女性の生々しさをコミカルにもシリアスにも描く、漫画家の鳥飼茜さん。最新作『サターンリターン』から見えてくる、独特の死生観とは?女性が救われる漫画、と言っていいだろう。男女の性の不平等を描いた『先生の白い嘘』や、生き方や自立について考えさせられる『おんなのいえ』など、鳥飼茜さんの漫画は夢物語ではない現実を突きつけてくるのに、優しさが通底している。連載中の『サターンリターン』もかなり力の入った作品で、今回の主人公はデビュー以降、小説を書けなくなった女性・理津子。かつて書くきっかけを作ってくれた男友だち・中島が自殺したことを知り、彼女の人生が動き始める…。――死や喪失がテーマと思われますが発想の経緯を教えてください。鳥飼:もともと私は、漫画を描くのが苦手なんですよ。――えっ!?鳥飼:こういう世界や人がいいなって思えるような理想的なことを描けないんです。それで『先生の白い嘘』が完結したとき、次に何を描けばいいかわからなくなっちゃって。今までとは違うテイストの絵にするなど、いろいろ工夫してみて、結局自分が描けるのは、実際に存在しそうな人や出来事をフィクションとして成立させることなのかなと思ったんです。それと理想は描けないけど、怖いものは描けるっていうのもあって。私にとって漫画を描くことでカタルシスを得られるのは、現実的に恐れていることを絵にしたり、セリフにしたとき。一般的な漫画の描き方とは違う気がしてコンプレックスでもあるんだけど、そういうやり方しかできないんですよね。――『先生の白い嘘』で、そのことに気がついた感じですか?鳥飼:そうですね。中学生のとき、レイプが怖すぎて警察に電話相談したことがあるんです。彼氏とかも全然できないような“おぼこい”子どもだったんですけど、「どうしたら防げますか?」って。なんで女であるだけで、レイプに遭うかもしれないっていう地雷を抱えて生きなければいけないのか、ずっとわからなくて。そういう思いを漫画にしたら「男女の不平等を描く人」みたいな冠をつけてもらうようになったんですけど、私自身は論理としてのフェミニズムよりも、不安を残したまま、恐怖にさらされる可能性のある世界を生きていることが、単純に嫌で気になるんですよね。同様に、死ぬことや自分の人生を失うことも怖いんです。以前、自分の近い人が死んじゃったことがあって。当時付き合っていた人の友だちとして紹介されたのですが、彼氏よりもフィーリングが合ったくらい。だけど亡くなってから、自分が見てきたその人と、そのあとに見聞きして知った姿が、合致しないような違和感があったんです。――「30歳になる前に死ぬ」と言って自殺した中島というキャラクターは、そうした経験が影響しているのですね。だけど若くして死んだミュージシャンが伝説になるように、早世の美学みたいなものはたしかにありますよね。鳥飼:私は一日でも長く生きたいと思っていたから、かっこ悪くなる前に死にたいっていう感覚は全然わからなかったんですけど…生きていると失っていくことも同時にありますよね。物事に対する興味もそうだし、健康だってそう。それで昔、その死んだ友だちが、このまま失い続けるなら、生きているよりここで終わったほうがましだと思える地点がいつか来るんじゃないかみたいなことを言っていて。それまでまったく理解できないと思っていたことが、そのときすこしわかった気がしたんです。物事を失うスピードは人によって違って、加速度的に失っている人もいる。私も生きながらちょっとずつ何かを失っているけれども、それが急に加速したらどうなるかわからないなあって思ったんです。――その中島を救えなかった思いにとらわれる、主人公の“書けない小説家”の理津子は、いつになくミステリアスな女性ですね。鳥飼:今って共感の嵐が起こりまくっているけど、自分はそれに飽きちゃったところがあるんです。私は物語の受け手として、共感をあまり重視していないほうなのですが、人って共感できないと物語を消化できないものなのかな、と疑問に思って。共感はなくてもなんらかの共鳴があれば、物語は成立するんじゃないかなっていう実験的な意識もあります。要するに、理津子は最初から共感できない女ってことだと思うんですけど(笑)。――それでも気になってしまう、というのはありますね。今回は、今までで一番描くのがしんどくて、同時に描いていて一番スリルを感じる漫画だそうですが。鳥飼:基本的にどんな漫画も描くのはしんどいけれど、いろんな種類のしんどさがあるんです。たとえば『地獄のガールフレンド』とか『おんなのいえ』みたいなコメディタッチで、前向きに生きようねって背中を押してあげる系の作品は、ちょっとだけ嘘をついているというか、いい子を演じているようなしんどさがあります。今回の作品にそういう感覚は全然なくて、そのぶん描きたいことを率直に描こうとしているから、「これが伝わらなかったら負け」くらいに思ってます。隠し立てできないからこその、身ひとつのしんどさっていうのかな。自分が描ける情感の極みと、読む人を飽きさせないエンタメ性っていう、頭の使い方が全然違う表現を両立させようとしてるから、息切れするんです。背伸びしているし、身の丈に合っているかもわからないけど、この描き方が今は一番面白いですね。――作品の系統としては『先生の白い嘘』と比較的近いと思うのですが、また違うしんどさですか?鳥飼:違うけど、ケンカ腰っていうのは一緒。青年誌で描くと、なぜかケンカ腰になっちゃうんです。女性誌だと、やっぱり同じ女だからわかってくれるよね、みたいな甘えが出てしまうし、女の人には笑っていてほしい。怒られたくないんです(笑)。だからいい子ちゃんになってしまうのかも。――タイトルの「サターンリターン」は土星回帰という意味で、占星術では約30年に一度、大きな転機が訪れるといわれているそうですが、今までの人生でそう思えるような出来事はありましたか?鳥飼:サターンリターンとされる時期でいうと、子どもができたことですね。妊娠が判明したその日から、お医者さんに動いちゃダメって言われたんです。これから漫画を連載したかったのに、体を起こすこともできなくなって。安定期が一切ない妊娠期間で、ハラハラしっぱなしでした。出産後は、家のことや仕事で動きっぱなし。そのうち夫とうまくいかなくなって、震災もあったりして。無茶苦茶だったけど絶望的だと思ったことはその間一度もなくて、むしろ元気で希望がありました。寝たきりは最悪だったけど子どもに会うためのことだし、離婚もよくなるためにすることだったから。不安だったけれども、“変わっていく過程”っていう実感がありました。戻りたくはないですけど(笑)。とりかい・あかね1981年生まれ、大阪府出身。2004年デビュー。漫画単行本は『おはようおかえり』『おんなのいえ』『先生の白い嘘』『地獄のガールフレンド』『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』など。エッセイ&対談集『鳥飼茜の地獄でガールズトーク』、エッセイ『漫画みたいな恋ください』なども。『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で隔週連載している『サターンリターン』は、第1巻発売中。書けない小説家となり、現在は専業主婦の加治理津子。ある日、30歳を目前にかつての友人・中島が自死したことを知り、真相を追う。男女の性差、夫婦、母性など、鳥飼さんらしい視点で現代社会のさまざまなひずみが切り取られている。※『anan』2019年9月11日号より。写真・小笠原真紀スタイリスト・木村舞子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年09月04日マンガ『あした死ぬには、』について、作者の雁 須磨子さんにお話を聞きました。思いもしなかった自分と出会う40代女性の悲喜こもごも。40代の壁、という言葉をご存じだろうか。20代、30代は心も体もノリノリで、ある程度の無理もきく。ところが40代になると、疲れが取れにくくなったり、それまでかかったことのない病気に襲われたり。思わぬところに不調が現れ、見て見ぬふりをしていた老後やお金の不安が、突如実像として目の前に立ちはだかる。本作はそんな40代女性のリアルを描き、当事者はもちろん、未来の40代をざわつかせている。「40代になってから起こった変化に自分でも驚いたことがたくさんあったので、マンガにしたら面白いかな、と思いました。キャラクターに関しては、結婚や出産経験のあるなしなど、境遇が違っても気持ちが重なるところ、共有できるつらさや楽しさみたいなのを目安に描いています。でもまったくわかり合えないのも、それはそれで面白いですよね」主人公の本奈多子(ほんなさわこ)は42歳、独身。映画宣伝会社に勤めていて、ただでさえハードワークなのに、できない上司の“お守り”に苛立つ日々。ある晩、動悸が止まらなくなって、更年期障害を疑う。「『気持ちが年齢に追い越されるような気がするけど』の『けど』の先を考えたりしたいです。ついていく必要性があるのかなという疑問と、ついていく楽しさを混ぜつつ」対して、多子と中学の同級生だった小宮塔子は、23歳で結婚して大学生の娘がいる。子育てが一段落して、ファミレスでパートを始めるのだが、おばさん扱いされたり、されなかったりするたびに一喜一憂して、モヤモヤ……。しかしこの物語は、年を取ることをネガティブに捉えているわけでは決してない。多子や塔子が、今までと同じはずなのにどこか違う自分に戸惑いつつ、折り合いをつけようとする様は、世代や性別を問わず共感できるだろう。「年齢を重ねるプラス面は過去がちゃんとあることですかね。過ぎゆかないと過去はできませんもんね。時間は等分で、未来への不安は誰しも変わらないのかなと思います」40代女性の右往左往は、どこへ向かうのか。すこやかに明日を生きていくための必読書だ。雁 須磨子『あした死ぬには、』1バリバリ働いてきた独身の多子と、パートとして久々に働き始めた主婦の塔子。異なる人生を歩んできた40代女性の問題を、コミカルに描くオムニバス。太田出版1200円©雁須磨子/太田出版かり・すまこマンガ家。1994年デビュー。女性誌、青年誌、BLまで幅広く活躍。著書に『どいつもこいつも』『感覚・ソーダファウンテン』『胸にとげさすことばかり』など。※『anan』2019年8月28日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年08月22日結婚する理由は人それぞれ。結婚願望ゼロで、恋より仕事に燃えていた27歳の大加戸明葉(おおかどあきは)が、出会ったばかりの文芸編集者・百瀬柊(ももせしゅう)の電撃プロポーズを受けたのは、やんごとなき事情があってのことだった。そんなマンガ『婚姻届に判を捺しただけですが』の作者・有生青春(ゆきあおはる)さんにお話を聞きました。それぞれが片想い中……。偽装夫婦の恋のゆくえは?「最初はどちらも報われない恋をしていて協力的な関係のイメージでしたが、結局、反発し合う関係に。だからこそ偽装までして結婚するのに納得のいく理由を見つけるのが、思いのほか苦労しました(笑)」百瀬はイケメンだけれど、コミュ障気味の変わり者。明葉と結婚したのは「世間の目を欺くため」で、兄嫁に抱いている恋心を本人や周囲に気づかれないようにするのが目的だった。1~2巻では結婚に至る顛末や、ぎこちない新婚生活が描かれるのだが、明葉の心情にも変化が。片想いに苦しむ百瀬への同情が、より複雑な気持ちへと変わっていくのだ。「明葉の場合は、恋心よりも愛情。ある意味、覚悟を持った片想いですよね。好きな人がいるという相手の気持ちを尊重したうえで、自分の気持ちも我慢しすぎないのが明葉らしいのかなと思っています」一方の兄夫婦は、絵に描いたようなおしどり夫婦……だったはずが、こちらも雲行きが怪しくなる。「兄夫婦のことは、明葉たちと比較できるような“まっとうな夫婦”として描いています。ただ、偽物か本物かは関係なく、どの夫婦にも善し悪しがあること、そしてその問題を極端に否定も肯定もしないで表現しています。結婚や夫婦の正解はひとつではないというのが、作品のテーマのひとつであったりもするので」利害が合致して夫婦になった明葉と百瀬は、意外な一面を発見したり、悩みを打ち明けたり打ち明けられたりしているうちに互いにかけがえのない存在になっていく。普通に考えたらあり得ない設定かもしれないが、「こんな夫婦も楽しいかも」と夢を見させてもらえるところがいい。「そう感じてもらえるのは、明葉たちが物語のなかでネガティブなだけの不平不満を口にしないからかもしれません。もちろん愚痴ったり、ストレスを溜めたりもしますが、最終的には今いる場所が居心地よくなる方法を探っているので、生活を楽しんでいるのが伝わるのかも?」居心地のよさも大事だけど、やっぱり気になるのは片想いのゆくえ!「百瀬の心変わりを楽しみにしてくださっている読者さんもいると思うので、ラブコメのラブな部分もより盛り込んでいきたいと思います!」ゆき・あおはるマンガ家。著書に『小悪魔くんの甘い囁き』(電子コミック全16巻)、『その罪を甘く溶かして』(同、全6巻)など。『フィール・ヤング』での連載は本作が初。『婚姻届に判を捺しただけですが』3愛情ゼロ&他人同然の偽装夫婦なはずなのに、妻が夫にまんまと恋をして……。