問題点はどんなことなのだろうか?「家族がケアすることは悪いことではありません。ただ、認知症の祖父や祖母のケア、障害のある兄弟姉妹の介護、病気の親の世話などをするなかで、負担が限界を超えて、学業や就業、若者らしい生活や将来、自由まで犠牲になってしまう。その結果、不登校になったり、中退したり、進学や就職を諦めてしまったりするケースが多いのです」宮崎さんも、高校卒業する直前に母親の容体が悪化。介護に注力するため大学進学を一度は諦めた経験がある。さらに、介護の話をしても周囲が理解してくれない場合も多いという。「介護は中高年層がやるものだという認識が強いため、若くして介護していると『なんであなたが?』と疑問視されることが多い。そのため学校や会社でも事情が伝わらず、1人で抱え込んでしまうケースも少なくないのです。若年介護者の多くは、どんなにつらくても、家族のことだからとSOSの声を出しづらい。まずは実態把握が急務。さらに相談したり、カウンセリングが受けられたりするサポート体制が必要です。そしてなにより大切なことは、私たち大人が、若年介護者がいることに無関心でいないことです」厚生労働省は12月から若年介護者の実態調査を始める。今も多くの若い介護者が苦しんでいることを胸に刻んでおこう。「女性自身」2020年11月24日号 掲載
2020年11月12日みんなはどうしてる?進路を考えるときに読みたいコラムをまとめました小学校への入学や、中学校・高校への進学は、お子さんの学びや生活に関しての大きな決断をするタイミングですよね。就学相談や進路指導など相談できる機会はあっても、わが子にとってどのような選択がよいのか、どう判断したらよいのか...悩みも多いかと思います。発達ナビユーザーに行った「どんなコラムが読みたい?読みたいテーマを教えて」アンケートでも、「進路選び」についてのコラムが読みたいとの声を多くいただきました。そこで、連載ライターによる「進路」に関するコラムをまとめてご紹介します。Upload By 発達ナビ編集部【小学校】特別支援学校?通常学級・特別支援学級・通級指導?就学先をどう決めた?面談や見学を通して、どんな環境がわが子に合うのかをじっくり検討したウチノコ家。むっくん本人の気持ちも確認して、決定した就学先は...複数の小学校を見学して、クラスの人数や雰囲気などを見ながら、わが子に合う環境をイメージ。希望を提出したのは、年長の9月でした。先輩ママや家族、主治医の意見も参考に、通常学級に入学したSAKURAさん家のあーさん。最初は順調だったけれど、学習面も友達関係も少しずつ課題が見えてきて...本人にとってよりよい環境をなんども検討し、2年生からは「特別支援学級」に転籍することに。【中学校】より子どもにあった環境を考えたい。私立受験も選択肢?娘が5年生のときに考え始めた進路。小学校では通常学級に在籍しているけれど、中学校は?特別支援学級、通級指導教室、私立中学など、選択肢にあがった先をそれぞれ見学することに。小学校時代から高等部進学に至るまで、全7話の連載。まずは第1話から読んでみてください。小学校では周囲と馴染めず、いじめも経験した宇樹さん。私立中学に進学すると取り巻く環境が一変して...6年生になってから私立中学を受験することに決めた、スガカズ家の長男。どの学校がいいか、メリットとデメリットを整理しながら親子二人三脚で学校選びをしていきました。【高等学校】子どもの気持ちも尊重して選びたい、中学卒業後の進路さまざまな選択肢を検討した上で、通常学級に入学した荒木家の娘は、中学2年生で特別支援学級に転籍することに。高校選びも早くから動き出していたけれど、中学生活を経て気づいた大切なことは...受験勉強になかなか身が入らなかった中学3年生のリュウ太くんが、「行きたい学校があるから」とパンフレットを持ってきたのは『専修学校』でした。不登校の娘が、パンフレットをみて「見学に行きたい」と言った通信制高校の技能連携校。見学に行き、付設するフリースクールに週に1回通い始めて...
2020年11月08日「ひきこもり解決のゴールは外に出て働くことではなく、楽しくできる仕事を見つけることです」。ひきこもりの人たちも無限の可能性を秘めている、と生活経済ジャーナリストは語るーー。「自らも娘の不登校を経験した母親として何か力になれることはないかと思い、不登校訪問専門員の資格を得て、さまざまな人たちと面談してきました。能力はじゅうぶんにあるのに、“自分はひきこもりなんだから、どうせ無理”と働くことをあきらめてしまうのはもったいない。じつは、ひきこもりの状態から適職を探し当て、成功している例はたくさんあるのです」そう語るのは生活経済ジャーナリストの柏木理佳さん。男女や年齢層を問わず、さまざまな世界で活躍する“元ひきこもり”の人たちへの取材をもとにした『ひきこもりは“金の卵”』(日経プレミアシリーズ)を出版した。ひきこもりは、けっして人ごとではない、と柏木さん。「内閣府が行った調査によると、半年以上ひきこもり生活を続けている人は15〜39歳で推計54万人、40〜64歳で推計61万人と報告されています。つまり、子ども世代だけでなく、親世代もひきこもりになる可能性がある。しかも、その半数以上が、7年以上ひきこもり生活を続けているといいます」柏木さん自身も、小学生の娘の不登校、ひきこもりと向き合ってきた。「4歳で吃音がはじまり、心療内科でもなかなか改善せず、学校も嫌いなまま。ひきこもりは母親の過干渉が指摘されているため、自分を責めたりもしました」柏木さんは学術書を読みあさり、一日中抱きしめたり、あえて外に出し、塾や体操教室に通わせたりするなど、さまざまな方法を試し、失敗も経験した。「コロナ禍ではありますが、娘は休みながらも通学できるようになりました。試行錯誤を重ねて感じたのは、答えは一つではないということ。大人のひきこもりについても同じことが言えると思います。その人に合った生きがいを見つけるには、さまざまな職種や働き方のヒントを得ることが大事なのです」自宅にいながら仕事を見つけ、年収500万円のサラリーマンと遜色ない収入を得ることも不可能ではない、と柏木さんは語る。それでは実際に、柏木さんが見てきた事例を見ていこう。【1】企業の調査に答え、少額でも“収入ゲット”の積み重ねを「60歳のAさん(女性)は、ひきこもりの息子さんに『せめて光熱費だけでも出しなさい』と話したそうです。すると息子さんは家のパソコンを使って、ポイント還元や図書券などがもらえる企業アンケートに挑戦しはじめました」生活パターンや趣味、嗜好を企業に教えるだけで収入になるというケースだ。「簡易なアンケートに答えるだけなら、多くの収入は見込めませんが、その積み重ねが“自分でも稼いでいる”という自信になります」もっと深く商品開発に携わることで、多くの収入を得ることもできるという。「試食会や商品に関すること細かなヒアリングなどを実施し、消費者の意見をもとに開発されたヒット商品も多くあります。そのような企業の商品開発に参加すれば、半日で5,000円ほどの日当をもらえるケースも。現在は在宅でできるものも多いです」【2】パソコンを使って情報発信。月収40万円を超えた例も大学卒業後に就職した企業を1年以内に退職し、起業した会社も大損害。以後ひきこもりが続いたBさん(27歳・男性)。「このまま何もしないで生きていくわけにはいかないと、自分の気持ち、失敗談などをつづったブログを立ち上げると、徐々に応援の書き込みが増えていきました」数カ月すると、月間のアクセス数は200万を超えるように。Bさんは月40万円ほどの広告収入を得られる、人気ブロガーになった。「出社する必要もないため、自分の居心地がよい環境で、好きなことを書くことがそのまま収入に直結しているのもプラスに働いていると思います」大学卒業後に就職した企業をすぐに辞め、3年ほどひきこもったCさん(45歳・男性)も、同じような体験をしている。「ブログは同じ価値観の人たちが集まりやすいのか、共感のコメントが多数寄せられると、自己肯定感と自信が強まるようです。Cさんはブロガー以外にもWEBライターとして活躍し、20万円以上稼ぐ月もあるそうです」【3】在宅での動画がバズりナレーターの道に好きな分野が芸能活動に関わるものであっても、今はリモートで仕事を見つけることができる。「Dさん(40歳・女性)はかつて、人との関わりが得意でなく、ひきこもりがちに。ひとりの時間では、好きなアニメのキャラクターの声をまねていました」趣味が高じて、自分の描いたイラストに声を当て込みYouTubeにアップしてみると《声がカワイイ》《本を朗読してほしい》と投稿が寄せられ、ナレーションの仕事を始めることにーー。「YouTubeでの動画が話題を呼ぶと、広告収入なども含めて年収1,000万円にもなる、というケースは少なくありません。また、声優やダンサーなどの職種は、オンライン上で生徒を取り、レッスンを行うことも可能でしょう。1回のレッスン料として2,000〜3,000円を収入として得ることができます」いずれのケースも、自分のペースで社会に参加し、収入を得ることができている。柏木さんは最後に、“ひきこもりは決して悪ではない”と語る。「ひきこもりを解決するゴールは、必ずしも外に出て働くことではありません。彼らが自分にできる仕事で、楽しく暮らせることがゴールなんです」ITが発達したいま、ひきこもりを救う活躍の場所はたくさんあるのだ。「女性自身」2020年11月10日号 掲載
2020年10月29日「自らも娘の不登校を経験した母親として何か力になれることはないかと思い、不登校訪問専門員の資格を得て、さまざまな人たちと面談してきました。能力はじゅうぶんにあるのに、“自分はひきこもりなんだから、どうせ無理”と働くことをあきらめてしまうのはもったいない。じつは、ひきこもりの状態から適職を探し当て、成功している例はたくさんあるのです」そう語るのは生活経済ジャーナリストの柏木理佳さん。男女や年齢層を問わず、さまざまな世界で活躍する“元ひきこもり”の人たちへの取材をもとにした『ひきこもりは“金の卵”』(日経プレミアシリーズ)を出版した。ひきこもりは、けっして人ごとではない、と柏木さん。「内閣府が行った調査によると、半年以上ひきこもり生活を続けている人は15〜39歳で推計54万人、40〜64歳で推計61万人と報告されています。つまり、子ども世代だけでなく、親世代もひきこもりになる可能性がある。しかも、その半数以上が、7年以上ひきこもり生活を続けているといいます」柏木さん自身も、小学生の娘の不登校、ひきこもりと向き合ってきた。「4歳で吃音がはじまり、心療内科でもなかなか改善せず、学校も嫌いなまま。ひきこもりは母親の過干渉が指摘されているため、自分を責めたりもしました」柏木さんは学術書を読みあさり、一日中抱きしめたり、あえて外に出し、塾や体操教室に通わせたりするなど、さまざまな方法を試し、失敗も経験した。「コロナ禍ではありますが、娘は休みながらも通学できるようになりました。試行錯誤を重ねて感じたのは、答えは一つではないということ。大人のひきこもりについても同じことが言えると思います。その人に合った生きがいを見つけるには、さまざまな職種や働き方のヒントを得ることが大事なのです」自宅にいながら仕事を見つけ、年収500万円のサラリーマンと遜色ない収入を得ることも不可能ではない、と柏木さんは語る。