意外と馴染んでしまってる結婚生活に押し寄せる“不意キュン”がたまりません!祥伝社920円©有生青春/祥伝社フィールコミックス※『anan』2019年8月14日-21日合併号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年08月08日「とうとう自分も父親の役が来るような年齢になったんだなって、純粋に嬉しかったですね。役の幅が広がったっていう意味でも」カンテレ・フジテレビ系で放送中の連続ドラマ『TWO WEEKS』で、初めての父親役に挑戦している三浦春馬さん。しかし、その親子関係は少々込み入っている模様……。三浦さん演じる結城大地は、人生に希望を持てず、刹那的に過ごしているような男。そんな彼の前にかつて深く愛し合った女性が現れ、8歳になる娘・はなの存在を初めて知らされる。しかもその娘は白血病を患っていて、結城は幸運にもドナーに適合。再び生きる意味を見出すのだが、殺人の濡れ衣を着せられてしまう。「結城は娘の命を救うために逃亡するので、単なる逃亡劇ではない。家族の絆というか、父性愛に溢れたドラマなんです。退廃的な男が娘の手術までの2週間でどう成長していくのかが、物語の主軸のひとつ。さらに芳根京子ちゃん演じる新米検事が、過去の事件の真相に迫る復讐劇も並行して進み、ふたつの軸がどう重なっていくかも見どころです」すでに放送された第1話に、父と娘が病院で出会う印象的なシーンが。子役経験のある三浦さんは、はな役の稲垣来泉(くるみ)ちゃんと演技では対等でありたいと思うそう。「僕も覚えがありますが、来泉ちゃんくらいの頃は自分を好きなだけ表現したかった。そんな子の意見を聞く機会もなかなかないので、『こういうふうに動くのはどう思う?』などと細かく確認して、一緒に芝居をつくる感覚を大事にしています」一方、撮影の合間は、学校で流行っているというクイズを来泉ちゃんが出題したり、“こちょこちょ”をしてじゃれ合ってみたり。そうやって過ごした時間は、三浦さんと役の気持ちをシンクロさせることに。「あの撮影から1か月経ったのですが、ふとした瞬間に顔が見たいなあと思っている自分がいるんです。撮影前は、こんなに会いたくなるなんて想像もしなかったのに。このあいだ思い立って、現場で撮った来泉ちゃんとのオフショットを携帯の待ち受け画像にしました(笑)。あのとき見せてくれた表情や言葉を思い出すことで、自分の演技の燃料にできればいいかなと思っています」父性愛が芽生えた結城の行動は、守りたい存在がいることの強さを感じさせてくれるはずだ。「自分のためではなく誰かのために必死になることが、結果的に自分の成長につながるようなことは、親子でなくても十分にあり得ますよね。このドラマも、何かしら行動に移すきっかけになったら嬉しいですね」最後に、このドラマで挑戦したいことを尋ねると、意外な答えが。「中打ち上げのバーベキューです!いつも口約束で流れがちなんですけど、せっかくチームワークのいい現場なので、本当にやりたいですね。実現したら、その後の演技にも絶対にいい影響がありますから!」過酷な逃亡劇を、ぜひともお肉パワーで乗り切って!『TWO WEEKS』殺人の濡れ衣を着せられた男が、娘を救うために逃亡する2週間のタイムリミットサスペンス。演出/本橋圭太、木内健人出演/三浦春馬、芳根京子、比嘉愛未ほか毎週火曜21:00~カンテレ・フジテレビ系にて放送中。みうら・はるま1990年4月5日生まれ、茨城県出身。本作の主題歌「Fight for your heart」も担当。伊坂幸太郎原作の映画『アイネクライネナハトムジーク』が9月20日公開予定。シャツ¥20,000パンツ¥40,000ベルト¥18,000(以上ポール・スミス/ポール・スミスリミテッド TEL:03・3478・5600)靴、ソックスはスタイリスト私物※『anan』2019年7月31日号より。写真・小笠原真紀スタイリスト・岡井雄介ヘア&メイク・RYOインタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年07月29日独特の世界観でボーイ・ミーツ・ガールを描いた『子供はわかってあげない』から約5年、田島列島さんの待望の新作『水は海に向かって流れる』がリリースされた。今回は男子高校生と26歳OLのボーイ・ミーツ・ガールなのだが、構想には紆余曲折があったようだ。年上女性への淡いトキメキ。しかし相手はよりによって…。「最初はグルメとラブコメにしようと思ったんです。第1話のポトラッチ丼はその名残(笑)。ラブコメらしく、ふたりの間に緊張感を持たせたかったのですが、3話目を描いているときにある秘密をふと思いついて、ようやく形が定まりました」主人公の直達は高校進学を機に叔父の家に居候することになるが、駅に迎えに来たのは榊さんという見知らぬ女性。叔父の家はクセのある大人たちが暮らすシェアハウスだった。「高校生の男の子が住みたいのは、女の子がいっぱいいる家かなとも思ったのですが、それより海賊船みたいな家なんじゃないかなと思って、そういうキャラを揃えてみました」そして肝心の秘密というのは、直達と榊さんの家族に関すること。前作は、単行本2冊分のネーム(絵コンテ)を最初に全部描き上げてから本番に入るという、かなり特殊な進め方をした田島さん。今回のように雑誌の掲載話ごとにネームを描き、物語を詰めていく一般的な進め方は、手探りな部分が多いようだ。「描きたいシーンはなんとなくあるけれども、お話はキャラクターが持ってきてくれるんです。榊さんが最初から不機嫌そうだったのは、こういう理由だったのか、と後々になって私自身もわかりました」明かされたら関係性が変わってしまいそうな、爆弾的秘密を抱えて進む物語は、冷静に考えると結構重い。その秘密をシェアハウスのメンバーの誰が、どこまで知っているのか、何気ない会話の積み重ねで徐々に見えてくる様は、ミステリーのような緊迫感をはらんでいる。しかし必要以上に重くせず、ほんわかとした雰囲気すら漂っているところは、田島ワールドここにありといった感じで、思わず頬が緩んでしまう。「自分としては、定番の物語を詰め込んでいるだけで、奇をてらっているつもりは全然ないです。何かしら問題を抱えていたり、過去に囚われていても、そればかり考えて生きてるわけじゃない。日々笑ったり、ちゃんと働いて税金も納めているんだよってことじゃないでしょうか」隠喩的な本作のタイトルに関しても「描いていくうちに、だんだんわかってくるんじゃないかなぁ」とのこと。海賊船に同乗したつもりで楽しみたい、日常の冒険譚だ。たじま・れっとう『モーニング』に読み切り「ごあいさつ」「官僚アバンチュール」「おっぱいありがとう」などを発表後の初連載「子供はわかってあげない」が各方面で高く評価される。『水は海に向かって流れる』1OLの榊さん、なぜかマンガ家になった叔父、女装の占い師、メガネの大学教授、そして今どきの高校生・直達の共同生活。1巻からすでにドキドキの連続です!講談社620円©田島列島/講談社※『anan』2019年7月17日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年07月15日面白いかどうかは別として、人に話したくなる映画がある。それも魅力のひとつなのだろうが、服部昇大さんによる本作『邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん』Season2は玉石混交の邦画からその部分に特化した作品を抽出した、(いい意味で)常軌を逸した映画紹介マンガだ。「マンガを描いているときに、趣味的に映画を流していたのですが、あまり面白いと仕事が進まなくなるので、多少見逃しても惜しくないような映画ばかりかけるようになって。邦画は掘れば掘るだけいろんなものが出てくるので、忘れられているような作品や、やばいシーンを紹介するマンガにしようと思ったんです」女子高生の“邦キチ”こと邦吉映子が、たった2人しかいない「映画について語る若人の部」で、洋画好きの部長・洋一を相手に好きな邦画の魅力を紹介する。ストーリー自体はいたってシンプルなのだが、邦キチの作品のチョイスに加えて、プレゼンの視点がかなり独創的。「プレゼンは最初から意識していたわけではなく、説明好きな自分の作風だったという感じです。周りの人に普段話していることを、そのままマンガにした回もありますね」邦キチの作品選びの傾向として目立つのが、たとえば『ルパン三世』のような人気コミックやアニメの実写版。原作ファンが多いだけに賛否両論が起こりやすく、下手すると大惨事になりかねない、バクチ的なジャンルともいえる。しかしながら邦キチは、世間の評価などまったく気にせず、いわゆるツッコミどころにこそ面白さを見出していく。「いかにもな失敗作でも、邦画だと予算やら条件の悪さやらいろんな事情を想像できて、映画とマンガの違いはあるものの僕自身も作り手として愛情を持たざるを得ないんです」暴走しまくる邦キチのプレゼンはマニアックになりすぎるものの、見ようによってはとても清々しい。“大きな声”に振り回されがちな世の中で、好きなものは好き、いいものはいい、とためらいなく発言する姿には、眩しささえ感じてしまう。「自分はそこまで詳しくないから、なんて気後れはしなくていいし、難しいことを考えず、もっとみんな好き勝手に発言していいのに、という思いはあります。映画の感想なんかは特に、厳しめに語るのが基本になってますけど、邦キチみたいな観方をしたら面白いと思いますよ」『邦画プレゼン女子高生 邦キチ! 映子さん』Season2絶妙な作品チョイスはそのままに、プレゼンのパターンや視点がさらに多彩なシーズン2。邦キチの好みも浮き彫りに!?仲間も増え、カオス感が増してます。ホーム社750円©服部昇大/ホーム社はっとり・しょうたマンガ家。著書に『魔法の料理 かおすキッチン』『ダークアクト』『今日のテラフォーマーズはお休みです。』など。「日ペンの美子ちゃん」の6代目作画担当。※『anan』2019年7月10日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年07月07日デビュー作『どうにかなりそう』で、思春期の不器用な恋や性を大胆かつ繊細に描き、大きな反響を呼んだ岡藤真依さん。最新作の『少女のスカートはよくゆれる』でも官能的な世界観はそのままに、少女たちの抱える悩みや戸惑いにより深く入り込むような内容になっている。「今まで自分のマンガにメッセージ性を持たせるようなことは、あまり意識してこなかったんです。だけど今回は描き進めるうちに、私自身が昔許せなかったことや、目をつぶっていたことをあれこれ思い出して。あのときは何もわからなくて声を上げられなかったけど今なら言える、下手くそでもいいから伝えたいっていう強い欲求に駆られました」幼少期のトラウマで好きな人とセックスに踏み出せない女の子、脳性マヒで車椅子生活を送っているけれども普通に恋をしたい女の子、彼氏ができて“女の顔”になった親友にイラつく女の子…。登場する少女たちは心と体の成長がアンバランスで、自らの性を持て余している。「たとえば部屋からエッチな本が見つかって笑い話になるような男の子と違って、女の子の性はアンタッチャブルなところがあるじゃないですか。時期が来れば誰もが興味を持つことで、別に恥ずかしくも不自然でもないのに、女の子自身が罪悪感を抱いてしまうのはつらいですよね」障害者の恋や性というデリケートなテーマに挑戦しようと思ったのは、自らの無知による無意識の差別を正したかったからなのだとか。それは少女という存在に対して多くの人が抱きがちな幻想と、ある意味では同じなのかもしれない。しかし、悩んでいるのは少女だけではない。少女と呼ばれる時期が過ぎても女性であることから逃れられない絶望と希望を、岡藤さんは逃げずに描く。「心が発達していないうちから、性の対象に見られて嫌な思いをして、ようやく成熟した女性になったら『もう若くないから』と異性に無視されてしまう。結局大人になっても、自らの性を持て余している感じは変わらないのかもしれません」女として生まれたことを、いつか肯定できるように。彼女たちは傷つきながらも前を向いて生きていく。さまざまな悩みを抱えながら、自らの性と向き合う女性たちの短編集。少女マンガでさえもなかなか描かれない、思春期の少女の内面を繊細な筆致で描く。『少女のスカートはよくゆれる』さまざまな悩みを抱えながら、自らの性と向き合う女性たちの短編集。少女マンガでさえもなかなか描かれない、思春期の少女の内面を繊細な筆致で描く。太田出版1500円おかふじ・まいマンガ家、イラストレーター。思春期の少年少女の、未完成な性をモチーフにした作風で注目を集める。デビュー作『どうにかなりそう』(イースト・プレス)が発売中。©岡藤真依/太田出版※『anan』2019年6月12日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年06月08日場や相手を選ばず会話に花を咲かせられる、引き出しが豊富な女性は魅力的です。教養の宝庫である読書を上手にすることで、良質な知識を身につけましょう。話したい人とだけ話していればいいというのは、子どもの特権。成長するにつれ、初対面や気が合わない人とも会話をする機会が多くなります。無難にこなすだけでも精一杯かもしれませんが、自分も相手も「楽しい時間を過ごせた」と思えるような会話をできるのが、一目置かれる大人の女性。「下世話な話やデリケートな話は当然避けたほうがいいですが、時事ネタといっても最近は、昨日盛り上がったことが今日はもう古く感じられることもあるくらい。だからこそ一般的な知識や普遍的な話題を幅広く持っていると、会話のなかに生きていきます」(国語講師・吉田裕子先生)知識や教養を身につける方法はいろいろあるものの、最も手軽かつ効率的なのは、やはり読書。「読書のコスパは抜群です。たとえば著名な方の考えを知りたいとき、講演会なら数千、数万円かかりますが、本を読むだけなら1000円程度で済みますし、時間や場所にも縛られません。またインターネット検索で得る断片的な情報と違って、本はある程度体系化されているのでわかりやすく、知識ゼロの分野を学ぼうとするときの入り口としても最適なのです」有意義な読書法を身につけ、常に取り出せる知識をストック!教えて!先生。読み下手さんからの質問Q. 読書が苦手な人はどうすれば好きになれますか?A. タレント、スポーツ選手など好きな人のエッセイから入ってみて。子どもの頃から読書に苦手意識があるような人は、「本=小説」というイメージに囚われているのでは?「本といってもジャンルはさまざま。構えすぎず、タレントやスポーツ選手など、自分が好きな人のエッセイから入ってみるといいと思います。人気ドラマのノベライズや原作なども読みやすく、好きなシーンが活字だとどうなるのか比べると、新たな発見があるかもしれません。小説なら、いろんな作家の短編がテーマ別に収録されているアンソロジーから、好きな作家を見つけるのも」ベストセラーのような話題性だけで手に取ると、挫折してしまうことも…。気になる人やテーマなど、自分に合いそうな本を探すことが、読書を楽しむ第一歩に!Q. 実生活に生かせそうな本を選ぶコツは?A. 旬の話題=フローの知識、深い知恵=ストックの知識を意識。学ぶことを意識した読書は、フロー(流れ)とストック(蓄え)という2種類の知識に分けて考えると効率的。「フローの情報は一時的に役に立つけれども、時や場所が変わると使えなくなるもの。時事ネタやトレンドは、雑誌やインターネットなども活用して収集する習慣をつけると、仕事の場での話題や発想力に生きてきます。本質的なストックの知識は、長く役に立ちます。少し難しいと感じた本でも、3回繰り返して読むのがおすすめ。1回目はざっと目を通して全体像を把握し、2回目はノートなどをとって理解を深め、3回目は要点を拾い読みして振り返りつつ、自分なりの見解も付け加えていくイメージ。会話で自分なりの意見を言え、物事に対する洞察力を感じさせることが」Q. 本で知った名言・知識をさっと披露するにはどうすればいいですか?A. 100字読書メモを習慣化して、要約力を身につけましょう。読んだ本の内容は理解しているつもりでも、それを第三者にわかりやすく伝えたり、会話のなかに上手に取り入れたりするのは、意外と難しかったりするもの。「要約というと堅苦しいイメージがあるかもしれませんが、手軽に要約力をつけるために、1冊の感想を100字にまとめる読書メモを習慣づけましょう。何についての本なのか、見どころ、感想の3点に絞って短い書評を書いてみるのです。また、役に立ちそうなデータや名言などは、スマホで写真を撮ったり、書き写したりするのも」自分にとって参考になった部分を、1か所メモしておくだけでも効果あり。反対に100字でもの足りない人は、SNSやAmazonレビューなどに投稿するのを習慣に。よしだ・ゆうこ国語講師。予備校・高校に加え、大人向け古典講座も担当。『人生が変わる読書術』(エイ出版社※エイはきへんに世)、『大人らしく和やかに話す 知的雑談術』(日本実業出版社)など著書多数。※『anan』2019年5月29日号より。イラスト・micca取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年05月28日未知のことにも興味を持てる聞き上手は、自分の世界や見識も広がり、周囲からも好印象。賢い女性は相手に気づかれることなく、会話の手綱を握っています。聞くことは、情報をインプットすること。未知のジャンルの話題や、初めて耳にするような単語が出てくることも当然ありますが、そんなときこそ聞き上手は教わり上手にもなります。「教わるのが上手な人は、甘え上手でもあり、学び上手ともいえます。知らないのはまったく恥ずかしいことではありませんし、疑問や気になったことを質問することは、会話がさらに盛り上がるきっかけにもなります」(フリーアナウンサー・魚住りえ先生)話を興味深く、親身になって聞くことのできる女性は想像以上に好印象を持たれています。「どんな人でも、社会や世間に認められたいという欲求があります。話を聞くことは相手をもてなすことであり、その欲求を満たす行為といえるんです」コミュニケーションにおいて受け身の行為ともいえる「聞くこと」は、一見簡単そうですが、実はこまやかな気配りが必要。「相手をもてなす聞き方の上級者は、質問のしかたやリアクションで、話の流れもコントロールしています。自分の引き出しが増えるうえに、周りからも信頼される聞き上手は、ある意味、最も得をする存在なんです」一歩近づくポイントを知ろう!相手に楽しく語らせる、4つのステップSTEP1:自分の知らない話題が出たときは?知ったかぶりはNG!素直に教えてもらう姿勢が好印象。知ったかぶりはその場しのぎになるものの、教養を高めたり、実のある会話をするという意味では、あきらかに損。「コミュニケーションは、自分をよく見せることに固執しすぎると停滞してしまいがち。わからないときは、素直に聞くのが一番です。聞かれた人も、逆にそれが新鮮で学びになることもあるので」知らないことを聞くときに役に立つのが、「勉強不足で申し訳ないのですが…」というフレーズ。複数で会話をしているときに知らない話題や言葉が出てきたら、カジュアルな場であればスマホでササッと調べるのも。ただし興味がないのだと誤解されないよう、すぐに話の輪に戻りましょう。STEP2:知らないことを伝えるタイミングは?早い段階ほどベター。ひと息ついたときが質問のチャンス。意気揚々と話している人を遮るのも失礼だし、かといって、話が流れていくほどに「知らない」とは言い出しにくい状況に…。「わからないことはなるべく早い段階でクリアにしたいところですが、勢いよくしゃべる人や話が長い人は特に、口を挟むタイミングが難しいですよね。とはいえ、誰でも息つぎをしますし、次の言葉を探す間があるので、その瞬間を狙ってカットインしましょう」話し好きな相手ほど、質問を挟むときは簡潔に。まわりくどい質問は、かえって相手をイラつかせる恐れも…。感想や自分の話などをするときも、途中で引き取らず、相手の話をきちんと最後まで聞いてから話すクセをつけましょう。STEP3:もっと深く知りたいときは?キーワードや印象に残ったことから具体的に聞き出して。話を深めたり、広げていきたいようなときも、こちらの質問のしかたが鍵を握っています。「話をしっかり聞いていれば、キーワードやキーセンテンスに気がつくので、それらを拾って深掘りしていきましょう。仮に知らない言葉だったとしても、質問を重ねてそこからどんどん興味深い話を引き出すことができます。また印象に残ったことから、話を広げていくのもおすすめです」相手の言い方が抽象的だったり、わかりづらいようなときは、「具体的に言うと、どういうことですか?」「たとえば例をあげると?」という聞き方が効果的。漠然とした質問を避けることが、深掘りしていくポイントです。STEP4:さらに、相手の心をほぐすためには?言葉の反復や言い換えが効果的。雑談が生きることも。A「今日は駅が混んでいて…」B「そうそう、今日は駅がすごい混んでたよね!」たったこれだけの会話に、相手の承認欲求を満たす効果が。「同じ言葉を繰り返すと、話をよく聞いてくれているという印象を相手に与えるのです。応用として、少し言葉を変えて繰り返したり、そのあとに質問を加えても」共感を示す際に使いがちな「わかります!」は多用すると逆効果。相手と距離を縮めるうえで軽視できないのが雑談。場を和ませておくと、話の展開にも変化が。「雑談ではちょっとした失敗談を話すなど、親しみやすさや抜けをアピールすると、相手もリラックスして心を開いてくれますよ」うおずみ・りえフリーアナウンサー。キャリアを生かして「魚住式スピーチメソッド」を確立し、ボイス・スピーチデザイナーとしても活躍。著書に『聞く力の教科書』(東洋経済新報社)など。※『anan』2019年5月29日号より。イラスト・micca取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年05月28日どこから、どんな球が飛んでくるかわからない、ライブな会話。大人の女性として、暴言、失言などあらゆる球を、軽やかに返す技を磨きましょう。「フォロー上手」な女性になるには?相手に緊張感を与えない、ウィットに富んだ女性は魅力的です。「会話で和やかな時間を過ごすための心がまえとして大事なのは、相手と協力しようという姿勢。でしゃばりすぎず、かといって当てにしすぎず、初めて話す人とでもどうすれば力を合わせてこの場を楽しめるか、探ることのできる人はステキだと思いますね」(コラムニスト・石原壮一郎先生)たとえば、相手の話が瞬時に理解できず、トンチンカンな受け答えをしたり、反対に自分の話を違う意図で解釈されて、噛み合わなくなった経験はありませんか?「お互い内心では焦っていて、こんなときこそ失言が出やすかったりするのですが、食い違いをすかさず自分のせいにして、相手に恥をかかせない人は一目置かれます。会話において、ちょっとした事件や事故はよくあることなので、距離を縮めるチャンスだと思ったほうが気が楽です。それを逆手に取って、上手に生かしてしまえるのが大人の女性だと思います」反応しづらいときや気まずいとき、涼しげに、あるいはユーモアたっぷりに、気の利いた切り返しやフォローで場を和ませる。すぐにできることではないかもしれませんが、ここぞという場面に使えるフレーズを覚えておきましょう。会話が危ないそのときに、スッと言いたいひとこと場が凍った!たとえばダジャレ好きの上司や取引先の人など、本人はあくまでも盛り上げようと思って発した言葉ではあるものの、一瞬で場が凍りつき…。居合わせた人たちは、どう反応すべきかわからないまま、誰かに口火を切ってほしいと思っているような緊張状態。すべったことを好プレーに変える。「ダジャレを言った人は、みんなを戸惑わせてから、じわじわと笑いが広がるのが自分の芸風だと思えれば、何も問題ないわけです。なので『絶好調ですね!』などと持ち上げれば、周りも瞬時に空気を読んで同調してくれるでしょう。下手に突っ込むと収拾がつかなくなるので、ひとすべりで終わらせたほうが全員が安心できます」反対に、自分が場を凍らせてしまったときは、他者のフォローに頼らず「あれ、今の笑うところですよ」とか「ちょっと巻き戻しましょうか」などお決まりのフレーズで早めに切り抜けましょう。誰かが突っ込んでくれたときは、「そこで拾ってもらえなかったら、今日は眠れませんでした」とファインプレーを讃えてあげて!あきらかに間違っている…有名人の名前や地名などを言い間違えるのは、凡ミスの範疇。しかし付き合いが比較的長い仕事相手の名前を間違えているなど、今後のためにも訂正してあげたほうが親切なときも。肝心な部分の記憶違いで、話の辻褄が合わないまま、会話が続くときも困ります。間違いに同調しつつ修正。自分の名前を面と向かって間違えられたとき、間髪入れずに訂正するのは、ムキになっているようで気が引けてしまいます。「少し時間が経ってから『は忘れっぽいから気をつけろって、課長にいつも注意されるんです』などと正しい名前で返して、相手の間違いをなかったことにしてあげるのが大人の優しさでしょう」敏感な人ならすぐに間違いに気づけるうえ、リカバリーのチャンスも。第三者の名前の間違いにも同様に使えるテクニックです。「記憶違いなど、きちんと訂正してあげないと話が流れていかないようなときは、『最近、物忘れがひどくて自信がないんですけど』と前置きをして事実を言えば、相手にも失礼なく、角が立ちません」悪口に巻き込まれそう「最近あの子、部長に色目使ってると思わない?」と楽しそうに話す同僚や、「課長って、ほんとのところ仕事できないよな…」と腹立ち紛れにつぶやく先輩。こちらに意見を求めているような、悪口を含む問いかけには、どう返すのがスマートなのでしょう。鈍感なふりで切り抜ける。悪口を言っているような人には、同調した時点で“仲間”だと思われてしまいます。悪口の輪に入りたくないことを、ある程度毅然とした態度で示すのも、巻き込まれないための予防策。「それでも懲りずに言ってくるようなら、『へえ、何それ?』とか『全然気づかなかった』など鈍感なふりをして、“打っても響かない人”になりましょう」目上の人が悪口を言っているときは、同僚のようにはぐらかせないのが難しいところ。しかしここでも基本姿勢は、鈍感なふりを。「『仲いいですねー』などの的外れな返事をすれば、先輩は『もういいよ』と諦めてくれます(笑)」場合によって“ズレた返し”ができるのも、賢い大人の女性です。