それでは実際に、柏木さんが見てきた事例を見ていこう。【1】子育ての経験を生かし、オンライン上で講師をする子どもが独立し、そろそろ仕事をしたいと考えたEさん(57歳・女性)。「大卒で大企業に勤めた経験があるのだから、仕事はいくらでもある」と思っていたが、なかなか就職先は見つからない。次第に自信を失い、ひきこもりがちに。「何か生かせないかと考えたときに、Eさんが行き着いたのは、3人の子どもを受験させたという子育ての経験でした。そこで小学校の学習プリントの採点を在宅ワークで開始。進路に悩む学生には、受験についてのカウンセリングなどもするようになったんです」カウンセリングの仕事は30分5,000円ほどを相場にできるそう。生徒が増えれば増えるほど、収入は増えていく。【2】自分のペースで適職に。訪問サービスで1対1の接客「高卒でコンプレックスがあるが、医療専門学校で知識を学べばスタート地点に立てる」と考えたFさん(45歳・男性)。整骨院で働いていたが、複数の人とのコミュニケーションが苦手だった。「そこで、シンプルなやりとりで済む1対1の訪問マッサージという方法にシフトチェンジ。収入は30分の施術で3,000〜5,000円程度。固定客を取って、ストレスをため込まない働き方を見つけ、充実した生活を送っています」【1】と同様こちらの仕事も、固定客の数が増えるほど収入は増えていく。客1人あたり月数万円を稼ぐケースもあるそうだ。【3】NPOを頼り地方へ移住。収入は少額でもゆとりある生活大企業勤めだったが、上司とのあつれき、妻との離婚が重なり、ひきこもってしまったGさん(49歳・男性)。失意の中、偶然《若者移住者募集・移住手当、家賃補助あり》というチラシを目にする。「GさんはNPO法人が運営する、ひきこもりの若者が共同生活を送るシェアハウスに入居しました。高齢者地区のため、仕事はレンタカーで買い物代行をしたり、粗大ゴミを出したり、電球を交換するなどの“お年寄りのなんでも屋”。人助けを通して自分の存在意義を再確認し、仕事に復帰できたケースは多くあります」いわゆる“なんでも屋”の仕事は、時給900円ほどが相場。ツメツメで働くわけではないので大きな収入は見込めないが、都心で暮らしていたころより圧倒的に出費が少なく、時間的にもゆとりある生活が送れているそう。いずれのケースも、自分のペースで社会に参加し、収入を得ることができている。柏木さんは最後に、“ひきこもりは決して悪ではない”と語る。「ひきこもりを解決するゴールは、必ずしも外に出て働くことではありません。彼らが自分にできる仕事で、楽しく暮らせることがゴールなんです」ITが発達したいま、ひきこもりを救う活躍の場所はたくさんあるのだ。「女性自身」2020年11月10日号 掲載
2020年10月29日発達障害の作家が描く「生きづらさに寄り添う物語」ーー漫画『僕の妻は発達障害』「大人の発達障害」をテーマにあつかった本作。漫画家のアシスタントとして働く夫と、発達障害のある妻の日常生活が描かれています。本作では、発達障害がある人の生きづらさを描くと同時に、支援者にもスポットを当てています。悪意がないとわかっていても、発達障害のある妻・知花の行動にストレスを感じてしまう、夫・悟の描写もあり、決して良いことばかりではない、リアルな2人の生活が描かれています。本作は、多様性社会の現代において、夫婦とは何か?普通とは何か?そんな重要なことを考えさせてくれる作品となっています。ぜひ、発達障害のある人、支援者の方に読んでいただきたい一冊です。子どもの「トリセツ」をつくろう!ーー『自己理解力をアップ!自分のよさを引き出す33のワーク』本書の著者は、NPO法人えじそんくらぶ代表・高山恵子さん。自分自身も知らない、多様な自分の姿を知り、うまくいかないことが、うまくいくようになる問題解決の方法を紹介しています。意外と知らない自分のほんとうの姿。その中には、まだ気づかざる才能や可能性が隠れているかもしれません。逆に、自分の苦手なことに気づかないために、大きなストレスやトラブルの種になることもあります。本書では、そんな自分のほんとうの姿をしり、自分が「うまくいく条件」を探す方法を紹介しています。本書に書かれている、サポートを受けるメインの対象は子どもたちですが、実は大人にも実践できることがたくさん掲載されています。ぜひ親子で読んでほしい一冊です。赤ちゃんが自分から食べる離乳法を紹介!ーー『手づかみ離乳食』「楽しい離乳」をテーマとした本書。著者は、たつのシティタワークリニックの院長で、昭和大学医学部の客員教授もつとめる田角勝さん。田角さんは、これまでの離乳・離乳食の常識は、大人目線で考えられたもので、もっと赤ちゃん視点で考えるべきだと言います。本書では、「離乳食はスプーンですりつぶしたおかゆを一口から」といった常識に対して疑問をぶつけながら、赤ちゃん視点の新しい離乳を提案しています。また、食べ方や量、食べむらなど、育児をするなかで保護者の方が感じるさまざまな不安に対しても、エビデンスをもとにわかりやすく解説をしてくれています。また離乳時につまづきやすいポイントについても丁寧に解説してくれているので、「子どもが離乳食を食べない」そんな悩みをかかえる保護者の方に役立つ一冊です!脳科学の知識から、発達障害を理解するーー『改訂版脳からわかる発達障害』本書は、2009年に刊行された『脳からわかる発達障害』の改訂版です。著者は、教員や指導主事として、発達障害、不登校、非行など多様な子どもの教育に関わってきた鳥居深雪さん。LD、ADHDなどがある子どもたちは、日常生活のなかでさまざまな問題をかかえることがあります。本書では、脳科学の知識をもとに、発達障害のある子どもたちが日常で抱えやすいトラブルについて解説しています。また、鳥居さんがこれまでの経験から学んだ支援のコツや具体的な事例も、紹介されています。脳科学の基礎知識から子どもの行動をわかりやすく説明した本書。子育てをしている保護者の方や、支援者など、教育・子育てに関わる方におすすめしたい一冊です。
2020年10月17日異例のベストセラーを記録した歌集をモチーフにオリジナルストーリーとして映画化した『滑走路』よりロング版予告編が到着した。現在公開中の予告編よりももっと個々のキャラクターに迫った今回の映像。厚生労働省の官僚として非正規雇用の問題に向き合いながら、理想通りにはいかない現実に直面し精神的に追い詰められていく鷹野(浅香航大)。幼なじみを助けたことをきっかけに自らもいじめの標的となってしまった学級委員長(寄川歌太)。そして、切り絵作家の翠(水川あさみ)は妊娠が発覚した途端、夫から無責任な言葉を投げかけられる――。そんな3人の人生が、ひとりの人物の死をきっかけに絡み合っていく。優しさと希望が溢れる印象的なセリフの数々や、Sano ibukiの主題歌「紙飛行機」の温かな歌詞が、胸を打つ予告編が完成した。また、一足先に本作を鑑賞した原作者・萩原慎一郎の両親は「慎一郎が短歌に込めた想いを感じることが出来ました。そして、社会のさまざまな場所で頑張っている方々の横で、そっと寄り添ってくれるような映画でした」と感想を述べ、弟でギタリストの萩原健也は「全力で走る彼の姿に、十代の頃、不登校の僕を救い、勇気と希望をくれ続けた兄を想いました」とコメントを寄せた。『滑走路』は11月20日(金)より全国にて公開。(cinemacafe.net)■関連作品:滑走路 2020年11月20日より全国にて公開ⓒ2020「滑走路」製作委員会
2020年10月15日今までのゲームに対する価値観が変わるかもしれない、全く新しい「ゲームの習い事」をご存知ですか?「ゲームで遊んでいる時くらいに夢中で勉強してくれたらいいのに…」そんな風に思われたことがある方に、ぜひご紹介したい習い事があります。勉強に集中することは苦手だけど、ゲームだったら時間を忘れて夢中で続けられる。それだったらゲームで遊ぶ時間自体を、学びの時間に変えることができたなら、家にいながら自分らしく学びを深めていけるはず。その想いで、ゲームが本来持ち合わせている「学びの可能性」を最大限引き出そうとしているのが、日本初のゲームのオンライン家庭教師『ゲムトレ』。プロゲーマーになるためのトレーニングではなく、ゲームを通じて脳を鍛えたり、コミュニケーション力を高める教育プログラムです。今人気のゲームをそのまま活用して、その中でプロのコーチが学びを掘り下げてくれます。Upload By 発達ナビ編集部eスポーツの注目度がかつて無いほどに高まるなど、ゲームの可能性への期待感が高まる中で、もしかするとまだゲームに対する抵抗感を持たれている方もいるかもしれません。ただ元々、ゲームはそれ自体に学びの要素を内包していて、例えば目標を自分で定め課題を解決していく問題解決力だったり、現実では難しいスケールのものをつくる創造力、クリアした時の達成感が生む自信など、様々な力を自然に育むことが出来ます。『ゲムトレ』によると、実際にゲームを通じて集中力や情報処理能力など、脳の力が高まるという研究結果もあると言います。Upload By 発達ナビ編集部一方で、一人の世界でゲームをしていると学びが顕在化されにくく、おうちの方としても何をしているか分からずに心配になることもあるはず。だからこそ『ゲムトレ』では、トレーナーがお子さんのゲームでの学びを引き出し、また他の子どもたちと一緒に学ぶことを誘導していきます。Upload By 発達ナビ編集部そんな『ゲムトレ』だからこそ、発達障害や不登校のお子さんが受講し、それぞれの個性を現在進行形で伸ばしています。そこで本日は、ADHDとASDの傾向があり、不登校の小学6年生のお子さんを持つおうちの方の体験談を通して、『ゲムトレ』のどんな部分がお子さんの成長に寄り添っているのか見ていきます。そこには、発達ナビユーザーの中で同じような状況にある方にとって、一筋の光となるような成長ストーリーがありました。不登校になった彼にとって、『ゲムトレ』が心の拠り所となっています「不登校になった時にずっと家でゲームばかりしていて。そんな息子を肯定してあげたい自分がいたんですよね」Fさんの息子さんは、小学5年生になる頃から学校に行くことが辛くなってしまい、不登校になりました。学校に行きたい気持ちはありながらも授業での字の読み書きが難しくなってしまい、他の子どもたちと同じように出来ないことが辛くて、外に出ることが怖くなってしまいます。苦しい状況の中で自信も失って、「間違っていると思うんだけど…」が口癖となり、否定されて傷つくことを恐れて人との関わりも避けるように。大好きだったサッカーの習い事も、通えなくなりました。そんな時に、外に出られない彼の心の安定剤になっていたのが、ゲームだったと言います。「ゲームの時間を、この子の先に何かが見えてくる形に変えてあげたかったんです」他の習い事は受けるのも難しい中で、小学5年生の終わりから『ゲムトレ』を始めることに。試しに体験会に申し込んでみると、授業を終えた彼は興奮気味に「すっごい面白かった!」と話してくれたそうです。そして始めた『ゲムトレ』は、彼の世界の中の大きな場所を占めるようになりました。