いしはら・そういちろうコラムニスト。大人のあり方や素晴らしさを各媒体で発信し、日本の大人シーンを牽引。『大人の言葉の選び方』『大人の人間関係』(共に日本文芸社)など著書多数。※『anan』2019年5月29日号より。イラスト・micca取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年05月27日心のこもった文章は、相手にも自然と伝わり、喜ばせるもの。背伸びをせず、自分らしい言葉で文章を綴り、さまざまな思いを届けましょう。「メッセージ上手」になるためコツをお届けします。日々当たり前のように書いているメールでも、自分の気持ちをきちんと伝えたいと思うほど、身構えてしまいがち。まして、手書きの手紙となると、なおさら。とはいえ、その人らしさが垣間見える心のこもった文章は、より深く、魅力を伝えるもの。「自分の思いを伝えるのはそもそも労力のいることですが、伝えなければコミュニケーションは始まりません。相手ときちんと向かい合うという意味でも、大人の女性としてためらわずにやっていきたいですね」(手紙文化振興協会代表理事・むらかみかずこ先生)口頭ではなく、わざわざ文章にして伝えることのメリットは、頭の中を整理できること。「たとえばお願いしていることに対して一向に返事が来なくて悶々としているとき、口頭で伝えようとすると、つい感情的になってしまったり、言葉が過剰になってしまいがちです。書いて言語化すると、悶々としている理由を冷静に整理できるので、遥かにスムーズに伝えられるのです。気持ちが相手にうまく伝わると、いい関係を築くことができ、その積み重ねが自信にもつながりますよ」ポジティブなシーンもネガティブなシーンも、コツさえつかめば恐れることはありません!この心を伝える6つのコツ1、感謝を伝えるコツお礼を言われて、嫌な気持ちになる人はまずいないでしょう。「『ありがとう』は相手だけでなく自分も幸せになる言葉です。なので何度使っても失礼になりませんが、その理由をプラスすると感謝の気持ちが際立って、さらに喜んでもらえると思います」大げさな言い回しはかえって白けてしまうので、それよりも具体的な「ありがとう」を心がけて。「感謝の気持ちは、間を置かずに伝えるのもポイントです。メールであれば、好意や親切を受けたその日か翌日に送りましょう」ただしタイミングを逃したことを理由に、お礼をしないのは避けるべき。「本当はもっと早くお礼を言いたかったのですが」などと言葉を添えてフォローを。2、謝るコツ「お詫びというと反射的に怖いと思いがちですが、謝ること自体はネガティブな行為ではありません。むしろプラスに転じることもあるので、必要以上に恐れないことが心がまえとして大切です」仕事でミスをしたときや、相手の怒りを買ってしまったようなとき、お詫びの文面で最も気をつけたいのは、潔さと誠実さ。「申し訳ないという気持ちを素直に伝えることが、信頼につながります。ここで言い訳にも取れるようなことを少しでも書くと、かえって伝わらなくなってしまうので、謝るときは特に、短く、簡潔な文章を心がけましょう」そして最後に、次につなげるような言葉を添えると、お互いに気持ちを切り替えることが。3、お断りをするコツせっかくの依頼や提案を断るのは、心苦しいものです。スケジュールの都合などで物理的に難しく「どうしても断らざるを得ない」場合や、条件が見合わないので「できれば断りたい」場合などシチュエーションはさまざまですが、大切なのは次につながるような断り方をすること。「本当は引き受けたいのに状況が許さない場合は、その気持ちを素直に伝えると相手も納得してくれるでしょう。『今月中は厳しいですが、来月なら大丈夫です』などと代替案を出すのも効果的です」後者のように引き受ける意思がなくても、「無理です」「できません」と相手を拒絶するようなストレートな表現は、大人として配慮に欠けるので避けましょう。4、感動を伝えるコツ依頼していた仕事で素晴らしい成果をあげてもらったり、聞いたお話に感銘を受けたり…。感動の度合いが大きければ大きいほど、思いが先走って、適切な言葉が浮かばなかったりするもの。「感動の場合は、基本的には感謝の表現と似ています。つまり、感動というのは、心が大きく刺激を受けて、動かされることですよね。その理由を具体的に言語化すると、リアルに伝わります」自分の気持ちを的確に表現するには、感情を表す言葉のバリエーションが多いに越したことはありません。「嬉しい」にも、興奮で跳び上がるような気持ちや、じわじわとこみ上げてくる感覚など、いろんな種類があるので、臨場感のある表現をマスターして。5、お願いごとをするコツ仕事の依頼などで何かをお願いするときに使いたいのが、クッションになる言葉。「お手数をおかけしますが」「お忙しいところ恐れ入りますが」「ご面倒とは思いますが」などお決まりの言葉でも、あるかないかで読んだときの印象がガラリと変わります。「さらに相手のモチベーションを高めて、快く応じてもらえるようにするには、『前回上手にやっていただいたので』や『さんは仕事が丁寧なので』というふうにさりげなく褒めつつ、なぜその人にお願いをしたいのか、具体的に理由を添えると効果的です」いずれにしてもお願いごとをするときは、相手を尊重していることをアピールして。やる気をかき立てられるかどうかが鍵です。6、気遣いを伝えるコツ「自分のことを気にかけてくれている」と感じることができるのはしみじみと嬉しいものです。「お元気ですか」「お変わりありませんか」というシンプルな言葉でも、気持ちは十分に伝えることができます。一方で繊細な配慮が必要なのは、体調を崩している人や、何らかの理由で落ち込んでいるような人を励ますとき。「相手の状況がどの程度深刻なのかわかりかねる場面も多いので、根掘り葉掘り問いたださず『よい一日になりますように』とか『気持ちよく朝を迎えられますように』などと幸せを願う言葉を軽やかに添えるのがスマートです」読み手の気持ちがほんの少しでも楽になるようなフレーズを「あっさりと」入れるのがポイント。むらかみかずこ一般社団法人手紙文化振興協会代表理事。時代に合う手紙の書き方を提唱しながら、講師の育成も行う。著書に『「さらっと書いたのに心が伝わった!」という文章が作れる』(KADOKAWA)など。※『anan』2019年5月29日号より。イラスト・micca取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年05月27日アニメシリーズ「世界名作劇場」が好き、と聞いて納得した。時代や国がまったく異なる物語なのに、どこか懐かしい気持ちになるのも、そのことと関係あるのかもしれない。小さな世界を優しさという花で満たした子どもたち。「『アルプスの少女ハイジ』や『フランダースの犬』みたいに少年少女の日常が見えてくるような物語を、自分でも描いてみたかったんです」小日向まるこさんが新作『アルティストは花を踏まない』で舞台に選んだのは、第二次世界大戦前のフランスの小さな町。ひとつの大きな戦争が終わったあとに生まれ、さらに大きな戦争が起こることをまだ知らない少年少女たちの暮らしが、オムニバス形式で生き生きと描かれていく。「子どもたちが当たり前のように働いていた時代でもあるのですが、具体的な職業名があってもなくても、誰かのために小さな何かができる人のことをアルティスト(芸術家)と呼びたいと思いました」たとえばモモという少年は、職を失った父や、閉鎖に追い込まれたボウリング場の支配人のことを、得意な歌などで励ます。孤児院で育ち、郵便配達をしている少女リルは、処分するしかない差出人不明の手紙を、とある方法で救い出す。子どもらしい発想から生まれる、ささやかで純粋な優しさと、それを受け取る人たちに起こる変化を丁寧に描いた物語は、まるで一本の映画を観たあとのような味わい深い余韻を残す。「映画っぽい雰囲気というのは、実はかなり意識していて、背景を細かく描き込んだり、人物の立ち位置や光の当たる方向などもすべて決めているんです。音やにおいがしそうなくらい、すべてを絵で表現したい!と意気込んで描きました」心の声を表すモノローグや、説明的なナレーションは一切入れず、セリフも削れるところは1文字でも削るという徹底ぶり。さらにいうと、画材や画法を数話ごとに変えて、見せ方にこだわっている。「初めての雑誌連載だったこともあり、錚々たる先生方の作品に埋もれないよう、工夫した結果でした」試行錯誤を通して目指したのは、自身がマンガや映像作品からもらった元気や勇気を、物語を通して誰かに与えること。小日向さんもまた、現代のアルティストなのだろう。「大きな感動っていうのはそこまで目標にしていなくて、読んでくれた人の気分が少しでも上向いたり、背中を撫でてもらえたような感覚になったらいいなと思っています。小さな一歩が踏み出せるよう、その一歩をとても大切に描いたつもりです」『アルティストは花を踏まない』「やがて悲劇を迎える時代」に生まれた少年少女の友情や成長を、温かな眼差しと高い画力で描く。優しさに影を落とす差別や分断など、現代に通じるテーマも。小学館770円こひなた・まるこマンガ家。「もの」にまつわる物語を綴ったフルカラー短編集『ぼくの忘れ物』が電子書籍にて発売中。『ビッグコミック』で連載された本作が紙媒体デビューとなる。※『anan』2019年5月29日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年05月25日「大人になってからもいろんな“はじめて”は起こり続けるんだ、と気づきまして。嬉しいことも、そうでないことも、胸を揺さぶられる“はじめて”には、その出来事を通して自分が少しずつ育ってゆく前向きな響きがあるように感じたんです」大人の女性に訪れる“はじめて”に切なさが止まらない!大人の女性が出逢う“はじめて”をテーマにした連作集を描こうと思ったきっかけを、谷川史子さんはこう語る。たしかに年齢を重ねて、わかったつもりになっていても、“はじめて”は思いがけないところからやってきて、大人げなくときめいたり、動揺したりしてしまうもの。3巻までに描かれてきたのは、結婚に踏み切れない女性や、自分以外の人と仲良くしている親友に嫉妬する女性、そして谷川さんが「離れる読者の方がいることも覚悟した」と打ち明ける、妻子ある人を好きになってしまった女性など。最新刊では、同級生に10年間も片思いしている女性と、恋愛に縁遠い女性が登場する。「後者は“遅れてきた初恋”がテーマです。年齢的には35歳と十分大人で、思慮や理性や自信のなさで身動きの取れないヒロインなのですが、甘酸っぱい感情に首まで浸からせたいと思って描きました」いろんな読者に「この子、自分に近いかも」と思ってもらえるよう、幅のあるキャラクターを心がけているというだけあって、登場する女性たちの恋愛や人生に対する価値観はさまざま。別の回で脇役として出てきた人が、ヒロインとして再登場したりして(逆もしかり)、すぐそばにいる人のまったく違う物語を楽しめるのも、連作集だからこそ。「改めて振り返ると、ひとりひとり誰にでも大切にしたい人生がある、ということを描きたいのかなと思います。小さな出来事や事柄に心惹かれることが多いのですが、それをひとつのお話に仕上げるのに短編は向いていて、連作集はそのバリエーションだと感じます。短編を多く描くと型みたいなものができて、既視感のある展開になりがちなのが難しいのですが、『この人とこの人が友人だった』などと設定すると、描いた本人なのに、世界は広くて狭い!と感心できたりして楽しいですね」谷川作品の真骨頂といえる“切なさ”と“はじめて”の親和性の高さにしみじみ。日々のささやかな“はじめて”を大切にしたくなるはず。『はじめてのひと』“はじめて”をめぐるシリーズ連載。4巻では、以前からチラチラ登場しているお堅いイメージの博物館職員・北別府さんが主人公に。意外な素顔がかわいすぎ!集英社440円たにかわ・ふみこ1986年デビュー。『おひとり様物語』(既刊8巻)を『Kiss』で連載中。今秋、都内で原画展を開催予定。詳細は本作連載中の『ココハナ』のTwitterなどで告知します。※『anan』2019年5月22日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年05月21日小学生や中学生のときに、誰もが経験したであろう合唱。しかしながら思春期には特に気恥ずかしさも手伝って、その魅力がわからずじまいだった人も意外と多いのでは。漫画『はしっこアンサンブル』2について、作者の木尾士目さんにお話を聞きました。工業高校×合唱、悩めるキミよ、歌でつながろう!「実を言うと、私もやりたくないです(笑)。声を出すのも恥ずかしいし、下手くそなのを聞かれるのを想像するだけで恥ずかしい。でもそういうコンプレックスを仲間となら越えていけるという構図が、合唱はとても作りやすいんですよね」主人公・藤吉晃は、作者の木尾さんと同様、低い声にコンプレックスを抱いている。工業高校に進学したのも、声を使わなくてもいい仕事に就けることを期待したから。声のせいで性格自体も引っ込み思案なのだが、その独特な声を熱烈に称賛したのが、合唱部を作ろうと意気込む同級生の木村仁だった。「工業高校を舞台にしたのは、単純に男声合唱をやりたいので、男が多い舞台が必要だったのと、もうひとつは理系的なアプローチがしたかったから。声を出す、歌う、ハモるといった行為を理屈で説明できれば、私のようなひねくれた人間でも納得できるのではないかと考えました」合唱が好きすぎて周囲から浮いている木村が、その理系的アプローチの役割を担っているのだが、合唱の魅力や声の出る仕組みを情熱的に説明する姿に、藤吉のみならず読み手も思わず引き込まれてしまう。またマイクを自作したり、ちぎれたコードをハンダづけしたりなど、工業高校ならではの小ネタも。2巻までは、部の前身となる同好会を作るため、メンバー集めに奔走する様子がメインに描かれるのだが、常にケンカ腰な金髪ヤンキーや、ピアノを挫折した不器用な女子など、前途多難な雰囲気たっぷりの個性的な面々。「行き当たりばったりなところもあるのですが、こういうライブ感でキャラが入り乱れるのが、木尾士目の一番おいしいところなんですよ、たぶん(笑)。キャラが出そろって、ようやく面白くなってきてくれたかな、と正直ホッとしています」名曲が数々登場し、歌声が聞こえてきそうな音楽シーンも見どころ。「今後は部に昇格するための実績作りとして、コンクールや演奏会に参加するようになっていきます」ついに本格的(?)に始動する同好会。その行く末を見届けよう。『はしっこアンサンブル』2リアルな工業高校の日常と、合唱に挑戦するはみだし者たち。不登校、虐待、親の過度な期待など、さまざまな問題を抱えた高校生が歌でつながる青春物語。講談社648円きお・しもく1994年「点の領域」でアフタヌーン四季賞を受賞してデビュー。主な作品に『四年生』『五年生』『げんしけん』など。『はしっこアンサンブル』3巻は夏に発売予定。※『anan』2019年5月15日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年05月09日最近、女性ファンが増えつつある日本酒だが、著者・はるこさんのような人もいまだ少なくないだろう。「もともと私は洋酒派で、日本酒に興味を持ち始めてはいたものの、難しいというイメージがありました」しかし原案協力の「酔っぱライター」こと、江口まゆみさんのアドバイスもあり、いまや主人公の日本酒好きOL・藤井松子並みにその魅力にハマっているご様子。アラサーOLの恋を“つまみ”に日本酒の魅力に酔いしれる。松子は彼氏ナシの32歳。結婚や出産で同世代の飲み友が減るなかで、若干焦りつつも、カップ酒を家飲みする気ままな暮らしを楽しんでいる。カップ酒なんていきなりハードルが高いし、オッサンくさい……。そんな思いが少しでもよぎった人こそ、読み進めてほしい。飲み切るのにちょうどよいサイズだし、レンジでお燗をするのに適した形状で、しかも飲み比べもしやすいので初心者にぴったりなのだ。こんなふうに日本酒の楽しみ方や、シーンに合わせたおすすめの銘柄がたくさん登場するのだが、単なるうんちくで終わらないのが本作の面白いところ。会社で隣の席のクールで思わせぶりな年下男子に翻弄されたり、日本酒の趣味が合う年上男子とお店で意気投合したりして、お酒ほどには素直に酔えない松子の恋の行方も気になってしかたがない。「恋愛模様の描き方は、リアル感とマンガらしさのバランスにこだわっています。喜怒哀楽それぞれをつまみに酔うのもあり、というノリで。好きな人やものがあるって楽しいし、どんな日も楽しむことを忘れない松子を描ければと思っています」恋愛したいのに、尻込みしてしまうアラサーの本音に共感しながら、日本酒が飲みたくなることも必至。「日本酒は日常から旅先まで多彩な姿で楽しめて、大人の読者様には話のネタに、日々のスパイスにしていただけるのではと思います。江口さんからいただくお酒選びなどの情報を私自身も毎回楽しみにしていて、知らなかったご当地情報を学べたり、日本の魅力再発見につながるお酒なんだなあと感じています。まだ出ていない地域のお酒もこれからどんどん登場しますし、松子も現地に飲みに出かけたりする予定です!」『酒と恋には酔って然るべき』ひとりは楽しいけれど恋もしたい、日本酒好きな悩める松子の恋模様をコミカルに描く。気になる銘柄が続々出てきて、入門者も日本酒好きも楽しめます!秋田書店680円©はるこ(秋田書店)2019はるこマンガ家。最新刊に『お高い彼の誘惑キス』(ぶんか社)。美波はるこ名義でも活動しており、『背徳のセブンセクシー』シリーズ(ZITTO)など連載作を多数執筆している。※『anan』2019年4月24日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年04月23日世界が失われて初めて直面する、仕事、家族、そして生きること。久野田ショウさんによるコミック『一日三食絶対食べたい』。もしも今ある社会システムが崩壊して、世の中がもっとシンプルになったら、人は何を拠り所に生きるのだろう。主人公の青年・ユキが最も重きを置いているのは、タイトルになっている「一日三食絶対食べる」こと。しかも大切な人と一緒に、だ。「『南極料理人』という映画が好きなんです。ものすごく過酷な環境だけど、おじさんたちが楽しそうに仕事をしていて、そういう世界をマンガにしてみたいと思いました」舞台は環境問題の悪化により、氷河期を迎えた世界。生き残った少数の人類は高層ビルを居住空間(ビオトープ)に、自給自足の集団生活を送っている。ユキもその一員で、リッカという少女と家族を失った者同士、助け合いながら同居している。悲壮感がそれほどないのは、先の映画が構想のきっかけであることに加えて、ユキのヘタレっぷりによるところも大きいようだ。物語はユキの就職活動の場面から始まるのだが、病弱なリッカにおいしいものを食べさせたい思いから、文句タラタラ働くことに。「私も会社勤めの経験があります。大変だったけど先輩と仲良く愚痴を言いながら仕事ができたので、今では楽しかった思い出になっていて、それがユキとスギタのコントみたいなやりとりに繋がっています」ユキはマイナス45°Cの雪原で、氷のなかから植物や生活用品など前時代の“遺品”を切り出す、少々危険な仕事をすることに。会社員時代の作者の経験が生かされているだけあって、上司とのやり取りやチーム間の軋轢など、仕事を通して描かれる感情はとてもリアルだ。「今はお金を稼ぐだけでは、精神的に満足できないような人も多いと思うのですが、仕事の目的が自己実現ではなかったり、やりたい仕事がないような状況で、それでもなぜ働くかっていうと、大事な人と一緒にごはんを食べるためなのかなって」オムライスやホットケーキなど、貴重な食材で丁寧に作る、質素だけどおいしそうなふたりの食事も見どころのひとつ。過酷な環境ゆえに、温かさや優しさがより染みてくる。「これからもユキの成長をメインに、いろんな家族のかたちや、ビオトープを継続させるために働く人たちなどの姿を描いていきたいです」現代人の複雑な感情を持ち合わせたまま、ふりだしに戻ってしまった世界で生きる人々を通して、本当に大事なものについて考えさせられる。『一日三食絶対食べたい 1』滅亡寸前の世界で、少女のためにダメ人間が立ち上がる。読み切り作品が反響を呼び、連載化が実現。働くことの意味や家族のあり方を、軽やかなタッチで描く。講談社630円くのだ・しょうマンガ家。『三途の川でワルツを』で「アフタヌーン四季賞2015年秋のコンテスト」萩尾望都特別賞を受賞。『宇宙のライカ』で、同賞2017年春の四季大賞受賞。※『anan』2019年4月17日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年04月11日©️きのう何食べた?製作委員会男性カップルの食卓をベースに、ほろ苦くもあたたかい日常を描く、「モーニング」の大人気連載『きのう何食べた?』。弁護士の筧史朗役に西島秀俊さん、美容師の矢吹賢二役に内野聖陽さんというこれ以上ないキャスティングで、ついにドラマ化が実現!原作者のよしながふみさんに、撮影現場を見学したときの様子やドラマに期待すること、漫画創作時のエピソードなどを思う存分語っていただいた。心の中で「ギャー!」が止まらなかった撮影現場©️きのう何食べた?製作委員会映像化していただくなら、深夜枠のメシものドラマがいいなとは話していたのですが、まさかの豪華キャストで本当にありがたいです。あの西島さんが腕まくりしてお料理を作っている姿を、夜中にぼーっと見ることができるなんて、一体何の環境ビデオ!?京都の桜の景色より美しいでしょ!と思うじゃないですか。ポスター撮りやドラマの撮影現場も見学させてもらったのですが、いまだに夢みたいです。©️きのう何食べた?製作委員会内野さんは一瞬、誰?と思ってしまうくらい、ケンちゃんに寄せてくださってますよね。見学に行ったのは撮影が始まって間もない頃なのですが、トーストを食べるシーンで内野さんの脇がキュッと締まっていて、かわいいっ! と思ってしまいました。役者さんとしては、オネエに振り切って演技したほうが楽なのかもしれないですけど、「ケンジの場合は、それじゃあダメなんだよね?」と初めてお会いしたときに聞かれたんです。その点は、内野さんに演じていただけるだけでほぼクリアしていると思うのですが、役作りに熱心な方なので、かっこいいと思える範囲でキュートでもあるバランスを、考えていらっしゃったようです。ドラマの撮影全般にいえるのでしょうが、十数秒のシーンを撮るのに何回も同じ流れを繰り返すんです。たとえばシロさんが仕事に出かけるシーンで、西島さんがわざと襟をひっくり返してスーツを羽織ると、ケンちゃんがそれを直しながら「いってらっしゃい♡」と言ったり、チュってやろうとしたら邪険に扱われたりして。いろんなアドリブをちょっとずつ入れて試してくださるので、必死に平静を装いながら、ギャー!と思って見てました(笑)。本当にごちそうさまでした。原作とは違うからこそ勉強になること©️きのう何食べた?製作委員会脚本に関しては、別々の話を組み合わせているようなところでも、違和感なくすっと入ってくるんです。読み終わってみると、同じテーマで貫かれている話を選んでいることがわかったりして、興味深かったです。原作者として映像化される醍醐味は、関わってくださった方々が私の作品のどこを好きになってくれたのか、できあがったものを通して見られることですね。シーンのチョイスであれば、たぶんそれは脚本家さんの好きポイントだし、演出に関してなら監督さんのポイントだし、セリフをしゃべる間合いであれば、役者さんのポイントなのでしょう。たとえばあるシーンで、役者さんが原作とは違う表情や間合いでしゃべっていたりすると、もう一回勉強させてもらったような気持ちになれるんです。特にいい役者さんは、リアルな感情の動きに近い間合いでしゃべるから、すぐには漫画に落とし込めなくても、発見が多いですね。実写のお料理がどんなふうになっているかも、とても楽しみです。お料理のシーンでは、作りかけのもの、できあがったものなどを何段階も用意して、本番に対応していましたが、最後はスタッフの方たちで全部きれいに食べると聞いて、素晴らしいなと思いました。ポスター撮りで使ったシャケすらおにぎりにして、私もいただきましたから。さすが、シロさんが買わないような、いいシャケを使いよる……と思いながら食べましたけど(笑)。そこはやっぱり映像が大事なので、原作よりも2段階くらいいい食材を使っているのではないでしょうか。“あと一品”に力を入れた料理漫画を「モーニング」で連載が始まったのは2007年12月号ですが、今は空前の自炊ブームだそうで、逆にびっくりというか、嬉しいですね。私自身は親が共働きだったこともあり、高校生のときからごはんを作ってきました。今も仕事をしていて時間になると、今日は何作ろうかな……と無意識に考え出したり、スーパーのチラシに丸をつけだしたりして、「あーもう、今はこれじゃないでしょ!」と思う日々です。ごはんは食べないといけないし、作るのも嫌いじゃないんですけど、今まで何時間費やしてきたんだろうって思ったら、仕事に還元したくなりまして。シロさんの作る食事がどうして一汁三菜なのかというと、私自身が食べたいからという答えが、一番的確かもしれません。メインを一品を取り上げるグルメ漫画はそれまでもたくさんあったのですが、大概の人が悩んでいる “あと一品” を紹介している漫画が意外とないので、自分の悩みを解決する意味でも小鉢モノに力を入れようと思ったんです。そのスタンスは今もあまり変わっていませんね。食材探しから料理シーンの描き方まで©️きのう何食べた?製作委員会レシピは、「モーニング」に掲載されるときの季節感を意識しています。つまり掲載されたときに、読んでくださった方が作ることのできる旬の食材をなるべく使うようにしているのですが、そういう食材って漫画を描く時期はまだすごく高かったり、なかなか手に入らなかったりすることが結構あって……。料理番組を製作している人の苦労がわかりました。描く前に必ず自分で作って、工程やできあがりの写真も撮っているのですが、これが予想以上に大変で。たまに家族に「ごめん、横から撮って!」などとお願いするんですけど、専属カメラマン並みに張り付いてもらわないといけないので、こっちも途中で面倒くさくなって、結局自分で撮影することが多いです。