Upload By 発達ナビ編集部「お兄さんみたいな存在の先生と、ゲームで打ち解けられる友達の存在が、彼の世界を広げてくれています」週1回のペースで、現在は大人気ゲーム『マイクラ』と『フォートナイト』のトレーニングを受けています。基本的にゲーム毎に同じ先生が教えてくれて、最大3人の生徒で参加します。授業時には同じリビングにいるようにしていますが、基本は一人で楽しく受けているそうです。ライン通話を繋いで対話をしながら、先生が引率する形でゲームを進めていきます。ゲームのランキングでアジアの上位の先生もいて、プロにしか教えられない専門的な知識やテクニック、考え方を学ぶことが出来るようです。参加するのは同世代の子どもたちで、同じように学校に通えない子も参加しています。「今日は何がやりたい?」とみんなで目標を決めて、それに向かって材料を集めたり謎を解いたり課題をクリアしたりと、同じゲームの世界で協力し合わなければいけません。「コミュニケーションが、ゲームを通してハードル低く実践してみられるのが彼には良かったみたいで」『ゲムトレ』では一人でゲームをやるのではないという所が肝で、協調性も必要となるため、コミュニケーション力が育まれるきっかけとなります。授業の終わりにはおうちの方にラインで学んだことが送られてくるので、ゲームの学びと成長が常に可視化された状態になることも安心です。Upload By 発達ナビ編集部「ここで普段もゲームで遊べる友達が出来たことも、彼の変化として大きかったと思います」顔の見える関係性の中で、少しずつ対人関係の自信も取り戻していきました。同じトレーニングに参加していた2つ年下のお子さんと、『ゲムトレ』以外でも遊ぶ関係になり、お互いに刺激し合うように。好きなことで繋がり、ゲームという共通言語を持てる友達は、学校にも見つからなかった、かけがえのない存在となりました。少しずつ、少しずつ。彼はここから、彼の世界を再び広げ始めています。世界への一歩を踏み出した彼は、自分の言葉で夢を話せるようになりました「今必要なことって誰もが苦もなく覚えようとしますよね。彼にとってはその原動力となったのがゲームだったんです」『ゲムトレ』を通した半年での大きな変化で、文字が読めるようになったことがあると言います。国語の教科書の2行を読むのも辛くてたくさんの時間を必要としていた彼は、ゲームを通して文字への抵抗を無くしていきました。ゲームの中にはテキストも多く存在し、それが読めなければ先に進むことができません。学校の授業ではつまずいてから先に進めなかった彼ですが、大好きなゲームだからこそ彼は自分から勉強して、日本語はもちろんアルファベットまで読めるようになったと言います。もちろんゲームの中で読み方を教えてくれる先生の存在も大きかったようです。漫画や本にも興味が出てきたようで、ゲームの世界を通して学んだことがゲームの世界を飛び越えた日常でも、成長としてあらわれてきています。Upload By 発達ナビ編集部「日常の中でも自信が芽生えていて、自分の考えを相手に伝えられるようになったんです」トレーニングを受ける中で、ゲームのランキングもAにステップアップし、偶然家に来た友達にゲームを教えてあげていたと言います。今の彼の口からは、「間違っていると思うんだけど…」という言葉は出ませんでした。ゲームで育んだ自信やコミュニケーション力が、想いを言葉にする力を支えてくれています。「思えば以前は私自身も、学校に行かせなきゃというプレッシャーがありました。でもそうじゃなくたっていいって、『ゲムトレ』が心を軽くしてくれた気がします」それはやはり、『ゲムトレ』を通した彼の成長を目の当たりにしているからに他なりません。不登校で学校に行けないのであれば、家での時間を成長の時間に変えてあげればいい。そう信じさせてくれる変化を、彼は今見せてくれています。Upload By 発達ナビ編集部「最近、プロゲーマーになりたいと言い出したんです。自分の目標を話したことなんて無かったので、本当に嬉しくて」将来プロのゲーマーになるにしても、そうじゃ無かったとしても、今この瞬間に大好きなゲームに打ち込み学ぶ経験が、きっと大きな財産になると考えていると言います。大人になったらゲームだけじゃ生きてはいけないかもしれない、それは本人が自然と理解していくことで、その時はきっとゲームに代わる熱中できる何かを、見つけられるはず。そしてなんと、今彼は自分の意思でフリースクールに通い始めるようになり、サッカーの習い事も少しずつ再開できるようになりました。「ゲームを通して、彼は確かに多くのことを吸収して変わりました。そんなお子さんが増えるといいなと思います」もちろん必ずしもゲームが無くても、学びの機会を見つけられるお子さんたちはいます。でも彼のように、夢中で取り組める大好きなゲームだからこそ、無理なく学ぶことができるという同じ状況のお子さんもきっと多いはず。ぜひ、彼と同じように、まずは体験会から始めてみてはいかがでしょうか?Upload By 発達ナビ編集部「ゲームで学ぶ、だから夢中になる」。新しい学びの形を体験してみませんか?Upload By 発達ナビ編集部ゲームで学ぶという、全く新しい成長のカタチ。ゲームを通した健全な成長を応援できるように、『ゲムトレ』では様々な試みも取り入れています。Upload By 発達ナビ編集部新しいからこそ、まずは一度体験してみることで、お子さんの反応を確かめていただきたいと思います。彼のような成長の機会がきっとあるので、ぜひこの機会に新しい習い事の選択肢の1つとして、検討してみてください。『ゲムトレ』はこれからの未来に、囲碁や将棋を習うように、ゲームを習う文化をつくっていくと言います。学びのハードルを下げてくれるゲームというものを通して、お子さんが成長のきっかけをつかんでいただけることを、願っております。Upload By 発達ナビ編集部
2020年10月13日男性の中にはちょっとしたきっかけで感情が変わる気分屋と言われる性格の人も多くいます。今回ご紹介するのは、こうした気まぐれの男性と上手に付き合っていくコツや性格を変える秘訣についてです。機嫌が悪くなったら触れない気分屋の男性はどのタイミングで機嫌が変わるかわからないため、あまりに気にしすぎて様子ばかり伺っていると一緒にいる時間を楽しめなくなってしまいます。また、気にしすぎるあまりに言葉や態度を選んでしまうことが、逆に彼氏の機嫌を損ねてしまう原因になってしまうケースも少なくありません。いちいち気にしていても仕方がないと開き直るのも有効な手段の一つです。機嫌が良い時に一緒に過ごす時間を満喫することで、男性は相手の喜ぶポイントを認識してその状態をキープしてくれるようになります。万が一、機嫌が悪くなった時はヘタに触れないことが重要です。相手に合わせて自分も機嫌を損ねてしまえば場の空気が悪くなるだけでなく大きな喧嘩に発展することもあります。触らぬ神に祟りなしというように、機嫌が悪くなった時は気分が落ち着くまで放置しておくことが大切です。自分の性格を自覚させて改善を促す男性に限らず感情に素直な人は、自分の行動がどれだけ周囲を振り回して悪影響を与えているか自覚していないことが多いと言われています。いくら変わってほしいと心の中で願っていても、本人に自覚がない以上、そのままでいてはいつまで経っても変えることはできません。この状況を改善する有効な手段が、自分が相手と同じように気まぐれな態度を取ることです。一緒にいる時にわざと気まぐれな態度で接することで、相手は自分の行動の酷さを自覚して改めるようになります。ただし、使い方を間違えると喧嘩の原因になってしまうのでタイミングの見極めが重要です。上手に相手の感情をコントロールするある程度長い期間共に過ごしている中で注意深く観察をしていると、何がきっかけで機嫌が変わるのかが理解できるようになってきます。これを利用して相手の感情を上手にコントロールするのも一つの手です。言葉で説明するほど相手を手の上で転がすのは簡単なことではありませんが、それができるようになれば機嫌が良い状態のまま過ごさせることができます。結婚を考えるなら改善させること気分屋の男性と将来的に結婚を視野に入れている場合、いつスイッチが入るかわからない状態で共に暮らすのは心労が溜まってしまいます。相手の気持ちを尊重することは人と付き合っていく上で重要です。しかし、本当に相手のことを考えるのであれば、心を鬼にして性格を変える努力も必要でしょう。
2020年10月12日ちょっとしたことですぐに機嫌が悪くなり、怒ったりすねたりするお子さんの対応にお悩みではないですか?もしかしたら、親の何気ない言動や対応の仕方が、お子さんの “困った行動” を引き起こしているかもしれません。今回は、アドラー心理学に基づいた「子どもの問題行動(不適切な行動)」について解説していきましょう。子どもの “困った行動” を解明するアドラー心理学たとえば次のようなケース、子育てをしていたらよくありますよね。下の子のお世話で忙しいときにかぎって、上の子が「見て見て!」「聞いて聞いて!」と話しかけてくる。大した内容ではなさそうなので、軽く聞き流していたらプイッとすねてしまったーー。バタバタしているときに「あれやって」「これやって」と甘えてくるわが子に、「自分でできるでしょ!」「いいかげんにして!」と叱ったら怒って大泣きしてしまったーー。こういった反抗的な態度や行動は、その瞬間の親御さんの言葉に反応しただけだと思っていませんか?しかし多くの場合、「親が叱ったから子どもの機嫌が悪くなった」という単純な話ではなく、叱らなくなったからといってすぐに解決する問題でもないのです。では、なぜ子どもたちは、ちょっとしたことですねたりいじけたりしてしまうのでしょう。そのヒントは、あの有名なアドラー心理学によって解き明かされています。アドラーによると、子どもの問題行動(不適切な行動)は、徐々に段階を踏んでエスカレートしていくそうです。子どもの問題行動がエスカレートする理由みなさんが問題だと感じる子どもの困った行動は、アドラー心理学では「不適切な行動」と表現しています。金沢学院大学人間健康学部スポーツ健康学科の高賢一教授は、「適切な行為をしていても認められない子どもは、なんとか別の方法で注目を集めるような行動を始める。それが、問題行動に代表される不適切な行動である」と説明しています。たとえば、お手伝いをしたり勉強を頑張ったりしても親があまりほめてくれず、不満を抱いている子がいるとします。おそらく親は、「うちの子は手がかからなくて助かるわ」と、わが子がいい子でいることを “当たり前” だと感じているのでしょう。しかし、しだいに子どもは「認められたい」「無視されるくらいなら注意されても叱られてもいい」と思うようになり、問題行動=不適切な行動をとるケースも少なくないというのです。アドラーの不適切な行動5段階■第1段階称賛の欲求まわりの人に称賛されるためによい行ないをする段階。ほめられるための行動なので、思うようにほめてもらえないなど気持ちが満たされずにいると、次の<第2段階>へと進む。■第2段階注目・関心を引くほめられなくてもいい、むしろ叱られてもいいから、自分に注目してほしいと強く願うようになる。親の気を引こうと、突然すねてみせたり、いじけてみせたりするのはこの段階。注目を集めることが目的なので、叱っても叱ってもやめない。■第3段階権力闘争をしかける反抗的な態度や行動によって、力を見せつけて特権的な地位を得ようとする段階。<第2段階>において親が無視したり、頭ごなしに叱りつけたりすることによって、子どもの不適切な行動はよりエスカレートし、権力を握ろうとしてくる。■第4段階復讐をする<第3段階>で権力を手に入れられないとわかると、次は復讐の段階に入る。学生であれば、親への復讐として非行に走ったり不登校になったりするケースも。相手の気を引きたいがための行動が攻撃性を帯びてしまうことで、復讐に発展する。相手から憎まれてでも注目を得ようとするのが特徴的。■第5段階失望させる第1段階~第4段階までの行動で相手が適切な援助を行なわないと、無気力になり自分からも逃げようとする。「すべてがダメならもう何もしない」と極端な思考に陥ってしまい、相手から無能だと思われるための証明をする。このように、子どもの不適切な行動は、第1段階から順番にエスカレートしていきます。段階が上がれば上がるほど修復が困難になるので、「いま子どもはどの段階にいるのか」をしっかりと見極めて対応するように心がけましょう。子どもの困った行動への対処法アドラーの「不適切な行動の5段階」の仕組みが理解できれば、いままで悩んでいた子どもの問題を解決するヒントが見えてくるのではないでしょうか。アドラー心理学では、人間の行動の一番の目的は “所属” だと考えます。つまり、いまいる集団に受け入れられたいと願い、その一員であることを求め、そのために行動するのが人間本来の姿であるということ。小さな子どもにとっては、まさに「家族」こそが自分が所属する唯一の集団であり、親から認められることで「自分は家族のなかで、なくてはならない存在だ」と実感できるのです。「不適切な行動をする子どもへの一番の対処法は、共感すること」。そう話すのは、日本アドラー心理学会/日本個人心理学会正会員の熊野英一さんです。親がしっかり子どもの話を聞いて共感してくれたら、「お父さん・お母さんは、自分のことを本当にわかろうとしてくれているんだ」と子どもは感じ、家庭のなかで居場所が確立していると安心するでしょう。ただし、ひとつ注意すべきなのは「共感=同意」だと勘違いしないこと。共感と同意はまったくの別物であり、子どもの発言すべてに同意することで親が子どもの言いなりになってしまう恐れがあるのです。また、不適切な行動をする子どもに対しては、「あなた」が主語になる「ユーメッセージ」を使って話しかけないことを心がけてください。「どうしてあなたはいつも片づけをしないの!」「なぜあなたはお友だちと仲良くできないの?」では、子どもは一方的に責められていると感じてしまいます。効果的なのは「わたし」が主語になる「アイメッセージ」。「お片づけをしてくれると、お母さんは嬉しいな」というように、 “自分は” こう思う、 “自分は” こうしてくれると嬉しいと伝えることで相手の心を動かします。子どもの不適切な行動は、「認められたい」という思いが根源になっています。まずはお子さんの気持ちに共感し、行動自体を責めるのではなく「こうしてくれると嬉しいな」とメッセージを伝えることで、エスカレートする前に不適切な行動を止められるでしょう。***子どもがすねたり機嫌が悪くなったりするのは、親に叱られた瞬間にスイッチが入るのではなく、その前の段階で「認めてもらえない」「自分に注目してくれない」と不満を感じているからです。日頃から子どもの様子をよく観察することが大事ですね。(参考)金沢星稜大学|アドラー心理学を活かした学校教育相談に関する考察HugKum|どんなときに子どもは困った行動をするの?【アドラー式子育て術「パセージ」に学ぶ対処法】弁護士法人山崎和代法律事務所|不適切な行動の5段階STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ|「○○ファースト」がポイント!アドラー心理学で親子間のコミュニケーションがうまくいく
2020年10月05日「先生、ウソつき…」小2で不登校、診断は広汎性発達障害Upload By 桑山 知之「♯見えない障害と生きる」連載3回目となる今回、愛知県名古屋市の高校に通う森本陽加里さん(18)と母・奈生子さん(47)に話を聞いた。陽加里さんが小学2年の頃、上級生が下級生に嫌がらせをする「いじめ」が校内で起きていた。「いじめられている子がいたら守らなくてはいけない」と先生から言われていた陽加里さんは、その教えの通り友達を助けた。しかし標的がすぐさま陽加里さんに変わってしまったため、先生に相談したという。「(自分が)やられるようになったから、『助けろ』って言ってた先生に『助けたらいじめられました』って言ったら最終的に『自分の身は自分で守りなさい』とか言われちゃって。先生、ウソつき…ってなっちゃいました」(陽加里さん)慕っていた先生からの心ない言葉に失望。それから学校への足取りは重くなり、不登校になった。着替えることも食事を取ることもままならず、授業時間中は自宅で録画した吉本新喜劇の同じ回をひたすら見続けたり、韓国海苔をかじりながら国会中継を眺めていた。一方で、日が落ち始めると異常なまでに元気を取り戻していたと母・奈生子さんは振り返る。「その頃はもう夜が寝れなくて。今思うとおかしかったですよね。ベッドの上で寝る時間になるとピョンピョン飛び跳ねて『キャー!』とか奇声発したり……。多分、次の日に学校があるっていうプレッシャーで寝れないんでしょうけど、もう興奮状態になっちゃってて。それで心療内科に通い出して、睡眠導入剤をもらって寝かせてました」(母・奈生子さん)その後、陽加里さんは広汎性発達障害という診断を受けたのだった。Upload By 桑山 知之娘が見た母の涙と変化二人三脚で生きる矛盾したことに折り合いをつけて進めていくことや、人の表情や言葉の真意を理解することがうまくできなかった陽加里さんは、通級で社会性を身に付ける「ソーシャルスキルトレーニング(SST)」を始めることにした。さらに母・奈生子さんは、文献を読みあさり陽加里さんの特性を理解したうえで「スモールステップ」を始めた。目標を細分化し、小さな目標を達成する体験を積み重ねながら、最終目標へ近づけていく方法だ。「着替えができないなら『着替えをしましょう』じゃなくて、例えばパジャマを脱ぐ、自分が着るものを持ってくる……ってやっていくと、行動ってすごく細かく分かれるんですよ。全部完璧にできなくても『今日はパジャマ脱ぐとこまで自分でできたじゃん!』って褒める。『じゃあ服はお母さんが着せてあげるわ』とか。そういう感じで細かく行動を分けていって、達成できたらまずそこで褒めるんです」(母・奈生子さん)「着替えることができないって思ってんの?って。今までパジャマを脱いだだけで褒めてもらったこともないのに、何を褒め始めてるんだ?って思って最初は嫌でした(笑)。でも根気よく向き合ってくれて、お母さんすごいなって思います」(陽加里さん)最初は陽加里さんも、対応が急に変わり、事あるごとに褒めてくる母・奈生子さんの姿に動揺した。しかし、奈生子さんによる小学校への働きかけなどもあり先生はバックアップ。「今日はここで僕とハイタッチしたからOK。明日は校門まで入ろうね」と、カレンダーに目標を書き込み、達成できたらスタンプを押すなど、歩みを揃えてくれたという。陽加里さんは少しずつできることが増えていき、再び通学できるようになった。Upload By 桑山 知之実は発達障害の診断が出る前、母・奈生子さんは陽加里さんの目の前で声を上げ大泣きする姿を見せていた。当時、思うようにできない子育てのストレスから心は限界に。「二人でどこか遠くまで行ってしまおうか」と思うくらい切羽詰まっていたという。しかしその後、奈生子さんは「娘が発達障害だと言われ、道が開けた」と話す。「今までの怒りはこの子のために怒ってたんじゃなくて、全部自分のために怒ってたんだ……って。それまでは、この先この子と生きていく術はないと思って、どこか田舎で学校行かなくても暮らしていけるようなところへ引っ越した方がいいんじゃないかとか色々考えてて。でも発達障害なら手があるじゃんと思って。自分の感覚や常識がこの子にスッと入るものだと思って育ててきてたから、発達障害って分かった瞬間に、ここを切り離そうと思ったんです」(母・奈生子さん)「娘のために時間を掛ける」と決めた母・奈生子さん。スモールステップを献身的に実践したほか、選択肢を与え本人に選ばせる方法を取った。自分の思うように娘が行動しなくても、決して怒らずに諭すような形で、自分の状況や事情も相手が理解するまできちんと説明した。こうした奈生子さんの変化に対し、陽加里さんは「人間味を感じた」という。「まず、親は泣かないものだと思ってたので、『あ、泣くんだ……』って。そのあとくらいから、お母さんが変わったなっていうのは分かりました。今までの人と違う!って思うぐらい違いました。人間味が増したというか、納得感がありました。『お母さんは今こういう状態にあって、こういう風に私にしてほしくて、でも妥協案としてこういう案があって、どっちか選ばせてくれるんだ』みたいに」(陽加里さん)Upload By 桑山 知之中学で2度目の不登校に陽加里さんは中学入学後、最初のテストで数学の学年順位はなんと1位、学級委員も務めるなど順調すぎるくらいの滑り出しだった。土日はダンスにも打ち込んだ。しかし程なくして、仮入部したバスケットボール部で先輩から目を付けられた。やがて再び不登校となったが、高校へは進学したかった。小学校時代の校長先生の「中学校は行くことを目的とするんじゃなくて、高校へ行くための手段にしなさい」という言葉もあり、中学2年のときに愛知県内の私立高校がブースで学校説明をするイベントに参加した。そこで名城大学附属高校という学校に出会う。「名城のブースの人に今の状況を説明したら、『今から頑張れば大丈夫だよ』ってすごくポジティブに言ってくれて。おいでみたいな感じに言ってくれたから、ここ素敵!って思って。その後オープンキャンパスで国際クラスの説明のときに、探究活動で自分が興味のあるテーマを調べて、プレゼンテーションをするっていうのがあったんです」(陽加里さん)関心事を自由に深掘りする。好奇心の強い陽加里さんにとってぴったりなカリキュラムだった。しかし推薦でしか入学できないことを知り、母・奈生子さんは最大何日欠席したら推薦が貰えないのかなどを調べ上げ、陽加里さんの目標までの道のりを具体的に細かく描いていった。学習塾にも通いながら、無理をしすぎないよう適度に休みを入れた。前例がない中で無事に推薦をもぎ取り、志望校へと進学した。入学後はカナダやニュージーランド、バリ島での海外研修にも参加。「遅刻や早退、欠席の数はギリギリ」だと奈生子さんは苦笑するが、娘の成長ぶりを肌で感じているのは間違いないだろう。Upload By 桑山 知之発達障害でも通える学校とは…ビジコン壇上でカミングアウトもし高校に進めなかったら起業していたと話す陽加里さん。学校に毎日行けず、将来社会人になっても毎日同じ時間に同じ場所へ行くのは難しいと感じていたようだ。それをふと高校1年の終わりに思い出した。「高校は楽しいんですけど、起業したい思いは抜けてませんでした。じゃあ何で起業するんだろう?って思って。