包丁を使いながらとか、炒めものをしながらの撮影はさすがに大変で、ときどき何やってんだろうな、と冷静に思ったりもしますが(笑)。レシピの売りは、すべて実食済みであること。ベストレシピではないかもしれないけれども、作りやすさとコストパフォーマンスのバランスがいいものを紹介したいと思っています。もちろんなかには、この工程は絶対に時間をかけないといけないっていうものもありますが、省ける手間や代用できるものはなるべく紹介したいですね。あと実際に作ってくださる方が、同じタイミングで同じことを感じられるように、加熱しているときのにおいとか、見た目が変わる瞬間なども、なるべく盛り込むようにしています。お料理って、科学実験的な楽しさもあると思うので。続けてきたからリアルに感じる、登場人物のお悩み©️きのう何食べた?製作委員会これだけ長く連載が続くと、登場人物にもいろんな変化がありますよね。親との関係だったり、老いの問題だったり、結婚や離婚など、生きていれば起こりうるようなことも描きたかったテーマのひとつです。だけどそればっかりは描きたくなかったというか、スパイスみたいにピリッと感じられるくらいの分量でいいんだよね、と思っていました。たとえば週に1回病院に通わなくちゃいけなかったり、ゲイじゃなくても親とうまくいっていないような人は、たくさんいますよね。そういう人たちも仕事をしたり、ごはんを食べたりなど普通の日常を送っていて、四六時中、気が重いことばかりを考えているわけではない。逆に大した情報量じゃなくても、ごはんを食べているときに少しだけ登場人物の悩みが開示されたりすると、だからあのときああだったんだって、ちょっとしたミステリーを味わえたような気分になれますよね。そういう表現ができるのも、続けてきたことの楽しさかもしれません。この漫画でやりたいことが全部できてしまうかも弁護士という職業も描きたかったことのひとつですが、これもやっぱり100%のお仕事モノとしてではなく、お家に帰ってちゃんとプライベートもあるような見せ方にしたいと思っていました。長く連載させていただいているがゆえに、当初の予定よりいろんな人や出来事を描くことができていますし、ほかの作品でやろうと思っていたことを、この漫画で全部できてしまうのでは?とも感じています。連載が始まった当時は40代前半だったふたりも、今は50代半ばくらいでしょうか。自分もそうですけど、実年齢に精神年齢がまったく追いつかないのをいいことに、心は若く描いちゃうぞ!と開き直っていたりもします。だけど年齢を重ねることで起こるしょんぼりエピソードも、「いやいや、これも漫画に生かせるかもしれない!」と思うと、多少前向きになれるのでいいですね。ドラマのおふたりが、健診結果のコレステロール値を見て青ざめている姿を想像すると……、それはそれで大萌えです(笑)。そんな場面があるのかないのかわかりませんが、ドラマを見てから思うことや気がつくことがいろいろありそうで楽しみです。Text:兵藤育子PROFILEよしながふみFumi Yoshinaga東京都生まれ。代表作の『西洋骨董洋菓子店』は2002年、第26回(平成14年度)講談社漫画賞少女部門受賞。現在、白泉社「月刊メロディ」で『大奥』を連載中。2006年、第5回(2005年度)センス・オブ・ジェンダー賞特別賞、第10回(平成18年度)文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。ほかの作品に、『フラワー・オブ・ライフ』『愛がなくても喰ってゆけます』『愛すべき娘たち』『こどもの体温』などがある。ドラマ24『きのう何食べた?』テレビ東京ほか4月5日スタート毎週(金)深夜0時12分~放送(テレビ大阪は翌週月曜0時12分~)最新巻発売中!『きのう何食べた?』15巻
2019年04月04日これはヤバい……と思いながら、読み進めずにはいられない。意志強ナツ子さんの『アマゾネス・キス』は、占いでも、アイドルでも、何かしらに心酔しているような人ほど、刺さるところがあるはずだ。人間力を高めて成功をつかむ禁断の世界へようこそ……。「私もメンターといえるようなカリスマ性のある人にハマりがちなのですが、オカルトビジネスや怪しい宗教の構造とそんなに遠くない気がして。そういったものを取り巻く人間関係の縮図を描きたかったのです」大手菓子メーカーに勤めながら、副業で占い師をしている岡本はづきは、自社のヒット商品「ボタニカチョコ」を手がけた憧れの天野純子と、ついに会うチャンスに恵まれる。しかし天野は会社を辞めて、超感覚知覚力を磨く会員制のトレーニングジムを始めるのだという。天野に認められたいはづきは、勧誘してほしくてたまらないのだが、凡庸に見える同僚に先を越されてしまう……。「はづきは私の精神的な部分の自画像なんです。自分の居場所はこんなところではないと思って、周りを見下していた結果、しっぺ返しがくるようなところとか。私自身、そういう経験を人一倍しているので、ほかのマンガ家よりもイタい人とか恥ずかしい人を描ける自信があります」はづきの必死さは滑稽だが、無邪気に笑えないようなザラリとした感覚が残る。はづきだけでなく、彼女の占いに依存する気弱そうな青年や、アイドル志望だけどトレーナーとして働き始める女子など、登場人物の選択がいちいち危うく、行く末が気になってしかたないのだ。「私としては、どの登場人物にとっても正しい道だと信じて描いています。間違ってると思われるだろうなっていうことぐらいはわかっているんですよ。けど、よく考えたらあながち間違いじゃないし、一理あるでしょ?っていう気持ちで」一見、無茶苦茶な設定や展開だが、おのずと引き込まれてしまうのは、緻密に練られているからこそ。「日頃の行いが悪いのに、なぜかうまくいっちゃうような人っていますけど、人の運や成功は因果応報などではなく、もっと別の次元で成り立っていると思うんです。その理不尽さを、極端な人生や極端なマンガで描いていきたいですね」超感覚知覚力を高めたい人々の欲望が渦巻く、オカルトあり、エロあり、サスペンスありの異次元ドラマ。トーチwebにて好評連載中。リイド社719円いしつよ・なつこマンガ家、魔術師。チェコ国立芸術アカデミー(AVU)インターメディア学科修了。’14年「女神」(トーチweb)でデビュー。著書に短編集『魔術師A』など。※『anan』2019年4月10日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年04月03日『北北西に曇と往け』の舞台、アイスランドは、入江亜季さんがマンガ家になって初めてまとまった休みを取った際、旅した場所だった。イケメン×北欧アイスランド。見たことのない探偵活劇!「アイスランドの自然と、生活と、車が描きたくて始めた物語です。アイスランドでは、森林限界に近い厳しい環境で、わずかに許された生き物の領域を大切に、人間が生きています。人間にとって車は自身の一部のように大切な道具であり、厳しい環境から生命を守るシェルターでもあります。また運転免許を取ったばかりでもあったので、車は絶対に描きたいモチーフでした」17歳の御山慧(みやまけい)は両親を事故で失い、アイスランドで暮らす祖父の家に居候しながら、愛車ジムニーを駆って探偵の仕事で日銭を稼いでいる。「慧については、格好いいってなんだろうと考えました。他人や社会のために力を尽くすこと、もうひとつは自分の腕で生きていくことなのかなと。慎重で疑り深い一方で、人の善良さを愛しているところが、慧の魅力だと感じています」彼を慕ってやまない弟の三知嵩(みちたか)は日本に住んでいて、一見無邪気そうだけど謎に満ちた存在。ある日突然、音信不通になってしまうあたりからサスペンス色が強まっていく。「マンガは笑えたほうがいいと思っていたので、笑顔が減るリスクにドキドキしながらサスペンスに挑戦しています。アイスランドの人々の優しさを知る一方で、町の外の風吹き荒れる荒野や、簡単に凍死してしまう冷たさを思うと、この緊張感はふさわしいような気がしています」冒険要素も多分にあり、ちょっと特殊な能力を持っているという慧の設定にはSF的雰囲気も。ジャンル分けが難しいところはいかにも今っぽいが、読んで心が躍るというマンガの純粋な楽しみ方を思い出させてくれる力強さがこの作品にはある。「旅をすることは外界の知恵や価値観を得ること、それが個人の心の世界を広げることにつながると思っています。仮想の旅ができることは、マンガという“やさしい”読み物の役割のひとつでもあると信じています。登場人物同士がぶつかったとき、何が起こるかが肝。これからも変化の多い作品にしていくつもりです」『北北西に曇と往け』3クールな慧のイケメンっぷりは眼福!タイトルは彼の人生を思って名付けたそう。最新刊では、人捜しの依頼で訪れたセーフハウスで慧の記憶が蘇る…。KADOKAWA620円©入江亜季/KADOKAWAいりえ・あきマンガ家。2002年デビュー。’06年、個人誌の作品をまとめた『コダマの谷』を刊行。’08年より連載を開始した初の長編『乱と灰色の世界』は7年にわたり続いた。※『anan』2019年3月27日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年03月20日美しき庭に眠る不思議な力をめぐる“作庭師”たちの幻想譚。由紀円香さん『作庭師の一族』2とは?「もともと庭という空間になんとなく惹かれていて、物語性を感じていたんです。その直感はわりと当たっていて、本当に物語を考えて庭が構成されていたりとか、水の流れが近くにある大きな川の流れと同じになっていたりとか、小さな世界が庭のなかに造られていることを知り、マンガにしてみたいと思いました」本作で登場する作庭師とは、簡単に説明すると、不思議な力で庭の管理をする職業、というか存在のこと。「私は京都に住んでいるのですが、歴史のある庭は方位などを重視していて、陰陽五行の影響も受けているらしいのです。陰陽師って調べてみると、ひとりでやっていたとは思えないほどの仕事量で、実はそれが分業制で土地方面の専門家がいたとしたら…というのが作庭師なんです」物語は、朝日名家に代々伝わる庭を、夜鶴来(よつるぎ)おぼろという作庭師が修繕に来るところから幕を開ける。この家に暮らす女子高生のひなたは、おぼろと出会うことで、朝日名と夜鶴来というふたつの作庭師の一族の因縁に巻き込まれていく。「おぼろはいかにも作庭師然としていますが、自我が確立されないまま重いものを背負ってしまった人。ひなたは逆で、普通の明るい女子高生だったのに、作庭師の一族であることを知り大人になっていくんです」2巻では、おぼろの抱えている恐るべき因果が徐々に明かされ、ひなたのほうは選ばれし者である運命を受け入れ、覚醒していく。ふたつの一族の行く末は読んでのお楽しみだが、庭に一歩足を踏み込んだら広がる異世界という設定は、『不思議の国のアリス』的なファンタジーの王道ながら、日本的モチーフが魅力的で、一族の因縁と結びつける展開にもどんどん引き込まれてしまう。「あの角を曲がったら別世界につながっている、というような感覚に以前から憧れていて、日常のすぐそばにあるファンタジーを描いてみたかったんです。初めての連載でしたが、想像しているだけでは考えが及ばないようなこともたくさんあって、作者として物語に責任を持つことの大切さを教えてもらいました」新鋭作家によるアクション、ホラー、人間ドラマありの幻想譚。庭の見方が変わってしまうかも!『作庭師の一族』2「朝日名」と「夜鶴来」、ふたつの作庭師の一族に起こった悲劇とは。そしておぼろとひなた、それぞれの決断とは。めくるめく展開から目が離せない完結編。講談社640円ゆき・まどかマンガ家。京都出身。第1回THE GATE奨励賞を「はるのうた」で受賞してデビュー。本作が初連載。インスタグラムアカウントは@yuki_madoka※『anan』2019年3月20日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年03月18日いわゆる異文化交流モノは過去にもいろいろあったけれども、『サトコとナダ』はありそうでなかった設定の面白さが光る作品だ。ひとつは、日本に暮らす多くの人にとってあまり身近とはいえないイスラムを扱っていること。女同士の友情を描いていること。そして舞台となる“移民大国”アメリカは、ふたりの主人公にとって異国であること。国籍や文化が違っても女子は女子。異文化交流マンガ、注目の完結!『サトコとナダ』はユペチカさんの留学体験に基づいているものの、あくまでもフィクション。しかしサトコが当初抱くムスリム女性への先入観は、ユペチカさんの気持ちを代弁もしている。「ニカブ(目以外を覆うベール)を着ていると、それだけで違う世界の人だと思ってしまうじゃないですか。だけど実際に仲良くなってみると、私たち日本人よりも自己主張が強かったり、あけすけなところがあったりして衝撃を受けたんです」サトコとルームシェアをするのは、サウジアラビア人のナダ。ホームパーティでセクシーな格好をしたり、アプリを駆使して礼拝を行ったりなど、序盤はイスラム文化とその意外な一面を紹介する内容がメイン。2巻目以降はナダにお見合い話が浮上し、より物語性を帯びてくる。