そこで、海外研修はそれぞれテーマを設定してたんですけど、全部それを『特別支援教育』でやってたから、自分はなんとなくその辺に興味があるんだなって思って。それで『あっ、発達障害が自分にあるから、多分そこ(学校教育)が気に入らないんだろうな』みたいな」(陽加里さん)コミュニケーションがうまく取れない。感覚過敏があり、チャイムの音や朝日の眩しさが苦しい。数えきれないほどの我慢をしながら、陽加里さんは学校に通っていた。「しんどかった自分が行ける学校ってどんな学校だろう」「行きたいって思える学校ってどんな学校だろう」と考えた。そして“発達障害の悩みを抱える生徒らを支援するアプリ開発”というビジネスプランを携え、高校生ビジネスプラン・グランプリ(主催:日本政策金融公庫)に出場。悩んだ末に勇気を振り絞り、これまで隠してきた自身の発達障害を壇上でカミングアウトした。「自分に発達障害があって、それが自分の中できっかけになったっていうことを言おうか言うまいか、めっちゃ悩みました。でも、私が喋りたいことを喋ろうって思って。このアプリに対しての想いはこういうところからあって……っていう筋がちゃんと通った話をしたいと思いました」(陽加里さん)Upload By 桑山 知之自分自身を差別していたあの頃…いまは「ご褒美の人生」陽加里さんはビジネスコンテストの壇上でカミングアウトする前、友達数人には直接伝えていたという。「陽加里は陽加里だから」。そのときの友人らの言葉に涙が止まらなかった。「初めてお母さんから発達障害について説明されたとき、『あっ、違うんだ』って悲しかったんです。自分で自分を差別してたっていうか、自分のことを発達障害って重荷に感じてて。友達に言うときも、発達障害って言葉をこの子の前で口にしたらどうなるのかな……とかすごく思いました。でも、一番気にしてたのは自分でした」(陽加里さん)コンテストの結果は審査員特別賞だった。地元紙でも大きく報じられた。陽加里さんの障害を知ったクラスメイトも、泣きながら抱きしめてくれたという。Upload By 桑山 知之現在、学校生活における発達障害児の生きづらさをなくすアプリ「Focus on」は実装に向け開発中で、このうち個人カルテの機能だけを別立てした「Focus on《mini》」がすでにリリースされている。そんな陽加里さんの「なりたい女性像」は、母・奈生子さんだという。いま、発達障害がある自分についてどうか訊くと、間髪入れず目を輝かせながらこう答えた。「めちゃ良かったと思います。だって、なんかこんなに色んな経験することないから。お母さんにもずっと言われてるよね。 “ご褒美の人生だね”って」(陽加里さん)Upload By 桑山 知之平成元年愛知県名古屋市生まれ。慶應義塾大学経済学部在学中からフリーライターとして活動。2013年に東海テレビ入社後、東京支社営業部を経て、報道部で記者/ディレクター。2018年から公共キャンペーンのプロデューサーとして「いま、テレビの現場から。」や「見えない障害と生きる。」、「この距離を忘れない。」といったドキュメンタリーCMを制作。主な受賞歴は、日本民間放送連盟賞CM部門最優秀賞、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSゴールド、JAA広告賞 消費者が選んだ広告コンクール経済産業大臣賞、ギャラクシー賞CM部門優秀賞など。取材・文:桑山知之取材協力:若者支援ネットワーク研究会in東海
2020年10月04日【連載】玉置妙憂の心に寄りそう人生相談<第46回>TBS『グッとラック!』のレギュラーコメンテーターをはじめ、数々のメディアにも紹介され大反響を呼んでいる新書『死にゆく人の心に寄りそう〜医療と宗教の間のケア〜』(光文社)の著者・玉置妙憂さんが毎週、読者の悩みに寄りそい、言葉を贈ります。【今回の相談内容】学生のころにいじめをしてしまった記憶に苛まれています。私は中学生時代にいじめグループに所属していたことがあります。当時の私は、自分が無視されてしまうことがほんとうに怖くて、自分が標的にならないようにと、同じクラスの子を集団で無視したり、筆箱や上履きを隠したり、影で悪口を言ったりと、いじめに加担していました。その結果、標的となった彼女は不登校になったのち、別の学校へ転校。その後どうしているのかは全くわかりません。それから20年ーー。私は結婚して子どもができたのですが、子どもを見ていると、何であんなことをしてしまったのかと、後悔がどっと押し寄せてきています。こんな私にいまできることは何かありますでしょうか。(34歳・女性・主婦)【回答】そうですか。いじめる側でしたか。愛おしい子を待つ身となって、その時のことを後悔されていらっしゃるのですね。私は、いじめる側といじめられる側は対極にあるように見えて実は同じだと思っています。どちらも道の端っこから転がり落ちてしまっているという点では、ですけれども。でも、若く経験の足りない頃は自分の歩いている位置がわからないので、どこが端っこか見当がつかず、うっかり落ちてしまうことがしばしばあります。何度も何度も落ちているうちに、「あぁ、ここが端っこだ」とわかるようになり、落ちないように真ん中を歩くことができるようになるのです。いじめに加担しなければ自分がいじめられる側になってしまうと思って、いじめる側だったあなたには、両者が同じということがよくおわかりいただけるのではないでしょうか。20年たって、そのからくりがようやく腹に落ちたのですね。さて、こんな私に今できることはあるか。いろいろあると思います。こうやって質問してきてくださるほど深く考えることも「できること」でしょう。我が子を見守り、必要であれば経験から得た助言をすることも「できること」でしょう。経験したからこそわかる当事者の気持ちを活かして、いじめ問題に取り組むことだってできると思います。ただ、なかったことにすることはできません。誰かに許しを請うのも、違うような気がします。やってしまったことはやってしまったこととして、後悔の念に七転八倒しながら、一歩でもまっとうな人間に近づけるように日々精進していく。もう二度と道を踏み外さないようにしっかり真ん中を歩いていく。それが、一番重要な「できること」のような気がします。彼女、幸せになってくれているといいですね。彼女の人生が、豊かで、穏やかで、順調でありますように。私も祈ります。【プロフィール】玉置妙憂(たまおきみょうゆう)看護師・看護教員・ケアマネ−ジャー・僧侶。「一般社団法人大慈学苑」代表。著書『死にゆく人の心に寄りそう』(光文社新書)は8万部突破のベストセラー。NHK『クローズアップ現代+』、『あさイチ』に出演して大きな話題に。現在、TBS『グッとラック!』(火曜)のコメンテーターとニッポン放送『テレフォン人生相談』のレギュラーパーソナリティを務める。
2020年10月02日親子で学校がしんどかった頃、支え続けてくれたスクールカウンセラー出典 : こんにちは。『発達障害&グレーゾーン子育てから生まれた楽々かあさんの伝わる! 声かけ変換』著者・楽々かあさんこと、大場美鈴です。現在、新型コロナウイルスによる影響下で、登校をしぶりがちだったり、学校生活に戸惑いや負担感を感じるお子さんも、少なからずいるでしょう。また、親だって、子育ての悩みや不安があっても、他の人には気軽に相談しづらい方もいるのではないでしょうか。そんな「学校、しんどいな」「子育て、大変だな」という時、うちでは長男が小1の頃から現在まで、スクールカウンセラーを親子で活用し、支え続けて頂きました。そこで、今回はスクールカウンセラーの基本的な利用のしかたと、相談できることや活用法などを、うちの親子の実体験からご紹介します。出典 : 「スクールカウンセラー」は、学校の中で、児童・生徒、保護者、教員などの心のケアを中心に支援をしてくれる身近な相談役です。一般的に、臨床心理士・公認心理師・精神科医などの専門の資格がある先生が配置されることが多く、子どもの発達面についても詳しいことが多いようです。ただし、現在その配置数は年々増加傾向にあるとはいえ、各学校専属のカウンセラーはまだ少なく、大抵は自治体ごとなどで複数の学校を巡回している先生が多いかと思います。うちでお世話になったスクールカウンセラーの先生も、公立小学校も私立中学も、複数校のかけ持ちです。スクールカウンセラー等活用事業:文部科学省こういった事情から、スクールカウンセラーの利用は「第2・第4の○曜日」など、決まった回数、決まった曜日が相談日になっていることが多いでしょう。また、自治体によっては、在籍校ではなく、近隣の他校に訪問する必要があることも(あえて、他校での相談を希望する方もいるようです)。ですので、もし、「ちょっと相談してみようかな?」と思ったら、まずは学校のお便りなどをチェックしてみるといいでしょう。うちの小学校では、月に一度配布される「スクールカウンセラーだより」に、先生の来校日や予約のしかたが書いてあります(分からなければ、管理職の先生等にお問い合わせを)。うちの小学校の場合、予約は予約担当の先生(教頭先生、特別支援コーディネーターの先生)か、事務職の方に電話で希望日時を伝えて調整していただきましたが、「利用日時を在籍校の先生方に知られたくない」などの場合は、カウンセラーの先生の来校日に電話をして、本人に直接予約を取ることもできるようです。また、一度利用すると、次の予約を相談時間内に口頭で取ることもできました。うちでは長男にも小学生の頃から「予約の取り方」を電話の横で一つひとつ教え、自分で予約をして1人でも相談できるようになり、中学でも(勝手に)活用しているようです。スクールカウンセラーって実際どう?話聴くだけ…?出典 : 「スクールカウンセラーって、実際どうなの…?」「話を聴いてくれるだけじゃないの?」と思われる方も多いのではないでしょうか。でも、スクールカウンセラーの相談内容は、子どもの心のケアはもちろん、発達面の心配や不登校の悩み、学校の先生や友人関係のこと、いじめ対応、進路や就学の相談、家庭問題や親自身のこと…など多岐に渡り、実は「話を聴く」以外の働きかけも沢山あるんですよ。実際に、うちでは主に…・子どもの発達のこと・学校との連携や仲介・子ども自身の相談・代理相談と親のケア…などを相談してきました。また、最初に、「ここで話したことには『守秘義務』が課され、本人から希望しない限り、学校の先生なども含めて、他人に知られることはありません」と、(子どもにも)説明がありました。では、それぞれ、うちではどう相談し、学校生活に活かしてきたのか、可能な範囲で紹介しますね。出典 : 「子どもの発達のことが気になるんだけど、専門の医療機関は敷居が高い」「初診の予約がなかなか取れない」などや、「発達障害の診断はついたものの、その後どうしたらいいのか分からない」「検査結果が上手に学校生活に活かせない」などでお悩みの場合、スクールカウンセラーが助けになってくれるかもしれません。私は、長男が小1で発達障害の診断がついた頃、初めてスクールカウンセラーを利用しました。担当してくれた先生は、臨床心理士の資格もあり、発達面についても詳しい方でした。当時の私は「発達障害」という言葉を知ったばかりで、右も左も分からない状況の中、知能検査の結果などを持参しながら、「専門病院でこんな風に言われたのですが…」と、恐る恐る相談しました。すると、カウンセラーの先生は、数字だけではよく分からなかった知能検査の結果を見立てながら、「この数値が高いので、〇太郎君はこういうことが得意で、こういうことが苦手だと思います」「こことここの差がこんなに開いているので、学校では〜することが、かなり負担なんじゃないかな」など、ひとつひとつ詳しく解説してくれ、「あー、そういう意味だったのか!」と、ストンと納得できたことを覚えています。そして、当時の長男は漢字書き取りの宿題を泣くほど嫌がり、「国語のある日は学校行きたくない」と、毎朝登校しぶりが続いていました(国語って、毎日ありますよね…)。私も親としての自信をすっかりなくして抑うつ的な気持ちが続き、外出するのもつらく感じていました。こんな悩みは、幼稚園からの長いつき合いでも、普通に元気に学校に通えているお友達のママ友さんにも打ち明けられず、私は1人で抱え込み思いつめていたので、話を否定せずに聴き、一緒に「どうしたらいいか」考えてくれる存在がいたこと自体が、何よりの助けになった気がします。私も、カウンセリングの最初の数回は泣いてばかりだったように思いますが、相談を重ねるうち、次第に気持ちや頭の中が整理され、長男に対しても、学校に対しても、なんらかの前向きな行動につなげる力を頂きました。また、長男のことが落ち着いてきてからも継続的にカウンセリングをお願いし、その際、「発達障害の診断が出るほどではない」グレーゾーンの次男や長女のことも、最近の様子などを報告しながら一緒に成長を見守って頂きました。Upload By 楽々かあさん「担任の先生のやり方が我が子に合わないようだけど、モンスターペアレントだと思われないか心配」「配慮をお願いしたいけど、先生も忙しそうで言いづらい」「学校に理解を求めたいけど、口下手で上手に伝えられない」…などでお悩みの場合も、スクールカウンセラーを頼ってみてはどうでしょうか。私は子どものことで、学校に配慮や理解をお願いしたい時に助言を頂いたり、時には、スクールカウンセラーの先生が直接、担任の先生などに「カドが立たないように」上手にこちらの要望を伝えて下さったり…と、親と学校の間の仲介役となって調整して下さいました。また、私は長男が小学生の時、毎年担任の先生に「サポートブック」を作って連携をお願いしてきたのですが、その際も、担任の先生に渡す前に、スクールカウンセラーの先生に一旦チェックしていただきました。第三者の客観的な視点から、「学校に過剰な要求をしていないか」「担任の先生の負担にならないか」…などへのご意見を頂けたのは(お互いのためにも)助かりました。そして、子どもと担任の先生やクラスメイトとの関係が気になる時などは、スクールカウンセラーの先生が、実際に休み時間や授業中に教室の様子を見に行くことも。うちでは、校内で長男に声をかけてくれたり、クラスの子や他のクラスの先生からもそれとなく様子を聞いてくれたりしました。親は大抵、わが子の話からしか学校の様子が分かりませんし、また、一見その子の個性の問題に思えることでも、クラス全体の雰囲気や子ども同士の関係などが影響していることもあります。そこを、「〇太郎君は、クラスで全く孤立しているワケでもなさそうですよ」「今、教室が結構騒がしいようで、〇次郎君にはきついかも…」など、第三者の視点から様子を教えて頂き、私も安心できたり、家での接し方を変えたりすることができました。また、教室の状況次第で、管理職の先生方などにも連携を取って頂けるように働きかけてもくれました。出典 : こうして、なにかある度に、私はスクールカウンセラーの先生に相談してきたのですが、長男が小学校高学年になった頃、前述のように「自分で相談できるように」徐々に慣らしていくことにしました。その理由は、改善傾向にあるとは言え、発達障害・グレーゾーンの子に対する公的な支援体制は、(特に地方では)まだまだ十分とは言えず、また、子どもの成長に伴い、「なんでも親が解決!」とはいかなくなるからです。そして、思春期の子には、親には話しにくい悩みもあれば、時には親への不満だって出るのも健全な成長の証でしょう。だから、子どもが自分で、親以外の誰かに助けを求めたり、相談したりできる力を、親が間近でフォローできるうちから、ゆっくり身につけておこうと思ったのです。そこで、長男の場合、最初は親子面談で予約しました。私は「初回は挨拶程度でも十分」と考えていたのですが、まあ、よく喋ったこと!(笑)とにかく言いたいこと、誰かに聞いて欲しいことが沢山あった長男は、親以外でそれを否定せずに受け止めてくれる存在が身近にいたことが、すごく嬉しかったようです。それ以来、相談時間をとても楽しみにしていました(ちなみに、カウンセリングは授業中の時間帯でも可能なので、正当に教室を抜け出せるのも良かったようです)。そして、長男が自分1人で相談できるようになると、カウンセラーの先生は、中学受験前の面接の練習にもつき合ってくれたり、時には一緒に給食を食べてくれたりもしたようです。後日、お礼を伝えると、「〇太郎君と話すの、私もすごく楽しいんですよ。素直でユニークで、いろんなこと考えてて…」なんて聞き、私もなんだか嬉しくなりました。出典 : でも、カウンセリングに積極的になれる子ばかりではありませんよね。うちの次男もそうでした。次男は、5年生の頃、登校前になるとお腹が痛くなって、学校に行けない時期が続きました。そこで私は長男同様に、次男も一度、親子でカウンセリングを受けてみたものの、控えめで繊細な次男は「うーん、僕は『さあ、どうぞ、悩み事を何でも話して下さい』ってカンジが、どうも苦手なんだよね…」とのこと。なので、次男の場合、それ以降は無理に本人をカウンセリングに連れて行くことはせず、親だけでの代理相談で続けてもらいました。そこで、家での次男の様子や、お医者さんから聞いたことなどを詳しく伝えると、カウンセラーの先生は、「おうちではこんな風に接してみてはどうでしょうか?」と助言してくれたり、担任の先生や保健の先生などともやりとりしてくれ、いろんなことが複雑に絡まっていた当時の次男への「支援の中継地点」のようになって、働きかけて下さいました。そして、突然「不登校の子を支える親」となった私の心のケアも同時にして頂きました。子どもが学校に行けなかったり、その子の個性や親の育て方などに何か問題があるかのように周りから思われたりすることが続くと、親はどうしても自分を責めがちになりますから、同じようにつらい思いをされている方もいるでしょう。私自身も事態が長期化してくると、「一番つらいのは子ども」だと分かっていても、正直かなりストレスや疲労を溜めがちに…。こんな、親のほうもしんどい時期に、「自分を気にかけてくれる人がいる」「大変さを分かってくれる人がいる」というだけでも、かなり違うのではないでしょうか。どんなに大変な時でも「自分を孤独にしない」努力だけは、したほうがいいように思います(私の経験上!)。親子でスクールカウンセラーを利用してきて…出典 : こうして、小学校時代、私達親子は長い間継続して、スクールカウンセラーのお世話になってきました。そのおかげもあり、長男は「自分の言葉で、自分のことを説明する」のが、かなり上手になりました。そして、中学でも自分で定期的にスクールカウンセラーを利用しているようです(ほぼ、雑談をしに行っているだけみたいですが、本人は「超楽しい!」そうです)。そして、次男のことの相談時間の終わりに、私は中学で自分らしく過ごしている長男の近況などを伝えると、スクールカウンセラーの先生は目を細めながら、(少々手のかかる子だった)長男の成長を「〇太郎君、本当に良かったですね〜」って、一緒に心から喜んでくれました。でも、そのカウンセラーの先生はコロナ休校中の間に、いつの間にか転任されていきました。お別れのご挨拶もできなかったけれど、その後、心配をかけた次男も回復し、無事小学校を卒業して、「おかげさまで、お兄ちゃんと一緒に、毎日元気に中学に通ってますよ」って、いつか報告できたらいいな…と思っています。大場美鈴(著),『発達障害&グレーゾーン子育てから生まれた 楽々かあさんの伝わる! 声かけ変換』あさ出版, 2020.6.27
2020年09月14日\チェック!/うちの子どうしたら勉強してくれる?こんな場合はオンライン学習が合うかもUpload By LITALICOライフUpload By LITALICOライフUpload By LITALICOライフ「学校の勉強に集中できない」「マイペースすぎて学校を窮屈に感じている」というお悩み。LITALICOライフの勉強会や個別面談でも、よく耳にします。Upload By LITALICOライフオンライン学習ってどんな学習スタイル?過去の学年の学び直しもできる2019年、文科省は「GIGAスクール構想」を打ち出しました。タブレットやインターネットを使い、それぞれのお子さまに最適な学習スタイルを実現させる構想です。オンライン学習の良い点は、自分のペースで進められること。そのため、苦手な科目を重点的に学んだり、好きな科目を先取りして学ぶこともできます。大人数で同じペースで進めることが苦手なお子さまも、主体的に取り組める良さがあります。Upload By LITALICOライフUpload By LITALICOライフ通学するスタイルのオンライン学習もある!「オンライン学習」というと、どんなものを思い浮かべますか?学校から帰ってきた放課後、自宅でタブレットなどで学習する…というイメージもあるかもしれません。実は今、授業そのものがオンライン化しているものもあります。高校の選択肢では「通信制高校」はずいぶん認知されてきましたが、中学でも一部出てきました。家で一人でもくもくと机に向かうスタイルのものもあります。一斉指示が通りにくかったり、周りがガヤガヤしていると集中できない、というお子さまには良いかもしれません。先生やお友だちと関わるタイプだと、スクールに通学し、自習室で自分のペースで進めるスタイル、家で、ビデオ会議を用いて朝礼やグループワークをするスタイルなどもあります。Upload By LITALICOライフUpload By LITALICOライフUpload By LITALICOライフオンライン学習はあくまでも選択肢の一つ。他の選択肢や、お子さまに合った環境の整理は、無料勉強会でお伝えしていますもちろん、オンライン学習は、あくまでも選択肢の一つです。学習方法や合うと感じる環境は、お子さまによってそれぞれです。Upload By LITALICOライフLITALICOライフでは、保護者さまに向けた無料勉強会を開催中です。オンラインでの開催なので、ご自宅からご参加いただけます。「グレーゾーン向け 個性を伸ばす「中学・高校受験」発達に特性のある子にあった個性を伸ばす進路の選択肢勉強会」では、STEAM教育やものづくりの特色がある学校、海外留学についてなど、多様な学びの環境についてもお話します。「個別でより具体的に話したい」という場合は、勉強会参加後に希望すると、個別面談で進路や教育費など幅広い話をすることもできます。Upload By LITALICOライフ「不登校の支援と将来への準備」がテーマの勉強会は、不登校だけではなく、“お子さまが学校を行き渋っている”“不登校ではないけれどさまざまな選択肢を知りたい”、という方にもおすすめです。義務教育以降の高校進学の選択肢として、通信制・サポート校や高等専修学校、チャレンジスクールなどについてもお話します。Upload By LITALICOライフどの勉強会でも、チャットで質問できる機能や個別面談の案内をしています。少し興味がある、という方はお気軽にご参加ください。LITALICOライフでは、幼児教育や中学・高校受験、キャリア支援など、さまざまな専門領域をもつコンサルタントが、年間2,000以上のご家庭へ勉強会や個別面談を行っています。これらの知識やノウハウを基に、より多くのご家庭の困りごとや将来への不安を、少しでも「安心」に変えていけるような情報をお届けするメルマガを配信しています。想定配信内容・発達障害のある子にあった進路や自立に関するヒントやイベント情報・発達障害のある子の特性や個性を活かす手立てやお役立ち情報・読者からの子育てのお悩みQ&AなどUpload By LITALICOライフLITALICOライフはお子さまとご家族が「自分らしい人生」を歩んでいくために障害分野とファイナンス、その両方の専門家としてライフイベントやライフプランの見直しを相談できるパートナーです。社会資源やサービス・お金の知識といった幅広い内容を身につけることができる勉強会や、専門領域をもつコンサルタントとの個別面談・プランニングを提供しています。Upload By LITALICOライフ