「お見合い結婚をさせられると聞くと、私たちはマイナスイメージを持ってしまいがちですけど、そうやって幸せに暮らしている方にもたくさんお会いしたので、プラスの面も伝えたかったんです。最終的には“イスラムだから”とか“サウジアラビア人だから”というのではなく、サトコとナダ、それぞれの生き方を見せたいと思っていました」生まれた国や文化、宗教などまるっきり違うふたりが、たまたま一緒に住むことになり、お互いの違いを認め合いながら友情を育んでいく姿は尊く、何より楽しそうなのがいい。「ほんの少しでも世界が優しくなるといいなと考えながら、いつもこの作品を描いていました。マンガでイスラムを扱うことはチャレンジングではありましたが、私自身も本当にいい夢を見させてもらいました」イスラム文化への純粋な興味から読み始めるのもよし、友情物語として読むのもよし。世界の広さ、価値観の多様さを感じながら、最後は清々しい気持ちに包まれるだろう。『サトコとナダ』4監修・西森マリーアメリカで留学生活を送る日本人のサトコと、ムスリム女子・ナダのルームシェアの日々を描いた4コママンガ。留学生活が終わりに近づく、感動の最終巻。星海社640円ユペチカマンガ家。Twitterに趣味で投稿していた本作が注目され、WEBマンガサービス「ツイ4」で連載をスタート。「このマンガがすごい!2018」オンナ編第3位に選ばれる。※『anan』2019年3月6日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年02月27日生きづらい世の中とはいわれるけれども、それは世の中のせいだけだろうか…。資生堂の「ウェブ花椿」で連載されて話題を呼んだはるな檸檬さんの『ダルちゃん』は、軽い気持ちで読み始めると、不意打ちを食らってしまう“ハード”な物語だ。「20代の頃なんかは特に周りの評価を気にしがちですけど、気にしまくった果てに幸せってないよなあとずっと思っていて。そんなふうにもがいている子たちに嘘のない形で、押し付けがましくなく何が言えるだろうっていう気持ちがありました」ダルちゃんこと丸山成美は、24歳の派遣社員。会社ではダルダル星人という真の姿を隠し、普通の女性に“擬態”してそつなく仕事をこなしている。読者の方々も恐らく経験あるだろう。「本当の自分はこうじゃないのに…」と思うような瞬間が。「田房永子さんがA面、B面という表現をしていて共感したのですが、大人になるにつれA面という社会で必要とされる概念的思考に引っ張られて、B面の感覚的な部分をひた隠しに頑張るじゃないですか。それを“ダルダル”で表したかったんです」周りから浮かないよう普通に生きることに日々必死なダルちゃんに、初めて友人と恋人ができ、そしてあることをきっかけに詩という創作の世界へのめり込んでいく。自分というものを持っていなかったダルちゃんが、初めて立ち上がった赤ん坊のように恐る恐る、でもしっかりと内面を見つめようとする姿は、胸が締め付けられるほどリアルだ。「ダルちゃんには結果的に私自身も投影されていて、自分で自分を騙していた頃のあまり見たくない一面を掘り起こしてもいます。選択肢が無限にあるように思えるなかでどれを選んでいいかわからないのは、若いうちはしかたのないこと。だけど最終的に幸せを選び取れるのは、自分自身でしかないと思うんです」何を幸せに思うかは、人それぞれ。だけどダルちゃんの生き方は、幸せの選び取り方を教えてくれる。はるな檸檬『ダルちゃん』1、2 普通の人になりたいと願う女性が、友人、恋人、創作と出会うことで地に足をつけて生きる決意をする、勇気と希望の物語。第9回新井賞を受賞した注目作。小学館各850円はるな・れもんマンガ家。2010年『ZUCC×ZUCA』でデビュー。読書遍歴を描いた『れもん、よむもん!』、出産体験を描いた『れもん、うむもん!-そして、ママになる-』が。※『anan』2019年2月27日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年02月23日数少ない病院勤務の薬剤師に焦点を当てた作品『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』について、作者・荒井ママレさんにお話を聞きました。縁の下の力持ちの誇りと葛藤。病院で働く薬剤師の日常とは?医者にかかると薬剤師には大抵お世話になるものだが、「薬を出してくれる人」というイメージしかない人も多いだろう。本作は日本の薬剤師のなかでも2割弱という、病院勤務の薬剤師に焦点を当てている。「薬剤師は『医師の出した処方箋に唯一疑義をかけられる存在』であり、治療に欠かせない薬の専門家であることに物語としての可能性を感じました。患者側は『病院にかかって薬を飲めば治る』と考えがちですが、薬が正しく服用されて初めて効果が出るので、薬剤師も直接ではなくても治療に大きく関わっているのだと思います。そしてそういう面が知られていない、あくまでも縁の下の力持ちである薬剤師の視点でしか描けない物語があるとも思っています」しかしながらこの「疑義照会」はなかなか厄介らしく、主人公のような新米薬剤師がベテラン医師の判断に物申すことは歓迎されにくいという本音と建前があるようだ。ほかにも医師や、ときには患者からも下に見られたり、膨大な調剤を正確かつスピーディに行う必要があるため、患者とのコミュニケーションに多くの時間を割けなかったりなど、薬剤師の葛藤が立体的に描かれていく。「医療に関する専門知識が自分にはまったくないので、不安は常についてまわるのですが、葵みどりは作者が勝手にかけてしまうブレーキを無視して、突っ走ってくれるようなキャラに育ってほしいですね」医療原案を担当する富野浩充さんは、現役の病院薬剤師。さらには取材に基づいた数々のエピソードも、リアルな描写の一翼を担っている。「薬剤師さんに取材をすると『自分たちの仕事は地味だから、マンガにならないのでは?』とよく言われるのですが、話を聞くとやはり面白く、みなさんプロフェッショナルで、医療を支えている誇りが感じられます。医療現場のさまざまなドラマもそうですが、お金のことや病院という職場の日常など、いろんなエピソードを描いていきたいですね」荒井ママレ『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』 1 医療原案/富野浩充総合病院の新米薬剤師・葵みどり(26歳)が奮闘する様を描いた、異色の医療ドラマ。タイトルは「縁の下の力持ち」を意味する「アンサングヒーロー」から。徳間書店580円。©荒井ママレ/NSP 2018あらい・ままれマンガ家。小学館新人コミック大賞に入選してデビュー。著作に『おもいでだま』『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』。本作の第2巻は、4月20日に発売予定。※『anan』2019年2月6日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年02月03日人気イラストレーター・大島智子さんの初マンガ作品『セッちゃん』は、彼女の絵柄の特徴といえるアンニュイな表情をした女の子が、イラストの世界観そのままに淡々と「生きて」いる。「マンガを描くことに憧れはあったのですが、自分はできないと思っていました。だけど2010年頃に最初の2ページをなんとなく描いたメモが残っていて。これを膨らませてみることになったんです」その最初の2ページというのが、衝撃的だ。血だらけで横たわっている、セッちゃんという大学生の女の子と、椅子に座って呆然としているあっくんという男の子。要するにセッちゃんが死んでしまうところから物語は始まっているのだが、読者は「一体なぜ?」という思いを抱えて彼女の人生へと入り込んでいく。「セッちゃんは誰とでも寝てしまうのですが、メンヘラとかビッチっていう言葉には当てはまらない子にしたかったんです。でもセッちゃんみたいな子を受け入れられない人も多いと思うので、あっくんにその気持ちを代弁してもらったら、嫌なヤツになってしまいました(笑)」動物的で周囲から浮いているセッちゃんに対して、あっくんは他人に興味がなく、打算的なタイプ。本来は接点がなさそうなふたりが、ある事件を機に肩を寄せ合うことに。「イメージしたのは、3.11直後の東京でした。原宿に遊びに行ったらデモに巻き込まれてしまった経験があるのですが、今までと違う街の感じが印象に残っていたんです」あのときデモにのめり込む人もいれば、その流れについていけない人もいた。共に何かに流された結果なのだろうが、セッちゃんたちを見ていると、非常時でも生活そのものはなくならないし、人はそう簡単に変わらないことを思い知らされる。「坂口安吾の小説を読んでいると、戦争中だけどいろんな男の人と遊んでいる女の人が出てきたりして、なんだか楽しそうなんですよね(笑)。そういう人を当たり前の存在として描きたかったんです」一からマンガを描く方法がわからないからと、まず小説の形にしてからマンガに描き直したという本作。「次回作のことはまだ何も考えていません。物事を真剣に見ないとマンガは描けないと感じたので、まずはちゃんと生きたいと思っています」『セッちゃん』誰とでも寝てしまう女の子・セッちゃんと、誰にも興味を持てない男の子・あっくん。交わらないはずのふたりのかけがえのない時間を描いた心にしみる物語。小学館1000円©大島智子/小学館おおしま・ともこイラストレーター、映像作家。2010年からイラストを元にしたGIFアニメをTumblr上に公開し始める。’17年に初めての作品集『Less than A4』を発表している。※『anan』2019年1月30日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年01月25日中学生との日々を切り取り、多くの共感を呼んでいる現役美術教師、イトウハジメさんの3作目『放課後のオレンジイトウ先生の美術ノート』は、本人いわく「瞬間」を意識している。「笑いやかわいさもそうですが、本作はネガティブな面も好んで含めていきました。背伸びしたり、幼さを見せたり、忙しいところがこの世代ならではの魅力だと思います。男子のギャグセンスの高さとか、女子の圧倒的に大人びた言動とか、振れ幅の大きさに日々笑っています」切り取られている「瞬間」は、何かとややこしい中学生の頃、誰もが通り過ぎてきたような風景なのだが、その“取るに足らなさ”の積み重ねが、かけがえのない時間であったことに気づかされる。イトウさんは「はじめに」で、マンガともエッセイともいいがたい「なんとも分類しにくい本」と断っているのだが、それにはこんな意図があった。「自分の考えるマンガと本作の違いは、登場人物です。マンガは読むほどに登場人物の個性が光って、何かを得たり、謎が解けたりします。一方、この本では、いつまでも人物の曖昧さが解けないし、話のゆくえも不透明なままなので、ちょっと不思議な感覚が残るような気がします」多くのエピソードがたった2ページで展開するのも、不思議な印象を後押ししているだろう。「余分な情報を省いて、ポイントだけ描く2ページは、楽しいのと難しいのと半分ずつです。できあがった話を色に分類して章立てしてみたら、ブルーやグレーが圧倒的に多くて慌てました。個人的には一番苦手な色ですが、恋心とかユーモアを入れたピンクを足して、やっとちょうどいい塩梅になったと思います」ちょっとしたことで、泣いたり笑ったり、落ち込んだり。あるいは「どうしてまた?」と言いたくなるようなところで、やけに自信たっぷりだったり。多感な時期の心は、本当にカラフルに七変化していく。こんな優しい眼差しを持った先生とその頃に会えていたらよかったな、と思ったりもするのだが、たぶんきっと、会えてもいたのだろう。「学校は再発見の場所。中学時代の自分とか、当時のこだわりとか、苦手な人とか……。それを見つけて、意味を見直すことの繰り返しです。でも、先生になってみないと得られなかった視点はとても多いですね」『放課後のオレンジイトウ先生の美術ノート』インスタ発、現役美術教師のゆるゆる日常マンガ。マンガ専用のペンやシートではなく、手になじんだ道具を使っているという絵の心地よさもさすが。KADOKAWA1100円イトウハジメ大学院で美術教育を研究するかたわら、中学校、短期大学で教壇に立つ。著書に『イトウ先生、授業の時間です。』『美術学生イトウの青春』。最近は姪っ子の話を教室でしすぎる日々。※『anan』2019年1月2・9日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子©イトウハジメ/KADOKAWA(by anan編集部)