2020年09月13日学校では教えてくれない、発達障害当事者の「将来」の描き方「進路や職業を考えろと言われるけれど、自分には何ができるのか分からない」年若い、発達障害当事者の友人から、そんな悩みを聞かせてもらったことがあります。「中学、高校、大学と進むにつれて支援が薄くなっていく。我が子の将来をどう考えればいいのか」発達障害のあるお子さんを育てる保護者の方から、そんな不安をお話しいただいたことがあります。発達障害者支援法が制定されてから15年が経ち、「発達障害」という概念やその特徴に対する認知は高まってきました。学校での特別支援教育や、児童発達支援・放課後等デイサービス、就労移行支援といったさまざまな福祉サービスも少しずつ、ですが着実に、充実してきたと言えるでしょう。しかし、思春期・青年期の子ども・若者たちの進路や職業選択に関するサポートはまだまだ手薄いのが現状です。世の中にはさまざまな職業があり、生き方がありますが、このような生の声は学校では教えてくれません。「他の多くの人と同じような人生を送ることはしたくないし、できない、しかし何がやれるのか分からない」「好きなことはあるけれど、自信がなくて諦めざるを得ない」と嘆く子どもたち・若者たちも少なくないと思います。そこでこの度、発達障害の診断のあるミドルエイジの先輩方から思春期の後輩たちに向けた、仕事・人生に関するアドバイスやメッセージを届けていく『すてきなミドルエイジをめざして:発達障がいのある子どもたちの人生設計のために』(仮)という企画をスタートしました。職業やライフスタイル、診断や特性、年齢もさまざまなミドルエイジの発達障害当事者の先輩方のインタビューを重ね、学苑社(特別支援教育関連図書を発行する出版社)さんからの書籍出版を予定しています。今回、LITALICO発達ナビとの連動企画として、書籍出版に先がけて、ウェブ上でのインタビュー記事連載をお届けします。職業も特性も多種多様。ミドルエイジの先輩たちが「自分らしい生き方」に至るまで記念すべき連載第1回は、落語家の柳家花緑さんのインタビューです(2020年9月23日に記事を公開します)。Upload By 鈴木悠平2017年に、発達障害の一種で文字の読み書きが難しいディスレクシア(読字障害・読み書き障害)であることを著書で公表した落語家の柳家花緑さん。幼少期の悩みや、落語家の道を進み、自信をつけるまでの過程を語っていただきました。研究者、事務職、整備士、バーテンダー、作家、心理士、ショップ店員などなど、これからご紹介するインタビュイーの方々の職業や働き方も多種多様です。働き方や生き方に、万人に通じるたったひとつの「正解」というものはありません。「発達障害だから」こういう仕事ができる・できないと決めつけることもできないし、するべきではないと思います。だからこそ、この連載では「答え」を提示するのではなく、多様な先輩たちの多様な生き方と、そこに至るまでの考え方や道のりをなるべく丁寧に共有していきたいと考えています。「これから」を考える思春期・青年期の若い発達障害当事者の皆さんが、自分らしい生き方を考える上での「ヒント」を、それぞれに見つけてもらえるような、そんな連載・書籍にしていきたいと思います。ぜひお読みいただき、感想をいただければ幸いです。企画メンバーからのメッセージ連載企画をスタートするにあたって、企画メンバーからのメッセージです。Upload By 鈴木悠平皆さんの将来の夢はなんでしょう?この企画では、発達障害のあるミドルエイジの人の仕事や生き方にフォーカスしていきます。自分のやりたいことと自分のやれることのギャップに悩んでいる人、障害があることを理由に夢を諦めようとしている人、また子どもの将来に不安を持つ保護者の方にはぜひお読みいただきたいと思います。連載で取り上げられる職業の中には一見、発達障害がある人には向いてなさそうな仕事で活躍している人もいます。自分の特性に周りの環境をいかに合わせるか、先輩達の工夫から「発達障害」の考え方自体が変わるかもしれません。プロフィール:鳥取大学医学系研究科臨床心理学講座教授 LITALICO社外取締役専門は、応用行動分析学、自閉症と発達障害への支援、臨床心理学、特別支援教育。 ペアレントトレーニングシステム、強度行動障害研修プログラム、不登校支援プログラムなどの支援プログラムを開発し、LITALICOジュニアのプログラム監修も務める。学生時代はオフロードバイクにテントを積んで各地を放浪、長らく続いたバイク乗り行動も最近は周囲のご批判から黄色信号。大人になりきれないアラフィフ。井上研究室ホームページ井上雅彦TwitterUpload By 鈴木悠平思春期はどんな人でも悩む時期です。発達障害の特性のある方は、さらに人付き合いや家族のこと、進路で頭がいっぱいになってしまうこともあるでしょう。実際、私も何をやりたいのか、やりたいことがあっても実際にそれで食いっぱぐれずに生活していけるのか、不安だらけだった時期がありました。誰に相談すればいいのかも分かりませんでした。でも、これからご紹介するミドルエイジの先輩たちならば、きっと乗り越えるためのヒントを何かしら知っているはずです。連載、どうぞご期待ください。プロフィール:フリーライター。1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本史学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好き過ぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。著書に『私たちは生きづらさを抱えている発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)、『「発達障害かも?」という人のための「生きづらさ」解消ライフハック』(ディスカヴァー21)趣味はサウナと読書、飲酒。姫野桂TwitterUpload By 鈴木悠平進路のこと、仕事のこと、将来のこと。未だ来ずの「未来」のことなんか分からない。「早めに考えてしっかり準備する」なんてこと、僕にはとても出来ませんでした。今もあんまり分かっていません。これから連載を読んでくださる皆さん、特に、思春期・青年期の若い世代の皆さんには、だからどうか、焦らずじっくり、考えたり悩んだりする時間を大事にしてほしいなと思います。今回の企画では合計8名のミドルエイジの先輩方のインタビューをお届けしますが、参考になることもあれば、ならないこともあるでしょう。全部を無理に取り入れようとする必要はありません。でも、たくさんのインタビューの中から、何か1つでも2つでも、皆さん一人ひとりにとって「お守り」となるような、言葉や考え方が見つかると嬉しいな、と思っています。楽しんでもらえると嬉しいです。ぜひ感想もお聞かせくださいね。プロフィール:文筆家/インターミディエイター® 1987年生まれ。株式会社閒 代表取締役。LITALICO発達ナビの初代編集長として、2016年〜2019年4月までの3年間、発達ナビユーザーの皆さんと一緒に歩んできました。現在は独立し、文筆・研究を中心に活動しています。ADHD/ASD混合型。体調を崩したり色々ありながらも、仲間たちと助け合いながら無理なく健やかに働き続ける方法を模索中です。閒 - あわい -鈴木悠平TwitterUpload By 鈴木悠平年を重ねるにつれて、支援は薄くなっていく――これは障害のある子どもを育てる私にとっても常に心のどこかで不安を感じ、懸念していることです。そしてそれは保護者の方が多く感じていることだと思っています。「才能を生かして自立すればいい」と言われ、なぜ障害のある子ばかりがそう言われなくてはいけないのか、そのように吐露してくださった保護者の方は一人や二人ではありません。「手に職を」と言われ、まだ将来の夢も描き切れない幼いうちから職につながる進路選択を迫られることへの悩みを話してくれた中学生もいました。生き生きと等身大で暮らす当事者の取材を通して、将来に悲観することなく、今を大切に生きる道しるべを届けられたらと願っています。プロフィール:LITALICO発達ナビ編集長。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大学卒業後、約15年大手出版社で雑誌・書籍の編集に従事。その後、事業会社の広告宣伝部を経て現職。子どもは高校生と小学生の2人。長女には先天性の重度知的・身体障害がある。発達ナビ上でのダイアリーへの投稿、コラムへのコメント投稿、編著メンバーのSNSへのリプライなども大歓迎です。
2020年09月11日生駒里奈が主演する『かがみの孤城』が、8月28日に開幕。これに先立ち、公開ゲネプロと会見が行われた。【チケット情報はこちら】本屋大賞を獲得した辻村深月の小説を、成井豊の脚本・演出によって舞台化する本作。同級生の悪意に傷つき、家に閉じこもる中学1年生のこころ(生駒)はある日、自室の鏡を通じて見知らぬ城がそびえ立つ異世界へ引き込まれてしまう。そこで出会った6人の仲間と望みが何でも叶う“願いの鍵”を見つけようと奔走するうちに、彼らは自分たちが城に集められた理由を目の当たりにして──。共演者には溝口琢矢、野田裕貴(梅棒)、前田航基、原田樹里、河内美里らが名を連ねている。新型コロナウイルス感染症対策で、1ヵ月半の稽古期間をマスク姿で奮闘してきた一同。会見における成井の「ずっと互いの目元しか見えなかったけど、昨日の場当たりで初めて透明のマウスシールド姿になり、表情がわかるようになったら……演技が変わって抜群によくなったキャストが現れてね」という言葉に、生駒・溝口は大きく頷く。「特に一段とよくなった」と演出家からお墨付きを受けた生駒は、「いじめを機に不登校になってしまった中学生の人物造形と、演劇で求められる“大きな表現”をどうやって両立させようか迷いました」と稽古中の悩みを吐露。しかし「劇場入りしたらステージの大きさに後押しされ、引き出しが開いたような感覚です」と手ごたえを口にした。同じように、溝口も「劇場に入ったら、大きく楽しく伝えようという気持ちがどんどん膨れ上がってきました」と続く。原作者の辻村は「コロナで物理的な制限はあっても、心は誰にも縛られることなく自由」「どうか『かがみの孤城』の中で過ごした時間を、たくさんの人たちに持ち帰ってもらえたら」と観客に呼びかけ、会見を結んだ。公開ゲネプロは、孤城で過ごす中学生7人の姿を中心に、現実世界におけるこころや、彼女を取り囲む母親・教師・同級生らの葛藤が差し挟まれる形で展開。孤城の仲間が次第に心を通わせ、友情を育む様子がダンスシーンを交えて描かれた。全編を彩るFor Tracy Hydeの涼しげな音楽も、劇効果を最大限に高めている。上演時間は約120分(休憩なし)。公演は9月6日(日)まで、東京・サンシャイン劇場にて。その後、18日(金)~20日(日)に大阪、22日(火・祝)に愛知と巡演する。感染症対策を十分に講じて上演される劇場公演のほか、PIA LIVE STREAMでは収録映像を後日視聴できる「ディレイ配信」と、東京千秋楽公演の「生配信」も行われる。チケット販売中。取材・文:岡山朋代
2020年09月01日私は高校生のときに、ちょっぴり不登校になったことがあります。夏休み明けで少しだけ学校に行きたくない気持ちがあったのと、それに重なったちょっとした友達との気持ちのすれ違い。息子が小学3年生の夏休み明けのある日、そのころの自分を思い出すような出来事がありました。仲良しグループからの突然の仲間外れ暑い日が続くので、息子はいつも決まった友達の家でゲームをして遊ぶことが多くなっていました。その友達の家で数人で遊んでいるときに「もう遊ばない」と言われたようで、次の日の朝、息子は初めて「学校に行きたくない」と言いました。その日は学校を休み、家でゴロゴロ過ごしていましたが、元気なのにすることもなくてつまらない様子。翌日は学校へ行きました。でも、その後も仲良しグループからの仲間外れが続き、学校へは行ったり、行かなかったりで2週間が過ぎました。そんなある日、学校を休んだ息子と夕焼けチャイムが鳴った後の誰もいないうす暗い公園へ散歩に行くと、誰かが忘れていったザリガニ釣りの道具が用水路にありました。あのときの私にかけてくれた両親の言葉私は、自分が学校へ行けなくなったときに、両親がかけてくれた言葉をよく覚えています。父は朝、仕事に行く時間に私の部屋に来て、「学校まで一緒に行ってあげるから、一緒に行こう」と私の腕をとってくれました。母は夕焼けチャイムが鳴るころになると「本屋さん行こう、マンガを買いに行こう」と部屋のドアの隙間からちらっと顔をのぞかせました。子どもだった私は両親の気持ちがなかなかわからず、学校を休んだり、遅刻や早退をたくさんして、心配をかけてしまいました。でも、今は私にいろいろな角度から近づこうとしてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。あの頃のことを思いながら、「学校に行きたくない」という息子の言葉を聞いていた私。「行きたくない」けれど「ほっといてほしいわけではない」と思っていた自分を思い出しました。そばに寄り添って、ただ聞くザリガニ釣りに行ったときの私は、息子の方へ日傘を差し出すくらいしかできませんでした。でも、やっぱり子どもの力はすごいです。公園にある水路を一生懸命のぞいていると、それを見た誰かがとなりに来て一緒にのぞいて、また他の誰かがとなりに来て…。すると、その楽しそうな姿を見て、「もう遊ばない」と言っていた友達が「ぼくも入れて」とやって来たのです。その子に、「いいよ!」と元気に返事をする息子の姿に、私は心からすごい!と感動しました。そばに寄り添って、ただ話を聞くこと。それはちょっと難しかったりします。自分が母になるまでに「私はこうしてきた」「あの時できなくて後悔したから、次はこうしたい」と積み上げてきたことがたくさんあるから。つい、子どもにも「こうすればいいよ」と言いたくなってしまいます。でも、息子がぶつかった壁を乗り越えるのは息子にしかできません。今の私がこれだけは頑張ろうと思っていることは、息子との心の距離をできるだけ離さないこと。そして息子が話したくなったらできるだけ話を聞くこと。これだけはずっと忘れずにいたいと思っています。<まんが・文:しみず宇海>
2020年08月30日アイドルグループ・乃木坂46の元メンバーで女優の生駒里奈が28日、東京・サンシャイン劇場で行われた主演舞台『かがみの孤城』のゲネプロに参加した。本屋大賞など8冠を受賞し、「最終章、あなたは経験したことのない驚きと感動に包まれる」と謳われた衝撃のラストが話題の辻村深月氏の『かがみの孤城』を舞台化。主人公・安西こころ役を生駒が演じる。入学早々、同級生から嫌がらせを受け、家に閉じこもる生活を送っていた中学1年生の安西こころは、ある日自分の部屋の鏡がまばゆい光を発していることに気づく。恐る恐る鏡に手を触れた瞬間、こころは見知れぬ城がそびえ立つ異世界に引き込まれてしまう。そこは、「オオカミさま」と呼ばれる城の管理人と、彼女に召還された7人の中学生が過ごす世界。そこでは「願いの鍵」を見つけた者が、何でも望みを叶えられるという。果たして「願いの鍵」は見つかるのか。7人が城に集められた驚くべき理由とは――。ゲネプロで生駒は、同級生からいじめを受けて苦しみ、そして、鏡をくぐり抜けた先の異世界に戸惑いながらも、次第にそこで出会った中学生に心を許していく主人公・こころを熱演。はじめは花柄のワンピース姿で登場したが、途中で制服姿も披露した。また、ダンスで心情を表現する場面もあった。ゲネプロの前に行われた囲み取材では、「主人公のこころが自分に似たような境遇にあるというところに興味を惹かれました」とオファーを受けたときの心境を告白。「こころは学校でクラスメイトとの間でトラブルがあって不登校になったんですけど、私は小・中でいじめられっ子という立場でいたので、そういうところは似ているなと思います」とこころとの共通点を語った。また、久しぶりの制服について心境を聞かれと、「やっぱりその質問来るんだなっていうので、3日くらい前から用意していたんですけど」と明かして笑いを誘い、「現役時代と比べるとすごく恥ずかしいので、なるべく着たくない服になってしまいましたけど、役があるから、こころになれたからこそ着られる」と照れ笑い。長く伸びた髪については「おうち時間で伸びました。美容院に行けなかったので」と話した。同舞台では、出演予定だった木津つばさが22日に新型コロナウイルスに感染していることが判明し降板。キャストやスタッフは濃厚接触者に該当しなかったが、PCR検査を受けて全員陰性と診断されたという。本番では出演者はマウスシールドを着用。客席とステージの間には、ビニール幕が設置される。舞台『かがみの孤城』は、8月28日~9月6日に東京・サンシャイン劇場、9月18日~20日に大阪・サンケイホールブリーゼ、9月22日に愛知・刈谷市総合文化センター 大ホールにて上演。
2020年08月28日乃木坂46の元メンバーで女優の生駒里奈が28日、東京・サンシャイン劇場で行われた主演舞台『かがみの孤城』の囲み取材に、共演の溝口琢矢、原作の辻村深月氏、脚本・演出の成井豊氏とともに出席した。同舞台は、本屋大賞など8冠を受賞し、「最終章、あなたは経験したことのない驚きと感動に包まれる」と謳われた衝撃のラストが話題の『かがみの孤城』を舞台化。主人公・安西こころ役を生駒が演じる。生駒は、昨年オファーを受けたときの心境を聞かれ、「主人公のこころが自分に似たような境遇にあるというところに興味を惹かれました」と告白。「こころは学校でクラスメイトとの間でトラブルがあって不登校になったんですけど、私は小・中でいじめられっ子という立場でいたので、そういうところは似ているなと思います」とこころとの共通点を語った。本作で久しぶりに制服姿を披露する生駒。その心境を聞かれると、「やっぱりその質問来るんだなっていうので、3日くらい前から用意していたんですけど」と明かして笑いを誘い、「現役時代と比べるとすごく恥ずかしいので、なるべく着たくない服になってしまいましたけど、役があるから、こころになれたからこそ着られる」と話した。舞台『かがみの孤城』は、8月28日~9月6日に東京・サンシャイン劇場、9月18日~20日に大阪・サンケイホールブリーゼ、9月22日に愛知・刈谷市総合文化センター 大ホールにて上演。
2020年08月28日その霊能力のために、楽屋では霊視を求める先輩芸人たちが行列をつくることもあるという、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の“霊がよく見える”ピン芸人・シークエンスはやとも(29)。『ホンマでっか!?TV』などへの出演も話題になり、この夏、本誌連載『ポップな心霊論』をまとめた初の著書『ヤバい生き霊』(光文社)も発売。そんなシークエンスはやともが、実の父シークエンスパパともと一緒に登場!読者からの「これって霊現象?」な悩みに答えます!■今の家に引っ越してから、息子2人がひきこもりに……。家に何か悪い霊がついているのではないでしょうか【相談】「今の家に越してきてから、息子が2人ともひきこもりになってしまいました。しかたなく通信制高校に入れたのですが、長男は卒業を待たずに自殺しました。次男はなんとか卒業できたのですが、大学受験に失敗し浪人中です。実は、何度か、前の住人宛ての郵便物が届いたことがあるのですが、差出人はひきこもりの支援団体でした。息子たちがひきこもりになってしまったことと、何か関係があるのでしょうか」(40代女性)【パパとも】「前の住人宛ての郵便物についてはひっかかるね。もし、以前その家に住んでいた家族にも、ひきこもりの子どもがいて、たとえば自殺までしていたとしたら、すごく嫌な偶然じゃないですか。そういう場合は家や土地に悪いものがついていることも考えられます。まずは近所の人にそれとなく聞いてみたらどうでしょう。それで関連のありそうな事実が発覚したら、すぐにその家を離れたほうがいいと思いますよ」【はやとも】「ちょっと気になったんですけど、相談者さんは、通信制高校や浪人を悪いことのように考えていませんか?僕は正直、不登校も受験の失敗も、気にしなくていいと思います。もしかしたら相談者さんの『こんなはずじゃなかった』という思いが息子さんを苦しめているかもしれません。長男さんのことは本当に残念ですが、次男さんには悲しい選択をさせないよう、しっかり向き合ってあげてください」【PROFILE】シークエンスはやとも1991年生まれ。吉本興業所属。『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)などで見せた芸能人の霊視も話題に。自身のYouTubeチャンネルでも心霊話を配信中。8月4日には本連載をまとめた初の著書『ヤバい生き霊』(光文社)が発売された。「女性自身」2020年9月1日 掲載
2020年08月23日