2019年01月08日焼きたてのパンは人を優しい気持ちにするものだが、鳥野しのさんの『麦の惑星』に登場する凸凹コンビもまたしかり。「最初に担当編集さんから、“パン”と“宇宙”というキーワードを提案していただいたときは、正直戸惑いました(笑)。パン屋は前にバイトをしたことがあったのですが、宇宙のイメージがなかなか出てこなくて。でも兄弟の設定を思いついたときに、しっくりきたんですよね」舞台は、人里離れた山のパン屋。亡き祖父の後を継いで、ひとりで店を切り盛りしていたパン職人の紺太がある日、事故で遭難して食料を探していた宇宙人・まみ太と出会う。情に厚くて心配性な紺太に対して、まみ太は見た目は小学生だけど、中身はクールな大人。宇宙からお迎えが来るまで、紺太はまみ太を弟ということにして居候させることに。「家族が欲しかったら、普通は結婚という形になるんでしょうけど、それ以外にも家族になれる関係があってもよいのでは、という気持ちが自分のなかには前からあるんです」しかしながらまみ太は宇宙人なので、人間社会のシステムは理解できても、寂しいという感情や誰かを強く思う気持ちがよくわからない。宇宙人から見た不可思議な地球人の描き方がまた興味深いのだ。「違う星に来てしまった宇宙人が寂しがっているというパターンも考えましたが、地球人だけが寂しがっているほうが片思い感があっていいかなと思いました。それとグルメマンガブームが来ていた頃に始まった作品でもあったので、人間の食に対する執念のすごさも、まみ太に代弁してもらいたかったんです」紺太とまみ太は、本当の兄弟のように心を通わせることができるのか。じっくり噛み締めたい物語だ。『ほたるベーカリー』の店主・紺太と、宇宙人・まみ太のハートウォーミングな物語。脇役もいい味出してます。おいしそうなパンの数々に思わずゴクリ。祥伝社各680円とりの・しのマンガ家。主な作品に『オハナホロホロ』(全6巻)、『手紙物語』『ボーイ☆スカート』『アステリスク』など。既存の関係、価値観にとらわれない人たちを丁寧に描く。©鳥野しの/祥伝社フィールコミックス※『anan』2018年12月19日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2018年12月17日「ん?」と思わず首をひねってしまうこのタイトル、『ベランダは難攻不落のラ・フランス』。掲載されている短編の作品名を部分的に組み合わせているのだが、この妙に収まりのいい不思議な感覚が、衿沢世衣子さんの描く物語の魅力ともいえる。「読む人もなんとなく心構えができるので、まともなタイトルにしなくてよかったと思います(笑)。マンガだからなんでも描けるはずなのに、縮こまっちゃうときがあるんですけど、そういうときは絵本などを思い出すんです。小さい子どもでもわかるように、日常に沿っているのに、その延長線上でとんでもないことが起こったりして、でも意外と腑に落ちて楽しい、みたいな」廃墟で出会った少年と少女の密やかな実験を描いた「リトロリフレクター」。母親が留守の晩、男の子を自宅に連れ込む姉と共謀する妹を描いた「ラ・フランス」。ある日、ひとり暮らしの女性の家に無愛想な少女がベランダからやってきて、いつの間にか居座っている「ベランダ」など、子どもたちが生き生きと動いている世界では、あり得ないようなことがごく自然に起こってしまう。「性的なものや、死が関係するもの、アクションなどがエンタメとして盛り上がる要素だとしたら、それらが薄くなるといわゆる日常系に括られるのだと思うんです。だけどこの3つはどれも実はすごく身近にあって、その境界線がもやもやしているところをマンガで探ろうとしているのかもしれません」“流浪のマンガ家”。衿沢さんは自身のことを、こんなふうに表現する。この短編集にもマンガ誌だけでなく、文芸誌やファッション誌、はたまたZINEなど幅広い媒体で発表された作品が収録されているのだが、いろんなスタイルやテーマで描くことで、自らも新たな出会いや発見を楽しんでいるようだ。「お題を与えてもらうと思いもよらない話ができることが多くて、それで担当さんがびっくりしてくれるとすごく嬉しいですね。改めて読み返すと、何を考えてこうなったのか、自分でも覚えていないようなものも あったりして(笑)。いろんな媒体から影響を受けているので、試してみたいことが常にあるんです」日常と非日常を行ったり来たりする危うさとワクワク感と切なさを、ぜひとも味わってみてほしい。『ベランダは難攻不落のラ・フランス』子どもや音楽などをモチーフに、2008年から2018年にかけて発表された短編を収録。セルフライナーノーツも付き、衿沢ワールドを堪能できる。イースト・プレス894円Ⓒ衿沢世衣子/イースト・プレスえりさわ・せいこマンガ家。2000年「カナの夏」でデビュー。著書に『おかえりピアニカ』『うちのクラスの女子がヤバい』など。本作と同時期に、よみきり集『制服ぬすまれた』を刊行。※『anan』2018年12月12日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2018年12月11日法廷を舞台にした物語の多くは、弁護士や検事などにスポットが当てられることが多いが浅見理都さんの漫画『イチケイのカラス』はそのどちらでもなく、裁判官が主人公。マントのような黒い法服を着て、高い位置に座っているあの人たちだ。「ドラマなどでも裁判官はあまりしゃべらないというか、しゃべるシーンがほとんど出てこないので、私も最初は判決を言い渡す人というイメージしかありませんでした」浅見さんがマンガの題材として法廷に興味を持ったのは、冤罪弁護士という異名を持つ今村核氏のドキュメンタリーを見たのがきっかけ。はじめは刑事弁護人を主人公に据えたりもしたのだが、視点を変えて思い切って裁判官を描いてみることに。「いろんな本を読んではみたものの、実際の裁判官がどういう人なのか私自身が全然つかめていなかったこともあって、坂間というキャラクターを生み出すのに苦労しました」物語は、坂間真平が武蔵野地方裁判所の第一刑事部(イチケイ)に配属されるところから始まる。坂間はイケメンではあるものの、愛想のないエリートタイプ。チャラめの書記官や、ガサツだけど仕事ができるっぽい同僚、無罪判決をいくつも出している裁判長など、一筋縄ではいかないキャラが揃う新しい職場で内心イラつきながらも、さまざまな裁判を担当していく様が描かれる。「裁判シーンや法律まわりのことは、監修の先生と相談しながらリアリティを追求して、読む人が本当に裁判を傍聴しているような臨場感を出せればいいなと思って描いています。だけど事件の話ばかりではやっぱりしんどいので、裁判官室でのちょっとした会話や脇のキャラで、空気を柔らかくしているつもりです」ちなみに、注目の初公判の日に、記者に気づかれないよう、裁判官がお弁当屋さんのコスプレをして裁判所に入るシーンがあるのだが、これは浅見さんの創作なのだとか。こんなふうに笑える要素も挟みつつ、読んでいて改めて感じるのは、裁判官という職務の難しさと奥深さ。当然ながら、ただ座っているだけの人ではないし、法律というルールに則って判決を下すとしても、本人の個性は必ずそこに出てくるはずだ。「坂間たちが被告人のことをどう感じて、最終的に判決文を書くに至るのか、裁判官や被告人の心情の描き方はいくら考えても終わりが見えなくて、毎回とても悩みますね」今後は、裁判員裁判や少年事件などについても描いてみたいそう。「今のところ、これだけ好感度の低い主人公も珍しいので(笑)、坂間のいろんな面を見せていきたいです」『イチケイのカラス』有罪率99.9%といわれる日本の刑事裁判。その判決を下す裁判官や周辺の人々を生き生きと描いた人間ドラマ。櫻井光政氏と片田真志氏が取材協力・法律監修。講談社610円©浅見理都/講談社あさみ・りとマンガ家。1990年生まれ、埼玉県出身。「第三日曜日」で第33回MANGA OPEN東村アキコ賞を受賞してマンガ家デビュー。『モーニング』掲載の本作は初の連載となる。※『anan』2018年11月14日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2018年11月13日江戸の街で人や猫のさまざまな悩みを解決する貫禄たっぷりの猫を描く「差配さん」で話題を呼んだ漫画家・塩川桐子さん。この短編集は’06年~’13年に発表された6作品を収録している。「『コミック乱』に載せてもらうまでは少女マンガ誌で描かせてもらっていました。『乱』は時代モノばかりのマンガ雑誌なので、ずっと一羽でショボショボ飛んでいた鳥が仲間の群れに入れてもらったようで、ホッとしたのを覚えています」表題作の「ワカダンナ」は、猫が好きすぎて捨て猫を放っておけない若旦那と、彼に振り回されるしっかり者(?)の小僧が登場する「差配さん」の番外編ともいえる作品だ。「私もときどき捨て猫を拾って、もらってくれる人を探します。捨て猫やノラ猫をなくそうと奮闘しているすべての人へ『みんな頑張れー!!』と思って描きました」江戸でしくじって山陰にやって来たケンカっ早い魚屋のちょっとホラーな一夜を描いた「萩の宿」は、著者が子ども時代に祖母から聞いた実話を昔話風に脚色したそう。「『侠(きゃん)』はすれ違ってばかりでどうしても会えない男女を、絵巻物風にコマ割りなしで描けないかな?と思ってスタートしたんですが……描いているうちに今の形になりました。過去の作品を改めて読み返してみると、ヘタなりにいろいろ試行錯誤しているなあ、いろんなテーマに挑戦しようとしているなあ……、と。それなりに頑張ってきたあしあとがちょっと見えて安心しました(笑)」ほかにも、子どもに交じって手習いをするワケあり女子を描いた「ふきちゃん」や、同じ反物屋に奉公していた男女の恋物語「蛙(かはづ)」など、楽しい話も切ない話もあるのだが、どれも「差配さん」に通じるようなユーモアや優しさが。浮世絵を彷彿とさせる一見すました絵柄から、こうした人間味のある感情が生き生きと発せられるギャップが面白い。「絵柄は作品に合わせて自然に変わってきたという感じなのですが、せっかく日本髪や着物といった文化を描けるので、丁寧に美しく描けたらいいなと思います。江戸を舞台にした物語で大事にしているのは、季節感かなあ。春の夕暮れのなんか水っぽい感じとか、夕立のにおいとか、時雨の降る音とか……五感にちょっと触れるくらいの季節の気配を描けたら、と思うのですが難しいですね。でも四季を描くのは時代モノの魅力のひとつだと思っています」人間のみならず、すべての生き物や自然の営みを豊かにとらえた物語は心を柔らかくしてくれる。『ワカダンナ』 江戸の市井に生きた人々も、現代人と同じように些細なことで悩んでは、笑ったり泣いたりしていたようで……。悲喜こもごものドラマが詰まった短編集。リイド社830円©塩川桐子/リイド社しおかわ・とうこ1994年頃から浮世絵風の絵柄のマンガを描き始める。可憐な作風で、江戸を舞台としたハートフル短編を多く手がけている。主な作品に『ふしあな』『差配さん』など。※『anan』2018年11月7日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2018年11月05日鴨居まさねさんの漫画『にれこスケッチ』は、ブラシ職人の主人公が、恋に仕事に奮闘する姿を描いた作品。画業25周年を迎えた鴨居まさねさん。ストーリーマンガとしては約4年半ぶりとなる本作は、迷える女子の挫折と希望がコミカルに描かれるのだが、100年続くブラシ屋という舞台設定の渋さにまず惹かれる。「私の作品はマニアックな仕事がよく出てくるのですが、特に狙っているわけではないんです。今回は編集さんから職人の話を読みたいと言われ、興味のあったブラシ屋さんと傘屋さんを取材させてもらいました」恋人も正規の仕事もない28歳のにれこは、20年来片思いをしている傘職人の清田くん(既婚者)のもとでアルバイトをしていたが、社員に昇格する見込みはないことが判明。そんななか実家のブラシ屋の後継ぎに指名されて、職人修業をスタートさせる。下心もありつつ傘作りを手伝っていたものの、ものづくりは嫌いではないようで、祖母と母という師匠の下で奥深いブラシ製作の世界にゆるゆるとハマっていく。「清田くんは口うるさくておばちゃんぽいのですが、私の好きなタイプです(笑)。20代の恋愛はこれまでたくさん描いてきましたし、年齢的にもお母さん目線に近かったりするのですが、一応恋愛モノとしては集大成のつもりで描いています」元彼も登場して、にれこの日常がちょっとだけ色めき立つ一方で、母や祖母、2人の姉などとのさりげないけどリアリティのある会話にも、鴨居さんらしさが光っている。一見、アラサーの崖っぷち物語のようでいて、挫折のなかに好きなことを見つけて、なんだかんだ楽しそうにしているにれこの姿からは、恋も仕事も始めるのに年齢なんて関係ない、と勇気をもらえてしまうのだ。「結婚はいつでもできるので年齢で焦る必要はないんだよ、と読者の方には言ってあげたいですね。にれこみたいに何かしら楽しめる仕事を持ってほしいし、本当にしんどいときは逃げてもいいと思うんです。私自身も会社員がつらくて辞めたから、マンガ家になることができたので」危なっかしいにれこの恋と仕事はうまくいくのか。奮闘を見守ろう。『にれこスケッチ』2三姉妹の末っ子・にれこのブラシ職人修業の日々。元彼の登場で恋の行方はさらに混迷。清田くんと飲み仲間の母・久子など、脇を固めるキャラクターも魅力的。祥伝社920円©鴨居まさね/祥伝社フィールコミックスかもい・まさねマンガ家。1993年デビュー。代表作に『SWEETデリバリー』『雲の上のキスケさん』『君の天井は僕の床』など。コミックエッセイ『鴨居家のマルちんは猫です』も人気。※『anan』2018年10月31日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子
2018年10月27日